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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


夜の来訪者、夏の夜の夢【前編】


 ――プロローグ

 警視庁一課特務係の道頓堀・一には唯一の特技がある。
 予知能力である。役に立った例は……ほとんどない。いや、皆無と言っていい。
 好きなときに見られるわけでも、好きなときを見られるわけでもない。ただ、降りてくるのだ。
 一は大きな貨物船の中で、同じく特務係である葛城・理の後姿を追っていた。理は大きな日本刀を振りかざし、行く手を阻む『人ならざるもの』をばっさ、ばっさと斬っていく。その度に返り血を浴び、理はベージュのシャツやサスペンダーを真っ赤に染めている。
 特務係の仕事は、人ならざるものと呼ばれる異人種の犯罪を取り締まることだった。たった二人の構成人数で、多くの異人種を捕らえたり……もしくは排除したりしている。人間の傲慢が作り出した機構だ。
 一の最悪の予知が当たってしまった。ここには、イギリスから吸血鬼が乗り込んでいたのだ。
 理は大きな目を見開いて、一を振り返った。
「ここは自分がなんとかもたせます、大阪先輩はともかく草間さんのところへ行って応援を」
 そしてまた前を向き、廊下をノタノタと歩いてくるグールへ視線を向ける。理はこんなときでも、道頓堀を大阪と呼ぶ。
「そ、そんなわけには、いかないよ。理ちゃん一人じゃ、こんな船、だって船にきっとヴァンパイアもいるんだろう」
「わかりません。グールが生きてるのですから、主も生きてはいるでしょうが」
 理は駆け出す前にもう一度振り返った。
「大阪先輩がいたって無駄です。早く、応援を」
 一は言葉を返すことができず、仕方なくきびすを返して走り出した
「東京の街を吸血鬼に歩かせるわけにはいかないんです」
 理が駆け出すのを振り返り、一は口許を引き締めた。泣き出したい欲求に駆られたが、そんな場合ではない。
 早く、誰かを呼んでこなければ。
 道頓堀・一は船を降り、助けを求めて駆け出した。
 
 
 ――エピソード
 
 船の中から携帯電話で連絡をすればよいということに気が付いたのは、もう海が見えないほど船から離れたときだった。
 足を止めることはできず、駆けながら携帯電話を取り出した。
 理は道頓堀・一を逃がす為に応援を呼ばせにやったに違いない。情けなくて涙がこみ上げてくる。しゃっくりを上げそうになったとき、後ろから呼び止められた。
「おい、大阪」
 驚いて足を止めると、一のすぐ後ろに長い髪を潮風になびかせている女性が立っていた。黒・冥月、草間興信所づてで知り合った人物だ。
「なにがあった」
 冥月の白い顔を見上げ、一は彼女の腕にすがりついた。
「理ちゃんが、船の中に……中には、グールが」
「グール?」
 一はうなずいた。黒い影のような冥月の身体を逃すまいと掴んで続ける。
「吸血鬼がやってきたんです」
「ほう……わかった。葛城刑事を助ければいいんだな」
 素っ気無い口調で冥月は言った。一はコクリとうなずいた。冥月は一の手を自分から引き剥がしながら言った。
「一応連中にも連絡をしておけ。すぐ来られる奴等もいるだろう」
 一が瞬きをした間に、冥月はその場から消えてしまった。
 冥月が影を使う能力者だという認識はあったので、消えた人影に一は少し安堵した。これで、理は一人ではない。おそらく冥月の戦力は上級だ。
 落ち着いて、まず電話をかけよう。
 一は片方の手に握り締めている黒い携帯電話のメモリーの中から草間興信所の番号を選んだ。
 プルルルル、プルルルル。時間が時間だからか、誰も出ない。そんなわけにはいかない。吸血鬼は非常に難しく驚異的な鬼の種族である。いくら上級の戦力とはいえ、人間の理や冥月が敵うだろうか。
 しつこくベルを鳴らしていると、渋々と言った声で男が出た。
「もしもし……草間興信所」
「もしもし? 道頓堀です、誰か呼んでください」
「大阪くんか、なんだやぶから棒に」
 気だるい声で、草間・武彦が答えた。
「T埠頭です。戦力になる人を、ともかく緊急です」


 ハンドバックを肩から提げているシュライン・エマは立ち止まって草間を見た。
「なんだ、またなのか」
 黒電話に向かって草間が嫌そうな顔をする。彼はシュラインの方へ視線をやって、手を招いた。黒い小さなハンドバックを諦めたように肩から取り上げ、シュラインは草間の隣に並んだ。
「こんどはなんだ?」
 草間は慎重な声で聞いた。
「ちょっと待ってろ」
 道頓堀の答えを聞いてから、草間は顔を上げた。シュラインの聴覚は特殊だったので、草間の言わんとしていることがわかっていた。
「至急人員手配だ。誰が効果的かまったくわからん」
「神父かしらね、順当に考えたら」
「大阪くんの話じゃ、鬼に変わりはないようだから、普通の概念の吸血鬼かどうか怪しい」
 シュラインは机の引き出しを開けて中へ乱暴にバックを放り込んだ。携帯電話のメモリーを確認しながら、数名の人間に連絡を取る。
「なにか、あったのか」
 静かにソファーに座っていた透き通るような水色の髪の雪森・スイが不思議そうに訊いた。草間は手書きのアドレス帳のリストをめくるのをやめて、スイを見た。
「グール、倒せるかお前」
「ほう? こっちにもそういったモノがいるのか」
 スイは少し嬉しそうな顔をした。
「私の専門だ」
 スイの隣に座っていたみなもも「はいっ」と手を上げる。
「ヴァンパイアさんの事件でしょ。私も行って、ちゃんと話し合いたいです」
 彼女の髪は深い青で、利発的な瞳はくるくると色を変える。
 草間は困ったような顔になった。
「貨物船が全滅だそうだ。全てグールになっているらしい」
「でもでも、ヴァンパイアさんって実際グールなんか作りましたっけ?」
「俺には細かいことはわからんよ。ただ、グールが山ほどいるのさ」
 シュラインは片方の耳でその会話を拾いつつ、携帯電話で陰陽師御崎・月斗、鬼の田中・緋玻、と連絡を取った。二人は至急の言葉にたった一言「わかった」とだけ言って電話を切った。
「T埠頭なら車で五分よ、行きましょう」
 珍しく車で来ていた草間のポンコツカーに乗り込み、シュラインの運転で四人は指定の場所へ向かった。


 冥月は何体かのグールを踏み潰したところで、ようやく葛城・理の後姿を見つけた。この船の中は少し狂っていた。影という影が誰かに制御されていたのだ。誰が制御できるというのだろう。まさか、吸血鬼だろうか?
 突然の気配に理が剣を振るう。手刀に影をまとわせて、カツンと刀を受け止めた。
「落ち着け、私だ」
「……ああ、来てもらえましたか」
 理の小さな姿は血だらけだった。
 影は移動などを封じられているだけだったので、影を使い理の返り血を全て取り除いた。暗がりで彼女は、不思議そうな顔をしている。
「折角の可愛い顔が台無しだ、危険な場所へ入る前には先に応援を要請しろ」
 冥月が言うと、理は素直にうなずいた。それから口を斜めにして言った。
「本当の危険はこれからです」
 きっと前方を睨んだ。冥月も同じようにする。ノタノタとグールが数体歩いてきていた。
「吸血鬼か。闇の支配者として一度は会いたいと思っていた」
 冥月がふふりと笑ったので、理は眉間にシワを寄せて冥月を見上げた。
「余裕なんてないと思います。この間の鬼とは違いますから」
「何が違う?」
 説明をしようとしたところへ、すうと風が舞い込んでくる。見ると、神とも妖怪とも取れる何かが理達の横を通り抜けたところだった。グールが、風にぐちゃりと潰された。
「……応援ですか」
「そうだろう。式だな、陰陽師が来ている」
 理と冥月は顔を合わせて歩き出した。船室のドアを開け、一つ一つ丁寧に探っていく。
 冥月の影認知能力を持ってしても、吸血鬼らしき影は見つからなかった。
 しばらくして、廊下から声がした。
 
 
 小さな冥月が全員を案内している。影とはここまで自由なものなのかと、草間は感心していた。
「影だと女に見えるな」
 ついこぼすと、小さな冥月が飛び上がってアッパーを食らわした。
 こんなネタをやっている場合ではないんじゃなかったのか……。
 途中から合流した警視庁の神宮寺・夕日が、聖職者の兄から聖水をもらってきていたので全員一応墳霧をほどこした。スイが面白そうな顔でそれを見ている。
「こっちでもそれは効くのか」
「わからないわ。大阪くん達の言う種族は随分特別なものばかりなんだもの」
 それでもシュラインは首からロザリオをつけていた。
 夕日は一を叱りつけていた。
「どうして、警察の私に最初に連絡しないのよ!」
「いえ、ですから、理ちゃんが……」
「頭にくるわね!」
 シュラインが間に入ってまあまあと夕日を宥める。
 御崎・月斗と田中・緋玻はもう中へ入った後らしい。小さな冥月は、草間達を案内して歩き出した。船内は血とくずれた人間らしきクズがあちこちにあった。
 シュラインが小さな悲鳴を噛み殺すのを聞きながら、夕日を見ると、彼女は果敢に一番前を歩いた。
 みなもが遠慮深く言う。
「皆さん、足元が水浸しになってもよろしいですか」
「どうして?」
 聞き返すと、みなもはグールの死骸を指差して暗闇で苦笑した。
「海水で清めてもらおうと思って」
「いい考えだけど……あの階段を上ってからにしてね」
 小さな冥月はそのまま階段を上った。みなもは後ろを振り返り、すっと目を閉じた。ザザザザと小さな小波が押しあがってきて、その階を海水が洗い流していく。グールの死骸は海のクズになっていった。
 階段を上ると、田中・緋玻の後姿が見えた。漆黒の髪が闇に溶けてしまっている。
「緋玻さん」
 シュラインが呼ぶと、緋玻は少し不機嫌そうな顔で振り返った。
「まだ吸血鬼と対面はしていないよ」
 ただその手には血がついていたので、グールには出会ったらしい。
「理ちゃん達は」
「さあ、上から物音がするから、上じゃないかしら」
 その通りだとばかりに黒い影の小さな冥月が足早に動き出した。緋玻が変なものを見たとばかりに指をさす。
「なによ、あれ」
「道案内、ですね」
 みなもが曖昧に笑って答えた。
 
 
「あんたが葛城・理刑事か」
 船室の暗闇の中から廊下を見ると、廊下は少し明るい。その場所に、小さな少年が立っている。
 理は驚いて答えを飲み込んだ。
「そうなんだろ、ちゃんと依頼料は払ってもらえるんだろうな」
「え? あ、はい。あなたは」
「御崎・月斗。陰陽師だ」
「さっきの式はお前のものか」
 冥月が口を開く。
「そうだ」
 めんどくさそうに月斗は言い切って、廊下の前方を見つめた。
「吸血鬼はこの階の左端の部屋だ」
「どうしてわかる」
 月斗はバカにするように冥月を見上げた。
「さっきあんたが言ったろ。式を放ったのは俺だ」
 廊下へ出ると、六人が理と合流した。道頓堀が泣きそうな顔で理の腕を取る。
「無事でよかった」
 冷たい口調でスイが言った。
「まだそうと決まったわけじゃない」
「え?」
 道頓堀がスイを見る。スイがすうと進み出て廊下を歩き出した。道頓堀の手を離し、理も日本刀を構えた状態でスイの後ろへ続く。
 月斗はこの人数を見てやる気をなくしたのか、一つ溜め息をついた。
「こんだけいりゃあ、すぐに片付くだろうな」
「私達は中には入らないほうがいいわね。邪魔になるから」
 そう言って、シュラインはスイの開けようとしているドアの壁に背を付ける。草間も同じようにした。道頓堀もならう。
 スイがドアを開ける。続いて理が入り、冥月と月斗最後に緋玻が続いた。中へ入ろうとする夕日とみなもをシュラインが止める。
「危ないわ」
 仕方なく二人も逆側の壁に背を付けて立った。
 
 
 スイが身構える。理は日本刀を構えていた。他の三人は欠伸でもしそうな顔で、立っていた。
「おせぇよ、おせえって。お前等ほんとにグズで間抜けじゃん」
 いきなり正面から声がする。影の中から姿が浮かび上がってくる。短い髪で、ヒップホップ系のファッションをした若い男だった。手や胸には銀のアクセサリーが揺れている。その中には、十字架があった。
「あー? なになに、呆気に取られちゃってマスねー? アタマ平気ですか、ぼくちゃん達」
 理がたっと駆け出した。誰も、止めなかった。
 能力値未知数、まったくわからない。この男は吸血鬼で、この船を殲滅させたのか?
 理の日本刀が男に刺さる。男は刺されたまま、額に手を当てて笑った。
「自己紹介もまだだぜぇ? 俺はヴァリー・ヴェルガモット。よおおく覚えておけよ、なんてったって殺してくれた高貴なヴァンパイアさまのお名前なんだぜ」
 理は日本刀を引き抜こうとしているが、ヴァリーに押さえられていて動けない。ヴァリーが理の腕を持ったまま立ち上がる。理の身体は浮き上がる。
 月斗が術を唱えた。手をいくつか組みなおし、呪を唱えてヴァリーの身動きを封じる。
「ジャパニーズ・サイコキネシス? 楽しい奴等だ、お前等バッカじゃねえの」
 冥月が影をナイフの形に変え、理を掴んでいる片手を切り離しにかかる。しかし、影はヴァリーの身体に吸収されるようになくなった。驚く間もなく、すぐに頭を切り替えて足を振り上げ、ヴァリーの頭を蹴った。ヴァリーは一寸も動かない。
「お前等みたいなクズが、俺さまの身体に触れるなんて」
 理の身体をヴァリーは持ち上げた。それから、頑なに日本刀を持っている片手を押さえ、理の肩を持って身体を引き剥がすようにした。理の腕からミシミシと音がする。理の腕はヴァリーによって完璧に取り押さえられていた。
 冥月が果敢に攻撃を加えるが、ヴァリーは動じた様子すら見せない。
「うああっ」
 理がうめく。腕が、ガチィと鳴り、血が吹き出した。
 月斗が小さな声でつぶやく。
「焼けろ」
「まて、理まで燃える」
 緋玻が月斗を止める。
 その間にもゆっくりとヴァリーの作業は続き、理の腕は肩の部分から引き千切られた。食事は終わった後なのか、血を飲むことはせず、ヴァリーは理の腕を放り投げた。
 素早く緋玻が動く。緋玻の力は人間と格段に違う。冥月が緋玻に気付いて引いた瞬間に、理を掴んでいる片手にしがみ付き、腕の先ごと理をむしり取った。
 血が勢いよく吹き出した。理はヴァリーの腕ごと外され、なくなった腕の痕を抱えて叫んでいる。
「あああ、ぅぁあ」
 スイが駆け寄るのと同時に、我慢ならなくなったシュライン達が船室へ入って来た。理を囲み、スイが険しい表情をする。
「腕を」
 みなもが赤く染まったシャツをまとった白い腕をそっと持ってきた。
 シュラインは立ち上がり、今にもヴァリーに襲いかかるのではないかという形相で、ヴァリーを睨んでいる。ヴァリーは緋玻に腕を取られたのがよほどおかしいのか、緋玻の攻撃を受けたり避けたりしながら、ゲラゲラ笑っていた。
「やればできんじゃーん。っつうか、お前クズの人間じゃねえんだな」
「だからどうした」
 緋玻の頭にも血が昇っているらしい。目の前で知人の腕がもがれたのだから、仕方のないことかもしれない。
 スイは腕を元あった通りに戻し、意識を失った理の腕を抑えながら口の中でなにやら呟いた。スイは精霊と呼ばれるものを操ることができる。
 スイの手の中がぼんやりと光り、やわらかく温かい光が理の肩を覆っている。
「理ちゃん、理ちゃん」
 夕日が叫ぶ。
 スイは意識を理の傷口に集中しながら、スイはヴァリーの気配を読んで言った。
「あれはアンデットではないな。これはやっかみな相手に会った」
「それを言うなら、厄介よ」
 夕日は口だけ冷静に突っ込みながら、理の顔色を見つめていた。息はしている。生きてはいるようだった。
 月斗が新たな術を唱える。式神がぶわんっと気を立てて一斉に部屋へ集まったのが感じられた。
「ぶっ殺す」
 その時、どこからともなく時計の音がした。
 ボーン、ボーンと低く響いている。緋玻の攻撃を楽しそうに受けていたヴァリーは、自分のデジタル時計に目を落としてから、しゅうと霧散した。
 キキキキキキ、と数十羽のコウモリが船内の天井を飛んでいる。
「タイムオーバー、お人よしの俺さまはお前等を逃がしてやりマス。っていうか、すぐ死ぬけど」
 爆笑をしながら、コウモリは船から出て行った。
 スイは去ったヴァリーから理へ意識を戻し、少し手に力を込めた。少年のような顔をした理は、青ざめていて生気がない。
 冥月が悔しそうにつぶやいた。
「くそ……なんてことだ」
 草間は立ち上がって辺りを見回しながら言った。
「理だけなら死んでただろう。そう思うしかない」
 ふいに夕日が訊いた。
「大阪くんは?」
 シュラインが呆れ声で答えた。
「外で震えてるわ」
 緋玻は息を整えている。月斗は苦々しい顔で立っていた。
 シュラインは言った。
「わかったことは、あいつは下品で最低で、もしかしたらもっと人数がいなくちゃ倒せないかもしれない……ってことね」
 月斗が反論する。
「そんなことねえよ。俺一人で十分だ」
 冥月が渋い顔で答えた。
「残念だが、そうは見えなかった」
 スイはようやく手を休めた。光がすうと消えて行く。
「傷自体は治った、後は彼女次第だ」
 気が付いたように一がやってきて、理は自分が背負っていくと申し出た。
 夕日は一を睨みつけ、「しっかりしなさいよ、このボケナス」と一の肩を叩いた。
「棺桶の土を海水に沈めれば、土の上での再生作業はできなくなる」
 スイは一の背の理の背を撫でながら言った。
 みなもが答える。
「皆さんが外へ出たら、船ごと清めておきますから」
 冥月と月斗は肩をいからせて、先を歩いていた。ヴァリーの笑い声が耳に付いて離れなかった。
 
 
 そもそもヴァンパイア、吸血鬼とは、鬼の種族である。生息地は主にイギリス(ヨーロッパ)に限られており、非常に数が少ない。あまりにも誇り高き種族である為、劣性の遺伝子を残さないという厳しいしきたりがあるのだ。
 吸血鬼に血を吸われた人間は、その毒でグールになってしまう。
 グールは吸血鬼の忠実な僕となる。
 吸血鬼と一つで結んでしまうと、多くの種族と混じって考えられてしまうが、理達の追う吸血鬼はそういった種族のことを言う。キリスト教発生以前からの人種である為、聖水やロザリオなどと言った『浄化作用』のあるものからは一切ダメージを受けないらしい。
 現在本家の彼彼女等は輸血用パックの血を吸うことによって生きている。人間を殺して血を飲むという低脳なこと自体を、嫌う傾向にあるようだった。それは本家の吸血鬼の話である。劣性とみなされた遺伝子を継いだ吸血鬼は、イギリスでもよく事件を巻き起こしているらしい。
 
 
 アイン・ダーウンと壇成・限は草間興信所からきた話を話し合っていた。
「吸血鬼ですって」
 おばさんのような口調になりながら、限が言う。吸血鬼が街で暴れていると草間は言ったが、ガラス張りの喫茶店の外はなごやかそのものだった。限は、小麦色の肌をしているアインにもう一度訊ねた。
「ですって」
「ねぇ? にわかに俺も信じがたいんだけど」
 二人は顔を突き合わせて、苦笑をした。
「最近吸血鬼モノの映画もないですしねぇ……どれが最新だろうな」
「映画ですか、エイガ……俺は全然わかりませんね。降参。吸血鬼ってキメラみたいなものでしょうかね」
 アインはアイスコーヒーにミルクを入れて、かき混ぜることなく一口飲んだ。
「キメラって?」
「コウモリと人間の遺伝子持ってるとか、そういうの研究しているところがありますから」
 限は「ああ」とうなずいて、確かにそういった映画もあったような気がするなあと思い浮かべる。表立ってそういう研究をしているところはないだろう。アインは小説をよく読んだりするんだろうか。
「本とか読む?」
「え? 本ですか。いやぁ、人並みに……読まないか、な?」
「よくキメラなんて発想が出くるな」
 感心して言うと、アインは微苦笑を洩らした。
「経験です」
 すっぱり言い切られ、どういう経験なのか聞く機会を逃した。
 限は話題を変えようと、グレープフルーツジュースの氷をカシャカシャと混ぜた。
「なんかこう、そのグールが徘徊してるとか? そういうわかりやすいアクションがあればね」
「ですね。最近の犯罪事件は、あれだ村山ニュータウン惨殺事件。あれ、犯人捕まってませんでしたよ、たしか」
「ああ。三家しかまだ移り住んでいないニュータウンの殺人事件。散々ワイドショーで犯人の足取りとか追ってるなぁ」
「限さんワイドショー見ますか」
「ええ、まあ。最近のワイドショー、CG駆使してて滑稽で面白いんだ」
 アインは感心したように、へえと言った。クルクルアイスティをかき回して、小首を傾げる。
「フリーターなのに案外規則正しいんですね」
 朝のワイドショーの時間に限が起きていることに、アインは驚いたらしい。
「通常シフトだと朝十時からなんで。一日休みで休んじゃうと、リズム崩れるし」
 限が言うと、もっともだとアインがうなずいた。
 そこへもう一人の知人、CASLL・TOがガラス越しに現れた。全身黒で統一された服装や、片目の眼帯が容貌の恐ろしさを増長させている。片手に小さな犬を抱いているのがミスマッチだった。
「キャ、CASLLさん……」
 アインが頬を引きつらせて反応する。限もついギョッとしてCASLLを見つめてしまった。CASLLは少し照れたように頭をかいて、その場に立っていた。
 店内で「キャア」と叫び声がした。それはおそらく、CASLLの姿を見た者がつい上げてしまった悲鳴だろう。
 限はアインを残して喫茶店の外へ出て行き、CASLLに声をかけた。
「な、中に入れますか」
「入るとなると、全員で説得してもらって三十分ほどかかりますけど」
 CASLLは苦笑する。
 限は事情を飲み込んで、アインに出るように片手で合図をした。
「こんにちは、CASLLさん」
 アインは快活に挨拶をした。CASLLも強面の顔を屈託なく笑わせて答える。
「こんにちは」
「興信所にでも行きますか」
 CASLLが聞くと、二人はうなずいた。
 歩きながら、惨殺事件の話をする。
「学習塾でも、ありましたよ」
「ありましたね……でも変ですよ。吸血鬼って食事で血を飲むんでしょ。グールにしないから殺すのはわかったとしても、そういう痕残ってないんでしょ?」
 アインが思案深げに言う。限もそう思う。それに、貨物船の中はグールだらけだったのだ。
「人間にそういう奴がいないわけじゃないんだし」
 アインが少し寂しそうにつぶやいた。CASLLも「そうですねえ」と同意する。
「見つかるのかなあ、吸血鬼」
 限がつい口を開くと、CASLLが大きな身体を振り向かせて言った。
「がんばりましょうよ! 乙女の血を一滴も流させてはいけない。私も、こうなったらヴァンパイアハンターになりきって、これからの調査をしたいと思います」
 鼻息荒くCASLLは言った。アインが隣で笑っている。
「おかしいですか?」
「いや、おかしくないです。なりきってがんばりましょう」
 草間興信所の前で立ち止まり、限は興信所の窓を見上げた。
「お会いしてる人々の話を聞くとしましょう、ヴァンパイアにね」


 興信所の小さなホワイトボードには、大きな地図が貼ってあった。
 CASLLが入っていくと、一瞬空気が凍りついた。それでもなんにもなかったかのように、シュラインが草間の横から歩いてくる。
「なにやってるんです?」
 アインが訊く。シュラインはキッチンへ入って行きながら、ウィンクを一つしてみせた。
 CASLLとアインと限はホワイトボードの東京の縮図を見つめていた。×印が三つついている。
 ソファーには神宮寺・夕日と海原・みなもが座っていた。
「今から現場へ行くけど、一緒に行く?」
 夕日がなんとはなしに聞く。限がつい、「現場?」と繰り返した。
「村山タウンの件と学習塾の件ね」
 立ち上がってきて、夕日が地図に×印を二つ指した。もう一つの×印は貨物船のようだった。
 限はボールペンを取って、その印を合わせてみた。逆三角形ができあがる。
「どちらも吸血鬼の仕業なんですか」
 CASLLが訊くと、夕日が頭を横に振りながら答えた。
「わかんない。でも、特務係が動いているのは確かね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。だって、葛城さん大怪我をなさったんでしょう?」
 アインが驚いた口調で言う。夕日は苦い顔でうなずいた。
「しょうがないのよ。人がいないんですもの……とりあえず、冥月さんと緋玻さん、月斗くんにスイさんを大阪くんと理ちゃんにはついていてもらっているから、危険は回避できると思うんだけど」
 夕日は困った顔で顎に手を当てる。それから逆三角形の書かれた地図を見て、うーんとうなった。
 限がボールペンを片手に解説する。
「これが、例えば映画なら、こうなるんですよ」
 ×印をアバウトに書き加えて、限は苦笑した。
 一つがショッピングセンターに、一つが地下鉄の駅にその地下鉄の二つ先の駅にも×が書かれている。そして限はそれをまた三角で結んだ。二つを合わせると、ダビデの星になった。
 書いてから限は、ぼんやりと頭を整理する。
「そういえば、そっくりな映画があったなあ」
 お茶を汲んできたシュラインは、限の書いた図に静止した。ガラステーブルに盆ごとお茶を置きっぱなしにして、コメカミをとんとんと叩く。
「ちょっと待って。古い映画でしょ、私も観たことがあるわ」
「ん――そうですね。字幕版が出てなかった気もする」
 付けっ放しのテレビが報告する。
「速報です。丸新ショッピングセンターがまた何者かの手によって襲われました。死者二十四名」
 速報は死者の数を連呼している。
 アインが不思議そうな顔で訊いた。
「吸血鬼って、食事以外に人を殺すんですか?」
 シュラインの顔色が雲って、彼女は吐き出すように言った。
「今問題のヴァリーはするわね。ゲームをしているのはわかるけど、なんだかヴァリーらしくない感じはするわ。どういうことかしら……無関係? まさかね」
 シュラインは真面目な顔で三人を見据えた。
「CASLLさんアインさん、限くん。今回の山は、ヤバイわよ」
 ごくりと全員が唾を飲み込んだ。
「ヴァリーはクズとしか人間を認知してないわ」
 みなもが立ち上がって言った。
「ともかくショッピングセンターへ行ってみましょうよ」
 みなもに促され、全員が移動をはじめる。
 シュラインが不思議そうな顔で、地図を振り返った。
「変に、理知的なのよ。あのヴァリーは、どう考えても理知的には思えないわ」


 ヴァリー・ヴェルガモットは男と会っている。
 ヴァリーはくちゃくちゃとガムを噛みながら、薄闇の中にいた。
「でぇ? 俺は一番いいとこイタダキってやつ?」
「そうだ。一夜で二つの点が壊滅する。好きなだけ食事をすればいい」
 男は冷静な声色で言った。
 ヴァリーはコキコキと首を鳴らした。
「あんたは、中央を取るってことね。ゲームもいいけどよぉ、まどろっこしくねえ?」
 ヴァリーはめんどくさそうに言った。
「片っ端から食っちまえばいいじゃねえか、クソ共なんてよぉ」
「そんなことをしたらすぐに人間なんか全滅だ。クズを使ってどれだけ楽しむかだ、問題は」
 男は顔色を変えずに言う。ヴァリーは少し納得したような顔をして
「このゲームのあとは、もっとタノシーゲームが待ってんだろ?」
「そうだ」
 男はきびすを返して言った。
「東京壊滅。クズを一掃する」


 現場はひどいものだった。どの売り場にも首が引き千切られた死体が転がっている。
 理と一は死体一体一体の損傷状況を調べていたが、警視庁一課のキャリアである夕日の登場に敬礼してやってきた。
「なにかわかった?」
 夕日が訊く。理は難しい顔で頭を横に振った。
 一が口を開く。
「ただ言えるのは、殺している現場を見た者がいないこと。つまり全員被害者になってしまったという可能性があります。犯人は見られたくなかったのでしょうか」
「と、言うより入って来た人間を片っ端から殺しただけかもしれないですね」
 みなもが眉を寄せて言った。
 理は少し片腕を押さえながら、小さな声で肯定した。
「そうかもしれません、ほとんど致命傷しか与えられていませんから、悲鳴を上げる暇もなかったでしょう」
「そうなの? だって、誰かが殺されたら悲鳴ぐらいあげるでしょ?」
 シュラインが質問する。
「発見されたのは死後数分後犯人の去った後の客が見つけました。悲鳴らしい悲鳴は出てません。吸血鬼ならば、瞬殺は可能なのではないかと思います」
 そこへ、護衛として張り付いていた月斗と冥月、そして緋玻とスイがやってきた。
 アイン・ダーウンは死体へ近付いて行って、そっと手を合わせている。死体は心臓をくり貫くように穴が空けられており、表情は恐怖さえ浮かんでいなかった。
 CASLLが死体を見て、ふるふると肩を震わせる。
「許せない」
「その通りだ」
 スイが吐き出すように言った。
 アインが戻ってきて、静かに言う。
「次は地下鉄の駅っていう推測でしたね。俺、そっちに張り込みます」
 月斗が意外そうな顔をしてアインを見上げた。
「次? 無差別じゃないのか」
 言われてアインは限を見た。限は考えるように額に手を当てながら、言った。
「模倣なんだ、たぶん。昔観た映画で、こういうのを観たことがある。ショッピングセンターがどんぴしゃだったわけだから、地下鉄説も少しは信憑性があるかな」
 冥月と緋玻は興味がなさそうだった。
「ヴァリーと言ったか。奴に会えればそれでいい」
 二人はそう言った。
 一応全員に無線機をつけてもらうことになったので、興信所へ戻ることになった。
 
 
 限とみなもとシュライン、そして草間は外にワゴン車を停めて無線機の内容を拾っていた。
「感度は良好」
 CASLLが恐ろしい声で答える。
 全員から連絡が入り、作戦がスタートする。
 無線から声がする。
「地下鉄に今から降ります」
 ダビデの星をつくる二つの地下鉄に、グループは二手に分かれている。アイン・ダーウンとCASLL・TO、雪森・スイ。片方は黒・冥月、御崎・月斗と田中・緋玻だ。連絡係としてワゴンの中には残りの人員がいる。


 地下鉄に降りて行くと、グールが素早くアインへ近寄ってきた。愛用のマグナムで、限の忠告通り頭をぶち抜く。するとグールは、ぐちゃりとその場に倒れた。CASLLとスイを引き連れて、拳銃を構えながら地下鉄の階段を降りる。
「誰か、地下鉄の前を見張っていてくれないでしょうか」
 アインが無線で連絡をする。「わかったわ」と声が返って来た。
 行く手を阻むグールはざっと二十体はいるだろうか。スイが両手をそっと合わせて、白いまばゆい光を発動させる。その光はやわらかく広がっていき、グールを包み込んだ。グールは「ぐわぁあ」と奇声を上げて崩れ落ちていく。
「それは?」
 CASLLが訊くと、スイは微笑んで答えた。
「生命の精霊の力を借りている。アンデットに治癒能力は脅威だ」
 ゴゴゴゴと音がして、停まっていた地下鉄が発車した。アインはその地下鉄を凝視した。
「グールだらけです、俺は先に行きます」
 アインはマッハで動くことのできる加速装置のスイッチを押し、地下鉄の最終車両にしがみ付いた。窓を片手で割り、ブレーキであろうレバーを引く。少しして地下鉄は減速し、暗いトンネルの中で停まった。
 アインのいる運転席へ、グールの手が突っ込んでくる。ガラスを突き破って、グールの手がアインの首を捉えた。
「くっ」
 一呼吸を置いた後、アインはその手を掴んでむしり取った。その後、空いた穴からS&Wを突っ込んで、冷静に一体一体の頭を潰していく。五発撃ったところで銃を下ろした。頭を潰しながら、彼彼女等が人間だったことを、かすかに思い出してやり切れない思いになる。
「どうして今回はグールなんでしょう」無線に向かってアインが聞く。その間に、スイとCASLLが地下鉄の窓を蹴破って中へ入ってきた。
 無線は少し沈黙をした後「わからないわ」と答えた。
 スイの攻撃は一車両分のグールをすぐに片付けてしまった。
 CASLLが少し立ち止まり、片手に持ったチェーンソーをキュィィンと稼動させて次の車両へ突っ込んでいく。
 アインは愛銃に弾を装填しながら、スイへ訊いた。
「その力はどれだけ使える?」
「……さすがに、これだけの量は無理だな」

 CASLLはチェーンソーを片手に、突起の付いたフリスビーを思い切り投げた。何体かのグールが倒れていく。手近なグールを問答無用に切り裂いた。グールとは言え、たぶんこの連中はただの地下鉄の乗客だったに違いない。
 襲いかかるグールをチェーンソーで払いながら、どこまで殺せばいいのか指示を仰ごうとCASLLはアインを振り返った。
 アインはマグナムを構えており、CASLLの前方のグールを的確に打ち抜いていく。そしてブンという音と共に消え、CASLL達の開けた窓から外へ出ようとしているグール達の頭を潰した。

 スイは生命の精霊の力をなるべく小さく制御しながら、車両を進んでいた。ただ、制御してしまうとグールは息絶えない。足でグール達の頭を踏み潰し、冷静に先を見る。あまり力を酷使しすぎてはいけない。自分達の目的はグールではなく、主であるヴァンパイアヴァリーなのだと言い聞かせる。
 途中から精の力を借りず、ただ肉弾戦を選ぶことにした。常備しているナイフで切り裂き、グールがよたったところで、頭を押し潰す。
 誰かがまた怪我をしたら治癒をしなければならない。ヴァンパイア戦ならばありえることだった。


 地下鉄の駅構内へ冥月と月斗、緋玻が入っていくとベンチに男が座っていた。
「ヤッホー、元気だったぁ?」
 どっかりと腰をすえた男は、足をこれでもかというほど開き、ガムを噛んでいた。クチャクチャと音が鳴っている。もいだ筈の手は復活していた。
「俺達のゲーム素敵っしょ、ちょーエキサイティングっしょ。イっちゃうぜ」
「クソが」
 冥月が一言つぶやく。
 驚いたようにヴァリーは笑った。
「クソ、クソだってよぉ。クソにクソ言われちゃ意味わかんねえ、つーかお前死体にする前に犯して死体にしてから犯して、そいでグールに犯されてついでにグールに食わせること決定」
 ヴァリーは立ち上がった。
 冥月の頭を掴み上げる。緋玻が理のことを思い出し、すぐに冥月の救出に向かった。それをみたヴァリーは、面白そうな顔で冥月を放り投げた。壁に当たり、どさりと落ちる。冥月はすぐに立ち上がった。影が制御されている以上、人間である冥月がヴァリーに勝るところはない。
 月斗が手を組み返る。
「ゲームだぜ、熱くなんなよぉ。お前等は死ぬコマなわけでぇ、俺様が最強キャラ」
 グワンと音がして式が集まる。ぐるりと風がヴァリーの回りを取り囲む。ヴァリーは笑いながら、風を片手にまとうようにする。それから風は手に移動し、ヴァリーは手をぎゅっと握り潰した。風は静まり、月斗の術は霧散した。
 無線のシュラインの声が言う。「吸血鬼が一番怖いところは、力が異常に強いこと。つまり肉弾戦に持ち込めば持ち込むほどフリ。影の力は全て奴が操作できる筈。一番有効なのは……月斗くんの筈」
 月斗はつつうと汗を垂らした。
「おぼっちゃん、何か他にねえのぉ? 殺しちゃうよ」
 全ての術を編み上げる。陰陽道とは本来、長時間をかけて多くの情報を編み上げそして事象を起こす。短期の攻撃方法とは違い、発動までに時間がかかる。
「緋玻、冥月、あんた等時間を稼いでくれ」
「方法があるのか」
「わからねえ。ただ、俺は負けたくないんでね」
 そこへ地下鉄の線路を走ってアインとCASLLそしてスイがやってきた。
 来た途端に、スイが精霊を集めてヴァリーに火を灯す。ヴァリーは「あちちち」などとふざけながら、腕を一振りして火を消してしまった。
 CASLLがポケットから特殊スプレーを取り出した。
「強烈ニンニクスプレー!」
 シュッ、とヴァリーにかける。ヴァリーは驚くべきことに鼻を押さえ、後退って走り回っていた。
「くせ、くっせぇ、うげぇ」
 ニンニクスプレーの勝利。
 無線から限の声がした。「もう土がないのだから、吸血鬼は致命傷を与えれば死ぬ筈だ。心臓を取り出すとか、脳を破壊するとか、物騒だけど、そういう感じだと思う」
 言われて、全員が目配せをする。
 スイが火の精霊でヴァリーの動きを封じた瞬間に、全ての陰陽道を組み込んだ捕縛術を月斗が放った。継いで、半透明の妖怪とも取れる式達が一斉に襲い掛かる。しかし、式は傷を与えることができない。
「……ちっ、どういう仕組みだ」
「おそらく優性遺伝子の中に何かの情報が組み込まれ無効化しているのだろう」
 冥月が悔しそうに言った。
 しかし、術は効いているようで、ヴァリーは動かない。
「緋玻さん」
 アインがマグナムでヴァリーの頭を狙いながら呼んだ。
「心臓を、取り出してください」
 言ってアインが引き金を引く。ドウン、という銃声のあとヴァリーの頭が吹き飛んだ。しかしヴァリーの眼は死んでいない。素早く緋玻が駆け、ヴァリーの心臓部分に力任せに手を押し込んだ。そして臓器を掴みだし、床に叩きつける。
 冥月が心臓と思われるものに近付き、足で踏みつけた。
 ヴァリーはゆっくりと崩れ落ち、口の中で小さく洩らした。
「……兄貴」
 緋玻が血のついた手を振った。
「死んだんでしょうね」
 言われてスイが近寄ってくる。
「生命反応はない」
 CASLLが小声で、言った。
「……終わったんだな?」
 吸血鬼はグールのようにすぐに朽ち果て、そして液体のようになり、すうと消えていった。
 
 
 地下鉄の前で人が入らないようにがんばっていたみなもの前に、夕日が数台のパトカーを持ってやってきた。地下鉄は警察によって封鎖された。
 ワゴン車へ戻ったみなもは、全員がぐったりとしているのを発見した。
「え? 大丈夫ですか? みなさん」
「……終わったよ、これで東京壊滅阻止。考えてみればすごいじゃん」
 限がついつぶやいた。
 そこへ道頓堀・一が慌てた形相でワゴン車へやってきた。
「たたたた、大変なんです」
 シュラインが身体を持ち上げ、髪を払いながら訊いた。
「今度はなに? 妖怪? 幽霊?」
「いえ、違うんです。貨物船を調べていたら」
「たら?」
 みなもが不思議そうに言った。
「棺がもう一つ出て来たんです」
「でも海水で清めたから、吸血鬼さん一たまりもなかったんじゃないですか?」
 みなもはこくんとうなずいて言った。
 一は眉根を寄せる。
「吸血鬼はランクがあると言いますし、それぞれ例えば日の光も平気だったりします。それに、なにより棺は空だったんです。土は入っていましたけど……ヴァリーも流れる水の上を渡れたわけですし……あとなにより、ヴァリーは約束があると言っていませんでしたか」
 全員が固まった。
 限が宙を見ながら、言った。
「たしかあの映画は、ダビデの星を書いてから……どうしたんだっけかな……」
「私も覚えてないわ」
 シュラインが残念そうに答えた。
 みなもは慎重に言った。
「まだ終わらないってことですね」
 話を聞いていた無線の向こう側が、「うそだろー!」と喚いていた。
 

 ――next
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0778/御崎・月斗(みさき・つきと)/男性/12/陰陽師】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女性/13/中学生】
【2240/田中・緋玻(たなか・あけは)/女性/900/翻訳家】
【2525/アイン・ダーウン/男性/18/フリーター】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【3171/壇成・限(だんじょう・かぎる)/男性/25/フリーター】
【3304/雪森・スイ(ゆきもり・すい)/女性/128/シャーマン/シーフ】
【3453/CASLL・TO(キャスル・テイオウ)/男性/36/悪役俳優】
【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/23/警視庁所属・警部補】

【NPC/葛城・理(かつらぎ・まこと)/女性/23/警視庁一課特務係】
【NPC/道頓堀・一(どうとんぼり・はじめ)/男性/26/警視庁一課特務係】

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■         ライター通信          ■
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「夜の来訪者、夏の夜の夢【前編】」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。
全員分ぶちこんで書いてみました。長くて申し訳ありません。
プレイング軽視の傾向がありましたことを、お詫び申し上げます。
次回はグレードアップした敵なので、もっと苦戦を強いられます。
少しでもお気に召していただければ、幸いです。

では、次にお会いできることを願っております。
ご意見、ご感想お気軽にお寄せ下さい。

 文ふやか
 
※【後編】は10日の夜8:00〜の窓開けを予定しています。