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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


■双己(ふたご)■

 蓮はふうっとため息をつき、真昼間から寝言のようなことを言っている開きっぱなしの扉に突っ立ったままの少年を見つめた。
 制服からして、神聖都学園の生徒だろう。
 瞳は虚ろなようでいて、はっきりしている。どちらとも取れなかった。
 彼はもう一度言った───もう幾度となく言っている台詞を。
「二重人格を治すものを売ってください」
 ようやく蓮は、本格的にこの正気とは思えない少年を追い出すことにした。
「あんたが自分を二重人格だと思ってるってのは分かったけど、そういうのは病院の範疇じゃないのかい? 生憎うちにはそんなもの置いていなくてね。さ、出てっておくれ」
「病院じゃ二重人格って言われなかったんです!」
 少年は薄茶色の髪を振り乱して叫ぶ。
「じゃ、何であんたは自分を二重人格だと思うんだい?」
 臆すこともせず、蓮。少年はようやく、名を名乗った。
「ぼくは……勝本・闇彦(かつもと・やひこ)。もう、いつの頃から『それ』が続いているのか忘れました。でも、いつからか……鏡を見るたびに、『違う自分』と話す自分がいるんです。学校でも、コワがられているくらいです」
 自分は内気で大人しい、目立たない少年。反するように、その鏡の自分と同じ顔と声の少年は、明朗で快活で、彼がもし鏡の外に出てきたのならクラスのアイドルにさえなり得るのは目に見えていた。
 彼は名を、「暁彦(あきひこ)」と自分で言った。
 自分こそが「表」に出るのに相応しい、と。
 夢にまで見るようになった。自分が暁彦と取って代わり、鏡の中からそれをじっと見つめる自分がいる。
 たまらない───孤独。
 それが恐ろしくて、自分は二重人格ではないかと病院に行ったのだが、どんな検査を受けてもそんな結果は出なかった。それで思いあまり、この不思議なものばかりを売っているところなら、そんなものもあるだろうとさっきの台詞を店に入るなり何度も言っていたのだった。
「ぼくは……ものを買うことも本や文房具くらいしかなかったから、貯金はあります。もし解決してくれたら、家にある代々伝わる『双己(ふたご)』も差し上げます!」
 そこで蓮はピクッとした。
 代々伝わるものには総じて不思議なものが憑いていることが多い。また、面白いものも多いのだ。
「ふたご?」
 問い返すと、貝を元にして作った美しい虹色の貝の杯の片割れだという。
 家宝の一つだ、と言う闇彦に蓮は、「こいつは坊ちゃんだな」と思いを隠せないまま、それでも商談成立をしてしまった。
「ま、そこに座ってまってな。流石にこれは協力者を呼ばなくちゃねえ」
 闇彦はそこに座り、蓮がペンを取った途端、店に客が入ってきた。


■Relief party■

「レンさん、こんにちは。なにか珍しい物入ってます?」
 黒い長髪を靡かせ、黒い瞳を輝かせて入ってきたのは、セーラー服に身を包んだ一見普通の女子高生、水野・あきら(みずの・あきら)だった。蓮は「丁度良かったよ」と言い、ペンを置いて闇彦の隣に立つ。ぽん、とその肩に手を置くと、闇彦は見た目にもビクッとした。そこへ、カランカランとまた店の鐘が鳴る。
「今日は大入りだね」
 と、蓮は入ってくる人物を見る。
 こちらも黒い長髪に真っ白い肌、茶色い大きな瞳の少女と、銀色髪に青い野性的な瞳が印象的な少年が何かを抱えて入ってきた。
「すみません、知人からこの包みの中のものが曰くつきだからというので……」
「引き取ってほしいんだけど、可能?」
 おずおずといった感じで言ったのは、初瀬・日和(はつせ・ひより)。言葉を次いだのが彼女の護衛と言っても過言ではないと誰もが頷くであろう、羽角・悠宇(はすみ・ゆう)だった。
 そして、彼らはあきらに気がついて軽く挨拶をした。あきらもまた、挨拶を返す。
「珍しい『もの』は入ってるよ、水野。その曰くつきのもの引き取る代わりに、水野と一緒に『処理』してもらいたいものがあるんだけど、いいかい?」
 蓮の言葉にきょとんとする、三人。挨拶くらいできるんだろ? と言われ、ようやく蓮の手が肩から離れた闇彦は、自己紹介と───蓮に話した同じ内容を、三人に打ち明けたのだった。



■闇彦と暁彦■

 気のせいか、先刻からこのセーラー服の美少女、水野あきらに自分と悠宇とを見られている気がする───自分の、悠宇に対する気持ちがそんなに顔に表れているのだろうかと、日和は思わず顔に手をやろうとしてやめた。
 ふと、あきらがため息をつきそうな気配を感じたからだ。何か気にかかることでもあるのだろうか? 聞こうか聞くまいか考えていたところへ、あきらが口を開いた。
「えと……暁彦くんに会えませんかね?」
 唐突な発言に、日和は驚いた。変化球、否、ある意味直球を投げてくる子だなと感じた。そうしているうちにもあきらはバッグから常備している某子猫柄の、ピンクの手鏡を出してみせる。あ、その手鏡どこかのお店で見た、と日和は思わず親近感を覚えてしまう。自分も買いたいな、などとその時考えていたからだ。
「もし会えたら、どうしてこんなことをするのか聞きたいんです。闇彦くんに成り代わろうとしているのも心配です。ひょっとしたら産まれてこれなかった双子の片割れの霊……? それとも家人が受け継ぐチカラ? どちらにしても、このままの状態だと危険だと思うので」
 私にも双子の弟がいますし、協力してあげたいんです、とそこまであきらが言うと、日和は少し嬉しい気持ちのまま口を開いた。
「そうなんですか……それなら、他人とは思えないでしょうし、私達も協力したいのは勿論です。え、とじゃ、私の考えも言ってもいいでしょうか?」
 はい、とあきらが頷くと、日和は語った。
「闇彦さんの言う『二重人格』の暁彦さんは、例えば小さい頃に抑制された彼自身の子供らしさが表面に出てきた、という事じゃないでしょうか? 家宝のあるようなお家だし、躾が厳しかったとかじゃないでしょうか? 本当は遊びたかったのに、親御さんを失望させない為にお稽古事をしていたとか、仲良くしたかったお友達がいたのに親御さんに遠慮してたとか……。切っ掛けは分からないけれど、闇彦さんの心は失われた子供らしさやその時間を取り戻そうとしている、って事だと思うんです」
 あきらは少し黙り、それから自分から隣にいる悠宇へと視線の先を変えた。真剣な面持ちで聞いていた彼もまた、自分の意見を言った。
「闇彦が本当に二重人格だとして、いつ頃からそれが顕著に現れるようになったのか、っていうのが鍵だと思うんだよな。すべての事象には、必ず原因がある筈だから」
 短かった。そして、少し離れたところに座っている闇彦に視線を投ずる。自然、日和とあきらの視線もその後を追った。三人から見つめられ、闇彦はまたまたビクッとなる。ちょっと背中を押したら、どこかに逃げて行きそうな気の弱さを感じ、あきらはハラハラしていたが、悠宇がつかつかと歩み寄った。日和は慌てて「悠宇!」と小さく諌めたが、「大丈夫」という風にひらひらと手を振る。
「なにか思い当たることないか?例えば、ある場所に行ってからとか、何か……人かモノか、そういうものに接触してからとか、病気してからとか。そういうのがきっかけとかはないのか?」
 単刀直入な、悠宇らしい聞き方だな、と日和は思った。何故か、そんなことに安堵する自分がいる。その悠宇の問いが、却って闇彦の背をいい具合に押したらしい。口を開いた。
「特に、きっかけとかは思い当たりません……。でも……そこの女の人が言ったことは、当たってます……。ぼくは確かに、昔から躾を厳しくされて、言いたいことも満足に言わせてもらえなかったり……」
「今時でもそんな家あるんだな」
 呆れたような、悠宇の声に日和はまた「悠宇」と嗜める。そして、闇彦に今度は彼女が近づこうとした───途端。
 あきらの膝に少しぶつかり、互いに「ごめんなさい」と言おうとした、それを遮った───手鏡の落下。
 割れはしなかったが、あきらのピンク色の手鏡は丁度良く闇彦の顔を床から照らし出した。
「俺を消そうったって無駄だぜ! 俺と闇彦は一心同体、俺を消したら闇彦だって消えちまうんだからな」
 鏡の中、闇彦と顔の造りは同じでも明らかに形相の違う少年が挑戦的な笑みを浮かべてあきら達を見ている。
「きゃぁっ!」
 日和は思わず声を上げ、悠宇が支えるように肩を抱き「暁彦」を睨みつける。
 あきらも悲鳴こそ上げなかったけれど、充分に心臓は動悸していた。
 闇彦は、と見ると、彼もまた立ち上がって震えている。何か似たようなものを感じて、あきらは「大丈夫だよ」と言おうとし、近づこうとした。だが、それすら闇彦は手で突っぱねる。それほどに、怯えていた。
「お前がそんなんでしっかりしないからこんなヤツにつけこまれるんだ。しっかりしろ、お前はお前だろ!」
 悠宇の叱咤に、闇彦はぎゅっと目をつぶる。
「羽角さん、そんな風に強く言ったら可哀想です」
 あきらが言うと、悠宇はちらりと視線を返してきた。
「古いものにばっか固執してるから闇彦みたく自分に自信が持てないヤツが生まれちまうんだ。勘違いするなよ、俺は闇彦の味方だ。生憎こんな言い方しか性質上言えないけど、それこそこんな曰くつきな『暁彦』から離れさすには多少強く言ったほうがいいんじゃねえのか?」
「でも」
 ハラハラしていた日和は、悠宇の性質をわかってもらいたく、また、あきらも「仲間」と思ってもらいたく───あえて口を挟んだ。
「ごめんなさい、水野さん。悠宇はこういう人だから───」
 途端、あきらの表情の変化を見て、日和は「あっ」と思う。自己嫌悪───逆効果だったのだ。当人は当人同士が一番よかったのに。喧嘩になろうが口論になろうが、第三者である自分が仲介役みたいにした結果が、多分あきらを傷つけた。言葉をかけようにも、どうかけたらいいのか分からない。そうしているうち、あきらが力なくすとんと再び椅子に腰掛けた。
「……それから家に伝わる『双己』っていうのも気になったんです。なにか特別な力でもあるのでしょうか……もし、何をどうしても駄目なら、私が暁彦くんだけ私の能力で消してしまってもいいです。穏便に……」
 行きたいですけど、と言いかけたあきらの足元、手鏡から暁彦の手が延びて来る。
「水野!」
「水野さん!」
 悠宇と日和が叫び、助けようとしたのだが、遅かった。
 あきらは既に、暁彦の手によって鏡の中に引きずり込まれてしまっていた。


「か、鏡の中に引きずり込まれたの、水野さん!?」
 日和が、なんとか自分も入れないかと手鏡に指をかけるがビクともしない。悠宇も隣で、割らないように慎重に持った日和の手の中の手鏡を拭いたり色々試している。
「さっきのを考えるとこっちの声も聞こえてんだよな、水野を出せよ、暁彦!」
「俺だけ消されてはたまらないからな」
 くっと笑う、暁彦の姿。ぞくりとした。見ると、黒服に身を固め、すぐ脇のあきらを見下ろしている。
 けれどその言葉が、日和と───悠宇に引っかかった。恐らく、あきらにも。
「お前さっき、自分が消されたら闇彦も消えるとか言わなかったか?」
 悠宇の問いに、暁彦は笑みを濃くしただけだ。
「そう言わなきゃ消されるだろ?」
「でも、これで貴方が消えても闇彦さんは消えないって分かりましたから、無駄ですよ」
 日和が言っても、また笑みが返る。
「その為の人質を取ったんだよ」
 言って暁彦は、あきらの手首を掴む。
「こうして俺がこいつを掴んでいる限り、俺が消えたらこいつも消える」
 舌打ちする悠宇。日和はかわりに、胸が痛んだ。もっと自分が気をつけてさえいれば……。
 けれど、自戒はすぐに強い決意へと変わった。
「とにかく……水野さんを助け出しましょう。闇彦さんの解決にも繋がるかもしれないから」
 日和は言い、悠宇が少し考えたようにした後、あきらの手鏡に自分のハンカチをかけた。暁彦の声が聴こえない。普通真っ暗にされたら、それなりの反応をしてくるだろうに。返ってきたのは、あきらの、
「あ……暁彦さん?」
 という声だけ。
「やっぱりな」
 悠宇の声。
「え……?」
「暁彦は所詮鏡の中でしか動けない。鏡に闇彦が映ってないと姿もなくなっちまうんだ。だから水野、あんたと連絡取るときはこうする。協力してくれ」
 良かった。「だから」悠宇は、いつも私の支えになってくれる。
 あきらの縋ったような「分かりました」の声に、日和は安堵した。



■子供の頃の思い出を■

 日和は、悠宇と少しだけ相談をし、闇彦が「昔やりたくても出来なかったこと」をすることにした。
 悠宇は悠宇で闇彦と何か話しており、「後で連絡する、水野を頼む」とだけ言い置き、一足早く蓮の店を出て行ったのだが。
「何か、したかったこと……何歳の時のでもいいんですよ、それが解決の糸口になるんですから」
 極めて優しく、日和は闇彦に言う。
 公園のベンチに座り、とりあえず日和はシャーベットを買って来てひとつを渡した。
「あ……す、すみません。ぼくの分はぼくが」
「いいんです、私が食べたかっただけですから、つきあってもらえるだけで嬉しいです」
 微笑む日和に、闇彦の怯えは少し取れたようだった。
 つと、シャーベットを見下ろす。
「レモン……味ですね」
「ええ。あ……嫌いでしたか?」
「いえ、違うんです」
 闇彦は、慌てて言う。
「何か……何か、思い出しかけて……でも、きっと大したことじゃありません」
 言って、全部食べてしまうと、日和が食べ終わるのを待ってから一緒にゴミを捨てる。
 花時計の周りを歩き回る。
 それだけでも、闇彦は少し楽しそうになってきたようで、日和はホッとした。
「公園なんて滅多にこさせてもらえなかったな。一般人の行くところにいくんじゃありませんとかお母様に言われて」
(お母様、と呼んでいるんですね……)
「そうだったんですか」
 と言いつつ、これは相当根が深い事柄のようだと踏む。
 とんとん、とボールが足元に転がってきた。
 見ると、小さな男の子と女の子───兄妹だろう───が、こちらを向いている。
「怪我をしないようにね」
 と微笑んでボールを投げてやると、「ありがとう」と返ってきた。
 振り向くと、闇彦は───今さっきまでと打って変わったように蒼褪め、うずくまり、ぶるぶると震えていた。一体何があったのだろう? 自分が今目を離した隙に、何かが起きたのだろうか。
「闇彦さん───大丈夫ですか? 闇彦さん」
 日和がそっと肩を揺すると、ばっと彼は彼女から身を離した。その顔は、恐れでいっぱいだった。
「あの、何か……どうかしたんですか? どこか具合でも?」
 心底心配そうな日和に、闇彦は少しずつ息を整え、ぎこちなく微笑んだ。
「だ、大丈夫です……ボールを見ていたら、いきなり何故かコワくなって……」
 あ、あっちに駄菓子屋さんがありますよ、いきましょう、と日和の手を引っ張って見るからに空元気の闇彦に、内心不審げに首を傾げる日和だった。


「……今、何時ですか……?」
 闇彦が一度そう聞いてきたのは、ベンチの上に横たわり、時は夕刻過ぎだった。答えると、
「すみません……もう少しだけ休ませてください……」
 と、起き上がる。
 どこに行くのかと思えば、すぐそこの水飲み場へ行くようだった。
 あの後駄菓子屋に行ったはいいが、またまた貧血を起こしたように闇彦は倒れてしまったのだ。そうして日和が力を精一杯出して彼を支え、公園のベンチに横にさせていたのだが───。
『日和、聞いてるのか?』
「あ、うん。ごめん」
 日和は、そのままだった携帯からの悠宇の声に我に返る。
 悠宇は、闇彦に許可を取らせ、闇彦の家に潜入捜査をしていたのだという。
『それでな、どうも闇彦と暁彦ってのは双子だったらしい。しかも、ずっと前に死んだ時彦ってヤツもいたから本当の本当には三つ子だったってワケだ』
「……え!?」
 悠宇の声と共に、車のクラクションを鳴らす音が近くで聴こえてくる。
「悠宇、誰の車に乗ってるの?」
『まあ聞けよ。今から闇彦が言ってた家宝のひとつである貝を持ってく。その片割れを持ってる藤谷・勝利(ふじや・かつとし)ってやつと一緒にな。そこ八頭公園つってたよな。近くに海があるだろ、そこに闇彦に俺が今言ったことだけ話して連れてってくれ、手鏡と水野も忘れずに連れてけよ。なんでも海が一番いいそうだから』
「……!」
 事は一刻を争う。
 そんな迫力が、悠宇の言葉の中に感じられ、日和は闇彦を呼んだ。
 急いで、タクシーで海へ向かう。もう月が出始めていた。
(水野さん……無事でいて)
 鏡の中のことは、誰にも分からない。あきらの無事を祈っていると、やがて目的の地に着いた。
 プルルル、とまた携帯が鳴る。
『着いたか? いいか、俺の姿が見えたらすぐに手鏡を浜辺に投げつけろ。暁彦は絶対に出てくるはずだ、この貝の片割れ、いわば自分を消す唯一のものがあるんだからな。そしたら水野も引きずり出せ』
「分かったわ」
 短く言う間に、遠くから悠宇と、もうひとり見知らぬ少年が駆け寄ってくる。
「日和、連れてきたぞ! 早く手鏡を、水野を!」
 悠宇の声に、
「はい……!」
 応ずる日和。
 直後彼女は手鏡を勇気を出して砂浜へ投げつける。
 ガシャンと耳を劈くような音と共に、あきらと……そして予想通り、暁彦が鏡の外へと放り出されるように出てきた。


■幾百年の想いを込めて■

 手鏡は割れていない。
 浜辺へ倒れこんだあきらの瞳にまず飛び込んできたのは、自分愛用のそれだった。そして、その傍らに佇むようにしている───半分透き通った身体の、暁彦。よく見れば、あちこちに皹が入ったようになっている。ガシャンという音は、暁彦の身体が発したものだと気付いた。
「大丈夫ですか!?」
 あきらにも皹が入っていないだろうか。心配して駆け寄る日和に、だが、あきらは何を見たのか何があったのか、蒼褪めながら日和の背後、悠宇ともうひとりの少年を見ていた。闇彦はと見れば、浜辺に暁彦と対峙し、震える足でなんとか立っているようだ。
 その背後から。
「水野、大丈夫か!? 身体はなんともないな!?」
 声をかけてくる悠宇と、見知らぬ……闇彦達と同年齢ほどの少年が立っている。
「大丈夫です!」
 あきらが声を返し、日和の手を借りて立ち上がる。
「水野さん、あなたは何か、破壊するような能力を持っていますか?」
 聞かれ、あきらは頷く。闇彦がベンチで寝ている間、やり取りをしていたことのひとつだった。
 何故浜辺に舞台が移動しているのかとか、あの少年は誰なのかとか、そんなことを言っている場合ではないのはあきらも切迫した雰囲気から感じ取っているらしい。
「じゃ、あの人……藤谷・利勝(ふじや・としかつ)さんと仰るんですけれど……藤谷さんと闇彦さんがお互いの貝を合わせるのと同時に、暁彦さんに『それ』をお願いします」
 日和の真剣な眼差しに、
「分かりました」
 こちらも真剣に答える。
「慎重にやってくれ、これを逃したら───多分闇彦は暁彦に殺される!」
 悠宇のプレッシャーとも取れる言葉にも、あきらは臆しない。日和にはそれが頼もしかった。
「やってみせます」
 そう言い置き、藤谷という少年と闇彦が近づくのを見つめる。ドクン、心臓が鳴る。
「みすみす俺が見ているとでも?」
 暁彦がそう言い、走って二人の間に割って入ろうとするのを悠宇が羽交い絞めにする。
「お前は……!」
 暁彦の「能力」なのか、腕に割れた鏡で傷つけたような跡がついていくにも構わず、悠宇は暁彦を怒鳴りつける。
「いつまでもお前の思い通りに出来ると思うな!」


 ───カシリ。


 闇彦の持っている貝と藤谷少年の持っている貝とが重ね合った、その音を聞いた。
 あきらは、悠宇をうまく避けて暁彦だけに雷を落とした。
「悠宇!」
 駆け出そうとする日和に、「ミスはありません」と、安心させるように言う、あきら。
 事実、暁彦だけが悠宇の手を離れ、崩れ落ち、砂となるところだった。
「あ……」
 日和が、二人の少年の合わせた貝から立ち昇る青い霊を見つける。
「時彦……さん?」
 あきらが呟くと、そこに力尽きたように腰を降ろした悠宇が、視線を投げてきた。
「ああ……お前も鏡の中で会ったか何かしたのか」
「はい」
 日和が悠宇の傷を介抱しようとしているところへ、青い霊が近寄ってきて───悠宇の腕に口付けたように見えた、その瞬間、傷は失せ、また青い霊も失せた。


 真相は、こうである。
 あれから悠宇は闇彦に「友人だから入れてやってくれ」と家に許可を取らせ、闇彦の家に入り込んで調査した。
 分かったことは、悲劇そのものだった。
 勝本家は由緒正しい家柄。しかも、昔から三つ子は禁忌と言われていた。特に、真ん中の子供は。昔から───そうして、三つ子の真ん中の子供だけが、地価牢のような場所に閉じ込められ、誰に存在を知られることもなく、誰に死を知られることもなく、死んでいった。
 闇彦と暁彦は、ずっと双子だと思っていた。暁彦はいつも、内気な性格の闇彦を虐めて遊んでいた。闇彦のストレスやそんな負の感情が溜まりに溜まり、その「気配」を「時彦」が感じ取った。彼は闇彦を呼んだ───生まれつき持っていた特異な能力で。
 そして、自分は三つ子の真ん中、闇彦の弟だと告白した。暁彦は母親から可愛がられていたから既に知っている、とも聞かされた。
 闇彦は、だが、そのことを誰にも喋らなかった。毎日のように、暁彦の目を逃れては時彦の元に通い、一緒にお菓子を食べたり鉄格子越しにボール投げをして遊んだ───暁彦に見つかるまでは。
 闇彦は本当ならば、暁彦に家の者に報せられ罰を受けねばならなかった。だが───時彦が、自らと、そしてその「能力」の全てを振り絞って暁彦も道連れに死を以って阻止した。
 闇彦は、あまりのことに今の今までその記憶を忘れていたのだ───。
 そして、悠宇は更に、勝本家の家宝のひとつと言われる「双己」のことについても調べた。遡るとそれは、藤谷家というこちらも由緒正しい家柄の家宝のひとつと重ね合わせて初めて価値のあるものになると知り、わざわざ藤谷家にまで押しかけてなんとか利勝少年と「双己」の片割れとを連れ出したのだった。


「ぼく達の先祖は、兄弟の証としてこの貝を二つに分け、杯にしたそうです」
 藤谷少年は語る。
「幾百年の時をこえても、想いが通じているならば、いつか自分達の子孫がこの杯で酒を楽しく飲み交わすこともあるだろう、と……」
 日和のすすり泣くような気配がしたが、あきらは日和のために知らないふりをした。
 それが、あきらの優しさのひとつであることを、目敏い悠宇は気付いただろうか。
「ぼくは───」
 今となっては全て思い出した闇彦が、がくりと砂浜に膝をつく。
 ぽろぽろと、涙を零しながら。
「───時彦───」


 結局、蓮は「双己」を手に入れることは出来なかったが、特に何も文句は言わなかった。
 闇彦はこれから、少しずつ傷を乗り越えていくだろう。何よりも、幾百年もの月日をこえた繋がりを持つ、藤谷少年がついているのだから。
「私も……前を向いて、一歩一歩ですね」
 カラン、と蓮の店を出て、夏の明るい陽射しを浴びながら、「そうだな」と力強い微笑みを見せる悠宇に、明るい未来が見えそうな日和だった。



     ───友よ
          語り合おう そう 互いの命尽き果てても
                   その身の代わりを以って───




《完》



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3679/水野・あきら (みずの・あきら)/男性/16歳/女子高生
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/チェリスト志望の高校生
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生





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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv

さて今回ですが、「躾を厳しくされすぎた子供」を主にテーマにしてみました。結果は全く違うものだったと思いますが、なるほどこんな見方もあるんだなと、皆様のプレイングを見て感嘆したりしていました。

■水野・あきら様:初のご参加、有難うございますv 初めてのキャラを扱う時には極力調べてから書くのですが、ご期待に添えませんでしたらすみません; 女装ということをバラそうかどうしようか迷ったのですが、今回はやめました。鏡の中の世界をひとりだけ体験して頂いたのですが、如何でしたでしょうか?
■初瀬・日和様:初のご参加、有難うございますv チェリスト、というより音楽方面に何かと縁がありますもので、チェリストという部分もどこかに取り入れたかったのですが……かないませんでした; すみませんです;
■羽角・悠宇様:初のご参加、有難うございますv 今回一番書きやすかったのが悠宇さんでしたが、日和さんとご一緒のようでしたので、連携プレーのような形をとらせて頂きました。もう少し何か、身体を使ったシチュエーションもと思ったのですが……それはまた、次の機会に楽しみにとっておきます(笑)。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。因みに今回は、最初と最後の少しを除き、視点が個別となっておりますので、他のPC様のノベルを読んでみると、より楽しいかもとれません。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆