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<東京怪談・PCゲームノベル>


ファイル1-心を盗られた人。


「変死体…?」
「いや、実際には、違う。生きているが、動かない…と言えばいいのかな」
 デスクを挟み、奥には槻哉。その前には早畝とナガレ。そして斎月が珍しく顔を出している、司令室。
 一つの事件の内容が記されたファイルを手に、槻哉がその二人へと、状況説明をしている所だ。
「…なんだそりゃ。病気じゃねーの?」
「病気の類であれば、僕のところにこんな書類なんて回ってこないよ、斎月」
 斎月のやる気の無い言葉に、槻哉は軽く溜息を吐きながら、書類の内容を二人に見せるかのように、デスクの上にそのファイルを置いた。
 クリップで止められた、白い紙と、数枚の写真。その写真には、『死体』とも呼べる、生気の無い人間が映し出されていた。
「被害者だよ。どれも同じような状態だろう」
 早畝が写真を食い入るように覗き込んでいると、槻哉が補足するかのように言葉を投げかける。
「ふーん…確かに事件の臭いだな。…っていうか、先に写真見せてから説明始めろよ、槻哉」
 斎月は写真を一枚手にしながら、そう毒づく。付き合いは長くも、二人はあまり、仲がいいという訳ではない。
「なんか、人間業じゃないよなぁ…変な気配感じるし」
 そう、口を開いたのは、早畝の肩に乗っているナガレだ。動物的な勘が働いたのか、写真に顔を近づけて、くんくん、と臭いを嗅いでいる。
「ナガレならそう言うと思ったよ。だから君も呼んだんだ。もうこれで…五人目。警察側の特捜部も、お手上げ状態らしくてね」
 手に書類を戻し、槻哉はそう言う。その言葉に何より反応したのは、早畝であった。
「…じゃぁ、俺たちが解決すればいい話だよな。あいつらには、負けない」
 警察組織自体を信用してない、早畝の心からの言葉。それを槻哉も斎月も、そしてナガレも、何も言わずながらも、その胸のうちに何かを感じ取りながら。
「……とにかくだ。此処に流れてきたからには、君たちの出番だ。よろしく頼むよ」
 パシン、と再び書類をデスクの上に軽く叩きつけるかのように置きながら、槻哉はそう言い立ち上がる。すると早畝も斎月もそれに習うかのように、姿勢を正して見せるのだった。


「俺、動くわ」
 そう、口を開いたのは斎月だった。
 早畝が『俺も…』と言葉を作り始めたが、それを斎月は手にした資料で塞ぎ、
「あほぅ、お前明日テストだろうが。帰って勉強でもしてろ」
 と言い捨てて、司令室を後にする。
「なんだよー。斎月ってばー…」
「まぁいいじゃん。お前はテスト勉強してろって」
 そんな会話が、扉の向こうから聞こえてくる。それを背中で聞きながら、斎月は長い廊下を歩き始めた。
「…ガイシャは、成金のおっさんと、そのおっさんが所有する建設会社の従業員…」
 歩きながら、書類に目を通す。そしてぶつぶつと独り言を繰り返し、頭の中で事件の流れを組み立てていく。
「…………」
 書類の中の被害者の顔写真を見ながら、斎月は眉根を寄せた。どう見ても金の亡者な資産家の顔は、あまり良いイメージを持てない。建設会社従業員、と言う4人の被害者の顔も、良くは見て取れない。
「……恨みによる犯行、ってやつなんだろうなぁ…」
 粗方、読み取れる、事実。そしてそこから生まれた犯人像は、女性であると言うこと。怨恨の深さが、犯行写真から、じわり、と滲み出ている気がしてならないのだ。
 だが、それ以上のものが、浮かんでこない。資料不足だ。
 斎月は取り敢えず日が落ちるのを待ち、犯行現場の一つである場所に、向かう事にした。


 ふわ…と空気が揺らぐ。それは幻想的なものに思えて…事実、幻を見ているかのような感覚に陥る。
「…白銀様?」
 腕を上げ、夜空を仰ぐ。すると指先がゆらり、と揺れた。何かが、その指先に触れたのだ。
「汀…?」
 ぽつり、と名前のような言葉を発したのは、銀髪の少年、季流 白銀であった。
 其の身全てを外の流れる空気に晒して、風の動きを読み取るように、静かに瞳を閉じる。
 その、儚い姿を背後で見守っているのが、彼の護衛である河譚 時比古。主の銀髪が風に攫われ、ゆらり、と揺れるたびに目を瞠る。そして何度も声をかけようとするが、白銀を包むオーラに阻まれ、ただそこで、佇む事しか出来ずにいた。
「…河譚、出かけよう」
「……、はい」
 その、時比古の不安を読み取ったのか、白銀がゆっくりと彼を振り返り、ふわ、と笑いかける。そしてその場から離れる意を見せ、二人は柔らかい風のように、ゆらりと姿を消した。

 
 ――呼んでいる。

 ――呼ばれている。

 ――私が呼んでいる。

 ――貴方が、最後の一人なの…?


 紫煙が風に揺れ、横にそれた。それを目で追いながら、斎月は一番最初の犯行現場へと足を運ぶ。公園のようで公園と呼ぶには小さすぎる、広場のような場所。
 資料にあるデータは全て頭に叩き込んできた。後は自分の足で調査をするしかないのだ。
 そう、意気込み、前方を見据えた時に。
「……っ…ゆき…?」
 その『名』を口にした瞬間、咥えていた煙草がぽとり、と地面に落ちた。
 視線の先に、佇んでいる人物。白く、細身の少年だ。
 何度か瞬きをした後、その人物は、斎月が知っている者とは違うということは理解したのだが…。
「……何か?」
 斎月はふらふらと、その佇んでいる人物へと近寄ろうとした途端、横から急に現れた、黒い影。その身体全てで、守るかのように。
「……あ、いや…悪い…。そいつが、知り合いに似てたもんで…」
「…え?」
 目の前に現れた人物――黒いスーツを着た男に、そう説明をしながら、視線をちらり、と動かす。すると見間違えた人物が、こちらに振り向いた。
 その、振り向く瞬間にさえ。
 斎月は幻を見ているような感覚になる。姿は違うのに、何故か重なってしまう。
 かつての斎月の恋人、に。
 その者を守るように立っている男は、斎月の視線の送った先を見、うっすらと眉根を寄せていた。
「……貴方は?」
「俺は…斎月。ちょっと事件があってな…単独調査中なんだ」
「警察の方ですか?」
「いや、警察には属してない。詳しくは言えねーんだけど…まぁ、警察の尻拭い的な事を請け負ってんのが、俺たちってわけで。
 此処はさ、その事件の犯行現場の一つなんだ。何か残ってねーかと思って、足を運んだら、あんたらが居たって話でさ…」
 斎月は二人に距離を取って、そう説明を始めた。静かな視線の攻撃をしてくる、黒髪の男に気を遣っているのだ。なんとなく、空気で二人の間柄等は、読めてしまうから。
 そんな二人は急に、顔を見合わせた。斎月の言葉に、何か引っかかる部分でもあったのだろうか。
「…………?」
 斎月は二人に気を遣いながらも、周りの空気を読む行動に移っていた。偶然とはいえ居合わせた二人を、危険な目に合わせるわけにも行かないからだ。
 見たところ、何も変哲のない場所である。近くに小さな川がある程度だ。
(…何も、収穫はナシ、か…)
「…あの」
 暫くその場を散策するような形で見回っていた斎月に、声がかけられた。
 振り返れば、先ほどの二人、少年のほうが、こちらへと歩いてくる。
「ん? …まだ何か?」
「ご迷惑じゃなければ…協力させてもらえませんか。実は此処に赴いたのも…僕の従えている精霊が、何かを感じ取ったからなんです」
「………あんた、俗に言う『精霊使い』ってヤツか」
「ええ、まぁ…そうですね」
 斎月が素直に驚いてみせると、少年は少し俯きながら、そう頷く。その様子を後ろに控えている男が黙って見ているが、こちらに視線が移るたびに、それがキツくなっていくのは、気のせいではないのだろう。
「うーん…まぁ、俺も手探り状態だし…あんたみたいな力は持ってねぇしな…。でも、いいのか?」
「こちらから言い出したことですし」
 遠慮がちな斎月の言葉に、少年は、にこり、と笑いながらそう答える。
「あー…じゃあ、よろしく頼むかな。お、そういえば名前きいてねーな」
「僕は季流 白銀。彼は河譚 時比古。僕の護衛を務める者です」
「…よろしくお願いします」
 名を聞かれた白銀が、二人分の自己紹介をする。その際、後ろの男…時比古が、軽く頭を下げた。
「さっそくですけど…お話聞かせてもらえませんか?」
 白銀に促され、斎月は粗方ではあるが、自分が掴んでいる情報を、彼ら二人に説明し始めるのであった。


「精霊って、どーゆうもんなんだ?」
「四大元素から成り立っているものです。水、土、風、火で、それぞれの力を持ってます」
「ふーん…世の中には色んな力を持ったヤツがいるんだなぁ…」
 集合場所、と指定した、とある公園で、斎月と白銀はベンチに座りながら、何気なく会話を続けていた。傍に付き従っていた、時比古の姿は、そこにはない。
「斎月さんは、どんな力を持ってるんですか?」
「俺? 俺は、あんたみたいなすげーのは持ってねーよ。ただ、指先でこう、空気を操れる程度だ」
 白銀にそう問われたので、斎月は説明をしながら、自分の右手を差し出して、ぱちん、と弾いてみせる。するとその瞬間、その右手の周りだけ、ゆらりと空気が揺れた。
 白銀はそれに、素直に『凄いですね』と言葉を返してくる。
 一見、普通の少年だ。
 それでも良家の子息だけあって、それなりの風格は隠せるものではない。気品、と言えばいいのだろうか。それを引き立てているのが、彼の銀髪だ。銀の糸ようにも見えるそれが、余計に彼の神秘的な部分を、外見にまで現しているようだ。
「…それよりさ、本当に良かったのか?えーと…河…」
「ああ、河譚、ですか? あれが言い出したのですから、いいんです。おそらく、僕が動こうと思っていたのを、見抜いていたのでしょうね。あれは、僕の行動一つ一つ、把握してますから」
 時比古は、彼自らの申し出により、事件の調査に出向いているのだ。その間、斎月は時比古に変わり、白銀の傍から離れずに、『護衛』のようなものを、頼まれているのだ。
「…それにしても…河譚は驚いているんだろうな…」
「うん?」
 白銀が、くすり、と小さく笑った。
 斎月はすぐに、それに反応を返す。
「…あ、いえ…。僕、普段はこう言う事に関わったりとか、あまり無いんで。僕自身から、動くことも、あまり」
「ふーん…。まぁこれだけ主を大事にしてるんだから、解らない事も無いけどな」
「…大事に、されているんでしょうか…」
 その言葉は、まるで困ったように。軽く笑いながら、白銀はそう言う。
(…あんま、自覚ねぇのかな…。あれだけ『白銀様命』のオーラ出してんのに、知らぬは本人ばかりなりってヤツか…。なんか、あいつが可哀想だな)
 そんなことを思いながら、斎月もつられるように、苦笑した。
 不器用な人間など、身近に数多も居る。自分の生き方もそうであるように、彼らも、心に思いを仕舞い込んだまま、それを表に出すことのできない人間なのだろう。
「……河譚」
 暫くお互いが沈黙し、思いを巡らせているところに、調査を終えたらしい時比古が、姿を現した。
「お待たせしましたか?」
「いや。それより悪かったな、こんな事頼んじまって」
 時比古の手には、数枚の資料のような紙が納まっている。それを手渡され、斎月は感心した。
「すげーなあんた…。よくこれだけ…」
 短時間で動いた割には、優秀、と言えるほど。
 他の犯行現場の共通点や、被害者の人物像。それから割り出した背後関係までも、その資料には纏められている。
 白銀はそれを見て、満足そうに、だがうっすらと微笑を見せた。
「…犯行現場…全部水場が絡んでんだな。しかも、なんだよコイツ…かなり嫌なヤツだな」
 斎月が眉根を寄せたのは、犯人像のことではなく、被害者の一人の資産家の背後関係の記事だった。傲慢で、私利私欲の為ならいくら金をかけても厭わない…といった行動ばかりを、繰り返していたらしい。数年前、美しい自然の中でひっそりと存在した某所の池も数億という金で買取り、埋め立て、現在はその場に彼が所有するビルの一つが建っている。
「…ちっ…こんな馬鹿のために、俺たちは動かされてるのかよ…。こーゆうヤツがいるから、自然が無くなっていくってのに…」
「そうですね…悲しいこと、です」
 斎月の独り言に続けて、白銀がぽつりとそう言う。時比古はそれを、ただ黙って見ているのみであった。しかし、思い出したかのように、口を開く。
「…そう言えば…此処に戻る最中、磁場の歪みを酷く感じる場がありました。その資料の中にもある、犯行現場の一つです」
「じゃあ、そこに行ってみるか。急いだほうがいいな」
 時比古の言葉を受け、斎月が勢いよく立ち上がると、白銀も立ち上がり、時比古に目で合図を送っていた。
(…………)
 そのやりとりに、何かを感じた斎月だったが、今は事件解決のほうが、先決である。
 斎月が駆け出したのを合図に、二人もそれに続き、公園を後にした。


 ――来る。

 ――私の元へ。

 ――自ら、私の手にかかるために…?

 ――それとも、私を手にかけるために…?


 たどり着いた場所は、先ほど斎月が目を通していた、かつて、池が存在していたと言う場所であった。今は、小高いビルが、静かに佇むのみである。
「汀」
 斎月がそのビルを見上げていると、その脇で、白銀が何か、名のような言葉を発し、手のひらを光らせていた。
「!?」
「白銀様の精霊の一体、汀(みぎわ)です。我々に害はありません」
 現れた、その水の物体に驚くと、時比古が後れを取らずに斎月に説明してみせた。すると汀と呼ばれたものは、ゆっくりと容を成していき、やがては女性のような姿になり、白銀を抱くように、包み込んだ。
(……ああ…)
 それは、敬愛の証であるのだ、と。斎月はこう言う光景を初めて見たのだが、何となく解ってしまった。失ってしまった恋人が、それに近いオーラを持っていたせい、だろうか。
 汀はゆっくりと空を舞い、白銀に命じられたのであろう、この周辺を調べるために、ゆらりと空気に乗っていった。
「……あんた、凄いな…」
「…え?」
 斎月は、思わず、そう口にしていた。その言葉に白銀も時比古も振り返るのだが、斎月はそれ以上、言葉を繋げることはしなかった。
 一呼吸おいた、その次の瞬間に。
 その場に居た三人全員が感じ取ることの出来た、重い空気。
 頭上から降りかかるような、重力。
「…っ、ビンゴってことなんだな…!」
 斎月がそう言うと、時比古は白銀を庇うように、その肩を抱きこんでいる。
 そんな二人を見、斎月は自分の能力でこの重さだけでも何とかならないかと、応用を試してみることにした。
 操るものを、空気から重力に、変えればいいだけの、事。
 震える手をなんとか前に差し出し、斎月は鈍く、指を鳴らす。
 その瞬間、圧し掛かるような重みは、すっ、と消えてなくなった。
「………なんとか、出来たみたいだな…」
 成功したはいいが、その後の疲労がいつもの倍だ。たかが操るものを変えただけで、こうも反動が大きくなるとは、斎月は思っても見なかったようだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、平気だ。…でも、気ぃ抜くなよ。すぐ、真打が現れるだろうさ」
「…その、ようですね」
 白銀の声に、ゆるく笑いながら応えた斎月。しかし全てが終わったわけではない。むしろこれからが本番なのだ。そう思った途端に、訪れる、禍々しい空気。
『………さい…の…ひと…か…?』
 その空気に混じり、女の声が聞こえてきた。しかしその声は、途切れ途切れで、聞き取りにくい。
『……だれ…? この……汚され…ない…』
「!!」
「…、白銀様ッ!!」
 空気の流れに乗って、聞こえてくる声に気を取られている隙に、白銀のほうにも、異変が起きていた。
 時比古の声に振り返ると、白銀はその身を抱き込み、膝を崩して、その場に座り込んでいる。
「…おいっ! どうした!?」
「斎月さんッいけません…っ!!」
 白銀に駆け寄ろうとした瞬間に、時比古の怒号が響いた。そして次の一瞬で、白銀はすくっと立ち上がり、傍に居た時比古を空圧で吹き飛ばしてしまう。
「…っ、おいっ何して…ッ!!」
 時比古は近くにあった木に背中を打ち付けられ、その場に落ちた。それでも何とか意識は取り留めているようで、苦痛に顔を歪めながらも、すぐに立ち上がろうとしている。
「河譚…っ大丈夫か!?」
「大丈夫、です…それより、白銀様を…」
「何が起こって…、…!?」
 時比古の言葉に、斎月は白銀のほうへと視線を戻す。
 すると彼はゆらりとそこに立ったままで、こちらを見て、冷酷なまでの笑みを見せ付けていた。
「油断、しました…白銀様は、先ほどの声の主と、シンクロ、してしまったようです…」
「…それって、つまりは…」
「憑依、と…同じこと、です…」
『貴方たちは…だれ…? ここは私の居場所……今すぐ、出ていって…』
 白銀の口が動く。
 しかしその口から漏れる声は、彼のものではなく、女のものになっていた。
「…貴女の場を汚すつもりなどありません…ですから、白銀様を解放してください…」
『嫌よ…折角自由に動ける体を見つけたんだもの…私の復讐が終わるまで、帰さないわ…』
「復讐…?」
 白銀にシンクロした犯人と思われる女は、ゆっくりとこちらへ向かいながら歩いてくる。そこに、白銀の自我は、どこにも存在していないようであった。
『そう…そうね…折角こうしてまともに話せるのだから…少しだけ、話してあげようかしら。その代わり、貴方たちには、死んでもらうわ』
「…………」
 時比古をちらり、と見ると、彼も彼で主を取り戻す時を伺っている様だ。片手には、黒い皮手袋を嵌め込んでいる。
 その時比古と目が合った。斎月はそこで、『少し待て』と合図を出す。すると彼は素直にそれに従い、その場に落ち着いた。実際、体に受けた衝撃が辛いのであろう。
『…私は、ここの主だった。昔から、ずっと。…美しい自然に囲まれ…私はこの建物の下に埋もれてしまった池に棲む、そう…人間が言うところの、人魚だった…』
「……人魚…」
(ああ…ガイシャのヤツが買い取ったって言う、池の…)
 斎月は女の話を聞きながら、時比古が集めてきた資料の一文を、思い出していた。怨恨、というのは、当たっていたようである。
『自然が次々と壊されていく中…此処だけは、いつもきれいな空気が流れていたわ…。そしてそれは…ずっと続くと思っていた。私はあの人と、ずっと一緒に居られると思っていたの…』
「あの人?」
 白銀は、言いながら、両手で顔を覆った。中の女が過去を思い出し、泣いているのだろうか。
 斎月が問いかけると、覆った手のひらを動かすことなく、静かにまた語りだす。
『この場を、守ってくれている人間がいたのよ。私はその人を、好きだった。そして…彼も、私を愛してくれていた。幸せだったわ。
 …なのに…その幸せは、続かなかったのよ…。この地は買い取られ…次々と壊されていく周りの私の仲間たち…。そして…あの人は…最後まで埋め立てに反対してくれたあの人は…私の目の前で、殺されてしまったのよ…』
「…!!」
 斎月はその現実を突きつけられ、ぐらり、と意識が彼女に持っていかれる気がした。
 一瞬、重なってしまったのかもしれない。『殺された』という言葉に。
『だから…復讐してやるの…あの人を笑いながら殺して…この下に埋めた…あいつらに…復讐してやるのよ…!!』
「…斎月さん!!」
 時比古の声が、遠くに聞こえた。
 うっすらと、揺らめく光景。そして…。
「……ッ!!」
 次の瞬間に訪れた、体全身に走る、痛み。
 斎月は白銀の精霊による攻撃で、真後ろに吹き飛ばされていた。胸に重い衝撃を覚え、それであばらが何本か折れた、という事はぼんやりと認識する。
 空に浮いてる時間が、妙に長く感じた。
 大きな衝撃が襲うのだと思っていた、僅かな時間。しかしその訪れは、何かに阻まれ、斎月はそこで完全に意識を覚醒させる。
「……、だい、じょうぶですか…斎月さん」
「っ! 河譚…お前…!?」
 背中に感じた暖かいもの。その後に降ってきた、穏やかながらも苦痛交じりの声。
 斎月は目を見開いて、飛び起きようとする。
「…骨が折れています。動かないでください」
 時比古がそう言いながら、斎月の肩に手を置き、落ち着かせた。
 そう。
 吹き飛ばされ、壁に激突するだけだった斎月を救ったのは、他でもない、時比古だったのだ。
「…な、何やってんだっ! 俺より白銀だろッ!!」
「そう、ですね…。何故でしょう、体が動いてしまったのです。…でも、私は大丈夫ですよ。これでも丈夫に、出来てるんですから…」
 時比古は笑っていた。
 それが余計に、斎月の苛つきを倍増させていく。
「ばっかやろう!! もういいから、動けるんなら白銀を助けやがれッ!!」
「……そうします」
 斎月の罵倒にも、時比古の表情は変わらない。最後はにこり、と笑いながら斎月の傍を離れ、ゆっくりと立ち上がった。
「もう、いいでしょう。…貴女の可哀想な過去話は聞き飽きました。私に、白銀様を返してください」
『……!?』
 白銀である者の前に、立ちはだかる時比古。
 その声は、先ほどまでの穏やかなものとは裏腹に、冷たく突き刺さるかのような声音であった。
『ち、近寄らないで…! この者がどうなってもいいの!?』
「…出来ないでしょう。例え出来たとしても、私がそれを阻止するまでです」
 一歩、一歩と、歩みを進める、時比古。その彼の異変に気がついたのか、白銀の中の女も、後ずさりし始める。
『こないで…ッ 私にはまだ、やることが…復讐が…ッ!!』
 女は慌て、白銀の精霊を時比古に向かってぶつけるかのように投げつける。
 時比古はそれに少しも動ずることもなく、女の、白銀の下へと突き進んだ。途中、頬が薄く切れるが、それすらも気に留める様子も無い。
『こないでっ 近寄らないで…ッ!!』
 逃げようとする女を、時比古は腕を掴み、乱暴に引き寄せた。嫌がるその体をすっぽりと抱き寄せて、そこで一呼吸置く。
「…貴女の気持ちがわからないわけではない…。しかし復讐だけが全てでもなく、また此処に何時までも留まることも、貴女には無意味なだけだ。何の利益も無い。…おそらく、貴女を好きだと言った男性も、今の変わり果てた貴女の姿を見て、悲しむことだろう」
『………!!』
「…相手が悪かったと思って、もう諦めなさい。私は貴女は許すつもりはありませんよ」
『いや…いやっやめて…!!』
 一度は抱きとめた白銀の体から離れて、彼の胸の辺りに手袋を嵌めた手のひらを押し付ける。そして勢いよくそれを自分へと引き、白銀の体から、女を引きずり出して見せた。
「………はは…すげ…」
 斎月はそれを、壁に寄りかかりながら見守りながら、苦笑する。
 主を思うあまりの時比古の行動。穏やかな部分に隠れていた、おそらくは…本性のようなもの。斎月はそれを驚きもせずに、受け止めていた。
 自分にも、似たような感情がある。憶えている。
 そんな事を思っていると、時比古の手には、いつの間にか刀が握られていた。
『…殺すの…? 私を殺すの…!? 私を消せば、私の中で眠っている他の人の命が、帰らなくなるのよ…!!』
「それは、私のあずかり知らぬこと。…終わらせてやるから…安らかに、…逝け」
『いやぁぁ!!』
 時比古は迷いも無く、手にしていた刀を女に振り下ろした。その表情は…冷酷なまでに、微笑みながら…。
 女は断末魔の声をあげながら、切り裂かれ、そのまま消えていった。
「…………」
 時比古の腕の中には、白銀がきちんと抱きとめる形で納まっている。気を失っていたかと思えば、意識を取り戻したようで、ゆっくりと顔を上げる。
「…河譚…?」
「はい…白銀様」
 白銀に名を呼ばれると、時比古は先ほどまでの穏やかな表情に戻り、彼に微笑みかけていた。
 全てを見ていた斎月はそれすらにも苦笑し、ゆっくりと立ち上がって、二人のもとへと歩み寄るのであった。

「本当に、すみませんでした…。僕が油断したばかりに、斎月さんにまで怪我を負わせて…」
「いや、いいって。俺らみたいな仕事は、怪我なんて茶飯事だしさ」
「それでも…僕に責任があります」
 ほわ…と白銀が掲げた手のひらから、淡い光が広がった。それは胸の辺りで光り続けて、やがて暖かさを帯びてくる。
 斎月が二人のもとへたどり着いた時に、緊張の糸が切れたのか、時比古はその場で膝を崩してしまった。それに慌てたのが白銀で、斎月と時比古を並べ、自分の持つ力でこうして怪我を癒しているのだ。
「……申し訳ありませんでした…。結局、犯人を消してしまいましたね…」
「ま、こー言う時もあるって。それに、被害者の【心】はおそらく、最初から無かったんだと思うぜ。あの女、食ってたんだろうな」
「…………」
 斎月がそう言うと、時比古はほっと安堵したように、表情を崩した。
 それを見て、斎月が、ふ、と笑う。
「…お、本当に痛みがなくなってきたぞ。すげーな、白銀」
 胸の痛みがゆるくなってきたところで、白銀に声をかけると、彼はうっすら笑った後、力なく時比古の腕の中へと倒れこんでしまった。
「…おい?」
「力を、使い果たしてしまったのでしょうね…。大丈夫です。眠ることで、回復できますから」
「そっか…」
 少しの時間を過ごした後、斎月は時比古にそのまま帰れ、と促した。このまま司令室まで連れて行こうものなら、早畝に絡まれ、槻哉にも特捜内の規律や秘密厳守など、色々言われる事が目に見えているからだ。出来るなら、今はそれを避け、二人を休ませてやりたいと思ったのだ。
「…本当に、いいのですか? いいて、それより白銀をちゃんとベッドで寝かしてやってくれ」
「ではお言葉に甘えて…ここで失礼します。…あ、斎月さん」
「うん?」
「失礼を承知で申し上げます。ですが…白銀様のことを、呼び捨てにされるのは、止めていただきたいです」
 腕の中にしっかりと白銀を抱き込みながら。
 そう言いきった時比古の瞳は、真剣そのものであり。
「…了解。じゃあ、白銀サマに、よろしくな」
 斎月はその姿に一瞬吹きながらも、それを抑えて、片手を挙げてそう答える。
 すると時比古は一礼をし、静かにその場を去っていった。
「……まったく。それってやきもちじゃんなぁ? 二人そろって不器用なんだからさ…」
 くっくっ、と笑いながら、斎月は時比古の後姿を見えなくなるまで見送り、その後は自分も踵を返し、帰路へと進むのであった。

 後日。
「白銀様、どちらからのお手紙で…?」
「うん…斎月さんの勤めているところの…代表の人からだった。僕らに対する謝罪の言葉と、改めて挨拶に伺いたいって」
 季流家に届けられた一通の手紙。それを受け取ったのは白銀であった。槻哉が調べ上げて、送ったようだ。中身は白銀が言ったとおりに、巻き込んでしまったことへの謝罪と、後日改めてそちらに伺わせていただきたい、と言う内容で締められていた。
 封筒の後ろには、きちんと住所が書かれている。
「………」
 その住所を見て、白銀は『うん』と独り言のように、頷いた。
「白銀様?」
「僕たちで…伺ってみようか。斎月さんの、勤めているところ。お前も興味あるだろう?」
 時比古を見上げる白銀の顔は、悪戯っぽい子供の笑顔だった。
 それを見て、時比古は軽い溜息を吐きながら
「そうですね」
 と笑って返すのであった。

 白銀と時比古が、早畝やナガレ、槻哉とそして…斎月に再会するのは、そう遠くない、未来の話である。



【報告書。
 7月23日 ファイル名『心を盗られた被害者達』

 埋め立てられた池に依存していたと言う人魚の幽霊による犯行は、犯人の暴走により、被害者五人の心を回収出来ずに失敗に終わる。しかし、季流白銀氏、河譚時比古氏の協力の下、犯人の暴走行為を止め、犠牲者を増やすことなく片付けられたことを要点に置くと、無事解決と言ってもいいと思われる。
 03斎月の行動については怪我の全回復を待ってから改めて記載。

 どちらにしても03斎月の始末書提出は必須であることだけは、避けられない事である。

 以上。

 
 ―――槻哉・ラルフォード】


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            登場人物 
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【2680 : 季流・白銀 : 男性 : 17歳 : 高校生】
【2699 : 河譚・時比古 : 男性 : 23歳 : 獣眼―人心】

【NPC : 斎月】

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           ライター通信           
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 ライターの桐岬です。今回は初のゲームノベルへのご参加、ありがとうございました。
 個別と言う事で、PCさんのプレイング次第で犯人像を少しずつ変更しています。

 季流・白銀さま
 毎度有難うございます。今回は初のゲームノベルへのご参加、有難うございました。
 プレイングを頂いたときから、書かせていただくのを凄く楽しみにしていたのですが…遅刻してしまいました(涙)。本当にお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
 如何でしたでしょうか…結構と言うかかなり長い文章になってしまったのですが…(滝汗)
 
 ご感想など、聞かせていただけると幸いです。今後の参考にさせていただきます。
 今回は本当に有難うございました。

 誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

 桐岬 美沖。