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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 通販限定安眠枕
 
 某人材派遣会社。
 マンションの三階にその事務所はある。特別に商業用ということはなく、一般向け、つまり家族向けのマンションの一室にちょこっと手を加えているだけで、人材派遣会社とは名乗っていても、あまりそれらしさはない。
 そこに顔を出したのは、そこに努めている西園寺という男に用事があったからだ。その男は自らが手伝う骨董品屋に時折、顔を出す。お得意様と呼べるほどに物を買っていくわけではなく、冷やかしがほとんどではあったが、それでもそれなりに顔見知り。伝えることがあって訪れたものの、西園寺の姿はなかった。生憎と仕事で出ていると事務のアルバイトをしているという狗神和哉に告げられ、すぐに戻ると思うというので、応接室で待たせてもらうことにした。
 お茶を出され、見るとはなしに室内を見つめる。
 応接室の奥にある事務机でのんびりと若い娘と会話をかわしているのが、この会社の社長である東海堂。二十代半ばくらいだろう外見で、見た目としては身なりもきちんとしているし、仕事もそれなりにこなしそうに思える。青年実業家と名乗られたら、なるほどと信じてしまいそうなのだが……実際のところ、あまり経営手腕はないらしい話を西園寺から聞いたことがある。……確か、仕事をするには人がよすぎると言っていたような気がする。仕事とはそういうものなのだろうか。
 ソファに腰をおろしていると、そのうちに中年の男が訪れた。会話の内容からすると、仕事を探しに来たらしい。
 中年の男は狗神にお茶を用意され、ソファへと腰をおろす。ふと目があったので、軽く会釈をしておいた。
 そうしていると、新たに来訪者があった。
 さらりとした青い髪と青い瞳、そしてセーラー服が印象的なその少女は軽く会釈をすると東海堂のもとへと向かう。彼女は仕事を探しに来たという雰囲気ではない。
 そのまま西園寺を待ちつつ、室内の様子を見ていると、やがて東海堂が椅子を立った。仮眠室へと向かう。そのまま眠るのかと思えば、そうではなく、仮眠室から狗神を呼ぶ声が響いた。
「……? 和哉くーん、ちょっと」
 狗神はその声にすぐに反応し、はいはいなんですかと仮眠室へと向かう。興味をそそられ、その後ろをついていき、仮眠室を覗いてみた。気づけば誰もが仮眠室に注目をしている。
「これ、なに?」
 そこには三つの枕がある。それを指さし、東海堂は問う。
「あ、これ。通販限定の枕なんですよ」
 狗神はなんてことはないというふうに答えた。よく見ると、枕の周囲には箱がある。その近くには包装紙と新聞紙の折り込み広告、所謂、チラシが落ちている。何が書かれているのだろうと思っていると、東海堂がチラシへと手を伸ばした。
「睡眠から快眠へ、あなたを心地よい睡眠へといざなう安眠枕、限定生産、通信販売でしか手に入りません……?」
 東海堂はチラシの文面を読みあげる。そのあと、はっとして狗神を見つめた。
「まさか、買ったの?」
 狗神は満面の笑みを浮かべてこくりと頷く。それに反して東海堂は泣きそうな表情を浮かべ、がくりと首を折った。
「なんで、そんな怪しげなものを買うのかな、君は。まさか、この、今なら一個のお値段でさらにもう一個、ちょっと待って、今ならさらに携帯に便利なミニ枕もおつけして9980円という文面に惹かれて買ったわけではないだろうね?」
「もう一個つけるならば、値段を半分にしてほしいですよね」
 狗神はにこやかに答えながら、枕を手に取った。
「これにはちょっとした面白い話があるんですよ」
 にこやかに言葉を続けた狗神を東海堂はなんとも言えない表情で見つめる。
「この枕のなかにはマイナスイオンを発生させる鉱石が入っているそうです。それによって、すやすやと心地よい眠りにつくことができるというわけなんですが……」
「わかった」
 狗神の言葉が終わる前に、東海堂はうんと頷く。そして、続けた。
「うたい文句に反して、安眠できないんだろう?」
 それでもって、悪夢にうなされちゃったり、枕元に知らない誰かが立っちゃったりして……と付け足す。冗談で言っているらしいことは、その表情から伝わった。
「あれ、知っていましたか」
 意外に情報通ですねと狗神は笑顔で頷く。
「いくつかの噂があるのですが、面白いことに両極端な噂なんですよ。悪夢にうなされてとても眠れたものではないというものと、あまりの眠り心地に眠ったものは二度と目を覚まさない安眠枕ならぬ永眠枕だというもの……」
 どちらにしてもイヤだよ……東海堂の顔はそう言っているような気がした。だが、狗神は気にせずに言葉を続ける。
「まあ、そういうわけで買ってみたんですよ。実は、さらにその半額で送料込み5000円だったもので。この二つは使用していないんですが、これは一回だけ使用したということです」
「……オークション?」
 複雑な表情で東海堂は訊ねる。
「はい。いいですね、オークション。手に入りそうにないものが、手に入って僕は嬉しいですよ」
 この会社は既に倒産しているから通販でも買えなかったしと狗神は笑う。
「俺はあまり嬉しくないよ……っていうか、買わないでくれよ、そんなもの……」
 東海堂はこめかみに手をあて、首を横に振る。それはあからさま嘆く仕種。だが、わからなくもない。
「それで、早速、使ってみたんですよ」
「え、もう使ったの?!」
 はやっ。東海堂は驚くが、狗神は気にせずに言葉を続けた。
「とりあえず、永眠はしなかったみたいですね。ただ、悪夢というか……妙な夢を見ました」
「夢……?」
「はい。二人で山へ行き……そこで価値のある何かを見つけるんです。二人で山分けしようということにするんですが、喜びすぎていたのか、崖のようなところから足を踏み外してしまうんです。なんとか崖の縁にしがみついて、もうひとりに助けてくれと呼びかけるんですが……助けてもらえず、落下する……」
 そんなところで目が覚めましたと狗神は言う。
「……確かに、悪夢だね」
 ぽつりと東海堂は呟いた。
「ええ。永眠やら悪夢やらと噂はいろいろありますが、実際のところはどうなのか、そこに興味があってこれを購入したんですよ。僕は悪夢を見ましたが、僕個人だけではどうとも判断がつきにくいですからね」
「え……この話の流れは……もしかして……」
 東海堂は心の底からイヤそうな顔をする。
「この枕で寝てみろ……とか、言う……?」
「はい、言います」
 にこやかに狗神は答えた。
 
 東海堂と話していた娘はティナ・リー、セーラー服の少女は海原みなも、中年の男はシオン・レ・ハイ。最初に狗神の言葉に反応したのは、ティナだった。
「今日、頼みたいと言っていたことは、これなんでしょう? 協力するわよ」
 ティナは狗神の手から枕を受け取った。
「寝てみてどんな悪夢か体験してみればいいのね」
 そして、ぽんぽんと枕を叩く。枕は三つ、ティナがひとつを引き受けたことにより、残りはふたつ。そして、この場にはティナの他に、五人の人間がいる。そのうちのひとりは狗神であり、枕は使ったことがあるわけだから、残り四人のうちのふたりが使うということになる。
「勇猛果敢だね……」
 ティナを見つめ、東海堂は呟く。
「枕で眠るくらいなんてことはないわよ。うなされるほどの悪夢だったら、即、八つ裂きにして捨ててやるから」
 さらりと言ったティナを東海堂はやや引きつった笑みで見つめている。そして、頼もしいですねと呟いた。
「枕……ですか」
 灯火は進み出て、小さな枕を手に取る。
「なかは……鉱石なのですね……。この鉱石……ただの石なのでしょうか……」
 話を聞いているとそれが疑問に思えた。そんな夢を見せるということには、それなりの意味があるのでは……?
「マイナスイオンを発生させる鉱石……最近、流行りのトルマリンでしょうか」
 みなもは唇に指を添え、考えながら言葉を口にする。
「トルマリン……何故かリンゴの形をしたものを想像してしまいます」
 シオンが呟く背後で、そういえばそういうリンゴの置物があったかもしれないねと東海堂が頷く。
「まあ、それはさておき、トルマリンであれなんであれ、枕のなかに入っているというその鉱石が怪しいですね」
 やはり行き着くところは鉱石なのかもしれない。狗神は夢の話をしたが、それについても少し気になることがある。
 それは両極端な噂だ。
 悪夢を見て眠れたものではないというもの。
 かと思えば、あまりの眠り心地の良さに目を覚まさないというもの。
 噂は噂に過ぎないから、それを丸ごと信じるわけにはいかないが、それでもそう言われるだけの何かはあったはず。
「使う方によって、効果が違うのですね……。気になります……」
 灯火は枕を見つめ、そう呟いたあと、狗神を見つめた。
「少し……触らせていただいても宜しいでしょうか……?」
 枕のなかに入っているという鉱石の意思を感じ取れば、何かわかるかもしれない。
「鉱石?」
 狗神に問われ、灯火はこくりと頷いた。
「じゃあ、とりあえず寝てみてから開けてみようか。……開けるところがないみたいだから。悪夢を見たらティナさんが裂いてくれるらしいし」
 ティナは失礼なことを口にする狗神を肘でつんとつつく。
「悪夢……そう、三人が同時に使ったら、悪夢が繋がるということはないでしょうか」
 ふと思いついたという表情でシオンは切り出した。
「つまり、同じ時間帯でその枕を使っている人達が同じ夢を見るとか……夢のなかで価値のある何かを見つけたものだけが安眠を手にするとか……」
 もしや、夢のなかで壮絶なバトルが……?!と続けたが、狗神はにこやかにさらりとそれを聞き流す。
「枕は、あとふたつ。誰が使ってくれますか?」
 狗神は東海堂、みなも、灯火、シオンを順に見回す。お互いに顔を見あわせたが、とりあえず名乗り出る者はいない。すると。
「……あたし、使います」
 みなもは遠慮気味に手をあげた。
「少し気になることがあるんです」
「じゃあ、残りはひとつ」
 残された三人で顔を見あわせる。すると、不意に東海堂がはっとした。
「シオンさん、さり気なくその手に握られているマジックはなんですか……?!」
東海堂の視線はシオンの手にあった。そこには所謂、黒のマジックペンがさり気なく握られている。さらに、洗濯ばさみもさり気なく用意されていた。
「え? これは、」
 言いかけるシオンの言葉を遮り、東海堂は最後の枕を掴むと強引に押しつけた。
「どうぞ、シオンさん! 枕があなたに使ってほしいと叫んでいます! 俺には枕の声が聞こえたような気がします、あなたに是非、使ってほしい、と!」
「わたくしには……聞こえませんが……」
 灯火は枕を見つめ、ぽつりと呟く。枕は東海堂が言っていたような内容を訴えかけてはこない。
 だが、東海堂にはそれが聞こえなかったのか、敢えて聞き流したのか、仮眠室のベッドを整え、ソファを整え、床に布団を敷き、三人分の寝床を用意する。
「さあ、どうぞ! ごゆっくりおやすみください!」
 そして、輝かしい笑顔でそう言った。
 
 三人はあっさりと眠りに落ちた。
 眠るための環境はできる限り整えたし、三人が寝不足で疲れていたにしても、その寝つきの良さは少々、異常にも思える。
「ごめんね、枕、使いたかった?」
 小さな声で東海堂が話しかけてきた。
「いいえ……わたくしは……夢……見られるかどうか……わかりませんし……」
 だから気にしなくていい旨を告げる。その言葉は東海堂を気づかってのものではなく、事実だ。夢を見るのかどうか……自分ではわからない。
「あのとき……あのまま、もし、俺が枕を使うことになっていたら……絶対、額に『肉』をやられていたと思うし……」
「額に……肉……ですか……?」
 灯火は東海堂の額を見つめる。
「だって、お約束だし……シオンさん、マジックまで用意していたし……頬にぐるぐるうずまきとか、鼻の下にちょび髭とか目のまわりパンダとか……」
 東海堂は文句にも似た言葉を呟く。
「まさか女の子にそんなことをするわけないし。洗濯バサミで耳とか鼻とか……下手すりゃ瞼とかつままれていたんだろうなぁ……」
「……」
 そうなのだろうか。……そうかもしれない。シオンがもし起きていたら、それを実行した可能性はありうる。何故なら、シオンがマジックを用意していたのだから。
「何を……なさるのですか……?」
 不意にマジックを手にした東海堂に訊ねる。不敵に笑っているが、もしかして……。
「お約束でしょう♪」
「……」
 かきかき。東海堂はシオンの顔にラクガキをはじめる。……約束ならば、まあ、それで……灯火はラクガキされるシオンを見つめたあと、すやすやと眠っているみなもとティナの様子を見てまわった。
 安らかに眠っている。
 だが、そう見えたのは、眠り始めてからしばらくの間だけだった。やがて、うーんとうなされはじめ、汗をかきはじめる。起こした方が良いのではと思ったが、狗神は何も言わずに様子を見守っている。
「悪夢を……見ているのでしょうか……」
「そうかもしれないね。僕が使ったときは……やっぱり、うなされていたらしい」
 眠っている三人の様子を見ながら狗神は話しだす。
「そのとき、ふと手を差し出したそうなんだ」
「手を……?」
 灯火は狗神の横顔を見つめた。狗神はこくりと頷く。
「そう。何かを掴もうとするかのように。そのとき、西園寺さんが僕の手を掴んだんだ。僕はそこで目が覚めた」
「……」
「落下しているところだった。もし、そのとき西園寺さんが手を掴まなかったら……落下した先まで夢に見ていたかもしれないね」
 そうなったら、どうなっていたんだろうと狗神は少し苦笑い気味の笑みを浮かべて呟いた。
 もし、手を掴まなかったら……。
 灯火は狗神の言葉を繰り返し、考える。そのまま目を覚まさずに夢の続きを見たのだろうか。落下し……そして、地面に打ちつけられる……?
 そうしたら、痛みを感じるのだろうか。
 もし、そうであったとしても自分にはその痛みを理解することはできないが……灯火がそんなことを考えていると、不意に眠っているはずのティナが宙に手を伸ばした。何かを掴もうとするかのように手を伸ばしている。
 これが、狗神の言っていた状態だろうか?
 まさに落下しようとしている瞬間であるのなら……手を掴んだ方がいいのかどうか、狗神の指示を仰ごうかと思ったが、狗神はそこにいない。
 灯火はティナの手を掴んだ。
 はっとしてティナが目を覚ます。
「大丈夫ですか……?」
「私……今……」
 戸惑う表情でティナは灯火を見つめる。
「うなされて……手を差し延べられたので……つい、手を……失礼しました……」
 そう言って、灯火はそっと手を離した。

 とりあえず、どんな夢を見たのかと話し合ってみる。すると、どうやら三人の見た夢はまったく同じものであったらしい。夢に登場したもうひとりについての外見を話してみると、やはり、同じ。ただ、展開については、みなもだけが少々、違っていたらしく、宙に手を伸ばすようなことはしなかった。
「手を掴まなかったら……大変なことになっていたかもしれませんね」
 神妙な顔でみなもは言う。
「落下し、助からず、永眠……ですかね? しかし、同じ夢を見たことは不思議です。やはり……」
 シオンの視線は枕にそそがれる。同じように誰もが枕を見つめた。
「楽しい八つ裂きタイムの始まりね」
「ティナさん、言い方が怖いですよ……とりあえず、なかを開けてみましょうか」
 ハサミを用意し、八つ裂きではなく、普通になかを開けてみる。なかに入っていたものは、やはり鉱石で(もちろん、鉱石だけではないが)形は違えど、だいたいの分量は同じだと思われた。
「これが、トルマリン……?」
 炭のようにも見える色をした鉱石が入っている。
「もっと綺麗なイメージがありましたが……原石はこういうものかもしれませんね」
 みなもは石を見つめ、言った。
「触っても……宜しいでしょうか……?」
「うん、どうぞ」
 狗神はにこやかに言った。灯火は三つの鉱石をひとつずつ手に取り、何かを確かめるように頷いた。
「みつけて……みつけて……」
 灯火は静かに呟く。
「どの石も……何度も……そう繰り返します……」
 そして、鉱石をそっと置く。
「みつけて……?」
 東海堂がそう問いかけると、灯火はこくりと頷いた。
「みつけて……」
 腕を組み、狗神が繰り返す。
「みつけて……」
 ティナも同じように言葉を繰り返し、考える。
「遺体を……」
 この場合で考えられること、みなもはそれを呟く。
「みつけて……?」
 その呟きを聞き、シオンは目を細めた。
 
 今は倒産しているその会社についてや、自分たちが夢で見た光景を探していくうちに、ここが怪しいという場所を見つけだした。
「枕で寝るだけの予定がハイキングになっているし……」
 吹き抜ける涼やかな風を受け、ティナはため息をついている。
「まあ、いいではないですか。思いのたけを精一杯山で叫べばすかっとしますよ」
 シオンの言葉にティナはそうねと頷いた。
「そうですよ。ハイキングにはいい季節です」
 みなもは眩しそうに山の緑を見つめる。
 夢で見た場所を探し、それらしい山を見つけだしたところでハイキングが急遽、決定した。……夢で見た場所を探す(遺体があるかも?)ために。
「灯火さん、大丈夫? 疲れてない?」
 狗神は自分を気にしてくるが、痛みを感じることがないように、身体的な疲れもまた感じない。
「……大丈夫です……」
 東海堂は仕事があるため、山登りには参加しなかった。五人でそれほど急ではない山道を歩いていくうちに、夢で見たあの場所へと辿り着く。
「夢で見た場所……本当にあったんですね。……ああっ?!」
 不意にシオンの声が響いた。見やると、足を踏み外したのか崖の縁にぷらんとぶらさがっている状態のシオンがいる。
「シオンさん?!」
「夢で見た場所に来たからって、夢と同じことをしなくていいのよ?」
 なんてサービス精神旺盛な男なんだろう……ティナは肩を竦めてみせる。
「っていうか、助けましょうよ!」
 狗神は慌ててシオンの手を掴む。だが、狗神よりもシオンの方が体格がいい。引き上げられる力などなかった。それを見て、みなもはすぐに動き、シオンの片方の腕を掴む。しかし、それでも体格から見て引き上げることは難しそうに思えた。このままではいけない。灯火は念動力でシオンを救い出そうとしたが、その前にシオンは助け出されていた。狗神の力というよりも、みなもの力によって引き上げられたように見える。ともあれ、助かったことに安堵した。
「夢と違う展開で助かりました……」
 シオンは胸に手を添え、大きく息をついている。
「夢と同じ展開なんて冗談じゃないですよ……」
 狗神は肩で大きく息をついている。かなり力を消耗したらしい。
「何事もなくて……よかったです……気をつけてください……」
「足を引っ張られたのです」
 自らの足を示し、シオンは難しい顔をする。
「……」
 夢で見たことがことだけに顔を見あわせてしまう。それから、こわごわと崖の下を覗き込んでみた。
「この下……なのかしら?」
 底が見えないほど深い……ということはなかった。自分が落下しそうになった場所は切り立った崖だが、少し進めば、急ではあるが斜面になっている場所がある。
「おりられそうですね。ロープ、持ってきました」
 みなもはてきぱきとロープを取り出し、崖の下へとおりる準備をする。みながロープを伝っておりることに耐えられそうな木を探し、そこにロープをくくりつける。しかし、ロープを伝っておりることは、着物の自分には辛いこと。灯火はみなが見ていない一瞬に、崖の下へと瞬間移動をする。……大丈夫、誰も気づいた様子はない。
「採掘場のようですね」
 崖の下に広がる光景は、少し人の手が入っているように感じられた。おりたった場所は手をつけられている感じはしないのだが、少し離れた場所には地面を掘り出すのに使いそうな工具が放置してある。人の気配は、ない。
「シオンさんが落ちそうになった場所は……ああ、ここの上ですね」
 下から見あげてみると、結構な高さがある。落下したとしたら……助からないかもしれない。地面はごつごつとした岩肌。柔らかそうな土や緑ならば助かりそうなのだが。
「……ここ……この隙間が……気になります……」
 灯火は周囲を見回したあと、すっと手を伸ばし、ある場所を示した。そこには見落としてしまいそうな隙間があった。洞窟とはとても呼べない穴だが、子供ならば無理なく入り込めそうな程度。大人でも入り込めないことはないが、かなりの無理は覚悟しなければならないだろう。地面すれすれ、服が汚れることは必至である。
「私には難しいですね」
 シオンは難しい顔で小首を傾げた。
「シオンさんに行けとは言いませんよ。とはいえ、僕も難しいな……」
「とりあえず、覗いてみれば?」
 ティナは用意してきた懐中電灯でなかを照らしだし、なかを覗いている。入口は狭いが、なかはそこそこ広そうに見えた。
「……何かあるかな……んー、靴……? 靴があるみたい」
「靴?!」
 靴ということは……その他のものもあるかも……?
「他には……あ」
 ティナの言葉が途切れる。靴があって言葉が途切れたということは……その先の言葉は聞かなくても予想がついた。
 
 本当に遺体をみつけてしまった。
 どうしよう?
 とりあえず、警察に通報する前に東海堂に相談してみた。第一発見者というのは面倒だよ……という言葉を聞き、そういえば、世の中には第一発見者が最も疑われる法則というものがあることを思い出した。
 枕を使うと、決まって見る夢の場所へ行ったら、遺体がありました。
 ……警察でコレが通用するとは思えない。本当のことなのだが、かえって、疑わしい。幸いなことに、東海堂の先輩に刑事という職業の女性がいたので、そちらからの助言に従い、良識ある市民からの匿名の通報ということで処理してもらうことにした。テレビのニュースでも遺体発見のことは伝えられたが、発見者については触れられていなかった。
「枕で寝るだけだったのに、遺体発見になってるし……」
 ティナはため息をつき、事務所にあるテレビを消す。
「まあ、いいではないですか、良いことをしたのですから」
 ……たぶんとシオンは付け足す。
「そうですよ。でも、これで枕はただの枕になってしまいましたね」
 枕を見つめ、みなもは言う。遺体を発見したとき以来、きちんと鉱石を戻し、縫い合わせた枕を使ったところであの夢を見なければ、特別に眠れるということもなくなった。
「もう……みつけてという声はしません……」
 灯火の呟きを聞き、狗神はうんと頷いた。
「悪夢という結果に対する原因はそこなのかな、やっぱり。原因があるから、結果があるわけで……やはり、呪いという結果に対し、原因を探れば、どうにか回避することはできるだろうか……」
 狗神は腕をくみ、難しい表情で呟いていたが、ふと顔をあげる。
「あ、そうだ。協力してくれてありがとうございます。お礼は……その枕で」
 にこりと狗神は笑った。
 
 後日、再び、西園寺に用件があり、事務所を訪ねた。
 西園寺が欲しがっていた品物が入荷されそうだということを告げるためだが、彼だけは仕事が忙しいのか、事務所にはいない。すぐに戻って来ると思うからと応接室で今日も待たされている。
 すると、あの日のようにシオンが訪れ、みなもが訪れた。
 見るとはなしに室内を見て、聞くとはなしにその会話を聞く。
 みなもと東海堂はこの間の枕のことを話していた。
 それによると、みつかった遺体は転落事故という扱いになったということだ。夢でのことがあるだけに、その扱いは微妙にも思えるが、確かに転落事故ではある。
「当時、一緒に山に登ったと思われる友人は、その後、会社が倒産し、現在は行方不明だそうだ。……なんともいえないね」
 その言葉のとおり、なんともいえない表情で東海堂は言う。
「和哉くんも妙なものを買ってくれるよ……」
 ため息をつく東海堂のことなど気にせず、狗神は真剣な表情で端末に向かっている。
「やったー! テレカ、落札ーっ!」
 ばんざーい、不意に狗神の声が室内に響きわたる。その言葉からすると、どうやら真面目に仕事をしていたのではなく、ネットオークションをしていたようだ。
「テレカ? それはまた、最近、廃れつつあるものを……」
「一昔前のアイドルのテレカです。このテレカで電話をかけると、恨めしげなアイドルの声が聞こえてくるという噂です」
「は、はははは……ははははは……」
 東海堂はもう笑うしかないらしい。言葉が出てこない。
「あ、あー……」
 気持ちは同じなのか、みなもも少し困ったような笑顔で小首を傾げている。
 狗神の次の言葉はなんとなく予測できた。
「テレカが届いたら、電話をかけてみませんか?」
 ……予測どおり。
 灯火は小さな吐息をついた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3041/四宮・灯火(しのみや・とうか)/女/1歳/人形】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13歳/中学生】
【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男/42歳/びんぼーにん +α】
【3358/ティナ・リー(てぃな・りー)/女/118歳/コンビニ店員(アルバイト)】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございます。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

はじめまして、四宮さま。
物の意思を読み取る力をお持ちでしたので、おはなしはこのように展開しました。イメージを壊していないことを祈るばかりです。

願わくば、この事件が思い出の1ページとなりますように。