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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 通販限定安眠枕
 
 ふらりとそこへ立ち寄ったのは、仕事があるかもしれないからという実に安直な理由からだった。
 某人材派遣会社。
 マンションの三階にその事務所はある。特別に商業用ということはなく、一般向け、つまり家族向けのマンションの一室にちょこっと手を加えているだけで、人材派遣会社とは名乗っていても、あまりそれらしさがない。しかし、それでも人材派遣会社。それなりに仕事があるときは、ある。
「ああ、こんにちは。いらっしゃい」
 出迎えたのは事務員のアルバイトをしているという狗神和哉。大学生という身分で時間があるときはここを手伝っているらしい。
「仕事はなさそうですね」
 社長は二十代半ばくらいだろう外見の青年、名は東海堂。見た目としては身なりもきちんとしているし、仕事もそれなりにこなしそうで、青年実業家と名乗られたら、ちょっと信じてしまいそうなのだが……実際のところ、あまり経営手腕はないらしい。今日も仕事がないのか、応接室の奥にある事務机でのんびり若い娘と話をしている。
「ははは……まあ、そう言わずに。夜間警備の仕事があったような気がします」
 そう言いながら狗神はお茶を用意する。まあ、お茶を飲むだけでもいいか……などと考えながらソファに腰をおろした。
「……」
 すると、すでに応接室のソファに腰をおろしていた少女が軽く会釈をした。牡丹をあしらった紅い振り袖とそれとは対照的な青の瞳、そしてその二つを際立たせ、映えさせるような黒い髪がとても印象的に思える。物静かなのか、口はひらかず、やや視線は伏せ気味にそこに座っている。
 そうしていると、新たに来訪者があった。
 さらりとした青い髪と青い瞳、そしてセーラー服が印象的なその少女は軽く会釈をすると東海堂のもとへと向かう。仕事を探しに来たという雰囲気ではない。
 考えてみると、そこにいるのは着物の少女、セーラー服の少女、東海堂と話している若い娘、どれも仕事で訪れているようには思えない。
 ……大丈夫なのだろうか、この派遣会社。
 お茶を手にそんなことを考えていると、東海堂は椅子を立ち、仮眠室へと向かった。なるほど、寝るのか……尚も観察していると、仮眠室から声が響いた。
「……? 和哉くーん、ちょっと」
 東海堂は応接室にいる狗神を呼びつける。と、すぐに、はいはいなんですかと狗神は仮眠室へと向かう。興味をそそられ、その後ろをついていき、仮眠室を覗いてみた。気づけば誰もが仮眠室に注目をしている。
「これ、なに?」
 そこには三つの枕がある。それを指さし、東海堂は問う。
「あ、これ。通販限定の枕なんですよ」
 狗神はなんてことはないというふうに答えた。よく見ると、枕の周囲には箱がある。その近くには包装紙と新聞紙の折り込み広告、所謂、チラシが落ちている。何が書かれているのだろうと思っていると、東海堂がチラシへと手を伸ばした。
「睡眠から快眠へ、あなたを心地よい睡眠へといざなう安眠枕、限定生産、通信販売でしか手に入りません……?」
 東海堂はチラシの文面を読みあげる。そのあと、はっとして狗神を見つめた。
「まさか、買ったの?」
 狗神は満面の笑みを浮かべてこくりと頷く。それに反して東海堂は泣きそうな表情を浮かべ、がくりと首を折った。
「なんで、そんな怪しげなものを買うのかな、君は。まさか、この、今なら一個のお値段でさらにもう一個、ちょっと待って、今ならさらに携帯に便利なミニ枕もおつけして9980円という文面に惹かれて買ったわけではないだろうね?」
「もう一個つけるならば、値段を半分にしてほしいですよね」
 狗神はにこやかに答えながら、枕を手に取った。
「これにはちょっとした面白い話があるんですよ」
 にこやかに言葉を続けた狗神を東海堂はなんとも言えない表情で見つめる。
「この枕のなかにはマイナスイオンを発生させる鉱石が入っているそうです。それによって、すやすやと心地よい眠りにつくことができるというわけなんですが……」
「わかった」
 狗神の言葉が終わる前に、東海堂はうんと頷く。そして、続けた。
「うたい文句に反して、安眠できないんだろう?」
 それでもって、悪夢にうなされちゃったり、枕元に知らない誰かが立っちゃったりして……と付け足す。冗談で言っているらしいことは、その表情から伝わった。
「あれ、知っていましたか」
 意外に情報通ですねと狗神は笑顔で頷く。
「いくつかの噂があるのですが、面白いことに両極端な噂なんですよ。悪夢にうなされてとても眠れたものではないというものと、あまりの眠り心地に眠ったものは二度と目を覚まさない安眠枕ならぬ永眠枕だというもの……」
 どちらにしてもイヤだよ……東海堂の顔はそう言っているような気がした。だが、狗神は気にせずに言葉を続ける。
「まあ、そういうわけで買ってみたんですよ。実は、さらにその半額で送料込み5000円だったもので。この二つは使用していないんですが、これは一回だけ使用したということです」
「……オークション?」
 複雑な表情で東海堂は訊ねる。
「はい。いいですね、オークション。手に入りそうにないものが、手に入って僕は嬉しいですよ」
 この会社は既に倒産しているから通販でも買えなかったしと狗神は笑う。
「俺はあまり嬉しくないよ……っていうか、買わないでくれよ、そんなもの……」
 東海堂はこめかみに手をあて、首を横に振る。それはあからさま嘆く仕種。だが、わからなくもない。
「それで、早速、使ってみたんですよ」
「え、もう使ったの?!」
 はやっ。東海堂は驚くが、狗神は気にせずに言葉を続けた。
「とりあえず、永眠はしなかったみたいですね。ただ、悪夢というか……妙な夢を見ました」
「夢……?」
「はい。二人で山へ行き……そこで価値のある何かを見つけるんです。二人で山分けしようということにするんですが、喜びすぎていたのか、崖のようなところから足を踏み外してしまうんです。なんとか崖の縁にしがみついて、もうひとりに助けてくれと呼びかけるんですが……助けてもらえず、落下する……」
 そんなところで目が覚めましたと狗神は言う。
「……確かに、悪夢だね」
 ぽつりと東海堂は呟いた。
「ええ。永眠やら悪夢やらと噂はいろいろありますが、実際のところはどうなのか、そこに興味があってこれを購入したんですよ。僕は悪夢を見ましたが、僕個人だけではどうとも判断がつきにくいですからね」
「え……この話の流れは……もしかして……」
 東海堂は心の底からイヤそうな顔をする。
「この枕で寝てみろ……とか、言う……?」
「はい、言います」
 にこやかに狗神は答えた。
 
 東海堂と話していた娘はティナ・リー、セーラー服の少女は海原みなも、着物の少女は四宮灯火。最初に狗神の言葉に反応したのは、ティナだった。
「今日、頼みたいと言っていたことは、これなんでしょう? 協力するわよ」
 ティナは狗神の手から枕を受け取った。
「寝てみてどんな悪夢か体験してみればいいのね」
 そして、ぽんぽんと枕を叩く。枕は三つ、ティナがひとつを引き受けたことにより、残りはふたつ。そして、この場にはティナの他に、五人の人間がいる。そのうちのひとりは狗神であり、枕は使ったことがあるわけだから、残り四人のうちのふたりが使うということになる。
「勇猛果敢だね……」
 ティナを見つめ、東海堂は呟く。
「枕で眠るくらいなんてことはないわよ。うなされるほどの悪夢だったら、即、八つ裂きにして捨ててやるから」
 さらりと言ったティナを東海堂はやや引きつった笑みで見つめている。そして、頼もしいですねと呟いた。
「枕……ですか」
 灯火が進み出て、小さな枕を手に取る。
「なかは……鉱石なのですね……。この鉱石……ただの石なのでしょうか……」
 灯火の言葉は静かでありながら、不思議とよく通る。小さな声だと思うのだが、何を言っているのかは、よくわかる。
「マイナスイオンを発生させる鉱石……最近、流行りのトルマリンでしょうか」
 みなもは唇に指を添え、考えながら言葉を口にした。
「トルマリン……何故かリンゴの形をしたものを想像してしまいます」
 それは何故だろう……そんな広告をたくさん見たからだろうか……シオンが考えていると、そういえばそういうリンゴの置物があったかもしれないねと東海堂が頷いた。
「まあ、それはさておき、トルマリンであれなんであれ、枕のなかに入っているというその鉱石が怪しいですね」
 何か幻覚を見せるような効果があるのだろうかと枕を見つめる。
「使う方によって、効果が違うのですね……。気になります……」
 灯火は枕を見つめ、そう呟いたあと、狗神を見つめた。
「少し……触らせていただいても宜しいでしょうか……?」
「鉱石?」
 狗神が問うと灯火はこくりと頷く。両手で小さな枕を持った仕種が妙に可愛らしく見えた。
「じゃあ、とりあえず寝てみてから開けてみようか。……開けるところがないみたいだから。悪夢を見たらティナさんが裂いてくれるらしいし」
 ティナは失礼なことを口にする狗神を肘でつんとつつく。
「悪夢……そう、三人が同時に使ったら、悪夢が繋がるということはないでしょうか」
 ふとそんなことを思いつき、言ってみた。場の面々は興味深そうにシオンの言葉を聞いている。
「つまり、同じ時間帯でその枕を使っている人達が同じ夢を見るとか……夢のなかで価値のある何かを見つけたものだけが安眠を手にするとか……」
 もしや、夢のなかで壮絶なバトルが……?!と続けたが、狗神はにこやかにさらりとそれを聞き流した。……少し、寂しい。
「枕は、あとふたつ。誰が使ってくれますか?」
 狗神は東海堂、みなも、灯火、シオンを順に見回す。お互いに顔を見あわせたが、とりあえず名乗り出る者はいない。すると。
「……あたし、使います」
 みなもは遠慮気味に手をあげた。
「少し気になることがあるんです」
「じゃあ、残りはひとつ」
 残された三人が顔を見あわせる。すると、不意に東海堂がはっとする。
「シオンさん、さり気なくその手に握られているマジックはなんですか……?!」
 東海堂の視線は自分の手にあった。自分の手にあるものは、黒のマジックペン。そして、洗濯バサミ。
「え? これは、」
 マジックペンはもちろん落書きのため。洗濯バサミは睡眠中の反応を見るために使おうと密かに思っている。それを説明しようとすると、その言葉を遮って、東海堂が最後の枕を掴むと強引に押しつけてきた。
「どうぞ、シオンさん! 枕があなたに使ってほしいと叫んでいます! 俺には枕の声が聞こえたような気がします、あなたに是非、使ってほしい、と!」
 それは有無を言わせない態度だった。
「わたくしには……聞こえませんが……」
 灯火は枕を見つめ、ぽつりと呟く。だが、東海堂にはそれが聞こえなかったのか、敢えて聞き流したのか、仮眠室のベッドを整え、ソファを整え、床に布団を敷き、三人分の寝床を用意する。
「さあ、どうぞ! ごゆっくりおやすみください!」
 そして、輝かしい笑顔でそう言った。
 
 眠る場所はなんとなく決まり、みなもはベッド、シオンは床の敷布団、そして、ティナはソファとなった。待遇は、いってみれば、年齢順だろうか。
 すぐに眠れるだろうかと思ったが、案外とすぐに睡魔は襲ってきた。部屋が暗いだけではなく、心地よい眠りに落ちていけそうな音楽が静かに流されているせいもあるかもしれない。快適な温度、湿度であるせいもあるかもしれない。いや、これが安眠枕の効力なのかもしれない。
 夢のなかで壮絶バトルかも……そんなことを考えているうちに完全に眠りに落ちた。
 
 気がつくと、そこは山だった。
 一生懸命、山道を歩いている。目の前を歩く背中を見つめ、言葉もなく、ひたすらに山道を行く。
 知らない背中。だが、不思議とそれに関する疑問は覚えない。
 そのうちに霧が発生し、道に迷った。
 こっちへ行ってみようか?
 自分が意見をする。それは自分の視点ではあるものの、どこか自分とは違う。自分ともうひとりは霧のなかをさらに進んだ。
 不意に霧が晴れた。
 ああ、これで迷わないで済む……そう思ったところで、目の前にある少し変わった岩肌に気がついた。
 これ、なんだろう?
 もうひとりに声をかける。すると、もうひとりは驚きの声をあげた。
 良質の鉱石だ、これを利用すれば一儲けできるぞ!
 そうなんだ……やったねと自分ももうひとりも喜んでいる。そのとき、ふと強い風が吹き抜けた。ぐらりと態勢を崩してしまう。
 落ちる。
 そこは足場の悪い崖でもある。だが、どうにか縁へとしがみついた。
 もうひとりは咄嗟に動き、手を差し出した。が、届く位置ではない。もう少し伸ばしてくれないと届かない。だが、手はそれ以上、差し延べられなかった。
 助けて……助けてくれ……!
 呼びかける。
 だが、自分を見おろすだけで、手は差し延べられない。
 遂に、力の限界。
 ……落下した。
 
 もう駄目だと思った瞬間、不意に落下する感覚が消える。
 急に眠りから引き戻された。
「……?」
 手には何か掴んでいる。見れば、東海堂の手だった。がっちりと握手しているような気がするが……。
「……」
 お互いに見つめあい、なんとも言えない笑みを浮かべあったあと、手を離した。確か、夢のなかでもう駄目だと思った瞬間、何かを掴み、掴まれた。それは東海堂の手だったのかもしれない。
「手を差し出されたので、つい、手を取ってしまいましたよ」
 東海堂は言う。
「そうでしたか……」
 眠っているうちに宙に手を伸ばしていたということか。
 もし、東海堂が手を掴まずに、もし、あのまま、落下していたら……?
 永眠……そんな言葉がふと頭を過ったが、不吉なので即座に消した。
 枕を使った他のふたりはどうだろうと見やる。すると、ふたりも自分を見つめていた。その顔はなんとも微妙で、視線は何故か自分の額にそそがれているような気がする。
「……?」
 額に何か気になるものでも……?
「〜♪」
 シオンが額に手をやった背後には、満足そうな表情でぱちんとマジックのふたをしめる東海堂がいた。
 
 眠っているときのお約束、額には『肉』の文字。
 とりあえず、顔を洗ってからどんな夢を見たのかと話し合ってみる。すると、どうやら夢はまったく同じものであったらしい。夢に登場したもうひとりについての外見を話してみると、やはり、同じ。ただ、展開については、みなもだけが少々、違っていた。
「手を掴まなかったら……大変なことになっていたかもしれませんね」
 神妙な顔でみなもは言う。
「落下し、助からず、永眠……ですかね? しかし、同じ夢を見たことは不思議です。やはり……」
 シオンの視線は枕にそそがれる。同じように誰もが枕を見つめた。
「楽しい八つ裂きタイムの始まりね」
「ティナさん、言い方が怖いですよ……とりあえず、なかを開けてみましょうか」
 ハサミを用意し、八つ裂きではなく、普通になかを開けてみる。なかに入っていたものは、やはり鉱石で(もちろん、鉱石だけではないが)形は違えど、だいたいの分量は同じだと思われた。
「これが、トルマリン……?」
 炭のようにも見える色をした鉱石が入っている。
「もっと綺麗なイメージがありましたが……原石はこういうものかもしれませんね」
 みなもは石を見つめ、言った。
「触っても……宜しいでしょうか……?」
「うん、どうぞ」
 狗神はにこやかに言った。灯火は三つの鉱石をひとつずつ手に取り、何かを確かめるように頷いた。
「みつけて……みつけて……」
 灯火は静かに呟く。
「どの石も……何度も……そう繰り返します……」
 そして、鉱石をそっと置く。
「みつけて……?」
 東海堂がそう問いかけると、灯火はこくりと頷いた。
「みつけて……」
 腕を組み、狗神が繰り返す。
「みつけて……」
 ティナも同じように言葉を繰り返し、考える。
「遺体を……」
 この場合で考えられること、みなもはそれを呟く。
「みつけて……?」
 その呟きを聞き、シオンは目を細めた。
 
 今は倒産しているその会社についてや、自分たちが夢で見た光景を探していくうちに、ここが怪しいという場所を見つけだした。
「枕で寝るだけの予定がハイキングになっているし……」
 吹き抜ける涼やかな風を受け、ティナはため息をついている。
「まあ、いいではないですか。思いのたけを精一杯山で叫べばすかっとしますよ」
 シオンが慰めるようにぽんぽんと肩を叩くと、ティナはそうねと頷いた。
「そうですよ。ハイキングにはいい季節です」
 みなもは眩しそうに山の緑を見つめる。
 夢で見た場所を探し、それらしい山を見つけだしたところでハイキングが急遽、決定した。……夢で見た場所を探す(遺体があるかも?)ために。
「灯火さん、大丈夫? 疲れてない?」
 いつもの着物姿である灯火を狗神は気にしている。山歩き、その体力と服装が気になる。だが、灯火は淡々とした表情で狗神を見つめ返す。疲れている様子はまるでない。
「……大丈夫です……」
 東海堂は仕事があるため、山登りには参加しなかった。五人でそれほど急ではない山道を歩いていくうちに、夢で見たあの場所へと辿り着く。
「夢で見た場所……本当にあったんですね。……ああっ?!」
 べつにそれほど崖の方へと近寄っていたわけではなかったし、足元もよく確認していた。だが、ずるりと地面を滑り、気がつけば宙に投げ出されている自分がいる。なんとか、崖の縁に掴まった。……これでは夢と同じだ。
「シオンさん?!」
「夢で見た場所に来たからって、夢と同じことをしなくていいのよ?」
 なんてサービス精神旺盛な男なんだろうとティナは肩を竦めている。が、それどころではない。……早く助けてください……と目で訴えてみる。
「っていうか、助けましょうよ!」
 狗神は慌てて崖の縁を掴む手を掴んだが、狗神よりも自分の方が体格がいい。引き上げられる力はなさそうに思えたが、実際、なかった。ああ、このままでは夢と同じ……いや、助けようとしてくれただけ、夢とは違うのかもしれないと思っていると、みなもがもう片方の腕を掴んだ。しかし、みなももそれほど力が強そうには思えない。ああ、駄目かも……こういうときは、やはり、私のことはいいから手を離しなさいと自分から言うべき……? そして、カッコよく谷底へ……? いやいや、それはちょっと勘弁。
 だが、予想に反して、崖から引き上げられた。狗神の力というよりもみなもの力によるものが大きいような気がするのは、はたして気のせいだろうか。
「夢と違う展開で助かりました……」
 胸に手を添え、大きく息をつく。
「夢と同じ展開なんて冗談じゃないですよ……」
 狗神は肩で大きく息をついている。かなり力を消耗したらしい。
「何事もなくて……よかったです……気をつけてください……」
「足を引っ張られたのです」
 自らの足を示し、シオンは難しい顔をした。あのとき、何かに引っ張られたような気がする。もちろん、崖には誰の姿もない。そうなると……。
「……」
 夢で見たことがことだけに顔を見あわせてしまう。それから、こわごわと崖の下を覗き込んでみた。
「この下……なのかしら?」
 底が見えないほど深い……ということはなかった。自分が落下しそうになった場所は切り立った崖だが、少し進めば、急ではあるが斜面になっている場所がある。
「おりられそうですね。ロープ、持ってきました」
 みなもはてきぱきとロープを取り出し、崖の下へとおりる準備をする。みながロープを伝っておりることに耐えられそうな木を探し、そこにロープをくくりつける。
「採掘場のようですね」
 崖の下に広がる光景は、少し人の手が入っているように感じられた。おりたった場所は手をつけられている感じはしないのだが、少し離れた場所には地面を掘り出すのに使いそうな工具が放置してある。人の気配は、ない。
「シオンさんが落ちそうになった場所は……ああ、ここの上ですね」
 下から見あげてみると、結構な高さがある。落下したとしたら……助からないかもしれない。地面はごつごつとした岩肌。柔らかそうな土や緑ならば助かりそうなのだが。
「……ここ……この隙間が……気になります……」
 灯火がすっと手を伸ばし、示した場所には見落としてしまいそうな隙間があった。洞窟とはとても呼べない穴だが、子供ならば入り込めそうで、大人でも入り込めないことはなさそうだが、かなり苦しそうに思える。地面すれすれ、服が汚れることは必至である。……あまり、嬉しくない。
「私には難しいですね」
 どう頑張っても自分には難しい隙間だ。シオンは難しい顔で小首を傾げた。
「シオンさんに行けとは言いませんよ。とはいえ、僕も難しいな……」
「とりあえず、覗いてみれば?」
 ティナは用意してきた懐中電灯でなかを照らしだし、なかを覗いている。入口は狭いが、なかはそこそこ広そうに見えた。
「……何かあるかな……んー、靴……? 靴があるみたい」
「靴?!」
 その言葉にどきりとする。靴ということは……その他のものもあるかも……?
「他には……あ」
 ティナの言葉が途切れる。靴があって言葉が途切れたということは……その先の言葉は聞かなくても予想がつく。シオンは狗神と顔を見あわせ、ため息をついた。
 
 本当に遺体をみつけてしまった。
 どうしよう?
 とりあえず、警察に通報する前に東海堂に相談してみた。第一発見者というのは面倒だよ……という言葉を聞き、そういえば、世の中には第一発見者が最も疑われる法則というものがあることを思い出した。
 枕を使うと、決まって見る夢の場所へ行ったら、遺体がありました。
 ……警察でコレが通用するとは思えない。本当のことなのだが、かえって、疑わしい。幸いなことに、東海堂の先輩に刑事という職業の女性がいたので、そちらからの助言に従い、良識ある市民からの匿名の通報ということで処理してもらうことにした。テレビのニュースでも遺体発見のことは伝えられたが、発見者については触れられていなかった。
「枕で寝るだけだったのに、遺体発見になってるし……」
 ティナはため息をつき、事務所にあるテレビを消す。
「まあ、いいではないですか、良いことをしたのですから」
 ……たぶんとシオンは付け足す。
「そうですよ。でも、これで枕はただの枕になってしまいましたね」
 枕を見つめ、みなもは言う。遺体を発見したとき以来、きちんと鉱石を戻し、縫い合わせた枕を使ったところであの夢を見なければ、特別に眠れるということもなくなった。
「もう……みつけてという声はしません……」
 灯火の呟きを聞き、狗神はうんと頷いた。
「悪夢という結果に対する原因はそこなのかな、やっぱり。原因があるから、結果があるわけで……やはり、呪いという結果に対し、原因を探れば、どうにか回避することはできるだろうか……」
 狗神は腕をくみ、難しい表情で呟いていたが、ふと顔をあげる。
「あ、そうだ。協力してくれてありがとうございます。お礼は……その枕で」
 にこりと狗神は笑った。
 
 後日、仕事はないかと事務所を訪ねてみた。
 すると、みなもが東海堂と話していて、応接室には灯火の姿がある。珍しく(?)狗神が端末に向かい、仕事らしいことをしているので、その背後に立ってみた。
「……変わった仕事ですね」
「仕事じゃないですよ。これ、ネットオークションの画面です。もうすぐオークションが終了時刻なんです。今、これに入札しているんですよ」
 狗神は画面を指さす。そこには若い娘の写真……いや、度数が書いてあるから、テレホンカードなのだろう。それが映っている。
「ほう?」
「これを上回る値をつけられたら、その人に落札されてしまいますからね、こうやってぎりぎりまで目が離せないというわけです」
 狗神の背後に立ちながら、画面を覗く。すると、みなもと東海堂の話が聞くとはなしに聞こえてきた。この間の枕のことを話しているらしい。
 それによると、みつかった遺体は転落事故という扱いになったということだ。夢でのことがあるだけに、その扱いは微妙だが、確かに転落事故ではある。
「当時、一緒に山に登ったと思われる友人は、その後、会社が倒産し、現在は行方不明だそうだ。……なんともいえないね」
 その言葉のとおり、なんともいえない表情で東海堂は言う。
「和哉くんも妙なものを買ってくれるよ……」
 ため息をつく東海堂のことなど気にせず、狗神は真剣な表情で端末に向かっている。ふと、このテレカも枕と同じように『妙なもの』なのではないかと思った。
「やったー! テレカ、落札ーっ!」
 ばんざーい、不意に狗神の声が室内に響きわたる。どうやら、目的の品は無事に落札できたらしい。
「テレカ? それはまた、最近、廃れつつあるものを……」
「一昔前のアイドルのテレカです。このテレカで電話をかけると、恨めしげなアイドルの声が聞こえてくるという噂です」
「は、はははは……ははははは……」
 東海堂はもう笑うしかないらしい。言葉が出てこない。
「あ、あー……」
 気持ちは同じなのか、みなもも少し困ったような笑顔で小首を傾げている。
 狗神の次の言葉はなんとなく予測できた。
 きっと、彼は言うだろう。
「テレカが届いたら、電話をかけてみませんか?」
 ……予測どおりだった。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3041/四宮・灯火(しのみや・とうか)/女/1歳/人形】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13歳/中学生】
【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男/42歳/びんぼーにん +α】
【3358/ティナ・リー(てぃな・りー)/女/118歳/コンビニ店員(アルバイト)】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございます。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

はじめまして、シオンさま。
ラクガキされたり、崖から落ちたりとあらゆる災難(?)に見舞われているような気がしますが……(汗)イメージを壊していないことを祈るばかりです。

願わくば、この事件が思い出の1ページとなりますように。