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<東京怪談・PCゲームノベル>


「箱庭庭園‐失楽園-」


 身体が、知覚していることは全て。

(奥底にあり、本人が気付かぬものであっても)

 全て。

 自分の内部にある。

 叫びたい、言葉。
 叫ばなくてもいい言葉。

 言ったら……後悔するだろうものでさえ、美しくしまっておきたいものでさえ、全て。





 消えないものは無い。
 長生者として、何時か、自分も水へと還るだろう事をセレスティ・カーニンガムは知っている。

 変わらないものも無い。

 繰り返し流れる流転の繰り返し、似たようなものをどこかで見たような気さえするのに、一つとして同じ物等さえ、無い。

 全てが違い、全てが同じである。

(いいや、これは――)


 間違い、でしょうか?


 すぐ近くに居る、青年と少女を見て苦笑い。

 何故、こんな思考が最近になって生まれてしまったのか、どう考えても思い出せないままに、ますます染みの様に広がってゆく何かに気持ち悪さを覚えながら、お茶を一口、口に含んだ。

 …口の中に広がるミントの味が心地よく、すっきりとした気分になる。

 ふと室内を見渡すと、毒々しいとさえ言える緋色の百合が生けられていた。

(成る程……此処まで私は周りが見えておりませんでしたか……)

 出されたお茶が、ミントティーだったこと、室内に、緋色の百合が生けられていたことは、いつもの自分ならば、きっとまず最初に言えた筈のものだった。
 いいや、言わずにはいられないもの達のはずだったのに――

 ……再び、セレスティは苦笑いを浮かべ、息をつく。


 余りに珍しい光景の所為か、猫とまあやが、思わず目を見合わせてしまうほど。

 そして。
「…珍しいね、どうしたんだい?」
 猫がやんわりと口を開いた。
だが……。
 「いえ、別に……私にしてみれば、今日のこの光景の方が珍しいですよ?」

 まあや嬢と、貴方が一緒にいる光景を見れるなんてね。

 そう言いながら、セレスティは、笑むこともなく、二人を見つめ続ける。

(……二人が揃うとまるで)

 闇夜のようだ。
 月が無い、晩の夜。

 灯りナシでは歩けない夜の――色。

(闇、ですね……見事なまでの黒。何も無い、瞳を閉じれば浮かぶ色……)

 …駄目だ。
 本当にどうしたと言うのだろう?

 心が晴れ間を見せずに、どんどん、どんどん、沈みこんでゆく。

 泳げる筈の海で泳げなくなり、突如として恐怖を覚える瞬間に良く似ている。

 何故――こうも、様々なものが見えなくなる?
 何時から、こうも……

 ふたりを見つめ続けた所為だろうか。
 あまりに視界が塞がれてゆくような感覚に、セレスティは自分自身意識することも無く緩やかに。
 瞳を、閉ざした。




 ……気付いている。

 知っている。

 自分の中に、溜まる靄。

 心の澱みは、今はどれだけ自分の内部へと溜まっているのだろう?
 解っていても忙しさに忘れる。
 顧みたくも無いから、あえて、忘れたフリをする。

(――だって)

 見たくないときにそう言うものを見てしまったら。

(…疲れるじゃあありませんか………)

 無駄な疲労は追いたくもないし、時間の無駄だと思う事も考えて痛くは無い物だ。
 生きていれば誰でさえ、辛いものよりも幸福なものを見たいと望むのと同じように。

 なのに、今は。

 その疲れる思考を追ってしまっている。
 心に闇を育てる事の出来る自分も、もしかしたら、闇の住人なのかも知れない。

 いいや、多分きっと。

 否定するでもなく、……そうなのだろうけど。

 だが。
 それは時を経る事の出来る全ての生物に当てはまる事とも思う。
 闇の中に心を住まわせたままで居るのは、何か別の誰かを内包して居るようで気分だとて良くはない。

 …どちらかと言えば、不愉快でさえ、ある。

 追いたくない。
 出来うるだけ、こんな考えなどではない違うことを思いたい。

 それでも、戻ってしまう。
 夢の淵に漂う、見たくもないものへと。




『これは、何ですか?』

 セレスティは、とある箱庭に関心を寄せた。
 小さな、世界。

 その中には少女がおり、羊飼いが居り……飼われる羊に草原、そして花々があった。
 小さなビー玉大の大きさの玉も所々に配置されており、それが何処か箱庭にそぐわず奇妙な感覚を植え付ける。

 が、それも意識さえしなければ、済む話。

 今一度、セレスティは間近に居る青年へと問い掛け、箱庭に触れようとした――すると。

『触れてはいけない。見るだけに留めておいた方がいい』

 触れようとした手を遮り、猫はセレスティの手を、掴む。
 其処で、疑問も持たず「そうですか?」と言えば良かったのかも知れない。

 だが、この日ばかりはそれが出来なかった。
 何故、そう言われ手を掴まれなければならないのか――、いつもならば互いの言葉の中に、込められた思いを感じ取れるのに、全くと言って良いほど、この時ばかりは何も感じ取れず……そう、簡単に言えば「カチン」と来てしまったのだ。

 もう少し何か、言いようや、やりようがあるではないですか、と。

 だから。
 少しばかり、困ってしまえばいいと思った。
 子供じみているし、らしくもないけれど……彼が、用があって居なくなった、その隙に。

 ――箱庭の、配置を。

 ……少しばかり、変えた。ビー玉の配置も、羊飼いたちの配置も、ほんの僅かずつでは…あるけれど。

(ああ、そう言えば)

 その日の夜からだったかもしれないですね――……疲れるような夢を見始めたのは。
 色々なものが、落ち着いて見れなくなっていったのは――……。





 瞳を閉じたセレスティを見つめること暫し。
 まあやが、困ったようになみなみ注がれたカップの中、ティスプーンをくるり、と回した。
 紅茶の中、波紋が生まれ、それが消えないうちにまあやは一口、紅茶を含んだ。

 ……何故だろうか、少しばかりミントの味が強い。
 紅茶の渋みと相まって、何と言っていいか解らず、まあやは箱庭が置いてある部屋の方向へと視線を這わせた。

 触れてはならない箱庭の配置が変わっているので、彼等が動き出すまでは動けない。
 それが、暗黙の了解であると、まあやは気付いていた。

 漸く、猫が口を開く。

「…さて、どうしたものだろうね?」
「…猫さんは、どうされたいんです?」

 ポツリと呟く猫に柔らかな微笑を浮かべまあやは逆に問い返した。
 自然と猫の顔に表情らしい表情が生まれる。

「長生きの友人が消えるのは、哀しいね」
「ふふ……でも、箱庭って配置が狂うだけでもおかしくなるもの?」
 普通なら直してしまえばいいものなのに直せない、直すのは何かが起きてからのみ。
 バランスが悪すぎるとまあやは、箱庭に対し、呟く。
 だが。
「楽譜と同じさ。見事な旋律ならば曲となって聞こえよう。だが配置が狂ったそれは――」
 猫の言葉で漸く納得がいき、カップをテーブルの上へと置くと、微かに磁器の音が響いた。
「箱庭ではない、訳ですね……潜れますか?」
「少しばかりの抵抗は無きにしも非ずだ。が、まあ……」

 二人が潜る分には、問題は、無いと思うよ?

 猫は、そう言うと、まあやの手を握る。
 瞳を閉じるセレスティの規則正しい呼吸だけが、一つ、二つ……と。

 室内に満ちては、空気に溶け。
 空気に溶けては、息が満ちるを繰り返し……何処へと消えたのか、室内にはセレスティ一人の姿だけが、静かに、ソファへと横たえられている。




(我が儘な――願いだとは思うのです)

 だが、疲れた。
 考えるのも問いかけに答えるのも……面倒臭い。

 …ああ、面倒臭い、等と言う言葉を使うと庭師に似て来た、と言われるだろうか?

 苦笑が浮かぶのを抑えられないまま、思考の海でセレスティはただ、思う。


(心から澱を流して仕舞えるのなら、それを見届けて見たい、と願うのは)


 だが、苛々して、腹を立てて。
 時に、自分以外の人物なのだから完璧に解ってくれる筈など無いのに、言葉をかけることさえ忘れて、そして様々な事を考え、落ち込んでは引き摺られて。
 それよりも近くで、解りあえる方が余程良い。

 ……光が近い。
 なのに、また引き戻されそうになる、思考。

 …疲れては思考が曖昧になるのなら、いっそ考えない方がいいのかもしれない。何か別の事を――とも思う。
 此処は夢の中。
 現実から、違う世界へと飛び立てる場所。
 
けれど、この世界ではない、夢もある。
 願い続ける夢が、それだ。

(夢は、叶わないからこそ、夢)

 叶ってしまえば現実に、自分の腕の中に落ちてくる…曖昧な、モノ。

『でも、だからこそ夢を人は見る事が出来る。叶わないと言いつつ信じ続けれるから』

 声。
 …確か、これは猫の声だ。
 聞こえるかい?と苦笑交じりの声が聞こえる。
 君には凄く悪いことをした――とも、謝りながら。

 何を貴方は謝るのですか?
 そう聞くと、次に、まあやの声が凛とした響きを持って響いた。

『あの箱庭の事ですよ。あれに触れたから、セレスティさんは少しばかり…疲れたんです』

 長生者の人に、様々な歴史が圧し掛かる。
 苦しいこと…辛いこと、様々なものが集まって、凝り固まって。

『だから何も見えなくなって感じれなくなった、本当に申し訳ない』

 ……私も触れるなと言われて怒りましたからお相子でしょうか?

 くす、とセレスティは微笑う。
 何故だろう、光を更に身近に感じる。

 大切な人の姿を、瞳で見る事が出来れば……と、ふと思う。
 すると、それは容易いほど身近に感じられた。

 ――光が、ある。

 自分の心の中にも、思考の中にも。

 あるがままを受け入れて納得してゆけば。
 腹を立てる事さえあっても、歩み寄ることさえ思い出せれば。

 何時どのような時であろうと、こんなにも、光が近い。

 大切な人の側に居る事、触れる事が出来るだけで嬉しく思う事。
 誰かを愛しいと思うこと、それだけで世界は―意味をもっていく。

(ああ、そうでした……私は……)

 違うことを、ふと思い出すと、セレスティは更に唇に浮かぶ笑みを深める。
 まあやと猫のふたりが「どうした?」と言うように楽しげに声をかける。

 すると
 乾いた夢の世界から、潤うように溢れ出す、水が、セレスティ達以外を除いて全て荒い流していく。

 流されていく……小さな、小さな、固まりのような物を見送ると、セレスティは「いえね?」と言葉を口にする。


「すっかり忘れていたんですが、私は――低血圧だったのですよ」
「なるほど? それは確かに今までの夢見もさぞかし……」
「ええ、最悪でした。でも、まあ……そうですね……」
「「?」」
「懐かしく思うことを取り戻せて面白かったのも事実かもしれません。…意外かもしれませんが、過ぎてしまうと私は」

 辛かったことさえ、楽しく感じてしまうようなのですよ?

 片目を閉じ、そう、言葉を締め括るセレスティに、夢の中、まあやと猫も楽しそうに声を立てて――、笑った。



―End―

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■   登場人物                  ■
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【1883 / セレスティ・カーニンガム  / 男 /
 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】

【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
【NPC / 綾瀬・まあや / 女 / 17 / 闇の調律師】
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■        庭 園 通 信          ■
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こんにちは。ライターの秋月 奏です。
いつも本当に、お世話になっております(^^)

今回のゲーノベにもご参加本当に有難うございました!
箱庭庭園の方でセレスティさんに来ていただけるなんて
思っていませんでしたので、吃驚すると同時に嬉しくもあり……
繰り返しになりますが、本当に有難うござます♪

今回は、何処から猫と綾瀬さんを絡ませるか、で少しばかり
考え、こう言う形にさせて頂きました。
猫と出逢う事も多いゆえに、「箱庭」を見ることもあったであろうと。
今回、このシナリオは限定シナリオのようなものでしたが
また、何かが出てくるかも知れず、出て来ないかも知れず(><)
な、何はともあれ、少しでも楽しんでいただけましたなら幸いです。

それでは、また何処かにてお逢い出来ますことを祈りつつ……。