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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


もしもし私、



 ――プロローグ

 アヤちゃん電話に何度も電話をかけると、内容が少しずつ変わるそうだ。
 そうしてアヤちゃんは、電話をかけている本人の家に近付いてくる。そうらしい、のだ。
 そう自分に言い聞かせる。「そうらしい」つまりは、違う。アヤちゃんはただ、用意された台詞をテープが繰り返しているだけなのだ。
 プルルルルル。
 一人きりの家で、電話が鳴る。さっきから、アヤちゃんからの電話で電話は鳴りっぱなしだ。
 須藤・まりもは気付いている。アヤちゃんから電話がかかってくること自体が、イレギュラーなことなのだ。
 だから怖くて仕方がない。しかし、家から出てもしもそこにアヤちゃんが立っていたら、どうしたらいいだろう。
 恐怖ばかりが増していく部屋で、まりもは震えていた。
 アヤちゃんは、さっきマンションの前に着いたと言っていた。今何階だろうか。こう考えていることが、非科学的だとまりもは感じている。けれど、アヤちゃんからかかってくる電話が非科学的でなくてなんだというのだ。
 涙は乾いたように出て来ない。学校からの帰って、郵便受けから取った多くの広告を広げてみる。探偵の文字が見える。なんでも引き受けます、と便利屋のような文句が書いてあった。
 
 まりもは受話器を取って、番号を回した。
 数回の電子音の後に、気だるい男の声が電話に出た。
「はい、草間興信所」
「助けてください。アヤちゃんが、来るんです」
 叫んでいた。驚いた様子で、男は答える。
「同級生か誰かですか」
「アヤちゃん人形です。電話をかけたら、やってくるアヤちゃん人形が……」
 男は慣れた調子でまりもに電話番号や番地を訊ねた。まりもは突っかかりながら、男に伝えた。
 その間に、キャッチホンの音がしていた。プ、ップ、ップ、ップ……。アヤちゃんからの電話だ。
「助けてください」
 もう一度言ったとき、まりもの背後で声がした。
「どうして出てくれないの」
 ひぃ、と喉の奥が鳴った。電話でしか聞いたことのないアヤちゃん人形の声だった。それが、すぐ後ろで……、

 
 
 ――エピソード
 
 ああ、と悲鳴が電話から響いたとき、草間・武彦は固まった。
 隣に立っていた蒼王・翼は、草間からひったくるようにして黒い受話器を取り、冷静に話しだした。
「まりもさん、落ち着いて。窓を開けてください、まりもさん」
 既に応答はない。
 翼が珍しく、小さく舌打ちをした。
「風を……入れる……までもない、か」
 うなだれるように俯いて、翼は小さな声でつぶやいた。
 シュラインは自分の机の引き出しの中からハンドバックを引っ張り出し、放心状態の草間に向かって言った。
「急ぐわよ、行きましょう」
 たまたま興信所に居た、水野・あきらとシオン・レ・ハイも立ち上がる。
 シュラインは興信所の薄っぺらいドアを壊す勢いで開け、ジャケットを引っ掴んでいる草間にハッパをかけるように続けた。
「携帯持って、手当たり次第に誰か一番早く着ける人に電話かけて。武彦さん今日、車は?」
 草間は電車で移動するのが常だった。
「ああ……乗ってくればよかった」
「そんなのどうだっていいわよ、そもそも武彦さんの運転じゃチンタラしてて間に合わないわ。タクシー拾いましょ。誰かに情報収集を頼まなくちゃね、雛太くんがいいわ。武彦さんは冥月さんやクミノちゃんに電話して。あの二人なら、一瞬とまではいかなくてもすぐに着くわ」
 シオンとあきらは顔を見合わせている。
「まりもちゃん無事でしょうか」
 シオンが濃紺の品のいいジャケットに袖を通しながらシュラインへ訊く。シュラインは、今にも「知らないわよ」とヒステリックに叫びそうな様子だったが、振り払うように首を振って微笑をみせた。
「きっとね」
「乙女を怖がらせるなんて許せません」
 水野・あきらは制服のスカートを握り締めながら口をぎゅっとすぼめた。あきらは性別的には男であるが、女子高生姿に違和感はない。ただシュラインは、少し困った顔であきらの名前を呼んだ。
「……あ、あきらさん」
「ちゃんで結構です」
 逡巡するようにシュラインは虚空を見つめた。
「あきらちゃん、電話みててくれない? まりもちゃんが意識を取り戻すかもしれないから」
「わかりました」
 あきらは翼の隣へ行き、黒電話を受け取って
「もしもし、もしもし」と何度も問いかけた。
 翼は沈痛な面持ちで全員を見回し、全てを知っているような顔で言った。
「僕は僕で調べよう。アヤちゃん人形についてね」
 外へ出ながら草間とシュラインは電話をかけていた。
「クミノか。え? 携帯電話は無線を妨害するからやめろ? そんなこと言ってる場合じゃねえんだよ」
 苛立たしく電話先のササキビ・クミノに草間が言う。
 隣のシュラインも早足で階段を降りながら、緊迫した声で携帯電話へ向かっている。
「雛太くん? なにそこパチンコ? さっさと出て。いいから。うるさくて話ができないわ。調べて欲しいことがあるのよ、聞こえてる?」
 こちらは雪森・雛太に応援を要請しているようだった。
 タクシーをうまく捕まえ、シュラインが住所を告げた。
 タクシーの中は携帯電話は一応ご法度になっているのだが、二人はそんなことに構っている余裕はないのか、電話をかけ続けている。
「冥月か、悪いが早急にこの住所に向かってくれ。都市伝説だ」
「旭さん? 都市伝説絡みなんです。お知恵を拝借できますか」
 一方は影を操る能力者黒・冥月に、一方は神父であり悪魔祓いを生業としている神宮寺・旭にかけているようだ。
 シオンは二人の様子をじっと見つめながら、ともかくまりもの無事を祈っているようだった。
 しばらくして電話は終わり、情報が統合されはじめる。
「冥月が一番早いだろう。クミノも向かわせたし、限が近くにいるらしい」
「雛太くんには都市伝説のデータを洗ってもらってるわ。旭さんからは絶望的なお答えをいただきました」
「どういうことです?」
 嫌な予感がしてシオンが眉根を寄せる。
 シュラインは小さな声で
「言いたくないわ」
 弱音を吐くようにこぼしてから、きっと口を引き締めて語り出した。
「都市伝説は物語のパーツのようなもので、一旦はまってしまったら必ず全ての事象が起きるそうよ。確かにこれは、いつだったか武彦さんも都市伝説に遭って死ぬ思いをしてるし、現実問題ね。回避率は非常に低い。なにしろ、人間の妄想を誇大化させて噂というネットワークでできあがった代物だから、人よりはずっと強いわけね。
 旭さんに言わせれば、アヤちゃん人形の被害者は他にもたくさん出ているし、この状況下で助かるとはとても思えないそうよ。ゴリ押しで武彦さんみたいに助かるしか、道がないタイプの都市伝説なのね。……助かる希望があるとするなら、どこをどうやって刺されて、出血がどの程度なのか。超現実的な問題にすりかわるわ」
 草間が煙草を取り出して、フィルターを噛んだ。
 シオンは不安そうな顔をしている。シュラインはそれでも尚言葉を継いだ。
「何回刺されたか、どこを刺されたか、何で刺されたか、内臓の損傷状態」
「最低だ」
 草間が吐き出して煙草を手に取る。吸いたいが、ここは禁煙だった。
「まだ、最低と決まったわけではないですよ」
 弱々しくシオンが草間に注意する。草間は不貞腐れたように外を眺めている。
 シュラインは厳しい口調で言った。
「そうやって現実逃避する癖、どうにかなさい」
 草間の顔がいよいよ渋くなった。


 雪森・雛太は急いでいた。ともかく急だという話だったので、すっかり動転してスロットで稼いだ全てが猫缶に代わっている。辺りをキョロキョロ見渡して、家に帰るよりネット喫茶へ行って情報収集をした方が早いのではないか、と頭を巡らせていた。
 ここから家まで歩いて十分だった。駅前のネット喫茶で、要領よく検索をかけるのと家に帰って勝手知ったるパソコンで操作するのは、どちらも同じぐらいに思える。ネット喫茶からのアクセスはたまに受け付けないアドレスがあることを忘れてはならない。
 雛太は煙草をくわえたまま、火はつけずにともかく歩いていた。
 シュラインからの電話は、驚くほど緊迫感に満ちていた。
 言われてみれば、草間・武彦が都市伝説にはまったこともあった。それを体験している身としては、否がおうにも神経質になってしまうというものだ。
 アヤちゃん電話とは、懐かしい都市伝説である。雛太も聞いたことはあった。ただ、かけたことはない。アヤちゃんがどういう応対をするのか、雛太は知らない。
 同じ都市伝説に「さっちゃん」というものがある。確かあれには解決策があった筈だ。頭の中を引っ掻き回して、そう「バナナの絵」を枕元に置いておくと彼女はそれに気を取られて対象を殺さずに去っていくというやつだと思い出した。言われてみれば、口裂け女もベッコウ飴を投げるとそちらへ行ってしまうという策が設けられている。
 もしかしたら、アヤちゃん電話にもそういった抜け道があるのではないか。
 頭の中を探し回ってみるが、雛太の中にそういった情報はないようだった。
「ちっ」
 姉御があんなに必死なのによ。
 シュラインこと姉御が取り乱すことは少ない。草間絡みで多少声を荒げることがあっても、基本的に沈着冷静、いつでも正しさを間違えることのない女性だった。
 アヤちゃん人形に人が殺されているとしたら、もっと大事になるのではないか。雛太は大きな玄関の戸をくぐりながら考える。しかし、都市伝説を警察や世間一般が事実として認めることはない。つまり、たとえアヤちゃんに殺された人物がいたとしても、通り魔の殺人だと認知される可能性は高い。いや、それが本当のところだろう。
 都市伝説が実在するのならば、それ相応の死人が出ている筈である。
 アヤちゃんにしろ、さっちゃんにしろ、青ジャージの男にしろ、何にしろだ。
 雛太は座椅子のある背の小さいテーブルに載っているパソコンのスイッチを入れた。キュィンと起動する音がする。画面が黒から青に青から文字にと移り変わる間に、雛太はようやく煙草へ火をつけることを思い出した。
 パソコン機器の回りで煙草を吸うことはめったにないが、気を落ち着かせる為と長い起動時間を埋めるようにオレンジの百円ライターで火をつけた。一息吸って、この部屋には灰皿がないことに気が付いた。
 パソコンはまだ常駐ソフトを起動させている。急いで隣の部屋へ行って、こげ茶色のプラスチックでできた丸い灰皿を持ってきた。
 煙草を灰皿へ置き、両手でキーボードを操作する。
 自分のパソコンならば、マウスを使うよりキーボードだけの操作の方が早い。
「キタキタキタキタ」
 ゴーストネットオフで概要を調べ、打開策を打ち出しているサイトを検索エンジンで片っ端から検索する。発言者のメールアドレスからでもとことん突き止める。
 誰かを助ける為にというより、自分自身が知りたい欲求に途中から摩り替わっていることに雛太は気付く。煙草を一吸いして、忘れることにした。
「実録都市伝説?」
 ゴーストネットオフの掲示板の履歴を最後まで遡り、入手したメールアドレスから出て、簡素な造りのサイトへ行き着いた。そのサイトには、いつ誰がどうやって都市伝説で死んだのか記されている。
「……なんだ……ここは」
 頭のいっちゃった奴のサイトか?
 くわえた煙草から灰が落ちるのにも、雛太は気付かなかった。
 ハンドルネームはサクラ、そのサイトで公表されているアヤちゃんによる死人は二人だった。他にもいくつか事例が載っている。本名は伏せられているが、誰もが十代の若い女の子だった。ガセ情報か? そうでなかったら、なんだというのだろう。
 

 二人掛けのテーブルを三つ占領して草間達は座っている。
「この事件の悪質な点は、まず絶対的に一人のときにしか起こり得ない都市伝説であること。ここを決められてしまっては、我々も手出しはできません」
 旭がキリリとして言った。
 雪森・雛太は旭の隣に座っている。雛太は口を曲げて、滑稽な旭の顔を眺めていた。
「お前、今日眉毛辺りがキリリとしてない?」
「何を言ってるんですか。私はいつでも、キリリです」
 全然キリリには見えなかったが。誰もが思ったが、誰も口に出さなかった。
 雛太はアイスカフェオレに口をつけてから、首をひねった。
「なにが悪質なんだ? 来ないなら来ないでいいじゃねえか」
「標的は自分でアヤちゃんを呼んでいるわけです。純真な思いを叶えようとして。つまり、一人で電話をかけないと意味がない。あるメッセージが出るまで繰り返す、それを聞いたら死ぬわけですね」
 旭の説明を聞いていたシオンが手を挙げる。
「はい、シオンさん」
「例えば私が部屋に隠れていて、とかダメですか」
「ダメです。アヤちゃんを呼ぶ本人が、知らなければおそらくアリでしょう。例えば呼んだあとに部屋に乗り込んで行って、アヤちゃんに遭遇できるかはわかりません。……私さっきから得々と語ってますが、都市伝説は専門外なのですが」
 旭が今更補足する。そんなこと今言われても困る。
 あきらがシオンと同じように、けれどおずおずと手を挙げた。
「あの、先に、お知らせした方がいいんじゃないでしょうか。女の子達に」
「無駄だな」
 翼がにべもなく言い切る。
「都市伝説自体に既に、純粋には幸福不純には死と書き記してある。知っての上だろう。同じ書道教室の女の子が死んだという事実と、アヤちゃん電話は結びつき難いんじゃないかな。一時的な抑制にはなるかもしれないが、都市伝説が力を持っている以上いつ起きてもおかしくない事態になる」
 シュラインは少し遠い目をして言った。
「恋は盲目って言うしね」
「へ?」
 明らかに驚いた様子で雛太が聞き返す。シュラインは苦笑して打ち消した。
 あきらが納得するように言った。
「確かに、純粋だ、不純だという言葉自体、恋に結びつきそうです」
 あきらはこくりと確信的にうなずいた後、グレープフルーツジュースを飲んだ。
 草間はブレンドコーヒーに口をつけることもせず、ずっと煙草を吸っている。喫茶店に入ってから三本目の煙草だった。
「少女達の共通点である書道教室へ行く、次の被害者と予測される二人の少女の家へ行く。一応これでいいか」
 草間の機嫌は最悪だった。まりもを死なせてしまっているのが堪えているのだろう。
「少女の家へ行く場合は盗聴器を仕掛けてきてちょうだい。そうしないと、中が窺えないから。でも問題は、アヤちゃんから電話がかかってきた段階で少女達は完全に戸締りをしてしまうから、中に入る込むのが難しくなることね。電話をかける前に、潜んでいられればいいんだけど」
 草間がぼんやりと呟く。
「不法侵入だな」
「そんなこと気にしていられません」
 あきらが吹っ切るように言った。
 草間が呆れた声であきらを制する。
「わかった、わかったから。で? 書道教室の方はどうする」
「生徒は十二人、半分は小学生でしょ。 先生が二人枡崎・雅夫と佐倉・義純。まりもと同年代の女の子があと残りが二人。でも、普通は怖がるわよね、同じ教室の生徒が次々と殺されていくなんて、そんなときに都市伝説を試すなんて考えられないわ」
 シュラインはぞっとしたように肩を抱いた。
「知ってるのかもしれないね」
 翼が言う。
「全員が同じ人を好きになっていたら、不純で殺されても当たり前と思うかもしれない」
 カフェオレの氷をかき混ぜながら雛太が言った。
「アヤちゃん電話は廃れているから、今はアヤちゃん人形を買っても番号がわからないらしい。だから今や幻の電話番号なわけだ。それを知らせている奴が、いるんだろうな。最悪の展開としてさ」
 はっ、とシオンがシュラインを見た。
 シオンはシュラインの二つ向こうに座っていたので、隣の草間を見たようにも思えた。
「シュラインさん、あのチラシですよ」
「……ああ、あのチラシが女の子達の郵便受けに毎回届けられて……」
 チラシがあったのだ。まりもの家に届けられた広告に混じって。『純粋な願いを叶える』というチェーンメールのようなチラシが。
「ちょっと待て」
 雛太が少し大きな声でシュラインを遮った。じっくりと瞬きをして、全員の注目を浴びながら雛太は言った。
「サクラ、とか言わなかったか、今」
「え? ええ、佐倉、人偏に左で倉ね」
「ビンゴだ、姉御。そいつが黒幕だぜ」
「どういうことです?」
 あきらが不思議そうに雛太を見る。
「俺は今日都市伝説を片っ端から漁ってきたんだけどさ、実際数が多いわアホなサイトも多いわって中に、『実録都市伝説』ってサイトがあってな。そこには、仮名だが被害者のリストが載ってるんだよ。ガセネタ載せて喜んでるアホかと思ったんだけど、確かにアヤちゃんの被害者は今のところ二人となっていて……管理人の名前がサクラだ」
 シオンが不思議そうに訊いた。
「そんなに堂々と本名でですか?」
「ハンドルなんてそんなもんさ。それに、サクラは罪を犯していない」
「え?」
 あきらとシオンの呆気に取られた声がした。
 コーヒーを持て余している様子の旭が、少し顔を歪めた。
「その通りです」
「な、なんでです? 人を殺してるのに」
 翼が宙を見ながら、絶望的に言った。
「殺しているのはアヤちゃんだ。サクラは彼女達にアヤちゃんを呼ばせただけだ」


 シュラインと雛太とクミノは、問題の少女の一人金井・恵美の元へ来ていた。
 生命保険の勧誘とシュラインが偽って中に入り、手に入れたパンフレットを置いてきた。一応玄関付近にだが高感度の盗聴器が仕掛けられている。
「事情話して、中に入れてもらえねえの」
「昨日の旭さんの話聞いてなかったの。一人で呼び出さないと、相手は来ないのよ」
 不思議そうな顔でクミノも訊いた。
「来なくてもいいのでは? 殺しても殺せぬ相手と、聞いているが」
「それじゃ本人の気が済まないもの」
 雛太がブロックベーの影でつい口にする。
「めんどくせー、女って」
「やらせてるのは男でしょ」
 シュラインに言われて雛太は、ヤブヘビだと口を押さえた。
 イヤホンをはめているシュラインとクミノが反応する。クミノは無線の不具合で電話の存在を知っているようだ。
「かけてるわ」
 しばらくの沈黙があった。
 雛太が暇を持て余して、煙草を手でクルクル回しはじめたころ、シュラインが短く言った。
「きた、かかってきた」
 ふいに雛太が思い付く。
「アヤちゃんってさ、だんだん近付くんだろ。じゃあ、ここで待ってりゃ、来るんじゃねえか?」
「待ってても別にいいけど、私は中へ入るわ。アヤちゃんが嘘言ってたら嫌だもの」
「……なーんか、姉御今回ピリピリしてんねぇ」
「雛太くんは死体を見てないから、そんなに悠長なのよ」
 タッとシュラインとクミノが玄関に走り寄る。ドアノブを回してみるが、もう鍵がかかってしまっていた。
「二度目の電話」
 シュラインが口走る。
「蹴破るか」
 クミノがすでに用意万端で言った。しかしシュラインは首を横に振り、インターフォンに手を伸ばした。
「ごめんねー、さっきの保険のおばちゃんなんだけどー!」
 シュラインは大声で言った。
「忘れ物しちゃったのよー! 開けてちょーだい」
 相手は極度に怖がっている筈である。疑うか、それとも救世主として迎え入れるか。
 すぐに、ドアの鍵が開く音がした。
 三人が中へなだれ込む。シュラインはしっかりと恵美を抱えている。恵美は髪の短い活発そうな女の子だった。保険のおばさんについてきたオプションに、唖然としている。
 けれど恐怖が大きいのか、彼女はそのことを言及せずに言った。
「大変なの、アヤちゃんが私を殺しにくるの」
 電話がまた鳴っていた。シュラインは恵美と立ち上がり、フローリングの廊下を進んで、電話に近付いた。
「もしもし」
「もしもし、私アヤちゃん、今あなたの部屋の前に来ているの。これから遊びに行くわ」
 スパンが短い。たった三回のコールで部屋の前……なのか。
 シュラインは恵美を引き寄せたまま、壁に背をつかせた。こうしておけば、後ろからやられる心配はない。
 クミノが玄関口を見張っている。雛太はシュラインのすぐ隣にいた。
 嫌な緊張感が漂っていた。
 トゥルルルル、また電話が鳴った。最後の電話だ。クミノが玄関口からシュラインの目の前に戻ってくる。電話を取った。
「もしもし、私アヤちゃん、今あなたの後ろにいるの」
 後ろに?
 シュラインが振り返ろうとした瞬間に、雛太が飛び出していた。
 
 雛太にはシュラインの首元へにょっきりと出た包丁の刃が見えたのだ。シュラインと恵美を突き飛ばし、その拍子に振り下ろされた包丁が右腕を切っていた。雛太は、「あぁ、ちくしょう」と洩らしてシュラインと恵美の後ろに立った。
 クミノが遅ればせながらアヤちゃんとの戦闘を開始する。
 アヤちゃんは普通の女の子だった。茶色い髪を肩まで伸ばした、大人びた中学生といった風貌である。彼女は真っ赤なワンピースを着ていた。執拗に恵美へ向かって来ようとするのを、クミノが止める。
 手をかけ、クミノは彼女の能力の一つである敵の能力の具現化によって、包丁を手にした。
「まさか、このような武器を手にするとはな」
 アヤちゃん人形と同じ効力を持つ包丁で、クミノはアヤちゃんの背を勢いよく切り裂いた。倒れたアヤちゃんの背に、強く体重を込めて包丁を打ち下ろす。やはりアヤちゃんは人間ではない為か、血らしきものはまったく噴出してこなかった。
 そしてアヤちゃんは、黒い消し炭となってその場に残り、姿は床に吸い込まれるように消えてしまった。
「……よかった」
 恵美が突然のことに泣き出す。
 その隣で、雛太が小さな声でつぶやいた。
「頼むから、誰か救急車呼んでくれねえ?」
 その声に気が付いて、シュラインが雛太の腕を見る。右腕からは、血が滴り落ちていた。深くはないようだが、肘の上辺りから手首近くまでが切れていた。
「雛太くん、大丈夫、え? やだ、大変じゃないの」
「いやあ、結構大変なんっすけどねえ……」
 雛太は少し不貞腐れたように言った。シュラインは慌ててハンドバックからハンカチを取り出し、腕の一番上の部分を縛った。
「痛い? ごめんね、ありがとう」
「いーえ、大した傷じゃないっすよ」
 栄誉ある負傷だったが、雛太の虫の居所が悪いようだ。
 傷の手当てをされている最中も、雛太はそっぽを向いて、すました顔をしている。
「機嫌を直したらどうだ」
 クミノが言うと、雛太はかわいらしい顔をニッコリと微笑ませた。
「嫌だね」
 戦闘突入で自分の怪我が完全に無視されたのが、相当気に食わないらしい。
 クミノは雛太の怪我を見つつ、人命に及ばずよかったと考えていた。


 ――エピローグ
 
 都市伝説に対抗するものは、噂しかないのだ。
 そう悟った面々は、それぞれ得意の方面で噂を広げていった。
 シオン・レ・ハイは公園の仲間や、ホームレスの仲間にアヤちゃんがくだらない冗談だという噂を流し、あきらは女子高生仲間に色々なバージョンを作って面白おかしく、ただし害のない噂を流した。
 シュラインはたまたま受け持っていたエッセイの仕事に絡ませて、噂の紹介をしておいたし、雛太はインターネット界に受けそうなネタをばら撒いた。限はレンタルビデオを渡しながら、「そういえば」とわざとらしく噂話をしなければならなかった。
 特に伝手のない連中は連中で、知り合いに話したり話さなかったりのようだ。
 後日、義純の死亡記事を持って限と雛太が興信所へ駆け込んできた。そこには、翼と冥月しかいなかった。
「見たか、死んだぞ、サクラが」
 翼は眉もあげずに「へえ」と言った。事情を知らない冥月が不思議そうに聞き返す。
「偶然か? それとも誰かが何かしたのか」
「したんだ、旭さんが首切り悪魔を放ったとか言ってた、しかも、首切られてるし」
「そういうわけなんだよ、あいつ人殺しか?」
 佐倉・義純が死んだことよりも、二人にとっては旭が人殺しかどうかが問題らしい。冥月は旭の温和そうだが、不気味な雰囲気を思い出して
「あいつならやりかねないな」
 と言った。
 翼は素知らぬ顔をしている。
「姉御は? 姉御」
 雛太は片腕に包帯を巻いていた。暑い最中ということもあって痛々しい。
「シュラインは買い物だ。零もな」
「とにかく、旭さんがサクラを殺しちゃったの?」
 現場を見ている限が狼狽して言う。
 そこへ後ろでコホンと咳払いがした。神宮寺・旭と水野・あきらが立っている。
「そもそも都市伝説とか悪魔とかは、朝の占いみたいなもので、当たるか当たらないか気持ち次第なんですよ」
 限と雛太は大きく後退って、旭から距離を取った。
 言っていることが、最初と違うではないか。警戒して二人は旭を睨む。
「旭さんは神父さまですよ、そんなことしないです」
 あきらがニッコリと微笑んだ。
 シュラインと零そしてシオンの話し声が聞こえる。
 翼が開けた窓から、クミノが顔を出した。


 ――end
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1166/ササキビ・クミノ/女性/13/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】
【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23/大学生】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【2863/蒼王・翼(そうおう・つばさ)/女性/16/F1レーサー兼闇の狩人】
【3171/壇成・限(だんじょう・かぎる)/男性/25/フリーター】
【3356/シオン・レ・ハイ/男性/46/びんぼーにん 今日も元気?】
【3383/神宮寺・旭(じんぐうじ・あさひ)/男性/27/悪魔祓い師】
【3679/水野・あきら(みずの・あきら)/男性/16/女子高生】

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■         ライター通信          ■
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「もしもし私、」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。
いきなり話が折れるようにはじまりまして、プレイングもこなせていたりこなせなかったり、不穏な感じで申し訳ないです。
各それぞれの分岐も多いので、全員合わせてお楽しみいただければと思います。
少しでもお気に召していただければ、幸いです。

では、次にお会いできることを願っております。
ご意見、ご感想お気軽にお寄せ下さい。

 文ふやか