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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


百鬼夜行〜藍〜

◆藍の空 編集部にて◆
「や、やっぱりヤルんですかぁ〜??」
 室内から漏れるのは、どこまでも情けない声。それに返るのは、対照的に無機質な女の声。
「当たり前でしょ。――そんなに脅えなくても、三下君には頼まないわよ」
 役に立たないからね、と冷たく言い放って、女――アトラス編集部・碇編集長は三下に向けて何冊もの雑誌を投げ渡した。
その表紙を飾るのは、どれもこれも『百鬼夜行』という、現在世間を賑わせている事件のみ。
「これじゃ、ウチの誌が目立たないったらありゃしない」
 オカルト雑誌の中ではTOPを走る月刊アトラスも、こうなっては形無しだ。
「この事件を、いかに面白く――かつ、他のドレよりも新しい活きた情報にする為には!!……ねぇ、三下君。ソレ、しか手はないと思わない??」
 古くから百鬼夜行と縁の深い空市、そしてそこで行方不明になった子供達。百鬼夜行を解決しようと立ち上がった草間興信所。
 妖しく笑む碇編集長に、三下は眼鏡の奥の双眸にうっすらと涙を浮かべている。
「この時勢、ただ座ってネタを待ってるなんていうのは負け組みのする事。そうでしょ、三下君?」
「――は、はいぃ……」
「ウチはそういう所じゃないの、身にしみて分かってると思うんだけど。キミも」
 三下の脳裏に数々の『危険』が思い浮かばれて、己の身を震わせる。
「じゃあ――いいわね?今回キミには何の期待もしていないから、そのかわり……鬼と対峙する事も厭わないような屈強な人、見繕ってきてくれるわよね……?」
 自分を見据える碇編集長の冷たい視線に、三下はただただ頷くしか無かった。

「……それで、この二人ってワケ……?」
それは夜も深まる時分。碇編集長は静かな面持ちで低く、言った。
 三下はびくりと肩を震わせ、俯くばかり。傍らの青年が小さく苦笑を漏らしている。
「キミに期待はしていなかったけれどね、サンシタ君……」
 この碇女史が三下をサンシタと呼ぶ時、それはもう、三下への怒りを露にしている時だ。こう言われてしまうと、三下にはもう後が無い。
 何時も通り、と深く吐息を漏らす敏腕編集長に、三下の顔が可愛そうなくらい歪んだ。
 だが碇も、鬼では無い。使えない使えないとは言っても、クビにすればするで困る。役に立たないといっても、100回に1回は事件の核となる情報を持ってくる事さえあった。――まぁ、運と同行者の助力のおかげではあったが。
「とにかく、火宮さんに綾和泉さん、ご協力感謝するわ。早速で悪いんだけどね、サンシタ君連れて、何か情報入手して来てくれる?」
「わかりました」
 火宮・ケンジがそう言い、綾和泉・匡乃が頷いた。
 その後一拍を置いて
「……――えっ!?」
心底驚いた三下の声。もとい、恐怖に震えた情けない顔。
「え、じゃないでしょ。キミもクビがかかってるんだから、死ぬ気で働いていらっしゃい」
「でも」
「口答えしない!!」
 編集長の一喝を受けて、三人はアトラス編集部を追いたてられた。


◆語る本 読む人◆
「――って言われても、こんな時間に空市に行っても仕方が無くないですか?」
ケンジが頭の後ろで腕を組んで言った。
 アトラス編集部から空市まで、どんなに車を飛ばしても三時間はある。現在の時刻が20:30分なので、空市に辿りつく頃には11時前後といった辺りか。
 そんな時間に空市を訪れても市民から話を聞く事は出来ないだろうし、図書館等も閉館時間はとっくに過ぎている。
 得られる情報が有るとすれば、二人が空市を見て感じる事のみ。
「そうですね。では空市は明朝にでも訪問するとして……今日は予備知識を集めるという事でどうでしょう?」
「予備、知識ですか?」
「はい。百鬼夜行についての知識、発生理由、土地情報等、そういうモノがあった方が良いでしょう」
 穏やかに笑む長身の匡乃。
 三下は鼻をぐしゅぐしゅと鳴らしながら二人の後をついてくるだけ。
「でも、一体どうやって?」
「この時間でも開いている図書館があると、編集長が言っていました。一般的な――というより、個人で開いている所なのだそうですが」
「へぇ〜。じゃあ、そういう事で。綾和泉さん、そこ行きましょう!!」
 二人は軽く頷き合うと、目的地へと方向を変えた。

「――ここが、図書館ですか……」
 ケンジが頭上高くを見上げて、呟いた。それは問いというより独り言に近かったが、それでも匡乃は答える。
「えぇ。国外では良く見ますけど、日本では珍しいですよね」
その図書館は、外観・内観どちらも英国の教会そのものだった。尖った赤い屋根には銀色の十字架、昼間であれば太陽の光を受けてキラキラと反射するであろう、美しいステンドガラス。室内には図書館と思える本の群。奥には祭壇と、やはり十字架。
「使われなくなった教会を図書館等として残すという話は良く聞きますが、こちらは館長の趣味でわざわざ教会風に建造したそうですよ」
「はぁ……物好きですね……」
「とにかく、自由に閲覧可という事です。時間にも限りがありますし、探しましょうか。火宮君、三下さん」
 そんなこんなで三人は、情報を集めるべく散開する。

 匡乃は幾つかの書物を物色して、祭壇の前に用意された椅子に腰を落ち着けた。
 そうしてから書物を手にするでもなく、一つ溜息を落とす。
 先日。匡乃が講師を勤める予備校の生徒から話を聞いた後、空市に訪れた時の事だ。攫われた子供の中には、生徒の兄弟も居たのだ。とりあえず生徒の不安を取り除ければと向かった先では、あまりの知識不足に唖然としたのを覚えている。
 生徒達が言っていたように、伝わるのは「百鬼夜行の夜に外に出るな」という事だけ。
 攫われた対象が『子供』に限る事から、小学校・中学校を重点的に調べてみても、子供の口から出てくる事は何も無い。噂話等、百鬼夜行については特にナイのだ。攫われた理由も『百鬼夜行の夜に外に出たから』それだけだ、と。
 白く長い指で口元を覆って、匡乃は何かを思案するように瞼を伏せる。結局のところ、何もかもが謎過ぎる。それだけに尽きた。
 しばらくの後やっとの事で目を開けた匡乃は、積み重なった本をパラパラと捲り、さして良く見ることも無くその行為を終えた。
 立ち上がって本棚へと向かい、新たな書物を手に席に戻る。それをただ繰り返す。
 その行動は、三度目だろうか。匡乃は覚えのある背中に、足を止めた。
 項で長い髪を一つに結った後ろ頭は、ケンジのモノだった。
「火宮君」
 匡乃が後ろから声をかける。顔だけを背後に向けてくる青年に、口の端を引き上げて問う。
「どうです?」
「特にこれと言って。百鬼夜行については、どれもこれも推測の域を出ないものばかりで……自分の知っている事ばかりですね」
「そう……。今読んでるのは?」
「これは、何か一風変わってます。新しい見解っていうか、まあ幾つか気になる所も」
「へぇ?」
匡乃が興味深そうにケンジの隣に座ると、彼は書物を匡乃の方へと向けてきた。褪せた紅の表紙に、古びた黄色いページが開く。
「この辺り、ちょっと汚れてよくわかんないですけど」
 ケンジが指差したページには、四つ鳥居と鐘が描かれている。赤と黒の鳥居がそれぞれ対称に位置し、中心に鐘。鐘の上には×のマーク。
「陰陽とか鬼とかって漢字が良く出てて……」
「これ!!」
「へ?どうしました??」
 匡乃は一瞬の後目を見開いて、驚いた様に声を上げた。きょとんと首を傾げるケンジに、興奮した声が返る。
「この鳥居、そして鐘……間違い無いです。これは、空市にもあった筈です!!」
「えぇ!!?」
「前後に朱の鳥居、左右に漆黒の鳥居、中心に大きな鐘。こんなもの、早々無いですよ」
 先日見たばかりなのだ。記憶間違いという事もないだろう。匡乃は「三下さ〜ん」と声高に呼ばわって立ち上がった。
「それ、もしかしたらかなり役に立つかもしれないですね。他にも何かありますか?」
「あ、いや……。まだ全然読めて無いんです。ぱらぱら〜と見ただけなので……」
「そうですか。――鳥居の確認も含めて空市に行ってみようかと思うんですが……」
「行きます?ご一緒しますよ」
ケンジは顔を上げて本を閉じた。
「一応この本は借りてみます。あ、借りられるんですよね?」
匡乃が頷いた所で、眼鏡をずり上げながら三下がやって来た。
 そこで三人は、三下の運転で空市に向かう事となった。

 ――午前1時の事である。


◆幕間〜アトラス編集部〜◆
「……え?」
アトラス編集部にて、人々は作業に没頭していた。その机の上には様々な本が重ねられている。
 そんな中、碇は受話器を手に怪訝そうに眉根を寄せていた。
【だから、駄目なんですってば!!規制かかっちゃって……!!】
「待ちなさい。ここまで大事になっていて、規制……?そんな事、世間も誰も許しちゃくれないわよ……?」
【そんな事言われたって!!とにかく、行政機関が動いちゃってんですよ。許可証の無いものは立ち入り禁止で……もう、この件は全て、草間興信所任せだとか!!】
 電波が悪いのか、相手の声が酷く聞き取りにくい。あちらも五月蝿くがなってはいるが、周りが騒がしいらしい。
【空市の出入り口完全閉鎖スよ!!警官がウヨウヨしてます】
「――一体誰の力が及んでいるわけ?これだけの事を性急に出来てしまう……。総理でもなければ、個人では無理よね?」
【総理だって無理ですよ!!この国は総理だけで動かせるような独裁では決してナイすよ!?」
「わかってるわよ。ただね……一番可能性があるとすれば、ソレなのよ。その他に誰が、どんな組織が!?」
 編集部内に聞きなれた怒声が響き渡ったが、その緊迫した様子は何時もとは違った。碇が焦心する姿など滅多に見られたものじゃない。部内の誰もがその手を止めて、碇に視線を向けていた。
「とにかく、どうにかならないの?これから二人人程、そちらに行かせようと思ってるのよ!!」
【無茶言わないで下さいよ!!もう、俺は関われナいスよ、こんな仕事!!マトモな手段も違法な行為も、何もさせてもらえないですよ〜!!!】
「ちょ、貴方ねぇ!!」
【僕は所詮、フリーのカメラマンです!!】
撤収〜という声が、遠くに聞こえる。
「待ちなさい、ちょっと――チョ……っ」
 切られてしまったのだろう。碇が力一杯受話器を置いた。肩が微かに戦慄き、その怒りを余すことなく伝えてくる。
 部内の視線が、ただただ碇に注がれていた。
 

◆深夜の道 車の中◆
 灯は何も無い。辺りは漆黒に包まれ、車は匡乃達の乗る一台以外他に無かった。ヘッドライトの明りで薄っすらと照らされた車道は、辛うじてコンクリートと言えるようなモノ。
 後部座席では匡乃とケンジが隣り合わせに座り、匡乃が自分の知り得る情報を考察を交えて話していた。
「――生徒の話では、百鬼夜行は頻繁に起こるという事なんです。何でも空市では特に珍しい事では無いのだとか」
「それはテレビでも言ってましたね」
「ええ。昔から続く事象らしいですからね。百鬼夜行の夜に外に出てはいけないと伝わるし、生徒もそう言われて育てられて、破った事は一度も無い。誰も破った事が無かったと言っていました」
「百鬼夜行を見た者はあまり居ないそうですが……多分霊感の問題じゃないかと、ウチの生徒は言っていました。ただ百鬼夜行を告げる鐘が鳴り響き、市内に小さな鈴の音などが時折聞こえる事等から、気味が悪くて皆外出を控えていたみたいなんですね」
「ふんふん」
「なので此処百年近くは行方不明者も全く出ていなかった様なんです。それがまぁ、不運だったのか幸せだったのか……」
匡乃はわざとらしく溜息をついて、腕を組んだ。
「子供達の多くは、百鬼夜行なんて全く信じていなかったんです。実際攫われた者が身近に居たワケでも無いですからね。だから肝試しや夜遊びといった理由で、外に出てしまったと」
「それで攫われたわけですか?」
「ええ」
「皆さん、勇気ありますよね……。僕だったらとてもとても……」
 三下が小さく呟いて、肩を大きく震わせた。見るからに気弱、子供にすら虐められそうなこの男の言葉に反論は起きない。
「運悪く百鬼夜行の時間と重なってしまったんでしょうね。気付いた時には何の痕跡も残さず、居なくなってしまった……」
「という事は、子供に共通する事は外出したという事だけですか?特徴に類似点とかがあるわけではなく?」
「――多分」
 ケンジがう〜んと唸る。その膝の上では、赤と青の古本が頁を開いたまま重ねられている。
 窓を開けると夜の冷気が車の中に吹き込み、パンクしそうな頭を爽やかに撫ぜていく。
 車内にしばらくの沈黙が落ち、やがて三下が、空市まで30分と告げた。


◆閉ざされた街 光の洪水◆
 車道は車で埋め尽くされていた。ひしめく車の群に、車は空市から離れた位置に止めざる得ない。
 深夜だというのに野次馬と報道の数が迷惑な位存在し、カメラのフラッシュが断続的に瞬いている。
「うわ……」
三下が驚いた様に声を上げ車から降りた。続いて、匡乃。ケンジは車の中で古本に目を落としていた。
「とりあえず、行ってみましょうか」
車の中のケンジに向けてそう言うが、彼は開いた窓の奥で応えた。
「先行ってて下さい、お二人さん。俺、チョットこれ見てから追っかけます」
そう言って、膝の上の古本を軽く叩く。
 見つめてくる瞳の真剣さに、匡乃は頷く事で応えて三下と共に車を離れていった。

 スタスタスタ。ペタ……ペタペタペタ、ペタ……。

 身長差がありすぎるのか、匡乃の後をついてくる足音は時々小走りで近づいてくる。後ろをチラリと振り返れば、眉を八の字に歪めた情けない顔の三下。
「スゴイ人ですね……」
匡乃が前を見据えながら言う。
 空市まで二百メートルという所で警察がテープを張り、人々を押し留めていた。人の動きはまるで無い。
「これ、空市に入れるんでしょうか……?」
「な、なんかスゴイ事になってますね」
不安げに顔を見合す匡乃と三下。警笛を鳴らす警官の姿が、正規とはどことなく違う。統制が取れすぎている様に見える。
「とにかく、前に行ってみましょう」

 群の最前線までやって来て、匡乃は呆然と立ち尽くした。
 防護盾を手にした警官達が、まるで犯罪者から身を守るかのようにこちらを向いている。空市に伸びる一本の道の先には幾重にもロープが引かれ、全ての人間を拒絶していた。
「どういう事です……?」
 誰にとも無く呟いたが、それには隣に居た野次馬が答えた。
「どうもこうも、朝からずっとこんなだよ。ま、俺の見た限りでは誰一人として入れて貰えてない。――草間武彦とか言う探偵は別だったけど」
「え!?」
「今回の事件は、草間興信所以外を全て遮断するって話で、さっきはあっちで報道が一悶着起こしてたけどな。警官に連れていかれちまったよ」
ケラケラと楽しそうに笑う野次馬は、自慢げに言った。
 それを聞くと匡乃はくるりと一転、不思議そうに自分の名を呼ぶ三下を無視して、足早に車へと歩き出した。
 人並みを掻き分けて、匡乃の歩調が次第に早まっていく。もう少しで三下の車だと思った時、ケンジが車から降りてきた。
「綾和泉さん、どうかしたんですか!?」
「火宮君、三下さんの携帯取って!!」
 問うてくるケンジに青白い顔の匡乃が叫ぶ。とケンジの姿が一旦車に消え、取り出した携帯を手渡してきた。
 携帯が何度か機械音を鳴らす。
「おかしいとは思ったんですけどね、警察が空市を完全に閉鎖してます。誰一人として、市内に入れて貰えない……」
「え!?」
「政府の圧力が掛かっているかも。正規の警官隊とは少し違いますし」
そこまで言った所で、電話の相手・碇編集長が出た。
『はい、碇!!三下君……いえ、綾和泉さんね?』
「えぇ、はい。綾和泉です」
『何度も電話したんだけど、今何所に居るの!?空市じゃないでしょうね??』
電話越しに切迫した様子の碇の声が返ってくる。
「――スミマセン、電源切っていたみたいで……ええ、今は空市に居ますよ」
『――中に入れないでしょ?サッキ連絡が入ったんだけど、駄目よ。色んな所から圧力が掛かってね、上層部からもストップがかかってきてるわ』
「やはり……。こちらも駄目そうです。全く隙が無くて」
『全く、厄介だわね。とにかく、戻れるようなら一度戻って頂戴』
「――ああ、そうですね。やはり一度戻った方がいいかと。わかりました。では……後ほど」
電源を切ると、ケンジが心配そうにこちらを見ているのに気付いた。
「碇さん何ですって?」
「――空市に入る手立てはどうやら無い様です。一応鳥居と鐘は遠目に確認したんですけど、それだけではどうにもなりませんからね……一度、戻って来いと」
苦笑する匡乃は黒い瞳を眇め、後方を見た。三下がのろのろと走ってくる所だ。――否、歩いて来る所か?
「だけどそう悲観する事無いですよ、綾和泉さん。この本、どうやら当りですから」
「当り?」
「百鬼夜行の起源を垣間見れます。……詳しくは、また車内で」
「誰に聞かれているかわかりませんからね」と続けてケンジが車に乗り込み、三下の訪れを待って、匡乃も後に続いた。


◆幕間〜草間興信所〜◆
 ポツリ、ポツリと空から雨粒が落ちてきた。冷たい感触を頬に受け、草間がつ、と視線を上げる。
「――雨……」
傍らに立つ零も、一呼吸の後空を見上げる。
 次第に強く強く……雨は傘をささぬ二人の体を打ち付けた。
 鞄で頭を庇い、幾人もの人間が側を走り去っていく中、草間はただじっと上空を見つめるばかり。
「何か見落としている気がする」
「え?」
「――大切な何かが欠落してんのさ。あまりにも何も無い所為で忘れがちな何か……」
「何か、ですか……」
曖昧な草間の言葉に、霊は眉間の皺を深める。
「アイツらが、それに気づいてればいいんだがな……」
独り言の様に呟いて、草間は小さく首を振った。
「何も起こらないでくれよ、頼むから……」


◆百の鬼 夜の静けさ◆
 その日、上空にはどんよりとした雲が浮かんでいた。太陽を遮断し暗い影に覆われ、空市がどの様に時を送っていたのか――それは匡乃達にはわからなかったが。
 昼過ぎには激しい雷雨となり、ソレは深夜を過ぎても雨足を弱めなかった。
 匡乃達は一度アトラス編集部に戻り碇編集長に集めた情報を引き渡し、その後夕方過ぎ、編集長の指示で再び空市へと戻った。
 車を空市から離れた森の中へと停め、自身らも見咎められない様に空市へと近づく。
 雨の所為か、それとも何らかの圧力があったのか、あるいは何も出てこないと諦めたのか、空市の前には最早警官隊以外に人の姿は無かった。
 そんな中匡乃達はただ静かに、あるタイミングを待った。
 警官隊に出来る隙――交代の際に必ず出来る死角、即ち穴を。息を潜めて待ち続けた。

 そうして今に至る。日が変わるのと同時に交代した警官の隙をついて、三人は空市への侵入を果たしたのだ。
 無論捕まればそこでアウト。三下が足手まといではとヒヤヒヤしたが、運良く見咎められる事は無かった。それはこの視界を遮る雨のお陰だろうか。それとも警官の油断だったのだろうか。
 雨は依然弱まる事を知らず、それ以外の音を三人に運んでこない。街灯の灯りに照らされて見る空市は、ただただ静かだった。
「とりあえず、鳥居を目指しましょう」
 空市は山の斜面を切り取って出来た街だ。故に坂が多い。幾つもに枝分かれした道は、上った先、必ず鳥居と鐘まで行き着く。
「二手に分かれて何か手がかりを見つけましょうか。火宮君は、三下さんと右から行って頂けます?」
「構いません。それじゃあ一度、鳥居の前で落ち合うという事で大丈夫ですか?」
「ええ。では、何か見つかる事を祈って」
 匡乃が左へ、ケンジが三下と共に右へと体を反転させた。

 傘を打つ雨の激しさに、微かな音さえ聞き取れない。匡乃は辺りに集中し、ゆるやかな足取りで坂を上る。
 雨の所為だけではないのだろう、鬱蒼とした空気。百鬼夜行を恐れる市民達の夜は、何時もこうなのだろうか?
 そんな事を思ったとき、匡乃の頭上から声が降ってきた。
「先生!?」
「……え?」
「綾和泉先生でしょ?どうしてここに?」
 二階窓の奥から、見慣れた顔が覗いている。予備校の生徒である彼は、眼鏡の奥で目を見開いていた。
「こんばんわ。――大丈夫?」
「大丈夫って……先生、どうしてここに?草間興信所の所員以外、入ってこれないって聞いてたんですけど、もしかして先生興信所の……?」
「いえ、アトラス編集部関連で……」
匡乃は目を泳がせながら答える。期待に満ちた生徒の表情が、少し心苦しい。
「アトラスって、あの怪奇専門の有名なアレ!?」
と、生徒の後ろから金髪の青年が現れた。続いて、黒髪。小学生の子供が二人と、予備校の生徒である女性の計六人の顔が窓から覗いた。
「な、何してるんですか?」
「え、あ……えぇっと。こいつら皆幼馴染みとその兄弟で、親どもが集まって居ないから、世話つか何ていうか……」
「先生、もしかして百鬼夜行を調べにいらっしゃったんですか?」
「ええ、一応何か役に立てれば、と……。ほら、風邪を引いたら大変です。窓を閉めなさい」
子供の一人がくしゃんと鼻を垂らしたのを見て、匡乃はそう指示する。が眼鏡の彼は頷かず、こう言った。
「先生、俺達ちょっと気になる事があるんです!!上がって話を聞いてくれませんか?」
「気になる事?」
「今鍵開けますんで……!!」

「それで、気になる事って……?」
リビングに通されるや否や、匡乃はそう尋ねた。生徒は自分の足にしがみ付く子供の頭を撫でながら、躊躇いがちに口を開く。
「こいつ俺の弟なんですけど、この間の百鬼夜行の日、子供の一部が肝試しっつって外に出たの知ってますよね?」
「ええ。攫われた小学生が五人。一人は諏訪さんの妹でしたね」
生徒である女性が、こくりと頷く。
「さっきやっと話してくれて。それで明日にでも興信所の皆さんに話そうと思ってたんですけど……」
「それで?」
「でもコイツ恐がりで、肝試しも断れなかった口なんですね。約束の時間よりもっと遅くに家を出て。――調度家を出た時に、鐘が鳴ったんです。玄関先の、すぐそこで……。恐くて恐くて家に戻る事も出来なくて、その、百鬼を見てしまって……」
青白い顔の弟を抱き上げて、青年は眉根を寄せた。
「百鬼夜行の夜に外に出るな。鐘が鳴ったら家に逃げ込め。昔お偉い術師が結界を張ってくれた安心な場所だから。両親に言われても、俺達全然信じられなかったんだけど」
そこで泣き出してしまった弟に、一度話が中断される。匡乃も立ち上がって少年の背中を撫でてやり、恐がらないでと優しく微笑んでやる。
「それで先生さん、どうやら妖怪はさ、純には全く見向きもしなかったんだってよ」
「すぐ近くに純が居たのに、目もくれず行っちゃったんだって。だから結界ってあるんだなぁって僕ら思い直したんだけど……」
「目眩まし……?でも、何の力も感じなかったんですが?」
「うん、だから不思議だなって」
僕もちょっと霊感あるんですよと苦笑する黒髪が、ふ、と顔を上げた。
 瞬間、どこからか鐘の音が鳴り響いた。


◆藍の空 闇の終わり◆
 ゴォン ゴーン――。
 飛び出してゆく匡乃の背に、生徒が叫んだ。
「先生、百鬼は『子供』と呟いているみたいなんです!!」
その後を続いてくる金髪と黒髪が、門を飛び出た匡乃を躊躇いがちに見つめている。
「先生さん、危ねぇですよ!?」
「それに、濡れます!!」
そうは言われても、既に濡れ鼠。今更だ。
「大丈夫です、あなた達は中に入っていなさい」
匡乃は彼らを水にそう言って、前方を見据え続けた。
 坂の上方に赤い鳥居が見える。その上で大きく口を開けた闇。その中から絶えず這い出る異形達。
「うわ、桐生!!」
「ちょ、離せ!一発殴ってやんないと気がすまねぇ!!」
 騒がしさに匡乃はゆるゆると後方を見、玄関口で羽交い絞めにされる金髪を見た。止める黒髪は金髪よりふた周りも小さい。
「桐生なんかが手を出せる相手じゃないよ!!お前も連れてかれちゃうだろ……!!」
「そうよ、桐生。よしなよ!」
「うっせ!!俺が義人達を連れて帰ってやるよ、そうしたらさぁ!!」
ずるずると黒髪を引き摺りながら、次第に近づいてくる金髪。その間も、百鬼の軍勢は歩み続ける。チラチラと明滅する青い炎は、いつの間にか消えている街灯の代わりに辺りを照らしているが、それは身震いを覚える光景でもあった。
 匡乃は小さく舌打ちすると今度は反転。金髪に向けて駆け出した。
「何すんだよ、あんた!!」
金髪の首に腕をかけ、そのまま後方へと押し戻す。彼らが結界だと言う門の中まで戻して、匡乃は黒真珠の瞳を眇めた。
「落ち着いて下さい、危ないですから!!」
視線の鋭さに、金髪の顔が僅かに強張った。顔を伝う雨に涙が混じっている様にも見える。
「僕や、そして興信所の方が居ます。きっとお友達は助けますから……」
 壁の向こうでは、表情の細部まで語れそうな近くを異形達が行く。腕を八本生やした者。三目の者。角を生やした者。人面鳥――物語に現れる妖怪がさも当然に存在する。
 背後で子供二人が泣いている。それを宥める声。息を呑む音。異形は一度もこちらを見ることなく、ただただ進んでいた。
 やがて異形は道を違え、それぞれが目的を持った行動を終えると、今度は坂を上り始める。
  ゆっくりと己の世界へと戻っていく異形の最後の一匹が消えると、大きく開いた深淵は縮小し消えた。

 見上げた空ではいつの間にか雨が小降りになり、雲が晴れ所々に夜の星を見つける事が出来た。
 街灯の光が闇を打ち払うかのように煌々と辺りを照らし、何時も通りの朝を迎えようとただ――光続けた。



【to be continued...】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1537 / 綾和泉・匡乃(あやいずみ・きょうの) / 男性 / 27歳 / 予備校講師】
【3462 / 火宮・ケンジ(ひのみや) / 男性 / 20歳 / 大学生】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、こんにちわ。ライターのなち、と申します。この度は「百鬼夜行〜藍〜」に発注下さり、真に有難うございます。にも関わらずの遅延納品、申し訳ございません……。

今回、火宮様とは多少文章に違いがあります。そちらも合わせてお読みいただければ、全体がよりわかるかもしれません。
至らない所も多々あると思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。もし苦情などございましたらぜひお寄せください。

そんなこんなでこの作品、完結しておりません。欲を言えば次回も、また匡乃さんにお会い出来れば嬉しく思います。また別の機会に恵まれましたら、ぜひよろしくお願い致します。