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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


レーシング・ランブル


 萬世橋警察署捜査第三課 事件出動協力要請文書
 文責 C&CO.


 千代田区秋葉原内のゲームセンター「クラブテーカン」にて、遊興客離れが起こっている。
 その原因は一人のユーザーにあるらしい。現れて以来、対戦系のレースゲームで不敗を誇っているのだが、
 あまりの強さに他の客が白けて、そのまま帰ってしまうのだという。
 年は一八歳前後、態度は傲岸不遜……出入り禁止にすればそれで話は済むのかもしれないが、
 不正を行っている証拠がどうにも掴めない、とのことである。
 だが、彼のプレイ時には通常ではあり得ない数値や動作が起こっているのもまた事実、とのことだ。

 ハードウェアに関する不正ならともかく、超常的なスキルでこれを行っているのであれば、
 放置することは出来ないし、それは既に遊びの範疇を越えている行為である。
 どちらにしろ、普通のユーザーにとってはあまりに興ざめな話であることは確かだ。

 青年とレースゲームを遊びつつ、異常動作の真相を確認して頂きたい。
 交通費は全額支給、調査行動の際に使った遊興費も経費扱いとなるので、存分に腕をふるって欲しい。
 我々も全力でプレイをサポートするが、失敗した場合は全て自腹になるので注意されたし。



  ◆ ◆ ◆



 『レーシング・ランブル』。
 リアル志向の現レースゲーム界隈において、なぜか車名が実車ではないという、変り種の新作。
 実車ではない故に、外車の選択も擬似的に可能だ。

 他ゲームと一線を画す「耐久度システム」が熱い!
 プレイ内容によって獲得できるポイントにより、車はチューニングされる。
 だが、ぶつけてばかりいると、いつまでたっても修繕にしかポイントを割り振れないぞ。
 壁や他車に当てず、しかし美しいコーナーリングを決めろ!
 正直、難易度も敷居も高い。
 が、それを越えた時、君は真の"レーシング・ランブル"の醍醐味を知ることになるだろう。
 オンラインタイムランキング対応。全国の奴らとポイントを賭けて、しのぎを削れ!
 湾岸系HI-NRG中心のバトルミュージックにも注目だ!

                  (『ゲームデコ』6月号記事より)

  ◆ ◆ ◆

 ……どうやら、何の間違いか、隠しカーを出してしまったらしい。
 『typeWRX-STi』を選ぶつもりだったのだが、カーソルを合わせてアクセルを踏んだら、出てきたのは
「……typeSVX?」
 葛生摩耶(くずう・まや)は形の良い柳眉をひそめた。
 表示された車体は、キュッと引き締まった4WDではなく、流星を思わせる2+2ドアのクーペであった。
 スペックを目で追うと……
「240ps/6000ppm/31.5kg-m……実車と同じだ。通なラインナップね。チューニング次第でMTに変更も出来るのか」
……面白い。
カラーはダークパープル。捨てゲームにしようかと思っていた気分が、一気に高揚した。
「……何?」
 視線に半身振り返ると、今回の召集人……宮杜地城がいた。
「……似合ってるぜ」
「ばーか。あんたが着せたんでしょうが」
「まあな。電魔街はヲタクの街だぜ。SVX乗ったメイドちゃんというのも、通好みやね」
 ……押し着せの割には、どーして私の体格にジャストフィットなのかしら?
 そう言ってやろうと思ったが、あいにくSVXを待たせている。
 ……この服も、経費としてもらってやるか。そう思って、摩耶は視線を画面に戻した。
 ちらりと、隣の席を見る。
 神秘的な雰囲気を纏わせた青年が、自分と同じように擬似フルバケットシートに座っていた。
 モーリス・ラジアル。
 最新車種を模した『type-XKR』をセレクトしていた。
「黒豹好きでして……実車の試乗は、まだ済ませてはいないのですが」
 スーパーチャージャー付きの、406馬力……車格の差は歴然としている。
 だが摩耶は、投げかけられた微笑と同じように、ふっと笑い、再度インターフェースに目を戻した。
 このゲームの肝は、耐久度。
 普通のゲームなら通用する、スピードの出し過ぎによる壁の接触や、パワーにものを言わせた突き上げによるプレッシャーは、逆にその車の命取りだ。
 ものを言うのは、腕前よりもむしろ、判断力なのだ――
「モーリス」
「何です?」
「ぶつけても、ダメージを元に戻しちゃ、ダメよ?」
 メイド姿のウインクに、モーリスは苦笑した。
 ずるをする奴を懲らしめるのだから、当然か――心中でモーリスはそう思う。



 ◆ ◆ ◆



 南家の高い手を、親のくそ手で頭ハネするのは、とっても気持ちのよいものだ。
 それは手積みでも、自動卓でも、ゲーム画面でも変わらない――その先に、勝負する"ヤツ"が居る限り。
「タンヤオのみ、と……さて八本場」
「おい!」
 呼ばれて、雪森雛太(ゆきもり・ひなた)は声に振り向いた。
 オレンジ色のジャージ姿。宮杜地城だ。
「いつまでも麻雀やってるんじゃない」
「でも、対人戦の八本場で、一回でも何か上がれば、八連荘役満でみんなトビだから。レーシング・ランブルはその後やるよ」
「…………」
 可愛い顔して、なんつうマイペースな奴……地城はその勝手ちゃん振りに舌を巻いたが、笑みも浮かべていた。
 こういう図太い奴は、勝負ごとに得てして強いというのを知っているからに、他ならなかった。
 五巡目で、雛太にテンパイが入った。即リーで、北の単騎地獄待ち。必殺にしてくそ手だ、と地城は思った。
「摩耶ねーさんとモーリスが、かなり熱くなってるぞ」
「……お前さんもな」
 背後からした、黒スーツ姿の声に、地城は呆れ気味につぶやいた。
 藍原和馬(あいはら・かずま)が、にこにこしながら、雛太の闘牌を見つめている。
「お前さんも、ほんと、ここに何しに来たんだ」
「MMOのチケットを経費で落としに来たんじゃない。ってことだけは、確かだな」
 そう言いながらも、その手には、大量のチケットが納められていた。箱買いだった。
「そんな顔しなさんなって。レーシング・ランブル、ちゃんと他のゲーセンでかなりこなして来たからよ」
 言って、同ゲームのオンラインカードを取り出す和馬だった。
 何度もリーダーを通しているらしく、表面が擦り切れている。
「typeFC……ロータリーか。渋いね兄さん」
「ありがとよ。実は、雛太もね、俺と一緒に遊んで来たのさ」
 取り出したる二枚目のカードは、『type-AZ1』。新品だった。
「……こっちは一回しか使ってねーじゃねーか」
「そりゃあ、まあ、あいつ、ずっと麻雀やってたからな。脱ぐやつな」
「…………」
 ちょっぴり不安になった。この分では、あと一人も……



 ◆ ◆ ◆



 ギャラリーの一角を切り崩して行くと、四人プレイ可能のガン・シューティング筐体があった。
 その前に立つのは、二人……もとい、二体とも言う。
 共に二丁拳銃であった。四人分プレイを二人でこなしているらしい。
「……おめーら!」
 地城が声をかけたのは、スタッフロールが始まり、二人がガンを所定の場所に戻したちょうどその時だった。
「おう、地城! ハイスコアだロボ!」
 赤い奴――ハンス・ザッパーが、嬉々としてそのモノアイを明滅させた。
 全身機械な奴がいることに関しては、地城は全く気にしていない。
 自分の相棒がそもそもそうだし、機械じゃなくても、普通に猫耳うさ耳エルフ耳が闊歩するこの街なのだ――しかも色が赤となれば、逆にオーソドックスな身なりとも言えた。
「無駄に遊んでる場合かッ――」
 赤い奴の隣にいた、黒い奴――鉄鋼も、苦笑しながら、その金属の頭を掻いた。
「シューティングじゃねー! レーシング・ランブルだろ、やらにゃあいかんのは!」
「そんなことを言うが、そこに銃があるとトリガーを引かずにはいられないのが、このハンス・ザッパーなのだロボ」
「ほーう」
 地城は邪悪な笑みを浮かべた。
「まあまあ、最期に上手く行けば、いいのだから」
 鋼が苦笑してとりなしたが、地城はその笑みを崩すこと無く、言い放った。
「ここにあるのはッ! コスプレ喫茶の無料食事券!」
「おおッ!」
 チケットの後ろに見えた、輝かしい未来の後光に、のけぞるハンス。
「レーシング・ランブルでの対決の際、栄光のフラッグを手にした奴に、こいつが手渡されるのである!」
「なぁに、不正を働く少年の一人や二人……このハンス・ザッパーが、レースゲームというものは車の性能の差で決まるものではない、ということを教えてやるでロボ」
 げんきんだなあ。
 そう、鋼は思ったが、悪い気もあまりしない。機械ゆえの親近感であった。



  ◆ ◆ ◆



 三枚のカードが排出される。
 摩耶のtypeSVX。
 モーリスのtypeXKR。
 和馬のtypeFC。
 三人で即席のチームを組んで――チームを組むと、チーム走行時に獲得ポイント数が倍加するのである――しばらく走りこんだ。
 走りこめば走りこむほど、このゲーム……レーシング・ランブルが、玄人好み系の奥深いゲームであることが分かってくる。
 耐久度……この、初心者お断りのようなパラメータが、実際、車格の差を大いに埋めているのである。
 XKRのようなモンスターマシンにも、コース特性によっては、SVXやFCのような90年代前半の車が互角に立ち向かえるのだ。
 少なくとも、中速コーナーの続くコースに関しては、逆に90年代組に軍配が上がるほどだ。
「強力なマシンは、チューニングの幅も狭い、か……良く出来ていますね」
「そうね……」
 XKRの運転リプレイを見ながら、摩耶はモーリスに頷いた。
「車格に関しては、むしろ『コンパクトで分相応のパワー』タイプが有利なのかも……接触がNGというのは、裏を返せば、リアリティのある抜き方が要求される、ってことかしら」
「でも、MT変更したあとのXKRの挙動は、明らかに安定しているロボよ」
 己の電子脳で弾き出した結果を、ハンスが皆に復唱する。
「カーブの立ち上がりが、直線番長っぽくなくなったロボ」
「架空でも扱いづらい車とはな……恐れ入るぜ、じゃぐわぁー」
 和馬のもにょもにょした口使いに、モーリスは苦笑する。
 だが、MT化によって、細かい挙動が出来るようになったのは、好都合だ。
 他の車……SVX、FC、AZ1に比べると車体の大きいXKR。
「一番では無く、勝たせる走りというのも、悪くないかもしれないな……」
「そんなこと言って、一番前とかに出たりしちゃ、やーよ?」
 困ったような顔でそういうメイド姿に、モーリスはまたも苦笑いし……すぐに、その笑みを引き締めた。
 摩耶に和馬、ハンスも同様に、和んでいた気分を緊張させる。
 ……奴だ。
 ここに来る前に、地城に見せられたモンタージュと、見事に顔が一致する。
 不敵な笑みを浮かべていた。
 コインとカードを入れて……画面に出てきたのは、白いtypeGRA-DC5。
 ……奴の走りに、どんな異常性が認められるのか。
 それを突き止め、あわよくば、へこます――不正の原因さえ分かれば、もうこの街で遊ぶことはままならないから、それだけでよいのだが……皆、それだけで終わらすつもりなどなかった。非情にして真剣であった。
 それと感づかれないように、彼のプレイに目をこらす……つもりだったのだが。
 あっ……
 和馬は声にこそ出さなかったが、驚きを表情から隠すことは出来なかった。
 思いがけぬ闖入者だった。
 そうすることが当たり前のように、雛太が、乱入対戦で台に座ったのだ。
 『typeDC5』――高回転型のエンジンと、サーキットスペックの足回りを売りにする、FFのクーペ。
 対する雛太は『typeAZ1』。
 ターボエンジンを車の中央にレイアウトした、ガルウイング・ドアが特徴的な軽カーである。
 普通のゲームならば、勝負にならないのだろうが――レーシング・ランブルにおいては、そうでもなかった。
 どノーマルのAZ1が、軽快なスタートからカーブ――直線と、ぐいぐいペースを引っ張っていく。車体が限りなく小さい分、他の車よりも接触に対する安全マージンを取らずに、突っ込んでいけるのだ。
 しかも、吹け上がりの良いターボエンジンに加えて、旋回性に優れたミッドシップ・レイアウト。そのピーキーな挙動を助ける、低い地上高による抜群の安定性をAZ1は備え持つ。
 和馬は思った……あいつの麻雀みてえな走りだな。
『理想の完成手より一翻落とした方が、かえってアガりやすいのさ』
 危険牌は確実に抱き込みつつ、安手で自分の親まで回し、他家を圧倒する摸打――その片鱗を、AZ1のコーナーの切れに見るような思いであった。
 プレイはあの時の一度きりなのに、なんたるくそ度胸……ぶっ飛んでやがるぜ。



「――おかしいロボ」
 はじめに異変に気づいたのは、ハンスだった。
 彼(?)のモノアイが、激しく律動と点灯を繰り返している。
「奴の動き、妙ですね」
 モーリスの言葉を受けて、摩耶は空いた台にそれとなく近づいて、ハザードボタンを押した。
 対戦車のギャラリー視点変更である。
 運転席視点では無く、後方見下ろしに変えると、果たしてその異状は判明した。
 ……FF車であるDC5が、カニ歩きのようなドリフト軌跡を描いている。
 重心と力点が同一の場所にある物体が、向きを変えずに一定の方向に慣性を持続させることは、力学的に不可能だ。
 これはゲーム設定の範疇内の、動きなのだろうか……?
 摩耶は不審に思った。
「ハンス……あなたの買ったカード、EP3だったわね」
「そうだロボ」
 typeCVC-EP3――車体レイアウトこそ違えど、足回りもエンジンも、DC5の兄弟のような車である。
「お願い……」
 メイド姿が、ハンスの鋼の体に擦り寄る。
「確かめて欲しいの」
「ま、まかせるロボ!」
 速攻で、空きのシートに身を翻すハンス。
 これが業界最高水準ッ……!
 共に、見かけ以上の齢を重ねている和馬とモーリスですら、その懇願する表情にぞくりとしたものだった。
 免疫の無い人間……もとい、メカすらも、その気にさせる魅力、恐るべし……であった。
 そのようなことは露知らず、赤いEP3で乱入するハンス。
 レースは仕切り直され――やはり、雛太のAZ1が先行していく。
 その後を、同シフトタイミングの同スピードで追う、ターゲットのDC5と、ハンスのEP3。
 完璧なトレース・レーシングであった。しっかり、ターゲットの走りを見ていたからこそ、可能なライン取りだ。
 ――イン側のEP3が、アドバンテージを取れるラインにさしかかった時、それは起きた。
 アウト側のDC5は、ここで減速しなければ、接触の憂き目に遭う。
 接触によって、相手の車体に異常を起こさせることは出来るが、自分の方には、それ以上の不具合が発生するシステムだ――ここは減速だ。ドリフト車ではないDC5の選択肢は、それしかない。
 それが、ギャラリーとしての摩耶の判断だった。そして、それは絶対的に正しい。
 モーリスや和馬も、しばらく走りこんだ故、他のゲームでは時として選ばれるであろう『突っ込む』選択は、いの一番に排除していた。
 だが、それは、確かに起きた。
「ゲッ……!」
 横走りとしか言いようのない、アウト側からのコーナーリングに、ハンスは思わずブレーキを踏んだ。
「……ケツを誰かが押しているような走りじゃねえか」
「XKRのような、車体もパワーも大きくて、しかも重いFR車ならば、あのような動きも可能だろう……だが解せないのは、その直後、"まるでFF車のように"横走りから立ち上がるところだ」
「FRのように、どオーバーに曲げたその直後に、FF車がスピンから持ち直すような立ち上がり……いんちき確定ね」
 メイド姿が、筐体の後ろに目配せした。
 マシンをリアルモニタリングすることで、ターゲットのコーナーリングの際に、どのような変化が起こっているのか……数値的に調べるのは、地城と鋼の仕事であった。
 もの言わず、和馬とモーリスは、空きの席へと飛び込んでいく。
 そして……摩耶は、ターゲットの隣に座った。
「お手柔らかにお願いしますね、御主人様っ」
 それはこの街においては、彼女の容姿からしてみれば、確実に戦意を削げる言葉であった――はずだった。
「…………け、すばリストかよ」
 だが、百人百殺であるはずの微笑は、見事に完全無視と言う憂き目にあった。
 絶対、けちょんけちょんにしてやる……メイドっぽい笑顔は崩さないままに、摩耶は鬼女の宣告を無言で行った。

  ◆ ◆ ◆

 ……FCのロータリーをぎゅんぎゅん言わせながら、和馬は思う。
 MMORPGにも、何らかの不正を行い、ゲーム的に有利に立とうという輩がいる。
 ターゲットの横走り……確かに、あの立ち上がりならば、高回転を殺すことなく、きついRのカーブも曲げていける。
 だが……それは、正しい姿ではない。少なくとも、それはもうDC5ではなく、別の歪な存在だと思う。
 丁度、背後では、摩耶とターゲットが、熱い競り合いを繰り返している。
 同クラスより少し軽いFCは、こうして奴の前に出れているわけだが……摩耶が競り負けることも、考えなければならない……先頭を行く、AZ1の鬼突っ込みは相変わらずだ。
 モーリスのXKRは車体が重く、ハンスのCVCは低速域が若干弱いことから、それぞれ置いて行かれている形になっている。だが、決して遅いわけじゃない。
 接触が命取りのレーシング・ランブル。故に、前に出る機会を、狙っているのだ。
 和馬はコトに及ぶ直前、地城と鋼に、チートの可能性を伝えていた。
 カードを読み取り、そのデータをメーカーの本サーバーとやり取りするシステムは、他のゲームと変わりはない。彼の遊び親しむMMORPGも、似たような仕組みだったからこそ、行きついた推測であった。
 この『カード』の情報を書き換え、しかもその書き換えが、本サーバーの気づかないチートコードの類であったら――?
「それを、つぶしてしまえば、全員ガチンコ勝負ってことさ」
 短いストレートに差しかかる。
 五速にシフト。AZ1を捉えた。
 だが、そのせこいライン取りに、抜くタイミングが掴めない。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 まさに、親のくそ手のようであった。

  ◆ ◆ ◆

 背後から、虎視眈々とターゲットを狙う位置にいる、モーリスとハンス。
「どう思うロボか?」
「明らかに不正のものでしょう――特有の力場は感じられないので、恐らくはマテリアルな」
「マテリアル――? 物質的、ってことロボ?」
「そういうことですね――私が"あるべき場所に戻す"必要も、ないのかもしれませんね……しかし」
 言って、アウトから、擬似的にカニ歩きのようなドリフトを見舞うモーリス。
 ハイパワーの重量級が加重移動するからこそ、このような、力技のような動きが出来るのだ――ローウェイトが基本の日本車では、このような走りはあまり考えられない。
「……だ、だめだロボ〜!」
 同じように挙動させようとするが、ハンスのCVCではもちろん上手く行かない。
「ですが、勝負には、勝つつもりで行きますよ……このヘアピン帯を抜ければ、長いストレートですからね」
 だが、これで明らかになったというもの。モーリスは静かな笑いを浮かべた。
 その、凍りつくような薄ら寒さに、ハンスは寒気を感じたような気がした……機械なのに。

  ◆ ◆ ◆

 往年のバブルカー・SVX――それを駆るメイドの表情は美しく、しかし瞳は、狩人が獲物を駆る時のそれだった。
「ボーヤ、お姉さんの走り、見てなさいよ――」
「な――」
 ターゲットが驚愕の表情を見せた。
 4WDのSVXが、己の目の前でカニのように後輪を滑らせたのだから、それも当然だ。
 前方に見ていたモーリスとハンス、後方に見ていた和馬も、これにはさすがに驚いた――摩耶は余裕の表情で、連続して続く急カーブを、やはりカニのように抜けて行く。
 DC5とは違い、不正でも何でも無かった。
 typeSVXは、表記こそ4WDであるものの、VTD機構――不等可変駆動トルク配分が可能な車である。
 通常時においては後輪に100パーセント、回転……トルクを配分するよう摩耶は事前にセッティングしていた。
 コーナーの立ち上がりの瞬間ピックアップのみ、前50:後50――4WDとしての駆動を行い、強烈なトラクションをかけてコーナーを抜けていく……まさにDC5のカニ走りを再現するドリフトコントロールだった。
「レーシング・ランブル! 奥が深いとはまさにこのこと。はまっちゃおうかしら?」
「くっ……!」
 超絶技巧を前にして、ターゲットはハザードボタンを押した――明らかに不自然な行動だった。

  ◆ ◆ ◆

 やれやれだ――
 メーカー本社に即時調査を問い合わせ、リアルタイムでデータを送りつけたところ、チート行為に拠る不正が確実なものと分かり、地城はほっと肩を下ろした。
 ターゲットがハザードを入れた瞬間、不可解なブーストがかかったのも、舞台裏ではお見通しだった。
「オッケーか?」
「ああ……修正、あと五秒で適用出来る」
 筐体に、自分の体から幾重もの線を伸ばした鋼が、地城に頷く。余裕だ、と言わんばかりに。
 地城は、レース中の皆々に聞こえるよう、大きな声で叫んだ。
「ちぎっちまいな!」



  ◆ ◆ ◆



以下、レース結果と事後報告――



五位 ハンス・ザッパー typeCVC-EP3
DC5より柔らかい足回りを駆使し、勝利。雛太から喫茶券をゲット、その後一日楽しく過ごした。

四位 藍原和馬 typeFC
ストレートでSVXとXKRにぶちぬかれる。しかし本人は、向こう数ヶ月のMMOチケット代が浮いたと、上機嫌。

三位 モーリス・ラジアル typeXKR
XKRをいたく気に入り、この後すぐ、実車のディーラーに試乗の予約を取り付けた。

二位 葛生摩耶 typeSVX
3リッターターボエンジン&VTD機構で後塵を圧倒。めでたくメイド服もゲット。

一位 雪森雛太 typeAZ1
気付いたらコトが済んでいた。やることもなくなったので、地城に電魔街の雀荘へ連れて行ってもらった。




 Mission Completed.



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1533/藍原・和馬/男/920/フリーター(何でも屋)
 1979/葛生・摩耶/女/20/泡姫
 2254/雪森・雛太/男/23/大学生
 2318/モーリス・ラジアル/男/527/ガードナー・医師・調和者
 3227/ハンス・ザッパー/男/05/異世界の戦士

 NPC1133/宮杜・地城/男性/23/刑事
 NPC1134/鉄・鋼/無性/03/アルバイト刑事

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■         ライター通信          ■
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 どうも、Kiss→C(きっしー)です。
 C&CO.の第二回は、ゲーセンでありました。
 専門用語やリアリティ重視はなるべく避けて、
 とにかくスピード感重視ということを意識してみたのですが、いかがでしたでしょうか。

 個性というか、主張のある人たちで、楽しく描けました。
(個人を掘り下げることが難しかった……まだまだ腕不足かもしれません)
 ターゲットが沈んでからの各人の走りはもちろんあるのですが、
 キャラクター同士の戦いを描写するのは本筋ではないため、
 省かせて頂いております。

 今後もC&CO.の依頼はひょっこり訪れますので、
 ご縁がございましたらば、次回もぜひぜひよろしくお願い致します。
 よろしければ、感想、苦言、お待ちしております。
 
 従兄弟のFCに乗ってばかりのKiss→Cでした。