コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


神様が教えてくれた訳。

「ただいまです」
 何の変哲もない一日が終り、海原みなもはまだ誰もいない家に帰った。
 郵便受けに入っていた謎の小包を胸に抱いて。宛先はみなもで、差出人は父。ここでこれが怪しい小包になってしまうのは彼女の父が、やたらと彼女を玩具にしたがる性癖を持っているからである。
 虐待を受けているとか、そう言うわけではなく。
 困って泣きそうになっているみなもを見て、楽しむという、何と言うか悪趣味な趣向の持ち主なのだ。
 みなもは少し警戒しながらも、その小包を開く。幾重に重ねられた包装紙。
 取っても、取っても、取っても、取っても。
「いい加減疲れてきました……」
 これが新手の嫌がらせか、と彼女が真剣に考え始めた時、ようやくその小包は全貌を現した。中から現れたのは一枚のCDで、どうもゲームの様である。
 たったこれだけのためにどれだけの貴重な資源を費やしたのだろうか、と彼女は少々らちのない事を考えながら、とりあえず包装紙を片してゲームをしてみる事にしたのだった。


 ゲーム内容はいたって無難なRPG。
 大魔王が人々を苦しめ、蹂躙し、そして逆らう人々を動物に変えて―――無難?―――苦しめている。人々はただ恐れ戦き、魔王の治世は続いていく。
 そんな中、神からの託宣を受けた『みなも』は女だてらに勇者に転職し、村人として静かに一生を送る道を棄てた。
 というオープニングが流れるのを、みなもは少し興味深そうに眺めていた。性別は女で、勇者の名前を『みなも』にしてゲームを開始。
 まずは魔王の住む場所の情報収集。あちこちたらい回しにされた挙句、五つ目の村で生贄にされかける。何とか生贄を要求してきた竜を討伐して、その竜に捕らえられていた女性から、魔王の城の位置をようやくゲット。
 しかし、魔王を倒すためには聖剣が必要だという。
 次はその聖剣探しにまた世界中たらい回し。
 あちこちで無理難題を吹っかけられ、その度に頭を使ってダンジョンをクリアし、レベルあげに励んだ。
 そんなこんなで、無事聖剣ゲット。
 どうもこれじゃないと魔王は傷つかないというのだが、一体どんなラスボスなのか。
 勇者『みなも』は勇敢にも魔王の住むパレスへと正面から挑む。
 襲い掛かる罠とモンスターを一刀両断に、時には戦略的撤退をし、大魔王の前に立った時には、『みなも』は満身創痍だった。
 アイテム欄には、回復アイテムが五個だけ。呪文の残り回数も僅か。必殺技もぎりぎり。
『勝負よ、魔王! 世界中の人々を苦しめた報いをうけなさい!』
 セーブをしてから戦闘開始だ。
 知らぬうちに、コントローラーを握るみなもの手は汗ばんでいる。
 何も一晩でクリアする必要性もないのだが、妙に気持ちが逸って、結局ラスボスもクリアしてしまった。
 『みなも』はまた村人に転職し、溢れる求婚者を鍛えた技で追い払いながら余生を送り、やがて幼馴染と結婚。
 幸せになりましたとさ。
 という、何だか感慨深くないエンディングを見終わった時には、既に時刻は深夜一時をまわってる。
 父が送ってきたものにしては、妙に無難である。
 どこでどんな罠が張られているか。
 みなもはそればかり気にしていて少し疲れてもいた。
 シャワーを浴びればゲームが終わったという充実感もあり、罠はなかったという安堵感もあり、彼女はすっきりと寝入る事ができる。
 しかし、彼女の問題はこれからだった。


 ―――みなも……海原みなもよ……

「はい?」
 声を返してから、彼女は現状がおかしい事に気がついた。
 どこを見ても、当たりが真っ白なのだ。
 純白の景色は、奇妙に平面的で。

 ―――蔓延る悪を倒せるのは、あなただけ……

「そうなんですか」

 答えるが、どうも聞き覚えおあるフレーズ。
 みなもは頭を捻って、どこで聞いたかをひねり出そうとした。

 ―――立ち上がるのは今……悪を倒し、正義の御世を作るのです……

「が、がんばります」

 重大使命をその身に帯びてしまったみなもは、良く解らないうちに装備を整えられてしまった。寝巻きだったのだが、気がつけばそれは消えている。
 皮の胴鎧は面積が少なく、ぎりぎりからだの急所を隠している程度。
 丈の短いスカートは動きやすいが、どうも防御率は悪そうだ。
 膝まであるブーツが唯一の救いと言えなくもない。それと同じ素材で作られてるであろう篭手は、意外に頑丈だった。
 青い髪を高い位置で、革紐で一つにまとめて。
 彼女は勇者になっていた。
 腰には帯剣している。
 と、そこで彼女ははた、と気がついた。
 そう。
 これは昨日やったRPGのオープニングに至極似ている―――これが現実で在る事を覗けばほぼ同じと言っても過言ではない。
「なるほど」
 と、納得している場合でもないのだ。
 あのRPG、結構ハードである。世界中を練り歩くのだから。
 しかし、ゲームは始まってしまった。
「勇者様―――っ!」
「勇者様だ!」
「勇者様だぞっ!」
 始めのシーンは勇者の凱旋。
 初っ端から村の近くの森に住み着いた、夜盗退治を済ませた彼女が、勇者として認められる所から話は始まるのだ。
 見た事がある場所なのだが、風は少し湿気を含んだ緑の匂いを運んでくるし、アスファルトになれた足元には、土を踏む感触は珍しい。空は驚くほど広く、白い雲が目に痛いほどだ。
 空気が、信じられないほど澄んでいた。
 とりあえずみなもは、腹を括った。
 現状がどうなっているにしても、生き残るためには闘うしか術がなく、そしてその術を幸いな事に彼女は持ち合わせていた。
 何より、話の主筋は既に知っていたので、余計な事は一切しない。
 真っ直ぐにドラゴンの根城に向かい―――不思議な事に、どれ程歩いても大して疲れない―――そこでドラゴンを倒して女性から魔王のすむパレスの場所と聖剣の話を聞く。
 ついで聖剣のある祠のダンジョンを余裕でクリア。ここは散々迷ったため、地図などなくとも既に覚えきっていた。幸い覚えていた呪文で扉は開く。聖剣はあっけなくみなもの手に渡った。
 あっけなすぎる気もしつつ、彼女は魔王の住むパレスへと向かう。
 さっさと済まそうという気分であった。しかし、これが父の罠だとしたら、やはり意外にあっけない。
 これからが執念場で在る事を、彼女は本能的に知っていた。
 ゲームであればセーブをしてから戦闘開始だが、今はみなもは一つ深呼吸だけして、強大な扉を押し開いた。触れば驚くほど緻密な彫刻が施してあるそれは、僅かな抵抗だけで彼女を中へと導く。
「大魔王、勝負です!」
 息を吐いたみなもは、剣を腰だめにして啖呵を切った。が。
「遅かったな」
 振り向いた魔王に、彼女は硬直する。
 そこにいたのは、何故だか妙に普通の壮年だった。上品にポマードで固められた髪は、少し白いものが混じっている。が、その人好きのする笑顔は、好感を持たずにいるのは難しい。
「はじめまして。可愛い勇者さん」
「あ、はい。はじめまして。大魔王さん」
 さんづけされれば、こちらとて呼び捨てにするわけにはいかない。妙な気分で、みなもは頭を下げた。
「で、やはり私を倒しますか?」
 穏やかな口調で、魔王はそういった。
「はい。やっぱり、そう言う流れですので」
 微笑すら湛えて、みなもは頷く。

 かくして戦いの火蓋は切って落とされた。

 勝敗は驚くほどにあっけなかった。
「え? あ、あたしの負けですか?」
「そんな感じだね」
 剣が通用しない。これしか大魔王を傷つける事ができないという、伝説の聖剣だというのに。
魔法もどんな防御力をしているのか。相手のHPが減った気すらしない。
 で、あれよあれよと小突き回されているうちに、あっという間にThe End。
「では、みなと同じように姿を変えてあげましょう」
「え? これで終りじゃないんですか?」
 通常、ゲームオーバーになれば話はそこまでである。が、どうも続きがあるようだ。それも、誰かさんの趣味を髣髴させる悪趣味なものが。
「寧ろ、ここからが本番です」
 にやり、と魔王の口元が笑む。
 それの人の悪い事。
 ちょっと待ってください、とみなもは手を伸ばし―――愕然と凍りついた。
 その手が彼女の髪の色と同じ青い体毛に覆われ始めている。それに気がついた途端、頭が割れるように痛み出した。
 まるで、木槌で力任せに殴られているようだ。
 耐え切れずに膝を折って、彼女は良く磨きこまれた床に屈っする。
 悪夢は、そこから始まった。 
 鏡のように磨かれた大理石に、彼女の姿が映っているのだ。ゆっくりと、耳が変化するその姿が。
「い、いやぁぁぁぁっ!」
 悲鳴が喉を迸った。
 思考が一切合財、停止する。
 口が裂ける。その口からぞろりととがった歯が―――牙が覗く。体毛に覆われていく顔。
 青い瞳がそれを見続ける。
「きゃぁっ!」
 全身に痛みが来た。
 背骨が軋む音が聞こえそうな、その苦痛。ぎりぎりと、無理矢理狭い何かに体を押し込められているかのようだ。
 全身に、ざらりとした毛が生えてくる感触が、リアルに感じる。必死でそれから逃れるかのように体を揺すれば、髪が乱れて全身を覆った。
 頭も尚痛んでいるが、もうそれが遠い事に感じられてきた。
 ゆっくりと移動していた耳が、青い体毛に覆われて頭上に来る。ぞっとして、みなもはそれに手を伸ばした。
 爪と肉球を供えた前足を。
「やだぁっ!」
 思わずその前足を体から遠ざけ、その時耳が伏せられた事に、彼女はまたしてもぞっとする。服が小さくなってきてる。実感できた。
 何か自分が人間とは違う獣にされるのだと、そこで彼女は強く実感する。
 総毛立つ。
「や、いや、やめてくださいっ!」
 それは誰への懇願か。
 青い瞳から涙が溢れた。
「おやおや。何を言っているかさっぱりだよ」
 玉座に座って彼女を見下ろしていた魔王が、くつくつと笑いながら彼女に言葉を投げかける。
「すっかり、犬になってきたね」
 犬、といわれてみなもは自分の全身を見るために立ち上がろうとし―――どうしようもなくバランスが悪い事に気がついた。
 足は細く、毛に覆われ、尚且つバランスを取ろうとすると後ろで青い何かが揺れる。
 疑いようもなく、それは彼女の尾?骨が伸びたのであろう、ふさふさとした尻尾だった。
「わぉんっ!」
 ついで、耳を突く吼え声に、彼女は悲鳴を上げた。
 もうそれは、人の声ではなかった。
「はっはっは。いい事を教えてあげるよ。みなも。実はこれは、ちょっとしたお芝居だったんだよ」
 みなもは涙に濡れた瞳を上げた。
 その彼女のいたいけな瞳に、魔王は教えるようにゆっくりと言い聞かせる。
「あの神の託宣なるものはね、私がやったんだよ。君を一目見たときから気に入っていてね。是非、我がパレスで犬として飼いたいと思ってね」
 気が、遠くなった。
 魔王がいそいそと近寄ってきて、彼女の首もとへ何かをつけた。それが首輪だと気がついた瞬間、みなもは全身を使って抗う。
 が、何をしようが首輪に取り付けられた太い鎖が、彼女の行動を制限した。
 外し方は解っているのに、見えないし、犬の前足はそれほど器用な動きはできないようになっている。
「暴れていると、今夜のご飯は上げないよ?」
 愉悦に浸る魔王を、みなもは睨みつけた。睨まれた相手は、微かな苦笑をして肩を竦める。
「おお怖い」
 わざとらしいその言い方に、彼女はますます眼光を厳しくした。が、それ以外に何もする事ができない悔しさで、どうかなりそうだった。
 なんという辱めだろう。
 倒しに来た魔王に、犬として飼われるなんて。

 しかし、犬にされた事により、脳の一部に変化があったのか。
 彼女は徐々に現状を受け入れていった。

「みなも、取っておいで」
「わんっ!」
 魔王が器用に投げたフリスビーを、みなもは地をけって追いかける。全身のばねを存分に使って、彼女は宙を舞うそれをくわえた。
「偉いぞ」
 そう言って手を打つ魔王のところに、彼女は尻尾を振りながら駆け寄る。フリスビーを渡して、再度投げてくれとその目で訴えた。
「残念だが今日はこの辺にしよう」
 優しい目で魔王がそう言う。
「きゅぅん」
 鼻を鳴らして、彼女は淋しい意を漏らしながらも従う。大きな手が頭を撫で、知らずに彼女の尻尾が元気を取り戻した。
「よし、家まで競争だ!」
「わんっ!」
 かつて勇者として挑んだパレスに、みなもは全力でかけ帰る。不思議ではあったが、既に違和感はなくなっていた。
 常に魔王がまわしているホームビデオも。
 走るとぶれるという理由で、のんびりと彼女の後を歩いてくる魔王に、みなもは駆け寄って行って足元にじゃれ付く。
「はは。可愛い奴だな、お前は」
 最上級のほめ言葉に、彼女は尻尾を全快にして、甘えるようにして頭を彼の足に擦り付けた。
「よしよし」
 頭を撫でてくれる大きな手。
 そして、常にまわっているビデオ。
 誰かに似ているような気もするのだが、今のみなもにはどうでもよかった。
「今日のご飯は小鹿の腿肉だよ。昨日の狩で取ってきたんだ。一緒に食べような」
「わんっ」
 彼はもう、魔王ではなかった。
 人々を蹂躙する事も、君臨する事も止めたこの男は、ただひたすらみなもをビデオテープに収め、まるでそのためだけに生きている様にも見える。
 彼女にはそれが嬉しく感じた。
「わん、わんっ!」
 みなもが呼ぶと、彼は優しく笑って手を振ってくれて。
 世界は、平和だった。



「って、それってありですかっ!?」
 思わず、彼女は飛び起きた。
 青い瞳は涙に潤み、寝乱れた青い髪を梳く暇もなくみなもは辺りを見回して、夢であった事を確認する。
 夢を見た朝は疲れるというのが定石であるが、今朝は殊更に疲れた気分でみなもは身支度を整えた。
 目の下の隈に少しだけ化粧をして隠し、欠伸をかみ殺しながら彼女はキッチンに向かおうとした。不意に、郵便受けが気になってみなもは玄関へ向う。それには少々勇気が必要だった。
 昨日の今日でまたゲームが送ってきていたらどうしよう、と思いつつも彼女は果敢にも郵便受けを開く。心臓が高鳴った。
 そこには、一つの小包。
 宛名はみなもで、送り主は彼女の父。
 そして、住所の横に書き添えられた備考欄。
『ビデオテープ在中』
 それはもしかして、一頭の青い犬の飼育記録だったりするのだろうか。

 朝陽が街路樹を通して木漏れ日を落とし、彼女の白い肌に少し奇妙な模様をつけた。
 風は慰めるようにその肌を撫でたが、流れ落ちる涙を止める事はできなかった。
 これが、彼女の家族の愛である。
 そう信じようとしても、涙は零れ続けるのだった。



END