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夏祭り
------＜オープニング＞--------------------------------------
「のぅ、貘……妾から提案があるのじゃ」
「なんです？」
首を傾げながら貘は嘆きの湖からいつものように抜け出てきている漣玉に尋ねる。
ふふふっ、と妖艶な笑みを称えた漣玉は貘の頬にするりと触れ囁いた。
「妾の手は冷たいであろう？……嘆きの湖も冷たいのじゃ」
「……そうでしょうね。夏にはとても良いと思います」
水音も涼やかですよね、と貘がニッコリと微笑むと漣玉も微笑む。
「そこでじゃ。夢紡樹が主となり、嘆きの湖で納涼大会などやってはどうじゃ？」
「……お好きですか？」
「妾は賑やかな事が好きじゃ」
そうですか、と呟いて貘はエドガーを振り返る。
「どうします？エディはやりたいですか？」
透明なグラスを拭いていたエドガーは、いいですね、と柔らかな笑顔を浮かべた。
そして貘に触れる漣玉を面白くなさそうに見つめていたリリィも声を上げる。
「リリィもやりたいっ！だって、それって嘆きの湖をプールにして良いって事でしょ？ボート浮かべてもいいし、泳いでも良いんでしょ？」
やったぁ！、と小悪魔的な微笑みを浮かべるリリィに漣玉は眉をしかめた。
しかしここは大人の余裕でリリィに嫣然とした笑みを浮かべてみせる漣玉。
「そうじゃな、子供は大いに遊ぶがよい」
見守っていてやろうぞ、と漣玉は声を上げて笑った。
「子供ってねぇ……！」
ぎゃんぎゃんと喚くリリィを無視して貘とエドガーは日取りを決める。
どうせなら大人数で楽しむべきだろう、この場合。
かくしてここに初の夢紡樹納涼祭が執り行われる事が決定した。
------＜お誘い＞--------------------------------------
いつものように綾和泉汐耶が本屋巡りを終え、夢紡樹に足を運んだのは午前１１時過ぎ。
なにやら慌ただしく屋台の準備などが行われている。
何かしら、と汐耶は思いつつも夢紡樹へと向かう。
「グッドタイミーング！」
入った途端、リリィが汐耶を見つけ声を上げる。
「汐耶も今から一緒に納涼祭っていうか夏祭り楽しんで行かない？」
「納涼祭ですか」
それで屋台の準備やら何やらで慌ただしい動きを見せていたのだ。
どうせこれから予定も入っていなかったことだし、と汐耶はリリィに微笑む。
「楽しむにしても、準備が必要ですね…ちょっと買い物行ってきますね」
「買い物〜？いいよ、こっちで用意するから」
そう告げるが汐耶は首を振る。
「せっかくだからこの間封印したあの子にも楽しんで貰いたいし」
「あの子？汐耶優しい〜！それじゃ、待ってるから。行ってらっしゃい」
汐耶はリリィに先ほど購入した本を預け、買い出しにへと出かける。
リリィはヒラヒラと手を振ってそんな汐耶を見送った。
------＜夏祭り＞--------------------------------------
汐耶は先日嘆きの湖の掃除をした際に、嘆きの欠片の封印媒体として貘の作った人形を使ったのだが、その人形に浴衣一式をプレゼントしようと思っていた。
ずっとできれば楽しい夢を、と貘にも頼んではいたが、こういうお祭り事の時にはせめて恰好だけでも一緒に参加させてやりたいと思ったのだ。
一人きりで眠りについているあの子も。
汐耶は呉服屋に向かい、少女の人形に似合う浴衣を選ぶ。
サイズは自分で封印しているので把握済みだ。
ぴたりと合うサイズを見繕い、そして似合いそうな帯や下駄など全て買い揃えてやる。
その他に良さそうな反物を汐耶は物色する。
「お客さん、どういったものをお探しで？」
店主に声をかけられると汐耶は言う。
「今度あの子……妹と浴衣を合わせたいと思って……」
「あぁ、妹さんとですか。それでしたら、こういった柄は如何でしょう？」
店主が出してきたのは紺地に細かい蝶の柄の反物だった。生地も普通のとは少し変わっていて、良い感じだった。
「綺麗ね」
「ありがとうございます。これは今年の新作の反物なんですよ。まだ何方も持ってらっしゃらないかと」
商売上手だな、と思いながら汐耶は店主に頷いてみせる。
「今度妹と一緒にきてじっくりと決めさせて頂きますね」
「はい、お待ちしております」
そして最後に目に入った色合いの美しい扇子を見つけ、それを漣玉とリリィに買った。
プレゼント用に包装して貰うと、汐耶は途中で花火も購入し夢紡樹へと戻る。
全て女性へのプレゼントで、男性へのプレゼントは何一つ買ってきていない汐耶。
別にプレゼントが欲しくて呼んでいるわけでも、見返りが欲しくて呼んでいるわけでもないため、そこら辺を気にするような輩はいない。
大荷物を抱えて帰ってきた汐耶を出迎えるたのは漣玉とエドガーだった。
「お持ちしますよ」
「ありがとうございます」
汐耶はエドガーに荷物を半分持って貰い、その中の一つから漣玉へとプレゼントを差し出す。
「はい、これ」
「なんじゃ？」
「似合うと思ったから。良かったら使って頂戴」
「妾に？ほっほっほ。其方は実に気が利くの。どれ、中身を見ても宜しいか？」
「えぇ、どうぞ」
漣玉は汐耶から貰った箱を開け、中から紫紺の扇子を取り出す。
「これはまた見事な扇子じゃ。良いのか？本当に」
もちろん、と汐耶は笑う。
「漣玉さんに似合うものをと選んできたのだから、貰ってくださらなかったら困ります」
「そうだったか、それでは有り難く頂戴する」
漣玉は気に入ったのかそのまま帯に差し込み、上機嫌で湖へと向かう。
「大切に使う故」
艶やかな笑みを浮かべた漣玉に汐耶は小さな笑みを浮かべた。
貘に案内して貰い、少女の人形の元へと汐耶は向かう。
以前と同じ幸せそうな表情で、少女は眠り続けていた。
「こんにちは、お久しぶりね」
汐耶はそう声をかけ、洋服から浴衣へと着替えさせる。
服を変えただけでちゃんと祭りに参加しているように見える。
「これでよし」
汐耶は満足そうに頷いて少女の人形を椅子に座らせてやった。
色もサイズもやはり汐耶が見立てたとおりバッチリだった。
コーディネートが上手くいくと何故か気分がよい。
そこへリリィが飛び込んできた。
「汐耶ー！一緒に泳ごう泳ごう！」
「えっ。水着持ってきてないから……」
「そういう時こそお任せ！リリィのクローゼットの中にはこういうこともあろうかと、バッチリ水着が用意してあるのでしたー！汐耶に合うのもきっとあるよ」
ね？、とリリィは汐耶の手を引っ張る。
期待に満ちた瞳で見上げられ、汐耶は何故か拒むことが出来ない。
仕方なく汐耶はリリィの部屋に行き、クローゼットの中から自分好みの水着を探す。
リリィが絶対に着ないであろう服も多数掛かっていたが、それには敢えて何も言わず汐耶はセパレートタイプのおとなしめのものを選ぶ。
しかしシンプルなものほど身体のラインを際だたせる。
汐耶の細身の身体に見繕ったかのようにぴったりと合った水着。
「おーっ！流石！汐耶スタイル良いねぇ、羨ましい」
自分の身体を見つめ、がっくりと項垂れたリリィだったが、すぐに復活し汐耶の手を引く。
あ、と汐耶は思い出しリリィに扇子の入った箱を渡す。
「はい、どうぞ」
「え？何々？これ」
「開けてみて」
頷いてリリィはその箱を開ける。すると中からは深紅に近い綺麗な色合いの扇子が出てきた。
「えぇぇっ。これいいの？？すっごい綺麗」
「気持ちだから」
「うん、ありがとう！すっごい嬉しい！」
えへへ〜、と笑ったリリィはしっかりと汐耶の手を掴み湖へと直行したのだった。
湖に着くと、なんだか湖の水が大変なことになっている。
「早くー！……あれ？？？」
近くまでやってきたリリィは漣玉とセレスティに尋ねる。
「湖どうしちゃったの？」
「流れるプールのようなものにしてみたが……どうじゃ？」
「うん、すっごく良いね！ほらほら、入ろう！」
ぽん、と湖に飛び込んだリリィ。その後を遠慮がちに汐耶が追う。
「ちょっと冷たいわね」
「大丈夫、動けば平気だから！」
汐耶はそのままリリィに引きずられるように泳ぎ出す。
その姿を楽しそうに見つめた漣玉はそろそろ周りの屋台も出そろい楽しくなってきたことを告げに、セレスティにも一声かけて一度店に戻る。
セレスティはそのまま皆の姿を飽きもせずに眺めていた。
しぶしぶ湖にで泳ぐことになった汐耶だったが、リリィに解放されやっと夢紡樹へと戻ってきた。
「湖の水は冷たいようですね。珈琲でも如何ですか？」
「頂くわ」
はい、と穏やかな笑みを浮かべてエドガーは珈琲を淹れる。
香ばしい香りが広がり、目の前に置かれた珈琲を口にし、ほっと溜息を吐く。
「リリィに引きずり回されて大変でしたね」
「…でも退屈はしないわね」
「そうですか」
エドガーは苦笑気味にクッキーも汐耶の前に置く。
「人形へのプレゼントも、リリィへのプレゼントもありがとうございました」
首を左右に振り、汐耶は湖ではしゃぐリリィの姿をそっと眺めた。
------＜花火＞--------------------------------------
セレスティと汐耶と漣玉はリリィに遊ばれている真輝の様子を眺めながら夕食を口にしていた。
「湖は其方には少し冷たかったようじゃが、風邪は引いておらぬか？」
「えぇ、大丈夫。湖なのに流れるプールみたいで楽しかったから…」
プラスマイナスゼロね、と汐耶は笑みを浮かべる。
「それなら良かった。良かったのぅ。そなたのアイデアが誉められて」
セレスティに話を振るとセレスティもまんざらではないようで小さな笑みを浮かべる。
和やかにそんな会話をしていると、リリィが花火をしようと声を上げる。
「あ、そうだ。花火しようよ、花火！」
リリィが声を上げると、そうですね、とエドガーが微笑む。
「皆さんが持ってきて下さった花火はこちらに」
貘が奥から籠に入れた大量の花火を持ってくる。
打ち上げ花火やらなにやらがたくさん詰まっていた。
そして丁度店にいた真輝とセレスティと汐耶と夢紡樹の人々で花火をすることにする。
外にいた人々にも花火を配り、思い思いに花火を楽しんで貰う。
空に満天の星が煌めく頃。
嘆きの湖に空に輝く花が反射して煌めく。
リリィと真輝は打ち上げ花火。
そして汐耶とセレスティと漣玉は共に花火を持ってそっと散らす火花を眺めている。
色とりどりに光る花火は、儚い命のようだと誰が言ったのだろう。
儚く消えていくもの。
確かに消えてしまうがしっかりとその輝きは記憶に刻まれている。
人の人生もそのようなものだろう。
「ロケット花火２０連発っ！」
ひゅーん、という音と共に弧を描く光。
そして乾いた音が夜空に響く。
次々と上がる花火の音に周りも皆空を眺める。
夏の夜空に咲く花。
汐耶の手に持つ花火から、漣玉は火を分けて貰い自分の花火に火を付ける。
そして近くの椅子に座らせた少女の人形にも見えるようにと花火をずらしてやる。
汐耶が、やはり、と言いながら奥から少女の人形を連れてきたのだった。
一人きりで花火も見ることも出来ずに、ただ眠り続ける少女。
ここに連れてきたとしても寝ていることに変わりはないが、夢がもっと鮮明になりますように、と
「またこうして楽しむことが出来ればよいのぅ。其方の行動も良かったしな」
「そうですか？……とりあえずこの子も参加することが出来て良かった」
そう言って、汐耶は少女の人形の頭を優しく撫でる。
光り輝く夜空に上がる花火を眺め、夏の終わりを感じる。
こうして花火が無くなるまで夢紡樹主催の納涼祭は続いた。
人々の笑顔と綺麗な花火がいつまでも湖に映し出されていた。
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■登場人物（この物語に登場した人物の一覧）■
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【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業】
●2227／嘉神・真輝／男性 ／24歳／神聖都学園高等部教師（家庭科）
●1883／セレスティ・カーニンガム／男性／725歳／財閥総帥・占い師・水霊使い
●1449／綾和泉・汐耶／女性／23歳／都立図書館司書
●1574／霞・優舞／女性／20歳／特殊薬剤調合師
●2861／神威・飛鳥／男性／18歳／封術士
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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。夕凪沙久夜です。
今回は久々の大勢でのノベルでしたが、如何でしたでしょうか。
またしても素敵なアイデアをありがとうございます。
嘆きの欠片を封印した少女に浴衣とは！脱帽でした。
さんざんリリィが引きずり回してしまいましたが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
またお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました！
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