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<東京怪談ノベル(シングル)>


 来年の夏の日も


 彼女はなんだか少し嬉しそうだった。
「うわあ、どれにしましょう。どの色が似合います?」
 三着五千円で買った浴衣を、雪森・雛太は興信所に持ってきている。この間慰安旅行へ行った際、零だけは留守番だったと聞いていた。日々、この閑散とした興信所を仕切っている彼女にも労いを……と頭をかすめたらしい。
 というよりも、浴衣を見て、彼女に着せてあげたいと思ったのが最初だ。
 浴衣の色は、落ち着いた赤、空色の大きな柄ものと、紺に少しの刺繍の入っている三つだった。
 浴衣を持ってきた雛太は同じく浴衣姿だった。こちらは普段着流しなどを着慣れている分、随分とさまになっている。見た目的にはすごくミスマッチなのに、それを感じさせなかった。
「紺にしようかしら」
 笑顔で手に取った濃紺の浴衣は、ポイントのすずらんの絵がとてもかわいらしかった。
 クーラーの中では少し気の毒に見えるほどだ。
 雛太はキッチンでその浴衣に着替えてくるように言い、一応羽織るだけ羽織ってきた零の浴衣の着付けをしてやった。紺に落ち着いた桃色の帯で、白い肌がいっそう目立つ。髪は頭の上でくるりとお団子にしていた。
「どうです? どうです」
「よし、ばっちりだ」
 雛太は懐から扇子を取り出して、パタパタと扇ぎながら下駄に戸惑っている零の腕を取って歩き出した。
 しかし飲み込みが早いのか零はすぐに慣れ、この間の肝試しもびっくりな事件を楽しそうに話した。


 やがて縁日が見えてくる。
 雛太はその前に近くの酒屋へ寄り、ビールを二本買ってきた。
「中に入ると高ぇんだ」
 零は濡れたビールの缶を持ち、ぷしゅと音を立てて開けた。
 空はまだ気持ちのよい橙が広がっていた。風はもう残暑の寂しさを告げている。零の髪の残り毛が少しふわりと舞うのを見てしまい、雛太は少し後ろめたい気持ちになった。零は前髪を整えながら、雛太をふりかえって笑ってみせる。
「お祭っていうんですよね」
「ああ。最初からガッツリたこ焼き食うか?」
「いえ、私は食べませんから。あ、あそこのヨーヨーがやりたいです」
 カツカツカツと下駄が鳴り、零が一人で小さな子供に混じった。雛太は財布を取り出した。二人分の料金を手渡し、水玉模様の水のヨーヨーを二つ買った。
 それから金魚すくいを見つけた零は、例のごとく言った。
「ああ、新鮮なお魚ですね。まだ生きています」
「……ちょっと待て」
「なんです?」
「いいか、零。金魚やヒヨコは見る為のもので、食べる為のものじゃない」
 零はきょとんとしている。
「食べられるのに?」
「いやお前、そんなこと言ったら人間だって食えちゃうじゃねえか」
 はあと溜め息をついた雛太を他所に、零は金魚すくいに座り込んだ。その間に、近くに出ていた露店で鮎の塩焼きと出所の怪しいアクセサリーを買った。ビーズ細工で、とてもかわいらしかった。
 戻ってみると、零がうなっている。
「取れたか?」
「……全然です」
 三つ目のポイを使おうとしている彼女の手からそれを軽く奪い取り、零に二匹の鮎とネックレスを預けた雛太は、金魚すくいをしてみせた。
 うまくポイを水面すれすれで動かし、ひょいひょいと金魚を手元の入れ物に拾っていく。五匹拾ったところでポイは破けた。
「お兄さんやるねえ」
 店の主人が言ったので、ニンマリと笑った返し、雛太は五匹の金魚を手に入れた。
「雛太さんすごいですねえ、いっぱいとって」
 鮎をこちらに渡しながら零が言う。
 雛太は一本を零に戻しながら言った。
「食べてみろよ、美味いから。肝も苦くねえしな」
 零はびっくりした顔で鮎と睨み合った。それから、意を決したようにお腹の辺りにかぶりつく。今、零ははじめて物を食べたのだろうか。
「金魚って美味しいんですね」
 目をぱちくりさせて零が真顔で言ったので、雛太は慌ててフォローした。
「金魚じゃねえよ! 鮎だ」
「鮎。鮎ですね。お兄さんにも食べさせてあげましょう」
 ニッコリ笑ってまた一口食べる。
 その間に雛太はガツガツと鮎を頭以外全て食べきってしまっていた。雛太は出店のフランクフルトややきそばを買ってきては零に与え、零は目をくるくる回しながら、不思議そうにそれらを食べた。
 二人のビールはもうなくなっている。
 ベンチで二人、たこ焼きの最後の一つを譲り合いながら祭の喧騒をぼんやりと眺めていた。
 公園の電灯は暗く、祭会場は煌々と明るい。提灯があちらこちらでピンク色に光っており、公園の中も子供が走り回っている。
 最後のたこ焼きを零が食べたところで、雛太は立ち上がった。
「かき氷買ってくる」
「それはおいしいんですか?」
 暗闇の零の顔は驚きながら笑っている。
「縁日に来たら食べないとな」
 雛太は浴衣の尻と裾を払って歩き出した。零がベンチから立ち上がる。
「雛太さん」
「ん?」
 彼女は片手に持っている細いネックレスをかざした。
「これ、忘れてます」
「や、いい。お前にやるよ」
 雛太はそれだけ言って、そそくさと薄闇の中から祭へと戻って行った。
 零は緑色の細かいビーズのアクセサリーをぼんやりと見つめてから、四苦八苦して首にぶらさげた。中央にあるピンク色と青色の花がとても愛らしい。
 ふと辺りを見ると、知らない男が立っていた。三人、零を取り囲んでいる。
「お姉さん一人?」
 言われたので、零は首を振った。
「そんな冷たいこと言わないでさ、付き合ってよ」
「なににですか?」
 さっぱり意味がわからず聞き返す。
 そこへ雛太が戻って来た。雛太へ声をかけようとした瞬間、雛太は一人の男の背後に消えていて、いつもでは想像のできないような低い声で言った。
「俺の連れになんか用か」
 どうしてだか、その男は三人に目配せをした。そして三人は逃げるように去って行った。
 雛太は片手に持ったかき氷の一つを零に渡しながら笑った。
 片手でピストルを作り、「バーン、なんつって」と言ってくつくつ笑う。
「なにがあったんです?」
「ん? 知り合いの賞金稼ぎにハッタリのかまし方教わったから、実践してみただけ」
「ハッタリ?」
 ピストルの手を突きつけるようにして、「手を上げろ」と雛太はやってみせた。零は、「映画で見たことがあります」と言って「本当に通じるんですね」と感心した。
 零はかき氷を口に運んで、目をしばたかせる。
「なにかしら、これ」
「氷だよ、氷」
「不思議な氷ですね。甘くて、すぐに溶けてしまって」
 かき氷を食べると、残っていた暑さがすうと溶けていくのがわかった。
「夏も終わり、今度は秋だな、食い物の秋食い物の秋」
「またこうしてここへ来てもいいでしょうか」
 零が真面目な顔で訊いたので、雛太は微苦笑をして彼女の頭を撫でた。


 ――end
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23/大学生】

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■         ライター通信          ■
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「来年の夏の日も」ご依頼ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。
夏祭りということで、射的とかもっとやりたいことがたくさんあったのですが、厳選してみました。お気に召せば幸いです。
ボケが若干少ないような気もしますが、またお会いできることを楽しみにしております。

 文ふやか