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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 通販限定安眠枕
 
 出会いは、コンビニ。
 よほどのことがなければ客の顔などいちいち覚えはしない。とはいえ、来客頻度が高ければ、その顔を自然と覚えることになるのだが。
 十代後半かと思われるその青年の顔を覚えた理由は、ひとつ。決まっていつも同じ商品を買って行くことにある。
 都市伝説フィギュア(彩色済み、十二種、うちレア二種含む)。
 その青年はいつもそれを買っていく。ふと気づいたときからすでに何箱を購入しているか。とりあえず、自分の記憶によると二箱ずつ購入して、一週間が過ぎただろうか。社会人ではないのか、所謂、大人買い(おそろしくまとめ買い)と呼ばれるものはしない。ちまちまと何かを買うついでにそれを買って行く。
「……まだ、集まらないの?」
 バーコードを読ませながら、思わず声に出してしまったのは十日目くらいのことだろうか。
「え? ああ、同じものばかり出ちゃって……」
 青年は少し困ったような顔で笑い、髪をかく。
「フルコンプ、目指してるんでしょう? あといくつ?」
 これだけ買っていくということは、つまりそういうことだろう。ティナはバーコードを読ませた商品をビニール袋へといれていく。
「あとひとつ。首なしライダーが出ないんだ……」
「ちちち、わかってないわねぇ」
 片手を腰にあて、片手を突き出し人指し指を振る。
「わ、わかってないかなぁ?」
「首なしライダーはね、他のものよりちょっと重いの。箱を比べてみればすぐにわかるんだから。ちょっと待ってね……これは……駄目ね、両方とも違うわ」
 青年が購入した箱を手に取り、比べたあとにティナは言った。首なしライダーの箱はもっと手にずっしりとくる感じだ。
「へぇ、重さが違うんだ……口裂け女ばっかり出ちゃって」
「カシマレイコの色違いバージョン、レアね? あなた、食玩を見抜く技術はないけど、運はいいみたいね。首なしライダー、余っているから交換してあげてもいいけど?」
 それが狗神和哉と交わした最初の会話だった。
「……と、まあ、そういう出会いをしたわけよ」
 聞けば、狗神はコンビニから程近い場所にあるマンションの三階にある人材派遣会社で事務員のアルバイトをしているという。食玩の交換をするうちになんとなく親しくなり、会社という雰囲気が漂っていないこともあって、こうして顔を出すようになった。
「へぇ、じゃあ、和哉くんがインターネットオークションをやるようになった理由は、君にあるのかな?」
 少しひきつった笑顔でそう言ったのは、会社の青年社長、東海堂。社長といえば、会社の頭、顔ともいえるのだが、あまりそういう雰囲気は漂っていない。……ああ、そうか、社長からして会社っぽくないから、ここは会社っぽくないんだ……ティナは唐突に理解した。
「さあ? 食玩を集めるには便利だよとは教えてあげたけど」
 同じものが出てしまったときは、交換、もしくは販売することでそれを解消する。インターネットというものは、まさにそのためにあるようなもので……というのは言い過ぎだとしても、かなり便利であることは間違いない。もちろん、狗神にも教えてあげた。
「確かに、便利ですよね。食玩とかもそうですけど、トレーディングカードとか呼ばれているものを集めるときも便利だと聞いています」
 東海堂の事務机のそばで話を聞いていたすらりとした少女が言う。少女の名前は海原みなも。さらりとした髪と青い瞳、そして従来の型通りといったセーラー服が印象的で、真面目かつ穏やかな雰囲気を漂わせている。
「そっか。交換には便利そうだよな、確かに。和哉くんは会社のパソコンをフル活用しているみたいだね。……毎日、郵便物が届くし、梱包に忙しそうだよ……」
 東海堂は苦笑いを浮かべつつ、ちらりと狗神の机に視線をやった。そこには発送するときに品物を包む、透明のぷちぷちしたビニールシートが大量に置いてある。
「昨日も大きな箱が届いていたなぁ……ああ、こんな時間か。ごめん、夜に向けて少し寝ておかないといけないから。ゆっくりしていってね」
 そう言って東海堂は椅子を立つ。そして、近くにあった『仮眠室』と書かれた扉を開ける。そのまま扉は閉まるかと思ったが、閉まらない。代わりに声が聞こえてきた。
「……? 和哉くーん、ちょっと」
 東海堂は応接室にいる狗神を呼びつける。と、すぐに、はいはいなんですかと狗神が現れた。何事だろうと狗神の後ろから仮眠室を覗いてみた。
「これ、なに?」
 そこには三つの枕がある。それを指さし、東海堂は問う。
「あ、これ。通販限定の枕なんですよ」
 狗神はなんてことはないというふうに答えた。よく見ると、枕の周囲には箱がある。その近くには包装紙と新聞紙の折り込み広告、所謂、チラシが落ちている。何が書かれているのだろうと思っていると、東海堂がチラシへと手を伸ばした。
「睡眠から快眠へ、あなたを心地よい睡眠へといざなう安眠枕、限定生産、通信販売でしか手に入りません……?」
 東海堂はチラシの文面を読みあげる。そのあと、はっとして狗神を見つめた。
「まさか、買ったの?」
 狗神は満面の笑みを浮かべてこくりと頷く。それに反して東海堂は泣きそうな表情を浮かべ、がくりと首を折った。
「なんで、そんな怪しげなものを買うのかな、君は。まさか、この、今なら一個のお値段でさらにもう一個、ちょっと待って、今ならさらに携帯に便利なミニ枕もおつけして9980円という文面に惹かれて買ったわけではないだろうね?」
「もう一個つけるならば、値段を半分にしてほしいですよね」
 狗神はにこやかに答えながら、枕を手に取った。
「これにはちょっとした面白い話があるんですよ」
 東海堂はなんとも言えない表情で狗神を見つめる。
「この枕のなかにはマイナスイオンを発生させる鉱石が入っているそうです。それによって、すやすやと心地よい眠りにつくことができるというわけなんですが……」
「わかった」
 狗神の言葉が終わる前に、東海堂はうんと頷く。そして、続けた。
「うたい文句に反して、安眠できないんだろう?」
 それでもって、悪夢にうなされちゃったり、枕元に知らない誰かが立っちゃったりして……と付け足す。冗談で言っているらしいことは、その表情から伝わった。
「あれ、知っていましたか」
 意外に情報通ですねと狗神は笑顔で頷く。
「いくつかの噂があるのですが、面白いことに両極端な噂なんですよ。悪夢にうなされてとても眠れたものではないというものと、あまりの眠り心地に眠ったものは二度と目を覚まさない安眠枕ならぬ永眠枕だというもの……」
 どちらにしてもイヤだよ……東海堂の顔はそう言っているような気がした。だが、狗神は気にせずに言葉を続ける。
「まあ、そういうわけで買ってみたんですよ。実は、さらにその半額で送料込み5000円だったもので。この二つは使用していないんですが、これは一回だけ使用したということです」
「……オークション?」
 複雑な表情で東海堂は訊ねる。
「はい。いいですね、オークション。手に入りそうにないものが、手に入って僕は嬉しいですよ」
 この会社は既に倒産しているから通販でも買えなかったしと狗神は笑う。
「俺はあまり嬉しくないよ……っていうか、買わないでくれよ、そんなもの……」
 東海堂はこめかみに手をあて、首を横に振る。それはあからさま嘆く仕種。だが、わからなくもない。
「それで、早速、使ってみたんですよ」
「え、もう使ったの?!」
 はやっ。東海堂は驚くが、狗神は気にせずに言葉を続けた。
「とりあえず、永眠はしなかったみたいですね。ただ、悪夢というか……妙な夢を見ました」
「夢……?」
「はい。二人で山へ行き……そこで価値のある何かを見つけるんです。二人で山分けしようということにするんですが、喜びすぎていたのか、崖のようなところから足を踏み外してしまうんです。なんとか崖の縁にしがみついて、もうひとりに助けてくれと呼びかけるんですが……助けてもらえず、落下する……」
 そんなところで目が覚めましたと狗神は言う。
「……確かに、悪夢だね」
 ぽつりと東海堂は呟いた。
「ええ。永眠やら悪夢やらと噂はいろいろありますが、実際のところはどうなのか、そこに興味があってこれを購入したんですよ。僕は悪夢を見ましたが、僕個人だけではどうとも判断がつきにくいですからね」
「え……この話の流れは……もしかして……」
 東海堂は心の底からイヤそうな顔をする。
「この枕で寝てみろ……とか、言う……?」
「はい、言います」
 にこやかに狗神は答えた。
 
「今日、頼みたいと言っていたことは、これなんでしょう? 協力するわよ」
 ティナは狗神の手から枕を受け取る。協力してほしいことがあると言われて、ここへ訪れたのだ。協力するかわりに何をしてくれると訊ねると、狗神は少し考えてから、食玩を買ってあげると言った。実は、本当に何かしてくれると期待していたわけではなかったのだが、何事も言ってみるものである。
「寝てみてどんな悪夢か体験してみればいいのね」
 ぽんぽんと枕を叩きながらティナは言う。枕は三つ、自分がひとつを引き受けたことにより、残りはふたつ。そして、この場には自分の他に、五人の人間がいる。そのうちのひとりは狗神であり、枕は使ったことがあるわけだから、残りは四人のうちのふたりが使うということになる。
「勇猛果敢だね……」
 ティナを見つめ、東海堂は呟く。
「枕で眠るくらいなんてことはないわよ。うなされるほどの悪夢だったら、即、八つ裂きにして捨ててやるから」
 さらりと言ったティナを東海堂はやや引きつった笑みで見つめている。そして、頼もしいですねと呟いた。
「枕……ですか」
 着物を着た少女が進み出て、小さな枕を手に取った。牡丹をあしらった紅い振り袖とそれとは対照的な青の瞳が印象的に思える。
「なかは……鉱石なのですね……。この鉱石……ただの石なのでしょうか……」
 少女の言葉は静かでありながら、不思議とよく通る。小さな声だと思うのだが、何を言っているのかは、よくわかる。
「マイナスイオンを発生させる鉱石……最近、流行りのトルマリンでしょうか」
 みなもは唇に指を添え、考えながら言葉を口にする。
「トルマリン……何故かリンゴの形をしたものを想像してしまいます」
 顎に手を添えながら感慨深くそう言ったのは中年の男だった。身なりが良く、紳士といった雰囲気を漂わせている。その向こうで、そういえばそういうリンゴの置物があったかもしれないねと東海堂が頷いていた。
「まあ、それはさておき、トルマリンであれなんであれ、枕のなかに入っているというその鉱石が怪しいですね」
 中年の男はそう続けた。
「使う方によって、効果が違うのですね……。気になります……」
 少女は枕を見つめ、そう呟いたあと、狗神を見つめた。
「少し……触らせていただいても宜しいでしょうか……?」
「鉱石?」
 狗神が問うと少女はこくりと頷く。両手で小さな枕を持ったその仕種が妙に可愛らしく見えた。
「じゃあ、とりあえず寝てみてから開けてみようか。……開けるところがないみたいだから。悪夢を見たらティナさんが裂いてくれるらしいし」
 ティナは失礼なことを口にする狗神を肘でつんとつついた。が、悪夢を見たら本当に八つ裂きにするつもりだから、実は間違っていない。
「悪夢……そう、三人が同時に使ったら、悪夢が繋がるということはないでしょうか」
 中年の男はふと思いついたという顔で言う。表情からして真剣に意見していることは間違いない。
「つまり、同じ時間帯でその枕を使っている人達が同じ夢を見るとか……夢のなかで価値のある何かを見つけたものだけが安眠を手にするとか……」
 そして、中年の男ははっとした表情で、夢のなかで壮絶なバトルが……?!と呟いていたが、狗神はにこやかにさらりとそれを聞き流す。
「枕は、あとふたつ。誰が使ってくれますか?」
 狗神は東海堂、みなも、少女、中年の男を順に見回す。四人は顔を見あわせた。
「……あたし、使います」
 名乗り出る者がいないと遠慮気味にみなもが手をあげた。
「少し気になることがあるんです」
「じゃあ、残りはひとつ」
 残された三人が顔を見あわせる。すると、不意に東海堂ははっとした。
「シオンさん、さり気なくその手に握られているマジックはなんですか……?!」
 東海堂の視線は中年の男の手にあった。そこには所謂、黒のマジックペンがさり気なく握られている。さらに、洗濯ばさみもさり気なく用意されていた。
「え? これは、」
 言いかける中年の男の言葉を遮り、東海堂は最後の枕を掴むと強引に押しつけた。
「どうぞ、シオンさん! 枕があなたに使ってほしいと叫んでいます! 俺には枕の声が聞こえたような気がします、あなたに是非、使ってほしい、と!」
「わたくしには……聞こえませんが……」
 少女は枕を見つめ、ぽつりと呟く。だが、東海堂にはそれが聞こえなかったのか、敢えて聞き流したのか、仮眠室のベッドを整え、ソファを整え、床に布団を敷き、三人分の寝床を用意する。
「さあ、どうぞ! ごゆっくりおやすみください!」
 そして、輝かしい笑顔でそう言った。
 
 ともに枕を使うことになった中年の男の名はシオン・レ・ハイ。眠っている状態に変化はあるのかと観察していることになった着物の少女の名は四宮灯火。眠る場所はなんとなく決まり、みなもはベッド、シオンは床の敷布団、そして、自分はソファとなった。待遇は、いってみれば、年齢順だろうか。……見た目の。
 本当に悪夢を見るのかしら……ティナはソファに横になりながら考える。
 自分にとっての悪夢は、やはり、食玩関係。
 購入した食玩の箱を開けてみる……すべて同じものだった……!
 ……悪夢だ。
 やめよう、本当に夢に見そうだし。
 すぐに眠れるかと思ったが、案外とすぐに睡魔は襲ってきた。部屋が暗いだけではなく、心地よい眠りに落ちていけそうな音楽が静かに流されているせいもあるかもしれない。そして、普段、自分が思っているよりも一生懸命働いていたせいも。
 結構、疲れている。……ちょっと手を抜こうかな……などと考えているうちに完全に眠りに落ちた。
 
 気がつくと、そこは山だった。
 一生懸命、山道を歩いている。目の前を歩く背中を見つめ、言葉もなく、ひたすらに山道を行く。
 知らない背中。だが、不思議とそれに関する疑問は覚えない。
 そのうちに霧が発生し、道に迷った。
 こっちへ行ってみようか?
 自分が意見をする。それは自分の視点ではあるものの、どこか自分とは違う。自分ともうひとりは霧のなかをさらに進んだ。
 不意に霧が晴れた。
 ああ、これで迷わないで済む……そう思ったところで、目の前にある少し変わった岩肌に気がついた。
 これ、なんだろう?
 もうひとりに声をかける。すると、もうひとりは驚きの声をあげた。
 良質の鉱石だ、これを利用すれば一儲けできるぞ!
 そうなんだ……やったねと自分ももうひとりも喜んでいる。そのとき、ふと強い風が吹き抜けた。ぐらりと態勢を崩してしまう。
 落ちる。
 そこは足場の悪い崖でもある。だが、どうにか縁へとしがみついた。
 もうひとりは咄嗟に動き、手を差し出した。が、届く位置ではない。もう少し伸ばしてくれないと届かない。だが、手はそれ以上、差し延べられなかった。
 助けて……助けてくれ……!
 呼びかける。
 だが、自分を見おろすだけで、手は差し延べられない。
 遂に、力の限界。
 ……落下した。
 
 もう駄目だと思った瞬間、不意に落下する感覚が消える。
 急に眠りから引き戻された。
「大丈夫ですか……?」
 顔を覗き込んでいるのは、灯火だった。ふと、見れば、灯火が自分の手を掴んでいる。どこかひんやりした手にはっきりと目が覚めた。
「私……今……」
「うなされて……手を差し延べられたので……つい、手を……失礼しました……」
 そう言って、灯火はそっと手を離した。
「……」
 眠っているうちに宙に手を伸ばしていたらしい。落下する感覚が消えたのは、灯火が手を掴んだ瞬間ではないだろうか。
 灯火が手を掴まずに、もし、あのまま、落下していたら……?
 永眠……そんな言葉がふと頭を過ったが、即座に消した。まさか、そんな。でも、不快だった。とりあえず八つ裂きは決定かもしれない……そんなことを考えていると、みなも、シオンも目を覚ました。
「……」
 シオンの額には黒いマジックで『肉』と書かれている。そして、鼻の下から頬にかけて、くるりんとしたちょび髭、頬にはぐるぐるうずまき。
「〜♪」
 そんなシオンの背後には満足そうな表情でぱちんとマジックのふたをしめる東海堂の姿があった。
 
 どんな夢を見たのかと話し合ってみると、どうやらまったく同じものであったらしい。夢に登場したもうひとりについての外見を話してみると、やはり、同じ。ただ、展開については、不思議なことにみなもだけは少々、違っていた。
「手を掴まなかったら……大変なことになっていたかもしれませんね」
 神妙な顔でみなもは言う。
「落下し、助からず、永眠……ですかね? しかし、同じ夢を見たことは不思議です。やはり……」
 シオンの視線は枕にそそがれる。同じように誰もが枕を見つめた。
「楽しい八つ裂きタイムの始まりね」
「ティナさん、言い方が怖いですよ……とりあえず、なかを開けてみましょうか」
 ハサミを用意し、八つ裂きではなく、普通になかを開けてみる。なかに入っていたものは、やはり鉱石で(もちろん、鉱石だけではないが)形は違えど、だいたいの分量は同じだと思われた。
「これが、トルマリン……?」
 炭のようにも見える色をした鉱石が入っている。
「もっと綺麗なイメージがありましたが……原石はこういうものかもしれませんね」
 みなもは石を見つめ、言った。
「触っても……宜しいでしょうか……?」
「うん、どうぞ」
 狗神はにこやかに言った。灯火は三つの鉱石をひとつずつ手に取り、何かを確かめるように頷いた。
「みつけて……みつけて……」
 灯火は静かに呟く。
「どの石も……何度も……そう繰り返します……」
 そして、鉱石をそっと置く。
「みつけて……?」
 東海堂がそう問いかけると、灯火はこくりと頷いた。
「みつけて……」
 腕を組み、狗神が繰り返す。
「みつけて……」
 何を? ティナも同じように言葉を繰り返し、考える。
「遺体を……」
 みなもが小さく呟く。
「みつけて……?」
 その呟きを聞き、シオンは目を細めた。
 
 今は倒産しているその会社についてや、自分たちが夢で見た光景を探していくうちに、ここが怪しいという場所を見つけだした。
「枕で寝るだけの予定がハイキングになっているし……」
 吹き抜ける風は涼やかだ。しかし、リュックを背負い、ハイキングをしている自分がいるのは不思議でならない。
「まあ、いいではないですか。思いのたけを精一杯山で叫べばすかっとしますよ」
 ぽんぽんとシオンに肩を叩かれ、ティナはそれもそうかと頷いた。願掛けの意味もかねて、頂上で叫んでこよう。目指せ、フルコンプ〜……と。
「そうですよ。ハイキングにはいい季節です」
 みなもは眩しそうに山の緑を見つめている。確かに、季節的には良いと思うのだが、山に登る理由がなんとも言えない。
 ……夢で見た場所を探す(遺体があるかも?)なのだから。
「灯火さん、大丈夫? 疲れてない?」
 いつもの着物姿である灯火を狗神は気にしている。山歩き、その体力と服装が気になる。だが、灯火は淡々とした表情で狗神を見つめ返す。
「……大丈夫です……」
 東海堂は仕事があるため、山登りには参加しなかった。五人でそれほど急ではない山道を歩いていくうちに、夢で見たあの場所へと辿り着く。
「夢で見た場所……本当にあったんですね。……ああっ?!」
 不意にシオンの声が響いた。驚き、見てみれば、足を踏み外したのか崖の縁にぷらんとぶらさがっている状態のシオンがいる。
「シオンさん?!」
「夢で見た場所に来たからって、夢と同じことをしなくていいのよ?」
 なんてサービス精神旺盛な男なんだろう……ティナは肩を竦めてみせる。
「っていうか、助けましょうよ!」
 狗神は慌ててシオンの手を掴む。だが、狗神よりもシオンの方が体格がいい。引き上げられる力などなかった。それを見て、みなもはすぐに動き、シオンの片方の腕を掴む。しかし、それでも体格から見て引き上げることは難しそうに思えた。こうなったら、自分が……ティナは隠している翼をみせようかと思ったが、その前にシオンは助け出されていた。狗神の力というよりも、みなもの力によって引き上げられたように見える。……凄まじい怪力の持ち主? それとも、火事場の……というやつ?
「夢と違う展開で助かりました……」
 シオンは胸に手を添え、大きく息をついている。
「夢と同じ展開なんて冗談じゃないですよ……」
 狗神は肩で大きく息をついている。かなり力を消耗したらしい。
「何事もなくて……よかったです……気をつけてください……」
「足を引っ張られたのです」
 自らの足を示し、シオンは難しい顔をする。
「……」
 夢で見たことがことだけに顔を見あわせてしまう。それから、こわごわと崖の下を覗き込んだ。
「この下……なのかしら?」
 底が見えないほど深い……ということはなかった。シオンが落下しそうになった場所は切り立った崖だが、少し進めば、急ではあるが斜面になっている場所がある。
「おりられそうですね。ロープ、持ってきました」
 みなもはてきぱきとロープを取り出し、崖の下へとおりる準備をする。本当のところ、翼のあるティナにはそんなものは必要ないのだが、一応、人間で通しておくかと翼を見せずにロープを使って崖の下へとおりた。
「採掘場のようですね」
 崖の下に広がる光景は、少し人の手が入っているように感じられた。おりたった場所は手をつけられている感じはしないのだが、少し離れた場所には地面を掘り出すのに使いそうな工具が放置してある。
「シオンさんが落ちそうになった場所は……ああ、ここの上ですね」
 下から見あげてみると、結構な高さがある。落下したとしたら……助からないかもしれない。地面はごつごつとした岩肌。柔らかそうな土や緑ならば助かりそうなのだが。
「……ここ……この隙間が……気になります……」
 灯火がすっと手を伸ばし、示した場所には見落としてしまいそうな隙間があった。洞窟とはとても呼べないが、子供ならば入り込めそうで、大人でも入り込めないことはないが、かなり苦しいことになりそうだった。地面すれすれ、服が汚れることは必至である。
「私には難しいですね」
「シオンさんに行けとは言いませんよ。とはいえ、僕も難しいな……」
「とりあえず、覗いてみれば?」
 ティナは用意してきた懐中電灯でなかを照らしだし、なかを覗いてみる。入口は狭いが、なかはそこそこ広そうに見えた。
「……何かあるかな……んー、靴……? 靴があるみたい」
 懐中電灯の光が靴を捉えた。男物だろうか。さらに、照らしてみる。
「靴?!」
「他には……あ」
 ティナはそのまま言葉を切った。ぼろ布のようなものがそこにある。そこから見えている白いもの、それは……。
 
 本当に遺体をみつけてしまった。
 どうしよう?
 とりあえず、警察に通報する前に東海堂に相談してみた。第一発見者というのは面倒だよ……という言葉を聞き、そういえば、世の中には第一発見者が最も疑われる法則というものがあることを思い出した。
 枕を使うと、決まって見る夢の場所へ行ったら、遺体がありました。
 ……警察でコレが通用するとは思えない。本当のことなのだが、かえって、疑わしい。幸いなことに、東海堂の先輩に刑事という職業の女性がいたので、そちらからの助言に従い、良識ある市民からの匿名の通報ということで処理してもらうことにした。テレビのニュースでも遺体発見のことは伝えられたが、発見者については触れられていなかった。
「枕で寝るだけだったのに、遺体発見になってるし……」
 ティナはため息をつき、事務所にあるテレビを消した。
「まあ、いいではないですか、良いことをしたのですから」
 ……たぶんとシオンは付け足す。
「そうですよ。でも、これで枕はただの枕になってしまいましたね」
 枕を手にみなもは言う。遺体を発見したとき以来、きちんと鉱石を戻し、縫い合わせた枕を使ったところで夢を見ない。
「もう……みつけてという声はしません……」
「悪夢という結果に対する原因はそこなのかな、やっぱり。原因があるから、結果があるわけで……やはり、呪いという結果に対し、原因を探れば、どうにか回避することはできるだろうか……」
 狗神は腕をくみ、難しい表情で呟いていたが、ふと顔をあげた。
「あ、そうだ。協力してくれてありがとうございます。お礼は……その枕で」
 にこりと狗神は笑う。
「……ああ、もちろん、ティナさんには食玩で」
「当然よ。どれを買ってもらおうかな〜? たっかーいのねだっちゃおうかなー?」
「う。そこそこでよろしく……」
 狗神は引きつった笑みを浮かべるが……もちろん、そこそこで許すわけがない。
 ティナはにこり(というよりもニヤリ)と笑った。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3041/四宮・灯火(しのみや・とうか)/女/1歳/人形】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13歳/中学生】
【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男/42歳/びんぼーにん +α】
【3358/ティナ・リー(てぃな・りー)/女/118歳/コンビニ店員(アルバイト)】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございます。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

はじめまして、リーさま。
ちょっとそっちの話題(フィギュアとか)に走りすぎたような気もしますが……。イメージを壊していないことを祈るばかりです。

願わくば、この事件が思い出の1ページとなりますように。