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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


■母を呼ぶ声■

「さて、これで四谷怪談特集はこの記事で終わりね」
 とん、と部下が書き上げた原稿を碇麗香は机の上で整える。
 その時である───奇妙な子供の声が聞こえてきたのは。

     おっかあ…………

「……?」
 編集部の中からではない。寧ろ、麗香の持っている原稿の「中」から声がするように思え、思わず彼女は身を震わせた。
 しかしそれ以降その声は聞こえなかったので、疲労しすぎのせいにして麗香はその夜、さっさと眠りについた───のだが。
 妙な夢を見た、と翌朝麗香は三下に愚痴をこぼしたものだ。
「どこかの病室で、げっそり痩せている小学生高学年くらいの男の子がいるの。その子は確かに目を閉じて眠っているように見えるのに、おっかあ、おっかあってその子の声がするのよ」
 以来、耳について離れず、今もまだその声は聞こえるのだという。
「おっかあって……お母さん、のことですよね」
 不機嫌そうな麗香にびくびくしながら、三下。
「他にあったら教えてほしいわ」
 と、麗香。そして、きっと睨みつけた。
「何をしてるの」
「……え?」
「私がこれだけ苦しんでいるのよ? その子のことも記事に出来るかもしれないし、病院の名前もご丁寧に夢に出てきたから誰かに連絡をとって解決してもらってきなさい!」
 相当の逆ギレである。
 三下は、だが逆らえない。反射的に「はいっ」と情けない声を上げ、「コワい事件でなければいいなあ」と泣く泣く協力者を求めるためにパソコンに向かった。


■Relief party■

「まだなのっ!?」
 碇麗香の怒鳴り声も、既に疲弊している。クーラーは効いているが、そんなものいらないくらい彼女の声は冷気を伴っていた。
 専ら、声のやりどころは言うまでもなく三下である。
「もういいわ、三下くん、あなただけで取材してきなさい!」
「そ、そんなあ」
 声と共に投げられたボールペンを、哀しいかな、慣れてしまった身体が反射的に動き、素早く手でキャッチする。
 ため息をつきつつそれを自分の鉛筆立てにさしてから、三下は仕方なく取材道具をバッグに詰め込み始め……妙な香りに顔を上げた。
 妙な───およそこの編集部にあるはずのない磯の香り。
 しずしず、と漆黒に彼岸花のチャイナ服で現れたのは、バケツを片手に持った、海原・みその(うなばら・みその)であった。
「こんにちは。久し振りに参りましたので、これお土産です」
 と、そっと彼女がそっと差し出したのはそのバケツである。磯の香りはその中からした。
 まさか、と思いつつも彼女なら持ってきかねないと確かめるのがコワい三下の代わりとばかりに、
「あ、海草ですね。美味しそうだなあ、調理場お借りして味噌汁作ってから取材とやらにいきましょうか?」
 と、みそのの後ろから、こちらも今着いたばかりらしいシオン・レ・ハイがにこにこと嬉しそうに顔を出す。ピシッとスーツでキメた美中年に、この台詞は甚だ惜しい。もっとカッコいい決め台詞でも充分似合うのに……等と考えていると、その三下の頭にスコーンとプラスチック製の湯呑みが当たった。
「揃ったようね、みそのさんシオンさん有難う。その馬鹿を連れて取材いってきてくれる?」
 余程その耳元で聴こえる「おっかあ」が神経に障るのだろう。いや実際、耳元で「おっかあ」と誰かに言われ続けているようなものなのだから、当たり前なのかもしれない。想像して、シオンは、少し考えた。
「三下さん、先にみそのさんと一緒に病院のほうに取材に行ってきてくれますか? 私は少し調べたいことが───」
 その視線の先に、三下とみそのの姿がない。
 もしや先に行ってしまったのかと探すと、丁寧にバケツから海草を束にして編集部の人間に一束ずつ渡しているみそのの姿と、味噌汁のカップをその後に置いていく三下の姿があった。
 聞いていなかったのかと思えば、にっこりとみそのが振り向く。
「分かりました。ところで『よつやかいだん』ってどんな階段なんですか? ロミオとジュリエットみたく、母と子の悲哀があるのでしょうか」
 ガタッと、思わず自分の身体を三下の机で支えるシオン。
「ああ、四谷怪談というのは……」
 と、丁寧に三下が教えている。四谷怪談にも色々あるが、とか。今回の最後の記事の「お岩」の話で締めくくられた。みそのは何か考えていたが、
「では、病院に参りましょう。幸い海草もまだ一束残っておりますし、お見舞いに持っていきましょう」
 と、三下の手を引っ張る。
「い、いえ、さすがに病院に海草は……」
 と、なんとか引きとどめる三下だった。


■シオンの調査■

 金切り声を上げる麗香本人も疲れているようで、割りと簡単に、シオンが引っかかっているその原稿の記事とやらを渡してくれた。
「汚したら酷いわよ」
 とにっこりする麗香もコワかったが、四谷怪談の記事もなんとまあ、コワくてたまらない。
 ぶるぶる震えるシオンの中で、ガサガサと記事の束も震える。
 シオンが引っかかった、というのは、大したことではない。ただ、みそのと三下が出て行くとき少し話したのだが、みそのも「記事から声がする理由が分からないのですけれど」と一言置いていったので、それも確かめられるものならば確かめたかった。最初から最後まで読もうと決めているのに、最後のほうにようやくなっても、シオンの顔は明らかにコワさで蒼褪めている。
「あれ?」
 思わず、コワさも一瞬忘れて呟いた。
 記事が「了」で締めくくられているのだが───そこまで読んだというのに、シオンはおかしいと思ったのだ。
「少しパソコン借りてもいいですか?」
 麗香にではなく───彼女は疲れたように机に突っ伏していたので哀れと思い───三下の机から一番近い人間にそうして許可を取り、三下が使っているパソコンにシオンは向かう。
 調べたのは、四谷怪談ではなく……「お岩」本人のことだった。検索すると、幾つも出てきたが、根気よく探す。目に留まったサイトを開く。
 読み終えて、シオンは少しだけ首を傾げた。
 お岩という女性は確かに存在していた。だが、四谷怪談とは随分違う。
 本当のお岩は、良妻賢母で呪いや恨み等とは一切無縁なのである。
 この記事は、脚色してあるお岩、つまり「四谷怪談のお岩」のことが書いてある。
 何か分かりそうで分からない───それに「おっかあ」の声がここから聞こえたことも気になる。
「とりあえず、原稿を返してから私も病院に向かいましょう」
 シオンはひとりごち、かなり遅れて三下とみそのの後を追った。


■みそのの調査■

 タクシーではなく、経費節約のためにバスで向かう。
 着いた場所は、「南雲病院」という、個人病院ではあったが結構大きなところだった。
 チャイナ服はかなり人目を引いたが、当のみそのは意に介することもなく廊下を進む。305号室、個室に辿り着くと、三下がまずノックをした。
 はい、と掠れた声が聞こえたので、そのまま扉を開ける。
 個室ではあったが、一通りの備品は揃っているようだった。洗面器にテレビ、時計に絵の額縁、丸椅子が二つ、ロッカーが一つ。。点滴の袋が二つ並んでいて、その管は痩せ細った少年の腕へと続いていた。
 少年のほかには、誰もいない。少年はゆっくり首を動かし、みそのを見た。虚ろな瞳だった。
「眠ってなんかいないじゃないですか」
 麗香からの情報と違う、と三下がみそのの背後で呟く。
「…………」
 少年はじっとみそのを見つめていたが、にっこり微笑んだ。
「お母さんのお友達? それにしては若いけど、ありがとう」
 無邪気な笑み。だがこの空気の「流れ」に違和を感じていたみそのは、微笑みを返しつつ尋ねた。
「わたくし達はお母様のお友達ではございません、お部屋を間違えてしまったようです。ですがこれも何かの縁でございましょう、お名前はなんとおっしゃるのですか?」
「そう……」
 がっかりしたように目を伏せ、少年は「宮崎玲人(みやざき れいじ)」と名乗った。三下とみそのもそれぞれ名乗ると、玲人は疲れたように目を閉じた。そのまま、すうっと眠りに入ってしまったようだ。
「眠り……ましたね」
 三下が、恐る恐るといった感じで言うと、みそのは「お静かに」と、短く返す。耳を澄ますと───

 おっかあ……

 確かに、聴こえる。
 少年の口からというよりも、身体全体から聴こえる。些かおかしいとも思うのだが、事実なのだから仕方がない。
 コンコン、とノックの音に思わず「はいっ」と反射的に背筋を正す三下に続き、シオンが入ってきた。そしてこの場に直面して数分間硬直していたが、ハンカチを取り出して汗を拭きつつみそのと三下に先刻のことを報告する。
「玲人さんのお母様は、今どうしていらっしゃるのでしょうか? 働きづめで連絡が取れない、ということはないでしょうか」
 みそのが静かに言うと、シオンが「すぐ確認取ってみます」と、部屋を出ようとした、その時。
 更にみそのが、言った。
「『流れ』が───二つありますわ」



■母を呼ぶ子の思ひや何処(いずこ)■

『流れ』が二つ。
 みそのの説明では、この場合───ぶっちゃけた話、「玲人の流れ」と「そうでない者の流れ」を感じるとのことだった。
 兎にも角にも母親に連絡をとシオンが、走ってはいけない廊下を競歩の選手とばかりの速さで歩き、ナースセンターに辿り着く。すぐ近くには、公衆電話があった。
「あら、玲人くんのお父さん?」
 シオンがなんと口実をつけようか考えあぐねているところへ、玲人の病室から出てきたところから窓から見ていたらしいひとりの看護婦がドアを開けて尋ねてきた。
「え、いえ私は───そ、そうです」
 この場は仕方がないだろう、中身は子供のように純粋でも体格は美中年である。そう、例え「美」がつこうとも───。
 シオンがしおしおといった感じで頷くと、途端にナースは態度を変えた。
「あなた今まで玲人くんや奥さんをほっぽりだしてどこに行ってたの? 奥さんのお話では玲人くんが小さな頃に行方をくらましたそうだけれど、そんなことで父親がつとまるとでも───」
 え、いや、とシオンは口篭ったが、その看護婦は幸い気付いた他の看護婦達に「まあまあ」ととりなされた。
「と、とにかく私は奥さ───い、いえ、妻にですね、連絡をとりたくて……」
 しどろもどろで連絡先をと聞こうとしたところへ、若い看護婦があっけらかんと言った。
「ああ、奥様でしたら今日は夜勤ですよ」
「───え?」
 夜勤?
 シオンの頭の中で何かが組み立てられていく。
 追い討ちをかけるように、看護婦は「仕方ないなあ」といった感じで答えた。
「元から身体の弱い玲人くんを、数年前から自分が勤めているこの病院に入院させたんですよ、奥様は。夜には来る筈ですから、玲人くんのお部屋にお泊りになっては? あら、そちらは玲人くんのお姉さんですか? それにしては───」
 看護婦の視線の先は、シオンの背後に行っている。振り向くと、いつの間にいたのかみそのが花のように佇んでいた。
「あっ、いえ、この人は───」
「弟がいつもお世話になっております」
 シオンが慌てふためくのと対照的に、みそのはたおやかに微笑んでそうお辞儀した。「腹違いよ腹違い」と後ろのほうの看護婦達がひそひそし始めたので、たまらずにシオンはみそのの手を掴んでその場を泣く思いで去った。


 組み立てられそうでひとつ欠けている。情報が足りなさ過ぎる。
 ゼェゼェと息をつくシオンの情報を、だが殆どみそのは、その身体に隠れて聞いていたらしい。特別驚く素振りもみせず、しなやかに乱れかけたチャイナ服の裾を整えた。
「シオン様がアトラス編集部で調べてくださった『本当のお岩』さんと、玲人さん……共通しているのは、『おっかあ』の声と───恐らくは『呼ぶ子供の母親に対する祈り』なのではないでしょうか」
 同じ病院なら、幾らでもいつでも会う機会はございますでしょう? と、みその。
「それが───宮崎というナースは結構この病院では有名人らしいですよ、その……玲人くんに全然会わないということで」
 いたのか、と誰もが言いたくなるほど存在感が薄れていた、三下がもそもそと口にする。病院の廊下の長椅子、その端っこに恐々と座っていた。
「あ、全然っていうのは少し大げさで……会っても、親子としてじゃなく……まるでハタから見ると、『看護婦と介護されている子供』にしか目に映らないそうで……」
「失礼、足をどけてくださいますか?」
 第三者の声に、慌ててシオンが長い足を引っ込める。みそのもなんとなく足を長椅子のほうにひきつけ、見上げると、医療品を運ぶ看護婦の視線と合った。
「お邪魔しております」
 とみそのが頭を下げると、くすっと看護婦は笑い、「いいえ」と少しだけこちらも頭を下げる。その時、腕に隠れていた名札が見えた───宮崎、と。
「!」
 思わず立ち上がろうとするシオンのスーツの端っこを思いっきり引っ張るみその。
「玲人さんの身元───いえ、玲人さんの家庭に関すること全て、今から即効でお調べいただけますか?」
「……え?」
「夜勤、と看護婦さん達が言っていたのに少しズレて仕事にお入りになったのでしょうか……今はまだ夕刻ですけれど……わたくしも少し引っかかるんです」
 ハッとする、シオン。三下も腕時計を見た。確かにまだ夜勤には早すぎる時間だ。
 シオンの目つきが、鋭くなった。
「分かりました、すぐ調べてきます」
 言うと立ち上がり、再び競歩の選手の如く凄まじいスピードで廊下を歩き出した。



   ねんねん ころりよ おころりよ
         ぼうやはよいこだ ねんねしな


 玲人は目を開けて、唄っていた。
「あらあら玲人くん、今日はご機嫌ね。お母さんと会える日だものね」
 点滴を取り替えにきた看護婦が、子守唄を唄う玲人に笑いかける。うん、と嬉しそうな玲人の声が開いた扉の外まで聞こえてくる。
 みそのと三下はそれぞれ、すぐそこにあった自動販売機でさもジュースを選ぶかのようにしていた。
「あ、海草ヨーグルト……美味しそうですわ、わたくしこれ買います」
「シオンさん、まだでしょうか」
 呑気に構えているみそのと、おろおろする三下。
 ヨーグルトを買い、ほんのり微笑んでみそのは三下を落ち着かせる。
「そんな立ち振る舞いでは、怪しまれてしまいますわ。三下様もヨーグルトを如何でしょう」
 シオンは今頃、タクシーで乗り込んだ草間興信所で事情を言って(といっても碇麗香のことだから耳に入っていたかもしれないが)宮崎玲人の身辺調査をしているはずだ。待っているほうは、やはり落ち着きもなくなるというものである。
「でもねえ玲人くん、子守唄っていうのはお母さんに唄ってもらうものなのよ? 今夜はたっぷり唄ってもらいなさいね」
 看護婦の声が聞こえ、その次の玲人の言葉に、みそのは知らずヨーグルトを食べる手を止めていた。
「でもね、いつもお母さん、子守唄は自分で唄いなさいっていうんだ。お母さんが唄ってくれるときは、ぼくが死ぬときなんだって」
 息を呑む看護婦の気配を感じる。それはそうだろう。そんなことを本当に子供を愛する母親が言う台詞とは、例え人離れしているみそのにだって思えない。
 いいこにしていればきっとそのうち唄ってくれるわよ、と言い置いて看護婦が扉から出てくる。みそのがヨーグルトを食べ続け出したその視線の先は、「ちょっとちょっと」と井戸端会議のように噂話をするナース達の姿がある。
「可哀想ねえ、いくら身体が弱い子だからって、親がそんなこと言うなんて」
「今時の親って宮崎さんのこというのかしらねえ」
 カラン、とみそのの手の中で、空っぽになったヨーグルトの箱の中、プラスチックのスプーンが音を立てた。


■思い惜しくも命惜しまぬ子の魂■

 カツン、カツン、カツン。
 扉を隔てた廊下で、足音が止まる。キイ、と寝ている玲人を起こさぬよう、扉を開いて看護婦、宮崎千絵子(ちえこ)が入ってくる。
「玲人……よく眠ってるわね」
 小声で、まるで確認するような千絵子の声に、玲人はぴくりともしない。真夜中ということもあり、病院は不気味に静まり返っていた。
 そして千絵子は、ゆっくり注射器を取り上げながら、小さく小さく口ずさみ始める。
「ねんねんころりよ おころりよ……」
 しゅっと注射器のテストもせず、満足そうに笑みを浮かべ、
「……これでわたしが交代した後にはあんたは死んでるのよ、玲人……疑われるのは、丁度朝の点滴の係の看護婦……」
 それを点滴のほうへ持っていく。
「ぼうやはよいこだ ねんねしな……」
 あと数ミリ、という時。
 ロッカーがガタンと開き、中から窮屈そうにして出てきた男───シオンが千絵子の腕をがしっと掴んだ。
「!!」
 千絵子は驚き、抵抗するが適うはずがない。
「そこまでですわ」
 パッと電気が点き、ベッドの下からみそのと三下、それに───予め無理矢理呼んでおいた、警官二人が出てきた。
「本当に宮崎千絵子か写真を見せられた時は疑問でしたが、犯人が整形して逃亡することはよくあることです。まさか同じ区内の病院にいるとは予想外、それこそ灯台下暗しでしたけどね。ご協力、感謝します」
 呆然とする千絵子の両手首にガシャンと手錠をはめる同僚の隣で中年の警察官はそう言い、みそのとシオンに敬礼した。
「私はただ、玲人くんの心を助けたかっただけですから」
 と、シオン。
「わたくしもですわ」
 続いて、みその。その腕の中で、玲人が泣いていた。
 真相は、つまりこうである。
 宮崎玲人は、宮崎千絵子の連れ子だった。それも、死んだ姉に押し付けられた養子である。元々が遊び歩くのが好きな千絵子だったから、病院勤務が終わるとすぐにあらゆる男のところへ行っていたのだが、ある日そのうちの一人と共に殺人を犯してしまった。
 バラバラに逃げようということで、ここは下手なことはあまりしないほうがいい、と賢しい千絵子は思いつき、整形し、同じ区内の病院に看護婦として勤務した。同姓同名など幾らでもいる。それに、しとやかな千絵子を誰も犯人とは思わなかった。
 ただひとり、玲人だけが千絵子には邪魔だった。それで長い時をかけて薬を投入し続け、入院させるまでにこぎつけ───あとは、この毒の注射を点滴に混入するだけだったというのに。
「玲人くん、元気を出してください。毎日通ってあげますから───」
「わたくしも毎日お見舞いを持ってきてさしあげますわ」
 シオンとみそのの言葉に、だが玲人は、泣き止まない。
「信じてたんだ、まさかまさかって思っても、でもお母さんだから、ぼくのお母さんだから、信じたかったんだ」
<その想いがおれをひきつけた>
 響き渡るような、だが、静かな声に、一同は静まり返る。
 玲人の頭上に、古い着物を着た玲人と同じほどの年頃の少年が、哀しい瞳で見下ろしてくる。
<おれにはおっかあがいなかった。お岩さんとそのこどもたちをみて、いつもおれはおっかあができるなら、あんなおっかあがほしいっておもってた。でも、おっかあはずっと前にしんじゃってた。おれも、池であそんでて、しんだ>
 恐らく、みそのの言う「流れ」が玲人とこの少年の場合酷似していて、少年が玲人の「中」に入ってしまったのだろう。
「それで、お岩さんの記事も赦せなくてなのでしたか?」
 みそのが尋ねると、次いでシオン。
「それに、誰かに助けてほしいという思いもあったのでしょう。気付いてほしい、と」
 頷くかわりに、ぽたぽたと涙を流す、着物の少年。
<お岩さんのようなおっかあがいい、お岩さんはあんなひとじゃない、ほんとうにいいおっかあだったんだ>
 その悲痛な言葉を聴き、シオンとみそのは、今度絶対にお岩を奉っている神社にでもお参りに行こうと誓ったのだった。
「あ、あの、きみの名前は……?」
 三下が尋ねると、着物の少年は袖でぐしぐしと涙を拭い、少し笑って見せた。
<菊丸(きくまる)───>
 そして玲人の頭を撫でるようにし、唄い始めた。まるで、弟にそうするかのように。
<ぼうやは よいこだ ねんねしな
 ぼうやのおもりはどこいった
 あのやまこえてさとへいった
 さとのおみやになにもろた
 でんでんたいこに しょうのふえ……>
 唄の終わりごろには既に、玲人は夢の中だった。
 そして、ふっと自分自身も、消えた。
 それきり、碇麗香の「おっかあ」の耳鳴りも聴こえなくなったらしい。

 そして、今日も。
「だーめーでーすっ! 玲人くんのことは私の命に賭けてもっ! 記事にはさせません!」
「そ、そうは言いましても他の誌にこの記事をとられてしまったら……そ、それに、菊丸くんのことだって……はっきりさせたほうがいいと……」
「赦しません! 世間と菊丸くんのことは関係ありません!」
 やいのやいのとここのところ毎日のように、アトラス編集部でやりあっているシオンと三下を見つめ、みそのは麗香に向き直り、お茶をすする。
「困りましたわねえ。菊丸くんのことはともかく、宮崎さんのことは他の雑誌にはもう載ってしまっておりますのに……」
「いいのよ。三下くんは馬鹿なんだから」
 頭痛がするといったふうに、一緒にお茶をすする麗香。だが片手にはしっかりと、記事が握られており、目は休むことがない。
「それで、菊丸さんのことは記事になさるのですか?」
 とのみそのの問いに、麗香はため息をつきながら言うのだった。
「今度は祟りがくるかもしれないじゃない。わたしはとっくに一抜けた、よ」
 その答えを聞き、何故か微笑みが浮かんでしまうみそのだった。
「シオン様、シオン様もそろそろお茶をどうぞ」
 呼ばれて時計を見ると、昨日一昨日その前と続き、お茶の時間である。シオンも一時休戦とばかり、顔をほころばせて、
「今いきます。あ、今日はそこの美味しいお煎餅を買ってきたんですよ」
 と、お茶仲間に加わるのだった。



 ───おっかあ……ぼくお岩さんのようなおっかあでなくともいい
            またうまれかわって、おれはおっかあのこどもになりたい───


《完》



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1388/海原・みその (うなばら・みその)/女性/13歳/深淵の巫女
3356/シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)/男性/42歳/びんぼーにん 今日も元気?




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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv

さて今回ですが、「母を思う子供の気持ち」を主体にしてみました。逆も実は入れようとしたのですが、そうなるとあまりに長くなってしまいそうなのでやめました。菊丸と玲人が波長が合って……というくだりを、うまく書けたかどうか心配ですが……。あと、千絵子ですが、彼女が手を下そうとしたくだりも少々書き足りなかった面もありますが、雰囲気を大事にしたかったので書かなかったところもあります。彼女が混入しようとしたのは、丁度朝の点滴をする看護婦の時間と計算した毒物です。思わず書きながら、一時期騒がれた事件の数々を思い出していました。
因みに今回は最初のほうを個別にしようかとも思ったのですが、こうして統一したほうが分かりやすいかと思いましたので、個別はやめました。

■海原・みその様:二度目のご参加、有難うございますv 海草をちょっと最初のほう(ツボでしたので)本当に味噌汁にと思ったのですが、話が違うほうに進みそうでしたので、思いとどまりました(笑)。流れを感じ取り、推測を主に動いて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
■シオン・レ・ハイ様:連続のご参加、有難うございますv 今回はコメディタッチ(?)を主体としたシオンさんにしてみました。能力も使わず、ただ最後は、これは男性の方にしかできませんので、千絵子を取り押える大事な役と、物語をやわらげるエッセンスとも言うべき役として動いていただきましたが、如何でしたでしょうか。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。「お岩」さんについては、実は良妻賢母で四谷怪談は一切の作り話というのは事実ですので、お暇がありましたら検索してみるのも楽しいかもしれません。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆