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ドッキリ!ポロリ!幽霊だらけの温泉旅館
――プロローグ
福引で当てた旅館がとんだ、幽霊旅館だった! なんてありそうな話だ。
しかし、幸か不幸かここは幽霊旅館ではない。
ただ一つ言えるのは、閑古鳥鳴くすさまじく枯れ果てた旅館であるということは事実であった。
そして店の店主、福笑・松竹は三年ぶりの客である草間・武彦に頭を下げている。
ここは福笑旅館のさびれた談話室だった。なぜ松竹が頭を下げているかというと、松竹は客である草間に「なんとかして、旅館を建て直す手助けをしてくれないか」と言うのである。
断固拒否だった。せっかくの休暇だ。
しかし、実際温泉でさえない風呂は温く部屋は掃除こそ行き届いているものの、テレビのチャンネルはガチャガチャとダイヤル式という体たらくだった。そして、海がすぐそこにあるというのに、何故だか膳は山菜三昧なのだ。
こんな場所でくつろげるかと言われれば、否だ。
金はないと突っぱねると
「お金はなんとか都合をつけます、お客さんから見て、どこを改善すればいいのかどう改善すればいいのか、改善していただければ……」
草間は一瞬逡巡して、お金以外の要素を全て押し付けられていることに気付いた。改善するのは、草間らしい。
慰安旅行の代金はいらないという条件が魅力的だった。改善作業中は泊まり放題とのこと。もちろん、売り上げが伸びれば報酬も出すという。
この慰安旅行。二人分の券だった筈が、知らぬ間に大人数に膨れ上がっていたので、懐が痛かった。
草間は結局、渋々ながらも松竹の申し出を承諾した。
――エピソード
「いあーん、ばかんすって感じ」
後ろ歩きで前方を歩いていたスティルインラブのボーカルである、真赤は呑気なものでそう調子をつけて歌ってみせた。
駅から徒歩十分と書いてあるが、二十分はゆうにかかっただろうか。同じくスティルインラブのメンバー達は疲労の色が隠せない。「お気楽なもんだ」と宮本・まさおがぼんやり呟くと、うんうんと村沢・深黒は同意を示した。八重咲・マミは温泉饅頭を頬張っている。
「それ、どこで手に入れたんだ」
「ふふーのおみやけやはん」
深黒の言葉にマミは笑顔で答える。
それから、草間・武彦一行も「まだか、まだなのか」と二分ごとに確認する始末だった。知らぬうちに人数は膨れ上がっており、シュライン・エマ、蒼王・翼、黒・冥月、里見・勇介、壇上・限、に続き、宿屋の予約を間違えた雪森・雛太と三春・風太が加わり、帰りの飛行機代をお菓子につぎ込んで困っているシオン・レ・ハイが仲間に加わった。追うように、仕事で来合わせた神宮寺・旭が一緒にいる。
ともかく大人数である。そして、草間達の立っている位置が間違っていなければ、いかにも幽霊の出そうな旅館は朽ち果て気味だった。
「近所の福引じゃあな」
草間はぼんやりとつぶやいた。
確か二名ご招待だったか、と懐の心配をする。今数えただけで、十三人という団体旅行者であった。
草間の心情を察したのか、シュラインが小声で言った。
「住めば都よ……たぶん」
たぶん。その通りである。いつも、ボロの事務所にいるのだから、少しぐらいボロい場所に寝泊りさせられても、料金さえ安ければなんてことはない。
玄関だけは広く、全員「おお」と一応驚いてみせている。
草間は全員の名前を思い出しながら、途中で面倒になって平仮名で宿帳に名前記入しつつ、宿屋の主人に挨拶をした。
「世話にな……ってなに、泣いてんだ……」
「三年ぶりのお客で」
「はぁ?」
「ともかく、ご案内しますだ。探偵の先生だけ、談話室に残ってちょっとお話聞いていただけますか」
「はあ……」
断る理由もなかったので、草間は曖昧にうなずいた。女性陣に話しを伝えるのが面倒な為、シュラインを呼び止める。
「お二人さまと聞いていたものですから、二部屋しかご用意できておりませんが、お部屋に案内させていただきます」
福笑・松竹は自分の嫁であろう女性に指示を出し、彼女は一行を連れてぞろぞろと簡素な廊下を歩き出した。
そこで草間は、宿建て直しの相談を受けることになる。
例のごとく「何日お泊りでも結構です」という条件を飲んで、草間はこの温泉旅館のPRを考えなければならなくなった。
「あのー、ここにシオンさんがお泊りと聞いたのですが」
談話室からすぐの玄関を見る。そこには、CASLL・TOが立っていた。何度か顔を合わせているから、草間は騒がなかったが、その人相の悪さに旅館の主人はいきなり土下座した。
「お金はありません、暴れないで!」
CASLLは困ったように顔を歪めて(実際は怒ったように見える)両手をブンブン振ってみせた。
「いーえ、ですから」
「ひいい、すいません。やめてください」
実際は何もしていないけれど、松竹は恐怖におののいている。
話も一応終わったことだし、そう思いシュラインを促して草間は立ち上がった。ここにはとりあえず、露天風呂があるらしかった。そこに湧いているのがただのお湯だとはいえ、足の伸ばせる風呂に入るのは気持ちがいいものだ。
複雑な廊下の埃のない道を選んで歩いて行くと、二部屋だけ磨かれたドアに出会った。どうやらこの二つしか使われないと踏んで、二つしか掃除をしなかったらしい。はっきり言って、旅館失格である。
手近のドアを開けると、窓を全開にしている男共がたむろっていた。八畳にこの密度はあまりにも濃い。
「せっかくだから、風呂へ行ってくるが」
すると「はーい」と風太が手を上げてお風呂道具を頭の上に押し上げた。
「ボクも行きます」
「俺も」
「私も」
「俺も」
「私も!」
「俺も行こうかなあ」
風太、雛太、旭、限、シオン、勇介の順だった。
草間はバックを部屋に放り投げて歩き出した。
「あ、シオン。CASLLが玄関で強盗に間違われてたぞ」
「えーCASLLさん来てるんですか」
廊下に出ると、どうやら女性陣も露天風呂へ行くことにしたらしく、後姿が見えた。
風呂はよく掃除されていたが、温泉の素さえ入っていなかった。
湯に浸かりながら、ふう、とまず溜め息をつく。
そして草間は、本題に入った。
「お前等知ってるか。今回のタイトル……」
「タイトル?」
風太が不思議そうに聞き返した。
旭は湯で水鉄砲を作り雛太の横顔に命中させて、湯の底に沈められていた。何分持つだろう。
「タイトルって、あれだろ『ドッキリポロリ幽霊だらけの温泉旅館』だろ」
「そうだ。その通りだ。ここは露天風呂、外は海。俺達が期待することはただ一つ」
限がふっと草間から視線を逸らす。逆に雛太は草間をニヤリと見やった。
「ポロリだな」
「そうだ、ポロリだ」
くくくく、草間と雛太、限も思わず笑った。
風太が浮いてきた旭を突きながら首をかしげる。
「ポロリってなあに」
「つまり、俺達がなんらかのアクションを起こせば、成就する可能性があるってことだ」
風太を完全無視して草間は熱く語った。
「確かにな。なんてったって、筆者が自分でポロリ!をタイトルに入れたわけだからな」
雛太は分析するようにつぶやき、そしてまた口許を笑わせた。
「ポロリか……気付かなかった」
そう言う限に、雛太は近寄って行ってポンポンと肩を叩いた。
「わかってたんだろ。お前だってよ」
限がうっと顔を赤くする。雛太はまるで取り合わない表情で、
「今更そんな反応してみせてもダメだよ、限ちゃん。ネタは上がってんだよ」
「今回の男性参加者のほとんど全てに適応していいのが、ポロリへの期待だからな」
自分がそうだと周りもそうだと決めつける草間だった。
風太は草間達に相手にされないので、旭に聞いた。
「ポロリってなんですか」
「ポロリ? それはポーランド限定ロッキー山脈発リンゴ味ポッキーの略ですね」
「意味わかんねえよ!」
そう言って雛太は旭の足に自分の足を引っかけて、旭を湯の中へ再び沈ませた。
キャー! と悲鳴が聞こえる。びくり、と草間の身体が反応した。
「な、なんだ今の。まさか、俺達がいない場所でポロリが!?」
「ち、勇介とシオンがいねえ……」
草間は腰にタオルを巻いて立ち上がり、挙動不審に辺りを見回した。雛太は厳しい顔をしている。誰もがポロリに必死だった。
そうしている間に、勇介が入ってきた。
ぴん、ときた雛太が勇介に飛びついて身体を揺する。
「てめえ、間違って女湯に入ったな! 入っただろ、まさか、まさか見たのか!」
勇介は哀愁漂う横顔で目を細めた。
「宮本さんの脱ぎ途ちゅ……」
言い終えない状態で、勇介は雛太の渾身の一発を頬に食らった。
「ポ、ポロリが……」
草間は茫然自失である。
雛太が自分を落ち着かせるように草間に言い聞かせる。
「まて、まだ、チャンスがなくなったわけじゃない……きっとまだ……」
「だから、シャツ姿の宮本さんと鉢合わせただけで、俺は何も見てないって」
勇介は頬を押さえながら口をすぼめた。
ほっ、と草間と雛太と、こっそり限が安堵する。
草間は腰のタオルを巻き直し、小さな声でつぶやいた。
「つまり、俺達が覗きを決行したら、もしかすると成功するかもしれない」
ぶ、突然湯の中で音がする。びっくりしてそちらを見ると、限が鼻血を出してそれを手で押さえていた。
雛太が思わず口にする。
「むっつりだな、限」
「想像力がたくましい、ああいう奴は見なくても幸せだろう」
風太と旭はお菓子談義で盛り上がっている様子である。ああいう奴も、ある意味幸せな類の人間だ。しかし、草間と雛太は違う。見るものは見せてもらわないと、気がすまないタイプだった。
女湯と男湯を分けている岩のような物を、登ればそこにはポロリがある筈だった。山はそこにあるから登るので、草間もポロリがあるから登るのである。
「え、登っちゃうのかよ、えええ」
ますます鼻血を滴らせながら限が慌てている。
限に親指を立ててみせ、草間と雛太は岩場に登り始めた。
これがなかなか難解だった。あちこちコケで滑るので、すんなりと登れないのだ。しかし、そんなことでへこたれる二人ではない。無言の時間が流れる。女風呂からは、楽しそうな声が響いてくる。色が白いとか、ビキニ焼けだとか、胸が大きいとか、もう限の鼻血を促進するばかりのネタであった。
そして草間の手が頂に手が届こうとした瞬間、突然草間と雛太は頭を掴まれた。
頭を掴まれる?
「公序良俗に反することは許しません」
頭を掴まれたまま岩場から引き離され、草間と雛太はゴツンと頭をぶつけられた。
CASLLは二人の頭を軽くぶつけて、その場に下ろした。覗きとは不届き千万! ふん、と鼻を鳴らす。シオンが手袋をしたままアヒルさんを持って楽しそうにお湯に入った。自分も入ろうと思った瞬間、半目で血の海に顔を埋めている限を見つけた。
「うわあ、大丈夫ですか」
ざぶざぶと思わず駆け寄って身体を支える。
うっすらと目を開けた限は、CASLLの顔を見た後、あまりの怖さに気を失ってしまった。
「大丈夫ですか!」
もちろんその声は届かない。
一方の女湯では、覗き騒ぎが起きていた。
ここを覗くには切り立った山側の影に隠れるか、男風呂の岩山を登ってくるかしなくては無理である。
しかし村沢・真黒は、憤慨していた。
「あたしら覗くとはいい度胸じゃねえか!」
そう言って、山側を睨みつけるも誰もいない。
「おっかしーな……」
真黒が眉を寄せる。草間の思いだけが覗きを遂げたのだろうか。
松田・真赤は拾い風呂をすいすいと泳いでいる。
「そんなんいないよー、真黒。ゆっくりしなよー」
「そんなこと言ったってな。温泉じゃねえ、ただの風呂だここは。しかも、あの一部屋に押し込まれるらしいじゃないか。その上覗きとあっちゃあ、黙ってられねえ!」
真黒はべらんめぇで真赤へ返す。真赤は「へー、あっそー」と興味なさ気だった。
静かにしている八重咲・マミは真黒の差した方向をじっと見つめている。
「どうした、マミ」
聞くと、湯の中から指先を出して覗きがいたように思えた方角を差した。
「温泉掘ろうかなあ、あの辺り。出るかも」
「出ない出ない、やめろよ、バカバカしい」
真黒は決めつける。
宮本・まさおは、金髪の髪を頭の上で束ねていた。唇に手を当てながら、軽くうなずく。
「いいじゃない、温泉ぐらい出てないと、いくらあたし等だって宣伝し切れないよ」
「まあ、そうか」
さすがの真黒も納得するしかない。
「楽しみだなー、温泉掘るのなんてー。これもラジオの企画っぽくしてよ」
マミはすっかりやる気満々で真黒に提案した。真黒は宙を見上げながら
「温泉掘りの企画をラジオで放送したって面白くないだろう」
そう言った。
「でもでも、やっぱり全員で来たかったねー」
マミは残念そうに言った。
「全員いたら、あの一部屋に何人で押し込められることになるやら」
お先真っ暗という表情で、真黒はぴしゃんとお湯を手で鳴らした。
クスクスと笑う声がする。見ると、一緒に来たシュライン・エマが小さく笑っていた。
「若いっていいわね」
「え? シュラインさんだって若いじゃないですか」
真赤が答える。黒・冥月は湯の淵に腕を投げ出しながら口許を笑わせる。
「そういう意味ではもう若くはないかもな、私も」
まさおが驚いた顔で冥月やシュライン、そして翼を見た。
「若くない? どこが?」
「精神的な問題だ」
冥月が言う。
実際草間興信所に関係しているものは、あまりに厄介なことに関わりすぎていて、変に年寄り臭いのかもしれない。
真黒はわかったような口調でつぶやいた。
「まあ、こっちは水商売だからね」
それから肌の手入れや化粧の仕方、ダイエット法や胸を豊満にするにはどうしたらいい? と女性陣はそんな話題に花を咲かせていた。
夕食時だった。
シュラインは耳をそばだてた。なにか、不吉な音が聞こえた気がしていた。
夕食は山菜三昧である。海がすぐ目の前にあるというのに、魚を出さないのにはなんらかの意味があるのだろうか。シュラインはここの辺りも改善しなくてはと思っている。
草間の隣にシュライン、そしてシュラインの隣には風太が座っていた。風太の隣には、旭がいる。
大広間にそれぞれの膳が置いてあり、宴会をするように席が組んであった。しかし今日は、全員旅の疲れが出ていてそれどころではないようだ。
風太と旭はずいぶんと打ち解けた様子で、九州とんこつ味のプリッツと名古屋味噌カツ味のプリッツの太さの比較を話している。どちらとも言っていることがチンプンカンプンで、シュラインには全く分からない。が、どうやら二人の会話は成立しているようだった。
こういうのを天ボケというのだわ。
シュラインははあと嘆息をして、草間・武彦を見た。風呂の後から、草間の様子がおかしい。本人は頭を強く打ったと言っていたが、本当だろうか。見れば、たしかに額にコブらしきものが浮かんでいる。
それは雪森・雛太も同様だった。二人で同じところを打つなんてことがあるのだろうか。
スティルインラブのメンバーも膳につき、全員揃ったところで草間が立ち上がった。一度よろりとよろける。そしてコブの辺りを押さえながら、ぼんやり挨拶をした。
「えー、明日は全員オフってことで、旅館で遊ぶなり温泉街行くなりしてくれ。明後日から、旅館の部屋の掃除や改装や……料理やらを適当に改造して、宣伝もしに行く。スティルインラブのメンバーの日程もあるだろうから、手早くやろう。そういうわけで、全然めでたくないが、乾杯」
草間が席に戻ったとき、旅館のどこかで轟音が鳴り響いた。
シュラインが頭を抱えている。
「なんだ、エマ」
短く草間が訊くと、シュラインは顔を強張らせながら答えた。
「ヘリコプターが突っ込んだのよ。どっかで聞いた音だと思ったわ……」
そういえば興信所にヘリコプターが突っ込んだ事件があった。
「へえー! ヘリコプター見に行こ!」
真赤とマミが立ち上がる。こらこら、とまさおが諌めるが聞く様子はない。
家主の松竹が転がり込んできて
「先生、探偵の先生」
と呼ぶので草間も行かざるを得なくなり立ち上がった。しかし行くには及ばなかった。松竹の後ろから、白衣を着てバンダナをつけた金髪の男が草間を睨んでいたからだった。
「リオン」
リオン・ベルティーニは、行きの飛行機の中でテロリストを捕まえる仕事を遂行し、イタリアへチャーター機で戻った筈だった。
「くーさーまー、俺はなー、お歯黒にされた屈辱を忘れんぞ」
ちょっとした行き違いで眠ってしまったリオンの顔に、草間達が思いの外アバンギャルドな落書きを施したのをリオンは怒っているらしい。まあ、誰でも怒るか。怒ったところで、ヘリコプターを飛ばして伝えに来るのが、金持ちのバカがやることだった。
「探偵の先生のお知り合いで?」
松竹に訊かれたので、草間はかぶりをゆっくりと横に振った。
「全然知りません」
シオンが松竹を捕まえて
「松茸さん、どれが松茸ですか?」
ワクワクと聞いている。シオンの隣のCASLLは眉根を寄せいっそう怖い顔になりながらシオンに突っ込んだ。
「松茸は秋だ」
そこへ雛太が堪らず言う。
「そこは、このオヤジはマツタケじゃなくてショウチクだって突っ込め!」
リオンは目を光らせたまま、無視され続けていた。
そういうわけで、男性部屋にはもう一人追加されることになった。
仲居が運んできた布団は八つ。八畳に九人とは、ぎゅうぎゅう詰めだった。しかも全員大の男である。これはやっていられない。しかし他の部屋を見に行くと、もの凄い蜘蛛の巣とでかい蜘蛛に遭遇するので、誰も移動をしようとは言い出さなかった。
頭を真ん中に向け、左右に布団を四枚ずつ敷いた。未だ憤慨しているリオンを、草間が牛でも宥めるかのように手を振って制する。
「まあ、待て。お前がここへ来たのも何かの縁」
「縁じゃないですよ、復讐ですよ、復讐」
「ともかく、俺達は作戦会議をしなくちゃならない。お前も仲間に入れてやろう」
窓際から右に雛太、限。左に草間、リオン、勇介で納まっていた。
「そういえば、お前人間じゃねえだろ」
雛太が今更勇介に突っ込んでおく。
勇介は涼しい顔で答えた。
「ええ。俺は地球を守るために来た未知の生命体ですから」
「未知の生命体がわざと女湯に入るか、ボケ」
雛太が言い、限がぺシーンと勇介をはたく。
「明日からのポロリ状況を話し合うんだ、お前等ちゃんと聞け」
普段の依頼よりもよほど力の入っている草間だった。
「おう。どうする」
雛太がマクラを抱えて草間を見る。草間は胡坐をかいて座っていて、思案深げに顎に手を当てていた。普段は見られない、真剣な様子だった。
雛太と同じく寝転んでいる限が手を挙げた。
「浴衣で卓球ってどうでしょう」
「ビンゴ!」
思わずガッツポーズを取って口笛を吹く雛太。
聞いているうちになんとなく内容がわかってきたのか、リオンがなんとはなしに口を挟んだ。
「え、ポロリってそういうことなんですか」
「そうだよ、タイトル見て参加したんじゃないのか、お前」
「いや……だって俺、草間さんに復讐することしか考えてなかったから」
「ダメだぜ、そんなことじゃ。お前、見られるときに見とかないと絶対後悔するぞ」
草間のエロ理論は全くわからないものの、なんとなく納得させられる魅惑的な理論だった。リオンもそれはその通りと同意して、綿密な作戦会議に参加する。
そして草間は大きな柱を打ち立てた。
「ともかく、誰のポロリでもいい。ポロリを逃さないぜ」
コクリ、慎重に男達はうなずいた。
その反対側では、CASLLがすっかり寝入っていた。規則正しい生活が、清潔な精神を宿すと信じているCASLLの就寝は早い。もちろん、朝五時半までノンストップ睡眠だ。
CASLLの向かいに旭その隣に風太そしてシオンが並んでいる。三人はお土産のお菓子の話題で大盛り上がりだった。
「そうそう、私のコレクションをお見せしましょう」
旭が言う。そして旭は自分のトランクケースから箱を四つ取り出した。
「これが、端から『岡山に行ってきました』『香川に行ってきました』『岐阜に行ってきました』『石川に行ってきました』になります。お土産と言えば、行ってきましたシリーズでしょう」
しかし、どこにでもあるだけで中身はどれも同じものだろう。
だが風太は目をキラキラ輝かせた。
「うわー、凄いなあ。ねえ、雛っち、すごいよすごいよ」
シオン越しに雛太に語りかけ
「うっせえ、黙ってろ」
そう血走った目の雛太に怒鳴られる。
シオンも目を瞬かせて驚いている。それから残念そうに言った。
「こんなにお菓子があるのに、私はもう歯磨きをしてしまったので食べられませんよぉ」
旭はチッチッチと人差し指を立て、振ってみせた。
「ここは旅先ですよ。そういうことをする為の旅先でしょう」
「うわー、旭さん大人だあボク緊張しちゃう」
シオンは眉を寄せて怖い顔をした。
「そんなの、不・良! ですよ。いけません!」
そうですか? と残念そうに旭は眼鏡を上げた。風太もちょっぴり後ろ髪を引かれているような顔だった。シオンはうーんと考え込んでから、コクリと大きくうなずいた。
「旅の恥はかき捨てです。旅のおやつは別腹です」
それを聞いて風太はニッコリと狐顔を微笑ませ、シオンも大っぴらに顔を笑わせた。旭はいつも通りの曖昧な笑みを浮かべ、それぞれのお菓子の解説をしながら全員に配った。
そして女性部屋では、やはり盛り上がるのは恋話であった。
もちろん全員が気にしているのは、シュラインと草間の恋の行方である。女性陣は、草間がポロリにあれだけ燃えていることを知らないから、こんな話で盛り上がれたのだろう。
知っていたら幻滅するだけだ。
それに気付いているのかいないのか、シュラインは呆れきった表情で話しに乗り気でない様子だった。
翼もただ一言感想を漏らしただけだ。
「あの男じゃな」
全てはその一言に集約されているようだった。
真赤が真面目な顔でうなって言う。
「案外、かっこ悪いタイプじゃないじゃん」
冥月が嘆息してそっぽを向いた。
「中身だ中身」
草間興信所のメンバーは草間について知りすぎている。
「翼くんが男だったらなあ」
マミがつぶやく。翼はくすりとだけ笑って、涼やかにその発言を流した。
シュラインは立ち上がって電気のスイッチを押した。
「今日は疲れてるでしょ。早く寝ましょう」
言及されたくないのは、シュラインだったようだ。
翌朝。
爆睡しているのはリオンだった。低血圧の雛太もかなり寝ていたのだが、身の危険を感じてか敏感に頭をもたげた。やはり丁度、旭がマジックペンを持って構えているところだった。
「なにさらすんじゃ、ボケ」
被さっている旭に蹴りを一発入れる。旭は不用意に受け、イタタタと言いながら立ち上がった。
風太がすやすや眠っているので、次の標的は風太になるかと思われたが、無邪気な子供の顔に落書きするのは躊躇われたようだ。いや、旭のことだから反応が面白くないだろうと計算したのかもしれない。
そういうわけで、リオンに矛先が向けられた。
一応顔中に落書きをほどこす。目を描く、鼻の穴を描く。歯を塗る。髪の毛をおでこに描いてみる。頬にバナナとパイナップルを描く。鼻から鼻毛を出す。唇のリップラインを口裂け女ばりに描く。ともかく芸術的だった。
旭は一人
「芸術的ですねえ」
自画自賛しながら、今度はトランクからカッパえびせんを取り出した。お菓子を愛するシオンは歯磨きに、CASLLは朝のジョギングで部屋を留守にしていた。
旭はリオンの鼻にエビセンを詰め始めた。ぷっ、と全員が笑う。旭は容赦ない。ともかく詰める。詰め込めるだけ詰める。
鼻の痛覚が繋がっているのか、限がまた鼻血を出した。今度は巧いこと上を向いて、垂れることは阻止し鼻にティッシュを詰めている。
「詰めます?」
詰め仲間ということで旭がカッパエビセンを片手に限へ訊いたが、限はもちろん首をぶんぶん横に振って断った。
いつの間にか起きていた風太が、目をしばたかせながら大欠伸をして言う。
「鼻の穴ふさがなきゃなら、これ」
その手に握られているものは洗濯バサミである。
また全員がぶっと吹き出した。おずおずと旭が洗濯バサミに手を伸ばす。全員の視線が、やるのか、やるのか、と好奇に満ちていた。
そして旭は極悪非道なことに、リオンの鼻を摘むように洗濯バサミをつけた。
その途端、バリバリバリと鼻の中のカッパエビセンが砕け散る音がした。鼻の中で砕け散るカッパエビセン。
ああ、こりゃあ面白い。
雛太が取って代わって、もう一度洗濯バサミを鼻の別の位置につける。また、バリバリ言う。風太以外の全員が大爆笑を噛み殺している。
そうしているうちにリオンが目を覚まし、なんとはなしに起き上がった。
ハラハラと鼻の穴からカッパエビセンの残骸が落ちる。その光景にまた一同が爆笑する。リオンは「え?」と呟いてから、息をした拍子にカッパエビセンを吸い込んだのか
「ぐ、な、なんじゃこりゃ」
鼻を押さえて悶えている。
ふん、ふん、と鼻へ息を吹き込んで異物を出そうとしているが、巧くいかないようだった。
「だ、誰だ、やったの!」
全員が草間を指していた。
その夜。リオンは鼻洗浄を耳鼻科でしてもらって帰ってきていた。
草間達の『卓球でポロリ』作戦は失敗に終わっていた。
だがまだチャンスはある。この夜は一応宴会をすることにしていたのだ。宴会と言えば、アクシデントアクシデントと言えば、ポロリだ。
草間はリオンにボコボコにされた挙句、彼の所持する拳銃で撃ち殺されそうになっていたが、なんとか生きていた。それもこれも全て旭のせいである。はっきり言って、草間の一日は危険に満ちポロリどころではなかった。影に潜み、トイレで後ろを確認し、誰も自分を狙っていないことを確認する。殺気を感じたら、民間人ながらも誰の悪意も好意も踏みつけるほど恐ろしい形相のCASLLの近くにいることにした。
すると不思議と狙われない。やはり、暗殺者リオンにも怖いものがあったようだ。
「宴会と言えば、やっぱり芸だな」
そういうことになったので、とりあえず挙手で募ることにした。一番目は真赤で、真赤は耳を曲げて餃子を作ってみせた。一応全員やんややんやと拍手をする。次に限が手を挙げた。
「大根のかつら剥きをします」
地味に始まった芸は時間がかかるものだったので、舞台の端に寄って続行してもらうことにする。
次はシオンだった。いきなりCASLLが草間の脇の下を掴み、小さな舞台へ連れて行く。
「私、こないだハイジャックにあったので、銃をもらいました」
シオンはごっつい銃を取り出して皆に見せた。ハイジャックに乗り合わせていた一部のメンバーは、知っていたことでもあったので、ゴクリと唾を飲み込んだ。
CASLLが草間の頭の上にリンゴを載せる。全員が趣旨を理解する。
「草間ちゃんを撃っちまーす!」
全員が目をつむったあと、パン、と音がする。
草間を見るが異変はない。シオンを見ると、シオンは旗の出たピストルを握ってからから笑っていた。
そこへ鼻をむずむずさせたリオンが立ち上がり、シオンの隣に立った。懐のホルスターから拳銃を抜いて、片手を放り出した状態で、狙いを定める。今度は、バケツの底を弾いたような音がして、草間の頭のリンゴが弾け飛んだ。
まさおが唖然としてつぶやく。
「あれ、どうやったの……」
「打ち合わせしてあったんじゃないの」
真黒はそっけなく言った。マミと真赤はキャッキャと拍手をして喜んでいる。
真っ青になっているのは、シュラインと草間だけだった。冥月は気にする素振りもせず膳を食べていたし、翼は片眉を上げただけだ。CASLLがぽかーんとした顔をしている。
へたり込んだ草間を下ろして、今度は勇介が舞台に上がった。
「首回します」
言った通り、百八十度首が回る。
「すっごーい、あれ、どうやってるの」
マミがまさおに訊いた。まさおは真っ青になって
「さ、っさあ?」
そう答えた。
ああいったものに慣れている草間興信所の連中は珍しくもないという顔をしている。しかし、草間はさっきの実弾のリンゴ破裂の恐怖が拭えていないようだった。
旭が立ち上がる。
「じゃあ、私は悪魔でも呼び出しますか」
雛太がすかさず突っ込む。
「やめい」
「えーボク見たい」そう風太。
「黙れ」
そこへ丁度限が声を上げた。
「できました」
限の存在を忘れ去っていた全員が、限に注目する。限の足元にはうっすらとした大根が山になっている。とりあえず、そっと伸ばしてみることにした。カツラ剥きは廊下に及び、玄関まで伸びていた。
ここまですると、地味な芸でもすごい。
「すごいすごい!」
喜ぶ真赤に、翼もつい
「すごいな」
人間の限界のない惜しまぬ努力を思わず賛美する。
冥月は、ただ一瞥して言った。
「役に立つのか」
レンタルビデオ屋店員の限の役に立たないことだけは明白だった。
大広間には続き部屋があり、そこで草間は一服していた。
そこへ、浴衣をゆるく着ている冥月が入ってきた。
「いたのか」
まず一言。草間の頭の中に、一瞬ポロリが過ぎる。
実際見えそうで見えない状況だった。
「お前、胸が膨らんでるぞ。病気か……」
いつものノリでそう言うと、冥月は自分の胸を見てから、ははーんとニヤリと笑った。
「なんだお前。人を男だなんだと散々言いながら、私に興奮しているのか」
草間は言いよどむ。
冥月は女らしい微笑で魅惑的に笑いながら、そっと近付いてくる。
「触るか、おい」
事実冥月は女性なので、触らせてもらえるならラッキー☆なのだが、問題はそれだけではない。偶然触るのと、わざと触るのとでは雲泥の差がある。
草間は鬱陶しそうに身体を離した。それでも冥月はついてくる。二人はもみ合って、若い男同士がふざけ合っているような、そんな形になった。
そこへシュラインが襖を開けて入ってくる。
状況的に、草間が冥月を押し倒しているように見えなくもない。
「た、武彦さ……」
後退ったシュラインは、パタンと襖を閉めてどこかへ行ってしまった。
「こりゃあ、修羅場だな。草間」
「知るか。お前が招いたんじゃないか」
草間は口にくわえていた煙草を手に持ち、灰皿を片手に部屋から出て行った。
「なんだ、続きはないのか。つまらん奴だ」
冥月はいつもの口調で草間の後姿に問いかけた。
答えは帰ってこなかった。
宴会場へ帰ると、ちょうどシオンがCASLLにジャーマンスープレックスをかけられているところだった。
「何があったんだ?」
勇介に聞くと、勇介は人形のような顔で
「シオンが脱ぎだしたので、CASLLさんが止めに」
「なんか、メキメキ言ってないか」
「ときめき」
旭がそう誤認して言ったので、草間はやる気をなくした。宴会は念願の野球拳をする前に終了し、男性陣は部屋へ戻ることになった。
ぼんやりと「ポロリ」とつぶやいた草間に、通りすがりの松竹が声をかける。
「ポロリですか? ありますよ、とっておきのが」
「えええ!」
全員が松竹に迫る。松竹は腰を引かせながら、ポロリのあるところまで草間達を案内した。
松竹が扉を開ける。
そこには、灰色の人形が立っていた。丸い耳、青いズボン。灰色の肌。
「ま、まさか」
「にこにこぷん(お母さんといっしょ)のポロリ?」
胸がポロリと零れ落ちるエピソードを待ち望んでいた半数の男と、ポーランド限定ロッキー山脈発リンゴ味だと思っていたお菓子三人トリオもがっくりと肩を落とした。CASLLを除いた全員が、ポロリの前で真っ白になっている。
「私のおかしが、私のおかしが」
シオンがぶつぶつと口走る。
「ポーランド限定ロッキー山脈発リンゴ味ポッキーなんてなかったんだねえ」
いかにも残念という顔で、泣きそうに風太が言った。
「まさか、ポロリが出てくるとは……」
「こういうオチってなしだろ」
「鼻血まで出したのに」
「……結局こういうオチかよ」
草間、雛太、限、勇介の順だった。リオンは途中参加にも関わらず、あまりのショックに口も利けないらしい。
女性陣が大挙してやってくる。皆ポロリを覗き込んで
「あー、懐かしい! ジャジャマル、ピッコロ、ポロリ! にこにこぷんね」
ごく一部の年代にはメジャーな着ぐるみなのであった。
シュラインはポロリの前に回って笑いを洩らした。
「あらやだ。ポロリでさえないわ。あれね、きっと問題があるから似せるだけにしたマスコットなのね」
なるほど前に回ってみると顔の部分がくり貫いてあり、耳を通して鼻に装着するのだろう鼻もついている。
翌朝。シオンは元気よく、男風呂の山の面に穴を掘り始めていた。もちろんCASLLも一緒である。昨日、影で温泉を引き当てられるという冥月に頼んで掘れば出る箇所を教えてもらったので、意気揚々と掘っていた。
雛太も眠たい身体を引きずって起き、姉御と呼んでいるシュラインから言い渡されたHP作成に取り掛からねばならなかった。シャクなので風太を無理矢理起こしてみる。
限は昨日のカツラ剥きが認められ、厨房での仕事となった。
リオンはヘリコプターで自分が壊したところを、日曜大工で直している。
寝ているのは草間と勇介だけだったので、スティルインラブのメンバーはこの幽霊なのか人間なのかイマイチ理解できない勇介に、リアルメイクを施して遊んでいた。
ついでに隣に寝ている草間の鼻にもチョコボールを詰めてみた。様子を見にきたシュラインは、小言も言わず仲間に加わり、昨日の恨みもあったのか一つの鼻に六つものチョコボールを詰め込んだ。恐るべし、女の執念。
勇介は起きたあと、廊下を歩いていたら、まず雪森・雛太に訝しげな視線を浴びせられ、次に限に意味深長な笑みで肩を叩かれ、旭に「下克上ですね」意味不明なことを言われ、挙句CASLLに出会ったらいきなり「なめてんのかコラー! 怖いんじゃボケ!」と横っ面を思いっきり殴られた。鏡の置いてある廊下のベンチスペースで、化粧がやけに濃い女の人に遭遇した。
「あなた化粧濃いですね」
そう言ったのが自分自身だと気付くのには数十秒の時間を要した。
因みに草間はリオン同様にチョコボールを取り除くため、耳鼻科へ急行した。
スティルインラブのメンバーは、マミが温泉を掘ることにしていたので他のメンバーで部屋を掃除模様替えをしようとなった。そこに他の女性陣や暇を持て余している旭と風太も参加することになった。
その間に、冥月は松竹に
「他人に頼っている時点で先はなかろう」
と忠告しに行っており、そして翼も松竹と厳しい話し合いをしたようだった。
仲居は指示通りに働き、部屋は片っ端からとりあえず最低限きれいな空間を取り戻していく。
スティルインラブの部屋は、ファンシーアンドクールアンドヘビメタ……がテーマのようだった。まったく統一感はないが、まあ個性は出ていてよろしい。
シュライン達の部屋は非の打ち所もない完璧なレトロ調を押し出したもので、なかなかよくできていた。
そして驚くべきは旭の部屋だ。旭と風太という天然コンビが担当した部屋は、何故か広々としていて、ひどく豪華だった。窓まで数メートルしかないというのに、数十メートルあるような気になる。
そうして一歩踏み出したシュラインは、ゴスと板に頭をぶつけた。
……騙し絵だったのだ。
「旭さん、こんなくだらない技術どこで学んでくるの」
心底呆れながら聞くと、旭は素直に答えた。
「医学部卒ですから、私」
「全然関係ないです、それ」
「そうですかあ?」
風太が不思議そうにシュラインと旭を見比べている。
限が穴を掘っているシオンとCASLLに魚釣りを頼みに行った。
ちゃっ! とシオンは槍を持つ。しかしCASLLはクーラーボックス以外何も持っていない。海まで出た二人は、シオンは槍でCASLLは熊のように素手で腕を素早く中に入れ、魚を砂浜に放り投げている。まさしくワイルドな男だ。
魚釣りは順調に終わり、たくさんの魚を抱えたクーラーボックスを抱えたシオンは先に帰った。CASLLはどこかで土産でも買おうかと街をウロウロしていた。
しかし、三メートルごとに声をかけられる。
「あのー、職務質問よろしいですか」
一応答える。
「チェーンソー持ち歩くのはやめた方がいいと思います」
「持ってないですけど」
チェーンソーの似合う男とは言われるが、仕事以外でチェーンソーを持つ機会なんかない。
それを何度も繰り返した後、強引な刑事が厳しい顔つきでCASLLに告げた。
「嘘はだめです。ちょっと署までご同行願えますか」
散々である。
旅館では、より強いインパクトを求めて相談会が開かれていた。
「あたし等がライブやるってどうよ」
「え、でもメンバー足りないし」
真赤の意見にまさおが口ごもる。「ドラムがいてくれればいいんだけど」
ちょうどシオンの魚を玄関まで迎えに行っていた限が通りかかり、「俺、ドラム叩けますけど」そう言ったので、スティルインラブのライブは翌日決行が決まった。
それに異を唱えたのが旭だった。
旭はアバンギャルドな相撲を開催した方が客が入ると言い出したのだ。
「うちのライブより人が入るなんてこたあありえねえよ」
真黒が心外そうに言ったが、旭は引き下がらない。
「じゃあ、ぶつけてみましょ。どっちのお客さんが入るか競争です」
「受けてたとうじゃんか」
たまたま聞いていた雛太は、そうかこれもHPに書いておこうといそいそとHP更新へ向かって行った。
CASLLが戻った頃、お魚は上手に調理され、リオンの修復工事も終わり、HPはようやくアップしたばかりだった。そして、シオンの掘っていた温泉は水が出た。
「出ました!」
大喜びのシオンだったが、それはどうやら水のようで、しかもあろうことか水道管を突いて出た水らしいことがわかった。しゅん、と小さくなるシオン。だが、風太がいた。実は風太、水の養分や水質を変えることのできる不思議能力を持っているのだ。
シオンの落ち込みようを見ていた雛太が、風太を連れてくると、飛び出してくる水道水はあっという間に温泉になり、シオンの掘った穴には温泉がたっぷりと溜まったのだった。
「よかったねえ、シオンさん。雛っちも」
「俺は関係ねえよ」
その知らせは隣の山を掘っていたマミにも届き、マミは失意のまま部屋へ帰ったという。
雛太の作ったHPの反響は異常だった。
スティルインラブがライブをするというだけで、の売り上げなのか、まさか旭の企画したアバンギャルド相撲のおかげなのか、それとも雛太がゴーストネットオフ用に書いた『いつでも金縛りにあえる、幽霊と戯れる旅館』という詐欺一直線のキャッチコピーが当たったのか、電話とメールで明日の旅館はすぐにいっぱいになり、イベントではなく怪奇目当ての客もあとを断たず、予約は三週間先まで埋まってしまった。
「姉御」
シュラインは明日のプランニングを考えているようで、机に向かって座っていた。
「どうしたの、雛太くん」
「実はよう。俺、つい書いちゃったんだよね」
「つい?」
「『いつでも金縛りにあえる、幽霊と戯れる旅館』って。ゴーストネットオフに書き込んだんだよそしたら、その予約がいーっぱいきてて」
シュラインは目をつりあげる。
「詐欺よ、それは。立派な」
「いやだからよ、それをどーにかできないかと……」
「幽霊旅館にするってこと?」
「そういうことで」
シュラインは顎にボールペンの先を当てて考えていた。それから仕方がなさそうに立ち上がって
「旭さんに頼むのが無難ね」
「あれにかよ!」
「だってしょーがないじゃない。術者は一応彼だけでしょう」
旭は厨房で油を売っていた。シュラインが捕まえて事情を話すと、「ええ、いいですよ」と言ったあと「草間さんが生タマゴ一気飲みしてくれるなら」と条件を付け足した。
雛太もシュラインも他人事だったので、簡単に承諾した。
旭は二人を連れて外へ出て、鬼門と呼ばれる方向以外のところに、次々と聖書を破って念を唱えながら貼って行った。あちこちにそれを貼り、それが終わると旭はいつものように曖昧に笑顔を見せた。
「これで、あの旅館は断末魔で溢れます」
雛太は、やっぱりこいつに頼むんじゃなかったと心から思った。
ライブと相撲の日。
大広間の人は溢れ返っている。
ライブの音はどこまでも響き、古い旅館を揺らしていた。そして又、「赤コーナー」で始まる斬新な旭の相撲も別府小学校の力士を連れてきて、盛大に行われている。つまり、ライブをBGMに相撲がなされている状態である。
最初はよかった。……のだと思う。たぶん。
耳鼻科から帰ってきても、ずっと鼻が痛い草間は、ライブを見ている人口の多さと揺れる床とでひやひやしていた。しかも、向かいでやっているのは相撲である。あっちもともかく揺れるのだ。
そして、幕は下りた。
終わったのではない。旅館の床が抜けたのだ……。
それはもう、ベキベキベキと大きな音を立てて、草間を飲み込むように抜けたのだった……。
――エピローグ
金持ちリオンがいたおかげで、旅館はリオンが金に物を言わせて早急に作り変え、結局オーナーはリオンということになったらしい。
帰る朝、スティルインラブのメンバーは朝風呂に入った。
真黒が湯の中から、マミの掘った穴の方向を突然指差す。
「覗き発見!」
バスタオルを身体に巻きつけて、穴を見ると、中には例のポロリが入っていた。ポロリの中の人間だろうと引きずり上げて調べたのだが、そんな奴は入っていなかった。
まさおの顔色がいっそう悪くなる。
「幽霊が、憑いてたとか?」
「まさか」
真黒が否定した。
しかし実際、結界を貼ってあったらしい自分達の部屋以外からは、毎晩断末魔が聞こえてくる状態だった。本当に、ここには幽霊がいる。
全員揃って外へ出ると、誰も入っていない筈のポロリが見送る松竹達の後ろから手を振っていた。
それを見ていた翼が、ぼんやりと言う。
「武彦、お前の生霊がついてるぞ」
「え」
雛太は「ああ」と納得した後「ポロリに拘りすぎてたんだよ、おっちゃん」
「ええ」
草間は親近感を持ってポロリを見た。
ポロリは女風呂を覗き続けていると言う話である。
――end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2164/三春・風太(みはる・ふうた)/男性/17/高校生】
【2352/里見・勇介(さとみ・ゆうすけ)/男性/20/幽者】
【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23/大学生】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【2849/松田・真赤(まつだ・まあか)/女性/22/ロックバンド】
【2863/蒼王・翼(そうおう・つばさ)/女性/16/F1レーサー兼闇の狩人】
【2865/宮本・まさお(みやもと・まさお)/女性/22/ロックバンド】
【2866/村沢・真黒(むらさわ・しんくろ)/女性/22/ロックバンド】
【2869/八重咲・マミ(やえざき・まみ)/女性/22/ロックバンド】
【3171/壇成・限(だんじょう・かぎる)/男性/25/フリーター】
【3356/シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)/男性/42/びんぼーにん 今日も元気?】
【3359/リオン・ベルティーニ/男性/24/喫茶店店主兼国連配下暗殺者】
【3383/神宮寺・旭(じんぐうじ・あさひ)/27/男性/悪魔祓い師】
【3453/CASLL・TO(キャスル・テイオウ)/男性/36/悪役俳優】
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■ ライター通信 ■
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「ドッキリ!ポロリ!幽霊だらけの温泉旅館」にご参加ありがとうございます。
ドッキリライターの文ふやかです。
ハチャメチャでごめんなさい! 許してください!
今回も怒涛の大人数で、本当はやりたかったギャグが五本ぐらい手元にあります。全員のキャラクターが出ているかとても不安です。。
ともかく、全力で書かせていただきました。
本当にお目汚し失礼しました。
今後はこれに勉強して、大人数は避けようと思います。
こりずに参加していただけると嬉しいです。
プレイングが全てこなせなかった方々、本当に失礼しました。申し訳ありませんでした。
なんとかお気に召していただければ、幸いです。
では、次にお会いできることを願っております。
ご意見、ご感想お気軽にお寄せ下さい。
文ふやか
※今回は個別通信を書く余裕がなかったので、割愛させていただきます。
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