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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


じゃんけん


 じゃんけん。
 人が、人である理由、火を作り出し、武器を手にして、そして、幼子を抱く為、それは掌と我々が呼ぶ物。じゃんけんは、その片割れを己から離れさせる事から始まる。だが意識は繋がっているのだ、望みを手に託すのだ。
 そうして、血の通う己の手を、時に清水にも挫けぬ巌とし、あるいは夢すら切り裂く鋏とし、または風に舞う絹が如き紙として、そして決する、雌雄を。
 巌も紙に包まれれば、紙は鋏に霧となり、鋏は巌で砕け散る。
 平等な勝敗を呼ぶ式であった、確かに、場合によれば読み合いは要求されるだろう。しかし求められるのは心だった、じゃんけんとは、心と心の激突だ。
 一回限りの勝負ならば、唯の運だと言うだろう。
 だからこそ、全霊をかける。肉体という能力を、精神という構造を、人生という情報を、総動員して挑むべき物。人はそれをじゃんけんと呼んだ、そして、
 時は今、場所はGTV第1スタジオ特設スタジアムにて、行われる。
 舞台は簡素な物だった、だが、勝負には何も要らない。剣も、銃も、何も要らない。
 唯己の掌に、猛る魂を宿すのだから。
 熱き闘いを招く風が、屋内というのに吹いていた。引き寄せられるように観衆が集い、彼等の声は高らかだった。じゃんけんを、一世一代のじゃんけんを、まだ見た事の無いじゃんけんを、
 大地の果てまで辿り着くじゃんけんを、七つの海を制覇するじゃんけんを、全ての空に響き渡るじゃんけんを、
 宇宙の創世を目撃せんとばかりじゃんけんをッ!
 ――今、その願いに応え
 何よりも己の魂に応え――
 、
 二つの扉が、同時に開いた。


◇◆◇


 万物には速度が内在する。
 それは世界を走る風なら公然だらう、だが風だけでは無く、大地に根を生やした巨岩とて例外では無い。例え切欠が熱や雨の環境であろうと、千と万を乗り越えれば、砂塵より更に彼方へと去る。万物に速度は内在する、余りにも緩い場合、目に認められないのだけど。
 そして、逆も真なり。
『い、一体何が起こったのでしょうか』
 満たされた声は実況であった、段取り、闘う二人の紹介、そして最初で最後の決戦の前後。沈黙の為に送る曲。だが、速度は計画を屠り、実況の本来に回帰させるよう、ただ今の状況のみを告げさせた。
『何が、起こった、否、違います。……もう起こっているッ!』
 失った物を取り戻すように、観客達が騒ぎ出す。それは疑問と名付けられている。それは蛇のように身体を巡り、喧騒は大きなうねりである。
 だが、当事者達は静止している。逆も、真なり。
 余りにも早すぎて、目に認められなかった。もう、
 勝負は行使された。

 何時の間にかの魔法を使って、中央に立つ二人、そして、
 少女の手は、石であった。
 青年の手は、紙であった。
 少女が敗北している。

『け、』
 、
『決着?』 
 驚天動地なのである、あらゆる全てが平伏すのである。居合い抜きよりも迅速に、相手の、命より大切な何かをもぎとった青年。
 それはアイン・ダーウンと言った。
 対しての少女の名を呟こう、否、世界の裏まで届くよう歌おう。ラララの後に繋げればいい、その名前を、
 海原みあお。
 勝負が、終わったというのに、両者に、感情の起伏は発生していない。
 勝負が、終わったというのに、こんなにも呆気なく、こんなにも、
 ……待て、と世界が言った。
 おかしくないか、と世界が続けた。
 全身全霊を一手入魂した人間の闘いが終わったのだ、ならば、天変地異を引き起こすエネルギーが世界に満たしているはずなのだ。しかし、世界は変わらない。雀が空飛ぶ朝であり、鴉が夕闇に去る夜なのだ。つまり、まさか、
 終着駅は遠く。つまり、ああ、まさか。
 まさか。
『三回、勝負』
 実況としてでなく、全ての代弁者として、落とされた言葉である。
 その時外、、曇天の雲が、GTVを覆う。封印が解けて風が目覚め、そして、雷の嵐が――
 電撃がGTVに打ち付けられた。
 それはスタジオから光を奪った。非常電源が作動するが、それは記録の器具達に回された。暗闇、
 底から、「……まぐれだよね、アイン」可憐が響く。
 底から、「まぐれですね」笑いが響く。
 目撃しなければ――その思いが客であった、そして彼等は手段を講じた。電源を切っていた携帯を取り出し、付ける。
 とても小さな灯りだ、蛍よりも弱者な光だ。だが満たされていく、波のように満たされていく。塵積もり山と為し、そして、
 海原みあおが照らされた時、既に、
 蒼白の翼よ舞い響き、常世に己の宿命を翻す。
 それは、みあおであってみあおで無い者だ、少女の形は既に無い、女性、その背に翼、天使、最終兵器。
 因果律を操って、己の幸運を相手に分け与える者。
 最初からそうするべきだったのに
 みあおは、負けるべきなのに。
 だが、アインは笑っている。偶然で勝利したアインは笑っている。


◇◆◇

 二日前。(海原みあおは病院が苦手だ)

◇◆◇


 夏休み、多くの子等に与えられる、大人が昔に帰りたがる訳の一つ。けれど失われる物だからこそ――本能的に子供は与えられた物をまっとうしようとする。海原みあおとて例外では無い。今日は海で明日は山、明後日は空を飛ぼうかというのは、けして、みあおにとっては子供の夢では無かった。実現できる現実。
 だが、とりあえず少女は歩行していた。煮え滾る沼のような猛暑を、元気という単純な力で行進する少女。姉の作った、鯵の身が弾けるように美味だった冷汁を昼食で食べてからの出かけだから、まさに快活だ。
「どうしよっかなぁ、草間ん所に行ってみよっかなぁ」
 興信所だから当たり前とは言え、あそこに行けば何か面白い事に必中する。それも浮気調査や犬探しだけじゃない事に。だから舵はそれである、運航はエンジンが強力であるから激走。
 しかし足が止まったのは、「……あれ?」求めている面白い事が、上にあったから。屋根ならば風見鶏、電信柱なら、小麦色の肌を持つ男。
 呼び方を知っている。「アインーッ!」
 そうすれば応えるのは世界の法則でなく、きっと個人差。アインと呼ばれる者は、返す性質。「ああ、みあおさんじゃないですか」
 見下ろしてる年上が敬語で、見上げている年下が呼び捨て。それがひっかかりにならぬ程度には親交がある二人。主に、ふざけすぎたあの異界で。
 そしてみあおは至極まっともな質問だ。「そんな所で何してるの?」
「いえ、草間さんからの依頼が入りまして。なんでも机の上においてた一万円が、鳥にくわえられて飛んでいったそうなんです」
 そこで、ふと何時かのみあおとの雑談を思い出すアイン。だが少女が先手、「みあおは盗んでないもん」
 心外を素直に頬へ膨らませるみあお。それはすいませんと対して悪びれないアイン。でもその依頼面白そうだねとみあお。みつけたら草間さんは太っ腹だから依頼料としてくれますよとアイン。わーみあおアイス食べたいと使い方を思うみあお。上下にありながら上下関係ない脈々と成立する会話。
 断ち切ったのは、アインの俊足だった。
 ふとアインは気付いた。だが気付いた素振りは一瞬だった。だからみあおがその素振りにはてなを浮かべる事なく、――突如の消失に浮かべる事になる。
 おんそくのごばい。とってもはやくてはやーいあいん。けど屋根が崩れてる建物がある、進路はそれで悟れた。
 みあおは鳥になれる、正確には鳥のみあおがいる。だが今優先されるのは、夏休みの少女だ。折れた柵やアンテナを道しるべにして足取りをおって、
 上ばかり見てる所為で、目的地を知ったのは到着後。
 病院は、苦手だ。
 夏の笑顔が、消える。
 外観はともかく、内部が嫌いだ。子供は注射が嫌いだから? 否。苦いお薬が嫌いだから? 否。待ち時間が永遠だから? 否。
 思い出すから。海原みあおは思い出すから。
 例え、建物の前の光景が、
 屋上から飛び降りた少年を、異常の人力で助けて、抱えているとしても、
 奥にある病院が、
 苦手だ。


◇◆◇


 病室での会話は、だからアインだけである。白衣が苦手の彼女は、外の、樹木の下のベンチだ。
 それを窓から眺めてから、少年が、気付かれぬよう脱出したように、少年を、気付かれぬようベッドに寝かせたアインは、少年に振り返る。
 心遣いは皆無だった。「どうして自殺しようとしたんですか?」
 何処へ行って来たのかと、それくらいの軽いノリ。少年は黙っている。ならば、
 脅しだ。
「答えないなら、俺は君の事をずっと見張ります。覗いてるって訴えようにも遠すぎる距離から、道具も何も使わず見張ります」
 不可能を雄弁と語る、なぜなら少年は、その不可能が自分を受け止めた事を思い知らされているから。
「そして、飛び降りるんでしたらさっきみたいにしますし、首を吊ろうとするんでしたら縄を切って、餓死をたくらんでもコンビニで廃棄するお弁当を届けて、舌を噛もうとしたら三下さんでも連れてきて間抜けな様を見て笑ってもらいます」
 死ぬ事すら許されないのは、どれくらいの不幸なのか?
 少年は、泣いた。余りにも無慈悲で、慈悲がある彼の手。
「どうして自殺しようとしたんですか?」
 さっきと変らぬ口調に、泣いて従うしかない少年。

 四分の一しか可能性の無い、手術。
 大好きなお父さんとお母さんを、苦しめる高額。


◇◆◇


 みあおは病院が苦手だ。だが、病院が無くなってはいけない事を理解している。自分もそこで救われたから。救われた、けど、
 鳥を埋め込まれる日。
 死亡する精神を復活させる精神。
 共食い。
 痛覚という意味で無い痛い痛い痛い痛い。
 怖い。
 ……、……、……ああ。
 海原みあおは、それでも病院に救われている。自分の中の幾つかも要因だが、それでも、白衣を怖がる少女の為に色の付いた衣を着た人に救われている。治療という名の仕事だ。
 そして、アインの話を聞いたみあお、少年にはそれが必要だと思う。絶対の絶対に必要だと思う。生きてるから妹は姉に会えた。少年にそれに匹敵する明日が無いなんて誰が言えようか。
 四分の一の可能性だとしても。でも、それをどうやって証明する?
「バラエテ異界でじゃんけん大会があるんですよ」「恵の所?」
 局長の名を呟くみあお。そして、「そこで、俺はみあおさんに連勝します」
 二分の一×二分の一は四分の一だ。ああ、そうか、「みあおの力を使えば」
 笑顔一面のみあおだ、そうだ、それが一番良い。そうすれば、あの男の子は助かる。
「それはイカサマですから」
 、
 アインの一言に、表情を崩すみあお。
「イカサマじゃ100パーセント勝つじゃないですか。四分の一じゃありません」
「で、でもそれじゃアインが負けたら」
「その時は、あの子は死にますね」
 さらり、と。笑顔、で。
「……アイン、テレビは夢を与えるのが仕事だよ?」
「そして、真実を伝えるのが仕事です」
 全ては偶然だというのか、信じれば叶うなんて、子供の空想だと言うのか。だが余りにも事実過ぎて、みあおは沈黙する。アインは、笑っている。
 アインは、


◇◆◇


 笑っている。
 照明が回復せず、携帯の蛍が河となったスタジアムで笑っている。
 何故、笑える? 自分の勝利を疑わないから?
 それはきっと違っていた、じゃんけんを舐めた時生きる資格は失われる。例え人が、息をする人が、百年大樹としてそびえようと、千年王朝として継がれようと、万事時流としてそこに在ろうと、
 ただ今この一度限りに絶対は無い。策を弄す経過も、長く語り合った過去が無い、この、一度限りにはけして。アインとみあお、
 突風が生じたから、余りに激しい嵐によって、窓が破れ、壁が破れ、そして侵入した突風が生じたから、ああ鯉が龍に成ろうというのか、その道を辿って、みあおは翼で、アインは音速で、外へ、余りにも激しい外へ、
 スタジアム、モニター、外の映像。
 GTVの頂上に立つアイン、立つまでも無く浮かぶみあお。雷は幾度も幾度も鳴り響いている。雨は命を奪おうと走っている。だが二つの身体の熱はそれを許さず、全てを蚊帳の外へと送り、ただ、対峙する。空間、互いに視覚できあう距離。
 手の形とて、はっきりと。
「アイン」
 一言に、こう込める。
 どうして、男の子を助けようとしない。
「みあおさん」
 一言に、こう込める。
 助けたいから、じゃんけんをしてるんですよ。
 ―――、
 世界に存在する正しい嘘。サンタがやってくる幸福。永遠の愛という限りある者たちの誓い。明日はきっと素晴らしく夢は必ず叶う戯言。
 けど、それを使わず助けたい、それがボランティア精神だ。自分は負けるかもしれない、けど、それならそれが結果だ。
 それが、四分の一という確立だ。
 だから、
 アインは、飛んだ。音速の五倍を用いず、ただ空中に一歩踏み出すように、飛んだ。
 誘い、である。此の侭では俺は落下しますから。
 浮いた侭では、じゃんけんをする距離から離れてしまいますから、と。
 みあお。

 そして少女は翼を捨てた。
 嵐に揉まれる少女であった。
 けれど表情は喜怒哀楽の始まり。
 願うのは、勝利。

 じゃんけんがじゃんけんである世界。

「「じゃあん!」」
 忘却は避けられぬ、何時かは胡乱の彼方へ去る。さればこそ汝等は生涯を掛ける、一秒として区切るにも惜しい長さ。生きてる事、そして死ぬ事。
「「けぇん!」」
 命は心臓の鼓動だろう、血流により腕は動き、そして指にまで至った。だが、宿るのは意思、黄金など価値も無くなる意思、
 全て、捧げる。
「「、」」
 全て――

「「ぽぉんッ!」」

 雨が、
 、
 あがった。


◇◆◇


 モニターの前の、ベッドの上に、りんごを剥いている母親が声をかける。
 少年は応えなかった。だがそれでも、涙は、止めない。
 二分の一×二分の一――
 偶然。
 チョキが、パーに勝った事。


◇◆◇


 台風が好きな体育教師が今日は大嵐の下ででんぐり返りをしようと敷いていたマットが、二人の命を救ったのも偶然なのだろう。
 この世は偶然の集合体だ。例えば喉が渇いたからとミックスジュースを買う事、それすらも、偶然に過ぎない。けれど、それがそうなるには意思がある。そう思うからこそ、偶然は生まれる。
 少年は、手術する事を、脅えながら、怖がりながら、それでも、決めた。四分の一の可能性で彼が助かるかどうかは、三日後の話で。
 海原みあおが病院が苦手な事も、そして、その病院の前のベンチに座って、アインからその報告を聞いて笑みを浮かべるのも、偶然によるのだろう。
 草間の所に、二人並んで寄る為の道のり。足取りを合わすアイン、騒がしく走るみあお。子供の、楽しがる様。
 慈善活動の目的は、結局今目の前にある事に繋がる。
 罪滅ぼし。
 殊勝な心がけというには箸が転がるアイン、だ。だが悪い物では無い。大人の事情によっては壊すのだろうけど、今はそうする必要が無いから、みあおの様子を見て楽しむ。
 おや、みあおはゴミ捨て場に立ち止まった。そしてそこにいる鴉、話せるのだろうか? 人の姿で。
 どうもそういう意味じゃなかったらしい、鴉はみあおが近づくと飛び去る。
 みあおが、アインの元へ戻り走る。そして、
「じゃんけんしよ!」
 きょとりとするアインに、みあおは、言った。
「草間の一万円ッ! 」
 手には煙草の灰にまみれた諭吉――
「……はい」
 探偵の懐の寒さは無視しよう、二人は声を揃えあう、腕を、振り合う。

 空と風、草に花、土の力に遠くからの歌、夢よりも愛しい現の空間。
 それだけの事にいちいち笑みを浮かべる少女と青年。例え、これが偶然だとしても、今ここにある偶然だとしても、
 守護者として在ろうか、そう、呼吸をして。
 じゃんけん、

 少女の開けた掌が、青年の固く握られた拳を包んだ。





◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
 1415/海原・みあお/女/13/小学生
 2525/アイン・ダーウン/男/18/フリーター

◇◆ ライター通信 ◆◇
 ダッシャーこの野郎、じゃんけんは一回勝負のつもりだったんだこの野郎。それがなんで二人とも三回勝負なんだこの野郎。1、2、3、回ぃぃぃぃぃっ!
 プレイング例が【1.グー2.チョキ。3.パーで】と紛らわしく、寧ろ一回勝負と明言してない為ですねッ! でんでんでんぐりがえってその体勢で土下座。(ごめんなさい
 い、いやでも、それでも二人とも三回勝負なんて奇跡ですよ! まさにこれこそ偶然のなせる技ってやつでんな、と綺麗にまとめようとしてみます。(なってない)ともかく、へんてこ依頼にご参加いただいてお二方ほんまおおきにでした; ……てか仕上がりのあと納品忘れててお届けするのが数日遅れたのは神話として語り継げばええと思います。(ならんわ
 ちなみにアインはパー・チョキ・グーで、みあおはぐー、ぱー、ぱーでした。わざわざひらなのがこだわりを感じました。(何
 アインのPL様、いつもごひいきおおきにでございます。うちの店にポイントカードあるんやったらそろそろなんぞ特典がつくころです。その分割引しろと言われても困りますが。(ええー)今回の副題はアインのボランティア活動やったりします。(何故
 みあおのPL様、なんだかいろいろなもんひっぱりだしてすいまへん; どんな話しようあかなぁとシチュノベ眺めてたら思いついた切欠でございました。余り深くはせんように心がけましたが、浅くもなくなってしまったやもですが、どないでしたでしょう?
 んでは来週もまた読んでくださいね! じゃん、けん、ぽん!(エレクトリニクスの提供