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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


サークル勧誘お助け人!


 個性が叫ばれる時代となってもうどれだけの月日が経つだろうか……それを伸ばすための教育を実践する神聖都学園でもあるひとつの問題を抱えていた。それは帰宅部の増加である。学校で青春を謳歌することなく、ある者はゲームセンターに通い、ある者は学校の勉強だけでは物足りないと学習塾へ行き、ある者は学費を稼ぐのに金がないからアルバイトをする。理由は人それぞれあれども、この恵まれた時代に学校で貴重な青春の時間を過ごさないとは何たることか。特にこの神聖都にはなんでもある。図書館も充実しているし、クラブハウスも用意している。それらを無駄にすることはいかんのだと言うのだ。
 新学期を向かえたある日の職員朝礼でつるつる頭の理事長が出席した時にそう説教した。要するに学校生活が一日の比重を大きく占める魅力ある教育をしろとまぁ、こういうことである。話を黙って聞く教師たちの中でも古株の教師は理事長の言葉に大きく頷いた。確かにこの考えは正論ではあるが、少し時代遅れの発想にも聞こえる。それを証拠にしかめっ面した教師も何人か存在していたのは確かだ。


 その他の連絡事項が伝えられた後、朝礼は終了した。その時すかさず響 カスミは理事長の元へと走った。そしてある提案をする。

 「あの理事長先生。先生のおっしゃること、ごもっともですわ。今のこの時期、サークルや部活動の勧誘で学園が賑わっています。そこで……先生の理想を実現させるためにもお願いしたいことがあります。」
 「ほほぅ、何か妙案があるとでもおっしゃるのですかな……カスミ先生。」
 「はい、サークル勧誘に協力してくれる方々を所属部員たちが本校以外から探してきてもいいという許可をお出しになればいかがでしょう。そうすれば学内外から見ても神聖都は魅力的な部活動やサークル活動をしているという宣伝にもなりますし、在校生徒にも卒業生にもこれから進学を考える子どもたちにもいい印象を与えられると思うのですがいかがでしょう?」

 カスミの提案した内容は古い世代の人間にとっては斬新すぎる考え方だった。案の定、理事長もつるつるの頭をさすりながらしばらく考える。しかし学園の宣伝に繋がるという言葉が決定打となり、理事長は英断した。

 「よろしい。顧問をなさっている諸先生方と相談し、その計画を即実行に移せるようにしたまえ。多少の金銭的援助はこちらから追って連絡する。」
 「ありがとうございます、理事長先生。これで今年の新入生や帰宅部の子どもたちも……」
 「うむ、学校に目を向けるであろう!」

 扇子を広げて大きく笑う理事長とその隣で微笑むカスミ……このふたりの会話がきっかけで翌日、学園中の掲示板に各部やサークルが張り紙をした。それはあっという間の出来事だった。そしてそれにはこう書いてある。

 『サークル勧誘お助け人、大募集! 学内外問わず!!』

 その張り紙を見て納得した表情を浮かべながら何度も首を縦に振る男性教師がいた。すらりとした立ち姿はまるでモデルを思わせる。そんな美形の教師が女子生徒たちの憧れの的にならないはずがない。倉之内 洋二は神聖都学園で算数と数学を担当する教師だ。つまり小中高すべてを担当しているということになる。朝礼で理事長の訓示を聞いた倉之内は、まさかここまで話が大きくなるとは思っていなかった。すでに他の部活動やサークルが助っ人を得るのに必死になっているという噂も耳に入っている……ここは早く自分も動かねばと、なぜかひとり気を張る倉之内だった。右手をズボンのポケットに突っ込んで中に入っている携帯電話のストラップをやさしくさすりながら小声でつぶやく。

 「世の中の萌えを広めるためにはどんな手段を取るのがいいだろう……ボクはやっぱりチワワがいいかな〜なんて思ってるんだけどな。やっぱり動物はいいよね〜。よし決めた、ボクは萌える動物の多い『動物愛好会』を助けよう。ウサギなんかかわいがられてないと寂しくって苦しんじゃうっていうんだからかわいいよね、萌えちゃうよね。」

 やたらと『萌え』という言葉を使う謎の数学教師は意を決してその場を立ち去った。彼の足は賑やかな外に向う。今からその動物愛好会に助っ人として承認してもらおうと元気よく歩き出したのだった。


 サークル勧誘合戦が派手に始まる……それを知った既存の部活動も気合いの入れ方が違った。さっそく生徒会執行部にさまざまな難問奇問を持ち出す部長やサークルリーダーたち。まずは屋外や室内に宣伝スペースを公平に設けることから始まった。しかしそこは巨大学園の生徒会。すでにこうなることを予測していたようで、カスミの入り知恵もあって思った以上に事はすんなり運んだ。実演するだけで大きな面積を使うウルトラレスリング部や風情を第一に考える茶道部からいつも使っている部活動室を改造して地道に客引きする科学部や将棋部、そして末は事務机ひとつでがんばる簿記検定攻略部などさまざまな種類の団体が納得する配置図を用意した。ここ一週間は初夏のさわやかな青空が続く……まさに絶好のコンディションの中、この企画は動き出そうとしていた。
 そんな最中、美術部部長がいつも活動している美術部室で部員たちに大号令をかけた。部長の名は白峰 愛里。周囲から『あらゆる意味でやり手』と呼ばれるアグレッシブな女の子だ。そんな彼女は自分から率先して新入部員を獲得しようと……なぜかコスプレ衣装を用意していた。実は神聖都学園美術部の活動は二種類に分けられる。表向きは油絵や水彩画で風景などを描くマジメな部活、そして裏では同人誌作成やコスプレをいそしむマンガ研究会。両方を兼ね揃えたといえば聞こえはいいのだが、世間がなかなか理解してくれない。愛里もその辺のことは十分承知していたらしく、部室には展覧会で表彰を受けたマジメな部員の描いた絵をいくつか目立つところに掲げ、机の上には同人誌とコスプレ衣装を並べた。その辺のしたたかさがあるからこそ、彼女はふたつの顔を持つ美術部をまとめることができるのである。そして自らは『山羊戦隊テラレンジャー』に出てくるテラピンクの衣装を着こみ、さっそく外へ繰り出そうとした。広大な敷地を持つ学園なので、美術室まで案内するための基地を玄関付近に設置し準備万端だ。

 「うふふ……やっぱり時代のニーズにあった方法でサークル勧誘するのが一番よっ! かわいい男の子と女の子が来てくれると、あたしみたいに元気でノリのいいコスプレ要員が増えるから最高よね〜。あんまりキャライメージに似合わないけど口八丁手八丁でうまく丸めこんで……ま、その辺はサークル勧誘だし仕方ないわよね。」
 「あ、あの……部長、ちゃんとした部員も集めて下さいね……」
 「何よぉ、まるであたしが同人のためだけに動いてるみたいな口振りじゃない。」
 「でもだって、すでにテラピンクのジャケット着てるし……」
 「心配無用っ! あたしにかかれば、どんな問題も即解決っ! あなたの望む世界を作るためにあたしたちは戦い続けるのよ、メーリッシュ!」

 不安の色を顔全体に覗かせるごく普通の美術部員を黙らせたのは、テラレンジャーの決め台詞だった。愛里はそう叫ぶとさっそうと部室を出ていく。すでに時は放課後……勝負は始まっているのだった。

 外はさまざまな声や音が鳴り響く……授業をしている時とは打って変わって大騒ぎだ。なぜかおいしそうな匂いが漂っているのはおそらく料理研究会が模擬店よろしく実演を行っているからだろう。その野外特設会場の前には長蛇の列ができていた。ターゲットとなる帰宅部の生徒たちは家に帰ってもそれほど楽しむことがあるわけでもない。街に繰り出しても絶えず何かが変化するわけではないし、家に帰っても今の時間帯で面白い番組をやっているわけでもない。趣味で何かをやっている子以外は興味深げに部やサークルの出し物を見学していた。
 そんな中、日差しを避けるためにわざわざテントまで張って屋外でアピールする文化系サークルが存在した。それは『意匠同好会』だった。実はここにも立派な助っ人がいる。長い髪をひとつに括り前へ流している青年が噂を聞きつけ、その役目を買って出たのだ。彼の座る椅子の隣には豪華なゴシック調のメイド服などが展示されていた。これを作ったのは同行会員ではなく、助っ人である田中 裕介だった。このサークルは普通の洋服ではなくさまざまな意匠を凝らした洋服を作成し着こなすことによって衣装作成の技術向上を目的としている。他のメジャーな部活動と同じように立派な志を持つサークルなのだ。彼はそれに感銘を受けてやってきたのだ。野外テントに設置された粗末な椅子に座り、静かに裁縫をして興味を持った生徒たちにそれを見せていた。その隣には大きなトランクが椅子の脚に沿って静かに立っていた。
 やはりこの同好会の大きな注目はかわいくできたメイド服で、目をキラキラさせながら女子生徒がそれを見つめていた。それを見た彼はゆっくりと立ち上がり、彼女たちに話しかける。

 「気に入ったのなら、着てあげてくれるかな。服もそれを望んでる。俺はそう思ってるんだ。」
 「ええっ、いいんですか!」
 「ただし、意匠同好会のお手伝いをしてくれたらだ。とは言うものの、この服を着てここにいてくれるだけでも宣伝になるから、特別なにかをお願いするわけじゃないが。」

 裕介の申し出に二つ返事をする女子生徒たち。すると彼はそばに置いてあったトランクから大きな白いシーツ出してきた。それを頭の上からかぶせ、生徒のひとりをすっぽりと足元まで覆う。そして次の瞬間にそれを引っ張ると……制服姿だったはずの彼女がもうメイド服に着替えていた! 髪の毛もそれ用にしっかりとセットされ、ちゃんと衣装に似合う姿に大変身していた。それを見た友達は驚く。

 「か、かわいー! で、でもいつのまに変身しちゃったの!?」
 「さ……次は君の番だね。心の準備はいいかな?」

 友達は興奮ぎみに二度頷くと、裕介はまた同じ行為を行う……この一連の動作自体も十分に宣伝効果のあるものだった。道行く人間は皆、この不思議な出来事を確かめようと固唾を飲んで見守った。そして再びシーツが波打ち、中から黒いメイド服に身を包んだ女の子が出現する。周囲からはマジックショーと勘違いしたのか大きな拍手が起こった。裕介はシーツを腕に垂らしながら小さく礼をすると、観客に向かって声を発した。

 「普段とは違う自分を演出するのもいいものです。それを見つけるために、意匠同好会でさまざまなものを作ってみませんか?」

 彼の言葉は多くの女子生徒の心をつかんだようで、即席のショーを見るだけのつもりだった彼女たちを惹きつけた。またメイド服に憧れた女の子たちが裕介にお願いをしに駆け寄る。彼は満足そうな笑みを浮かべながらそれを静かに聞いていた。
 その様子を見ていたのがテラピンク……そう、愛里だった。さまざまなサークルが存在するこの神聖都でなかなかインパクトのある客引きをしているなーと感心した。彼女は美術部員が思っているよりも地味に、そして地道な宣伝活動を展開していた。コスプレは人の注目を集めるのには効果的だが、それが必ずしも宣伝に繋がるわけではない。さらに忘れてならないのが、彼女の部活は美術部であるということだ。その辺をハッキリさせるために、彼女は学園内外を走りまわっていた。その時偶然、このショーを見たというわけだ。愛里はチクチクやっている裕介に近づいてどうしても気になっていることを聞いた。

 「あの〜、問題あれば即調査のテラピンクなんですけど〜。ここって意匠同好会ってなってるけど、もしかしてコスプレ部ぅ?」
 「平たく言えば、そういうことになるかな。ところで……それは自分で作ったのかい?」
 「そうよ! あたしが作ったの!」
 「へぇ、なかなか上手だ。俺はこのサークルの助っ人として参加してる田中 裕介。君はうちの部員?」
 「あたしは美術部の白峰 愛里だけど、今はテラピンク。」
 「び、美術部……そうか、またここの部員にも君を紹介しておくよ。同じ趣味を持った娘がいたし。」

 意外なところで『同業者』が見つかって愛里も驚きながら周囲を見渡す……確かに意匠同好会のビラを配っているのはメイド服の部員だし、同業といえば同業だ。彼女は大きく頷いて、裕介に言伝を頼んだ。

 「うちの部は現代美術からマンガまでやってるから、また気軽に見学しに来てって伝えて! それでは問題解決っ! 明日への道を駆け抜けるわ!」

 そういうと自分の任務を思い出したのか、足早に意匠同好会のテントから去っていった。そして再び宣伝活動に尽力する愛里。それを裕介は微笑みながら見送るのだった。


 例年にないお祭り騒ぎを演出する神聖都学園の放課後。それはまるで学園祭のようだ。そんな中を冷やかしで出し物を見て回る男子生徒がいた。その身に宿る能力で活動している彼にとって、サークル活動は自分を束縛するだけの存在だ。だが、こんな時期にこんなに大きな催しは今までになかった。興が乗ったのか、彼はあたりを見渡しながら歩く。そしてその後ろには……かばんを持って歩く小さくて黒いコメディータッチの外見をした悪魔がついて回っていた。そいつは彼が降魔したもので、ちゃんと実体化もしている。彼はギャグ思念から生まれたギャグ悪魔なのだ。

 「ふ、不動さまぁ、不動 修羅さま〜っ。どこか目星をつけたサークルはございましゅたか〜。」
 「そんなものは元からない。今日はすることがないから見て回ってるだけだ。お前は黙ってかばんを落とさないように気をつけて歩けばいいんだ。」
 「はいはいな。」

 不動 修羅は下僕にしている悪魔を気にせず歩く。目の前には大きなリングが見えてきた。そこでは何やらいい体型をしている生徒がプロレスを実演している。しかし、その身のこなしや技のかけ方がなぜか普通でない。ここは自分たちが編み出した技を披露し実用化までの過程を楽しむ『ウルトラレスリング部』だった。派手なマスクになかなかの肉体、そして赤いタイツ姿の青年が修羅を見つけてこっちに向かってくる。

 「おー、そこの君ぃ。鋭い眼光がなかなかいい感じだ。我々、ウルレスで精神と肉体と技を磨いてみないか。最近流行りの打撃系でもオッケーだ。間口は広いぞ、どーんとこい!」
 「リングが空いたようだな……ちょっと貸してくれ。見ていたら身体を動かしたくなってきた。」
 「はっはっはっはっは! いや、素人さんにはケガをさせてしまうからリングに上がることはお断りしてるんだ……って聞かずにリングに上がるなってば。相手は用意できないし、だいたい君には経験があ」
 「大丈夫だ、相手はこっちで用意してある。そっちに迷惑はかけない。行くぞ、バカ悪魔! うおおおおおぉぉぉーーーっ!」
 「あひ、いつのまにって天地が逆さまになっとる……イギャアアアアァァァ!!」

 悪魔を片手で引っ張りリングの中に誘うと、そのまま逆さに持ち上げて自分も彼も回転を始める! その回転運動は凄まじいものがあり、悪魔はすでに目を回していた。そして修羅は回転を保持したままで悪魔の頭をリングに叩きつける!

 「見ろ、これが俺の技! その名も『修羅スピンドリラー』だ! うおぉぉりあぁぁっ!!」
 「ブンゲェーーーーーーーー!!」

 ドスンっ!

 豪快な音とともに悪魔はリングの中央に串刺しにされた……その瞬間、ゴングの音が鳴り響く。そしてレフェリーが修羅の腕を上げて勝利を称えた。これにはさすがの部員たちも目が点になってしまった。突然の乱入者が自分たちに匹敵する技を考案し、そして実戦で使っている……周囲の観客も一時は驚きで何もできなかったが、そのうちどこからともなく拍手が沸き起こった。それに背中を押されるように慌ててリングに上がってきたさっきのマスクマンは興奮した面持ちで大きな息を吐く修羅に話す。

 「君、うちに入らない?」
 「いや、俺は忙しい。」
 「掛け持ちでもいいから。」
 「放課後は忙しいんだ。他のことをやってるからな。どこの部にも入らない。
 「じゃあ、幽霊部員でもいいから。」

 必死になって勧誘するマスクマンを横目に、額に伝う汗を拭った修羅は無残にも気絶している悪魔を蹴り飛ばしてかばんを持つように指示する。すると彼はよろよろになりながらもまたかばんを持ってご主人様のお供を続けようとする。その姿はけなげなものだった。運動を終えた修羅は少し満足げに歩いていた……

 「いけないな〜。よそのサークルはなかなかの宣伝をしている。そろそろボクも萌エテンダーに変身しないと……」

 動物愛好会の助っ人として正式に認定された倉之内は、教師しか入れないトイレの個室へと向かっていた。その道の途中で、彼は修羅のフェイバリットホールドを目撃したのだ。もう一刻の猶予もない……彼は携帯電話を握り締めた。歩く勢いが早いからか携帯ストラップは右へ左へと揺れる。急ぐ気持ちを押さえながら教職員棟に入った彼はメモリーも何も押さない状態で通話ボタンを押す。普通ならそんなことでは携帯電話は動作しないはずだが、画面はメールの受信を伝えていた。トイレに駆けこむと同時にそれを開くと……それはチワワからだった。それは倉之内 洋二が今、一番萌えてるものからメールが来たのだ。彼はチワワにメールを返信する準備を整え、個室の鍵を閉めると大きな声で叫んだ!

 「返信ひとつでビビビっと変身っ! 愛と情熱の叶姿 萌エテンダー、萌える姿で只今参上っ! とぅわあっ!」

 そのセリフと同時に変身ボタンを押す倉之内……個室の中では大いなる光が発し、それは徐々に輝きを失っていく。そして携帯がどこかに落ちる音が響いたかと思うと、天井からわずかあいた隙間から小さなチワワが信じられないほどの跳躍力で通路に着地した。そう、この姿こそ彼が変身前に叫んだ『萌エテンダー』なのである! そしてその姿のまま、彼は大量の生徒であふれ返る玄関へと繰り出していった。

 萌エテンダーは小さな身体を生かしてちょろちょろと走りまわる。毛並みも上等でどこかで飼われている上品なイメージを漂わせてながら走っていた。足元を何かが通ったと感じた生徒たちは、そのチワワの愛くるしいかわいい顔に心を打たれる。そして一発で彼らの情を引き出すのだ。

 「かわいいチワワだな……うち、マンションでペット飼えないんだ。ホントは好きなんだよ、動物。特に犬。」
 「ハムスターなら私、家で飼ってるけど……犬はちょっと厳しいよね、確かに。でもどこから来たのかしら?」
 「まさか迷子じゃないだろうな、この子。」
 「あっ、走ってった。ちょっと追いかけましょうよ。」
 「そうだね、どうせ家に帰っても暇だし……」

 一組の男女がチワワに変身した萌エテンダーを追う。追跡されていることに気づいた彼はつかず離れずの距離を保ちながら、わざと一目につくところを走る。そして同じことを思う人間の数をわずかずつ増やしていく。軽く目を閉じて後足で頭を掻く姿、小さくか弱い声でなく姿……生徒の心を奪ったら離さない。たくさんの人間を誘導しながらひたすらに走る。
 チワワを追いかける人間が多くなり、それはすぐに列となった。人間には野次馬根性というものがある。並んでいる人間を見ると、なぜ並んでいるのかが知りたくなるという心理だ。道行く人はなぜ列になっているのかを問うが、列を作る人間からはまともな返事が帰ってこない。追いかけている者からすれば、丁寧に応対しているうちにチワワがどこかに行ってしまうといけないと思っている。だから回答も適当になってしまう。逆に答えを聞いた方としては、なぜ列を作っているのかが気になる。だんだん知りたくなってくる。そしてついには意味もわからずその列に並んでをしまうのだ。
 そしてそれを見た別の人間が何の列か聞いてくる。今度は本当に事情を知らない人間なので、質問してもまともな返事ができるはずがない。不思議に思った人間がまた並ぶ……こういう風に列はどんどん長くなっていく。萌エテンダーはその原理を利用して、わざと客引きを買って出たのだ。
 そして彼は終点で本当に姿をくらます。列が導かれた場所は言うまでもなく、動物同好会のテントだった。そこにはウサギや犬、猫などが柵の中で賑やかに遊んでいた。愛好会員たちは急にやってきた大勢のお客さんに驚く。先頭の数人は彼らに『チワワはどこに行ったの?』と聞いた。それを聞いた会長は不思議そうな顔をして指差す先には、チワワが柵の中で太った猫と一緒に遊んでいるではないか。生徒たちは動物愛好会の敷居から飛び出したのかと勝手に納得すると、そこで動物との触れ合いを楽しむことを始めた。人間同士とはまったく違うコミュニケーションを育む動物愛好会のパフォーマンスは多くの生徒が体験し、そしてペットが飼えなくて寂しいという生徒たちを会員として獲得することができた。萌エテンダーは校舎の片隅でそれをじっと見つめていた……そして満足そうに吠えると、携帯電話のあるあの個室へと人知れず戻っていくのだった。

 大勢の人だかりができている動物愛好会をあの悪魔が通り過ぎる……目の前にはもちろん修羅がいた。大盛況の同好会を横目に、そしてかばんを片手に感想を述べる。

 「動物愛好会ねー。人間とは別の分類になる動物というものを愛して好きになるところでんな。」
 「俺とお前の関係は正しい意味では『人間と犬』だな。」
 「……詳しい理由は聞かないことにするでやんす。」

 意味深な発言をした修羅の視界にテレビで見たような姿をした女の子が飛び込んできた。彼はいきなり大きな声で彼女に聞こえるように笑い始めた。もちろんわざに決まっている。同じように悪魔も笑うが、すぐに頭にげんこつが落ちてきた。ヒーヒー言いながら泣き喚く悪魔の声が聞こえたのか、それとも故意に響かせた笑いが耳に届いたのか……彼女はすぐさま修羅の目の前へやってきた。

 「問題……発生っ! 何よあんた、健全な部活動のアピールの邪魔しないでくれる?!」
 「はっはっははははは……さすがだな、愛里は。それで美術部の宣伝してるんだからすごいよな。しかも健全ときたか!」
 「この姿からはちょっと美的センスは伺えないでやんすね。」

 修羅はともかくとして、悪魔からも散々言われた愛里の怒りは頂点に達した。顔をピンクというよりも赤く染めた彼女は平手打ちをかまそうと前口上する!

 「テラピンククラーーーッシュ!」
 「おっと、これはお前が食らえ。ほら。」
 「ムギギ?!」

 パアァァーーーン!

 自分の頬が狙われていることに気づいた修羅はとっさに悪魔の身代わりにしたのだ。別の意味で犬のような扱いを受ける彼は悲痛の叫びを上げる。

 「フギッフギッフギッ、痛い〜! 痛いよ〜!」
 「そう言えばあんたもさっきバカにしてたわね〜〜〜! テラピンクラーーーッシ」
 「やめやめやめやめ、ゴメンやって、ゴメンやってやあぁぁぁ!」

 パパパパパパパパパパパ……

 マシンガンのように鳴り響く往復ビンタは学園の校舎を響かせた……そして悪魔の頬が10倍になるまでそれは続いた。その間も修羅は楽しそうに笑っていた。愛里はムカつきを押さえきれずに叩きまくった。悪魔はただひたすらに謝っていた。


 サークル勧誘の助っ人に学外の人間が来ていることを聞き、カスミはわざわざ意匠同好会まで出向いた。すでにあのショーからは時間が経っていたが、ずいぶんと多くメイド服でテントの近くを歩く女子生徒の姿が確認できた。彼女は生徒たちに囲まれている裕介の側までやってきた。

 「本当に学外からサークル活動のためにいらしてくれるなんて……このたびはどうもありがとうございます。私は響 カスミです。神聖都学園で音楽を教えております。」
 「ああ、あなたがカスミ先生ですか。先ほどから生徒さんたちのお話にあなたの名前が出てきてました。どんな方かと思っていましたが……とてもきれいな方ですね。」
 「あら……そんなことありませ」

 裕介の言葉に謙遜するカスミ……彼はその瞬間、遠慮なく白いシーツを彼女の頭にかぶせて一瞬にしてメイド服に着替えさせてしまった! その早業に三度驚かされる取り巻きの女子生徒たち。そして一番驚いたのはカスミ本人だ。

 「あ……目の前が真っ白になったかと思ったら、なんで私がこんな姿に……?」
 「カスミ先生、キレイーーー!」
 「さっきからこの子たちがそう言ってたんです。あなたにこれを着せたらどんなに美しいかとね。」

 メイド姿になったカスミは注目度抜群。道行く生徒たちもあっけに取られるくらいの威力があった。突然の変身に戸惑う彼女の肩を叩く裕介。

 「できれば……しばらくその姿でいてもらいたいのですが、カスミ先生はいかがでしょう?」

 彼女は静かに笑う裕介の顔を見て、頬を赤く染めながら小さく頷いた……


 動物愛好会もなかなかの盛況を保っていた。それもこれもすべて会場を駆け回ったチワワのおかげだ。実はチワワを入れようと提案したのは倉之内だった。人間の姿に戻ってテントに戻った時、彼は驚くべきことを耳にする。なんと動物愛好会のメンバーから彼を副顧問にしようという声が上がったのだ。それは今になって会員も増えたことで常時指導してくれる教師が必要ということもあっての提案だった。彼はそれを快く引き受けた。会長も喜んでその意志を会員に伝える。

 「いやぁ、かわいいっていうのはいいね。萌えるね。」

 かわいいものを守るため、そして世に広めるため、萌エテンダーの戦いは始まるのだった。


 さて愛里と修羅はというと……ケンカしている最中に『美術部とは何か、どういう部活なのか』というものを叫びながらケンカをしていたため、意外にもその内容に興味を持った生徒たちが部室を訪れていた。本物の美術に目覚めた者や同人誌を作りたいという者など、その生徒の種類はさまざまだった。そんな状態なのに部員たちは首を傾げる。『なぜあの格好で宣伝してるのに人が集まってくるんだ』と……そんな謎の部分も含めて、やはり『部長はあらゆる意味で偉大だ』と認識せざるを得なかった。


 さまざまなサークルや部活動が声を張り上げて行う部員獲得合戦は一週間ほど続くという……賑やかな昼下がりは終わりそうにもない。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3173/倉之内・洋二 /男性/ 27歳/神聖都学園の数学教師/萌エテンダー
2028/白峰・愛里  /女性/ 17歳/女子高生(大手同人サークル会長)
2592/不動・修羅  /男性/ 17歳/神聖都学園高等部2年生
1098/田中・裕介  /男性/ 18歳/孤児院のお手伝い兼何でも屋


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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回はちょっと時期ネタをやってみました。
さまざまな催し物がある中で、実際にこれも学校では一大イベントですよね。
もしかしたら皆さんもご経験あるかもしれませんね。そんな日常の一コマです。

愛里ちゃんは今回、テラピンクとして通常形態でがんばってもらいました!
途中で知り合いに出会ったり、仲間(!)と出会ったりで大忙しでしたね〜。
もしかして意匠同好会とコラボなんかあるんでしょうか……そしたら楽しみですね!

今回は本当にありがとうございました。また別の依頼やシチュノベでお会いしましょう!