コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


欄干の向こうにある彼岸

■ 序 ■

「お邪魔しまぁす。中田さぁん?」
 微妙に間延びした口調で挨拶をする。その声の主は藤森 耕太という名で、この事務所を度々訪れる、いわば常連客である。
彼は無遠慮にデスクの椅子を二つ引くと、その一つを一緒にやってきた少年へと向けた。
「すまぬ」
 藤森に椅子を勧められた少年はそう述べて、ゆったりとした動作で椅子に腰をおろす。
「それにしても、いつもながらあんまり片付いてないとこっすよね」
 自分も椅子に腰を落ちつかせると、藤森は見慣れた事務所の中をぐるりと見渡した。

 ここは三上事務所。
例えばオカルトな現象に悩まされている物件だとか人物だとか。あるいはそういった事象が絡む事件だとか。
そういった事の裏側にある情報を調べ、それを必要としている客へと渡す。それが三上事務所の業務内容だ。
つまりはオカルト情報を調べるのが業務とでもいおうか。そういった胡散臭い事務所ながらも、なかなかどうして依頼客は切れ間なくやってくる。

「しかし、藤森。このような事務所と藤森が繋がっていたとは、俺は聞いていなかったが」
 藤森と共に事務所を訪れた少年の名は北条 瑞穂。一見すると藤森よりは年下なのだが、その実はかなりの齢である。
北条の言葉に「んあぁ?」と欠伸を交えた返事を返し、椅子の背もたれに背中を預けて思いきり伸びをした藤森の視界に、憮然と腕組みしている少女の姿が映った。

「これ、藤森。懲りずにまた入り浸りおって。ここは休憩所ではないのだと、何度も言うておろうに」
 少女は腕組みをして眉根を寄せ、大袈裟なため息をついている。
「可南子さん、お邪魔してまっす。いやさあ、ここに来ると、いつもオカルトな事件と絡めるじゃないっすか。面白いんだよねぇ。それにほら、俺、どうしても解きたい謎もあるしさ」
 藤森は少女の怒りにも悪びれることなくそう言い放ち、口の両端を引いてニッカリと笑った。
 こういったやり取りになれているのか、少女は眉根に寄せていたしわを除いてから小さく嘆息し、藤森の向こうに姿勢良く座っている北条に目を向ける。
北条は少女の視線に気付くと小さく頭をさげ、金色に光る印象的な瞼を軽く伏せる。
「……藤森。おまえ、良い御方を連れてきてくれやったの。……なにぶん雑な場所ではありますが、ごゆるりとされていくがよい」
 不慣れな敬語を使って北条に会釈すると、可南子は事務所の奥へと姿を消した。
 その入れ替わりに姿を見せたのは、少女とは打って変わった雰囲気を持った中年男。
男は額の汗を忙しくふき取りながらやってきて、二人の姿を見とめると、いやいやいやと独り言を言いつつ藤森に近寄った。
「いらしてたんですか、藤森さん。いやいやいや、いらっしゃると分かっていたら、水羊羹の一つでもご用意しておりましたのに」
 ハンカチで汗を拭う手を忙しく動かして笑う男に、藤森はニッカリと笑ってみせた。
「どう? なんか面白そうな依頼とかきてないっすか?」
 中田はううんと低く唸ってみせると、ふいに北条の方を見た。
「そういえば、そちらの方はお初ですね。藤森さんのご友人で?」
 北条は小さく頭をさげつつ、中田の頭髪に目を向ける。
中田の頭の上には、百歩譲って考えてみても、やはり不自然としか思えないような頭髪が乗っている。
「うん、俺のトモダチ。北条って奴なんですよ。どうでもいいけど中田さん、お初って言い方ってどうっすかね」
「……どうも」
 藤森の紹介をうけ、短い挨拶を述べる北条に、中田は満面の笑みを浮かべつつ頭をさげる。
「ああ、落ちますよ」
「はあ? 何がでしょう?」
 北条の言葉に首を傾げながら机に座ると、中田は一枚のメモを手にとって机に置きっぱなしだったペットボトルの蓋に手をかけた。
「依頼といえば、この後お客さんがお見えになるんですがね、藤森さん」
 中田の言葉に身を乗り出して、藤森は椅子を小さく軋ませた。
「仕事の依頼だよね? 俺ら手伝っていいっすかね?」
 そう言って北条の顔を確かめる。北条は友人の目に視線を合わせると、うんと首を縦に動かした。
「はあ、それはもちろん。……ですが今日はもう一方お手伝いしてくださるって方が……ああ、おいでになりましたね」
 中田が椅子から立ちあがる。二人は中田の目線の先に顔を向け、そこに立っていた男で視線を止める。

 明らかに高級なものだろうと思われるスーツに身を包んだ銀髪の男。男は彼らの視線に気付くと柔らかな微笑みを浮かべ、かすかに小首を傾けた。
「いやいやいや、このような場所までわざわざ、ありがとうございます」
 杖をついて歩く男に走り寄ると、中田は男を奥の応接室へと案内していった。

「ああー、俺あのひと知ってるかもしれないな」
 応接室のソファーに座る男の背中を見やりつつ、藤森がぼそりと呟いた。
「新聞で見たんだな、きっと。確か……」
「リンスター財閥の総帥、だったか」
 藤森が言葉を終えるまえに、北条がぼそりとそう告げた。

 果たしてやってきたのは確かにリンスターの総帥。名をセレスティ・カーニンガムという。
セレスティは三上事務所が入っているビルのオーナーの知人だったらしく、面白そうな事務所が入っているという話を聞き、やってきたのだという。
「突然お邪魔してしまい、申し訳ありません。お忙しくはなかったですか?」
 セレスティはそう述べて青い瞳をゆったりと細めた。
 セレスティが腰掛けているソファーの後ろでは、藤森と北条が、引っ張ってきた椅子を軋ませながら座っている。
「いやいや、確かに切れ間なくお客さんはいらっしゃいますけどもね、それでも呑気なところですよ。今日はこれからお客さんがお見えになるそうなんですが」
 インスタントのコーヒーをカップに注ぎ入れ、それを三人に差し伸べながら中田が笑う。
「そうそう、どんな依頼なんすか?」
 藤森が口を挟んだのと同時に、誰かが事務所の扉を叩く音が響いた。

「この場所にある橋に関する事実を調べていただきたいのです」

 客人はそう言うとおもむろに地図を広げてみせた。
二十代後半といった年頃だろうか。神経質そうな瞳は黒く切れ長で、明らかに脆弱そうな白い肌が華奢な体躯を際立たせている。
「橋、ですか?」
 中田がそう返すと、依頼人は深くうなだれて低い唸り声を吐き出した。
「で、その橋がどうなさったんですか?」
 広げられた地図に目を落とす。それは、都内I区の一画のものだった。
「この橋で行方不明になった者が数人いるんです。……彼らがどこに消えたのか、調査してほしいんです!」
 
 聞けば、その橋は比較的古くからあるもので、手すりとして造られた欄干の模様が見所となっているらしい。
しかしいつからか、その欄干から川の向こうを覗き見ると、そこには彼岸――つまり冥土が見えるのだという噂が立ち昇りはじめたという。
そしてその彼岸を覗き見てしまった者は皆、死者の手によってさらわれてしまうのだという。
「僕の婚約者もそこを覗いてしまったらしく……一週間前から行方不明なんです」
 男はそう言うと力なく座りこみ、呆然と目を見開いたままになってしまった。

「欄干から覗ける彼岸、のぅ」
 いつのまにかそこにいて事態の流れを見ていた三上可南子が、テーブルの上の地図を手に取った。
「まぁ、良いじゃろう。調べておいでな、中田。どうせ暇なのじゃろ?」
 三上はそう言って中田の顔を見やり、妖しげな紫の瞳をニタリと緩ませた。
「ハァ、ちょうど先日まで受けていた仕事がひと段落ついたところですし……ではちょっと調べてまいりますね。ええと、橋を調べればいいんで?」
 中田はそう返してから三人の顔を眺める。
「お力になれるかどうかわかりませんが、お手伝いいたしますよ」
 セレスティが笑ってそう言うと、藤森と北条がほぼ同時に立ちあがる。
「がっつり調べてくるしかないっしょ」
 藤森がそう述べて背伸びをすれば、
「橋は異なる世界と世界とを繋ぐものだとされているからの」
 北条が軽く頭を掻いた。

■ 調 ■

 事務所がある場所から調査現場までは地下鉄を一本乗り換えて約45分ほど。
電車内で四人はどのように調査をしていくかを話し合い、現地最寄りの駅で降りると早々に図書館を目指した。
「でもさあ、昔っから橋の下はあの世とこの世の境目になってるって言うっすよね」
 駅を出て図書館までの道のりを確認した後、自動販売機で小さいお茶のボトルを買いつつ、藤森が三人を見やる。
藤森の言葉にフムと頷いたのは北条だ。
「橋が彼岸に繋がっているという話は古くから存在しているな。かの高名な陰陽師も、使役していた鬼を橋の下に住まわせていたというではないか」
「今回のはどうなんすかねえ。……ねえ、中田さん」
「はあ、私にはどうにもこうにも」
 中田はのらくらと応え、自分の頭髪を目掛けて伸びてくる藤森の手からするりと逃れる。
「俺としては、中田さんのそのヘヤーが絶対的な謎に思えてならないんだよねえ」
 中田の頭髪を掴み損ねたことに小さな舌打ちをした後、藤森は視線をセレスティに向けた。
セレスティはゆっくりとした歩幅で三人の後ろを歩いているが、藤森の視線に気付くと穏やかに微笑み、かすかに小首を傾けた。
「欄干の模様というのはどういうものなのでしょうね」
 笑みを浮かべながら話すセレスティに、北条が応える。
「例えば花であるとか鳥であるとか、そういったものの彫りではないか」
「まあ、とりあえずは行方不明になってるって人の噂とか、情報なんかを調べてさ」
 空になったボトルをゴミ箱に放り投げ、藤森が大きな欠伸をした。
「終わったら皆で飲みに行こうよ。俺、いい焼き鳥屋を見つけたんだよね」


 一行は図書館前で一度解散し、それぞれに思うところを調べてみることにした。
中田は面々を順に眺めてから何やら慌しく動いてみせると、三人の内の誰に告げるとでもなく言葉を発しはじめた。
「ええと、あたしは橋の建築を請け負った会社のほうをあたってみますね。あとは、現場近くの人達からお話を伺えたらメモしておきますし」
 のらくらとそう告げて何度も頭をさげ、今来た道を再び戻っていく。
「中田さんはどうなさったんでしょうか」
 中田の背中を見送りつつセレスティが小首を傾げる。
「あのひとはいっつもあんな感じっすよ。じっとして調べ物をするよりも、足を使って調べるほうが向いてるとかで」
 藤森が応え、コキコキと首の骨をならした。
 
 それから約30分ほどした後に三人は再び図書館の入り口で待ち合わせ、それぞれが調べてきた事柄を報告しあった。
 セレスティと藤森はパソコンを使って。北条は機器類の扱いがあまり得意ではないとのことで、書籍を担当することになった。
「俺は行方不明者が出てるって噂とか調べてみたんだけどさ、噂を使って失踪したひととか結構いるらしいっすよ。だから実質、橋で向こう側に引っ張られたっていうのは数少ないみたいっす」
 パソコンを使って検索してきた藤森が、頭を掻きながら述べる。
「あと橋を調べててわかったんすけど、あの辺は昔処刑場だったみたいで」
「それは俺がみた本にも載ってたな。川の脇がそうだったのだろう?」
 北条が片手を持ち上げて口許を隠しながら頷く。
「私は地域に関する掲示板を回ってみたのですが、実際には面白半分で欄干を覗いたことがある方は結構おいでのようでした」
 手にしている杖を持ち替えてそう告げるセレスティに、藤森と北条が視線を注ぐ。
「結構いる、っていうことは、何事もなく戻ってきたひともいるという?」
 口許を隠したまま、北条が金色の目をゆっくりと細めた。セレスティは北条の顔を見据えて深く頷き、小さな笑みを浮かべて言葉を続ける。
「その場で連れていかれる、覗いたその日の夜に連れていかれる等々、噂は数あるようですが、実際にそれを実行しても何も見えなかったと主張するひとの数のほうが多いようなんですよ」
 視線をゆっくりと北条から藤森へと移しつつ告げるセレスティに、藤森がニッカリと笑ってみせた。
「そういう情報はやっぱり地域型ってことっすかね。中田さんももう橋に来てるみたいだし」
 ポケットにしまってある携帯電話をポンポンと叩きながら笑う藤森の言葉に、二人は頷き、足を進め始めた。


 欄干模様は川のほとりに咲くアヤメをモチーフにしたもので、それ自体はよく見られるようなものだった。
それほどに大きいわけではない橋は車の通りも少なく、しかし人通りはそれなりに盛んであるようだった。
 橋に着いたときはまだ中田の姿も見えず、中田が来るまではと、三人はそれぞれ橋にもたれかかったりしていたが。
「しかし、欄干から向こうを見やると死者に招かれるなどという話……」
 ひとしきり思案にふけっていた北条が小さなため息を一つつく。
「聞いたことがないな」
 ひどくあっさりと続けられた言葉に、藤森が大袈裟な嘆息を洩らす。
「妙な期待させるなっつうの。まあともかく、俺らも覗いてみれば分かる話っしょ」
 言うが早いか、欄干の模様に顔を近付けようとする藤森を止めたのは、のんきな中田の呼び声だった。

「橋を建設したという会社を訪ねてみましたよ。この近くの、小さな会社でしたが」
 中腰になって欄干から覗きこもうとしている藤森を目にとめ、意味なく何度も頷きながら中田は手帳のページをめくる。
「この橋が建立されたのは18年ほど前になるそうで。それ以前にあった橋は老朽化を理由にして取り壊されたそうなんですね」
「老朽化を理由に、ということは、それは建て前で、その実の理由があるということですか?」
 セレスティが問うと、中田はページをめくる指を止めて頷いた。
「以前の橋は約30年ほど前に造られたのだそうですが――つまり今の橋が出来るまでは20年弱ほどの利用ということになりますが。どうも以前の橋が出来たすぐ後に、欄干で首をくくった方がいらっしゃるそうなんですよ」
 説明しながら自分の両手を首に持っていき、吊り上げられた恰好を真似てみせる。
「自殺?」
 北条が問う。
「そう処理されています。ちなみに今回のこの橋を造られた会社ですが、6年ほどまえに潰れていました。社長や社員さん方も引越しされて、現在は連絡が取れません」
 北条の問いに応えると、中田はハンカチで額を拭い、恨めしそうに空を見上げた。
川を滑る風は涼を運んできそうではあるが、お世辞にも清涼とした印象を持つことの出来ない川からは、ただ温もった異臭が昇ってくるだけだ。

「この川が彼岸の川と繋がっているとしたら」
 北条がため息を交えて呟く。
「彼岸の川にも、空き缶の一つや二つ沈んでいるかもしれぬなあ」


■ 引 ■

 それはそうととにかく覗いてみようというのは、藤森の主張だ。
「理論で推察してもしょうがないっしょ。行動あるのみっていうし」
「……彼岸を見てみたいだけであろう?」
 北条が口を挟む。ニッカリと笑うと、藤森は何度か大きく呼吸を繰り返した後に、「それじゃあ」と告げて膝を曲げた。
それに続いて北条も膝を曲げ、欄干を覗きこむ。セレスティは中田と残り、二人の挙動を見守っている。
男が二人で欄干を覗いている様相は挙動不審な姿ではあるが、怪異な噂を持つ橋を通る人々の間ではめずらしい光景でもないのか、足を止める人影は一つもない。
いや、むしろ。
「……気がついていましたか? 中田さん」
 両手で持っていた杖を片手に持ち替え、セレスティがやんわりと告げた。
中田は首を傾げたが、セレスティはニコと微笑んで欄干を覗く二人の背中に目を向ける。
「彼らが欄干を覗き出す少し前から、橋の上には私達しかいないのですよ」

 ヒョウと風が一陣吹きぬけた。生ぬるく、湿度の高い風だ。

 ほどなく欄干から顔を離した藤森は、頭を掻きつつ隣の北条を見やった。
北条もまた欄干から顔を離し、藤森の顔を見据える。
「どうでしたか?」
 問いたセレスティを振り向くと、二人は同時に口を開けた。
「女の首を洗う男が見えた」
「……川でですか?」
 藤森が首を縦に動かす。
「武者みたいな男が……女の首は腐ってたみたいで……でも川の様子とかは、なんか違う感じだったよな」
「あれが彼岸というものか」
 北条がわずかに俯いて思案顔をする。
 二人の言葉を、中田はメモを取りつつ何度も頷き、聞いている。
セレスティは二人の言葉に頷くと、ついと片手を持ち上げて川の方を指差した。
「ほら、噂通りにいらしたようですよ」
 
 振り向いた藤森と北条の目に、欄干の模様からこちらを覗きこんでいるいくつもの目玉が映りこんだ。
目玉はニョロリと伸びたり縮んだりしつつ、やがて腕へと形を変えた。
「うわ、手だよ」
 驚きに半歩ほどさがった藤森を、セレスティが制する。
「引っ張ってみましょう。もしかしたらあちらに引きこまれた方々が、私達に助けを求めているのかもしれません」
「引っ張るって」
 無茶言うなと言い返そうとした瞬間、数本もの腕は藤森と北条を掴み、川のほうへと引きずりこもうとし始めた。
「藤森、やるしかなかろう。彼岸へ渡りたいのであれば別だが」
 北条はそう応えると足腰に力をこめ、掴まれている腕を力任せに引き上げた。
「彼岸か。行ってみたいけど、戻ってこれなかったらシャレになんないし……なあ!」
 藤森も北条を真似て腕を引く。

 釣りでもしているかのような行動は、しかしそれほど長くは続かなかった。
間もなく二人を引きこもうとする力はかき消えて、欄干から伸びていた数本もの腕はこちら側に引き出されるのと同時に霧散した。
後に、腕が霧散する際に、数人の若者の姿が見えたと藤森と北条は主張したが、実際に橋の上には彼等以外の姿は一つもなかった。


■ 結 ■

「つまり、こういう事だったのかの」
 依頼主が恋人と共に事務所をあとにしていくのを見やりつつ、三上可南子がフムと唸った。
「橋がある周辺は、昔処刑場があった。まあ首は川で洗っておったのじゃろうが。そういった逸話がある場所で、たまたま不幸にも死者が出た。それが発端で、彼岸と此岸が繋がり易い場を作り出しておった、と」
 可南子はそう告げ終えると机の上で頬づえをつき、長いため息を一つつく。
 おぼんに乗せたカップをカチャカチャ言わせながら入ってきた中田が、可南子の言葉を続ける。
「橋があちらとこちらを繋ぐっていうのは、あながち嘘でもなかったってことですかね。それを覗くっていうのは、つまりあちらを覗き見る行為になるわけですし」
 言いながら、カップをセレスティの前に置く。セレスティは笑みを浮かべて頭をさげると、銀髪を揺らしながら三上を見やった。
「まあ、不思議なことに、橋を覗きに行って不明になったという方々は、一人残らず戻っていらしたわけですし」
 中田は続いて北条の前にカップを置き、最後に藤森へとカップを差し出した。
「フム。それで、橋はどうするのかの? そのままにしておけば、これからもまた興味本位で欄干を覗き、向こうに連れて行かれる者も出てこようが」
 頬づえをついたままでそう問いた可南子の言葉に、北条が片手を挙げた。
「記念碑と称して、碑を打ちたてようということで決定済だ。さすればあちらとこちらを区切る境になろう」
 なるほどと頷く可南子に、セレスティが北条の言葉を継いで続ける。
「その上で、橋は新しいものへと造り直すことにしました。区に問い合わせたところそのような予算は取れないということでしたので、及ばずながら私が寄贈するという形で」
 軽く言い放って微笑むセレスティに、藤森が深いため息を洩らす。
「ほんと凄いんすから。総帥さんって見た目に似合わず、行動とか結構大胆っすよね」
 
 三人が調査に訪れたその日の内に碑と称したものが打ちたてられ、橋の着工は翌々日から始まることとなった。
それらは全て、セレスティが財閥総帥という立場をフルに活用した結果であり、行動力の賜物でもあった。
そしてそれ以降、橋で行方をくらます者の噂は立ち消えていくのだが、それはまだ少しだけ未来の話になる。

「さあてと。依頼も無事終わったし、っつうことだから、行こうよ、焼き鳥」
 中田に差し出されたコーヒーをあおると、やわら立ちあがり、藤森は大きく伸びをした。
それからすぐに「あ」と小さく呟くと、視線をセレスティへと向けて頭を掻く。
「セレスティさんは焼き鳥屋なんか行かないっすかね」
「あんまり行ったことはありませんが、美味しい焼き鳥は私もいただいてみたいです。ご一緒させてください」
 藤森の心配を一蹴すると、セレスティは小首を傾げて柔らかく微笑んだ。
「ビールか。焼き鳥は塩でいきたいところだな」
 カップを口から離し、北条が笑う。
「北条の場合、見た目はどうしても未青年だから、ビールじゃなくてジュースっしょ」
 口の端を引いてニヤリと笑う藤森に、中田がのんきに言葉をかけた。
「私もご一緒してよろしいですか? 労働の後のビール! 甘味も捨てがたいですが、ビールもまた格別ですから!」
 
 可南子はそんな彼らを見つめながら笑ってみせると、頬づえを解いて立ちあがった。
「甘味であるなら、帰りに合わせて用意しておこう。ゆっくり楽しんでくるがよい」

 可南子に送られてビルを出た一行は、かくして焼き鳥屋を目指し移動を始めた。
 空にはいつのまにか広がっていた夕焼けが広がっている。
その空の下、ふと足を止めたのは、一番後ろを歩いていた北条だった。
北条はI区がある方角に顔を向けて睫毛を目を閉じると、言葉なく祝詞を詠みあげた。

 願わくば、あの場所で未だ徘徊しているであろう無念が、二度と生者をまきこまぬように、と。

 


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【3331 / 北条・瑞穂 / 男性 / 392歳 / 学生】
【3433 / 藤森・耕太 / 男性 / 23歳 / 図書館員】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】

以上、受注順

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

この度は異界ノベルに参加くださいまして、まことにありがとうございました。
まずはお詫びを一つ。
休日を挟んだとはいえ、納品が遅くなってしまいましたこと、深く深くお詫びいたします。
遅筆とはいえ、あってはならないことをしてしまいました。深く反省しております。
今後はこのようなことがないように、充分に精進を重ねていきたいと思います。

今回のノベルはホラー風でありつつも、三上事務所という場の空気が影響してか、比較的軽めなものになったかと思います。
それは書き手としてそう思うだけですので、三名様方からしたら、果たしてどのような印象が持たれるのだろうかと。

>北条さま
はじめまして。発注してくださいまして、まことにありがとうございました。
納品が遅れてしまいましたこと、大変申し訳ありませんでした。
北条さまと藤森さまはご友人という設定でしたので、今回はそれを前面に出してみました。
重すぎず、軽すぎず。といった感じを目指し書いてみましたが、少しでもお気に召していただければと思います。

>藤森さま
はじめまして。発注してくださいまして、まことにありがとうございました。
納品が遅れてしまいましたこと、大変申し訳ありませんでした。
藤森さまというPCはとても活動的な方で、書いている中でどんどんと動いていかれるので、それをどのように
まとめあげて書くべきか、非常に楽しませていただきました。
北条さまとはご友人だという設定でしたので、今回はそれを前面に表現してみました。

>セレスティさま
お世話様でございます。いつも発注をかけてくださいまして、まことにありがとうございます。
納品が遅れてしまいましたこと、大変に申し訳ありません。
セレスティさまからいただいたプレイングで印象的でしたのは、やはり「寄贈」の2文字でしょうか。
総帥としての立場をフルに妄想させていただきまして、今作ではそれを活かさせていただきました。


皆様方に、少しでも楽しんでいただければと思います。
今回は本当にありがとうございました。そして申し訳ありませんでした。