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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


夢追い人


 ――プロローグ

 草間興信所には、山下・広志が訪ねて来ていた。
 草間の小学校時代の友人で、はっきり言ってここ二十年近くなんの音沙汰もなかった仲である。
 広志が現れたとき草間は気付かなかった。しかし広志はしっかりと草間を覚えていた。
 そして言うのである。
「退治してくれよ、うちの疫病神を!」
 覚えていたというより、なにかの記事を読んで草間を思い出したのだろう。怪奇探偵なんていう厄介なあだ名は、この世界では非常に有効らしい。
「まあ座れよ、今何をやってるんだ」
「ラーメン屋だ……流行らない……それどころか人も来ないラーメン屋なんだ!」
 草間は「そりゃ、まずいんだろう」を喉元で飲み下した。
「美味いんだよ、絶対さ。だから、お前に頼んで祓ってもらおうと思って」
 お祓いよりこちらへ来たのは、昔の知人の方が頼みやすかったからだろう。
 しかし本当に疫病神で人が来ないのだろうか。
 なんだか、アホくさい依頼だな……。
「立地条件も外装も内装も悪くない。味だってそうだ。こんなのっておかしいだろ?」
 草間は苦笑を返す。愛の貧乏脱出大作戦にでも出ればいいのに。心の端で悪態をつく。
 草間はソファーから立ち上がって、手の空いていそうな陰陽師に電話をかけた。


 ――エピソード
 
 ちょうど昼時だったので、興信所の簡素なキッチンでシュラインは昼飯を作っていた。
 今興信所にいるのは、草間・武彦、鈴森・鎮、雪森・雛太……シュラインはひぃふうみぃ……と連中の人数を数えていて、草間のテーブルにころんと転がった紙コップに気が付いた。紙コップには糸がついている。
 聴力のよいシュラインには、その先にシオン・レ・ハイがいることはわかっていたが、あえて言わずに紙コップを引っぱって興信所のドアを開けた。
「なにやってるんです?」
「はわっ、盗聴がバレました」
「糸電話の糸は張ってないと聞こえないでしょう」
 というより、こんな安普請の事務所のドアなんて耳をつけずとも中の会話が聞こえると思う。
「それより、私もです」
 シオンが、しゅたっと片手を上げて立候補する。シュラインは「はいはい」と人数にプラスした。
「山下さんも食べて行かれます?」
 キッチンへ戻る途中に聞くと、広志は少し困った顔で草間とシュラインへ視線を往復させてから、小さな声で
「じゃあ、いただきます」
 控えめに言った。
「いやあ、腹減ったぁー」
 キッチンへ戻ったのを狙うかのように、人が入ってくる。
「こんにちは、神宮寺・旭です」
 シュラインはキッチンから顔だけ出して、草間と雛太へ手を上げているウィンドブレーカーを着た男を見た。青島・萩だった。刑事をやっている。その隣にはとぼけた顔をした神宮寺・旭が相変わらずの暑苦しい神父の服装で立っている。
「姉御ー、手伝おうか」
 終電を逃して午前中はソファーでしっかり睡眠を取った雛太は上機嫌に言った。
「お願い、運んでちょうだい」
「私も手伝いましょう」
 キリリとした眉で旭が言うと、雛太が旭を片手で制した。
「お前はいい、黙って座ってろ」
「良妻賢母な私を差し置いて」
「意味不明、ちょっとそこへ座ってろ」
 雛太に強く言われて、人数の集まることが多いことから設けられたパイプ椅子を設置しながら、旭は萩にも席を勧めた。
 草間がソファーへ移ってくる。シオンもソファーにちゃっかり座っていた。シオンの前に鎮、その隣に広志彼の隣の空席は雛太のものだ。
 旭はシュラインの分のパイプ椅子も設置して、ゆっくりと腰を下ろした。
「ご飯はまだですか」
 つい催促をする。
 キッチンからシュラインは炒め物と煮物を二皿ずつ持ってきた。
「おー、うまそー」
 鎮が早速フライングをかまそうと箸を手に取る。後から雛太が人数分のご飯を運んできて、飢えている連中に乱暴に配った。
 味噌汁も全員に行き渡り、これでイタダキマスができる状態になったとき、「あ」と旭が声を上げた。
 内ポケットからマヨネーズを取り出して、おもむろにカボチャの煮つけにかける。
「忘れるところでした」
 ほっとしたように、ニッコリと笑い、唖然とする全員を尻目に旭は一人
「いただきまーす」
 そう言ってマヨネーズのかかったカボチャの煮つけに口を付けた。
「わ、私だってま、負けません!」
 シオンが負けじと意味もなくタマゴと酢の味がするカボチャへチャレンジする。
 雛太は立ち上がり、旭の耳を引っぱって行ってそのまま興信所から出し、ドアをロックして黙ってまた食卓についた。
「あーあー、おれ炒め物食おう」
 鎮がそちらへ手を伸ばすのと同時に、萩もそうする。
 雛太はもう里芋の煮っころがしに手を伸ばし口へ入れながら、しみじみ呟いた。
「美味いなあ……」
 その後全員の視線がカボチャの煮物に集中する。
「あのバカさえいなけりゃなあ」
 草間が全員の気持ちを代弁した。
 萩はなんとかマヨネーズのかかっていないカボチャの発掘に成功し、嬉しそうに食べている。
 
 そこにトントンとノックが鳴って女の子の声がした。
「こんにちはー、あのー人が倒れてますー」
 シュラインが立っていてドアを開けると、そこには銀色の髪をした白い顔の久良木・アゲハが立っていた。もちろん行き倒れているのは神宮寺・旭だった。
「……なんで倒れてるのかしら」
「具合が悪いのでは?」
 アゲハが赤い目をくるくるさせて眉を寄せる。
 シュラインは事情を説明しようと思ったが、あまりにもバカバカしかったので言うのをやめた。それからアゲハを見て、旭は放置して中へ入れる。興信所の中に入ると、旭の席に誰か座っていた。
「……きゃっ」
 つい悲鳴を上げる。シュラインの悲鳴に驚いた全員が彼女の視線を辿った。
 するとそこには、幽体離脱したらしい旭の姿があった。
「マヨラーの意志強しです」
「アホか、そんなとこでいらん能力発揮すんな」
 雛太が立って行って突っ込むも、相手は実体がない。すかっと空を切った。
「俺なら殴れるぜー」
 鎮がやる気満々で立ち上がる。萩も立ち上がり、旭の実体の方へ近付いて同じタイミングでぴしゃりと叩いた。
「マヨネーズぐらいで、かわいそうです」
 シオンがワタワタと止めに入ったが、旭の頭と心にはしっかりとタンコブができた後だった。
「お気の毒に」
 アゲハが目を細めてそう言うので、シュラインはポンと彼女の肩を叩いた。
「自業自得なのよ」
 自業自得である。
 
 
 ともかく店に来てくれ、というのでマヨネーズのかかったカボチャの煮つけを食べ続けている旭を連れ、一行はがんばれば九人乗れると広志の豪語したワゴン車に乗り込んだ。本当にがんばって八人乗り込んだ。
「それで、草間。ちゃんとお祓いする人もいるんだろうな」
 広志が重たい車を発進させながら訊く。
「ああ、陰陽師を一応呼ぶ手筈はつけといたから安心しろ」
 それに今回のメンバーでもできないわけではない。萩は刑事でもそういった仕事を担当しているし、鎮は人間であるのかさえ怪しい。
 後ろではシオンと鎮がラーメンタダ食いについて熱く語らっている。
 今昼食食ったばっかじゃねえか。そういう突っ込みは、この手の輩には通じないものだ。
 広志は草間に自分の煙草を差し出しながら笑った。
「お前、同窓会になかなか来ねえから皆心配してるぜ」
「ああ」
 草間は生返事を返した。
 同窓会なんて、なんてハードボイルドに似合わない響きなのだろう。と、草間は思っている。なので、時間が余っているからといってノコノコ出ていくわけにはいかない。昔の自分はもう既に過去の自分なのだ。
「『俺に関わると危険だぜ』とか言ってんだって?」
「ぶ」
 後ろの席のシュラインがつい吹き出した。
「な、なんだ山下それは……」
 たしか『俺はあまりきれいな仕事ばかりをしているわけじゃない。そういうところに出す顔はもうない』とは答えたが、そこまで安直には言っていない。
「昔からハードボイルドにかぶれてたが、歳を重ねるごとにひどくなるなんてなあ」
 広志は懐かしそうに言う。
「武彦さん……」
 後ろからシュラインの嘆きが聞こえてきた。草間も好きでこんなことを言われているわけではない。
「俺はそんなことは言ってない。たしかに――俺はきれいな仕事ばかりをしているわけじゃないから、もう同窓会なんてところへは行けないとは言ったが……」
「言ったのかよ!」
 雛太が吹き出す。
「言っちゃったか」
 鎮にいたっては草間を気の毒に眺めている。
「まあ、あの頃の俺達は、秘密基地に野球カード集めてたりなあ」
 広志は構わず続ける。
 萩がいいタイミングで、自分の過去を懐かしむようについ言った。
「拾ったエロ本集めてたりな」
「そうそう」
 草間が全面同意する。
 一瞬の沈黙……いやな、空気が漂った。
「ま、ま、俺達の昔話はいいだろ」
 焦って草間が言葉を継ぐと、不思議そうにアゲハが訊いた。
「落ちてるものなんですか?」
「案外な、草間が見つけてくるのが得意で」
 広志は淀まず答える。草間は一人あちゃあと額に手を当てて、笑いを噛み殺したりヒソヒソ話をしていたりする後部座席に視線を投げた。
 広志はまったくその気配には気付かず、からからと笑って自分のラーメン屋の前にワゴンをつけた。


 店の前に黒・冥月が立っていた。
 ワゴンから降りた一行は、不可思議な建物を目にすることになる。建物はコンクリートの打ちっ放しの簡素なもので、それでもお洒落に見えた。しかし、そこに達筆のラーメン屋クジラと書かれると大きな違和感が湧く。どちらかと言えば、ショットバーを開いた方がよさそうだ。
 お台場の二等地といったところだが、場所は悪くなさそうだった。小さいが駐車場も完備している。
「よお、冥月」
 草間は軽く片手を上げた。
「どうして私が呼ばれるんだ、専門外だろう」
 冥月は細面の顔を怪訝そうに歪めている。
「いや、麺類といえば中国だろ」
「理由になってない」
 彼女は呆れるように天を仰いだ。
「だいたいな、ラーメンは日本生まれだ。それに麺類なら日本の方が繊細で奥深い」
 へぇ、と草間は調子を合わせる。
「全く自国の食文化も知らないのか。この国の人間は何につけプライドが無さすぎる」
 冥月が一つ深い溜め息をついたので、草間も黙っておいた。海外から言われ慣れすぎていて、どうも実感の湧かない台詞だった。
「しかし、よく知ってるな」
 とりあえず草間が言うと冥月は目を細めた。
「あの人は日本食が好きだったからな……」
「ほう、どんな彼女だ?」
 悪乗りをして言った草間の喉に、手刀突きが炸裂する。一瞬完全に呼吸が止まったあと、草間は豪快に咳き込んだ。
 その間にワゴンを停めてきた広志が店の戸を開けた。
 開けてみると、中は何かのレコードが飾ってあり(そこだけ見るとまるでジャズバーのようだ)そうかと思えば奥にカラオケが設置してあった。
 ここは場末のバーか?
 よくよく見てみると、レコードは……。
「クジラのレコードじゃないですか」
 旭が目を輝かせて言う。言われてみて見つめると、確かにクジラの顔があった。
 草間は苦笑をしながら言った。
「お前、クジラのファンだったもんなあ」
「お前はおにゃんこクラブのファンだったな」
 笑顔で言い返されて言葉も出ない。どうして忘れたい過去ばかり広志は覚えているのか!
 店内には、静かに『にごり雪』が流れている。
 草間の隣にいたシュラインが、小さな声で「おにゃんこ……」とつぶやいたのが聞こえたが、聞こえないふりをしてカウンターについた。
「腹が減っては調査ができません」
 ウキウキとシオンがカウンターに座る。もちろん鎮も早く食わせろとばかりの前傾姿勢で、カウンターに座った。萩に続いて旭、雛太とカウンタにつく。最後にシュラインとアゲハ、冥月が出入り口付近の席に腰を下ろした。
「まあ、まず一杯」
 萩と鎮の台詞がかぶった。
 シュラインは調理方法に目を放りながら、広志に聞いた。
「お値段はどれくらいなのですか」
「普通盛りのラーメンで、五百八十円です」
 ふむ、と彼女は黙る。
 今のところ流行らない理由はクジラにしかありそうもない。
「しかし、ご主人、クジラ好きとは趣味が合いますね」
 ニコニコしながら旭が訊くと、広志は手を止めて嬉しそうに旭に答えた。
「では、あなたも?」
「ええ」
「カラオケいかがです? クジラしか入ってないんですよ」
 クジラ好きの二人は握手をした。
「……問題は、クジラですね」
 アゲハが遠慮深く口にする。彼女は三角巾にエプロン姿で、やる気満々だった。
 その通り、と萩もうなずく。
「大体ラーメン屋になんでカラオケセットが……」
 そこにいつの間にかカラオケへ移っていた旭が大音量で『にごり雪』を唄い出したので、誰も何も言えなくなった。微妙な音痴が笑いさえ取れない。雛太が肩をいからせて歩いて行って、頭をぽかりと殴って回収した。

 で。出て来たのは、……なんだこれは……ミソのような色のスープ……。
 匂いがすごい。もう例えようもないとしか言いようがなかった。全員が沈黙した。
「さ、ささ、絶対美味しいですから」
「美味いかまずいかは客が決めるものだ」
 冥月は目の前の代物に軽く青ざめながら強気で答えた。
「うちの奥さんのラーメンはもっとこう、ネギがどばーと載ってるんですけどねえ」
 旭がぼんやりと言う。
 隣の雛太が驚いて反応する。
「なんつった今」
「えーと、ネギがどっさり? ですか」
「もっと前だ」
「クララが立った! そして歩いた!」
「言ってねえだろ、そんなこと」
 しかし旭は真面目に受ける気はないのか、ラーメンに視線を戻した。
「……では、いっせいのせ、で全員食べると言うことにしましょう」
 旭が提案する。全員嫌そうな顔をして旭を見たが、今更一口も食べずに帰るわけにもいかず、渋々同意した。
「いっせぇの、せ」
 と掛け声と共にラーメンのすする音。
 そして半分がむせ返り、半分が店の外へ飛び出した。平気な顔をしているのは、旭のみだった。
 戸口に立ちながら、雛太が旭の顔色を覗き込む。
「てめー食ってねえだろ」
「……私は、食べましたよ」
 そう言って、旭はラーメンをかき混ぜる。
「こんなに殺傷能力の高い食べ物に出会ったのは初めてだ」
 冥月がうなる。萩は厳しい顔でラーメンを睨みつけながら言った。
「本当にこれがラーメンなのか?」
「うわーん、ラーメンがこれじゃあせっかくの『全品制覇! ラーメンタダ食い』の野望が断たれました」
 シオンが自白をしながら、悔しそうに涙を溜めている。
「お前舌バカだろ」
 鎮が広志に突っ込んだ。広志は不思議そうな顔で全員を眺めている。
「ど、どうしたら、こんな味になるのかしら」
 後半の台詞が尻すぼみになりながら、シュラインは言った。アゲハもコホンコホンと咳をしながら同意する。
「絶対変です」
「……完璧に改善が必要ね」
 苦々しくシュラインは眉をひそめた。
 
 
 検討会である。
 議題は、『美味しいラーメンを作ろう』『まともな内装に変えよう』『宣伝をしよう』の三点に絞られた。
「それにしたって山下、あのラーメンの味はねえだろ」
「そうか?」
「そうだよ、アレか? お前まだケツに虫飼ってんじゃねえだろうな」
 鎮が聞き返す。
「虫?」
「こいつ、ギョウチュウ検査で二度も引っかかってさあ」
「おい草間」
「あの頃のヒロちゃんつったら、保険の先生にラブレター書いたり凄かったんだ。しかもお約束通り『変してしまいました』とか書いてあったよな、あれって教室中回されなかったか?」
 草間はおかしそうに笑った。
「回したのはタケちゃんじゃないか」

 ……。
 あそこでボケ倒しているのは放っておくとして、ともかく改善策を練らなければ。
「まず味ですよね」
 アゲハが提案する。全員、うむとうなずいた。
「全員が作る必要はないから、コンビで一つずつラーメンを作ってみましょうか。おいしいところを採用するってことで」
 ラーメン談義は店主抜きで行われている。
「うちのグランパはラーメンより中華ソバ派でしたよ」
 旭が口を滑らせる。
「お前はどこの国の奴だ」
 スコーンと雛太が突っ込んだところで、後ろの会話も佳境に入ったようだった。
 
「小学校三年生のとき、名前の書いたパンツ更衣室に忘れてきたのに、自分のじゃないって言い張ったのはタケちゃんじゃないか。それに、漢字テストの前に消しゴム忘れてまっちゃんの消しゴムとったり、ヨーグルト一つ貰っているのを机に隠してもう一個貰って、結局バレて学級会の議題にされてただろ」
「……あれはひどかったな……」
「あのとき名指しで言及されなかったのは、俺が庇ったからじゃないか」
「……」
 たしかにあのとき、「もうやめろよ」と言ったのは広志だったような。
「ヒロちゃん、そうだな、悪かった」
「タケちゃん、わかってくれたか」

 少しイライラした口調でシュラインはつぶやいた。
「ともかくじゃあニ、で別れてスーパーで買い物して順番に作りましょ」
「わかった……が、あの二人は放っておいていいのか」
 冥月が眉根を寄せたままつい訊いた。
「アホは放っとけ」
 雛太ははあと溜め息をついた。
「二人組みですか、雛太さん、がんばりまし」
 軽いフットワークで雛太の回し蹴りが旭に炸裂する。決まったのか、旭はいい具合に飛んで床に崩れ落ちた。
「誰がてめーと組むか」
 雛太の機嫌が少し傾き始めたようだった。
 
 
 鎮とアゲハの組は、麺からはじめた。
 鎮は試食係と自らを命名していたので、動いているのはアゲハだけだった。彼女は渾身の力で麺を練り練り練り、そしてスープに味噌汁の要領でダシを入れた。この時点で何が作られているのか半分意味不明である。しかし彼女は負けなかった。きし麺のような(むしろ太いうどん)麺を作り上げ、味噌汁を作った彼女はそこへヒゲのついたままのもやしを突っ込み、ご丁寧に豆腐とワカメまで入れ、最後に麺を入れて煮た。煮ること二十分。
「……あんま食いたくねえなぁ」
 鎮は試食を辞退しようかと考えたが、最初に宣言してしまっているのでとき既に遅し。
 しかし、さっきのラーメンの味を想像すればおそらく辛くはないだろう。
 ズルズルズルと麺をすすると、味噌汁の味がした。
 
 萩・雛太組はいきなり二人とも違うことをはじめた。雛太は煮卵を作り始め、萩はメンマを作り出した。煮卵がいい具合になった頃、萩は
「俺にまかせろ」
 と言っておもむろにチャルメラの袋を開けた。チャルメラとは、袋入りインスタントラーメンである。
 まず湯を沸かす。ヤカンにもたっぷり沸かしておく。そして煮立ったら麺を入れる。ここで三分茹でてはならない。二分と少し、そこで切り上げる。湯を切ってどんぶりに盛り、粉末スープを新たなお湯で溶いて麺にかける。それからラスト、メンマと煮卵のトッピングで完成だった。実際もし美味いとしても、まさか五百円とって出せる料理ではない。一番低コストと言えるかもしれない。
 しかも
「あ、美味い、案外うまいぜ」
 味見をした雛太に続いて、シオンが食いつく。
「おー! これはオイシイ」
 どんぶりを離そうとしないので、旭がシオンの脇腹をくすぐっているうちに、なんとかシオンがどんぶりを手放した。その間に全員が試食をする。
「これは美味しい」
「インスタントとは思えない」
「タマゴもシナチクもおいしいわ」
 全員口を揃えて美味の嵐だった。ラーメン屋クジラ、インスタントラーメンに敗北す。
「しかーし、俺はこんなタマゴ認めんぞ!」
 草間が半熟タマゴにいちゃもんをつける。しかし、次の瞬間場がしらけた。
「タケちゃん、昔半熟タマゴ大好きだったじゃん」
 タケちゃん敗北す。
 
 旭とシオンの作ったラーメン工程は、いつのことだったか闇鍋パーティーを思い出させる代物だった。どかんどかんと入るものは、どうしてチョコレートなのか! どうしてキットカットなのか! どうしてコアラのマーチなのか! この頃になると、突っ込み属性の雛太も疲れ切っており、料理と言うより粘土をこねているに近いスイトン状のもので作り上げられたそれは、誰の口に入るでもなく、運んできた旭が
「スウィートスウィートラバーズです。さ、どうぞ雛太さん食べ」
 そう言いかけた瞬間に、雛太に頭を捕まれて顔をその中に突っ込まれたので、結局本人が食べただけとなった。
 因みにヤケドだと言って顔をしばらく洗面器につけていた旭だったが、顔を上げてみるとラーメンに浸かった部分だけこんがりと焼けている。
「お前のメラニン色素はどうなってんだよ!」
 雛太は旭の肩を持って、ガクンガクン揺らした。だが、本人は真ん中だけ黒い顔で、「さて?」とうそぶいていた。

 期待の冥月、シュラインコンビの調理は見事だった。
 まず、見ていて不安がない。次に、実に優雅だ。その次に、変な物が入らない。
 しかも冥月はどこへでも移動可能という能力がある為、驚くべきことに三陸沖の魚介類や北海道のイクラなど、どこの物でも現地直送なのだった。
 シュラインはしっかり財布の紐を締めて、冥月は見事な値切り能力で低コストを実現させ、そしてラーメンはできあがった。
「どうかしらね」
「ラーメンなど作りなれないからな」
 家でラーメンをわざわざ作る奴も少ないだろう。
 二人とも味見をして、「こんなものね」という顔をした。順番にラーメンが回る。
 全員なんとなく「こんなもんか」という顔になった。
 
 つまり、一番おいしかったのは、青島・萩雪森・雛太ペアだった……。
 
 しかしまさかチャルメラを売り出すわけにはいかないので、ヒロちゃんこと広志にラーメンを教えるのはシュラインと冥月になった。冥月は器用に手先を使い、餃子も伝授している。
 そういうわけで、店の改装作業。
「これ捨てていいだろ」
 半ば怒ったような声で雛太が言う。これ、とはクジラのLP版である。
「うわああ、やめてくれえ」
「そうです。冒涜です」
「……うっせぇなあ」
 カラオケセットも見事に取り外され、立候補した旭の教会に持ち帰られることになった。
 シオンと萩が改装を、雛太と旭アゲハがチラシを作ることになる。
 シオンがあまりにもあちこちにペンキを塗り飛ばし尚且つコケ、尚且つ触ったので、クジラ屋はアバンギャルドで芸術的なよくわからない内装になった。
「青島さん、助け……」
「あんたもよくこけるねえ……」
 萩は若干楽しそうだった。
 もう一方は難航していた。
「『本場中国からきたマルコポーロ』……ってどうですか」
「意味わかんねえよ」
「マルコポーロって東方見聞録ですか?」
 アゲハが首をかしげる。
 キャッチコピー作りに四苦八苦しているところだった。
「『これであなたもイッキアップ! 生き返るおいしさ』は?」
「イッキアップ自体年代によっては知らねえだろ」
「なんです? イッキアップ」
 スーパーマリオよフォーエバー。
 一応コピーは『本家クジラ屋リニュアルオープン』になった。因みに、分家はない。
 
 
「うちのくーちゃんがなんか見つけたんだけどなあ」
 イズナのくーを放っていた鎮は訝しげに辺りを見た。それらしきものはない。
「勘違いか?」
 いないような、いるような……。

 まともなラーメンを作っている主人の後姿を見守りつつ、雛太はぶつぶつと言った。
「最初からフツーのラーメン作ってりゃ問題なかったのによ」
「ラーメンっていうと、トマトとか赤ワインとか入って……」
 広志が笑顔で言い訳をする。
「ねえよ」
 ぴしゃり、と雛太が切る。
 できあがったラーメンはシュラインと冥月が作った物と同じように見えた。
 カウンタで受け取り新しい割り箸を割って、再び食べる。
「うん、普通」
 煮卵とメンマも絶品だったので、これはなかなかいける。
「私はおばーちゃんの遺言で辛いものしか食べないことになっているんですよ」
 旭はそう言って、ラー油を器すれすれまで入れている。
「ゲ」
 萩がつい顔を歪めた。
 しかし旭は平気な顔でラーメンをすすっている。彼の手にあるラー油は減っている様子はない。しかし旭のラーメンは真っ赤だった。
「どういうことだ?」
 アゲハも不思議そうに旭のラーメンを覗き込んでいた。
 鎮が試しに近くにあったラー油の蓋を外して、旭のラーメンへドバドバ入れた。
 ずずずず、……。
「ひぃ、辛い」
 堪らず旭は立ち上がる。
 鎮は空にならないラー油を睨んでいた。萩もなにやら感じるようで、そちらを睨んでいる。シオンだけは、ラーメンに夢中だった。
 いずなのくーちゃんを再び放つと、そのラー油からどよどよと白装束の老婆が出て来た。
 広志が驚いて声をあげる。
「ばーちゃん!」
「身内かよ!」
 ばーちゃんと呼ばれた老婆は憎々しげに広志を睨んだ。
「おのれ、葬式にも出席しなかった不届き者めが」
「化けて出る理由がそれかよ」
「うるさいわ!」
 堪忍袋の緒が切れるように、ぷっつんと切れた雛太が立ち上がった。
「だいたいなあ、あんたがまともな味覚でこいつを育てなかったから今更俺達がどんだけ苦労したと思ってんだよ、いい加減にしろ、この味音痴家族。ラー油に取り憑いてるくせに辛くねえだと? もうちょっと考えて取り憑けつーんだよ、このタコ。死に目に会わなかったぐらいでグダグダ抜かすんじゃねえよ、ラー油ババァ」
 半分以上言い掛かりだった。
 老女がまた口を開こうとしたとき、旭がばっとどこから取り出したのか本を開いた。
「おのれ、ラー油の仇」
 意味がわからない。
 しかし旭は問答無用で口の中で呪文を唱え、本の中に老婆を取り込んでしまった。
「……これで、ばーちゃんも安眠できます」
 広志はにっこりと笑った。
「いえ、ちょっと待って。どう考えても安眠とは程遠いと思うんだけど」
 シュラインが意見する。しかし広志はもう面倒なことに関わりあうのが嫌なのか、爽やかな笑顔で流した。
「ばーちゃん、いつまでも見守っていてくれよ」
 残念、ばーちゃんは旭に本の中に捕らえられたままなのであった。
 
 
 ――エピローグ
 
 シオンは周辺にチラシを配りながら、聞き込み調査をして、ラーメン屋クジラの前はただの民家だったことを突き止めた。
 暑い最中公園で談話をしていた。
「心配ないそうです」
「本当に疫病神じゃなかったのね」
 少し呆れ顔でシュラインは溜め息をついた。
 冥月は苦笑をした。
「そうらしいな」
 鎮は幼い顔で二人を見上げて言った。
「今度こそ美味いラーメン屋いかねえ?」
「いいねえ」
 あちらこちらに顔の効きそうな萩が笑う。
 アゲハが三角巾とエプロンを外す。彼女は制服姿になっていた。
「それにしても……山下さん、これから平気なのかしら……」
「さあな」
「それにしても……旭さんが所帯持ちだったなんて……」
 しっかりと聞いていたシュラインがつい口を滑らせる。聞いてなかった全員が大声で聞き返した。
「なんだってえ?」
 旭はベンチに腰かけ、へっくしとくしゃみをした。
 
 
 ――end
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1570/青島・萩(あおしま・しゅう)/男性/29/刑事(主に怪奇・霊・不思議事件担当)】
【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23/大学生】
【2320/鈴森・鎮(すずもり・しず)/男性/497/鎌鼬参番手】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【3356/シオン・レ・ハイ/男性/46/びんぼーにん 今日も元気?】
【3383/神宮寺・旭(じんぐうじ・あさひ)/男性/27/悪魔祓い師】
【3806/久良木・アゲハ(くらき・あげは)/女性/16/高校生】

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■         ライター通信          ■
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「夢追い人」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。
ぬるいコメディタッチでお送りしました。細部に手が回らず、申し訳ありません。
少しでもお気に召していただければ、幸いです。

では、次にお会いできることを願っております。
ご意見、ご感想お気軽にお寄せ下さい。

 文ふやか