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てまりうた
夕暮れ時になると校門脇の桜の木の下に幽霊が出る。実害はないものの抑揚のない歌声が流れてくるのが気味が悪いと言う噂が立った。
毎日、毎日、毎日……歌が聞こえてくる。
貴方は噂を聞いて、またはそれを排除して欲しいという依頼を受けてそこに赴いた。
そこで貴方は、鞠をつく幼子に会った……。
ぽぉん、ぽぉんと軽い音が響く。
花の散って葉桜になりつつある大木の下に、彼女はいた。
わしほどいんがなものはない ななつやっつからちゃやまちへ
こもりほうこにいったなら そこのあねさんひどいひと
ひふけ はいふけ ひばちふけ しまいにゃぼっちゃのきものきしょ
小さな小さな、だが不思議とよく通る声が歌っていた。
歌に合わせて手毬が跳ねる音が静かに静かに響いていた。
そこでこもりのおもうには はやくしょうがつくればよい
はやくしょうがつきたならば げたをかたてにぶらさげて
ふろしきつづみを よこにおい あねさま あねさま いとまごい
黒髪を肩先で切り揃え、膝丈の着物に草履。
今では見ない格好のその幼子は、酷く哀しく切ない声で歌っていた。
しょうがつすんだらまたこいよ こんなひどいとこ もういやだ
しょうがつすんでも もうこんぞ はあてな はあてな はてはてな
はてはのとなれ やまとなれ はてはやまとなる かわとなる
ふと、幼子が顔を上げる。貴方に気付いて、彼女は小さく首を傾げた。
「……ここはたのしいね。あたいはまざれないからさみしいけど。」
澄んだ高い声音、酷く静かな。
「……ひるのほうがたのしいけど、こわがられるからよるひとりであそんでるの……あたいなんにもしてないんだけどな。」
赤い鞠を抱く彼女の声がわずかに、泣きそうに揺れた。
こんなに小さいのに、泣くことさえできないのだと思った。
「…ねえ、あんた、あたいと遊んでくれない？」
『いつまでも死ねないのは悲しいことなんだよ』
長い長い時間を生き、夫を亡くし、娘を亡くし、今は美猫と二人だけの祖母はそう言っていた。
だから、その噂を聞いた時、自分にできることがあるなら何かをしたいと思った。
お空の国に上がれなくてずっと苦しんでいるならそこから、どうにかして助けてあげたいと思った。
日が暮れて子供達の姿が散り始め、美猫が一人になって……その子は現れた。
見た感じは美猫より一つか二つか下、おかっぱ頭に黒髪で美猫と同じ髪型で、紅い着物に黄色い帯。
なんだかちょっとだけ親近感を覚えて、美猫は彼女に声をかけた。
「……あの……」
少女は美猫に気付いて驚いたように目を見張った。
きょろきょろとあたりを見回して、そこに居るのが自分だけだということを確認して、おずおずと口を開く。
「……あんた、あたいがこわくないの？」
小さな小さな声だった。
「怖くないよ」
そう答えたら、その子はぱちぱちと瞬きをして、毬を抱いて動きを止めた。
「ほんと？ほんとにこわあない？」
「うん、だって悪いこと、しないでしょ？」
この子はここで鞠を突いているだけで、人を脅かしたり悪いことをしたという話は聞いたことがない。
…それでも自分達と違うものを怖がるのが人なのかもしれないけど。
「子どもはみんなこわがるから、びっくりした」
そう言って笑った顔は普通の子供みたいだった。
「あたい、あや。あんたは？」
「美猫。中藤 美猫。」
「あたいと遊んでくれる？」
「うんっ」
美猫と、あやは手を繋いで桜の木の下から飛び出した。
「ひろいひろーい！」
興奮したようにぐるぐるまわって、飛び跳ねて、あやは笑った。
「ブランコにしようか、滑り台にしようか？」
人気のない夜の校庭は広くて、少し怖いみたいな感じもしたけど美猫は猫だ。
闇は怖くない。暗くたって危ないことなんか一つもない。
「どっちでも！あたい、一回あそんでみたかったんだ！」
「一度も遊んだこと、ない？」
「うん。人がいるとこわがられるし、一人で遊んでも、楽しくないし。」
あやはどこか諦めたような大人びた顔で言う。
「…じゃあ、どっちも乗ろう！全部遊ぼう！」
それをみたらたまらなくなって、美猫は彼女の手を取って手近な遊具に走った。
ブランコを大きく揺らして、滑り台を滑り降りて、ジャングルジムを登って、シーソーを漕いで。
遊具に飽きたら今度はライン引きを使って大きな絵を書いた。
集まってきた学校近くに住む野良猫達も一緒に、けんけんぱしたり、鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり、美猫が用意してきていたおはじきやお手玉や…他にもたくさんたくさん遊んで、遊び疲れて。
喉が渇いて水道に走って、水道端に座り込んだ。
「あたい、こんなにおもいっきりあそんだの、はじめてだ」
水をだしてやると猫達も喉が渇いていたのか集まってくる。
あやは座り込んでそのうちの一匹の背中を撫でながら言った。
「うちはびんぼうだったから、五つのとき、ほうこうに出されたんだ」
「……」
社会の授業でやった記憶があった。本で読んだこともある。
「ほうこうにでたらしごとしなくちゃなんねえ。それにほかに同い年ぐらいの子供といえばぼっちゃんとその友だちぐらいなもんで、あたいとあそぶはずもねえ」
でもそれがどんなものなのか、実感を感じることはなかった…こんなことでもなければ。
「だからな、だれかといっしょにこんなふうにあそぶのははじめてなんだ」
そう言って、にかっと笑った彼女は本当に嬉しそうで、胸が痛くなった。
あやはぱっと立ち上がって、再び鞠をつきながら歌い始めた。
「わしほどいんがなものはない ななつやっつからちゃやまちへ」
彼女は霊体だから疲れを感じることがない…またはその健康状態は精神状態に比例しているだろうと思われる。
今の彼女は多分、疲れるということを知らないだろう。
「しょうがつすんだらまたこいよ こんなひどいとこ もういやだ
しょうがつすんでも もうこんぞ はあてな はあてな はてはてな」
哀しい詩が流れていく。
「はてはのとなれ やまとなれ はてはやまとなる かわとなる」
あまりにも哀しい詩が。
美猫と同い年が、小さいぐらいで。
そんな風に何もかも諦めてしまったみたいに、歌うのは。
とても哀しい。
……だから、歌った。
「山にゃ木が生う草が生う 草が伸びたら花が咲く」
節を合わせて即興で詩を考えた、哀しくない詩を。
広がっていく穏やかな山の景色、ちろちろと眠りを誘うような優しい音で流れていく小川、瑞々しい緑の葉が揺れ淡く小さな桃色の花が顔を覗かせる……そんな優しい幻想を謡い上げた。
「……やまにゃきがおうくさがおう くさがのびたらはながさく」
驚いたように顔を上げたあやが、美猫の声を追っておずおずと、でも先ほどまでとは違う声音で歌い始めた。
「はぁてな はぁてな はてはてな 花が散ったらなんになる」
「……はあてなはぁてな、はてはてな はーながちったらなんになる」
泣きたいのを我慢している子供の声ではなく、のびやかに自由な子供の声だった。
「後は野となる山となる ぐるりめぐってまた草が生う」
「……あたいも、また咲けるかな……？」
……あやは、泣いていた。
ぐしゃぐしゃの笑顔のまま、頬を濡らしていた。
「うんっ、絶対……」
絶対大丈夫、そう言おうと思った。
でも、その言葉は彼女には届かなかった。
彼女は光に包まれて淡く溶け消えてしまったから。
あやがいたはずの場所には、薄汚れた赤い手毬が一つ、転がっていた。
「……」
駆け寄って、それを拾い上げる。
それはあやの手にあった時よりなお汚れて古びて見えた。
美猫は、それを胸に抱き締めて、祈るようにそっと目を閉じて呟いた。
「……生まれてきたら、また遊ぼうね……」
もう一度、会えるかどうかはわからないけど。
もし会えたら、またたくさん一緒に遊ぼう。
もういいってぐらいいっぱい、疲れちゃうぐらいいっぱい。
……今度は、幸せに。
− END −
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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2449／中藤・美猫／女性／7歳／小学生・半妖・44匹の猫の飼い主
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■ ライター通信 ■
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続けてのお申し込みありがとうございました。
同い年ぐらいの女の子なんで遊んでる図は非常に可愛かろうなあと思いつつ書かせていただきました、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
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