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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


夏服の屋上

 初夏の若葉の緑が眩しい。
 学園内では至る所に顔を覗かせた木々の新緑が、実に目に鮮やかだった。
 季節はもう5月を過ぎて、生徒達も皆、夏の装いへと姿を変えてゆく。
 ……そう、もう季節は夏へと確実に近づいていたんだ。
 誰しもがそんな風に実感し、空を見つめる午後の時間。
 衣替えのシーズンに、久し振りに袖を通した、夏服の半袖がまだ少し寒く感じながらも、生徒達の中では、誰もが自然に心が躍っていた。
 男子は皆、何だか見慣れない夏服の女のコ達を見ながら何か話しているらしい。
 今日も学園の屋上から、少し傾きかけた日差しを浴びながら、今日も生徒達は何時もと変わらず、放課後の屋上で雑談を続けているのだ。
 爽やかな風が今、吹き抜けてゆく……。


「ねぇ〜夏休み、どうする? 皆で何か考えようよ! どっか行きたくない? 」
 そんな、幾人かの夏服姿の生徒たちがグラウンドを見下ろす格好で、話し込んでいる屋上の一角では、16歳の高校生、春日・真紀(かすが・まき)が、直ぐ横に並んだ同じクラスの友人に対して、そう声を掛けた。
 真紀は一見しただけで、印象深げな色白の肌を持つ少女である。
 長くてふわりと揺れる、艶のある黒髪に、両眼は金……。
 一見すると、145センチしかない身長の小さなこの少女の経歴は、実は類稀なほどに、非常に特異なものでもあった。
 何せ、小学生で既に漫画家としてデビュー。
 現在ホッパーという週刊少年漫画雑誌にて「春野・小風」というペンネームを用いて、『夢幻戦隊ストレンジャー』という、連載の仕事を抱えていた。
 要するに、現役高校生、プロ漫画家である。
 それに加えて、同名のペンネームでティーンズノベルの小説家としての側面をも、合わせ持っていた。
 そんな真紀の横には、親友と呼べる少女三人が並んで腰を下ろし、その全員が、屋上の壁にもたれかかった姿勢で空を眺めている格好だった。
「真紀……そんな事言ってるけど、実際、あんたが一番、仕事休めないんじゃないの? 今度の新しいコミックの発売、何時だっけ? その原稿の直しの、最終の締め切りがどうとかって、その直しが夏休みにかかるって、ついこの間言ってなかった?! 」
 真紀の言葉に、直ぐさま、傍らの友人の一人がすっぱりと答えを返してきた。
 勿論、そんな多岐に渡る仕事を抱えつつ、学生を続ける真紀の事情を充分に知る、友人の言葉だけにいかにも、究極な程に、真理をついた発言ともなった。
 一瞬、友人の言い放ったその言葉に、真紀がぐっと詰まったように、顔をしかめて見せた。
「そっ……そんな事ないよ、だってやっぱり夏休みは、皆でどっか出かけたいし! 仕事だって、その為だったら、あたし……絶対に終らせるもん! 」
 真紀の言葉に、もう一人の友人が口を開いた。
「でも無理しない方がいいよ、真紀ちゃん。締めきり前、何時も寝てないってクマ作って学校来るし。大変そうだって思うから……」
 真紀の方を心配げに見つめながら、その少女は穏やかな調子でそう言った。
「全く、何であんたはそんなにこいつに優しいのよ……! つーか、あんた絶対、真紀に甘いってばっ! 甘すぎっ! 」
 最初の友人があくまで強気に、そう言い張った。
「だって真紀ちゃんが忙しいのは、本当の事でしょう? 」
 真紀はそう言って、自分に対してのフォローに完全に徹したかのような、少女にぎゅっと抱きついた。
「そ〜やって分かってくれるの、すっごく嬉しい! ありがと」
 すると、さっきの穏やかな口調の少女の、奥にしゃがみ込んで、一人黙々とファッション雑誌に目を通していた少女が顔を上げた。
「でも、もう夏だもんね、どっか行きたいな〜って気持ち分かるよ〜」
「それより前に、あたしらって、なんか淋しすぎない? もう夏になるのに、誰一人彼氏もいなくてさ。つまんない! っていうか、寒いって、全員」
 一人がそう言い放った言葉に、残りの三人が顔を見合わせた。
「……確かに淋しいよね。誰も彼がいないこの状態って」
 誰かれとなく、そう呟き合った後で、真紀が口を開いた。
「ああ、あたしら16なのに! 夏になるのに、一体何やってんだろ、なんかそれ考えたら無茶苦茶淋しくなってきた……」
 先程、真紀に強気で迫った友人が、ため息混じりにそう言った。
「やめてよ〜、なんかそれ真剣に言われると、あたしらまで、なんかすっごい沈んでくるじゃない」
 友人の一人がげんなりしたように口にした言葉に、真紀が顔を上げた。
「じゃあ、やっぱり夏休みは海だよ! 海行こうよ! 泊まりでっ! この4人で、海行って彼、作らない? 」
 真紀の提案に、残りの三人も応える。
「泊まりで海か……いいかも、男がいっぱい。真紀いいこと言うじゃん」
「わたしは男の子は別にいいんだけど……でも、真紀ちゃんが言う通り、皆で行ったらきっと楽しいよね。夜は花火とかしたいなぁ」
 二人が頷き合うのを見ながら、真紀が今度は、雑誌に目を通したままの、少女に向かって声を掛けた。
「んじゃ、それで決まりって事で。後は場所とかかな……。ねぇ〜? その雑誌になんか載ってない? 良さそうなとこ」
 真紀の声に、雑誌を持った少女が、ぱらぱらとページをめくった。
「場所か〜どっかに載ってそうだけどね、ちょっと待ってて……」
 その次の瞬間、本を持っていた少女の叫びが上がった
「あっっ!!! 」
「何、どうしたぁ? 」
「この水着かわいい〜! かわいすぎる!! 」
 すると、ファッション雑誌を持っていた少女に、真紀がすかさず
「嘘っ?! どれ?! 見せて見せて!! どこどこどこ?? 」
 そう言って雑誌を覗き込んできた真紀に、雑誌を持っていた少女が目当ての水着を指差した。
「これ、絶対かわいいって」
「あ!!! ホントだ、すっごいかわいい! これほしい!! 絶対ほしい!! あたし、ぜっったい買う! 」
 真紀が大賛同で、すかさす叫ぶ。
「えぇ〜真紀ってば、今、わたしが先に見つけたのにぃ。私だって買おうと思ってたんだよ、ひどいっ」
 真紀に対して、本を持っていた少女が非難がましく、そう言った。
「あんたら、二人でうるさいって。そんなに言うんなら、じゃあ、ふたりとも、同じの買えばいいじゃん」
 もう一人の友人が言った言葉に、真紀と雑誌を手にした少女が、お互いに顔を見合わせた。
「水着が……」
「……おそろい? 」
 真紀と少女の間に、一瞬、妙な沈黙が流れた。
「いや、それはちょっと……違うって」
「……だよねぇ。今想像して、かなり嫌だった」
「ま……それよりも、水着って毎年いいのは早く売り切れちゃうし、やっぱり、早めに買いに行った方がいいのかなぁ」
 雑誌を持ったそんな少女の言葉に、今度は真紀が大きく頷いて見せる。
「そうそう〜! 絶対そーだよねぇ。それ分かるっ! 服とかでも、結局みんな気に入るのとかって同じだから、早く行かないと、いいって何時も店からすぐに無くなっちゃうからな〜。遅く行ったって、いいのって絶対買えない。特に、こーゆー雑誌に載ったのは、競争率高い高げだから、直ぐになくなりそうだしなぁ。ねぇ、これって何処のブランド? 今日帰りに寄って見たいな〜本物やつ、もしかしたらもう無いかも……だったらへこむね」
 真紀の言葉を聞きながら、再び少女が本に目を通している。
「ねぇ、真紀、こっちに他にも、かわいいやつ載ってるよ、見てみて〜」
 少女の言葉に、真紀が再び本に視線を移した。
「あ、ほんとだ。これって今年の流行のやつなのか。でもさっきのの方が、全然かわいいじゃん」
「あれは、わたしが先に見つけたんだからっ……ってか、譲れよ。わたしに」
「イヤ」
 真紀の即答に、
「早っ! 今、一瞬も考えてないじゃん……。ねぇ、1秒くらいは、どっかでちょっとは考えとこうよ……? 」
「考える余地無し! 」
「うわっ、心、狭っ……あんたって、し、信じらんない」
 本を持った少女の言葉の後で、呆れたようにもう一人の友人が口を挟んできた。
「つーか、あんたら、海行く時の、行き先探してたんじゃないの? それが何で、いきなり水着になってるわけ? 」
 その言葉に、本を持っていた少女がはたと顔を上げた。
「あ、そかそか。行き先か。……そうだった、ごめん。なんか暴走してたよ」
「……あと、泊まるとこも探さないとね。とりあえず、泊まるとこだけは早めに確保しとかないと」
「おし、任しとけっ! 」
 本を持った少女が、そう応えつつ、再びページをめくり始めた。
「……ほんとかよ。ほんとに大丈夫かよ」
「いや、それを言われると何とも……」
「……」
 その直後、三人が誰からともなく、何となく沈黙した。
「楽しみだね、すごい嬉しい、皆で海に行けるなんて」
 うきうきとした調子で、心底嬉しそうにそう言った、さっき真紀をフォローした少女の肩を、三人がぽんと叩いた。
「あんただけは、どうやっても、何時も平和よねぇ〜」
「え……? ど、どうしたの? みんな??? 」
 言葉の意味が分からぬと言いたげに、肩を叩かれた少女がそう訊いた。
「役所がいい感じで決まってるからね、何時も……あんたにはつくづく癒されるわ」
 真紀と残りの一人が、いかにも、というような様子で頷いた。


「じゃ、そういう事で、夏休みは海に決定っっ! 」
 一通り相談し合った後で、真紀がそう宣言した。
「おし、男作るぞ、絶対なっ! 」
「わたしは皆と一緒ならそれでいいから。楽しみ〜」
「水着は譲ってもらうからね……真紀」
 三人の友人が、それぞれに口にした言葉に、真紀ががくっと肩を落とした。
「……なんか、統率感の薄い4人だな〜。何なの、あんたら、脱力するって、それ」
「それはあんたにも、最初から無いから気にしないでいい」
「あ、そか」
 真紀は何となく納得したように、そう言った。
「なんかお腹すいたな〜、帰り、コンビニ寄ってく? 」
 もう、神聖都学園の校舎の屋上から見える太陽は、西へ沈みかかっていた。
「うん、帰ろっか。頑張ろうねっ! 海っ!!! 」
 4人は頷いて笑いながら、立ち上がった。


 おわり



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2845 / 春日・真紀 / 女性 / 16歳 / 高校生、漫画家、小説家、イラストレーター】



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■         ライター通信          ■
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初めまして、桔京双葉と申します。
この度は、お申し込みを頂きまして、誠にありがとうございました。
夏休みの海水浴を計画する、真紀さん達を書いていて、私も個人的に
思わず、夏は出掛けたくなってしまいました。
楽しい機会をお与え下さいまして、本当にありがとうございました。