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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


百鬼夜行〜藍〜

◆藍の空 編集部にて◆
「や、やっぱりヤルんですかぁ〜??」
 室内から漏れるのは、どこまでも情けない声。それに返るのは、対照的に無機質な女の声。
「当たり前でしょ。――そんなに脅えなくても、三下君には頼まないわよ」
 役に立たないからね、と冷たく言い放って、女――アトラス編集部・碇編集長は三下に向けて何冊もの雑誌を投げ渡した。
その表紙を飾るのは、どれもこれも『百鬼夜行』という、現在世間を賑わせている事件のみ。
「これじゃ、ウチの誌が目立たないったらありゃしない」
 オカルト雑誌の中ではTOPを走る月刊アトラスも、こうなっては形無しだ。
「この事件を、いかに面白く――かつ、他のドレよりも新しい活きた情報にする為には!!……ねぇ、三下君。ソレ、しか手はないと思わない??」
 古くから百鬼夜行と縁の深い空市、そしてそこで行方不明になった子供達。百鬼夜行を解決しようと立ち上がった草間興信所。
 妖しく笑む碇編集長に、三下は眼鏡の奥の双眸にうっすらと涙を浮かべている。
「この時勢、ただ座ってネタを待ってるなんていうのは負け組みのする事。そうでしょ、三下君?」
「――は、はいぃ……」
「ウチはそういう所じゃないの、身にしみて分かってると思うんだけど。キミも」
 三下の脳裏に数々の『危険』が思い浮かばれて、己の身を震わせる。
「じゃあ――いいわね?今回キミには何の期待もしていないから、そのかわり……鬼と対峙する事も厭わないような屈強な人、見繕ってきてくれるわよね……?」
 自分を見据える碇編集長の冷たい視線に、三下はただただ頷くしか無かった。

「……それで、この二人ってワケ……?」
それは夜も深まる時分。碇編集長は静かな面持ちで低く、言った。
 三下はびくりと肩を震わせ、俯くばかり。傍らの青年が小さく苦笑を漏らしている。
「キミに期待はしていなかったけれどね、サンシタ君……」
 この碇女史が三下をサンシタと呼ぶ時、それはもう、三下への怒りを露にしている時だ。こう言われてしまうと、三下にはもう後が無い。
 何時も通り、と深く吐息を漏らす敏腕編集長に、三下の顔が可愛そうなくらい歪んだ。
 だが碇も、鬼では無い。使えない使えないとは言っても、クビにすればするで困る。役に立たないといっても、100回に1回は事件の核となる情報を持ってくる事さえあった。――まぁ、運と同行者の助力のおかげではあったが。
「とにかく、火宮さんに綾和泉さん、ご協力感謝するわ。早速で悪いんだけどね、サンシタ君連れて、何か情報入手して来てくれる?」
「わかりました」
 火宮・ケンジがそう言い、綾和泉・匡乃が頷いた。
 その後一拍を置いて
「……――えっ!?」
心底驚いた三下の声。もとい、恐怖に震えた情けない顔。
「え、じゃないでしょ。キミもクビがかかってるんだから、死ぬ気で働いていらっしゃい」
「でも」
「口答えしない!!」
 編集長の一喝を受けて、三人はアトラス編集部を追いたてられた。


◆語る本 読む人◆
「――って言われても、こんな時間に空市に行っても仕方が無くないですか?」
ケンジが頭の後ろで腕を組んで言う。
 アトラス編集部から空市まで、どんなに車を飛ばしても三時間はある。現在の時刻が20:30分なので、空市に辿りつく頃には11時前後といった辺りか。
 そんな時間に空市を訪れても市民から話を聞く事は出来ないだろうし、図書館等も閉館時間はとっくに過ぎている。
 得られる情報が有るとすれば、二人が空市を見て感じる事のみ。
「そうですね。では空市は明朝にでも訪問するとして……今日は予備知識を集めるという事でどうでしょう?」
「予備、知識ですか?」
「はい。百鬼夜行についての知識、発生理由、土地情報等、そういうモノがあった方が良いでしょう」
 穏やかに笑む長身の匡乃。
 三下は鼻をぐしゅぐしゅと鳴らしながら二人の後をついてくるだけ。
「でも、一体どうやって?」
「この時間でも開いている図書館があると、編集長が言っていました。一般的な――というより、個人で開いている所なのだそうですが」
「へぇ〜。じゃあ、そういう事で。綾和泉さん、そこ行きましょう!!」
 二人は軽く頷き合うと、目的地へと方向を変えた。

「――ここが、図書館ですか……」
 ケンジが頭上高くを見上げて、呟く。それは問いというより独り言に近かったが、それでも匡乃は答える。
「えぇ。国外では良く見ますけど、日本では珍しいですよね」
その図書館は、外観・内観どちらも英国の教会そのものだった。尖った赤い屋根には銀色の十字架、昼間であれば太陽の光を受けてキラキラと反射するであろう、美しいステンドガラス。室内には図書館と思える本の群。奥には祭壇と、やはり十字架。
「使われなくなった教会を図書館等として残すという話は良く聞きますが、こちらは館長の趣味でわざわざ教会風に建造したそうですよ」
「はぁ……物好きですね……」
「とにかく、自由に閲覧可という事です。時間にも限りがありますし、探しましょうか。火宮君、三下さん」
 そんなこんなで三人は、情報を集めるべく散開する。

「――えぇっと?【百鬼夜行】【物の怪全集】【日本の妖怪】……?微妙に違うか?」
ケンジは本を手にとっては棚に戻して行く。どれもこれも表題は探しているモノだったが、内容があまりにも稚拙だった。
「【百鬼夜行徹底分析】【百鬼夜行物語】【私の体験した物語〜百鬼夜行〜】【私の体験した物語〜神隠し〜】……あぁ、そういや百鬼夜行と神隠しって微妙に似てるかもな……」
呟きながら次の棚に移る。
「【伝わる物語〜百鬼夜行〜】……う〜ん」
 ケンジはそこで一旦手を止めると、ぐるりと顔を巡らせた。百鬼夜行と名のついた作品が、驚く程多い。が、特に目立った内容も無く、お粗末な見解を並べ立てたモノばかり。唯一気になるとすれば――。
 棚の一番高い位置に二つ、古い表紙を持った本がある。赤と青の分厚いソレには【百鬼伝説】前後と名がついている。ケンジはどうにもソレが気になって、一度祭壇の前に並べられた椅子に座った。
 パラリとページを捲る。所々焼け焦げて、紙は黄色い色を晒す。
「……異なる世界……?」
目次の冒頭にはそう書かれていた。古くから神隠し・百鬼夜行で攫われた者は異界へと連れて行かれるとも密かに言われる。霞の様に消えるのは、その証拠――といった様な事が三ページにも渡り書かれている。
 確かに、昔ならいざ知らずこのご時世。深夜に置いても灯は世界を煌々と照らし、夜闇を徘徊する人々も多い。全く静かな夜など今では余りない。
 そんな中何の痕跡も残さず、綺麗に消えてみせる。来る場所も戻る場所も誰も知らない。もし攫われた先が異なる世界だったら、そこに行く道は?
 パラリ、パラリと更にページを捲る。中程には何か良く分らない図。それから四本の鳥居と大きな鐘が描かれている。……文字は、誰かがジュースでも零したのか、大きな染みを作り滲んでいる。
 赤い表紙の前半部を終え、次に青い方を開く。
「……ん?」
 ふいにその手が止まり、ケンジの目が僅かに見開かれた。
「著者、古河栄之助――曽祖父・古河切斗の日記より考察す?……稀代の術師として異なる世界の悪鬼を退けた……彼のお陰で今の平安がある。闇に怯える事も悪鬼に額づく事も、もう無い」
 そこまで読んで、ケンジは小首を傾げた。何を言っているんだ、この人は。そんな感想を持つ。
 古河栄之助・古河切斗など聞いた事が無い。普通ならざる力を使い怪奇に関わってきた自分もまったく知らない。名前から察するに、明治・江戸辺りの人物だろうとは思うが。
「火宮君」
 どその背後から、匡乃の声が掛かった。ケンジはページに当てた手を再び戻して、顔だけを背後に向けた。
「どうです?」
 尋ねてくる彼の腕には大量の書物。中には外書まである。
「特にこれと言って。百鬼夜行については、どれもこれも推測の域を出ないものばかりで……自分の知っている事ばかりですね」
「そう……。今読んでるのは?」
「これは、何か一風変わってます。新しい見解っていうか、まあ幾つか気になる所も」
「へぇ?」
隣に座った匡乃が興味深そうに言うので、ケンジは気になった部分を開いてみせる。
「この辺り、ちょっと汚れてよくわかんないですけど」
 鳥居と鐘の描かれたページを見せる。赤と黒の鳥居がそれぞれ対称に位置し、中心に鐘。鐘の上には×のマーク。
「陰陽とか鬼とかって漢字が良く出てて……」
「これ!!」
「へ?どうしました??」
 突然匡乃が声を荒げ、驚いたケンジは微かに感じていた眠気を吹き飛ばされた。
 眉間に目一杯の皺を寄せて、匡乃の視線が一点に突き刺さっている。
「この鳥居、そして鐘……間違い無いです。これは、空市にもあった筈です!!」
「えぇ!!?」
「前後に朱の鳥居、左右に漆黒の鳥居、中心に大きな鐘。こんなもの、早々無いですよ」
 興奮気味に捲くし立てて、匡乃は「三下さ〜ん」と声高に呼ばわった。
「それ、もしかしたらかなり役に立つかもしれないですね。他にも何かありますか?」
「あ、いや……。まだ全然読めて無いんです。ぱらぱら〜と見ただけなので……」
「そうですか。――鳥居の確認も含めて空市に行ってみようかと思うんですが……」
「行きます?ご一緒しますよ」
ケンジは顔を上げて本を閉じた。
「一応この本は借りてみます。あ、借りられるんですよね?」
匡乃が頷いた所で、眼鏡をずり上げながら三下がやって来た。
 そこで三人は、三下の運転で空市に向かう事となった。

 ――午前1時の事である。


◆幕間〜アトラス編集部〜◆
「……え?」
アトラス編集部にて、人々は作業に没頭していた。その机の上には様々な本が重ねられている。
 そんな中、碇は受話器を手に怪訝そうに眉根を寄せていた。
【だから、駄目なんですってば!!規制かかっちゃって……!!】
「待ちなさい。ここまで大事になっていて、規制……?そんな事、世間も誰も許しちゃくれないわよ……?」
【そんな事言われたって!!とにかく、行政機関が動いちゃってんですよ。許可証の無いものは立ち入り禁止で……もう、この件は全て、草間興信所任せだとか!!】
 電波が悪いのか、相手の声が酷く聞き取りにくい。あちらも五月蝿くがなってはいるが、周りが騒がしいらしい。
【空市の出入り口完全閉鎖スよ!!警官がウヨウヨしてます】
「――一体誰の力が及んでいるわけ?これだけの事を性急に出来てしまう……。総理でもなければ、個人では無理よね?」
【総理だって無理ですよ!!この国は総理だけで動かせるような独裁では決してナイすよ!?」
「わかってるわよ。ただね……一番可能性があるとすれば、ソレなのよ。その他に誰が、どんな組織が!?」
 編集部内に聞きなれた怒声が響き渡ったが、その緊迫した様子は何時もとは違った。碇が焦心する姿など滅多に見られたものじゃない。部内の誰もがその手を止めて、碇に視線を向けていた。
「とにかく、どうにかならないの?これから二人人程、そちらに行かせようと思ってるのよ!!」
【無茶言わないで下さいよ!!もう、俺は関われナいスよ、こんな仕事!!マトモな手段も違法な行為も、何もさせてもらえないですよ〜!!!】
「ちょ、貴方ねぇ!!」
【僕は所詮、フリーのカメラマンです!!】
撤収〜という声が、遠くに聞こえる。
「待ちなさい、ちょっと――チョ……っ」
 切られてしまったのだろう。碇が力一杯受話器を置いた。肩が微かに戦慄き、その怒りを余すことなく伝えてくる。
 部内の視線が、ただただ碇に注がれていた。
 

◆深夜の道 車の中◆
 灯は何も無い。辺りは漆黒に包まれ、車はケンジ達の乗る一台以外他に無かった。ヘッドライトの明りで薄っすらと照らされた車道は、辛うじてコンクリートと言えるようなモノ。
 後部座席ではケンジと匡乃が隣り合わせに座り、匡乃が自分の知り得る情報を考察を交えて話していた。
「――生徒の話では、百鬼夜行は頻繁に起こるという事なんです。何でも空市では特に珍しい事では無いのだとか」
「それはテレビでも言ってましたね」
「ええ。昔から続く事象らしいですからね。百鬼夜行の夜に外に出てはいけないと伝わるし、生徒もそう言われて育てられて、破った事は一度も無い。誰も破った事が無かったと言っていました」
 これは匡乃が講師を勤める予備校で聞いた話である。生徒の内幾人かは空市民であり、攫われた子供の兄弟でもある。テレビに比べて遥かに信憑性のある話だ。
「百鬼夜行を見た者はあまり居ないそうですが……多分霊感の問題じゃないかと、ウチの生徒は言っていました。ただ百鬼夜行を告げる鐘が鳴り響き、市内に小さな鈴の音などが時折聞こえる事等から、気味が悪くて皆外出を控えていたみたいなんですね」
「ふんふん」
「なので此処百年近くは行方不明者も全く出ていなかった様なんです。それがまぁ、不運だったのか幸せだったのか……」
匡乃がわざとらしく溜息をついて、腕を組んだ。
「子供達の多くは、百鬼夜行なんて全く信じていなかったんです。実際攫われた者が身近に居たワケでも無いですからね。だから肝試しや夜遊びといった理由で、外に出てしまったと」
「それで攫われたわけですか?」
「ええ」
「皆さん、勇気ありますよね……。僕だったらとてもとても……」
 三下が小さく呟いて、肩を大きく震わせた。見るからに気弱、子供にすら虐められそうなこの男の言葉に反論は起きない。
「運悪く百鬼夜行の時間と重なってしまったんでしょうね。気付いた時には何の痕跡も残さず、居なくなってしまった……」
「という事は、子供に共通する事は外出したという事だけですか?特徴に類似点とかがあるわけではなく?」
「――多分」
 ケンジがう〜んと唸る。その膝の上では、赤と青の古本が頁を開いたまま重ねられている。
 窓を開けると夜の冷気が車の中に吹き込み、パンクしそうな頭を爽やかに撫ぜていく。
 車内にしばらくの沈黙が落ち、やがて三下が、空市まで30分と告げた。


◆閉ざされた街 光の洪水◆
 車道は車で埋め尽くされていた。ひしめく車の群に、車は空市から離れた位置に止めざる得ない。
 深夜だというのに野次馬と報道の数が迷惑な位存在し、カメラのフラッシュが断続的に瞬いている。
「うわ……」
三下が驚いた様に声を上げ車から降りた。続いて、匡乃。ケンジは車の中で古本に目を落としていた。
「とりあえず、行ってみましょうか」
匡乃の言葉に、ケンジが開いた窓の奥から答える。
「先行ってて下さい、お二人さん。俺、チョットこれ見てから追っかけます」
そう言って、膝の上の古本を軽く叩く。
 見つめてくる瞳の真剣さに、匡乃は頷く事で応えて三下と共に車を離れていった。

 周囲がザワザワとざわめいている。時折、ピッピと何かが鳴る。しかしケンジの耳にその騒音は届かない。
 ただ惹かれるように視線を落とし、ソレは文字の上を追い続けた。
 描かれる古河切斗という術者の半生はどこまでも物語めいている。
 時代は鎌倉の世。想像もつかない現実が繰り広げられ、日本でありながら何所までも現実離れした世界が舞台だった。
 今でいう東京北部に位置していた小さな国――国といっても、村三つ程の小さなモノだ。
 人のけして寄り付かない地では、物の怪との壮絶な戦いがあったという。もっとも、多くの民人は食われるだけの餌であったが。
 その物の怪――異なる世界の化け物共を排除すべく、命を賭したのが、古河切斗。
 彼は彼の知る限りの術を最大限まで複雑化し、異なる世界の門を閉じた。そして術の効力はそれだけに留まらず、化け物共へ幾つかの規制を定めた。
【何時の世か、切斗が逝き術の効力が切れた頃、また蘇る】
 化け物共の言葉に切斗は更に術を使った。化け物を来訪を告げる鐘。人々を化物から守る結界。その全てを終えた時、切斗は斃れたという話。
 その最後に描かれたモノが、四つの鳥居と大きな鐘だった。
「――もしかして、これって空市の話なのか……?」
 普段なら適当に捨て置く話だが、余りにも空市と境遇が似ている。匡乃の言った通り、その不可思議な鳥居と鐘が幾つも存在するとも思えない。
そして――百鬼夜行が異なる世界から現れるなら。仮定だが、切斗の術が弱まった今、今一度人間を喰らうべく現れたなら。この国を化け物の巣窟にすべく、這い出て来たのなら。
「……通じはする……」
 ケンジは渋面を作り、呻いた。血液を凝固したように赤い瞳が苦悩の色を浮かべている。
 そんな偶然があるはずがない、と思う。こんな馬鹿げた話があるか、と思う。そして、全てを覆す現実があることを考える。
 怪奇とは本来、あってはならない物。ある筈が無いもの。
 理論や数式など当てはまらない。そんな現実がある事を、ケンジ自身良く知っている筈なのだ。
 だがもし切斗なる術師が本当に存在し、異なる世界の化け物が空市を徘徊しているのだとしたら、外出した子供達は今頃食われてしまっているのではないのか。
 百鬼夜行をとめる事は出来ても、居なくなった子供達は二度と還らないかもしれない。そう思うと、胸が締め付けられる。
 首元で結った腰までの髪が、ケンジが胸を押さえた瞬間首から胸へと滑り落ちた。
 同時に空市の空を遠くに見つめるケンジの視界に、駆けて来る匡乃の姿が映った。心なしか青白い顔に、ケンジは車から降りる。
「綾和泉さん、どうかしたんですか!?」
「火宮君、三下さんの携帯取って!!」
 言われた通り一度車に戻って、運転席に置かれたままの携帯を取り出す。
 メモリを探しているのか、匡乃に手渡した携帯が何度か機械音を鳴らして。
「おかしいとは思ったんですけどね、警察が空市を完全に閉鎖してます。誰一人として、市内に入れて貰えない……」
「え!?」
「政府の圧力が掛かっているかも。正規の警官隊とは少し違いますし」
そこまで言った所で、電話の相手・碇編集長が出た様だった。
「えぇ、はい。綾和泉です。――スミマセン、電源切っていたみたいで……ええ、今は空市に居ますよ」
ケンジは大人しく待つ。
「やはり……。こちらも駄目そうです。全く隙が無くて――ああ、そうですね。やはり一度戻った方がいいかと。わかりました。では……後ほど」
「碇さん何ですって?」
「――空市に入る手立てはどうやら無い様です。一応鳥居と鐘は遠目に確認したんですけど、それだけではどうにもなりませんからね……一度、戻って来いと」
苦笑する匡乃は黒い瞳を眇め、後方を見た。三下がのろのろと走ってくる所だ。――否、歩いて来る所か?
「だけどそう悲観する事無いですよ、綾和泉さん。この本、どうやら当りですから」
「当り?」
「百鬼夜行の起源を垣間見れます。……詳しくは、また車内で」
「誰に聞かれているかわかりませんからね」と続けて、ケンジは車に乗り込んだ。


◆幕間〜草間興信所〜◆
 ポツリ、ポツリと空から雨粒が落ちてきた。冷たい感触を頬に受け、草間がつ、と視線を上げる。
「――雨……」
傍らに立つ零も、一呼吸の後空を見上げる。
 次第に強く強く……雨は傘をささぬ二人の体を打ち付けた。
 鞄で頭を庇い、幾人もの人間が側を走り去っていく中、草間はただじっと上空を見つめるばかり。
「何か見落としている気がする」
「え?」
「――大切な何かが欠落してんのさ。あまりにも何も無い所為で忘れがちな何か……」
「何か、ですか……」
曖昧な草間の言葉に、霊は眉間の皺を深める。
「アイツらが、それに気づいてればいいんだがな……」
独り言の様に呟いて、草間は小さく首を振った。
「何も起こらないでくれよ、頼むから……」


◆百の鬼 夜の静けさ◆
 その日、上空にはどんよりとした雲が浮かんでいた。太陽を遮断し暗い影に覆われ、空市がどの様に時を送っていたのか――それはケンジ達にはわからなかったが。
 昼過ぎには激しい雷雨となり、ソレは深夜を過ぎても雨足を弱めなかった。
 ケンジ達は一度アトラス編集部に戻り碇編集長に集めた情報を引き渡し、その後夕方過ぎ、編集長の指示で再び空市へと戻った。
 車を空市から離れた森の中へと停め、自身らも見咎められない様に空市へと近づく。
 雨の所為か、それとも何らかの圧力があったのか、あるいは何も出てこないと諦めたのか、空市の前には最早警官隊以外に人の姿は無かった。
 そんな中ケンジ達はただ静かに、あるタイミングを待った。
 警官隊に出来る隙――交代の際に必ず出来る死角、即ち穴を。息を潜めて待ち続けた。

 そうして今に至る。日が変わるのと同時に交代した警官の隙をついて、三人は空市への侵入を果たしたのだ。
 無論捕まればそこでアウト。三下が足手まといではとヒヤヒヤしたが、運良く見咎められる事は無かった。それはこの視界を遮る雨のお陰だろうか。それとも警官の油断だったのだろうか。
 雨は依然弱まる事を知らず、それ以外の音を三人に運んでこない。街灯の灯りに照らされて見る空市は、ただただ静かだった。
「とりあえず、鳥居を目指しましょう」
 空市は山の斜面を切り取って出来た街だ。故に坂が多い。幾つもに枝分かれした道は、上った先、必ず鳥居と鐘まで行き着く。
「二手に分かれて何か手がかりを見つけましょうか。火宮君は、三下さんと右から行って頂けます?」
「構いません。それじゃあ一度、鳥居の前で落ち合うという事で大丈夫ですか?」
「ええ。では、何か見つかる事を祈って」
 ケンジは三下と共に右へ、匡乃が左へと体を反転させた。

「……って、三下さん……?」
 顔を引き攣らせながら、ケンジはなるべく穏やかな口調で尋ねた。
「――ふゎい?」
 ぶるぶると震えっぱなしの三下。その視線は常に足元。狩場のウサギよろしく、同情心を煽る彼は逃げ腰。そしてケンジの服の袖を掴んで離さない。
「この手、何なんです?」
「……だ、駄目ですかぁ〜……?」
「っていうか、結構歩きづらいんですケド」
 元々身長差というモノがある。暫くは三下を思って我慢もしたが、それが長い事――しかも微妙な歩調で歩く彼に合わせるとなると、ケンジの体もキツイ。
「もし何だったら、ここら辺で待ってます?俺ちゃっちゃと行って、綾和泉さんと合流して戻って来ますけど」
そう言うと三下は豪快に首を振った。嫌々と駄々っ子みたいだ。
「だったら携帯で連絡取って、ここまで来て貰えばいいじゃないですかぁ!!」
「携帯圏外ですもん」
「だって、こんな所に一人残されたら死んじゃいますよォ〜」
「じゃあ行きましょうよ。第一三下さんにも、カメラマンとしての仕事があるでしょーが」
 その証拠に三下の首から下がるのは、最新式のカメラ。画素数が高く、素人でもプロ級の写真が取れる優れものだ。これは誇張でも何でもなく、実際三下程腕の無い人間でも、100%の確立で取れる。これを三下に持たせるのは碇の指示で、ケンジと匡乃が気兼ね無く情報収集に勤しめる様にとの配慮だが――その真意は恐らく、三下を逃がさない為であろう。クビが掛かっている今、三下はちょっとやそっと怖い位で引くわけにはいかないはず。
 ――筈なのだが。
 嫌々と首を振って、ケンジの服を離そうとしない。その足は完全に歩みを止めている。
「三下さん?言っておきますけど、コレ逃せば給料削減所じゃナイんですよ?何だっていいから、ホラ。空市の風景でも撮って……!!」
「変なモノ映ったらどうするんですかぁ!!?」
 あー言えばこう言う。三下は三下でその事に必死。ケンジはケンジで何とか言い包めようと必死。
 だからなのか二人は、百鬼夜行を告げる鐘の音にも、遠くに上がった叫び声にも気付けなかった。ただ振り続ける雨の中、不毛なる言い合いを続けて――。
「何か出たら、近くの家の門の中入れば大丈夫ですから!!結界が張ってありますからね!!それっくらい出来るでしょう、三下さん!?」
 無理矢理に会話に終止符を打って、ケンジは縋る三下から離れ、すかさず走り出した。
 そうして、衝突。
「――っとぉ〜」
 ぐにゃりとした変な感触に、ケンジが慌てて体を離す。
「っ……」
突然現れ出た異形。坂の上から降りてくる一軍。ぐにゃり、とスライムみたいに変形しながら、ソレがケンジの腕を掴もうとした。
『ぎゃあぁああー!!!!』
冷えたジュースを背中から流されたような痺れに、ケンジと三下は同時に叫び、坂を駆け下りた。


◆藍の空 闇の終わり◆
「ゴド……モォ……」
「いいヤ、違うさネ。……アレはね」
 取り残された化け物の、老婆にも似た白髪鬼が喉の奥で笑った。
「アレはネ、女王のお探しのモノじゃないヨ。だから――狩ろうかね?」
傍らのスライムに微笑みかける。
「女王はお許しにならないが……何。知った事かネ。ワシの呪いはとっくに消えておるからネェ、ソレ位わけないサ……」
 降り注ぐ雨を微塵も介さず、異形が再び歩み始める。だがその歩は次第に速度を上げ、ケンジ達に迫ろうと人外の動きで跳ねた。

「なななんあな……」
 唇をついて出るソレは言葉にならず、三下は涙を垂れ流しながら走る。走っても走っても、下には着かない。化け物が追いかけてくるかと思うと、振り返る事も出来ない。
「三下さん、三下さんストォーップ!!写真撮って下さいよ!!」
後ろを追いかけてくるケンジの冷静な言葉に、三下はただただパニックを起こす。
「無理ですぅ〜!!」
 ケンジが全速で追おうとも、三下の腕を掴む事が出来ない。何て逃げ足の速さだ、と舌を鳴らす。
「何しに来たんですか、三下さん!!」
 クビですよ、と叫んでみても、止まるワケがない。クビと命だったら、命を取るのが普通。運良く回り逢った百鬼夜行には自分達を滅しようという確かな殺意があった。
 最早傘は投げ出し、濡れ鼠になりながら二人は坂を下り続ける。
 と、その上空を何かが通り過ぎ、けぶる視界の中、前方へと降り立った。
「!!三下さん、止まれ!!」
鋭い一喝に、思わず足を止める三下。己の僅か一センチ先で風がなり、銀色の光が閃いた。
 それが前方に飛び出た異形の攻撃だと三下が気付くまでに、二、三秒。
 叫んだと同時にケンジは己の内側に念じる。瞬時に手元に炎を纏った長剣が現れ、三下へと向かった二度目の攻撃をすんでで受け止めた。
 庇われた三下は未だにワケが分らず、ケンジと白髪鬼が向き合っているのを見て、やっと覚醒。
「っひ」
防衛本能が働きそれから逃げようと背後へ視線を向ければ、見るも恐ろしい化け物の軍団――。
「うわぁあああぁああわぁ!!!!!」
「三下さん、早く庭先へ!!」
最早聞く耳持てない状態の三下に軽く舌打つ。ケンジは白髪鬼の長い鉤爪を力任せに押し払うと、三下の背中を蹴り倒した。向きは玄関。
 思惑通り結界の中へと押し込んで、ケンジは異形に向き直った。
 刃渡り80cmもの長剣を、まるで血を払うかの様に振り落とすと、異形の集団の背後で炎が上がる。
「ゲグェ!?」
 もう一振りすれば、更に炎が広がる。ケンジが燃えろと念じたモノ……跡形も無く消え去るであろうモノ……その中に入っていた筈の白髪鬼が高く跳躍してそれを避けた。
「くっ」
上空からの攻撃は、重く圧し掛かる。押し切られると思ったのか、ケンジは体を捻り、鬼の腕を取って地面へと投げつけた。そしてソレが立ち上がる前に、自身も結界の中へとダイブ。
「チョ、調子にのりやがってェ……!!」
 白髪鬼は吼えたが、しかし彼女には分るのだろう。そこに張られた結界に近づけばどうなるか。けして近づこうとせず、ケンジを挑発する様な言葉を吐き続けるのみ。
 やがて何かの声を聞いたかのように小さく「わかってるヨ」と呟き、憎憎しげに唾を吐き捨てた。そしてその後は二度と振り返らず、坂を上っていった。

 白髪鬼に続き異形の集団が、大人しく還っていく。ケンジはその後を目で追いながら、気付いた。その先の鳥居の上に大きく開いた、暗い穴の存在に。そこへ飛び込んでは消えていく化け物達。
「アレが異界への門か……!!」
 最早、疑いようが無かった。ケンジの中で確信となった思い――古河・切斗という術師と夜行す百鬼の関係。鳴り響く鐘の音。結界。鳥居。子供。様々な符号が弾け、繋がっていく。
 ゆっくりと己の世界へと戻っていく異形の最後の一匹が消えると、大きく開いた深淵は縮小し消えた。

 見上げた空ではいつの間にか雨が小降りになり、雲が晴れ所々に夜の星を見つける事が出来た。
 街灯の光が闇を打ち払うかのように煌々と辺りを照らし、何時も通りの朝を迎えようとただ――光続けた。



【to be continued...】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3462 / 火宮・ケンジ(ひのみや) / 男性 / 20歳 / 大学生】
【1537 / 綾和泉・匡乃(あやいずみ・きょうの) / 男性 / 27歳 / 予備校講師】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、こんにちわ。ライターのなち、と申します。この度は「百鬼夜行〜藍〜」に発注下さり、真に有難うございます。にも関わらずの、遅延納品申し訳ございません。

綾和泉様とは多少文章に違いがあります。そちらも合わせてお読みいただければ、全体がよりわかるかもしれません。
至らない所も多々あると思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。もし苦情などございましたらぜひお寄せください。

そんなこんなでこの作品、完結しておりません。欲を言えば次回も、またケンジさんにお会い出来れば嬉しく思います。また別の機会に恵まれましたら、ぜひよろしくお願い致します。