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<PCシナリオノベル(シングル)>


罪が支払う報酬

「おーぅ、カズちゃんよぅ」
野太い声が遥か上方から降り注ぎ、箕耶上総は蛍光色のラインも眩しいヘルメットのへりを指で支えて空を見上げた。
 日中は騒音がどうとかで陽が落ちてからの工事現場が最近のバイト先、作業の為の光量を確保するライトの眩しさを背景にした影の一つに声を放つ。
「なんや、親方ァ!」
作業機械の騒音の中に居ると地声が大きくなるのも道理だと、上総は妙な感心をしつつ、ビルの足場の上から顔を覗かせたいかつい顔が喉の限りの大音声を張り上げた。
「現場監督言えーッ! 休憩入れるぞーッ! ミンナの晩飯買って来いやー!」
「えぇでーッ!」
了承の返事にひゅぅ、と音を立てて飛来した塊を上総は手の中にすっぽりと受け止める。
「儂のは唐揚げ弁当なーッ!」
「りょーかーいッ! 親方、おつりでアイス買ってもえぇ〜?」
重みのある小銭入れを握り締め、口の横に添えた手に声の通りをよくする。
 ちゃっかりとした要求は、ひらひらと振られた手が答えた。
「現場監督やーッ! えぇぞー、けど一つだけやぞーッ」
「おおきに〜♪」
首尾良くお駄賃をゲットした上総に、鉄材を運んでいた作業員が声をかける。
「カズちゃん、俺のも頼むわ〜」
ポケットを探って取り出された剥き身の千円札を受け取り、上総はんー、としばし宙を見た。
「オムライスにきんぴらやったな、確か」
ハマッたらしつこく飽きない、と相手との食事時の会話をそのメニューと共に思い出す。
「よぉ見とるな」
感心の声に得意げに胸を張る。
「せやろー? ご褒美になんか買うて♪」
何気ない会話だったというのに覚えが明るく、そして先んじての気払いが嬉しかったか、作業員は空いた片手で上総の頭を撫でつつ、頬を綻ばせた。
「しゃぁない、お菓子好きなん買うたろ」
「わーい♪」
手放しに喜ぶ上総の声に引かれてか、手弁当のない者はそれぞれ使いの品を言いつけては上総にお使いを労う何やかやを約束してくれる。
 因みに上総の弁当は日中、パートのおばちゃん達が差し入れてくれたお総菜である。
 職場のアイドルの二つ名に恥じぬ愛想で、上総はその度嬉しく笑って礼を言い、今日も大漁とほくほくとスキップを踏みながら少し遠い場所にある24時間営業のコンビニへ向かった。


 朝から夜までの営業時間を冠した店名が意味を無くしてどれほど経つのかは上総の興味を惹かないが、関東で一大勢力を誇るコンビニエンスストアの季節限定アソート制覇ならこの夏の心の目標だ。
 かといって、一時に買い漁っては楽しめないし、何より冷菓を大量に買い込むはいいけれど焦って食べたら味が分らなくなって勿体ない。
 そんなワケで、上総は現場監督の財布で買ったマンゴーソフトを食後の楽しみに、両手にごっそりと物資を抱えてバイト先への復路についていた。
 コンクリートとアスファルトで蓋をされたオフィス街は、陽が落ちてもなかなか熱気が抜けないで居る。
 最も、上総の生地も似たりよったりで、あっちのがごみごみしとったか知れん、とゆうに三百六十五日彼方に過ぎ去った日々を思い返し、首にかけたタオルでじめついた空気にねばつく首筋を拭う。
 エアコンの室外機が密集する裏路地を抜ければ近いが、この深夜に幾つか稼働しているのか、覗き込んだだけでむわりと熱風が顔を撫でるのに、上総は半ば反射で顔を仰け反らせた。
 瞬間、右の耳から左の耳へと脳を震わせて抜けた轟音が頭蓋の中で反響するに、ぐわんぐわんと108つ、鐘に似た音がしたかは定かでない。
 その目の前に。
 上総の前髪をちょっと焦がす近さで赤い炎を纏った人影がすっ飛ばされて横切るに至って、上総は我に返った。
 フロントガラスが粉々に砕けて光の粉を散らし、電柱にめり込む高級外車…それ自体から火の気は見えず、状況判断に咄嗟、頭の中で計算式が組み上がる。
 轟音+爆炎=爆風。それが意味する所は……。
「生コント!」
導き出された解答こそが、彼の関西人たるを示していた。
「ってちゃうやろ俺ーッ! って俺かい!」
ズビシと裏拳で架空の相方に入れるノリツッコミが小気味よく決まって漸く、上総は平静さを取り戻し、作業服のポケットから携帯電話を取り出した。
「もしもし、119番ですか!?」
『只今の時刻は……』
「ちゃうやんかアホーッ!」
携帯電話に向かってがなってみたところで、正確な時刻を教えてくれるだけである。
「あっ痛ー……」
その間に、生コントを演じた芸人……基、青年は、転がりこそしなかったが殺しきれなかった勢いに壁に背をぶつけた。
 壁にあてた片手ですんなりと体重を支え、夜に溶けぬ程に黒いその姿に、上総は息を呑む。
「……!」
変わらずに真円のサングラスを乗せて、夜目に尚、白く映る横顔。
「ピュン・フーやん!」
上総は迷いなく両手に下げたビニール袋をガサガサと鳴らして駆け寄った…勢いを殺さずにそのまま体当たりをかました。
「うぁっ?」
ピュン・フー、と呼び掛けられた青年は視線と意識を向けかけた所に加えられた攻撃をもろにくらい、今度こそ転ける。
「何しとんの!? あぁぁっこない煤まみれんなって……いい男が台無しやんかーっ」
細身とはいえ男一人の体重プラス10人分の食糧、缶を主とした飲み物におやつの重量で馬乗りになり、首からタオルを剥がすとそれでごしごしとピュン・フーの顔を拭いた。
「よっしゃ、キレイんなった!」
ふう、と満足感に袖口で額を拭う上総に組み伏せられたまま、ピュン・フーは何処かげんなりとずれたサングラスを直した。
「相変わらず、強引だな……」
地面についた肘で上半身を支えて身を起こしかけ、何か言いたげな沈黙が続くのに、上総は首を傾げる。
「えーと………………あずま!」
「ず、と母音しかおーとらへんやんーッ!」
長い沈黙の後に自信たっぷり、だが間違っているも固有名詞にズビシ、と上総の掌底がピュン・フーの顎に入る。
「あの熱い一時を一緒に過ごした仲やのに! 忘れるやなんて水くさいにも程があんでほんまッ!」
「そういや暑かったなー、あの日は」
と、のほほんと答えが返るに、さしたるダメージはなかったらしい。
「それを覚えとってなんで、俺ん名前覚えられへんのやピュン・フーッ! つか名前長いねんっ、やっぱピュンでええよねピュンで」
上総のの長口上を、ピュン・フーは一言で一蹴する。
「ヤだ」
「間違てもピョンとかは言わんから安心してな♪」
「てか、聞けよ」
ボケに入るツッコミに、上総の笑顔が活き活きと光る。
「ほな、そーいうコトで……ってぎゃー!」
唐突に叫んで上総は諸手を挙げた。
「動くな、裏切り者」
唐突な制止は、上総プラスαか、それが重しとなっているピュン・フーに向けられたものか、明確な名詞を欠いて明確でない。
 が、ピュン・フーのこめかみに押しつけられた銃口がこの上ない的確さで対象を限定していた。
「あらら」
けれどあからさまな敵意を向けられた当人は、呑気な様子で肘で上体を支えたまま、器用に肩を竦めて動じた様子はない。
「お前は行け。他言しなければ今後の生活に支障はない」
上総にそうと指示するもう一人が現われて、…どちらも揃いで誂えたかのような黒服姿、ご丁寧にサングラスまで着けた形は、何処ぞの誰かを彷彿とさせる。
 その黒服の端々をキラキラと光らせているのはどうやら砕けたガラス……電柱に突っ込んだ車に搭乗していたと思しき男達を交互に見上げた動きに、上総が両手に引っかけたままのビニール袋が揺れてガサガサと鳴った。
「なんですのあからさまに怪しい黒服の方達は…! 銃刀法違反ですやんっ助けておまわりさーんっ」
「なんでそんな説明口調なんだよ」
ピュン・フーの問いに、上総はけろんと答えた。
「やって、110番にコールしたるんやもんー♪」
通話中の時間を示す数字が液晶のバックライトに浮かび上がる…当然の事ながら、こちらの会話はだだ洩れだ。
「貴様……ッ!」
激昂した一人が、ピュン・フーから上総に銃口を向けた。
 否、向けようとした。
 キン、と高い音に続いてゴトリ、と重い落下音が足下からの振動で以て響く。
「な……ッ」
銃身の先半分が、斜めに断たれた自重に落ちた、その音だ。
「ダメじゃん、脅したら。善良なる一般市民なら通報すんの当然だろ?」
上総の正当性を主張してチチチ、と短く舌を鳴らす音に合わせて、ピュン・フーは立てた人差し指を左右に振る…その爪は厚みを増して伸び、白みに金属質の光を帯びた鉱質の感触は十分な殺傷力を感じさせる。
 それで金属を断ったのか。
 常識の範疇に収らない、信じ難い現象を前に目を丸くした上総に、ピュン・フーはニ、と笑って見せた。
「びっくりした?」
悪戯の成否を問う、子供のようなピュン・フーの笑みに、上総は口元を引き結んだ。
「……負けへん!」
「へ?」
奇妙な対抗心を燃え上がらせた上総は、警察とのライフラインをぶちりと切った、その手で今度は短い操作を加えた。
 す、と大きく息を吸い込んだ上総の次の行動を、ピュン・フーも黒服達も予測する事は出来なかった。
「おっちゃん達助けてーっ! 俺殺される〜!」
それって誰?と、問う間はなく、夜陰に遠くから「ソイヤ、ソイヤ」と複数が唱和するかけ声が響くに、黒服が視線を向け、ピュン・フーは首を後ろに仰け反らせてそちらを見た……何かが道をやって来る。
「な、なんだあれは……」
黒服の呆然とした呟きは最もだ。
 街灯の光に燦然と輝いて黄色い、蛍光テープを巻いたヘルメットが隊列を組んでこちらに向かって来る。
「ふっふっふ、見たかこれこそ究極の召喚術! 名付けて職場愛や!」
誇らしげな上総の声に、目の前まで来たヘルメット部隊……陽に焼けた小麦の顔はどれも厳つく、労働に鍛え上げられた筋骨を隆々とさせ、日々の糧をまさしく己の身体で稼ぎ出す、気概に満ちたオジサマ方はまるで訓練されたような動きで止まった。
「おぅ、カズちゃん無事か?」
「だいじょぶやー♪」
しつこくピュン・フーの上に乗ったまま、上総がひらひらと手を振るに、一同、相好を緩ませる…が、銃(の残骸)を手にした黒服を目に止めるに、その目は獲物を前にした野獣のそれに変わった。
「おぅ、うちの若いのんが世話になったなぁ?」
そんなお世話はしていません、と言った所で通じる筈がなく、黒服は気圧されて後退る。
「同じ釜の飯……基、同じコンビニの飯を食ったら家族も同然」
その理屈で言えば、全国規模のコンビニエンスストアの弁当を購入した不特定多数、皆兄弟。
「ましてやカズちゃんは儂等の心の潤いや、それにどうにかしようなんざ、命がいらんらしぃなぁ?」
「きゃー、親方かっこえぇ〜♪」
口上に上総から野次が飛ぶに、親方は鼻の横を指で擦った。
「へッ、現場監督言えゆーとるやろ」
照れから一転、親方……否、現場監督はぎらりと目を光らせて指示を下した。
「おぅ、テメエ等! 仕事にかかれぃ!」
「イェッサー!」
なんで其処だけ英語よ。とピュン・フーの冷静なツッコミを余所に、上総は片拳を振り上げて煽る。
「一昨日来やがれー!」
ケケケッと何処か邪悪な笑いに応援されつつ、屈強なおっちゃん達は数に物を言わせてスコップやツルハシ、コンクリ袋を手に手に黒服に襲いかかった。


 黒服達がコンクリ詰めで川に放り込まれなかったのは単に、
「はよ食べんてアイスが溶ける」
という上総の主張があったからに他ならない。
 アイスと命とを秤にかけられ、比重が前者に傾いてしまった黒服達が気の毒なような気がしなくもないが。
「で、あの人達なんやったん?」
コンビニで貰ってきた木べらのスプーンを前歯で噛みながら、上総はピュン・フーに問うた。
 場所は既に工事現場へと戻って、予定より遅れてのお食事タイムである。
 何故だか一緒に連行されたピュン・フーも、上総に倣って土管に腰掛け、有志による食料…一品ずつだが、人数だけにやけに豊富で豪華なおかずの小山を前に場に混じっていた。
「アイツ等が持ってる薬がねェと、死ぬんだよ、俺」
割り箸で串揚げのうずら卵を串から外しつつ、簡単に言われた説明に上総は思考と動きを止める。
「アカンやん、そんなら警察が来る前に早よ盗って来んと!」
腰を浮かせかけた上総の手首をピュン・フーがはしと掴んで止める。
「そんなヘマしてねーって。ホラ」
言って、脇にあった銀色のアタッシュケースを膝で押した…どうやらそれが薬らしい。
「なんやめっちゃ焦ったやん」
ほ、と胸を撫で下ろし、上総はじーっとチクワを口に運ぶピュン・フーを見つめた。
「あに?」
咀嚼に明瞭さを失ったピュン・フーの問いに、上総はほぅ、と頬に手をあてて息を吐く。
「チクワ銜えとってもえぇ男やのに……佳人薄命やなんて信じとらんかったけど、神さんはほんまイジが悪いなぁ」
「いい男なのは否定しねーけど」
薬缶の口から直接、麦茶を喉の奥に流し込む、現場のおっちゃんの見様見真似がピュン・フーは妙に巧い。
「したら俺の思い残しがないように、教えてーな」
「……普通、思い残さねーのって俺じゃねぇの?」
言いつつ、ピュン・フーは上総に先を促した。
「さっき黒服がゆーとった、裏切り者ってどーゆ意味やねん」
「そりゃ、そのまんま」
意味も何もない、とピュン・フーは言う。
「アイツ等の組織を勝手に抜けて、ライバルんトコに身を寄せたら立派な裏切り者だろ……あ、俺にもアイス一口」
そう笑ったその言葉調子があまりに軽く深刻さを持たなかった為、上総はピュン・フーの要求に、一口分掬い上げていた氷の粒の混じって砕く食感も楽しめるジェラートを半ば無意識で差し出しつつ、首を傾げた。
「そんな大層な会社なん? もしかしてヤーさんとか……何しとるトコ?」
銃が出て来たあたりで、組織とやらはまっとうなそれでないのかと、純粋な疑問であった上総に答えは明解、且つ簡潔に与えられた。
「テロリスト」
直後、力加減を誤った上総に喉の奥に木べらを突っ込まれて、ピュン・フーは盛大に咽せた。