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<PCシナリオノベル(シングル)>


狙われた瞳



 少女は、自分の目が嫌いだった。
 左右で色の違う瞳。
 金銀妖眼。ヘテロクロミア。オッドアイ。
 言い方はいくらでもあるが、ようするに異相である。
 見る人によっては、神秘的だとか魅力的だとか感じるかもしれない。
 だが大多数は、ぎょっとしたように見返す。
 その視線にも、もう慣れてしまった。
 彼女の名は水鏡千剣破。
 黒い髪。
 白い肌。
 そして、黒い右目と青い左目。
 代々続く神職の家系の出身で、金銀妖眼はときに発現する。
 遺伝子の悪戯なのか、あるいは崇められている龍神の血のせいなのか。
 千剣破には判らない。
 判りたくもない。
 子供の頃から嫌いだった。他人と違うから。
 この国では、違うということが悪。
 みんな一緒。みんな同じ。
 名前がひとりひとり違うように、個性だって異なるはずなのだが、極東の島国ではそういう発想はしない。
 たとえば逆上がりができないのは、個性ではなくて劣っているから。
 たとえば体が不自由なのは、個性ではなくて劣っているから。
 たとえば学校よりもファッションに興味を持つのは、個性ではなくて劣っているから。
 最も悪い意味での横一線。
 上にも下にも抜け出せない。
 もちろん容姿だってそうだ。
 千剣破の金銀妖眼も例外ではありえない。そして、大人よりも子供の方が容赦がなく残酷なものだ。
 変な目。
 バケモノ。
 気持ち悪い。
 何度言われたか、憶えていることすらばかばかしい。
 それなのに‥‥。
「‥‥アンタ、綺麗な眼だな」
 と、言われた。
 新宿駅の雑踏。
 不意にかかった言葉。
 立ちすくむ千剣破。
 それが、午後の出来事だった。


 そしていま、千剣破はホテルの前にいる。
 右手には紙切れ。
 エイラム・ヴァンフェルと名乗った男に渡された。
 無礼きわまる招待状。
 普通なら無視するだろう。
 どんな危険があるか判らない。
「なんできちゃったんだろ?」
 小首をかしげる。
 我ながら、意味不明な行動だ。
 相手は、あるいは、いま世間を騒がせている連続殺人犯なのかもしれないのに。
「でもまあ、なんとかなるかっ」
 明るく言い放って指定されたスイートルームへと向かう。
 このあたり、わりと深刻な過去を持っているくせに考えなしだ。
 まあ、自分の戦闘力に自信がある、という事情もある。
 幼い頃から戦巫女としての修行を受けているのだ。
「そんじょそこらの相手には負けないんだからっ」
 ガッツポーズ。
 誰に言っているのかはわからないが、これが招待を受けた理由の根底に流れている。
 仮に相手が殺人犯だったとしても、渡り合うだけの自信が千剣破にはあった。いっそ捕縛して警察につきだしても良い。
 むろん、それがまったく勘違いで、単純に自分の瞳を美しいと言ってくれただけなら、ちょっとくらい時間を割いて話をしたってかまわない。
 扉の前で息を吸い込み。
 軽くノック。
 しばらくして、ドアが音もなく開き、昼間の男が顔を出す。
 微笑。
 誘うように。


 豪勢な部屋だった。
 なんというか、
「一生のうちに一回くらい泊まりたいって感じ?」
 千剣破が内心で呟いたほどである。
 一泊二〇万円くらいだろうか。
 庶民には、なかなかなかなか手が届かなそうだ。
「ま、くつろいでくれ」
 クッキーと紅茶などをテーブルに並べ、エイラムが言った。
「ありがとう」
 にっこりと笑う千剣破。
 オカネモチに弱いのは、なにも彼女だけではない。
 こんな立派な部屋に泊まっている人間にフレンドリーな対応をされれは、たいていは警戒感を薄れさせてしまう。
 しかも、巧みな話術で楽しませてもらったりしているのだ。
 急速に親和力が増してゆく。
 その瞬間まで。
「あ‥‥れ‥‥?」
 ぐらり。
 千剣破の視界が揺れる。
「どうした?」
 エイラムの声も間延びして聞こえる。
 まわりだす視界。
「なんだろ‥‥?」
 身体に力が入らない。
 いったいなんなのだろう。
「知りたいかい?」
 男の顔に笑顔が浮かんでいた。下級悪魔すら鼻白みそうな、邪悪な笑みが。
「アンタが飲んだ紅茶に、睡眠薬が入ってたのさ」
「なん‥‥で‥‥」
「アンタの眼が欲しいんだよ」
 近づいてくる。
「や‥‥こないで‥‥」
「俺の人形に、アンタの目を移植するのさ」
 くくく、と、笑う。
 クローゼットの扉が開き何かが出てくる。人形というよりフレッシュゴーレム(屍肉人形)だ。
「ひ‥‥」
「いい目だろ? お前にこの目を入れてやるからな」
 見えているのかいないのか。
 ゾンビが歓喜の表情を浮かべる。
 動かない四肢を懸命に動かし、千剣破が逃げようとする。
「へへ‥‥痛くはしないさ」
「やだ‥‥」
 こわい。
 心臓が破裂しそうだ。
 訓練と実戦はまったく違う。そのことを千剣破は思い知らされていた。
 睡眠薬の効果を考慮に入れなくても、動くことすらままならない。
 これが、本当に命のかかった場面なのだ。
 エイラムの手が伸び、少女の頭を掴もうとした。
 が、それは空を切る。
 千剣破が椅子ごと後ろへと倒れ込んだからだ。
 男が笑う。
 往生際の悪いことだ、と、思ったのだろう。
 事実、倒れてしまえばそれ以上敏速に動くことなど、できるはずもない。
 もったいぶった死神のように近づいてくるエイラム。
 覆いかぶさる。
 瞳に触れそうになる指。
「いやぁぁぁああ!!!」
 千剣破の悲鳴。
 その時、部屋に異変が起こった。
 天井のスプリンクラーが、勢いよく水を放出する。
「なんだっ!?」
 驚くエイラム。
 むろん、千剣破も驚いている。
 何が起こったのか判らなかったが、じつはこの現象を引き起こしたのは彼女自身だ。
 青い左目に宿る竜の力。
 それが暴走しているのである。
「へへへ‥‥アンタすげぇなぁ」
 一瞬怯んだエイラムだったが、ゾンビとともにふたたび近づいてくる。
 千剣破の瞳を見る目は、よりいっそうギラギラしていた。
 それもそのはずで、いま、彼女の左目は神秘的な青い輝きを放っている。瞳に執着するエイラムが興味を示さないわけがない。
 よろよろと立ちあがる千剣破。
 力の発現により、どうやら薬物の影響は薄れてきたようだ。
 荒い息をつき、殺人鬼とゾンビを睨む。
 天井から降る水が、生あるもののように千剣破を取り巻く。
 竜とは、水を操るもの。
 ときに神と崇められ、ときに悪魔と恐れられる。
「しゃっ!」
 エイラムが動く。
 右から弧を描くように。
 そして反対方向からはゾンビが。
「いやぁっ!」
 それに対して、千剣破は冷静な対応ができたわけではない。
 ほとんど条件反射だけでチカラを使う。
 水が、無数の鋭利な刃物となって、エイラムとゾンビを切り裂いてゆく。
 否、敵だけではない。
 少女の身体にも無数の小さな傷が刻まれる。
「く‥‥」
 後退する男。
 このように常軌を逸した攻撃をされては、近寄ることも容易ではない。
「はぁはぁ‥‥」
 千剣破の息が上がりはじめた。
 強大な力を長時間使い続けるのは大変だ。
 いずれは力尽きるだろう。
 その時こそ、エイラムたちにとって最大の好機になるはずだが、
「ホテルの連中が駆けつけるのとどっちが速いかな」
 内心で、男が呟く。
 スプリンクラーが作動してから、そろそろ二分が経過しようとしている。
 千剣破にとっては永遠にも等しい時間だったが、まだそれだけしか経っていないのだ。
 しかし、ホテルマンなり消防なりが駆けつけるまでのタイムとしては充分すぎる。
 この程度の計算は瞬時にできるエイラムだ。
 もしこの場を第三者が見たらどうなるか。
 ゾンビがいて、他二人も怪我をして血を流している。
 どう考えても剣呑な状況である。
 となれば、
「へへ‥‥今は退いてやるよ。でも、近いうちに必ずその眼をもらうぜぇ」
 身を翻す。
 ようするに逃げを打った。
 後に続くゾンビ。
 やや呆然と、千剣破がそれを見送る。
 先ほどとは違う意味で、何が起こったのが判らなかった。
 彼女がそれを理解するのは、もっとずっと後、冷静に思い出せる状態になってからのことである。
 今は、ただ立ちすくむだけだ。
 切り裂かれたカーテン。
 濡れそぼった部屋。
 近づいてくる複数の足音。
 どこか他人事のように千剣破は聴いていた。
「あんたなんかに‥‥負けない‥‥絶対に負けないんだから‥‥」
 呟く。
 それはエイラムに対しての言葉か。
 あるいは、龍神の力に対してか。
 烏の濡れ羽のような黒い髪から、ぽたりぽたりと水滴がしたたっていた。


  エピローグ

 連続殺人犯は、まだ捕まっていない。
 あの日、警察の事情聴取を受けた千剣破だったが、怪我をしていた事もあって、それはあまり深いものではなかった。
 あっさりしすぎていると思ったほどだ。
 殺人未遂事件なのに。
 内心で首をかしげつつも、千剣破はある意味で感謝している。
 警察につきまとわれては修行の妨げになるから。
「あたしは負けない。もっともっと強くなってみせる」
 今は、強くなりたい。
 二度とあんな醜態をさらさないように。
「この力だって、制御してみせる」
 それは、決意。
 乗り越えるための壁。
 風は、吹きはじめた。
「次こそ、ほんとの勝負よ」
 挑戦的な光が両眼に宿る。
 見上げれば初夏の空。
 成層圏の青が、左目に映り込み。
 より鮮やかに輝かせていた。











                       おわり