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働かせてもらえませんか？
■副題■〜スペシャルな縁結び〜
例によって例のごとく、井の頭公園池を臨む弁天橋から、悲喜劇は始まる。
欄干に背を持たせかけ、弁天は一日遅れの日本経済新聞を広げていた。
「何じゃ、昨今の外国為替相場の乱高下は！ こんなもの、神でも予測できぬわ」
ほぅとため息をつき、頬に手を当てて弁天は目を閉じた。額にうっすらと縦じわが浮かぶ。
「シティバンクのプレミアムデポジットに勝負を賭けてみたが、裏目に出おった。よもや、このようにアイタタタなことになろうとは……」
「あのー。あまり聞きたくないんですが弁天さま。その日経が昨日の日付なのはいかなる理由で……？」
何となく事情を察し、すでに涙目状態の蛇之助に、弁天は胸を張って言う。
「中央線４番ホームのベンチに放置してあったのを持ってきたからに決まっておろう！」
「そんなもの、拾ってこないでくださいよ」
「わらわは公園周辺の環境整備にも心を砕いておるのじゃ。それはともかく」
ぐしゃっと日経を丸め、弁天はぽんぽんと蛇之助の肩を叩く。
「聞いておくれ、蛇之助や。いろいろあって弁財天宮の財政状態は、未曾有のピンチに陥っておる」
「さらっと言わないでくださいさらっと！ 仮にも『財』を司る女神がそんなことでどうするんですか」
「おぬしのフォロー不足も一因じゃぞ。ともかく、背に腹は替えられぬゆえ、わらわは決心した」
「……何を？」
「知れたこと。アルバイトをするのじゃ」
「誰が雇ってくださるっていうんですかぁ！」
「だからおぬしがこれから、草間興信所やアトラス編集部に求職活動をしに行くのではないか！ わらわの勤め先は、ブリリアントでハイソサエティな場所限定じゃ。おぬしはまあ、職を選ぶ必要はなかろうから、ひたすら高収入を追求するが良い。ほれ早く！」
「……ていうか、私も働くんですね……？」
いつも以上に哀愁を漂わせ、眷属は出かけていった。その背を見送ってから、弁天ははたと手を打つ。
「おお、そうじゃ。ハナコとデュークにも声をかけねば。人手は多い方が良いからのう」
＊ ＊
「あはは。聞いたわよ。何だか大変なんですって？」
弁財天宮１階に特設された『武蔵野異鏡人材バンク』のカウンター前で、嘉神しえるはすらりとした脚を組んだ。
「そうなんです。草間さんや碇編集長にはいろいろご迷惑をおかけして……」
広報活動のさなか、いろいろと悶着があったらしく、カウンターの奥で蛇之助はうなだれる。
「それで、順調にアルバイト先は見つかってる？」
「当たり前じゃ！ わらわが身を粉にして働くと申しておるのじゃ。ブリリアントでハイソサエティな職場がダース単位で順番待ちぞえ」
蛇之助の横で、弁天は無意味に胸を張る。
ちらっと見てから、しえるは声を落として蛇之助に囁いた。
「……そうなの？」
「……皆様のご厚意に全力でおすがりして、まあなんとか。先刻、公爵さまとハナコさんだけが、草間さんのご指名を受けて出かけられました」
「そんなことだろうと思ったわ」
しえるはふふっと笑い、案内状のようなものを見せた。
「ねえ弁天さま。蛇之助も。美味しい話持ってきたわよ。立ちっぱなしもなんだから座って♪」
『美味しい話』に過剰反応した弁天は、蛇之助を伴って、しえるを地下１階の接待用客室に案内した。VIP待遇である。
白いテーブルに並べられた案内状には、なかなかに心惹かれる文字が躍っていた。
「ほほう。『初夏を楽しむパーティに参加しませんか？ 一流ホテルの豪華ビュッフェディナー＆フリードリンク付。会員は無料』とな」
「そう。会員じゃないけど、コレにタダで参加出来るの。しかも適度に高収入。いいでしょ？」
「しかし、ちと話がうますぎはせぬか？ こんなに経費を使って、この会社にどんなメリットがあるというのじゃ」
「よくぞ聞いてくれました」
しえるはさらに、その横にパンフレットを置いた。ウエディングドレス姿の女性が幸せそうに微笑む、シュガーピンクな表紙である。
「企業理念は『愛』。ふたりの出会いをトータルサポート。……これはいわゆる、結婚情報サービス業じゃな」
「要するにお見合いパーティー運営会社のサクラね。知人に適度な美形拉致ってきてって頼まれたのよ」
「……適度な美形」
微妙に複雑な表情で、弁財天とその眷属は顔を見合わせる。
「だって弁天さま、中身はともかく美人だし」
「同じようなフレーズを、他の誰かにも言われた気がするのう……」
「それに縁結びの勉強にもなるわよ。一石二鳥でしょ。そんなわけで、当日までにコレ覚えておいてね」
弁天さま用偽プロフィール……井の頭清花（いのがしら・さやか）21歳。聖ベルナデット女子短大卒。子供好き。家事手伝い中。趣味は映画鑑賞とお菓子作り。好きな異性のタイプは、優しくて頼りがいのある人。口調は、〜わ、わよ、ね、かな？ で。
蛇之助用偽プロフィール……妙王蛇之助（みょうおう・じゃのすけ）25歳。神聖都学園の大学院生（保健学研究科：博士前期課程）。趣味は読書と旅行。好きな異性のタイプは、はっきりした気の強い人。【しえる補足：蛇之助の設定はあまりいじってないからね。さほど演技しなくていいわよ】
「服装は、そうね、蛇之助は眼鏡にスーツかな。弁天さまは、あまり派手な服じゃなければいいか」
「うむう……。わらわに子供好きな家事手伝いの娘御のふりをせよと申すか」
蛇之助はともかく、弁天の方は実物とはかけ離れたプロフィールである。
脂汗を浮かべる弁天に、しえるは有無を言わせぬ笑顔を見せる。
「あらぁ。仮にも芸の神なんだし楽勝でしょ？ 完璧に演じてよね♪」
＊ ＊
パーティ当日。
しえるに待ち合わせ場所として指定されたホテルのロビーに、弁天と蛇之助は到着した。
長い髪をストレートに流した弁天は、知り合いが見たら卒倒しそうに清楚な水色の地に白い小花を散らしたワンピース、蛇之助は紺のスーツに銀縁眼鏡という姿である。
しえるも上品な藤色のノースリーブのワンピースに、レースのジャケットを羽織っている。ふたりの服装をさっと検分し、こんなもんかな、と呟いたしえるは、しかし弁天の化粧に眉をひそめた。
「弁天さま、メイク濃すぎ。それじゃ洋服と合わないわ。もっとナチュラルにして」
「じゃが、お見合いパーティとは、妙齢の娘御たちが自分を売り込む場でもあろう。あまり地味すぎては目立たぬではないか。女は競ってこそ華じゃ」
「その辺はバランスなのよ。いい？ 適度に人目を惹きつつも目立ち過ぎず、他の参加者をよいしょするの。これがサクラの仕事よ」
「そういうおぬしは、どんな偽プロフィールなのじゃえ？」
「あれ？ 言ってなかったっけ。嘉神しえる、22歳。井の頭清花さんと同じ、聖ベルナデット女子短大卒。家事手伝いの花嫁修行中。趣味はお料理とお裁縫♪」
「何じゃ。その誇大広告・不当表示は！」
「人のこと言えないでしょ。――さ、そろそろ時間ね。弁天さまがメイク直し終わったら会場に移動しましょ」
「やはり直さねばならぬかの？」
不満そうな弁天に、しえるはきりっと言い放つ。
「そうよ。今から私たちは女優なんだから。控えめな家事手伝いになりきるのよっ！」
「あっあの。お見合いパーティって何をどうすればいいんでしょうか？ 全然勝手がわからなくてその」
「蛇之助はとにかく落ち着け！」
「蛇之助は落ち着けばよろしい」
しえると弁天に同時に言われて、蛇之助はパーティ前から既に憔悴の風情である。
ふたりを先導してエレベーターに乗り、『ときめき☆インスピレーションパーティ』と大きく表示された広間へと、しえるは進んだ。
「さあ、戦闘開始よ！」
＊ ＊
――確かに。
会場内は、一種の乱戦状態であった。
パーティメンバーは、男性25名、女性25名、計50名という構成である。
受付順に番号札が渡されるので、参加者はそれをわかりやすい位置に付けている。
ちなみに、しえるは女性12番、弁天は女性13番。蛇之助は男性15番だった。
パーティ開始と同時にアピールタイムという名目で、異性参加者全員と話をする必要がある。立食式とはいえ豪華ディナーが用意されながら、とても食べている暇はなさそうだった。
意外にも、というか、戦略どおりといおうか、アピールタイム中、弁天の周りには男性たちが群がっていた。
入れ替わり立ち替わり熱心な口調で話しかけられて、弁天もまんざらではないらしい。いい調子で演技を続けている。
「はい。諸事情により、中２までスイスのグラウビュンデン州ダヴォスに住んでおりまして。――ええ、ですから語学は得意です。５ヶ国語……いいえ、６ヶ国語は楽勝ですわ」
「ちょっと弁天さま。人の真のプロフィールを騙らないでくれる？」
「問題はなかろう？ 今のおぬしは家事手伝いという設定じゃからして」
「弁天さまだってそうでしょ。……あのね、帰国子女とか言うと、男のひとって引いちゃうことがあるの。特に、こういうイベントにくるようなタイプはね」
「そんなことはなかろ――おや、本当じゃな」
波が引くようにささっと、弁天の周りの人だかりが消えていく。男性陣の関心は、他の家庭的に見える女性のもとへと移っていった。
「平成の世じゃというに、殿方は保守的じゃのう」
しえるはと言えば、群がってくる男性たちをほどほどにさばいている。しえるの動向を気にしているらしい蛇之助も、それなりに女性たちに囲まれているようだった。
弁天は早めに戦線離脱し、手つかずの豪華ディナーに取りかかることにした。
ある程度サクラの役目も果たしたし、もう良かろうと判断したのである。
それは決して間違ってはいなかった。
アピールタイムが終わりを告げ、たわいもない椅子取りゲームの時間を経て、意中の異性の番号を書いた紙を投票箱に入れる。その流れの中で、弁天たちの仕事はもう終わったも同然だったのだから。
――しかし。
とうに仕事を離れて、ホテル側スタッフのウエイター（やや童顔の男前で、パーティーに参加したどの男性よりも弁天の好みだった）と都市伝説についての世間話を始めた弁天は、まだ知るよしもない。
この後、どんでん返しがひとつ、待ちかまえていることに。
「それでは、見事カップルになられた方を発表します。皆様、拍手でご祝福ください」
投票箱は開封され、紙は選別される。お互いに指名が重なった分のみが、司会の女性の手に渡された。
司会者は可愛らしい声で、順に番号を読み上げる。
３番の女性と10番の男性。21番の女性と８番の男性。19番の女性と24番の男性。
番号が読み上げられる度に、歓声と拍手が沸き起こる。
（ふうむ。こんな手順で良いのなら、今度わらわも主催を考えてみようぞ。しかし番号指定というのは味気ないのう。やはりこう、殿方から娘御へ娘御から殿方へ、意思を伝える間に入り、口利きをするのが縁結びの醍醐味というもの）
一応、周りに合わせて拍手などしながら、弁天がつらつらとそんなことを考えていたら、司会の女性の声がより一層高くなった。
「では、最後のカップルとなります。12番の女性と15番の男性です。おめでとうございます」
（ん……？ 12番と15番といったら……）
「あら」
しえるがにっこりと笑い、
「あ、あれ？」
蛇之助は、信じられないという風に一瞬顔を輝かせたが、何故か急に目を伏せた。
「さあ、おふたりとも前へ。皆様、素敵なカップルにもう一度盛大な拍手を！」
＊ ＊
「不愉快じゃ。サクラ同士のその場限りのこととはいえ、非常に不愉快じゃ！」
３人揃って弁財天宮に戻ってきてからも、弁天はご機嫌斜めだった。
カウンターには、晴れてカップルとなった男女のみに贈られる、ホテルの最上階ラウンジでのカクテル無料券が置かれている。それをじろりと睨み、弁天は頬をふくらませた。
「……どうしてわらわの指名した相手は、わらわを無視したのじゃ？」
「あのね弁天さま。ホテルのウエイターさんの名前を書いたって、そんなの無効に決まってるでしょ。――ねえ、蛇之助？」
「……はい」
「どうしたの？ さっきから変よ」
「いえ、別に」
会がお開きになってからというもの、蛇之助はずっとふさぎ込んでうつむいたままだった。しえるが話しかけても生返事であったし、いつもならば不機嫌な弁天をなだめ始める頃合いだというのに、それさえもしない。
「いったい何なのよ。黙ってちゃわからないじゃない。私とカップル成立したのが不満だとでも言うの？」
「そんなことはないです」
蛇之助はようやく顔を上げた。
「だけどあれは、お仕事じゃないですか。しえるさんがご自分の意思で私を選ばれたわけではないでしょう？」
いつになくきっぱりとした物言いに、しえるはおろか弁天も目を見張る。
「仰るとおり、私がふさぎ込む筋合いなどありません。ただ私は、自分の意思でしえるさんの番号を記しました。……それだけのことです」
しばし、無言の時が流れる。沈黙を破ったのはしえるだった。
「――回りくどいわね」
カウンターのスツールをきゅっと回してから、しえるは蛇之助を見た。
「せっかくだから蛇之助、この際、私の恋人になりなさい」
「はい？」
「疑問形で答えない！ 返事は？」
「はい。喜んで」
「――よろしい。じゃあ、さっそくだけどこの券を使う日にちを決めましょうか。わりと使用期限短いのよ、これ」
「ああ、本当ですね。それなら早いほうが。……ええと、今日が木曜日ですから」
「ちょーっと待ったあ！」
できたてほやほやの恋人たちがデートの打ち合わせを始めたところで、弁天が割って入る。
「わらわは許さぬ！ 認めぬぞっ」
「ああら弁天さま。サクラ同士でカップルが成立したあかつきには別報酬があるのよ。それに縁結びの女神を標榜するおつもりなら、眷属の恋を祝福してくれてもいいんじゃないの？」
弁天はぐっと言葉に詰まった。背後から青白い炎が立ち上る。
「……おぬしとは一度、じっくり決着をつける必要がありそうじゃの」
「気が合うわね。私もそう思ってたわ」
梅雨時の曇り空が、いっそう妖しい黒さを帯びる。井の頭公園周辺に、時ならぬ雷鳴がとどろく。
「あのう、おふたりとも、その、穏便に」
「蛇之助は黙ってて！」
「蛇之助は控えておれ！」
「……はい」
何をどう決着をつけるつもりなのか、恐ろしくてとても聞けない。
ただ、今の蛇之助が思うことはたったひとつ。
――前途多難、である。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【2617／嘉神・しえる（かがみ・しえる）／女／22／外国語教室講師】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、神無月です。
この度は、ゲームノベルのようなシチュエーションノベルのような異界依頼（もう何がなんだか）にご参加いただきまして、まことにありがとうございます。
ＮＰＣたちにも、いい社会勉強になったと……思うのですが。
本当にいいんですか？ いいんですね？ ……と、呟きながら書かせていただきました。
照れたりどきどきしたりするものでございますねぇ。当事者のよう（笑）。
ふつつかものですが（そして前途多難そうですが）、今後ともどうぞよろしくお願いいたします（三つ指）。
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