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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


ヌイグルミ
・1日目――“発端”
 それは、他愛もない噂。
 ――その、筈だった。

 露店で売っているぬいぐるみの中に呪われたぬいぐるみがある。
 そんな都市伝説めいた話が流れていたのは、春。
 春休みもとうに終わり、夏休みまでは時間がある。そして更に近く始まるという梅雨…そんな気だるさの隙間にもぐりこんできたような話。
 昼休み、そんな噂話を響カスミの所へしに来た生徒達は――悪戯っぽい顔で笑っていた。
「呪い?…そんなの、あるわけないでしょ」
「えー?でも、実際にソレ見たって子がいるらしいんですよー?」
 にやついている生徒達は、こう言った話をカスミが嫌っていることを知っていてわざわざ話しに来たのだろう。はぁ、と溜息を付いて椅子を回し、生徒達へと向き直る。
「噂でしょ?実際にあなたたちの中で見た人はいるの?」
「いませんよぉ。いたらこんなトコにいないもん。ねえ?」
「だって呪われちゃってるんですよ?手に入れたら1週間以内に死んじゃうんですよぉ?」
「そういう、死ぬとか言う言葉を軽々しく言わない!」
 声は抑え目に、それでもぴしゃりと言い放つと流石にちょっと気まずそうな顔をし。それでもまだ続きがあるのか口を開く。
「先生も気を付けてね?ナンカ、そのぬいぐるみって中にちっちゃくなった人間のミイラが入ってるって噂だから」
「はいはい。ほら、そろそろ授業が始まるわよ」
 はーい、そう言いながら時間潰しが終わりぱたぱたと駆けて行く少女達。
 そういった噂を…不幸、死、軽々しく扱うものではない、そんなものを、彼女たちは手の平で転がし、遊び続ける。尤も…噂だからこそ、楽しんでもいられるのだろう。そう思いつつもいい気はしないのだが。
「あら?」
 忘れ物か、ファンシーな紙袋がカスミの机の上…隅っこにちょこんと置かれている。
「全く。授業に関係ないモノは持ってきちゃいけないって言ってるのに…」
 紙袋に名前など書いている筈も無い。さっきまで来ていた子の誰かの持ち物なのだろうと思いながら、かさかさと開いて中を覗いてみた。途端、どきりと瞳を揺らがせる。
 中には、フェルトで作ってあるのか厚ぼったい布を縫い合わせたぬいぐるみが入っていた。ややいびつな形ながらも見る人によっては可愛いと思えるかもしれないクマのぬいぐるみ。バッテンに縫われたボタンの瞳があどけなさを演出している。
 先程の話をふと思い出しながらも、まさかと思いながら、何故だかびくびくと指を伸ばし、そしてぬいぐるみを取り出した。そして。
 こりっ。
「…………!」
 指先に触れた、普通ぬいぐるみを作る時に入っているパンヤや綿とは全く異質の、固い感触に全身の毛を逆立てて慌てて紙袋に突っ込んだ。
「か、可動式用の針金よきっと…」
 自分に言い聞かせながら、もうその紙袋を見もしない。中身を確かめるなど思いもよらないことで、だが、
「――どうしよう…」
 何より、持っていたくないのだが捨てるわけにも行かず、そうなるとあの噂だけが頭をぐるぐる巡って止まらず。
 信じない信じないと内心で呟きながらも、1週間後のことをちらと頭によぎらせ、半泣きになって机に突っ伏したのだった…。

・1日目――“集合”
 たまたま立ち寄った職員室でカスミに呼び止められ、特に何の用事も無さそうだったのに暫く引き止められていた赤星壬生が、いれてもらったお茶を啜りながらカスミの様子を窺う。どうも何か気がかりなことがあるようでしきりと落ち着きの無い様子が気に掛かり、
「先生…どうしたの?」
「うん?ううん、大丈夫よ」
 だから何が?と聞きたいのだが、どうにも歯切れの悪いカスミにどう訊ねていいのか分からないままに、湯呑み一杯分の時間が過ぎて行った。
「はぁ…」
 溜息を付くカスミ。見れば、自分の机があるのにも関わらず椅子の背もたれに手を付いて座ろうとしない。
「先生?座らないの?」
 はっとその言葉に我に返ったカスミが「そ、そうね…」そう言いながら恐る恐る椅子に座り、そして机の一方には決して目を向けずに壬生へと硬い笑みを浮かべて見せた。
 その、カスミがわざと見ないようにしている方向には。
 ――紙袋?
 不思議そうに其処へ身を乗り出そうとする壬生、だが、がしっとその腕が止められて。見れば、ふるふると小さく首を振りながら、カスミが必死に止めようとしていた。
 今にも泣きそうなくらい、困りきった目で。
 その後すぐくらいに顔を出した何人かと共に話を聞く。特にデルフェスと言う女性はカスミとそれなりに親しい仲らしく、手を握って落ち着かせながら話を一緒に聞いていた。
「確かに、何か入っていますわ」
 かさかさと紙袋を調べていたデルフェスが触りながら言う。
 指先に触れる感触は硬い。とは言えこれだけでは中身が何かを判断することは出来ないのだが、カスミが見ている前で『中身』を取り出し、それが危険物だった場合のことを考えるとすぐに判断は出来なかった。
 …その時。
 ガツン!!
 突如背後から起こった大きな音にびくっとした皆が一斉に音のした方向を振り向いた。
 其処に居たのは、多分音を立てた主なのだろう、制服を着た少女。開きかけた扉に頭を突っ込んだのか、その隙間に挟まってゆっくりともがいていた。そしてぽこんと頭を隙間から引き抜いた少女が何事もなかったかのようにまっすぐカスミの傍に近寄ってくるのを何故だかじっと見つめる。
 彼女がカスミの噂を聞き、手伝いに来たすばるだと聞いて、その場に居た皆が同時に思った――大丈夫なんだろうか、と。
 すばるは早速紙袋を調べた後、何をするつもりなのか職員室の壁にトコトコ近寄って行って…動きを止めた。不思議に思って視線を向けていた鋼達の隣で、がさっと紙袋に触れる音がし、慌てて其方を向くとぬいぐるみを紙袋に仕舞っていたデルフェスの姿があり。
「提案がありますの」
 デルフェスはそう言い、カスミの傍に心配そうに集まっていた皆へ顔を向けた。
「今晩、一晩だけこのぬいぐるみを預からせていただきたいのですけれど如何?」
「そのぬいぐるみを?」
 不思議そうに訊ねたのはえみり。ええ、とデルフェスが頷く。
「今すぐ中身を調べるというのも危険かもしれませんし。少し観察してみたいのですわ」
 なるほど、そう呟いたのは鋼。
「あ、じゃあさ、そのぬいぐるみはひとまず置いておいて…先生、今日此処に来てた生徒達が誰か分からねえか?」
 最初にその生徒達から話を聞こうというのだろう。それには他の者も賛成し、カスミも、
「あんまり強引に話を聞いちゃ駄目よ?」
 そう言いながら、クラスと名を教えてくれた。全員が同クラスではなく、昔からの仲良しグループと言ったところらしい。したがってカスミが請け負っているクラス外は名が分からず…すぐに教えてくれたのはグループのリーダー的存在らしい美紀と絢子という2人の名を挙げてくれた。大抵その数人は固まっているので、その2人のどちらかに聞けば分かるだろうと聞き、話を聞きに移動することにする。
「あ。念のため、あたし残らせてもらうね。ねえ先生、職員室のパソコン使ってもいい?ネットの情報拾ってみたいんだ」
 全員が其処から移動することを危惧したのか、えみりがそう申し出て不安そうなカスミと一緒に残ることにした。

  ***

「美紀?ちょっと待って――ああ、ごめん。そう言えばあの子もう帰ってたや」
 5人連れ立って来た皆を不思議そうに見ていた、美紀のクラスの少女が中を見て振り返る。
「いつも何人か一緒に居るってカスミ先生から聞いたんですけど、その人たちも帰っちゃいましたか?」
「んーと、まだ居るんじゃないかな?」
 場所は分からないけど、という頼りない言葉を聞いてやや失望しながら、もう1人のクラスを訪れる。――と、帰り支度をしていたらしく鞄を手にした少女が呼び出しに応じて顔を出した。
「何か用ですか?」
 5人もその場に居るのを見てぱちくりと目を瞬かせる少女。昼休みのことを訪ねると、ああ、と言いながらきょろきょろとあたりを見回し、
「あの子達も一緒に行ったんですけど、何か聞きたいことがあればどうぞ」
 手を振って呼びながら絢子が皆を振り返ってにこりと笑いかけた。
「1人足らない…けど今日来ていた生徒達に間違いない」
 すばるが1人1人の顔に見覚えがあったのか、集まってくる少女達をじっと見てそんなことを呟いた。
「――カスミ先生、怖がってた?ありゃ、悪いことしちゃったね」
「ほんと、怖がりなんだもん。からかいがいがあっていいけど」
 くすくす笑いながら目と目を見交わす少女達。本人には悪いことをしたという意識はほとんどないらしく。
「あんまり先生をからかうものじゃないですよ…。そう言えば、貴女達も露店とかでぬいぐるみを買ったりするんですか?」
「あ――うん。可愛かったりしたらね。露店だと安いし」
「いつも何処で買われているんですの?」
 にこやかなデルフェスにそうねえ、と1人が唇に指を当て、
「あたし達は駅前かなぁ?そこのお姉さんがいい人でね、時々おまけしてくれたりするし」
 あの辺、と大体の場所を教えてもらい、
「夕方前にはもういないから、行くなら早めに行った方がいいと思うよ」
 そう言ったアドバイスまで貰ってありがとう、とデルフェスが礼を言った。
「ああ、そうそう。聞きたいんだが、誰か紙袋を忘れて行ってないか?先生の机に置きっぱなしになってたって言うんだが」
「紙袋?どんなの?」
 不思議そうな顔で訊ねてくる少女達に柄を教えてみたが、まるで心当たりが無いのか「知ってる?」「ううん」という言葉がこそこそと交わされて、最後に絢子が代表するように「やっぱり心当たりはないですね」と締めた。
「もう1人の人は知らないかな?」
 壬生がふと思いついて訊ねると、さあ…という答えが返って来る。
「美紀は今居ないし…」
「うん…」
 何か気がかりなことでもあるのか、その場に居ない美紀という少女が気になるのか、絢子が暗い顔で頷いた。
「美紀様はどうかなさいましたの?」
「そーなのよ。最後の授業でドジっちゃってね、怪我したから早退したんだって。ついてないよねホント」
 たいしたことはないみたいだけどねー、そう言ってそれでも心配なのか仲良さげに顔を見合わせる彼女達。
「ごめんなさい、今日これから用事があるのでこのくらいでいい?」
 そう断わってきたのをしおに引き上げることにする。
 最後、
「――そんな筈ないのに…」
 無意識にかぽつりと去り際に呟いた絢子の言葉だけが妙に残っていた。

・2日目――“中身”
 1日過ぎて次の日の放課後。再び集まった皆の前で紙袋ごと置いたデルフェスが――カスミから借りたらしく、今日は学園の制服を着ていた――不思議そうな顔を崩さずに中身をそっと取り出す。
「不思議ですわ。本当に呪いの品でしたら、カスミ様の手に戻っていそうなものでしたのに」
 その場合は真夜中だろうがカスミからの電話がかかってくることは間違いなく、手元に置いたままの姿で残っていたそのぬいぐるみにそっと触れた。
 他の者も確認してみるが、やはりごりごりとした感触が指先に当たり、気味悪そうに顔を顰めていて。
「では、始めますわね」
 一声声をかけておいて、デルフェスがハサミを手に取った。
 幸いカスミは他の教師達と連れ立って用事に出ており、その隙に解体してしまおうと言うことになったのだ。
 ぬいぐるみの背…縫い合わせ部分をぷつん、とハサミで切る。そのまま布を傷めないよう、糸をぷつぷつ切りながら開いて行くと、ぬいぐるみ用の化繊綿があり、それを引っ張り出す。中にあった奇妙な手応えの『何か』に触れたくはない、が下手に引張ってその手応えのモノが万一壊れやすい物だったりしたら、という考えが皆の頭に浮かび。
 ――息を詰める。
 時間は数分に満たなかったのだろうが、その間室内は異様な雰囲気に包まれていた。あまりの緊張さ加減に誰一人として動くことも無く、開腹――実際には背中を開いたのだが――した本人はともかく、その傍で眺めていた者は額にうっすらと汗を浮かべていた。
 そして、
 すぽん。
 胴体部分から丸まった綿の固まりがすっぽりと抜け、
 ほーーーっ。
 同時に皆が深々と息を吐いた。
 そして、ふわ、っと何か独特な香りが室内に広がっていく。
「…へんなにおい」
「窓、窓」
 ぱたぱたと足音がかけまわり、がらがらと窓と扉を開け放たれた。
 その後、見つかった中身を見に皆が集まってくる。シリルはずっと顔を顰めっぱなしだったが。
「何、これ?」
「ミイラ…じゃ、ないですよね…」
 黒々とした『なにか』。干した肉のように見えなくも無い其れは、数箇所のパーツに分かれ、糸でくっ付いて…人間の姿をしていた。顔は笑っているのか泣いているのか、何か表情を浮かべてはいるものの判別が付き難い。
 そして、その手と足はぬいぐるみの中で押されているうちに壊れたのか、ぽきりと折れていた。良く見ると細かな傷も数箇所に渡って付いている。
 その体から未だに匂ってきている匂いはたんぱく質等の匂いとは異なったが、あまり嗅いだことの無いモノで。強いて近いものを上げれば、香辛料の一種に似ていた。
「――植物」
 ぼそりとすばるが呟き、え?とその言葉が聞こえた壬生が聞き返す。
「だから、植物だ。――コレの成分が」
 真面目な顔で、あさっての方向を向きながらすばるが説明する。本人は目の前に誰かが居ると思っているようだったが…どうやら、周りが良く見えていないようで、その後気を聞かせてえみりが方向転換させてやったものの、暫くの間はすぐ別方向を向いてしまっていた。

「ミイラ、じゃ、ない…のね?」
 用事から戻ってきたカスミが恐る恐る訊ね、こくりと頷くすばるの顔を見た途端ぐっと胸を逸らし、
「ほ、ほら。噂なんて、こんなものよ」
 それでも決してその人形と目を合わせようとしないあたりが彼女らしいと言えば言えた…。

  ***

 学園の噂を聞き込みに行くというすばると鋼、そしてやはりカスミの傍にも誰かがいないと、ということで壬生が残ることにし、他の3人が駅前に店を開いている露店へと足を運ぶことになった。
「お茶でも飲む?」
「うん。あ、先生、あたしがやるよ」
 いいのいいの、と笑いながらカスミがお茶をいれてくれる。熱い湯飲みをどうも、と慎重に受け取ってふぅ、と息を吹くと一口飲んでふーっと息を吐いた。
「分からなくなっちゃったなぁ」
「ん?どうかした?」
 呟いた壬生の言葉に、カスミが不思議そうな顔をし。
「ミイラじゃなかったからね。アレ自体気味悪い人形だけどさ、でも別に動物の皮で作ったとかじゃなし、触ったから害があるとか言うわけでもないみたいだったしさ。何なのかなーって」
「そうねえ」
 噂と違う部分が出ただけでもカスミには安堵できるものだったらしく、昨日にくらべ随分と余裕のある態度でカスミが微笑む。
「噂とか怪奇現象なんて信じているわけじゃないけど。…本当よ?」
 その言葉に笑いかけた壬生を軽く睨み、
「単純に偶然だったんじゃないかなーって思うんだけど」
 カスミはそう言い、
「少なくとも、『人間のミイラ』なんて物騒な物じゃなかっただけでも良かったわ。一体誰なのかしらねぇ、そんな無責任な噂を流したのは。だって人間よ?そりゃ、他のミイラだったら良かったか、って言われればどれも気味悪いけど」
「あたしは最初からただのいたずらだと思ってたけど」
 壬生の言葉にこくこく、とカスミが頷き。でもね、と小声で心配そうに眉を潜めて、
「もしいたずらの主が見つかってもあんまり強く怒ったりしないでね?」
「何?先生ってばあたしのこと単なる乱暴者とか思ってるんだ?」
 慌てた様子でカスミがぷるぷると首を振る。ふぅん?といたずらっぽい顔で笑った後、そうそう、と呟き、
「いっそ最初に見つけた時に、あのぬいぐるみごと焼却炉にぽいしちゃえば良かったのに。いたずらだったらそれでお終いだったわけだし」
「そんな怖い事…」
 言いかけたカスミが壬生の笑っている目に遭ってはっっと気を取り直し、
「そんな簡単にああいう品を燃やしたりしては良く無いわ」
 無理やり前の言葉を撤回するように胸を張ってそう答えた。

  ***

「ああ、またあなた達ね。美紀はいないよ」
 一旦合流してクラスを巡ってみたのだが、相変わらず美紀に会う事は出来ない。あの日カスミの元へ集まってきたメンバーの、美紀以外には昨日話を聞くことが出来たのだが、その本人だけは今日も授業が終わるとすぐに医者に行ったと言われてしまい。まだ2日目ではあるが、明日と明後日は土日で休日に入ってしまうため少々困ってしまい。
「美紀ちゃんに何か用ですか?聞きたいことがあれば聞きますけど」
 其処へひょこっと顔を出したのは、屈託ありげな顔を無理に笑顔にした少女の姿。昨日一度話を聞いた絢子だった。
「聞きたい事はあるんですけど、出来れば本人に直接伺いたいんですよ。そう伝えてもらえませんか」
 念のため、と此方の携帯番号を教えておくと、不安そうな顔のまま、
「あのぅ…美紀ちゃんに、何か?」
 縋るように聞いて来た。
「ああ、大丈夫、何かしようと言うわけではありませんの。…昨日カスミ先生の所に遊びに行ったでしょう?その時に紙袋を置いて行かなかったかどうか聞きたいんですのよ。絢子様には心当たりはありませんのでしょ?」
「はい、ないです…その紙袋って、中には何が入ってたんですか?」
「あ?ぬいぐるみだよ。ちゃっちぃクマのな」
 その言葉を耳にした絢子が喉の奥で引きつった声を上げ、
「あ、ご、ごめんなさい。用事があったのでこれで…」
 急ぎ教室に引っ込むと鞄を引っ掴んで外へ飛び出して行った。
「何か知ってたのかな…」
「でも、紙袋に心当たりはなさそうだったし…置いたのは彼女じゃないよな」
「違う」
 すばるが断言する。
「彼女はあの日、何も持っていなかった姿が確認されている」
 その言葉に納得したのか、やはり美紀に一度話を聞かなければと言う結論に達し、その日は其処で解散になった。尤も遅くまで残った者も居たし、デルフェスはカスミと親しいこともあり彼女が家に戻るまで付いて行ったということだったが。

・5日目
 昨日と一昨日は土日で学園は休み。カスミも休みで不安ながら家に居り、その間見張りという名目で各自が差し入れを手にカスミ宅へと押しかけた。結果、その2日間では何も起こらずに今日に至り。
 そして、放課後。
「…見てますよ。あそこ」
 ぴくんと耳ざとく足音を聞きつけたシリルが皆に言い、そっとその方向を指で指し示した。
「あ…」
 廊下の隅からこっちをこっそり窺っていた生徒と目が合う。途端、くるりと踵をかえして移動しようとしたその人物に、素早く駆け寄った壬生がするりと脇をすり抜けて先回りし、数歩先で威圧するように立ち塞がる。
「何?どいてよ」
 返す言葉も気の強そうな少女の声。
「何か用事があったんじゃありませんか?…例えば、忘れ物のぬいぐるみとか。絢子さんから聞きませんでした?」
 はっと少女の表情が変わる。その後、探るように皆を見つめ…どういう集まりなのか一瞬見て分からなかったようだが、何か思いなおしたのか少し表情を変えて、ちょっと横を向き、
「…先生のトコに置いたのはあたし、でも変なのは入れてないよ」
 少し不貞腐れた様子で言い出した。
「変なの?」
「何か、硬いのが中にあったでしょ――ミイラなんて嘘だろうけど、でも」
「――噂に聞いていたから怖くなった…そうなんですね?」
 シリルの言葉にこくりと頷く少女。やれやれ、と肩を竦めた鋼が皮肉な目をちらっと向け、
「それで先生に押し付けてどうしようと思ったんだ?…アレは『手に入れた者』が7日以内に死ぬんじゃなかったのか?」
 ぎくりと美紀が身体を竦め、身を翻して逃げようとして…すてん、とその場に転ぶ。バランスを崩したにしては不自然なその動きに首を傾げながら近寄っていくと、
「センセーだったら…何とかしてくれるって、何かの噂で聞いたことがあったんだもん。…あと1日で終わりだし」
「1日?…カスミ先生の所に来てからはまだ明日で6日だけど」
「…あたしの所に来てから、明日で7日になるのよ」
 立ち上がれないのか足首を手で押さえたまま、その少女が顔を上げた。どこか必死なその顔に、意地の悪い目つきをしていた鋼もはっと表情を変えてしゃがみこむ。
「どうしたんだ?」
「ちょっとね…捻っちゃって」
 見れば、足首だけでなくその手も怪我をしたのか、制服から伸びた手首に包帯が巻きついているのがちらりと見えた。
「その怪我は…」
「全部この数日中にね。グーゼンでしょ。…だって人形を渡したセンセーには悪いこと起こってないんだから…」
 強がりを言って見せているが、その顔色は冴えない。もしこれだけの人数が居るのでなかったら、誰かに縋り付いていたのかもしれなかったが、人目の多さと意地が比例したかぐっ、と唇を噛むだけに留まっていた。
 美紀がそれ以上何も言わず…だが、期待するような眼差しで皆を見て去っていった後で、
「人形と同じだったな」
 鋼が気がかりなことのように呟いた。破損状況は人形の方が大きかったが、位置はほとんど同じ。
「カスミ先生じゃなくて、あの子に行っちゃってるのかな…」
 既にぬいぐるみを押し付けられてから数日が経過している。カスミには何事も起こっていないが、ああいった人形が出てきたことが気になっているらしくカスミの表情も沈みがちだった。

・6日目――“最終日”
 そして。
 美紀がぬいぐるみの中に妙なモノを感じた日から、丁度一週間目になろうとしていた。
 カスミは朝から顔色が冴えなかった。強がりと言っても実際には非常な怖がりだとあからさまに分かる彼女には、この数日は碌な物ではなかったのだろう。
「ふあぁぁぁ…」
 あたり構わず大きな欠伸をしてしまい、はっと気付いて口に手を当てると慌てて辺りを見回す。幸い同僚や生徒には見られる事無く済んだ――集まっていた皆以外には。
「大丈夫ですか?」
 シリルがカスミを気遣いながら声をかけ、やや赤くなったカスミが「だ、だいじょうぶよ」と言葉を返す。
 あのぬいぐるみが手元に来てからというもの、気が休まる時間がほとんど無く、寝不足気味なまま仕事を繰り返しているのだから無理も無い。といって、目立った障害が起こっているわけでもなく、学校の関係者ではない何人かが常に傍にいる以外にはカスミの周辺には何の変化も現れていなかった。
「変ね…」
 えみりがぽつんと呟いてしきりと爪を噛みたそうに指を顎の付近で動かす。
「変?」
 その言葉に反応したデルフェスが大きく首を傾げ、えみりが何度か小さく頷くのを見つめる。
「危険物が此処にあるのに、危険な感じがしないの…」
 かのぬいぐるみは此処にあるというのに。
 背中からワタが抜かれたクマがころんと横倒しになっている。中身はカスミの目に付かない位置に保管してあるのだが、遠くに置いても仕方ないので、直に触れないよう綿とビニールで包んで、唯一男だからという理由だけで鋼が押し付けられている。
「カスミ先生には危険じゃないっていうのか?」
「断言は出来ないけどね。それに、最初から何か変だったのよ…無害ではないにしても、害を成すモノかって言えばそれも何か違うような…」
 それが気持ち悪いのか鋼――のポケットの膨らみにちらちらと目をやり、「おっかしいなぁ」とぼそぼそ呟いた。
「昨日まではもっとぴりぴりするような感じだったのに」
「…おい。それは俺も感じてたぞ」
 だから警戒心も高まっていたのに、今日のこの穏やかさは――。
 ―――――!!!!!
「っ!?」
 びくん、と何かが聞こえたかのように顔を上げたえみりが大きく首を回して周辺を見つめた。その向こうに何が見えるのか、時折視線を定めてはまた別の場所を見。
「何で急に、こんな…」
「どうかしましたの?」
 デルフェスの言葉に小さく頷き、
「何だか分からないけど、凄く嫌な予感がするの」
 その言葉に。
 皆一斉にカスミを見つめた。
「ど、どうしたの?」
 急に12もの目に直視されてどぎまぎしたカスミが照れ笑いを浮かべ。
「…違う」
「違う!?」
 壬生の怒鳴り声に職員室に居た他の教師までがびくっっと竦み上がる。すぐ近くに居たカスミは言うまでも無く、聞き返されたえみりもほとんど同じで、こくこく、と声を出さずに頷き。
 カスミから離れた位置まで移動して――壬生はデルフェスの意外に強い力に引きずられて、職員室の端で顔を突き合わせる。向こうではきょとんとしている教師にぺこぺこと頭を下げていたシリルがぱたぱたと戻ってきて。
「違うって、どう言うことなんだ」
 鋼が待ちきれずに聞く。今でもカスミの居場所にすっ飛んで行きたいと言う顔つきをしているのだが、えみりはそれにも首を振り、
「カスミ先生は大丈夫。…今、物凄い嫌な予感がしたのは『上』からなの」
「上の階か」
「もっと上。――あたしのカンが確かなら…屋上よ」
 ぶるっと身震いし、そのままぱたぱたと急ぎ足で階段のある方向へと向かう。
「待ってよ、先生が大丈夫って、ソレ信じてもいいの?」
「大丈夫!…たぶんね」
 ぱたぱたと足踏みを繰り返していたえみりが待ちきれないと言った様子で職員室を出、階段を駆け上がった。一瞬顔を見合わせた壬生達が急ぎ後を追う。
 えみりの様子に只ならないものを、1人を除き感じていたからだ。
 そして。
 のんびりと、バランスを崩さないよう階段をあがっていくすばるが1人。

  ***

「何してるの?今授業中だよ?」
 両手を組み合わせる格好で屋上から下をじっと見つめていた少女がくるりと振り返る。――手と足それぞれに包帯を巻いた少女が、歩きづらそうに顔をしかめながらゆっくりと近づいて行く。
「あれ、美紀ちゃん?…どうしたの、こんなところに」
 その手には、安っぽいペンギンのぬいぐるみ。
 皆が次々と到着した時には、その2人が向かい合って立っている所だった。
 その少女は、あの日一緒にカスミの元へ遊びに行っていた1人。一番美紀と仲が良いように見えた大人しい少女の姿だった。
「それはこっちの台詞でしょうに。どしたの?」
「うん…皆と話してるうちに、何だか急に凄く不安になっちゃって。美紀ちゃん今日は病院に行くって言ってたじゃない。だから、途中で事故にでもあったのかなって…此処から見ていれば美紀ちゃんが無事に来れたかどうか分かるから。そしたら授業に戻ろうと思ったの」
 聞く言葉は友人思いのよう。そう言っている声色も顔色も不安をまざまざと表している。
 が、『カン』と言っていたえみりの表情は冴えないどころかますます嫌な予感に満ちているのか、辺りを見回しながら何かを探すように目を落ち着き無く動かしていた。
「――誰かが階段を降りてきたが、会ったか?」
 最後に合流したすばるの言葉に、皆が首を傾げて顔を見合わせ、
「見てないけど、他に誰かいたの?」
 壬生が首を傾げたまま訊ねるとすばるがこくりと頷く。
「偶然、他の階から降りてきた奴にぶつかったんじゃないのか?」
 鋼が小声で、2人の様子に注意しながら言い。
「そうかもしれないが」
 何か気になるのか、それでもそれ以上反論する言葉を持たないすばるがじっと黙り込み、そして皆はいつでも飛び出せる体勢のまま待ち続けた。
 屋上には2人の他人影は無い。
 そして肝心の2人を見る限りでは、これから何か起こるかもしれないとはとても思えなかったのだが…。

「それじゃ、戻ろうか。…絢子、先生に何て言い訳するつもり?」
「えへへ…保健室に行ったって言おうかな」
「ばれるでしょそんなんじゃ」
 苦笑を浮かべて、肩を並べる。扉の向こうで数人が息を潜めていることにも気付かず。
 絢子がぱたぱたっと美紀に近寄って行こうとしたその瞬間、
「あっ」
 つんっと屋上の床につまづいた絢子の手からペンギンのぬいぐるみが放り出され、それに気付いた絢子が慌ててその後を追う。
「ちょ、ちょっと、絢子っ――」
 その後を追って不自由な身体ながら必死に友達の動きを止めようと美紀が手を伸ばし。
 そして――美紀が捻った足に再び体重をかけたのか、ぐらりとその体がバランスを崩した。
 ばたばたと皆が扉を開け放して駆け込んだ時には既にその状態。
 バランスを崩した美紀に気付いた絢子が振り返って、巻き込まれるように倒れかけて。
 ――ぶちッッ。ぶちぶちッッ。
「危ない――!」
 どういう作用なのか、フェンスがまるで紙で作られてでもいたかのようにぶちぶちと千切れていく。
 互いに抱きしめたままぎゅぅっと目を閉じて――そして、落ちていく。数階の高さから裏庭へと――。
 ず、ん…
 鈍い音が聞こえて来る瞬間、デルフェスとすばる以外は目を閉じ、耳を塞いでいた。
「急ぎましょう。他の人が来る前に」
 どういうわけかしっかり目を開いて落ちるまでの様子を見ていたデルフェスが皆を急ぐように促し、
「お、おう」
 行った先のことを想像するのが嫌で、上から覗き込むこともせずにいた鋼が答え、その声にその他の者がはっとしたように身じろぎした。
「急ぐ?」
 すばるが静かな声を上げてトコトコと破れたフェンスに近寄っていく。
「あ、あの、そっちは」
 シリルが慌てたように声をかけると無表情のままちらっと皆を振り向き、
「すばるは急ぐ」
 淡々と告げると、ひょいとごく普通の調子で其処から飛び降りてしまった。
「ええぇっ!?」
 えみりの声に先に階段を降りていたデルフェスたちが振り向いたが、ぱくぱくと口を動かすだけで上手く言葉にならず、階段とフェンスとを何度も見比べていたが心を決めたのか階段へと突進した。
 裏庭は確か土や芝生で地面が柔らかかった筈だ、と祈るような思いで。

  ***

 確かに、裏庭は表のようなアスファルト張りではなく、その奥に寄り添うように、地面の凹みの上に倒れている2人が見える。
 だが、その前に階段を降りて駆けてきた皆の目がまん丸になった。
「…落下地点目測失敗」
 ぶらん、と枝に足が引っかかったのだろう、逆さまになったまますばるが左右にゆっくりと揺れている。…不気味さは置いておいて、本人は別に苦痛でもなんでもないらしく、そしてまた自分からこの現状を打破しようとする気はあまりないようで、ぶらーんぶらーんと揺れ続けていた。
 最初に逆さ人間から意識を向こうへ向けたのはデルフェス。ぶら下っているすばるに異常がなさそうなのを見て取るとすたすたと其処を行き過ぎて2人の傍で屈みこみ、何故だか硬直しているように見える2人の身体を調べていた。
「良かった。破損箇所は無いようね」
 其処に転がっていた2体のモノを調べていたデルフェスがほっとした声を上げる。――次いで近寄り、呆然とその様子を見ていた皆も。
 それは、人間ではなかった。艶のある光沢を持った、非常に精緻な人間の形をした金属…か石のように見える。それが抱き合った形でごろんと転がっていた。
「あの…これは?」
 シリルが恐る恐る聞くと、
「あの2人よ。咄嗟だったけれど上手くいったみたい…今解除するわ」
 えぐれたように穴のあいた地面…その上に折り重なっている2人にデルフェスが手をかざし、その表面を撫でるように手を動かす。
 ――じわりと。
 内部から色が滲み出るように、2つの物体はあっさりとヒト本来の中身を取り戻し、そしてくたっと其処に横たわった。気を失っているのか、2人共目を閉じたままで。
「これがあの子がさっき持っていたモノね…」
 クレーンゲームから取ったとおぼしきペンギンのぬいぐるみ。少し離れた位置に落ちていたそれを手に取って軽く内部を探ると、やはりごりごりとした感触が手に広がっていく。
 やはり、最初の時と同じくデルフェスが慎重な手つきで中を開いていった。今度は手持ちのハサミが無かったので、ごめんなさいね、と呟きながら指でぶちぶちっとペンギンの背を引き裂いて。
「…同じですね」
 ふわっと漂った匂いに顔をしかめたシリルが中を見る前に呟き、そして目で確認した鋼がこくりと頷いた。
「同じものだな」
「おわっ!?」
 突如、いつの間に降りてきたのか背後から覗き込んでいたすばるの声に鋼が飛び上がる。
「突然声かけるなよ、心臓に悪い」
「なら今度は前に回りこんで…」
「いやそれはそれで怖いから勘弁してくれ」
「――大丈夫?」
 漫才のような2人を放っておいて、壬生とデルフェスがそれぞれぐったりとしている少女を抱き起こす。
「救急車を呼んだ方が良く無い?」
 気を失っている様子に心配してえみりが呟くが、それに被せるようにして「大丈夫ですわ」とデルフェスが笑みを浮かべて言い切った。
「私の術で固めると、皆意識を失ってしまわれるのです。すぐに戻りますので、ご安心くださいな」
 う…ん、小さな呻き声を洩らしてほぼ同時に2人が目を開いた。黙ったまま空を見上げ、そしてさっきまで居た筈の屋上へちらと視線を向けると、これもまた同時に2人が目を見合わせる。
「絢子…」
「――美紀ちゃん」
 美紀の呼びかけに、同じく名前を呼ぶ少女。まだ完全に意識がはっきりしていないのか、互いの目は少しく虚ろになっていて。ややあって、
「あんたが、あたしを呪ったの?」
 かすれ声が、美紀から漏れる。それは悲鳴とも泣き声とも…驚きともつかない声。
 2人の目に映るのは、其処にいる2人がそれぞれ持っている2体の人形。…両方とも、いつの間にか体中にヒビが入り、今にも折れそうな程の傷が浮かび上がっていた。
「違うの」
 其れに対しうっすらと涙さえ浮かべたもう1人の少女が震える声でそう答え、首を振った。
「あれは…あれはね、お守りだったの」
「お守りって…」
 改めて自分達が落ちてきた屋上を下から座った姿勢のままで眺め、それから喉の奥で泣き声を上げながら美紀にしがみ付いた。
「良かった…良かったよぉ」
 ざわざわと、先程の2人の落下音に気付いた誰かが近寄ってくる気配がし、数人の教師が泡を食って走りこんでくるのが見えた。
「大丈夫かっっ!?」
 後から付いて来たそんな叫びと共に。

  ***

 『事件』は、屋上のフェンスの一部が老朽化していたために起こったものと結果付けられた。授業をさぼっていた少女は怒られたがそれだけで済み、美紀はというと落ちかけた少女を助けようとした生徒といつの間にか位置付けられ、少女の両親からも教師陣からも感謝されると言う奇妙な状態に陥っていた。

・全てを終えて
「ほら、先生もいるし。ちゃんと話してくれるよね?」
「…うん」
 絢子がこっくりと頷き、ごめんね、と美紀に呟いてから話し始めた。
「あれは、お父さんが海外旅行に行ったお土産だったの。お守りなんだって」
 その国での霊木…と言うのか、魔除けの効果があると信じられている木を削って作られたもの、らしい。割合小さなものだったので勢いもあって自分と母親の分の2体を買ってきたのだと言うが、
「お母さんは怖いからいらないって私が2つもらっちゃって」
 干した肉を繋ぎ合わせたようないびつな人形を手で動かしながら絢子が言う。本人は顔が怖いだけ、と人形自体を怖がってはいないようだったが、周りの反応を考えるとむき出しで持ち歩けずにぬいぐるみの中に縫いこんでいたのだと言った。
「それで、どうしてあたしに?」
「美紀ちゃん、最近ついてないって言ってたから」
 実際、今の美紀は傷だらけの身体になってしまっている。春休みが終わってからちょくちょく怪我をしたり転んだりということが多かったため、心配のあまり内緒でその人形をクマの中へと入れた、それが発端だったのだ。
 最近ちょっとした噂になっていた『小さな人間のミイラが入った呪いのぬいぐるみ』の噂は美紀達から聞いていたが、あれはミイラではなく人形だし大丈夫だろうと思っていた。まさか、1週間くらい前に美紀がカスミにこっそりクマのぬいぐるみを押し付けていたとは気付かなかったと言う。
「だって、あんまりクマクマって言ったら中身に気付かれちゃいそうだったし…」
 呆れ顔の美紀から目を逸らし、ごめんなさい、と呟く絢子。
「それじゃあ、気にしすぎたあたしが悪かったってこと?それともあんな人騒がせなモノを入れた絢子が悪かったってこと?」
「まあまあ…2人共無事だったんだし。それに絢子さんだって美紀さんのことが心配だからああいうことをしたんでしょ?」
「そりゃそうだけどさぁ…」
 不満だらけの美紀が口を尖らせる。それはそうだろう、強がって見せてはいるが相当怖かったのだろうから。おまけにこの1週間でいくらついてないとはいえここまで怪我を続けざまにしてしまったのも事実だったし。
「とにかく、この人形…あんまり持ち歩きたくないよ。――先生の方で処分してくれる人知らない?」
「え?あ、ああ…そうね。人形には何にもなかったけど…」
 ちら、と集まっていた皆へ1人1人目を向けるカスミ。
「わたくしにお任せくださいませんか?心当たりがありますの」
 そこへデルフェスが声を掛け、そうね、とカスミがほっとした顔をして2体の人形を手渡した。手を離れる時に絢子が少し寂しそうな顔をしたが、すぐに思いなおしたか美紀を見てにこりと笑う。
 カスミにとってもこの申し出は願っても無いことだっただろう。誰にも心当たりがないとなると、少なくとも今日いっぱいはこれら2体の人形と共に過ごさなければならなくなっていただろうから。
「…うん、もう嫌な感じも特にないし、これで大丈夫みたいね。――やっぱり、あれって単なる噂だったのかな」
 『最終日』の日にあれだけ感じられた危険はすっかり薄れたとえみりがきょろきょろ辺りを見回しながら言う。
「噂と言えば」
 すばるがぽつりと呟いた。今日もいつの間にか皆の傍に気配もなく立ち、そして突然会話に割り込んでくる。それには多少慣れたものの、びくぅ、と反応することだけは暫く消えそうにない。――カスミからしてそうだったのだから。
「噂と言えば、何だ?」
 2対の人形を手にしているデルフェスを不思議なものを見るような目で眺めていた壬生が興味をそそられたのかくりんと首を回して聞いた。
「『ミイラ入りの呪いの人形』…デマだと言う噂が飛び交っている」
「――え?」
 その、あまりにも突然な言葉に皆の目が丸くなった。美紀と絢子も少しきょとんとし、そうなの?と互いに聞きあっている。
「随分唐突だけど、どこから聞いたの?」
「不特定多数。…其処の2人が飛んだ次の日から突然話題に上がっていた」
「噂の出所は、突き止められなかったのか?」
 何人からも聞いたんだろう?そう続けた壬生にぷるぷると首を振るすばる。
「円形の噂だったが」
「円形?」
 眉を潜めつつ鋼が訊ねる。
「通常、噂話の発信地は1つ。そこから様々な図形を描いて行く。不幸の手紙やチェーンメールと似通った動き方をするものだ」
 淡々と告げるすばるに、感情の動きは見られない。むしろ、どこか面倒くさそうな…誰も説明を頼んでいないのにも関わらず妙にだるそうに言葉が口を付いて出る。
「今回は突然出た噂なのだが、発信源を探ろうと聞いた者を訊ねてみたが、全く先細りせずにすばるが最初に聞いた者へと戻ってしまった。その間の言葉が取捨選択された様子も無く」
「変だな」
「使い古された噂ならそういうこともあると思うけど…『呪い』なんて魅力的な言葉を否定する動きが実際流れてる噂に追いついちゃうなんて…妙、ね」
 えみりもすばるが出した言葉に首を傾げ、不審な表情を浮かべた。とは言え、偶然…とは片付けられないまでも、凶悪な噂へ発展しなかっただけマシかもしれないと思い直す。
「まあ、事情も分かった事だし。皆が元気でよかったわ。――丁度喉が渇いたところなんだけど、どう?皆で食堂に行かない?おごるわよ」
 結果的に怪我1つしなかったせいもあるのか、話を聞くだけ聞いて急に元気になったカスミがにっこりと笑って提案した。他にも、怪奇現象は無かった――と自分で結論付けたせいもあるのだろうが。
 皆が賛成したのは言うまでも無い。すばるは行った先で何一つ口にせず、運び屋に徹していた――何度か盆をひっくり返して『財布』のカスミの顔色を青ざめさせていたが。

  ***

「………」
 カスミが上機嫌で自分の仕事へ戻って行った後。
 美紀と絢子が連れ立って帰るのを、屋上から眺めていた一行が、切れたフェンスの周りに集まった。
 今は危険だと言うので屋上への扉には鍵がかけられ、フェンスにはロープが張り巡らされていたが其れに構う面々ではない。何故だか『偶然』屋上への鍵が鋼の手にあり、そして今はフェンスの切れた大穴を真剣に見つめている。尤も全員がその場に集まると逆に危ないので、居るのは鋼とすばるの2人。残りはフェンスの他の部分を調べたり、床の状態を調べたりしていた。
「うーん…これが事故かねえ…おい、そっちはどうだ?」
「針金の切り口は綺麗だ。だが、人為的にペンチで切ったようなものではないな。――焼き切ったように見える」
「こっちも同じだ」
 これでもフェンスの老朽化による事故と見るのか、と眉を潜めつつ切れたフェンスを眺め、ふらふらと外へ向かって歩いていこうとするすばるを慌てて止める。
「どうでした?」
「思ったとおり、何か変だ。けどな、それ以上は分からねえよ。第一あの時は俺達もこの場に居たんだ」
「…そうなのよね。でも…もう、変な話だけど安全だって分かるの」
「うーん」
 難しいことは苦手だ、とわしゃわしゃ髪をかき回していた壬生が顔を上げ、
「いい。また何か起こった時に考えればいいじゃない、今回は被害がほとんど無かったんだし。美紀だって今回はたまたま偶然が重なっただけでさ、折れたとか言うわけじゃないでしょ」
 これ以上探しても何も出てこない気がする、と壬生が続けて、それには賛成らしく数人が同意した。
「そうですね…これ以上ここにお邪魔しても仕方ありませんし。帰ることにいたしましょうか」
 デルフェスがにこりと上品な笑みを浮かべ…服のポケットの両方から見える2体の人形が物凄く違和感を醸し出しているのだが…先に立って歩き出す。其れに釣られるようにぞろぞろと階段を降りる一行。
 最後に何となく振り返ると――そのフェンスの形が遠目に見えた。
 緑色のフェンスからぽっかり抜けたその空間が、梅雨時の灰色の空を映している。
 それはまるで、この時期に出現した扉のようにも見えた。

  ***

 美紀と絢子は他の生徒と連れ立って今も元気良くカスミの元へ通ってきている。怪我はもうほとんど良く、ほとんどその最中に意識が無かったとは言え死にかけた事すら遠い過去の話になってしまっているようだった。
 カスミのところへ遊びに行った各自が聞いたところによると、あの人形は無事デルフェスの仕事先の人間が引き取ってくれたらしい。すばるがあの日見たと言ったもう1人の生徒のことも、偶然なのか故意にあそこに居たのか分からないまま。第一すばるもあの日以来その少女を見かけてはいなかった。
 それと、えみりがその後も追跡調査をした結果、ネットからはあの噂がほぼ完全に消え去っていたということだった。
 それは、『デマだった』という噂も含め。
 …まるではじめから何も無かったかのように。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2181/鹿沼・デルフェス/女性/463/アンティークショップ・レンの店員】
【2200/赤星・壬生   /女性/ 17/高校生             】
【2239/不城・鋼    /男性/ 17/元総番(現在普通の高校生)   】
【2409/柚木・シリル  /女性/ 15/高校生             】
【2496/片平・えみり  /女性/ 13/中学生             】
【2748/亜矢坂9・すばる/女性/ 1/日本国文武火学省特務機関特命生徒】

NPC
響カスミ

美紀
絢子

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。「ヌイグルミ」をお届けします。
今回は『噂』と言う実態の無いものを主体に話を展開させてみました。巻き込まれてしまったカスミ先生には気の毒でしたが…。
この話の中にある『噂』は今回の話と奇妙にリンクしています。噂とは違う内容物であったのにも関わらず、です。
もしかしたら、何らかの力が働いていたのかもしれませんが…。
と、それはまた別の機会に取っておくことにしましょう。

今回の参加ありがとうございました。
またいつか、どこかでお会いできることを楽しみにしています。
間垣久実