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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


【レッツ競争in夢幻回廊】
 怪奇だらけのあやかし荘だが、それにもう馴染んでしまっている者もいる。
「最近刺激が少ないなあ」
 庭で腕組みをして唸るのは天王寺綾。傍らでは、因幡恵美がほうきで落ち葉を掃いている。
「なあ、いいアイディアある?」
「ないですねぇ。私は刺激は少なくてもいいですよ」
「うちは多いほうがええんや」
「その願い、叶えてくれそうな奴がおるぞ」
 縁側で茶をすすっていた嬉璃がポツリと言った。
「本館に少年の霊が最近よく出てな。聞けば将来有望な陸上選手の卵だったそうぢゃ。その少年、大勢と精一杯走ることが出来れば成仏すると言っておる。……ここまで言えばわかるな?」
「うん、わかったで!」
 答え得たりと、綾は指を鳴らした。
「みんなで徒競走大会を開くんや! そうやな……コースは夢幻回廊がええか」
「綾さん、そんな無茶な」
 恵美の声は悲鳴に近かった。あやかし荘随一の混沌である夢幻回廊をそんなことに使うなんて、正気の沙汰ではない。
「別にあんたに参加せえとは言わんよ。うちが魑魅魍魎の中でも怯まない剛の者を見つけてくるさかいな」
 綾はすぐ戻ると言って、あやかし荘を後にした。

 それから、太陽がほんの少し西に傾いた頃。
 綾が連れてきたふたりの『魑魅魍魎の中でも怯まない剛の者』を見て、恵美はすっかり驚いてしまった。
「競争! なんだか血が騒ぐね!」
 力こぶを作って見せるのはチェリーナ・ライスフェルド。健康的な金髪が眩しい、17歳の少女である。いたって普通の人間のようだ。
「走るのはおれすげぇ得意だぞ、1回も負けたことねぇんだ」
 もうひとりもまだ10代と思われる少年だった。しかも顔右半分を包帯で隠し、全身に火傷の跡が見えた。チェリーナ以上に『剛の者』には到底見えなかった。
「得意って……その体、大丈夫なんですか?」
「コースには変なのがいるんだってね。じゃあ人型じゃ厄介だね。本性で走ってイイ?」
 彼は庭の隅の物置の影に隠れた。服を脱いでいるようだった。すると、一角天馬の姿となって出てきたので恵美はまた驚いた。彼の名は新座・クレイボーン。ユニサスと呼ばれる神馬だった。
「わしはもっとゴツい奴らを想像しとったが。まあ、こいつにとってはそういうのが一緒では、気持ちよく走れんかもしれんが」
 恵美がたまらず悲鳴をあげた。いつの間にか、嬉璃の隣に青白く霞む人影――少年の霊が出現していた。
「大声をあげるなと言うに」
「だって……いきなり出てきたりしたら誰だって」
「そう思ってるのはあんただけのようやけど?」
 綾が笑ってそう言ったのは、チェリーナと新座が迷わず少年幽霊に駆け寄ったからだった。
「私、本気で走るよ?」
「なるほど、いい脚の筋肉してるなあ。きっと速いんだろうなあ」
 少年幽霊が笑顔を浮かべているのを見て、恵美は何だか自分の幽霊嫌いが少し情けなくなった。

「ここがコースになる夢幻回廊ぢゃ。長さは1キロメートルほど。あと、いきなり悪霊が出るかもしれんが、そんな時は何とかやり過ごしながら走ることぢゃ」
「ただ足が速ければいいってわけやない。徒競争ってよりは障害物競争やね」
 嬉璃と綾があらかたの説明をすると、チェリーナ、新座、そして少年幽霊は頷いた。
 その先にはコールタールを撒いたような空間が広がっている。つまらんことに使うなと言っているように、今日の夢幻回廊は機嫌悪げに黒く混沌としていた。
「しっかし、あんたのソレは何?」
 綾が珍しいものを見るような目つきで言った。新座の傍らに鎮座している怪獣を模したメカと、新座の首に巻きついているヘビのようなものにさっきから注目していた。
「これ? 説明すると長くなるんだけど……このメカ怪獣は『ぎゃお』っていって、おれの血で作ったもの。このヘビはバングル変化した銀の有翼蛇『ケツァ』。ともかく、こいつらと一緒に走るから」
「4人と2匹と1機か。賑やかでよかろう」
 そう言って、嬉璃はピストルを手にした恵美を見た。
「本当にやらんのか」
「いいですってば」
 恵美は本音を言えば、一刻も早くこの夢幻回廊から立ち去りたいのだった。
「一等は頂くからね!」
 チェリーナが膝を十分に屈伸して、やる気をみなぎらせている。
「勝ち負けにはこだわんないや。レースじゃないし。でも出来たら勝ちたいかも」
 新座が首をブンブンと振って、前脚で床をザリザリと掻いた。
「じゃあ、いきますよ?」
 恵美がピストルを天井に向ける。皆が各々のスタート体勢をとる。
「よーい、スタート!」
 号砲が鳴り響き、ランナーは一斉に駆け始めた。

「よーし、いっくよー!」
 元気な声をあげたのはチェリーナ。彼女は真っ先に先頭に躍り出ると、グングン後続を引き離しにかかる。それに続くのがケツァを首に巻いた新座とメカ怪獣ぎゃお。次いで綾、嬉璃である。陸上選手の卵だったという幽霊は意外や意外、最後方につけていた。まずは様子見ということだろうか。
「1キロあるんやで、あとでバテても知らんよー?」
 綾が声をかけるが、チェリーナはすでに数十メートルは先に行っている。返事はなかった。
「あのコ、相当自信があるか無鉄砲かのどっちかやね……ん、どうしたん?」
 嬉璃の目が細くなり、唇がいたずらっぽく歪んでいた。
「見ろ、早速出たらしい。あの娘、これから世にも稀なる恐怖を味わうことになるぢゃろう」
 そう、先頭に立ったまま独走していたチェリーナの前。口は裂け、目は釣りあがり、見るからに凶悪そうな面構え。体色は不気味な緑色。正真正銘の悪霊がどこからともなく形を持って現れたのだった。
「止まれ小娘! この先は俺のテリト――」
 だが、誰とも知らぬ悪霊は最後まで言い終えることが出来なかった。
 止まるどころか、チェリーナはさらに走行スピードを上げて、真正面から飛び蹴りを放った。こんなことを予想できるはずもない。悪霊はみぞおちに飛び蹴りを食らうとあえなく昏倒してしまった。
「へへー、悪霊ってのはこんなもん? つーか、襲ってくるヒマがあったらあんたらも一緒に走りなさい!」
 チェリーナは何事もなく、再び駆けていった。
「……世にも稀なる恐怖?」
 綾は走りながら呆然と呟く。
「……ま、まあ、ああいうこともあるぢゃろうよ」
 嬉璃もさすがにあっけにとられている。
「おいおい、ボヤっとしてる場合じゃないな。あのまま先行逃げ切り勝ちされちゃたまらないよ」
 新座とぎゃおがペースをあげる。綾と嬉璃も引き離されないように続く。少年幽霊は相変わらず最後方で、様子を伺うような走りをしていた。
「もう半分は過ぎたわよね。このまま一気に行ってやるわ」
 チェリーナの後続は今だ50メートルは離れている。バテさえしなければ、確実に彼女の一等だった。もちろんバテない自信はある。
 ――しかし、彼女はそれを見て、今後の体力が少し心配になってきた。
「はは……ちょーっと数が多いんじゃない?」
 体色こそ違うが、先程と同じような姿形の悪霊が、チェリーナの前に再び出現した。しかもその数、数えるまでもなく10体以上はいる。
「ええい、気合よ気合!」
 チェリーナの拳が、蹴りが唸る。悪霊たちはバッタバッタと倒れてゆく。怖いのはどうやらその顔だけのようで、一体一体はそれほどの力はないらしい。
 が、いかんせん数が多い。チェリーナは正直疲れてきた。
 その時、足音――いや、蹄の音と無機質な音が聞こえてきた。
「それそれ、邪魔邪魔ー!」
 見れば、新座が角を突き出し前脚を突き出し、悪霊たちに突進していく。ぎゃおは鉄の尻尾を振り回す。ケツァは新座の死角である右方向から来るモノをガブリと噛む。その威力たるや、いずれもチェリーナのパンチや蹴りの数倍はあるだろう。
「んー、やるじゃないの。でも私だって負けないわよ」
 ライバルの奮闘を見て、チェリーナが息を吹き返す。迫りくる悪霊たちに次々と拳を見舞いつつ走っていった。
 前方のドンチャン騒ぎを目の当たりにしている綾と嬉璃は、
「うちには真似できんなぁ」
「まったく元気な奴らよの」
 何とも愉快な気分だった。

 そうして、魑魅魍魎たちを退けながら進む一行。残りは200メートルを切った。順位は変わらずチェリーナが先頭。ほぼ併走する形で新座とぎゃお。やや離れて綾と嬉璃。そして少年幽霊である。
 ここまで来たら、もはや体力の配分などない。あとは全力疾走のみ。
 と、綾と嬉璃が先頭集団に追いついてきた。
「さすがに悪霊どもの相手はしんどかったようやね、おふたりさん?」
 チェリーナと新座は自分たちを追い抜こうとする綾と嬉璃を睨んだ。体力が尽きかけているのは本当なのだ。
「何の、まだまだこれからよ!」
「おう!」
 チェリーナも新座もそう簡単には抜かせない。もはや意地である。
 残り100メートル。
 ――だが、この時点で最も体力があり、持ち前の速さを生かせる者は誰か。
「ん?」
「む?」
「え?」
「お?」
 瞬く間に綾を、嬉璃を、チェリーナを、新座を抜いた影がひとつ。
「うわ、速い!」
 直前まで先頭だったチェリーナが感嘆の声を上げる。
 少年幽霊は陸上選手の卵とまで言われた才能をいかんなく発揮し、残りのランナーを置き去りにした。
 チェリーナが、新座が必死に追いすがる。だが速い。もう追いつけない!
 風のような彼の前に、別館の灯りが見えてきた。そして――彼はそのまま別館の床板を踏んだ。
 優勝、少年幽霊!

 数秒後、ほとんど同時に残りのランナーがゴールした。
「あっちゃー、最後に脚に力が入らなくなっちゃったよ。見事に差された」
 新座が競走馬らしいことを言う。
「私も、肝心なところでガス欠」
 チェリーナは心底疲れ果てたといった様子で、床に座り込んだ。
「勝負どころまで体力を温存しといた彼の作戦勝ちやね」
 綾が参った参ったと言いつつ笑う。
「うむ、勝因は『基本に忠実』といったところかの」
 嬉璃が締めた。それが、誰もが納得のいく総評だった。

■エピローグ■

 暖かい夕陽に照らされて、庭では、少年幽霊を称える表彰式が行われていた。
「賞状。……えと、名前は何でしたっけ綾さん?」
「知らんよ。『あなたは』でええやん」
「あ、そうですね。あなたは『レッツ競争in夢幻回廊』にて素晴らしい成績を収めましたのでこれを賞します」
 恵美が手作りの賞状――皆が競争の最中に作っていた――を読み上げた。
 少年幽霊が賞状を受け取ると、ささやかな拍手が起こった。
 彼は一同を振り返った。
「ナイスラニング!」
 チェリーナは親指立ててとびっきりの笑顔を見せた。
「おめでとう!」
 新座も惜しみない賛辞を送る。
 ……と。
 少年の体は次第に薄れてゆく。彼をこの世に繋ぎ留めていた思念の糸は完全に切れたのだ。
「ここまでぢゃな」
 嬉璃の言葉に少年幽霊は頷き、微笑んだ。
 そして、ゆっくりと浮かび上がって――今ここにいた痕跡を何一つ残さず、空に溶け込むように消えた。満足して成仏したのだ。
「逝っちゃったね」
 しんみりとするチェリーナ。新座も寂しいねと呟く。
「本来なら、死んだ者がこの世に留まるなどあってはならんよ」
 嬉璃が達観した様子で言う。
「わかってはいますけどね……寂しいですね」
「まーた済ました顔して。恵美、そもそもああゆうの苦手やろ?」
「もー、からかわないでください綾さん!」

 そうして、あやかし荘の一日は今日も過ぎ行く。
 頭上を見上げれば、眩しい情熱のような夕焼け。
 少年はこれからは、天空で心置きなく走るのだろう。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2903/チェリーナ・ライスフェルド/女性/17歳/高校生】
【3060/新座・クレイボーン/男性/14歳/ユニサス(神馬)・競馬予想師】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。ご依頼ありがとうございました。
 お二方ともバトル系ではなかったですが、チェリーナさんの
 『気合!』と新座さんの『角! 蹄!』といった独特の手法で
 悪霊を蹴散らすシーンは楽しく書けました。
 
 それではまたお会いしましょう。
 
 from silflu