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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


お人形さん’sの大ピンチっ!

 仕事から帰ってきた草間武彦がドアを開けると、部屋には二人の少女が待っていた。
 一人は、美しい翠の瞳に、緩やかなウェーブを保つ腰までの金髪。
 もう一人は、綺麗な赤の瞳と、やはり緩やかなウェーブを描く銀の髪。
「……」
 まあ、留守中に依頼にやってきて、誰もいないから待っていた……と考えられなくもないのだが。
 武彦が固まった理由は人がいたことではなく――留守中に入ってきて寛いでいる常連もいることだし――少女たちの服装であった。
 ごちゃっと狭苦しい草間興信所の部屋に酷く不似合いな、豪奢なドレスを身に纏っていたのだ。
 ふわりとドレスを靡かせて、二人は優雅に礼をした。
「お帰りをお待ちしておりました」
「どうかあたくしたちの願いを聞いてくださいませ」
「一体どんな依頼なんだ?」
 こんな普通ではない少女たちが持ち掛けてくる依頼だ。絶対普通じゃないだろうなと心の中で溜息をつきつつ、だが無視するわけにもいかないので聞き返した。
「わたくしはアイリス・エルヴィア・コレット。とある人形博物館に展示されている人形の一人です」
「あたくしはエリアル・シルヴィア・コレット。あたくしもアイリスと同じく、人形ですの」
「人形…?」
 目の前の二人の少女は、少なくとも、パッと見には人形に見えない。
「先日、わたくしたちの人形博物館に新しい人形が来たのです」
「ですがその人形は人に恨みを持っておりました」
「……その人形を倒して欲しいってことか?」
 二人の人形はこくりと頷いた。
「わたくしたちたち以外の人形たちは皆、彼女に封印されてしまいました」
「悔しいのですけれど、あたくしたちだけではもうどうにもなりませんわ」
 二人の少女はスッと腰を落とすと、まるで王を相手にするように深く頭を下げて、告げた。
「人間たちに被害が及ぶ前に」
「どうか、わたくしたちに皆様のお力をお貸し下さい」

◆ ◆ ◆

 天気は良好。今日は湿度も高くなく、さっぱりとした暑さが気持ち良い……そんな天気だ。
「んー。今日は会えるかなあ?」
 散歩日よりの空の下を、セフィア・アウルゲート――ただし分身――はのんびりと歩いていた。
 日課というほどでもないが、最近よく訪れる駅前マンションに向かう途中。見覚えのある姿を見つけて、セフィアは思わず声をかけた。
「お人形さん?」
 服装は以前見た時と違うし、目の前の彼女は人間サイズだったが、間違いない。綺麗な金髪と翠の瞳。人形博物館のお人形さんだ。
 彼女と一緒に歩いている二人にも見覚えがあった。シュライン・エマと榊船亜真知……二人とも、以前顔を合わせた事がある。
「三人でお散歩ですか?」
 遠目に見た時は気付かなかったため、そんなふうに尋ねて歩み寄った。だが、近づけばすぐにわかる、金髪の少女のどこか沈んだ表情。
「何か、あったんですか……?」
 セフィアの問いに答えたのは金髪の少女ではなかった。
「ええ。……でもここで話すのはなんだし、興信所の方に行ってもらえないかしら。向こうにももう一人、残ってるから」
 シュラインの答えに、セフィアはすぐさま頷いた。
「お人形さん、またあとで会いましょうね」
 にっこりと笑って見せて、セフィアはすぐに興信所に向かう。
 興信所の扉をノックして開けると、ソファーに座っている銀髪の少女――こちらも人間サイズだが、アンティークなドレスを来ていたのですぐにお人形さんだとわかった。それと、草間武彦と海原みなもの姿があった。
「あの……お人形さんが来てるって聞いて……」
「あら、貴方、確かこの前エレノーラのところに来た……セフィア様、ですわね?」
「私のこと、知ってるの?」
「ええ。エレノーラが楽しそうにお話してましたわ」
 高飛車な印象を与えるつり目気味の瞳が、優しげに笑う。しかしその笑みはすぐに引っ込んでしまった。
 その様子に気付いたセフィアは、すぐさまエリアルの傍までやってきて、心配そうな表情を浮かべる。
 エリアルは強がりにも見える笑みを浮かべて、話し始めた。
 ……人形博物館が、最近やってきた一体の人形に乗っ取られてしまったのだと。

◆ ◆ ◆

 草間興信所の依頼を断って、セフィアは一人で人形博物館にやって来ていた。
 昼間であるせいか、その雰囲気はいつもと大差ないような気がする。
 本日休業の札を無視して館に触れたセフィアは、まず館に招魂をかけることにした。館にお願いして、入口の鍵を開けてもらう。
「誰か……いますか?」
 ひと部屋ずつ扉を開けて声をかける。だが、誰の返事も返ってこなかった。
 セフィアは彼女らの知り合いだ。遊びに来ればいつも大歓声で迎えてくれるのに……。
 だが。
 最後の部屋に向かおうとした時。その扉の前に小さな人影を発見して、セフィアはその場に立ち止まった。
 見た事のない容姿――おそらく、彼女が問題の人形だ。
「嫌い」
 呟く声。
 彼女の周囲に風が揺らめく。
 セフィアはにっこりと笑って、
「こんにちわ」
 ただ、挨拶をした。
「人間なんて、大っ嫌いよ」
 声は、同じ言葉をひたすらに繰り返している。どうやらセフィアの懸念は正しかったらしい。
「うん。……恨むほど好きで……裏切られて……また一人ぼっちは寂しいよね……?」
 このお人形さんもきっと昔は誰かに愛されていたのだ。それなのに裏切られて、恨みだけが強く残った。
 時折招魂を使って物と会話をするセフィアは、よく知っていた。物というのは複雑な思考をしない分、純粋なのだ。
 人形を怖がることもない。敵対する気配もない。ただ微笑みかけるセフィアの様子に呆気に取られたのか、人形の周囲を取巻いていた風が止まった。
「……ここのお人形さんたちに恨まれちゃうかな……? でも、うん……しょうがないかな……それでも、放っておけないから」
 言って、ひょいと人形を抱き上げて他の人形さんたちにやっているのと同じように胸に寄せて撫でる。
「……甘い……かな?」
「知らない」
 お人形がぷいと視線を逸らして答えたその時、館の外で人の気配がした。
 先に興信所で話を聞いていたセフィアには、それが博物館の人形たちを助けに来た面子であることがすぐにわかった。
「追い返しに、行こう……」
 さすがにこのセフィアの言葉は予想外だったのか、人形はきょとんっと目を丸くした。
「館さん、他のお人形さんたちを守ってあげてね」
 このお人形さんはセフィア自身が守るから良いが、他の子たちはそうはいかない。念の為に館にお願いして、目の前の人形にも、他のお人形さんを巻きこまないようお願いして。
 二人は、人の入ってくる気配のする倉庫のほうへと向かった。


 誰かいるらしいということはわかっても、さすがに人数まで把握できるほどには気配に聡くなかった。
「そういえば、まだ名前、聞いてなかったよね。私はセフィア。……あなたは?」
「……アデライト」
 思っていたより案外素直な、人に恨みを持つというお人形さんに笑いかけて、セフィアは館に頼んだ。
 倉庫への扉を開けて欲しいと。
「セフィアさん!?」
 やはり予想通り。やってきたのは草間興信所の面々だった。数名、知らない顔もいるが。
「その人形ですわ!」
 みなもがあげた驚きの声を遮るように、エリアルがセフィアの肩にいる人形を指差した。
「セフィア様、どうして……」
 亜真知もみなも同様、信じられないとでも言いたげな声を漏らした。
 バンっ!!
 閉まっていた外への扉が、勢いよく開いた。館に頼んで開けてもらったのだ。言葉にはしないが、帰ることを促してのことだ。
「ん……この子が正しいとは思わないけど……味方するって決めたから……」
 言って、セフィアはにこりと微笑を浮かべる。
 セフィアの知らない顔である二人が、臨戦体勢を整えてセフィアとの間合いを計る。
 と。
「……相手は手強いですね」
 何かにつまずいたらしい。勢いよくこけた一人――何故かうさぎの着ぐるみ姿である――が、こけたそのままの体勢でシリアスに呟いた。とりあえず、突っ込む人間はいない。
 何故、と。セフィアの行動の意図を問いただす時間はなかった。
 シュライン、亜真知、みなもが問いを発する前に動いた者がいたのだ。こちらもセフィアの知らない顔――長い黒髪の女性だ。
 セフィアの足もとの影が剣の形を為して、セフィア自身を襲う。だが、セフィアの元に辿り着く前に、影は光に照らされ消されてしまった。
 館がセフィアに味方して、影を打ち消すために明かりをつけてくれたのだ。
 もはや話し合う雰囲気ではなくなっていた。
 みなもが霊水を取り出し霧に変えてめくらましとしたのを合図に、それぞれが動き出す。
 アデライトのPK能力で、倉庫内の物が浮かび上がり、相手に向かう。
 だが浮かんでいた物たちはすぐに落ちて行ってしまった。どうやらアイリスとエリアルが妨害したらしい。
 そんな攻防のその隙間を縫って、うさぎ着ぐるみの男がセフィアと人形の元に辿り着く。だが、止めようとしてセフィアに触れた途端、男はその場に倒れこんだ。
 手が触れた瞬間、セフィアは彼の生命力を少々吸い取ったのだ。まあ、ちょっと疲労させる程度だが。
「セフィア様、ごめんなさいね」
 デルフェスの声が聞こえたと思った直後。足元異変を感じて、セフィアは下を見た。足が石化している。それはじわじわと上へ進行していっていた。
 セフィアは自らの武器を以ってデルフェスの足元を掬い、デルフェスのバランスを崩させる。意識が逸れたことで換石の術も止まった。だが石化自体が解けたわけではない。セフィアが動けなくなったことには変わりないのだ。とはいえ石化は足首程度まで。アデライトの方は無傷である。
 好機とばかりに駆けて来る興信所の面子にどう対応しようか考えていた時。
 アデライトが、セフィアを庇うように前に飛び出した。
 だがいつの間にやら敵の人形の真下に敷かれていたテーブルクロスが、アイリスの意思に従いふわりと宙を舞う。アデライトは、セフィアが動けなくなったことで焦っていたらしい。
 草間興信所面子の人形捕獲案は見事に成功し、アデライトはあっさりと捕獲されてしまった。
「乱暴なことをしてしまって、すまなかったな」
 いつの間に復活していたのか――そういえば彼はアデライトとセフィアに一番接近していた――うさぎの着ぐるみ男が、そっとアデライトを抱きしめた。
「きちんと、お話ししましょう?」
 セフィアにかけた換石の術を解いて、デルフェスが優しくアデライトの頭を撫でる。
 アデライトが戸惑った様子でセフィアの方を振り返ったのを見つけて、セフィアはにこにこと笑みを返した。
 この話を聞いた時、セフィアは、絶対アデライトに味方してあげようと決めたが、だけど他のお人形さんたちと敵対したかったわけじゃない。
 本当は、みんなで仲良くやれればそれが一番良いのだ。
 アデライトはセフィアの様子を見て、とりあえず暴れるのを止めることにしたらしい。
 拗ねたような表情でうさぎの着ぐるみ男の腕を飛び降りて、セフィアの傍へと戻って来た。
 今すぐ恨みを捨てることはできないだろうけれど、この調子ならば今後の心配は必要なさそうだ。
 実は深く考えていたわけではないけど、自分の行動は正しかったのだと確信する。
 アイリスやエリアルと一緒に来ていたら、アデライトはきっと、こんなふうにあっさりと大人しくはなってくれなかったと思うのだ。
 誰も味方がいないのは不安だから。
 怖いから、余計に暴れる。恨みももちろんあったのだろうけど。
 捨てられたのか、苛められたのか。恨みを持つきっかけは多分そんなところだろう。
 一人はきっと寂しいから。
 だから、どんな時でも味方はいるのだと伝えてあげたかった。
「せっかくですし、仲直りのお茶会をしましょう」
 穏やかに笑った亜真知の提案に、反対する者はもちろんいなかった。

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

1593|榊船・亜真知  |女|999|超高位次元知的生命体・・・神さま!?
3356|シオン・レ・ハイ|男|42|びんぼーEfreet
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2778|黒・冥月    |女|20|元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
1252|海原・みなも  |女|13|中学生
2181|鹿沼・デルフェス|女|463|アンティークショップ・レンの店員
2334|セフィア・アウルゲート|女|316|古本屋

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         ライター通信          
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 こんにちわ、日向 葵です。
 今回はお人形さんたちのピンチに駆けつけてくださり、どうもありがとうございました。
 今度から博物館、お人形さん11人でしょうか……これ以上大所帯になったらどうしませう(笑)
(去るのか居つくのか考えてなかったり)

 いつもお世話になっております。
 当初はこの人形退治、もっと苦労する予定だったのですが……。無条件でアデライトさんに味方してくれたセフィアさんがいたおかげで、案外とあっさり大人しくなってくれました。
 一人きりだと不安で、それを紛らわすために暴れてしまうこともあるけれど、誰か一人でも絶対の味方がいれば……。
 ずいぶん心持ちが違ってくると思うのです。

 OPのライター通信で言っていたとおり、実はまだ後編があります。
 夏が終わる前には出したいと思っておりますので、気が向いたらどうぞご参加下さいませ。
 それでは、またお会いする機会がありましたら、その時はよろしくお願いします。