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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん

『Nouvelle Vague』
 流麗な書体は、Zロードスターのリアウィンドウに磨りガラスめいた質感で記されている。
 果たしてそれだけを見れば、何処かの走り屋のチームかと勘違いしてしまうのも、車が車たる追求して、流線を意識した車体故の罪のない判断と言えなくない。
 しかも運転席から降りて来たのが茶髪にピアスのチャラいお兄ちゃんだったら尚更。
 だが。
「毎度ーッ、花工房『Nouvelle Vague』でーす、ご注文のアレンジメントお届けにあがりましたぁーッ」
と、防水加工にテカる前掛けを着けて明るく張り上げる声と抱えた花にその用途を知る。
 配達車がスポーツカー。どんな豪勢な花屋だと、興味の点で宣伝効果の高いそれは実の所、運転手…であり、花工房『Nouvelle Vague』の経営者であり店長である高台寺孔志の私物である。
 趣味とはいえど、金のかかる車に、店舗の改築ローンを抱えた身でもう一台、配達用のバンを抱える余裕はない。
 ある物ならば有効活用、そして燃料が経費で落ちる、ちょっぴりせこさを覗かせて孔志は今日も愛車を駆って配達に励む。
「毎度ありー♪ またごひーきにー♪」
と、花屋というより酒屋を思わせながら、配達先を辞した孔志は、脇道に停めた愛車の前に立つ人影に「お?」と足を止めた。
 この時節に、よっぽど気合いの入ったビジュアル系……というには少々違う雰囲気を醸した黒革のロングコートに、東洋人なのだが、奇妙に白く映る横顔が印象に強く残る。
「あんた今幸せ?」
孔志の視線に気付いてか、表情を隠して真円のサングラス越しに視線が向けられた。
 開口一番、意表を突いて突拍子のない問い掛けに咄嗟、思考が鈍る。
「コレ、あんたの?」
 孔志が是非を答える前に問いを重ね、青年はニ、と笑んだ。
「いーカンジじゃん」
「イタズラ目的なら絞めっぞ?」
そこで漸く追い付いた思考に、にこやかに言葉を受けて孔志は立てた親指でぐと首の辺りを横に引き、流れに乗せたまま勢いよく指先を地面へ向ける。
「あっは、いいなぁ、それ」
青年は孔志の牽制……というよりも宣戦布告に明るく笑い、すいとサングラスを引き抜いた。
「あんた、かなり普通じゃねぇよな?」
笑いに細められた瞳は、不吉に赤く染まった月に似る。
「興味あンだよ。そういう人の、生きてる理由みたいなのがさ」
一瞬。
 額の疵、めいた痣がずくりと痛んだ。
 満月にのみ口を開ける紅眼、その眼が開くに似た感覚に咄嗟額を両の手で押さえる……それは本能的な禁忌から来る、孔志の意思の外から来る行動。
「どっか悪ィの? あんた」
それを、痛みを誘起させる、赤い月の眼差しで見た青年はふむ、と周囲を見回してぴたり、と道向こうに視線を据えた。
「奢るからさ、時間あんならちょっと茶でもしばかねぇ? 俺、今暇なんだよ」
指で示す、先には喫茶店の硝子戸。
 その誘いに踏み出した足の動きは、また孔志の意思と別の場所にあるように感じられた。


 額におしぼりを乗せて、孔志は大きく息を吐き出す。
「ちった落ち着いた?」
手近な喫茶店に腰を落ち着け、額の熱を示して水を含んだ布の冷たさが心地よい。
 互いの名乗りにピュン・フー、と妙な響きが名と知れた青年は、差し出したメニューをひらひらと振って取るように促した。
「お気遣いドーモ」
軽い口調でメニューを受け取る孔志に注文を察してか、ウェイトレスがテーブルの脇につく。
 ピュン・フーがアイスコーヒーを注文する間に、孔志はざっと内容に目を通して目的のそれを見出すと、パタンと閉じた。
「お決まりですか?」
「オムライスとジンジャーエール」
注文は簡潔に明瞭に。
「それからお姉さんのスマイル〜♪」
追加でベタな注文に、特上の笑みを添える。
 当然、この場合相手に期待するのは「イヤだ〜、もう♪」という軽い笑いか、「ないですよぅそんなの」との照れに「君のスマイルは是非、メニューの最上段に載せるべきだ」なんて楽しい会話の切り口になる筈…だったのだが、対象はごく自然に孔志のからかいとメニューとを受け取った。
「お持ち帰りになさいますか?」
職業意識が高い、と言って良い物か。
「……包んでくれる?」
「承りました」
孔志とウェイトレスの一連の遣り取りに、軍配がどちらに上がったかは明らかである。
 何事もなかったかのように去る後ろ姿に、何とはなしな敗北感を覚える孔志に、一部始終をつぶさに観察していたピュン・フーは、声なく笑い転げている。
「お姉、さんのが……一枚上手……ッ」
絶え絶えな息の合間の主張に、孔志はむっと口元をへの字に曲げた。
「そういうおまえなら、どー出たよ?」
楽しい会話は明るさが基本である、との主義を実行している孔志はしつこく笑っているピュン・フーに水を向ける。
「俺、あーゆーのタイプじゃねぇもん」
言って、ピュン・フーは屋内でも外す気配を欠片も見せないサングラスを持ち上げるついで、指の背で笑いすぎて出た涙を拭ってあっさりと続けた。
「どっちかってーと、孔志みたいのがいーな」
初対面の同性に言われて嬉しいワケがない。
 笑いと、多分にからかいを含んだ発言を鼻で笑い、孔志は煙草を銜えた。
「俺を食いてぇなら単刀直入に言えよ?」
「不味そうだからいらねェ」
きっぱりとした単純明快な拒否に、攻防は一瞬。
 一本足のテーブルの下、繰り出した孔志の蹴りをピュン・フーが皮靴の足裏で受け止めると同時、逆足で相手の脛を狙う報復をこれまた足で横に流され……などという事をすれば転けるのは自明の理だ。
 椅子と床とが打ち合って立てる音に集まった店内の視線に、大人げない男二人は多少の気まずさに黙々と椅子とテーブルの位置を直して何事もなかったかのように席に着いた。
「食ってもねぇのに失礼なヤツだな!」
これ以上営業妨害にならぬよう声を潜めてこそこそとした会話に相手の声を聞き取ろうとすると、自然と顔に距離が近くなる。
「え、だって見ただけでわかっじゃん」
「こーいうのは意外と食ってみねーとわかんねーモンなの!」
会話が横滑りしているのに孔志はふと気が付き、こほんと軽い咳払いに軌道修正を計る。
「その不味そうなのがタイプなのか? 悪食だなお前……まぁ食いたくなったら言えよそのケツ蹴飛ばしてやっから♪」
ふふん、と笑いに余裕を示して銜え煙草に火を点す。
「悪食の点は否定しねーけど、孔志ホントに不味そうじゃん。食ったらあたるからいいや」
再びテーブル下の攻防が繰り広げられる寸前に、それぞれの注文の品が運ばれてその場は流れた。
 軽食を目的とした店で出される品は、まま平均的になりがちだが、スプーンを入れれば内側がふわりと半熟の卵にチキンライスの濃いめの味付けが絡んで丸くなり、さり気ないハーブの香りが美味である。
 アイスコーヒーだけを前に据えたピュン・フーは、食事を堪能する孔志をまじまじと見つめるに、思わぬ美味に黙々と半分ほどを平らげていた孔志は目を上げた。
「何」
食べる様を見つめられては落ち着かない。
「……や、美味そうに食うな〜、と」
「当然よ!」
何故だか孔志は自信満々に胸を張る。
「食う、寝る、出すは生き物の基本! 逃れ得ないそれに美味いモンがあたったなら美味いように巧く食うのが義務、いやさ快感! 全ては快楽の為よ! 燃える欲望だなぁ〜♪」
握り締めたスプーンをマイクの代わりに「卵さんありがとう! 鶏さんもありがとう! お米さんもおいしい! お百姓さん畜産農家さん……」演歌の前奏に入るナレーションの如く流れる口調で材料の一々に感謝を述べる、何かのスイッチが入ってしまったらしい孔志に、ピュン・フーはアイスコーヒーを口に運んだ。
「まぁ……食うってイロんな意味あるよな、実際」
論点は其処じゃない。
「何醒めてやがる」
ツッコミがない為か何処までも行ってしまいそうだった一人パフォーマンスショーから、孔志が自力で戻る。
 甲斐のない観客がおかえりー、と迎えるのに、孔志はちょいといなせな感じで、斜にテーブルに肘を預けた。
「ま、そんな日常の中でもよ。生きてりゃ毎日良い事一個位転がってるもんさ、冷たくなったらお仕舞ぇよ」
「……まだ戻ってなかった?」
いいから聞け、とピュン・フーの頭を軽く叩いて黙らせる。
「ぱっと咲いて散るが男と言うけどな。俺に言わせりゃ愛情目一杯かけ、目一杯かけて貰って永らえる事のが価値が有る……そう思わね?」
花は散る。だが、人も動物も、それは同じ。
 遍く命の全て、時経て盛りを越えれば散るが定めだ。
 花屋が生業になって以降、花に生の縮図を見る…喜びを寿ぎ、想いを託し、労い、出会い、別れに添えられる花に輝きを。
 そして、時に枯れ、時に朽ち。より、強く感じる事の多くなった人としての散り際。
「死ぬ為に産まれるんじゃねえ……からよ」
ぽつり、と呟きに似た一言に、ピュン・フーは軽く眉を上げた。
「やっぱ、タイプだわ。孔志」
しみじみと頷く様がいなされたようで、本気が入っていた孔志は不機嫌になる、より早くピュン・フーは片手でそれを制し、胸ポケットから携帯電話を取り出した。
「仕事だ」
ディスプレイを確認するだけで振動を続ける携帯には出ず、小さく息を吐く。
「いいトコだったのに、悪ィな」
言いながらも悪怯れる様子はなく、ピュン・フーは伝票片手に席を立った。
「孔志はゆっくりしてな」
と、軽く振った手を別れの挨拶に変えかけてふと、動きを止めてまじまじと孔志ほ見た。
「まぁ、孔志なら何処に行っても幸せそうだけど」
妙な前置きに憤慨するより先、顔に横で振られていた手が、サングラスを抜き取る。
「幸せなままでいたきゃ、東京から逃げな」
笑いを含んだような瞳…その癖に、真剣な紅、声に籠もる真摯さ。
 それが楽しげな色にとって変わる。
「そんでももし死にたいようだったらも一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
赤い月の不吉さで告げる言葉に含まれた単語の剣呑さを、笑顔がくるむ。
「じゃあな」
バイバイ、と今度こそ顔の横で開閉した手で別れを告げて向けられた背に、言葉の真意を問おうとした絶妙の間で、額に熱と脈動を感じ、孔志は咄嗟、両手で強く押さえた。
 額の目が、開いたかと、思った。
 錯覚と呼ぶには強すぎる感覚に、冷えた背筋が震えを走らせた。
「……さぶッ!」
締めの悪い、男である。