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<東京怪談・PCゲームノベル>


ファイル1-心を盗られた人。


「変死体…?」
「いや、実際には、違う。生きているが、動かない…と言えばいいのかな」
 デスクを挟み、奥には槻哉。その前には早畝とナガレ。そして斎月が珍しく顔を出している、司令室。
 一つの事件の内容が記されたファイルを手に、槻哉がその二人へと、状況説明をしている所だ。
「…なんだそりゃ。病気じゃねーの?」
「病気の類であれば、僕のところにこんな書類なんて回ってこないよ、斎月」
 斎月のやる気の無い言葉に、槻哉は軽く溜息を吐きながら、書類の内容を二人に見せるかのように、デスクの上にそのファイルを置いた。
 クリップで止められた、白い紙と、数枚の写真。その写真には、『死体』とも呼べる、生気の無い人間が映し出されていた。
「被害者だよ。どれも同じような状態だろう」
 早畝が写真を食い入るように覗き込んでいると、槻哉が補足するかのように言葉を投げかける。
「ふーん…確かに事件の臭いだな。…っていうか、先に写真見せてから説明始めろよ、槻哉」
 斎月は写真を一枚手にしながら、そう毒づく。付き合いは長くも、二人はあまり、仲がいいという訳ではない。
「なんか、人間業じゃないよなぁ…変な気配感じるし」
 そう、口を開いたのは、早畝の肩に乗っているナガレだ。動物的な勘が働いたのか、写真に顔を近づけて、くんくん、と臭いを嗅いでいる。
「ナガレならそう言うと思ったよ。だから君も呼んだんだ。もうこれで…五人目。警察側の特捜部も、お手上げ状態らしくてね」
 手に書類を戻し、槻哉はそう言う。その言葉に何より反応したのは、早畝であった。
「…じゃぁ、俺たちが解決すればいい話だよな。あいつらには、負けない」
 警察組織自体を信用してない、早畝の心からの言葉。それを槻哉も斎月も、そしてナガレも、何も言わずながらも、その胸のうちに何かを感じ取りながら。
「……とにかくだ。此処に流れてきたからには、君たちの出番だ。よろしく頼むよ」
 パシン、と再び書類をデスクの上に軽く叩きつけるかのように置きながら、槻哉はそう言い立ち上がる。すると早畝も斎月もそれに習うかのように、姿勢を正して見せるのだった。


「早畝君!!」
「…またあんたか…」
 道を歩く早畝の背に掛けられた、元気な声。それを半ば肩落し気味で、早畝は振り返りながら、口を開いた。
「女の子相手に『あんた』はヒドイよぉ、早畝君。鵺には鵺、って立派な名前があるんだし…それに、友達なんだからさ、ちゃんと名前で呼んでよ!」
 振り返った早畝に、回り込む形で前に立ちはだかり腰に手をあてて、右手人差し指は、早畝の鼻の頭に突きつけいる。そんな彼女は鬼丸 鵺(おにまる ぬえ)。快活そうな美少女である。
 早畝との出会いは数週間前。
 行きつけのアイス屋で、財布を忘れて慌てている彼女に、軽い気持ちで驕ってあげたのが、きっかけであった。それ以来、『借りを返すため』といいながら、何かと早畝の目の前に現るようになったのだ。
 女の子は嫌ではない。しかし、事件に巻き込むわけにもいかない。
「…あのさぁ、キミはもう十分…」
「ぬ・え」
「……、鵺はさ、もう十分、俺に色々としてくれたじゃん。だから、『借り』とかそんなのナシにしようぜ。それに…俺、これから仕事だしさ」
 言葉一つに鋭く指摘を入れてくる鵺に、半ば押され気味になりながら、早畝は現在の状況の説明をし始める。そう、現在は任務遂行中、の身であるのだから。
「早畝君、バイトしてるんだっ なになに? 何か難しいことなの? 鵺も手伝ってあげようか?」
「…………」
 興味津々、とその表情に溢れんばかりの鵺は、早畝の顔を覗き込みながら、そう問い質してくる。
 そんな彼女に早畝は押されっぱなしのままであった。
(…まいったなぁ…こんな時、斎月だったらオンナノコの扱いになれてるから、簡単にこの子を撒けるんだろうけど…)
「ねね、鵺はこれでも役に立てると思うよ? 騙されたと思って、一日相棒にしてよ。
 …それに」
「…うわっ!?」
 鵺は早畝に言い寄りながら、にこりと笑う。そしてその笑った表情を一瞬にして鋭く変えて、早畝の腕を引いた。
 当然、早畝はバランスを崩して、その場でよろめく。
「……なんだよ?」
「しぃー…っ」
 引っ張られたまま、二人が納まった場所は、狭い路地。その中で鵺は早畝を隠れ蓑にしながら、口に人差し指を当てて、視線を遠くに投げていた。
「…………」
 暫しの沈黙の後、とん、と背中を押されて早畝は元の大通りへと足を向ける。
「なんだったんだ?」
「うーん、ちょっと見つかるとマズイ人がいたもんだから。でももう大丈夫っ そんなわけだからさ、早畝君について行きたいの、いいでしょ?」
 どんなわけなのか、サッパリ解らないまま早畝は彼女に再び押され気味になっている。
 彼女は誰かから、身を隠したいらしいという事だけは何となくはわかったのだが。
(しょうがないなぁ…)
 調査を開始してからもう三十分は過ぎてしまっただろうか。もうこれ以上、ここで行動を束縛される訳にもいかずに。
「…わかったよ。でも危険かもしれないから、危ないって解ったら、鵺は逃げるんだよ。俺、巻き込むことだけはしたくないしさ…」
「だーいじょうぶっ じゃっ、決まったんなら行動開始ー!」
 鵺は満面の笑顔で早畝にそう言う。
 半ば強制的ではあるが、協力者が出来た早畝はようやくそこで、調査再開となった。


 鵺に粗方を説明すると、彼女は被害者に会いたいと言い出したので、槻哉に了解を取り、彼らは被害者が収容されている病院まで足を運んできた。
「……直属の病院抱えてるって、凄いところだね、早畝君のバイト先」
「うん、まぁ…実は俺も何処までデカイのか、イマイチ解らないんだけどさ」
 しん、としている廊下を、小声で会話をしながら進む二人。
 鵺は周りをきょろきょろと見回しながら、早畝の言葉にくすりと笑って返す。
「…と、ここだな」
 ある程度歩くと、被害者の病室の前にまで行き着いた。
 そこで一度足を止めて、名前を確認する。
「鵺、静かにね」
「うん」
 早畝が取っ手に手を掛けると、隣に居た鵺が徐に何かを鞄から取り出し、それを自分の顔に覆った。
「………?」
「いいから、入りなよ」
 ざわ、と何かが蠢くような感覚になり。
 早畝は鵺に言われるままに、病室へと足を運ぶ。
 鵺、なのだが。
 一瞬にして変わった空気。そしてゆっくりと変容していく、彼女の何か。
(……なんだろう、この子)
「今、『なんだろう、この子』と思ったね?」
「!!」
 背後から聞こえた声に、ビクリ、と身体を震わせる。
 早畝の背後には、鵺がいる。それは、変わりない。だが…。
「驚いてるねぇ。無理も無いさ、『これ』は鵺では無いからねぇ…」
 ケケケ、と笑いながら彼女は早畝に言う。
 振り返った早畝が目にした鵺の顔は、先ほどまでの美少女ではなく、猿のような顔になっていた。正確には、面なのだが。
「大丈夫、これはお前に危害は与えないよ。鵺がそこの人間の『心を読みたい』と思ったから、これが代わっただけさぁ」
 まるで獣のような。
 首を突き出し、背中を丸めて歩く、鵺。それは鵺であって、彼女ではない。それは早畝も解っているのだが、根本的なところで理解が出来ていない。
「思ってること全部、これには解るからね。お前の心も丸見えだよ。…まぁ、黙ってそこで見てな」
「…う、うん…」
 ケタケタと笑う彼女は、早畝を横目に被害者の元へと足を運んだ。たしたし、と足音を立てながら。
「…………」
 早畝はどうすることも出来ずに、その場に立ち尽くすのみであった。いきなり起こった彼女の変貌ぶりに、対応できるだけの行動力が、備わっていないためである。
(…最近、こんなことばっかりだなぁ…)
「嫌になるかい?」
 心の中でのそんな呟きでさえ、今の鵺には筒抜けで。
「そうじゃないけど…俺、そんな簡単にその場に起こった事を順応出来る脳は持ってないしさ…」
「そうかい。でも人間なんて、そんなものじゃないのかい?」
 被害者に手を翳しながら、鵺は静かにそう言う。その言葉に早畝は答える事はしなかった。
 邪魔になると、思ったからだ。
「…ふむ、この人間の心は空っぽだねぇ…もっと解りやすい人間はいないのかい? 襲われた直後、とか」
「じゃあ、隣の病室も当たってみる? 確か一昨日、被害にあった人のはずだし」
 鵺に言われるままに、早畝はそう答えると、彼女は俯いて顔を両手で覆った。そして音も無く付けていた面を取り外す。
「……ごめんね早畝君。驚いたでしょ?」
「うん、まぁ…最初は。でも最近不思議な力持ってる人によく会うしさ」
「そっか。…鵺はね、簡単に言うと、多重人格を持ってるって言うか…こうやって、面を付けるとその面の人格になっちゃうんだ。面は全部、妖怪なんだよ」
 小声でヒソヒソを話を始める、鵺。
 早畝はそれを不思議そうに見つめる。妙に彼女が明るく自分の接してくるからだ。『それ』が『能力』であるからなのか。人格障害であるならば、少なからずは悩みもあるだろうに。
「…妖怪、なんだ。じゃあ今のはなんて言う、妖怪?」
 能力に対しての深入りはしない。表面上の興味の範囲以内で、そんな質問をしてみる。
「覚(さとり)。人の心を読むことが出来る力があるんだ。ちなみに覚はね、誰も殺すことが出来ないんだよ」
「なんで?」
「心を読み取るから。相手が覚を怖がって、殺してしまおうって思うと、その時点で心の声を聞けちゃうから、逃げる事が出来るんだ」
「あ、そうか…」
 病室を出ながらの、会話。
 そして隣の病室の扉へと手を掛ける。
 淡々と話される、鵺の能力の内容。それを早畝はどこか遠くで受け止めることしか出来なかった。
「ほらほら早畝君っ 次つぎ〜」
「あ、うん」
 そんな早畝を裏腹に、鵺は実に楽しそうに、行動をする。今も先に病室の扉を開け、半ばやる気の無さげな早畝に向かい、手招きをしている。
「こっちの人も心が空っぽなら、打つ手ナシってところだけど、もし何かつかめる所があるんなら、『イズナ』で、この人の精神世界にちょこっとだけお邪魔しよう。早畝君も連れて行ってあげるから」
「イズナ?」
「人の心に憑く鼬の妖怪の事だよ」
 早畝の質問に、何も臆することも無くそう答えた鵺は、また覚の面をつける。
 そして次の被害者に向かい、手を翳した。
「……よしよし、今度は掴めそうだ。お前もおいで、イズナで連れて行ってあげよう」
 『覚』はそう言いながら早畝を振り返り、手を差し出した。
 その手に早畝は、迷うことなく自分の手を重ねる。
 被害者の心が存在するとなれば、犯人にも繋がるということ。躊躇ってなど、いられないのだ。
 そうしているうちに、鵺は素早く面を付け替える。すると瞬く間に彼女は『覚』から『イズナ』へと変容を遂げた。
 そして二人は、被害者の精神世界へと、自分達の精神を飛ばしたのだった。


 どこをどう、どう言う力で、其処にたどり着いたかは、早畝には理解できなかった。鵺の手を取り、手を引かれるままに瞳を閉じた後、何か引きずられるような感覚に陥り、ふわり、と浮いた自分の身体。それを確かめようと瞳を開ければ、そこは既に病室では無かった。
「あんたには驚く事ばっかり、だね」
「……、ここって…その…」
「そう、精神の世界。おいらは心に取り憑くことが出来る妖怪だからね」
 『イズナ』なのだろう。口調がまた違った。『覚』よりは、話しやすそうな性格のようだ。
 鵺に出会わなければこんな体験など、そう簡単には出来るはずも無い。早畝は興味深々であたりをキョロキョロと見回していた。
「あまり遠くに行くなよ。おいらと離れないようにね」
「あ、うん。…なぁ、それでその…此処で、この人に会えるのか? 話とか、出来る?」
「簡単さ、おいらの力は心の操作。この人間に心があったってことは…あんたもそのくらい、解るよね?」
 『イズナ』にそう指摘されると、早畝は弾かれるように瞳を見開いた。不思議な体験続きで、しっかり気を保ってないと、解っていても、本来の目的から意識が遠のいてしまう。
 そう、解ってはいるのだ。
 犯人が此処にいる、と言うこと。それを、確信しても良い、と言うことも。
「あんたは何が出来るの? おいらや…鵺みたいな、凄い力って、あるの?」
 『イズナ』にそう問われたとき、早畝はズキリと心が痛んだのが解った。
 自分が得意とするものは…。機械を改造できること。そして、射撃が人並みより上手いこと…。たったこれだけ。
 鵺や、以前会った様々な人たちのように、特殊な力など、何一つ持ち合わせることは無いのだと言うことを、再確認されられた、瞬間だった。
「…………」
「あんま、落ち込むことは無いと思うけどね。それがふつーの人間、ってヤツだろ? あんたはあんたで、出来ることをやればいいじゃん。そこから、応用で何か生み出せるかもしれないしさ」
 『イズナ』は軽い口調でそう言う。そして早畝の背中をぽんぽん、と叩きながら、前を見るように促した。
「ほら、真打登場ってヤツだよ。鵺を守ってくれるんだろ? これはオンナノコだよ? あんたがしっかりしないと、ね?」
 見る間にその空間が、濁りだす。そしてざわざわと音を立てながら、何かが迫ってくるような、そんな感覚が、早畝を襲い始める。
「…わかってる」
 早畝は腰に装備している自分の銃に手を掛けながら、鵺の前に、身体を進めた。これは自分の仕事、巻き込むことは出来ない。どんな状況であれ、早畝が決着をつけなくてはならないのだ。
「…………」
 そんな早畝の背を、『イズナ』は不思議そうにして見ていた。
 本当であれば、鵺に『危険』と言う言葉など、皆無に等しいほど、似合わないものなのだが。
 早畝が彼女の中に眠る『狂気』を知ってしまったら、どう反応を返すのだろうか。おそらく、正気ではいられないだろう。
 鵺はそれでも、構わないと思うのだろう。逆に楽しむのかもしれない。
 それでも今は、早畝を見守ることにする。
 相手の行動によっては、動かざるを得ないのだろうが…。
「来たよ」
「…………」
 被害者の心を引きずるように呼び寄せた『イズナ』。早畝より先に感覚で相手の気配を読み取り、目の前にいる彼に声をかける。
 早畝はそれに頷きながら、腰の銃を、抜いた。
「…お前が犯人か?」
『……だとしたら、お前はどうする?』
 早畝の前方に現れた、被害者と思われる姿。それでもその口調は、濁った様な、そんな音を、彼らの耳に届けてきた。
「この人に取り憑いてるのか? 今までの人たちの『心』も持ってるんだろ?」
 早畝はゆっくりと、銃を目の前に掲げた。相手が生身の存在ではないということくらい、既にわかっている。それでも、自然に腕が上がった。
 『イズナ』は相手の行動を束縛したままでいるのか、早畝の後ろから出てこようとはしない。
『妙な力を持った奴がいるんだな。こいつに憑いていたおかげで俺までそっちの奴に引きずられる…』
 言葉の音は濁ったまま。
 相手はもどかしそうにしながらも、余裕を見せている。イズナの力で思ったような行動が出来ないのだろうが、それでも自分自身には害が無い、といわんばかりの言葉を発してくる。
「…あんた、もう人間じゃないね? …死んでるのかい?」
 そう、遅れて言葉が出たのは、早畝の背後にいる『イズナ』だった。相手に取り憑いたままでいるイズナには、状況がよく解るらしい。
『死んでいる…? ああ、そうかもしれないな…気にしたことも無かったが。俺は元々、ヒトの精神を食うのが趣味でね』
「…………」
 早畝は銃を構えた状態のまま、どうすれば被害者達の心を取り戻せるのか、必死で考えを巡らせていた。相手は人間であったであろう、存在。イズナが指摘したように、肉体は滅んでいる所謂、幽体。そして生身の人間であっても、梃子摺っていたであろうという、能力者だと言うこと。
 どう考えても、早畝一人の力では、どうすることも出来ない。
「……鵺?」
 声をかけると、空気が動いた気がして。
「なに? 早畝君」
 早畝の言葉に数秒の遅れがありながらも、鵺は応えてきた。そこに、イズナの面は存在していなかった。
「…キミを巻き込みたくないって思ってたんだけど…。どう考えても、俺だけじゃ、何も出来ないんだ…。力、貸してくれるかな」
「いいけど。これが終わったら、早畝君、鵺に付き合ってくれる?」
「何処でも付き合うよ。アイスだって驕るし」
「商談成立♪ 鵺に任せておいて! …その代わり、早畝君は、これからの光景は、余り見ないほうがいいかもね」
 鵺の言葉は楽しそうだった。弾んだ口調で早畝にそう言うと、彼が『え?』と口にする前には、すっと前に出て、そこでいったん足を止める。
「鵺?」
「早畝君は、離れてて。あ、被害者さん達には、傷つけないように心がけるよ。ちゃんと『心』取り戻さないとね?」
 早畝の目の前に立ちはだかった形となった鵺は、振り向きもせずにそう言った。おろらく、笑っているのだろう。それは、楽しそうに。
「…うーん、どうしようかな。『鵺』は生きてるものに対応してるけど…。だからと言って『名無し』を出すと早畝君まで傷つけちゃいそうだし…。あ、そうか、今鵺も早畝君も、ナマモノじゃないんだよね。あんたと同じ、精神体。それじゃあ応用で、『鵺』でもいけるかな」
 鵺が早口でぶつぶつと言葉を発している。独り言のように取れるが、実際は犯人に向かい言っている言葉なのだろう。
 そして意を決したかのように取り出した面は、有名な妖怪、『鵺』。早畝もその存在くらいは、知っていた。頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎という姿の、存在である。
「早畝君、もちっと離れて、耳塞いでて。これでもかーってくらいに」
「…うん」
 鵺に言われるままに、早畝は彼女から離れ、両手で耳を塞いだ。力いっぱい。
『お前、何をするつもりだ?』
「うーん? なんだかメンドクサイから、さっさと片付けちゃおうかなって。だってあんたみたいなヒト、ウザいじゃん? だからさ、消えてもらうよ?」
 犯人の言葉にも臆することも無く。
 鵺はキッパリそう言い切った後には、面を装着していた。
 直後、空間いっぱいに広がる、壊れた笛の音のような、不快音。
 『鵺』の声はトラツグミの鳴き声に似ていると言われているが、鳥のそれと比べるには、余りに差がありすぎる。『鵺』はその悲痛な叫び声によって、相手を消滅させる力を持ち合わせている妖怪であるからだ。
 両耳をしっかりと塞いでいる早畝にも、『鵺』の声はしっかりと聞き取れた。そして少なからずの影響も、あった。
 鵺が叫んだ直後に脳に響いた、痛み。それは数秒続き、早畝は眩暈を覚えたが、それでも必死にその場で立ち続け、鵺を見守っていた。
「…………」
 断末魔ともとれる、声が響いてる。
 それは『鵺』のものではない。前方の、犯人のものだ。早畝がそれを自分の目で確かめた時に、犯人は音も立てることなく、その場で身を砕かれるように、頭から崩れていった。
 不思議な光景、だった。



「…せ君っ」
「…………」
 遠くで、声が聞こえる。
 自分を呼ぶ声、だ。
 早畝は霞みかかった自分の頭をぼんやりと整理しながら、意識のかけらを一つひとつ手繰り寄せる。
 気持ちが悪い。
 吐き気が、した。
「早畝君っ しっかりしてっ」
 二度目の声に、覚醒するスピードが急に早まる。それと同時に、喉にこみ上げてくる、何か。
「………ッ!!」
 起き上がった瞬間に、口内を襲う、酸っぱいもの。
「…早畝君っ」
 早畝はその場で、咳をしながら胃の中のものを吐き戻していた。
「大丈夫?」
「…………」
 背中をさすってくれている、存在がいる。鵺という、少女だ。
 早畝の仕事の協力者である、可憐な美少女。
 その少女の手によって、事件は解決したのだ。
 精神世界に居た筈が、いつの間にか現実世界へと戻ってきている。これも、彼女の能力の一つなのだろう。
「…ご、ごめん…も、大丈夫…」
 早畝は口元を拭いながら、鵺に向かってそう言った。
 すると鵺はほっとした面持ちで、ゆっくりと笑顔を作りあげる。
「よかった…。ごめんね早畝君。気持ち悪かったんでしょ? こっちに戻ってくる時の反動もけっこうキツいし、身体に負担かけちゃったんだね」
 幸い、この場が病院であるために、水場が存在する。鵺は早畝を気遣うように、洗面器を借りて、彼の目の前に水が張られたそれを差し出してやった。そしてその傍らにはコップに入った、水も用意されている。
「鵺は、平気? どこも怪我したりしてない?」
「うんっ 鵺はこーゆうの、慣れっこだし。平気だよ」
 早畝は自分の口の周りを洗いながら、鵺に問いかけた。すると彼女はまたにっこりと笑って、そう返してくる。
「……そっか…。こっちこそ、ごめん。…で、犯人は?」
「消えちゃった。あ、でも大丈夫。『覚』と『イズナ』のときに、あいつの心の中とか、どーしてこういう事したのかとか、全部読み取ってあるから。…報告って、あるんでしょ?」
 鵺は得意気にそう言うと、早畝の腕を引き、立ち上がらせた。
 早畝は困ったように笑いながらも、鵺の言葉に頷き返す。そして彼女に、感謝した。
「早畝君が大丈夫そうなら、これから鵺に付き合ってもらっても良いかなっ?」
「ああ、いいよ。そーいう約束だったし。何でも驕るよ」
「やっりぃ! じゃあ早速出かけようよ! 移動してる間に、状況説明したげるし!」
 鵺は早畝の言葉に、過剰に反応して見せた。そして彼の腕をぐいぐいと引っ張って、病院を後にする。
「よーっし!!今日はオールで遊び倒すよー!!」
「…マジで?」
「マジマジ! だって、約束、でしょ?」
 鵺の言葉に驚いた早畝は、一瞬だけ身体を強張らせた。その早畝に人差し指を突きつけながら、悪戯っぽく笑ってみせる、鵺。
「まずはお腹すいたねーー! ケーキ食べに行こう! そしてアイスでしょー、それからたこ焼きとかも食べたいしー、あっそうそう、こないだ美味しそうなクレープ屋さん見つけたんだよっ! それからねー…」
「…食い倒れツアーみたい…」
 早畝は彼女に腕を引かれるまま、勢いに負けて、鵺の行きたいところ全てにつき合わされるのだった。
 当然、今月のお小遣いが全てなくなったのは言うまでも無い。



【報告書。
 8月23日 ファイル名『心を盗られた被害者達』

 被害者の心のみを抜き取られていくと言う犯行は、登録NO.01早畝と協力者、鬼丸 鵺嬢の能力によって無事解決。犯人は幽体と言うことであったが、その後の調査と早畝の報告を纏めた結果、生前から警察を悩ませていた連続殺人鬼だったことが判明。精神異常も見られた犯人は殺戮を繰り返していくうちに生と死の区別がつかなくなり、自分が死んだことさえも解らずにいたと言う。
 犯人の姿が消えてからは、その事件そのものが無かったと言わんばかりに、警察組織内で極秘にもみ消されていたことも、裏付けで確認済み。
 なお、襲われた五人の被害者は全員、普通の生活に戻れたことは別口で確認済み。

 事件解決後、明け方まで未成年の少女を連れまわしていた早畝には、始末書を提出するように命じる。

 
 以上。

 
 ―――槻哉・ラルフォード】


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            登場人物 
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【2414 : 鬼丸・鵺 : 女性 : 13歳 : 中学生】

【NPC : 早畝】


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           ライター通信           
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 ライターの桐岬です。今回はファイル-1の第二期へのご参加、ありがとうございました。
 個別と言う事で、PCさんのプレイング次第で犯人像を少しずつ変更しています。

 鬼丸・鵺さま
 ご参加有難うございました。諸事情で納品が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
 美少女と言う外見とは裏腹な、鵺ちゃんの素性を知り、ギャップの激しさにトキメキを憶えてしまいました(笑)。プレイングを上手く生かせているかどうか、とても不安ではあるのですが、楽しく書かせていただきました。が…覚やイズナの口調など、イメージとかけ離れているようでしたら申し訳ありません。少しコミカル風に、との指定があるにも関わらず、そのコミカル風味を最後に少ししか加えることしか出来なくて、悔しい限りです。
 うちの早畝には特殊能力が無いので、鵺ちゃんの能力には大変助けられたかと思っています。

 ご感想など、聞かせていただけると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
 今回は本当に有難うございました。

 誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

 桐岬 美沖。