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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


兄弟
●互いにいつものこと
 その夜――『週刊民衆』の記者兼ライターである来生十四郎は、明後日締切の複数の原稿を仕上げるべく、煙草の煙をくゆらせながらただひたすらにパソコンのキーを叩いていた。
 時計を見るとすでに深夜0時を回り、まもなく1時に差しかかる所であった。
 モニタに映し出された原稿の内容を拾い読みしてみると、『あの大物代議士、長崎の夜の御乱交?』だとか、『消えたアイドル――彼女はススキノに居た!』といった見出しが目につく。
 ……おおよそ『週刊民衆』がどういった類の雑誌かは、これだけでも想像がつくというものだ。
 原稿を書く手を止めると、十四郎はくわえていた煙草を灰皿で消した。よほどのヘビースモーカーなのだろう、灰皿には吸殻がもう山のようになっていた。
 それでも火を消すだけのスペースは灰皿に確保しているのだから、ヘビースモーカー歴もそれなりに年季が入っているに違いない。
 そして十四郎はぼさぼさ頭を何度か掻くと、傍らに置いてあった飲みかけのビール缶に手を伸ばした。そのそばには、もう飲み干されたビール缶が2本ほど転がっている。
 ぐびぐびと喉を鳴らし、残っていたビールを一気に飲み干す十四郎。
「ふう……」
 十四郎は手の甲で口を拭うと、またキーを叩き出した。その時である、背後に気配を感じたのは。
 しかし気配の主が何者なのか、十四郎には分かり過ぎるほどに分かっている。振り向くことも言葉を発することもなく、ただ原稿を書くことに集中した。
「……茶を持ってきたぞ」
 十四郎の背後から男の声がした。それでも振り返らない十四郎。ただ短く返事をしただけだった。
「ああ」
 それを聞き、十四郎の背後で立っていた男――銀縁眼鏡でオールバック、そしてこんな時間にも関わらずきちっとしたスーツ姿だ――は、盆に載せていた茶を十四郎のそばに置こうとした。
 ところが、男――来生一義の手は一瞬茶碗を擦り抜けてしまったのである。次の瞬間には、一義の手は茶碗を持っていたのだが……どうやら一義は普通の人間などではないようだ。
「早く寝るようにな」
 一義は茶碗を置く時に、弟である十四郎にそう声をかけた。
「……んー、原稿が終わればな」
 面倒そうに答える十四郎。だがその言葉に思う所があったのだろう、一義はこう十四郎に言った。
「そう言って、お前はいつも昼まで寝てるだろ。規則正しい生活は出来ないのか?」
「…………」
 十四郎は答えない。こういう説教はいつものこと、小言の嵐が過ぎるまで無視するに限ると悟っていたのだ。

●言ってはいけない一言
「煙草も吸い過ぎだ。こんなに吸ってると肺をやられるぞ。それにだな……」
 一旦始まれば、連鎖反応のごとく続くのが説教というものだ。細かいことがあれこれと目につくのだろう、規則正しい生活という話題から煙草、そして酒、やがては普段の生活態度の方にまで一義の説教は続いてゆく。
 一方、説教を聞かされる立場の十四郎は『馬の耳に念仏』という状態で、一義の言葉をほとんど聞き流していた。時折『聞いてるのか?』と言われ、『ああ』だとか『聞いてる』などと答えるくらいである。
 普段であれば、この辺で説教は終わるはずであった。だがしかし、今夜は違った。一義がこんなことを口走ったのだ。
「全く。こんな生活態度も、お前の今の仕事のせいだな……」
 呆れたように言う一義。十四郎の眉がぴくっと動いた。が、無言でキーを叩き続ける。
「こんな仕事をしているから、お前もだらしなくなるんだ」
「……こんな仕事で悪かったな」
 沈黙を破り言葉を発する十四郎。その言葉には明らかに怒気がこもっていた。さすがに仕事のことに口を出され、黙っていられなくなったのであろう。
 それから、一義が何か言う度に十四郎が言い返すという口論が始まった。口論は次第にヒートアップしてゆく。
「早く今の仕事を辞めて、まともな職についたらどうなんだ。今からでも遅くはないだろ」
 銀縁眼鏡を指先でくいっと直し、言う一義。
「まともな職って何だよ。俺の仕事だって真っ当な職だろうがよ」
 一義の方に振り返り、十四郎はぎろりと睨んだ。すると一義は小さく溜息を吐いた。そして、やれやれといった様子でこう言った。
「三流以下の雑誌に、本当か嘘かも分からないいい加減な記事を書くのがどこが真っ当だ。だいたい、真っ当というのはしっかりした会社に勤め……」
「ふっ……ざけんなぁっ!!」
 くどくどと一義の説教が続こうとしたその時――十四郎が激怒した。
「俺はなっ、俺なりのプライド持って、命も体も張ってこの仕事してんだよっ! 会社勤めだけが真っ当な仕事だなんて、てめぇの偏見だ!!」
 激怒する十四郎は傍らの茶碗をつかむと、おもむろに一義に向かって投げ付けた。入っていた茶が周囲へ飛び散る。
 慌ててそれを避けようとする一義。茶碗は一義に僅かに当たるように見えたが、そのまま擦り抜けてしまい、後ろの壁に当たって激しい音とともに砕けてしまった。
「出てけっ! とっととこっから出ていきやがれっ!!」
 十四郎はそう大声で怒鳴ると一義に背を向け、原稿を続けるべくまたキーを激しく叩き出した。
「…………」
 一義はしばしその場に立ち尽くしていたが、やがて無言で部屋を出ていった――。

●それでも、やはり兄弟
(ふん、どうせそのうち帰ってくるだろ)
 治まらぬ怒りの中でそんなことを思いながら、原稿を書いてゆく十四郎。だが原稿が書き進むにつれ、次第に怒りも治まってゆき落ち着きを取り戻してゆく。
 人間は不思議なもので、落ち着きを取り戻すと怒っている間には抜け落ちていた、色々なことに考えが巡るようになる。この時の十四郎がまさにそうだった。
「待てよ……?」
 不意に十四郎の原稿を書く手が止まった。
(……確か物凄い方向音痴だったよな?)
 無論、一義のことだ。一義は人知を超えた物凄い方向音痴なのである。ということは、一旦出ていったら家に戻ってくるのも大変な苦労で……。
「…………」
 頭を振り、再び原稿を書き出そうとする十四郎だったが、どうにも手が動かない。
「むぅ……」
 しょうがなく十四郎は腕を組み、思案顔となった。そうこうしているうちに――。
「……くそっ!」
 十四郎は立ち上がると、少し慌てた様子で玄関に向かっていった。一義のことが気にかかるのだ。
(たく、近くでうろうろしてりゃいいんだがな)
 靴を履き、玄関の扉を十四郎は開いた。と、右手から見慣れたスーツがちろっと見えていた。
(!?)
 玄関から顔を出し、すかさず右手を見る十四郎。そこには膝を抱え座り込んでいた一義の姿があった。
「……何してんだよ」
 十四郎がそう問うと、一義は顔だけ十四郎の方へ向け、ぼそりと質問に答えた。
「お前の怒りが落ち着くのを待っていた」
「はっ、そうかよ……」
 眉をひそめた十四郎は、一義に何か一言言ってやろうとした。だがその前に、一義の口が動いた。
「……もう」
「うん?」
「捜し回るのは嫌だからな」
「…………」
 十四郎は無言で一義の顔をまじまじと見つめた。一義は真顔である。
 やがて十四郎に苦笑いが浮かぶ。もう怒る気など消え失せていた。
「あー……そろそろ寝るから、中に入れよ」
 十四郎は一義に中へ入るよう促した。
「分かった」
 一義はすっと立ち上がると、スーツについたであろう砂埃を丁寧に払い落としてから、中へ入っていった。
 そして――玄関の扉が静かに閉じられた。

【了】