コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


湖に沈める嘆きの欠片


------<オープニング>--------------------------------------

「これはまた……」
 エドガーが店の扉を開けて外に出ると目の前に大きな湖が広がっていた。思わず言葉を失う。
 夢紡樹があるのは木の洞。かろうじて夢紡樹へと来る道は残っている為、外界と完全隔たれたわけではない。
 しかし突如として現れた湖はエドガーの気持ちもお構いなしに、風が吹いてくる度に静かに波紋を広げていく。
 そこへ夢紡樹の店主である貘と元夢魔で現在人形娘のリリィがひょっこりと顔を出す。相変わらず貘は黒い布で瞳を覆っているが、まるで見えているかのような足取りでエドガーの隣に立った。
「マスター…これって本物?」
 リリィが傍らに立つ貘に尋ねる。
「そうですね、確かめてみますか」
 そう言って湖に近づいていく貘を、リリィは慌ててピンクのツインテールの髪を揺らしながら追いかける。
「危険かもしれないのにそんな無防備にー!」
 しかしエドガーは慌てもせず、貘の様子をくすりと微笑みながら見守っていた。
 しゃがみ込んだ貘は恐れもせずに湖に手を入れぐるぐると掻き回す。
「マスター…掻き回してもこんな大きな湖だから…」
 困惑した表情でリリィは貘の様子を見守る。しかし貘は掻き回す手を止めない。
「あっ……」
 暫くして小さく声をあげた貘に反応し、リリィは、マスター?、と声を上げる。
「何か掴めました」
 はい、と差し出した貘の掌に乗っていたのは拳ほどの大きさの碧玉だった。これほど大きなものはそう多くあるものではない。
「さてと。そろそろここに引き寄せられた訳を教えて欲しいんですが……」
 貘は掌に乗せた碧玉に向かい声をかける。いつのまにかエドガーもその隣でその碧玉を見つめていた。
 その時、ふぅ、と碧玉が溜息を吐いたような気がして三人は碧玉を見つめる。
 次の瞬間、碧玉が妖艶な美女の姿に変わり細い腕を貘の首に回し抱きつく。貘はそれを気にした様子も見せず、自然に突然現れた女性を抱き上げていた。
「ずっるーい!お姫様抱っこはリリィの特権!」
 不平を漏らすリリィをその美女はちらりと眺めより一層深い笑みを浮かべる。
「妾は漣玉。この『嘆きの湖』の主じゃ。人々の嘆きをこの湖に沈め、妾がその嘆きを喰ろうて痛みを和らげてやっておった。しかし人間界を離れ少々闇の世界に居座りすぎたようで、この湖は暗闇に沈んだ心の欠片で澱んでしまっておるのじゃ。いつもなら妾一人ででも浄化出来たのじゃが、量が量だけに今回ばかりはそうも行かぬようでな」
 助けてもらえぬか?、と薄水色の長い髪を揺らし漣玉は言う。
「浄化できないとどうなるのでしょう?」
 首を傾げて尋ねる貘に艶やかに微笑むと漣玉は告げる。
「この樹と妾は闇に沈むであろうな。妾はこの樹に呼ばれて此処へやってきた。そなた達はこの樹を無理矢理此処に留めているのだろう。妖力が足りぬと啼いておったわ。だから妾の妖力を秘めた水を求めたのであろうな」
「…それは困りました」
 うーん、と唸った貘は宙を見上げる。
「とりあえずこの湖に溜まった嘆きの塊をどうにかして浄化させればよろしいのですね」
「そうじゃ。ただ、問題が一つ。この湖が妖力を秘めた水を湛えていることで、どうも嘆きの欠片共に力を与えてしまったようなのじゃ。強制的に浄化させようとした場合、どんな現象が起きるか妾にも想像がつかぬ」
「誰か…手伝ってくださる方は居ますかね。私たちの力ではどうも対処出来なさそうですし」
 はぁ、と溜息を吐いた貘の横で、つられたように漣玉も溜息を吐き愁いの表情を浮かべた。


------<ティータイム>--------------------------------------

 店内には外の騒がしさも入り込まず、静かな時が流れていた。
 穏やかな休日の午後。
 温かな日差しの中で美味しい珈琲を飲みながらの読書は綾和泉・汐耶にとって幸せな一時だった。
 今日もやっと手に入れた分厚い本を片手に、汐耶は一心不乱に読み進めていく。
 読書に没頭した汐耶を止めることが出来るのは特定の人物達しかいない。
 そして汐耶は誰にも邪魔されることなく最後まで読み進め、軽い溜息と共に本を閉じた。
 心の中に小さな欠片をころん、と落とされたような物語だった。
 その読後の感覚も悪くない。
「良い本だったわ」
 小さな笑みを浮かべた汐耶はふと窓の外に目を向ける。
 そして目の前に広がった湖に目を見開いた。
 自分が本を読み始めた時から今に至るまでに外では何が起きたのだろう。
 いつもカウンターに立っているエドガーの姿を探すが、店内には汐耶の他に数名の客しかおらず、いつも賑やかなリリィの姿も客の目を楽しませている貘の姿も無かった。
 出窓から乗り出すようにして外を眺めてみると、三人は湖の前で何か話している。
 そしてその隣に一人の見たことのない和服の女性の姿があった。
 どちら様?、と思いつつそのまま汐耶が眺めていると、リリィがくるりと振り返る。
 あっ、という形に唇が開かれたかと思うと、リリィはそのまま店内に駆け込んできて汐耶の手を引いた。
「あのね、ちょっと大変なの。お手伝いして貰ってもいい?」
「お手伝い?……とりあえず話を聞かせてくれる?」
 汐耶がリリィにそう告げるとリリィは小さく頷き、汐耶の手を引いて湖の前へと歩いていった。

「あぁ、汐耶さん。読書中の所申し訳ありません」
 漠とエドガーが頭を下げる。
「いえ、ちょうど読み終わったところでしたから。ところで私読書に没頭していてよく分からないのですけど。これは一体?」
 汐耶が目の前の湖を指さして尋ねると、貘が苦笑気味に事の次第を話し出した。

 貘の話を聞いて汐耶は、うーん、と湖を前に唸る。
「それはまた……せっかく美味しい珈琲飲めるところなので、沈んでしまうのは嫌ですね」
「そう言って頂けると本当に嬉しいです」
 エドガーが笑顔を浮かべて汐耶に告げる。それは本心からだったろう。
 客をもてなす側にとって味を誉めて貰えることは何よりも嬉しいことだ。
 エドガーの笑顔に汐耶も小さな笑みを浮かべてみせる。
 それから汐耶は貘の隣に寄り添うように立っている漣玉に視線を移した。
「先ず、漣玉さんにはお疲れ様と有難う御座います…ですね」
 私もお世話になってるかもしれませんし、と汐耶が告げると漣玉は艶やかな笑みを浮かべる。
「妾の食事は嘆きの欠片。この世に嘆きが一つも無くなったら妾の存在など要らぬわ。ただし、そこまで大食らいではないからの、これだけ溜まってしまうとどうしようもない。……助けては貰えぬか?」
 漣玉の言葉に汐耶は、そうですね、としばし考え込む。
「さてどうしましょう。私は浄化なんて出来ませんし。浄化ではなくても良いのでしたら……」
「この湖からこの嘆きの欠片が消えてくれれば良いのじゃ。ただ妾も辛い目には余り遭わせたくはない」
 愛おしそうに湖に沈む嘆きの欠片に視線を投げる漣玉。
 その姿を見て汐耶は頷いた。
「そうですよね。私もそう思います。それでは『封印』という形はどうでしょう?何か媒体を使って封印してみては……こちらでは人形も扱ってましたよね?そちらを使うというのは?」
 突然降られた話題に貘は首を傾げる。
「人形ですか?それはもちろんありますけれど……」
「それではそちらの人形を一体頂けます?」
「はい。……命が入ってない人形はあったかな……それでは今持ってきますのでお待ち下さい」
 貘は軽く一礼してその場を後にする。

「人形に封印……其方、面白いことを言う」
 鈴が鳴るような声で漣玉は笑い汐耶を眺める。
「気に入ったぞ、其方が」
 漣玉は見る者を虜にするような笑みを浮かべ嬉しそうに言った。


------<嘆きの湖>--------------------------------------

「お待たせしました」
 貘が両手に抱え運んできたのは、リリィよりも幼く見える人形だった。
 うっとりと瞳を閉じたままの少女の人形は息をしているようにも見える。今にも目を開き起きあがりそうだ。
 貘の作る人形は普段から命あるもののように見えることで好評だった。
「マスター、この子新作?」
「えぇ。まだ瞳も開けていない新しい子です」
「眠ったままなんですね」
 そんな汐耶の言葉に貘は静かに頷く。
 汐耶はそっと人形の頬を撫でてみる。触れてみてもその肌は弾力性を持って指を押し返してきそうな程、柔らかな質感があった。

「それではこの子の中に嘆きの欠片の封印を……」
「では妾が嘆きの欠片を集めるとするかのぅ」
 漣玉が湖の端まで寄っていき水の中に手を入れる。
 すると、ざぁぁっ、という音と共に漣玉の手元に真っ黒なものが集まりだした。
「うわっ。すごいよ、マスター」
 漣玉の元に集まりだした嘆きの欠片。それらが埋め尽くしていたと思われる湖は一気に透明度を増す。漣玉の周り2メートル先は透明な水が湛えられていた。
「これで全部のようじゃ」
 急激に集められてそれらの感情が反発しあっているのか、ごぽごぽと音を立てて泡立つ。
「それでは封印を」
 目の前にある全ての嘆きの欠片をこの少女の人形に納めきれるのか少しだけ不安なところはあったが、汐耶は意識を集中させる。
 小さなものに大きな災いが閉じこめられている時もあるのだ。
 封印する媒体に大きいも小さいも無い。
 要は閉じこめる時の想いの強さが封印の力に関係する。
 自分の力を過信するわけではないがそれには自信があった。
 普段はむやみに力を使ってしまわないように、戒めの意味でかけている伊達眼鏡を外す。
 汐耶は集まった嘆きの欠片が一筋の黒い糸のようになるイメージを練り上げ、それらがゆっくりと人形を取り巻いていく姿を思い浮かべる。
 それは現実となりゆっくりと嘆きの欠片が形を変え、人形の体を取り巻いていく。
 細いその糸は幾重にも巻かれ、次第に人形の姿は見えなくなる。
 それでもなお、人形の体に巻き付く糸の流れは止まらない。
 人形の形は倍に膨れあがり本当にこの人形に封印できるのかと汐耶以外の誰もが思っていた。
 その位、その欠片の数は膨大で途方もないものに思えたのだ。
「もう少し大きめの人形持ってきた方が良かったですかね」
 ぽつりと貘が呟いた時、嘆きの欠片で出来た糸が全て人形に巻き終わった。
 汐耶はそのままぐるぐるに巻かれた人形に近づく。

「おやすみなさい」

 封印の形は『安眠』をもたらすもの。
 嘆きの欠片。
 それは悲しみの結晶のようなものだが、それを上回るような眠りがあればいい。
 楽しい夢。
 優しい夢。
 幸せな夢。

 その思いを込め、汐耶はぎゅっと嘆きの欠片を圧縮させるように人形の中へと封印する。
 人形を雁字搦めにしていた黒い糸は、すっとその人形の体に溶け込んでいき姿を消した。
 少女の人形は連れてこられた時と同じように瞳を閉じ、眠り続けている。
 外していた眼鏡をかけ、汐耶が貘たちを振り返った。そして笑って告げる。
「仕上げをお願いします」
 仕上げ?、と漠とエドガーは顔を見合わせる。
「良い夢見せてあげたいなって思って」
 あの子達に、と汐耶は人形を振り返る。
「おぉ。それは良い考えじゃ。本当に其方は面白い」
 漣玉は楽しそうに笑い、人形に近寄り髪を撫でた。
「良かったのう。其方達良い者に出会うことが出来て」
 愛しそうに髪を撫でては声をかける漣玉。
 その様子を見ながら貘は、くすり、と笑い汐耶に頷いた。
「分かりました。とっておきの夢があります」
 貘は人形に近づいてニッコリと微笑む。
 そしてその白い形の良い額に口付けた。
 その一瞬、少女の体が光に包まれたように見えた。
 すぐにその光は消えてしまったが、少しだけ少女の頬に血の気が上ったようにも見える。
「ねぇ、どんな夢をあげたの?」
「……企業秘密です」
 有無を言わせぬ笑顔を浮かべた貘はすっかり透明になってしまった湖を見つめた。


------<珈琲タイム>--------------------------------------

「でも人形に封印なんて良く思いつきましたね」
 うーん、と感心したように告げる貘に汐耶は小さく笑った。
「私は『封印』という形でしかお手伝いが出来そうになかったから。何か媒体を…と思ったら人形を取り扱っていたのを思い出して」
「しかし思いつきにしては最高の考えじゃ」
 愉快そうに笑った漣玉は汐耶に近寄ってきて、ぽん、と机の上に本を乗せた。
「これは?」
「随分と前に妾の湖の中に落ちてきた本じゃ。其方本が好きだとそこの小娘から聞いたのでな」
「小娘って何よそれー!リリィにはリリィっていう可愛らしい名前がっ…んぐっ」
 背後からエドガーに口を塞がれじたばたともがくリリィに汐耶は笑みを浮かべる。
「妾からの礼じゃ。お主の蔵所の中にでも加えてやってはくれんかの」
「本当によろしいんですか?」
 頷く漣玉を見て汐耶はその本を手に取った。
「それではありがたく頂戴しますね」
 そして目の前に置かれる珈琲とケーキ。
 汐耶は不思議そうにそれらを眺め、持ってきた貘に視線を移す。
「これは当店からの御礼です。先ほどご注文頂いたものももちろん前回と同様無料ですので」
 貘がそう言うのを聞いて汐耶は苦笑する。
「毎回毎回それじゃ……あ、珈琲代だけでも払わせて下さい」
 そうしなきゃこの本も貰えないし此処にも来れなくなってしまいます、と汐耶が真剣に告げる。
 その言葉に貘が折れた。
「分かりました。当店としても汐耶さんに来て頂けなくなるのは淋しいですし。それじゃ珈琲代だけ頂きます」
「良かった」
 嬉しそうに呟いて汐耶は淹れたての珈琲に口を付け、満足そうに本に目を落とした。
 しかしすぐに思いついたことを口にする汐耶。
「あの、それで湖は結局……?」
「あぁ、妾の湖は伸縮自在じゃ。嘆きの欠片が無くなった今、それは自由に変えることが出来るからの。此処に居座ることにしたのじゃ」
 漣玉の後ろでリリィが、帰れー、と叫んでいるが漣玉は気にした様子も見せずにコロコロと笑う。
「そうなんですか。でもそれでこの夢紡樹の木も元気になるんだったらいいですね」
 汐耶はそう言って少し小さくなった湖を眺め微笑んだ。
 



===========================
■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
===========================

【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●1449/綾和泉・汐耶/女性/23歳/都立図書館司書


===========================
■□■ライター通信■□■
===========================

こんにちは、夕凪沙久夜です。
今回もご参加いただきアリガトウございます。
 
前回ご参加頂いたものとは逆に、今度は封印するお話となりました。
人形に封印という話に、おぉぉっ!、と声をあげてしまいました。
ナイスです。しかも夢を見せるとくればここは貘の本領発揮でしょうか。
当方の異界設定も使って下さったプレイングアリガトウございましたv
書かせて頂けてとても楽しかったです。

また機会がありましたらどうぞよろしくお願いいたします。
アリガトウございました。