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<東京怪談・PCゲームノベル>


ダブル・ハント


 ――プロローグ

 朝起きると相棒はすでに仕事へでかけた後だった。
 正確には朝ではないかもしれない。加門が起きた時間が朝なのだから、世間一般の朝なんてどうでもいいと思う。
 ちょうど昼時のワイドショーで新しい賞金首を放送している時間だろうと、加門は足先でテーブルからリモコンを取った。
 テレビをつけ、暑さのせいでベタベタの身体に張り付いたシャツを脱ぎ、くしゃくしゃだが新しい物と取り替える。ズボンを履いて靴下にかかる前に、テーブルの上にいつも置いてある昨晩のホットドックの残り(加門の相棒は普段ホットドックを売っている)を口にくわえた。
 もぐ、もぐもぐと沈黙の時間。流れるのワイドショーのはやけにファンキーな音だけだ。臨時ニュースが飛び込んできて、スタジオが慌しくなる。読み合わせのしていない文章を読むアナウンサーは、ひどく幼い。プロだろうが、プロ。
 画面に目をやった加門は、完全に停止した。ビデオの一時停止ボタンを押されたかのようだった。

『全国指名手配 深町・加門(29)無職 賞金/五十万円』

 俺を捕まえて俺が連れて行って俺が賞金をもらう?
 意味がわからない。いや、そうではない。この俺にたかが五十万ぽっちだと? いや、そうでもない。
「な……なんだってえ?」
 加門さっと辺りを見回した。ここは相棒の家、東京郊外に停まるキャンピングカーの中だ。加門の住民票の住所はここではないから、まだ誰も嗅ぎつけてはいないだろう。
 希望的観測を素早く頭に過ぎらせる。
 乱暴にキャンピングカーのドアが開けられる。加門は二段式のベットの下へ飛び込んだ。
「さっさと出て来い、深町・加門。大人しくしてりゃあ無傷で監獄へ直行できるぜ」
 男の声だった。
 加門は息を潜めてじっとテレビ画面を見つめていた。
 誰だ? 誰が仕組んだんだ?
 誰がこの俺を犯罪者に仕立て上げた?
 煙草に手を伸ばし、しかし吸うのはやめ、ベットから踊るように飛び出て男を床に押さえつけた。奪い取ったハンドガンを頭に当て、後ろの連中に警告する。
「死にたくなかったらどくんだな」
 加門は銃器類が不得意だったので、ただのハッタリだった。
 それでも逃走経路はこじ開けられた。

 
 ――エピソード

 速報を耳にしたのは一人ではなかった。
 興信所でシュライン・エマと神宮寺・夕日相手に雪森・雛太は臨床検査つまり人体実験のリスクについて、話しをしているところだった。最近知人がフェーズ・ワンと呼ばれる臨床検査に参加して帰ってきたところで、凝り性も手伝ってクスリについてあらかた調べていた。
「で、実際製薬会社のMR、なんつったかなメディカル……」
「メディカル・リブゼンダーの略ね」
 シュラインが机から顔を上げて言う。雛太はシャツの胸元をパタパタ動かしながら、シュラインと夕日を交互に見た。
「バブル時代はプロパーって呼ばれてるところだったんだけどさ」
「プロパー?」
「プロパガンダの略。つまり、宣伝、新薬を売り込むのが仕事だったわけ。結局MRには医療チームの一員みたいな側面もあって、そいで売り込みもやってたんだけど、事情があって薬は卸問屋が売ることになっちまった。ちょうどその頃製造物責任法ができて、薬事情も怪しくなってきて、副作用とか情報整理が大事になっちゃったから、MRはそういう仕事になったんだけど」
 夕日が眉を寄せる。
「変な話ね、売り込む人と医療チームが一緒なのも不安なら、売ってた人が医療データを扱うっていうのも不安だわ」
「だろ? 俺もそう思った」
 雛太が言葉を継ぐ前に、臨時ニュースが流れた。
「連続コンビニ強盗犯 深町・加門 (29) 無職 賞金額は……五十万円です」
 普通のワイドショーだとリアルタイムで決まった情報しか流されない。賞金首を一日流しているケーブルテレビチャンネルがあり、そこでならばいつでも賞金首情報が流されている。つまり、この連続コンビニ強盗犯はさっき強盗が発覚した、ということだろう。
「あれ?」
 雛太は何か引っかかって画面を見つめた。
「……あら、やだ」
 シュラインが口許を押さえる。
「深町・加門!」
 叫んで夕日が立ち上がる。夕日はいつもの黒いスーツ姿だった。
 彼女はテレビに近付いていって、ガタガタと旧型の十六インチのテレビを揺すった。慌ててシュラインが止めに入る。
「あんた、ちょっともう一回言ってみなさいよ」
 夕日はいきり立っている。
 雛太はようやく、情報を理解した。あの深町・加門が強盗をして、いつもとは逆の賞金首になっているのだということだ。知人という知人でもないので、雛太の心境は一言だった。
「あらら」
「あららじゃないわよ」
 プッツンと切れた様子の夕日が振り返る。困った顔のシュラインも雛太を見た。
「あのおっさん、せこいことで追われてんなあ」
「バカ言わないで。アレがそんなことするわけないでしょ! 殺人ならともかく強盗ですって?」
 夕日の言うことはいまいちずれている。しかし、あながち間違ってはいないのか、シュラインは訂正しなかった。テレビから離れてズンズンと雛太へにじり寄る夕日の後ろで、途方に暮れたような表情でシュラインはテレビを眺めている。
「……しないことも、なさそうだったような」
 と言っても、雛太の中の加門は怪我をしてぐったりしているか、カジノで大勝して最後には支配人に呼び出され、先に手を出してきた黒服のガードマン連中を怪我をしている身体で片っ端から伸して回ったという、どうしようもない印象しかない。黒・冥月などの特殊能力を見慣れている雛太にしてみると、いわゆる喧嘩というのは新鮮だった。居候から武術は教わっているものの、実践する機会はなかったからだ。
 ……その感触からするに、深町・加門はなにをやらかすかわからない男、である。
「なんにしろあの男はほとんど武器らしい武器は使わないのよ? どうやって強盗すんのよ」
 夕日は雛太がソファーを移動する速度より早く、雛太に詰め寄ってくる。
「そんなこと、俺に聞かれてもさぁ」
 コンビニで客を全員伸されたら立派に強盗は成立すると思う。
「信じらんない! 警察もアホよこれじゃあ」
 たしか夕日は警官だった筈だ。雛太は苦笑をする。
「ねえ夕日さん、ちょっと調べた方がいいんじゃないかしら」
 シュラインが白っぽいマニキュアの塗られた指を顎にのせて、上目使いに夕日を見ている。
「なにを?」
「加門さんの罪状をよ。私の印象でも、なんとなく違うような気がするのよね……」
 彼女はつぶやくように付け足した。「傷害ならしっくりくるんだけど」
「何もやってないわよ、アレは」
「……うーん、そういうことではなくて。事件自体が捏造されたのか、それとも誰かの罪を着せられたのか、でしょう? 警察が取り込まれるほど大きな話なのか――ほら、彼色々と関わりすぎてるから。もし違うなら、データ上のトラブルかしら」
 夕日が大きな目を瞬かせる。彼女はソファーのハンドバックを取って、
「連絡するわ」
 そう言ってパンプスを鳴らして去って行った。
 雛太に向かって、シュラインは困った顔で笑った。
「夕日さんには悪いけど、深町さん、強盗も必要に迫られればやりそうだわ」
「俺もそう思う」
 夕日の迫力に呆気にとられながら、雛太はぼんやりと口にした。
 
 
 座敷には花札が無造作に放られている。
 そこには青島・萩と帯刀・左京がいた。昨晩からの徹夜プレイである。萩は一度署に戻り、出席だけ出してまた戻って来た。負けが混んでいる左京が、「勝ち逃げする気じゃねえだろうな」と管を巻いたからだった。
 左京という奴は、ギャンブル気質にも関わらずここぞという時に勝負運がない。
 萩は買ってきた冷たい缶コーヒーを開けて、ふわぁと大欠伸をした。目をギラつかせている左京が、びしっと注意をする。
「たるんでるんだよ」
 そりゃあたるみもする。何時間花札をやれば気がすむのだろう。
 萩はそんな言葉を噛み殺し、一応口許だけ笑わせた。左京が片手で缶のふたを開ける。萩が缶コーヒーなのに対し、左京の所望したのは緑茶だった。本当なら熱いのをと頼まれていたが、生憎自動販売機に熱い緑茶はなかったので、萩は冷たい緑茶を買ってきていた。
 左京が手の中からサイコロを取り出したので、勝負はチンチロリンにスライドした。無造作に茶碗が持ち込まれ、それこそその名の通り、チンチロリンとサイコロと碗が鳴った。伏せられた碗の中身は誰も知らない。左京はにやりと笑って、萩を見上げた。
「半か丁か」
「半だな」
 二人の集中を邪魔するように、テレビが煌々と光っている。カーテンの閉められた部屋は暗い。しかし日の光はこの不健全な遊びには似合わない。
 碗を開けると、そこには三四の半が出ている。袂を脇に挟んでいた左京はがっくりとうなだれ、萩はしょうがなさそうに笑って左京を諌めた。
「兄さん、やめときなよ」
「うるせぇ、まだまだだ」
 再び上ってきた欠伸を噛み殺し、萩は碗を持った。
「半か丁か」
「半だ」
 開ける前の沈黙に、テレビのナレーションが滑り込んでくる。
「連続コンビニ強盗犯 深町・加門 (29) 無職 賞金額は……五十万円です」
「……え?」
 萩は顔を上げた。左京が不服そうに声を上げる。
「さっさと開けろ」
「ちょっと、今、加門って言いましたよ」
「うるせぇ、家紋がどうした」
 左京は血走った目で碗と萩を見つめている。萩はまだ言い募った。
「深町・加門、五十万だそうだけど」
「へ?」
 名前より金の額に左京は反応したようだった。顔写真こそ出ていなかったものの、日本に深町・加門がたくさんいるとは思えない。加門という名前自体、きっと珍しいだろう。
「キタキタキタキタ、運が向いてきたぜ、青島!」
「……左京さん、そりゃねえよ」
 左京はざっと和服姿で立ち上がり、慌てて玄関へ向かう。
「青島、さっくり加門の居場所を調べて来い。そういう仕事だろう」
「っておいおい、俺を使うのかよ」
「アホ言うな、刑事の癖に犯罪者ほっぽりっぱなしなんつう非道なことは言いっこなしだ」
「あーもう、変なのに関わっちゃったなぁ俺」
 萩の開けた目はピンゾロの丁。やはり左京は今日は勝てる運勢ではないらしい。
 これでは大捕り物も一波乱ありそうだ。萩は立ち上がりながら考える。あんまり悪そうな男には見えなかったが、深町・加門は連続コンビニ強盗犯らしい。人は見かけによらないというか……なんにしろ怪我をしてヘバっているところしか見ていないので、なんとも言えない。
「あ、左京さん、車の運転は俺だから」
 左京はすでに玄関にいない。車は萩が乗っている自前である。また運転をされて酷い目に遭うのは避けたい。……というより、左京は無免なのだから、そもそも運転をさせるべきではないのだ。
「ちょっと、左京さん!」
 部屋に鍵もかけず、萩は自分のアパートを飛び出した。
 
 
 日本に着いたばかりだった。
 CASLL・TOはすでに第二の祖国中国が懐かしく感じている。中国雑技団で学んだ様々なできごと! それを思い出すと笑みが洩れる。洩れた笑い顔に往来の人が引いているのを感じつつ、怖い顔というだけで強盗扱いされる大都会東京の理不尽さを骨身に感じていた。
 CASLLは中国へ修行の旅に出ていたのだ。修行とは、心身共に鍛える旅のことである。本業の悪役俳優の仕事がちょうど切れた先月から、一ヶ月の旅路であった。加門と違い、賞金首でも細々と稼いでいたCASLLには、実を言うとそれだけの貯金ができていたのだ。
 祖国日本は暑かった。アテネオリンピックの盛り上がりもすごいようだが、なにより暑い。そろそろ残暑に差しかかろうというのに、日差しは強いままだ。アスファルトの照り返しが暑さをより感じさせるのだと、CASLLは考える。中国は土の道が多いため、それほど暑さは気にならなかったのだ。
 色々と学んできた。ともかく身体は柔らかい方がいいらしいと、毎日黒酢を飲み、毎日練習をした。一応バクテンもできるようになった。それから皿回しもできるようになった。残念ながら、逆立ちをしながら片手でできるまでにはならなかった。まったく、無念だった。
 それでもCASLLは思う。中国へ行って、よかったと。
 大きなトランクを片手に持ち、半径三メートルにできているパーソナルスペース(CASLLのではなく通行人とCASLLの間のだ)を少し気にかけつつ、CASLLは立ち止まった。人の波はCASLLだけを押し流すことなく進んでいく。
 喫茶店の看板を見かけて、入ろうかと思いやはりやめた。ふいに見上げた街頭の文字ニュースを読むのは追いつかず、音楽のクリップ映像を流していたスクリーンが突然青い色に変わり、白い文字が映し出された。
「連続コンビニ強盗犯 深町・加門 (29) 無職 賞金額/50万円」
 目を何度か瞬かせる。それから、声に出してみた。
「加門さん」
 そこまでお金に困っていたのか。一言相談してもらえれば、多くは用意できないが、貸すあてがないわけではなかったのに。……もっともCASLLはここ一ヶ月いなかったのだが。なんにしろ一ヶ月休んで旅行をするだけのお金はあったので、心が痛んだ。
 しかしいくら罪がしょぼいからって、あの深町・加門に五十万はない。自分なら絶対追いかけない。特に武器を使うわけではないし、圧倒的に強いわけでもないが、賞金稼ぎとしては一応高ランクに入るだろう腕前だった。
 それを考えると、やっぱりおかしい。加門ならばいくら荒っぽくても数人賞金首を捕まえれば、大金が手に入るのだ。CASLLの贔屓目で見ると、コンビニ強盗をするタイプには見えない。そうなると、加門は冤罪なのだろうか?
 飛行機の中で切ったままだった携帯電話を黒いジャンバーのポケットから取り出し、電源を入れる。それからアドレス帳から加門の電話番号を選び出して、CASLLは相手を呼び出した。
 トルルルル、トルルルル。
 加門のことだから、もう捕まってしまったということはないだろう。捕まえに行った賞金首が今ボコボコにされている方が正しそうだ。ただ、やはり全国区で指名手配をされてしまったら、いくら彼が悪運高いとはいえどうなるかわからない。


 深町・加門はハンドガンを手に入れたと同時に辺りを見渡し、まず床に踏んづけている男の首にストンと手刀を入れて簡単に気絶させる。残り三人、一人はスペナッツナイフ一人はパイソンのマグナム一人はサブマシンガンを持っている。
 全員加門の知った顔だった。三対一では分が悪い。一瞬間を置いてしまったのが災いしていた。次の一歩を踏み出した瞬間に、サブマシンガンで蜂の巣かマグナムで怪我をするか、それともナイフが来るか? 巡らせている時間が億劫になって、加門は突然行動を開始する。今ほど生きた賞金首しか換金できないシステムをありがたく思ったことはない。
 サブマシンガンに組みついて、乱暴に相手からむしり取りながら激しく移動する。ドウン、ドウンとニ発銃声が響き、バサバサという鳥が飛び立つ音と男達の息づかいが伝わってきた。頬をかすめたナイフを身を引いて避け、男を蹴ろうとした瞬間に、黒い影がキャンピングカーのドアの前に現れた。蹴った足は空を切っている。加門に狙いを定められたマグナムが見えた。シリンダーが、回ろうとしている。
 やられる……。咄嗟に伏せるようにして、マグナムを持った男の足を引っ掴んだ。ただ、後ろにはまだナイフを持った男がいる。マグナムを取る時間はない。すぐに体勢を立て直さなくては。
 そこへ目の端に移った黒い影が、加門とナイフを持った男の間に一瞬にして割って入った。軽く右手を振り、男は流れて右へ飛んでいく。加門はすぐ下の男のマグナムを取り上げる。
 そして大きく振り返り、面白そうな顔をしているのが女性だと気付いた。
「いつかやると思っていたが」
 くすりと黒・冥月が笑った。彼女の笑い顔のバリエーションは少ない。ただ、加門が見たことがないだけかもしれない。少しだけ口許をあげて笑う、微笑とは明らかに違うどこかその場の全員を敵に回してもおかしくないような、そんな笑顔を冥月は作ることができる。
 加門は半分呆れて半分むかつく。他に感想は持たない。
 冥月は答えない加門を見ている。
 黒い髪がかすかな風になびいている。
「どうした、放心状態か?」
 こんなザコ相手に? そう言いたげに冥月は倒れている四人の男を見回した。
「お前、よくそういうタイミングがわかるな」
「タイミング?」
「俺の悪運か?」
 立ち上がった加門は、半ば自分に問いかけるように口を開いた。
 冥月はまるでわからない、という顔をしている。
「なにをやった? 正直に言えば無傷で警察まで招待する」
 彼女はそう言った。
 加門はシャツの袖をめくり、使えもしないパイソンを腰に挿して眠そうに目をしばたかせる。
「こっちが聞きたいな、俺は指名手配されたニュースしか見てない。罪状はなんだ?」
「連続コンビニ強盗だ」
「連続? そりゃご丁寧に何度もどうも」
 冥月は半分予期していたのか、加門の反応を見て一つ嘆息しただけだった。
「お前じゃないのか」
「そうじゃなかったら俺は夢遊病者か多重人格だぜ」
 両手を頭の後ろで組んで、加門は大きく空を仰いだ。もう空はすっかり遠くなっている。夏はもう終わるのだろうか、悠長にそんなことを考える。
「どちらも可能性がないわけではあるまい」
 冥月はそう言う。加門は横目でいつもの黒一色の彼女を見て、舌を出してみせる。
「そらそうだ」
「ここがお前の家か?」
「ああ、一応な」
 彼女は物珍しそうにキャンピングカーを眺めている。加門は今更思い出して、手足を振って準備運動をした。これから逃げて逃げて原因の誰かを突き止めなければならない。
「奴等の到着が早かったのはなぜだ?」
「……んーだな、例えば警察にリンクしてて情報公開前に情報を仕入れられるとか」
 加門はのんびりと答えた。
「自分の居所まいてるつもりはねえが、さてな、ジャスが洩らしてるかもな」
「ジャス?」
「相棒だ、一応な」
 一応にアクセントを置いて加門が言う。
 するとキャンピングカーの中でリリリリリと何かが鳴った。加門はズボンのポケットを探った後、キャンピングカーの中へ入った。男二人住まいらしい、ごった煮のような生活風景の中から、携帯電話を探り出す。
「誰だ」
 着信相手も見ずに加門が出ると、相手はCASLL・TOだった。ここ一ヶ月とんと音沙汰のなかった相手だ。
「よお、何やってたんだお前」
 加門は外へ出て男達を跨ぎ、冥月の隣へ戻る。
「加門さんこそ、平気ですか。会えますか」
 当の本人より緊迫した声でCASLLが言った。加門はからから笑って
「今すぐにでも会えるぜ、今影の嬢ちゃんと一緒だからな」
 嬢ちゃんという言葉が意に反したのか、加門の頭を目がけてするどい蹴りが放たれる。その手の接近戦の攻撃ならば頭を回さなくてもかわすことができる。ひょい、と避けた。
「冥月、CASLLのとこまで送って行ってくれないか」
「……まったく」
 彼女はむんずと加門の襟首を掴んで軽がると首根っこを掴んだ状態で加門を持ち上げ、二人は影の中へ消えた。


 黒ずくめの男がうーんと頭を捻っていた。
「五十万ぽっちですか」
 冠城・琉人は帽子の庇をちょこんと持ち、高層ビルの上で困っていた。なんとなく、キナ臭い話ではある。深町・加門の無実が不動のものではないにしろ、後ろに何かありそうな事件だった。ここはフライングして、加門ではなく黒幕を探した方が多額のお金を手に入れることができるのではないだろうか。
 琉人はそんなことを考えていた。
 それにしても、お茶をもう一杯。水筒から温かい緑茶を注いでずずずと飲む。
 加門には捕まってもらっても困るし、派手に逃げ切られても困る。
 琉人は真面目な顔で下界に広がる町々を見つめ、小首をかしげてから笑った。
「まあ、遊んでいてもらえばいいでしょう」
 無数の霊に指示を与えて、加門周辺の情報を察知できるようにはしてあった。攻撃をしたり援護をしたりすれば、加門ならばちょうどいい囮ぐらいにはなってくれそうだ。その間に、琉人は抜けがけをすればよい。
「それにしてもお茶がおいしいですね」
 そういえばこの間加門の元へ送ったお茶は飲まれただろうか。
 
 
 CASLL・TOと深町・加門は、黒・冥月の能力によっていつのまにか、高層マンションの屋上へ転移していた。CASLLはきょとんとしている。加門に至っては、冥月に首根っこを掴まれたままだった。
 どさりと落とされて、コンクリートの床にすとんと着地する。
 加門は回りのビル郡を見回して、うーんと大きく伸びをした。
 CASLLは大真面目な顔で加門の腕を引き、相変わらず怖い顔をいっそう怖くして言った。
「自首した方がいいですよ」
 本気である。加門はとんとんと頭を叩いて、それからバチンとCASLLの額にデコピンを食らわせた。
 中国での修行も空しく、CASLLは額を押さえた。
「冗談ですよ、痛いじゃないですか」
「冗談は顔だけにしろ」
 加門ははあと溜め息をついた。CASLLは額を押さえたまま、加門に訊く。
「恨まれてることとか、ないんですか」
「ここ十年恨まれることしかやってねえよ」
「……どんな生活ですか、それ」
 腕組をしている冥月が少し笑った。
「こいつらしいな」
「賞金稼ぎだったんですか? 昔から」
 この制度は新しいもので、一昔前までは導入されていなかった筈だ。
「いや、……刑事だ」
 一瞬時が止まる。
「加門さんが刑事じゃ、恨まれますねえ。色んな方面から」
「それ、どういう意味だ?」
「言葉のままです」
 CASLLはきっぱりと言い切った。加門はシャツの胸ポケットから煙草を取り出した。
「恨みならもっと大金をかけますよね、五十万じゃあそんなに賞金稼ぎは動きませんよ」
 冷静な分析。加門もそう思う。牛クラスの賞金がかかれば、加門だって一たまりもないだろう。奴等のやり方は知っている。それでも捕まらない自信はない。
「お似合いの額だがな」
 冥月がニヤリと笑う。加門は気にとめず、煙草に火をつけた。煙を心地よく吸い込んで、なにも考えずに吐き出す。
「お前ならいくらだ?」
 吐き出したついでに訊くと、
「チャイニーズマフィアなら五億でも買うだろう。ただし、その場で殺されるがな」
「へえ」
 CASLLがあからさまに驚いている。冥月の能力をみる限り、それぐらいの当たりはつく。というよりも、彼女の能力がそう使われていない方がおかしい。特殊能力がいつどのように彼女に身についたのかは知らないが、影という総称で呼ばれている彼女の操るものは、使い勝手がよく暗殺にも向いている。
「ま、とにかく、どうするかなあ」
「警察へ行って、事件があるかどうか調べましょう」
「……お前じゃ無理だ」
 加門が笑いながら言う。「自首してきたのか、ってお互い言われるぞ、今の場合」
「そんな! 私は何もしてませんよ」
「顔が怖いんだよ」
 携帯電話を取り出した加門は、アドレス帳から青島・萩の名前を呼び出した。
「よお、青島か」
「よお、五十万」
 聞こえてきた声は、萩のものではない。帯刀・左京の声だった。
「……お前人を数字で呼ぶな」
「自分からかけてくるなんて、自首でもする気か? んなら、俺に捕まえられて五十万山分けしようぜ」
「塀の向こうでどうやって使うんだよ」
 くわえた煙草から煙が立ち昇っている。
「青島にかわれ、調べてもらいたいことがある」
「なにを?」
「俺の事件だ、本当に事件があったのか、それとも捏造か」
 左京が萩に口頭で伝えている。
「なんだ加門、はめられたってことか?」
「そうだろうな」
 加門は苦い顔で答えた。左京がすぐに合流すると言ったので、電話を切ったあと冥月に頼んで左京をこの場に呼び寄せた。
 帯刀・左京は相変わらず派手な着物姿で、下駄を履いていた。尻餅をつく形でやってきた彼は、加門を見て片手を上げ、
「よお、五十万」
 そう言って笑った。
 
 
 雛太の愛車シトロエンはただいま停止中だった。
 それも横断歩道の真ん中で、エンコした状況である。こういったときに手を貸してくれるのは、どうしてパンチパーマのお兄さんなのだろうと、雛太はエンジンを必死でかけながら考えていた。腕まくりをした刺青を入れたお兄さん達は、シトロエンのお尻を押してくれている。
「なんだか申し訳ないわね」
 隣に座っていたシュラインがつぶやいた。
 本当に、その通り。
 やがてようやくエンジンがかかり、発進できる状態になったので雛太は窓の外に顔を突き出してお礼を言った。
「ありがとうございました」
「困ったときはお互い様だ」
 頬に傷のある方々は豪快に笑い、「機嫌損ねるなよ」と言って去って行った。
 車は微妙な速度でとろとろと走り始める。
 行く先は、加門の相棒(?)如月・麗子の元へだった。きっと彼女ならば何か知っているだろうと踏んだからだ。雛太もシュラインも彼女の携帯番号を持ってはいなかったので、雛太の記憶している家まで直接行くことになった。外はまだ暑い。窓を閉め切って冷房に当たりながら、ハンドルを握る。
「残暑よねえ」
 しみじみシュラインが窓の外を見上げて言った。空には白い筋のような雲がいくつかあるだけだ。
「今年は風鈴出した?」
「出し忘れよ、だってあんなに梅雨が暑くて夏はこれじゃあ、タイミング逃しちゃうわ」
 呆れた声でシュラインは返す。
「雛太くんは?」
「うちは年中かかってっから」
 カラカラ笑う。シュラインも、仕方ないわねといった笑いをこぼした。
 夕日からの電話は鳴らない。彼女のことだから、警察本部を叱咤などと始末書ではすまされないことをやっていそうだ。加門が冤罪なのかそうではないのか、現状では不明だということ。麗子ならば、加門との付き合いも長そうだし、もしかすると本人からの連絡も入っているかもしれない。
「神宮寺・夕日って」
 シュラインはぼんやりつぶやいた。
「どこかで聞いた名前のような、気がするんだけど」
「そうか?」
 言われてみれば、神宮寺姓の知り合いがいたような気がする。
 シートベルトに手をかけているシュラインを横目にして、雛太は訊いた。
「この道沿いだよな」
「そう、もうちょっと先に駐車場があるわ」
 今日の車の調子だと、一度停まると動かないかもしれない。雛太はそんな嫌な予感を過ぎらせながら、ハンドルを切って駐車場へ車を入れた。

 玄関口に立った麗子はパジャマ姿だった。
「やだ、こんな時間に」
 と言ってももう昼過ぎである。
「ぼうやと……えーと、シュラインちゃん。なに? あがってく?」
 ふわぁと優雅に欠伸をして、麗子は金髪の髪をかきあげる。廊下をついて行って、リビングまで行くと麗子はテレビをつけた。
 彼女は対面式のキッチンへ入って行き、コーヒーの粉を出してコーヒーメーカーの前に立っている。雛太は慌てて立ち上がって、キッチンへ入った。
「俺、やるよ」
「あらそう? 頼むわ。私すっぴんでしょ、ありえないわ」
 そう言うものの、あまり気にしている素振りはない。雛太にコーヒーを任せ、麗子は寝室へ入って行こうとした。シュラインが呼び止める。
「深町さんのことですけど」
「加門ちゃん? 今度はなにやったのよ」
 麗子の顔が訝しげになる。
「賞金首に」
「いくら?」
 シュラインは困った顔になる。予想していない展開だったからだろう。
「五十万円です」
「しけてるわね、それで追う方はアホね」
 シュラインが戸口に立っているのにも関わらず、麗子は寝室へ入って行った。
「知ってるでしょ、加門ちゃんはバカで能無しだけど腕っ節だけは強いのよ。あと悪運もね。賞金首が壊した器物破損の請求書もバッチリ送られてくるわけだから、五十万なんてパーよパー。ヘタしたら足が出るわ」
 麗子は寝室の中で、「入院費でしょ、弁償代でしょ、税金でしょ、ああ、割に合わない」とつぶやいている。
 雛太はフィルターと水をセットして、コーヒーメーカーのスイッチを入れた。
 寝室の麗子はシュラインと話しをしている。
「なにやったの?」
「コンビニ強盗みたいです」
「……また、そっちもしけてるわね」
 麗子は一呼吸置いてから、言った。
「でも追う奴も多いんじゃないの。あの子こっちじゃ有名だから」
「そうなんですか」
「そりゃそうでしょ、あれだけ荒っぽい仕事の仕方で他の奴等とはつるまないでしょ。関わったら必ず怪我すんのよ。嫌がられてるわよ、喧嘩っぱやいしね」
「嫌われ者ってことですか」
「そうね」
 手早く着替えと化粧を終えた麗子が出てくると、コーヒーメーカーがシュゴーと音を立てた。麗子は雛太をリビングへ呼んで、自分で食器棚から三つコップを取り出した。コーヒーを注ぎながら、訊く。
「砂糖とミルクは?」
 二人がうなずいたので、麗子は二人分のコーヒーに大雑把に砂糖とミルクを入れた。自分の分はブラックのまま、リビングのソファーまで持ってくる。
「それで? なに頼まれたの」
 麗子はソファーに沈んで、コーヒーを片手に訊ねた。
「麗子さんは深町さんが犯人だと思いますか?」
「え? 違うの」
 雛太とシュラインの感覚通り、加門とは結局強盗をやってもおかしくない人間らしい。
「だって警察発表でしょう? まさか冤罪で発表は出さないわよ」
 ケラケラ笑って、麗子はコーヒーを飲んだ。テレビはワイドショーを映しているが、加門の情報ではない。
 彼女は赤い爪の手でリモコンを動かし、賞金首のチャンネルに合わせた。一人一人、顔写真つきで賞金首が紹介されている。
「へぇ、ケーブル?」
「そう。そのうち加門ちゃんが出てくるわよ」
 ……言った麗子の顔色が変わる。画面には大隈・延雄という賞金首が映し出されていた。名前に似合わず、可愛らしい顔をした少年のような写真だった。たしかその顔には見覚えがある。この顔は……男優だったのでは?
 雛太は考えて、麗子が男優のファンなのだと思った。
 しかし彼女は突然ソファーから立ち上がり、パソコンが置いてある部屋へドスドスと入って行った。
「ふざけんじゃないわよ」
 叫ぶように言ってパソコンのスイッチを入れる。部屋の前で見ていた雛太は、中を覗き込みながら恐る恐る訊いた。
「どうしたんです?」
「どうもこうもないわよ、冤罪よ、濡れ衣よ、全部間違いだわ」
 同じく部屋の戸口に立っていたシュラインと雛太は目を合わせた。
「許せない! あなた、加門ちゃんに連絡して。人に罪を着せるなんて許せないから、一緒にぶっ殺すの手伝ってあげるって。携帯は寝室ね」
 麗子は雛太へ早口で言った。
 
 
 萩は資料と睨み合っていた。そこに夕日はいない。夕日は、所轄に文句を言いに出て行ってしまったのだ。
 だからキャリアって奴は。萩は、心の中で思う。自分勝手で足元を固めない奴が多い。捜査というものは、地道に調べてこそ意味があるのだ。……とはいえ、大量の資料の中からお目当てのものを探し出すのは苦手だったりする。
 連続コンビニ強盗事件は、そう言うだけあって連続して起きている。それも、スパンが長い。春から始まって、月に二度の犯行を行っている。もし加門が犯人だとしたら、なんという面の皮の厚さだろう。夕日も萩も警察関係者であると彼に告げているし、彼は大した反応もみせなかった。
 コンピューターで打ち出された文字データと、手で書かれている文字データを往復するように読みながら、加門の冤罪がわかる。
 青島・萩も関わったクッキー捕獲事件のとき、この資料ではコンビニ強盗をしているということになっている。まさかまさか。あのとき、深町・加門は半死の状態で雪森・雛太の肩にもたれていた。
 そして数時間のうちにクッキーを捕獲するのに成功している。なにをどうひっくりかえしても、加門が強盗をするのは無理な筈だった。
「……冤罪決定か……どういうことだ?」
 パソコンを叩いて指名手配犯のリストを見ると、やはり加門の顔が出ている。この顔はいつ撮ったものなのだろう。どこから流れてきて、ここに載ることになったのか。
「鍵だな」
 誰かが糸を引いている。加門を標的に? それとも、無差別に?
 
 
 人数が多くなってきたので、加門が車を出すことにした。青のクーパーはあちこち怪我をしているものの、健在である。
 ボンネット越しに冥月が短く言う。
「お前の相棒のところへ行け」
「へ? どうして」
 戦力不足には見えない。なによりも物理攻撃を無効化する冥月と左京がいるのだから、警官だろうが賞金稼ぎだろうが、怖い気はしない。いなかったとしても、大して恐れたりはしないだろうけれど。
「普通に考えてみろ。お前の寝床を知っている奴が犯人だ」
「まあな、見つかるのがはえぇってとこは変だな」
「……疑るのはわかるが、行ってから損したなんて言わないでくれよ」
 左京が首をひねった。加門は頭をかいて、苦笑をした。
「加門さんGPSでもつけられてるんじゃないんですか」
「へ? 着替えたばっかだぜ」
 CASLLに言われて加門は答えた。
 全員車に乗ったところで、運転席のドアも閉まる。そこへ電話が鳴った。加門は手の取った煙草をポケットへ直接入れ、携帯電話を片手で操作する。
「誰だ」
「えーと、麗子さんの携帯から雪森」
「なんだってお前が麗子のうちにいるんだ?」
「『人に罪を着せるなんて許せないから一緒にぶっ殺しに行きましょう』って麗子さんからの伝言。それから、おっさん嫌われてるらしいぜ? 気をつけろよ」
 加門はハンドルを握りなおす。
「嫌われてる? 誰が」
「あんただよ」
「どうして」
「仕事は荒っぽいし、大口の賞金首横からかっさらうし、イイトコナシ。賞金首になったら皆こぞって日頃の恨みを晴らしにあんたの所へ行くだろうってのが、麗子さんの見解」
 加門は少し笑いながら答えた。
「おいおい、ひでぇ言われようだな」
「あんたが冤罪なのはたしかみてぇだな。麗子さんがすごい勢いでパソコン打ってるよ」
「ラージャ、敵がわかり次第連絡をくれ。それまでは、賞金稼ぎと遊んでるよ」
 加門が電話を切ろうとすると、雛太の溜め息が聞こえた。
「そういうとこが嫌われるんだよ」
 聞かないことにした。
 しばらく大通りを走った先で、いつもの場所にホットドック屋のワゴンが停まっていた。
 加門の相棒ジャス・ラックシータスは、ホットドックを売って生計を立てている。金がないのはいつものことなので、加門の手伝いをして七・三で賞金首を追い詰めたりもする。能力者以外の人間で、加門が敵に回したくないと思う数少ない奴だ。
 ホットドック屋は閉まっていた。
「あれ? 開いてませんよ」
 CASLLが窓から顔だけ出して言った。
 左京が腕組をして言う。
「冥月の言った通りかもしれねぇぜ」
 助手席の冥月は静かな声で答える。
「出てくるぞ」
 ワゴンのドアを開けて出てきたのは、長身で金髪の髪を立てているパンクロッカー風の格好をした男だった。サングラスをかけている。ポケットに垂れ下がっている鎖が重そうだった。
 加門はワゴンの後ろに停まっているジャスのバイクの後ろにクーパーをつけ、ハンドルに顎を載せた。
「ジャス・ラックシータス。博愛主義者の三十歳」
 ジャスがバイクへ歩いてきた。彼はクーパーを見て視線を上げる。目が合ったので、加門は運転席から出た。他の面々も降りる。
 ジャスはいきなり……泣き出した。
「……う、ううう、カモン、なんであんなことしたのさ」
 加門は空を仰いだ。
 ジャスは加門に駆け寄って、片手を握ってボロボロ流れる涙をそのままにしている。
「悪い仲間ができたんだね、そそのかされたんでしょう」
 ジャスは片手で涙を拭い、加門ではなく周りを見た。冥月、CASLL、左京を見てから、加門へ言う。
「僕は君が出てくるまでちゃんと待っててあげるから、早く自首しよう。悪い仲間は、君ができないなら僕が話しをつけてあげる」
 加門は呆れかえった顔で、全員を見渡した。冥月は頭が痛そうに額を押さえていた。CASLLは何故かもらい泣きしており、左京はすっかりしらけた顔をしている。
 そして一人一人、車へ戻って行った。
「じゃあな、ジャス、俺達急ぐんだ」
 加門がジャスの手を振り解く。
「カモン」
「これは俺の問題だ、首突っ込んでくるなよ」
 言い切って車に乗り込む。ジャスがしゃっくりをしていた。車を発進させてから加門は冥月へ言った。
「どう見えた?」
「アホが一人」
「正解だ」
 加門は煙草を片手でくるりと回してから、愉快そうに言った。
「CASLLお前、麗子の家へ行ってくれ」
「私ですか?」
「そう、どうせ男手はいるんだろうしな。詳しくは雪森にでも電話して位置を聞いてくれよ」
「どうして、私が?」
「お前が麗子の好みだからさ」
「は?」
 左京がめんどくさそうに声を上げる。
「ほれ、地下鉄の駅だ。さっくり家帰ってトランクしまってその……麗子ちゃんの家に行って来い」
 CASLLは強引に車を下ろされた。
 加門は煙草に火をつける。
 冥月が静かに訊いた。
「なにをする気だ」
「ちょっとしたゲームだ。どれだけ短時間で追っ手をやっつけたかで競う。CASLLには向かねえだろ」
「余裕だね」
 左京がちゃかすと、加門は鼻で笑った。
「今背後に二人、すぐ横に一人、あっちのマンションの屋上に二人だ」
 クーパーは地下鉄の出入り口近くに停まったままだった。
「あほらしいな」
「そう言うな。隣に立ってる姉ちゃんなんか、ヤバイ匂いがプンプンするぜ」
 冥月に左京が言う。加門もそう思う。どうやら、左京と同じく人間ではないようだ。
「それじゃあ、私は彼女とやらせてもらう」
「俺は後ろの二人な」
 左京はドアに手をかけた。
「じゃあ、俺は一番遠くへ出張するぜ。集まるのは……ココ。なるべく辺りに被害を出さないように遊んでくれ。ここじゃ、お前等の戦闘は目立ちすぎるからな」
 加門は運転席のドアを開けた。そこへ隣に立っていた女性がカツリと近付いた。
「深町・加門さんですわね」
 喉元に刀がある。加門が息を飲んだ瞬間に、加門と女性のわずかな間に入り、冥月は女性を突き飛ばした。
「お前の相手は私だ」
 加門はマンションを目指して駆け出す。一度振り向くと、左京の派手な後姿が見えた。
 

 神宮寺・夕日は本部にかけ合って一つの功績を得ていた。
 青島・萩の連絡を受けて、深町・加門がいかに八回目の強盗が不能だったか得々と語り、加門の賞金は取り下げられることに……なろうとしていた。
 が、問題はそれだけではなかった。
 データ上まるで問題なく『犯人』である筈の犯人達が、口を揃えて無実だと訴え、裏を探っていくとどうやら本当に彼等彼女等は犯人ではないようなのだ。それも揃いも揃って血気盛んな連中で、警察の誤認逮捕に今にも暴れ出しそうな様子なのである。
「簡単でしょ、紙データに戻るのよ。わかります? 本部長」
 夕日の高飛車な様子も、今現状では救いであるようにも見える。
「つまり、誰かが……」
「誰かが警察庁警視庁捕獲部共通のデータバンクに侵入して、捕獲部にライセンス登録をしている賞金稼ぎと指名手配犯をシャッフルしてるんです。だから誤認逮捕者は誰も彼も手に負えない賞金稼ぎばっかりなのよ!」
 夕日は深町・加門のことを思い出して頭を抱えた。
 手に負えないというところで、複雑な心境に囚われる。加門が従順な人間ならば、こんなに気になりはしないだろう。
 やがて青島・萩が本部に顔を出し、二人は加門を追うことにした。すでに賞金は取り下げられている。それを、他の賞金稼ぎにも伝えなくてはならない。
 萩は警視庁の玄関前で立ち止まり、加門の携帯に電話をかけた。
「今忙しい」
 加門は第一声で言った。
「今どこだ」
「麹町だ」
 プツン、と回線が切れた。
「麹町で忙しいそうです」
 萩が夕日に言う。夕日は萩の携帯を覗き込んで、自分の白い携帯を取り出しながら言った。
「ねえ、深町・加門のナンバー教えて」
「……って、あんたも案外場所とタイミング考えないな」
 番号を自分の携帯へ写し取りながら、夕日は考える。
「あの男にとって忙しいってなると、喧嘩ね。賞金稼ぎ相手に喧嘩真っ最中ってことね」
「それまずいんじゃないっすか? だってどっちかが賞金首じゃないと傷害罪適応されますよ」
 萩が口を開く。夕日は一瞬ぽかーんとしていた。
「それもそうね、やばいわよ、萩くん」
 二人はすぐ近くの地下鉄へ乗り込んだ。麹町はすぐ近くだった。
 
 
 カタカタカタカタカタ、麗子はMOを出し入れしながら、パソコンに向かいっぱなしだった。雛太が覗き込んでいても気にする素振りはない。ウィンドが出ては消え、出ては消えていく。しばらくして、麗子は画像編集ソフトを立ち上げた。
「なにすんだ?」
「え? ええまあ……座れば。雪森くん」
 麗子のスナップ写真が出てくる。彼女は自分の写真を少し加工して、顔だけ切り取った。顔だけ見てもかなりの美人と言えるだろう。
 そこへ、コーヒーを淹れなおしたシュラインが入ってきた。
「ここでもコーヒー飲みますか」
 入り口にコップを二つ持って立っているシュラインが訊いた。麗子は一瞬顔をあげて微笑んだ。
「ええ、いただくわ」
「朝ご飯、食べてないでしょう。何か作りましょうか」
「……ええ、あと二十分もあれば終わるわ。軽くつまめる物を頼める?」
「わかりました」
 画像を用意した麗子は回線を辿って大きなデータバンクへ入った。プログラムが流れている。ピー、ピーとたまに音がする。
「雪森くん、こういうハッキングっていうのは、手持ちにどれだけの解除プログラムがあるかっていう初歩的な問題があるのよ」
 麗子は物欲しそうに口許に手を当てる。赤いマニキュアがベージュの口紅に映える。
「新しくプログラムを考え出すのはやっぱり難しいけど、一度セキュリティ解除を覚えてしまえばイタチごっこに参加するだけだから簡単よ」
 麗子は雛太を横目にして、コーヒーを一口飲んだ。
「ハッキングなんかもう古いのよね。ネットの海をいかに泳げるか、ってこと。実際海みたいなもんだわ……。膨大な情報の海、繋がったコンピューター同士の情報の海。海は泳いだ跡なんか残らないでしょう。だから、足跡を残すハッキングなんて古いの」
 MOを出して、彼女は雛太に微笑んだ。
「C言語はできる?」
「……ちょっとなら」
 雛太は少し見栄を張った。麗子はふうん、と言って続けた。
「ウィン? アップル?」
「一応どっちも」
「マシンがそれじゃ無理ね、専用のをインストールしなくちゃかな」
 彼女はカタカタと操作をはじめ、賞金首のネット情報にポートから入って深町・加門と大隈・延雄のデータをきれいにした。ついでに、如月・麗子と書き込んで「三百万ぐらいかな」と情報を打ち込む。
 気がついたように雛太を見て、麗子は訊いた。
「加門ちゃんっていくらぐらい?」
「……さあ、俺じゃいくらあっても捕まんねえだろうし」
「そうねえ、私より高いとしゃくだし、百万円ぐらいにしときましょ」
 麗子は言ってから席を立ちまた新しいMOを片手に帰って来た。彼女はコーヒーを一口飲んで、情報をMOにダウンロードし、それを改ざんしてデータを作っていく。読む方が追いつかないスピードで、文字が打ち込まれる。
 しばらく固唾を呑んで見ていると、麗子は画面をみて少し笑った。
「きたわよ」
「なにが」
「ハッカーの居所。……ちょっと待ちなさいよ」
 マウスの脇に追いやられていたメモ用紙に番号を写し取り、専用の検索エンジンで絞り込む。
「やだ、入れちゃった」
 箱にデータがなだれ込んでくる。そのデータの中から、個人情報を探り出し麗子はすぐにパソコンを切った。
「食べて、問題のおこさまハッカーのところに行きましょう」
「……っていうか、自分達に賞金かけて平気なんですか」
「ああ、遊びよ。どうせ数時間で修正されるわ」
 大隈・延雄とは何者なのかも聞きたかったが、そんな雰囲気ではない。
 リビングへ行くと二人掛けのテーブルにシュラインの作ったサンドイッチが並んでいた。
「うわあ、んまそー!」
 麗子が三つ目の椅子を持ってきてそこへかける。
「いただきまーす」
 間延びした声で麗子が言うと、シュラインは新しいコーヒーを三人に淹れてくれた。
「終わったんですか?」
 シュラインが訊く。麗子はポテトサラダの挟まったサンドイッチを食べながら、笑みを作った。
「あとは、そうね……。アホハッカーをとっちめるぐらいが仕事かな」
「じゃあ、深町さんの罪も晴れたんですね」
「やってないわけだから、きっと今頃警察も大変なんじゃないかしら。お気の毒様」
 着メロが鳴って、サンドイッチを頬張っていた雛太はポケットから電話を取り出した。
「もしもし」
「CASLLです。そっちへ救援で行けって言われたんですが、住所教えてください」
 雛太は「え?」と一度静止してから、麗子に訊いた。
「一人増えてもいいですか」
「マッチョ?」
「……えーと、そうです」
「大歓迎」
 麗子はぐっと片手で小さくガッツポーズを作った。
 シュラインと雛太が顔を見合わせる。


 麗子のマンションの屋上でお茶を飲んでいた冠城・琉人は、困った顔をしていた。
 今回おそらく裏に小金持ちが潜んでいるとばかり思っていたのに、どうやら犯人はただのハッカーらしい。これは、警察組の二人のネタと如月・麗子達が行き着いた結果と一致する。つまりもしかすると、本当にただの一般市民で……。
 ヘタするとただの中学生の坊やということもありうる。
 そうなってくると、まだ深町・加門を大人しく捕まえて、五十万を取った方が全然よかったではないか。
 空は曇ってきていた。
 同じく琉人の心も雲ってきている。せっかく皆楽しそうにあちこちで遊んで(いるように見える)いるのだから、どこかへ混じっておけばよかったな、などと思う。
 しかし望みを捨ててはいけない。きっと、ハッカーはちょっと金を持った成金大学生だったりして、ぽんと大金を出すかもしれない。
 しかし、ハッカーとなると麗子達の後を追うしか方法がなかった。
 目の前でかっさらう形になるが、やむを得ないか……。
 熱いお茶で喉を潤してから、むずむずとトイレに行きたくなって、お茶の利尿作用がどうにかならないか、琉人はつい考えてしまった。
 深町・加門がスムーズに逃げられるように動いてきた琉人だったが、全て無駄に終わるのか。放っていた霊を引き戻しながら、骨折り損に琉人は溜め息をついた。


「別にあんちゃんに用はないんやけど」
 時雨・ソウは左京に相対しながら能天気に言った。左京も適当な構えでもう一方の男を見る。もう一人の男は目を伏せていて、いかにも影を背負っていた。太刀という名前の男らしい。
「堪忍してや。自分、あのひょろい深町ちゅうあんちゃんに用があんねんて」
「退け」
 左京は懐にしまっていた両手を袖に通して、ニヤリと笑った。
「嫌だ、お前等に恨みはねえが、賭け事なんでな」
 カツンカツンと下駄が鳴った。
 ソウと太刀はまるで何かの芸をするような身のこなしで、突っ込んできた。太刀がまず前方になり、彼が屈んだところにソウが上から飛び込んでくる。思い切り振り下ろされた拳を避けもせず、手の当たる距離に立ったソウの身体を持って左京は生気を吸い取った。
「へ?」
 軽かったソウの身体は、重たくその場に横たわった。
「人間じゃねえな」
 太刀が涼しい顔で言うと、左京はうそぶいた。
「さあな」
 太刀の身体がふと消える。跳んだことに気付くのに二秒かかった。太刀は左京の後ろへ回り、後ろから彼の脛を蹴った。しかし、左京は硬化可能な身体である。太刀の足は弾かれ、彼は片足を抱えて転がることになる。
「試合になりゃしねえじゃねえか」
 左京は面白くなさそうに一つ嘆息した。
 
 
 夕日と萩は、不思議な光景を目にしていた。深町・加門が人通りのない(避けられている)道路で、長身の白人と喧嘩をしていた。しかも、押されている。外人の方は拳銃を持っているが、今のところそれを叩くこと以外には使っていないようだ。
 加門がよろけた後に、ドンと銃声が響いた。
 夕日が上を見ると、マンションの屋上にスコープを覗き込んでいる男がいた。
「萩くん、あっちどうにかしましょう」
「そうですね」
 マンションを上がっていくと、女と男がそこにはいた。
 ライフルを構えているのは司法局の仁枝・冬也、もう一方は同じく司法局の藤堂・愛梨である。
「やめなさい」
 夕日が大声を上げる。警察と名乗らなかったからか、冬也の銃口がこちらを向いた。
「ちょっと冬也」
 愛梨が声を上げる。しかし、冬也はどうやら目的を与えられたら遂行し続けるタイプらしい。
「邪魔者は気絶してもらう」
 そう言って引き金を引こうとする。
 萩は前にいる夕日を後ろへ下げて、瞬きをした。途端に、冬也の持っている拳銃の銃口がぐにゃりと曲がる。
「何?」
 萩は静かに冬也へ近付いた。彼は諦める気がまったくないのか、萩の懐に飛び込んできた。驚いて一蹴してそれを回避し、ついた片足を軸にして冬也の身体を蹴る。冬也はうまく受身を取りながら転がった。
「警察だ、深町の賞金は取り下げられた」
 萩が言う。
「警察? ちょっと待ってくれ。ボクは、司法局の者だ」
 冬也が立ち上がりながら、首を傾げる。
「司法局がなんで賞金追ってだ?」
 萩が不思議そうに聞くと、ソロリソロリと逃げ出す影があった。
「愛梨」
 冬也が相棒の女性を呼ぶ。
「聞いてないぞ、なぜボクが賞金首を捕まえなくちゃならない」
「……あーもう、ただの私の趣味です!」
 愛梨は投げ出すように言った。
 萩は安堵して、夕日を振り返った。しかしそこにはもう夕日はいない。柵のあるマンションから身を乗り出してみると、加門が喧嘩をしている間に夕日が入って行ったのが見えた。


 ぎり、と音がする。
 アンジェラ・テーラーは残骸丸に力を込めた。受け止めている黒・冥月の影は、もちろん刃こぼれはしない。残骸丸に関しても、妖刀なので刃こぼれの心配はなかった。
 アンジェラがもう一度振り下ろそうと刀を掲げた瞬間、冥月は彼女の豪奢な白いドレスを突き破るように、冥月が片手に影をまとって攻撃した。アンジェラは腹にそれを平然と受け止めて、冥月へ刀を振り下ろす。
 冥月は影を伝って彼女の後ろへ回った。普通の体術がアンジェラにまるで刃が立たないのは立証済みだったので、影の刃でドレスごと斬って捨てようという考えだった。
 ドレスは斬ることができたが、アンジェラは身悶え一つしない。
「わたくし、もう行かなくてはならないのです」
 赤いリボンのアンジェラは冥月に申し訳なさそうに言う。冥月はあまりにも頑丈な彼女に、アンジェラを影の中へ引き入れてしまうことを決断する。
「そう言うな。私のもてなしを受けてもらおう」
「深町さまを捕まえてくるだけの契約でしたの。あなたのような、お強い方とやりあうつもりは毛頭ございませんのよ」
 アンジェラはくるりと振り返り、冥月へ残骸丸を振り下ろす。冥月はその全てを影の中へ飲み込み、アンジェラさえも取り込んだ。
「不思議な術をお使いになるのね」
 影の中からアンジェラの声がする。ぎょっとして自分の影を見ると、そこからアンジェラの手が冥月の足首を掴んでいた。
「終わったら出してやる」
「自力で脱出は不可能と思ってらっしゃるのですね」
「無理だな」
 冥月は汗を拭いた。雨が、ぽつりぽつりと降り出している。
 
 
 ジャス・ラックシータスと深町・加門の喧嘩は凄まじかった。別に特殊能力をお互いが使うわけではなく、ただ殴り合っているだけなのだが、二人とも目が据わっていた。
「ちょうどいい、金輪際お前の顔は見たくないと思ってたところだ」
「そんなこと言わないでよ。僕は君のためを思ってやってるんだ」
 言っている二人はボコボコである。再三止めに入っている夕日など、目にも止まらない様子だった。
「いい加減になさいよ! なんであんた達喧嘩してるわけ?」
 ジャスの懐に加門が入る。その瞬間にジャスの膝が加門の顎にヒットする。加門の振り上げた拳が、ジャスの頬を殴った。二人とも、近距離で手を止める。しかし、すぐに再開された。
「深町・加門の賞金は取り下げられたのよ!」
 加門の回し蹴りがジャスに決まりジャスが飛び、加門が着地する。しかしジャスは肩膝を地面について耐え、加門の腹を横から蹴った。
「私を取り合って喧嘩をするのはやめて!」
 どさくさに紛れて夕日が叫んだ。二人とも聞いちゃいない。しかし、おずおずと夕日の隣にいた萩が冷たくささやいた。
「全然関係ないじゃん」
「うっさいわね、ノンキャリは黙ってなさい」
 きっと夕日が萩を振り返る。
 降り出した雨は俊敏な喧嘩から緩慢な変な殴り合いになっている二人にも、夕日も萩も濡らしている。
 夕日は折り畳み傘を出そうかと思ったが、なんとなく不謹慎なのでやめた。
 やがて喧嘩は加門が負けて終わり、ジャスが加門の片手を首の後ろへ回して歩き出した。
「ちょっと、なんで喧嘩してたのよ」
「え? ……なんでだっけ。カモン」
 加門は何も言わない。
「君達誰?」
「私は警視庁の神宮寺・夕日。こっちは青島・萩くんよ」
 ジャスはひぃと引いて、つっかえつっかえ言った。
「け、けいさつなの? カモンを捕まえるの、僕を捕まえるの?」
 逃げるように退くので、夕日は慌てて言った。
「だから、捕まえないって言いに来たのよ」
「そう……よかった」
 加門のクーパーが見えていた。そこには、冥月と左京が立っていた。二人とも濡れているが、なにやら楽しげに話しをしている。
「ビリだぜ、加門」
 しかし加門の反応はない。
「うへ? そんなに強敵だったのか? もしかしてこいつ弱いとか?」
「そんなことはない」
 冥月が訝しげな顔になる。
 ジャスは笑って答えた。
「ちょっとお互いヒートアップしちゃって。やり過ぎちゃった」
 金髪の髪が濡れてロングヘアーになっている。
「あ、警察の姉ちゃん、青島も」
 左京が後ろにいる二人に気付いた。
「深町・加門の賞金が取り下げられたわ。この騒ぎはこれでおしまいよ」
 冥月はボンネットに片手をついて訊いた。
「なんだったんだ? 一体」
「ハッカーの仕業よ。クラッカーって言うのかしら……深町・加門以外の被害者も出てるわ。あっちこっちの換金所は誤認捕獲でてんやわんやなの」
 加門の携帯が鳴った。ジャスがポケットから勝手に取り出して、着信を見る。
「あ、麗子だ」
 ジャスは携帯電話を操作して電話に出た。


 麗子のマーチの運転席にはなぜか雛太が乗っていた。隣にはシュラインだった。
 そして後部座席には、麗子とCASLLが座っている。
「快適快適」
「そうね」
 なんとなく、居心地が悪かった。
 後部座席の麗子のCASLLへ猛烈アタックは、非常に恐ろしいものがある。シュラインとしては、見習いたいような絶対見習いたくないような、そんな心持だった。
「もしかして、金髪の女は嫌いですか」
「いえ、そんなことは」
 麗子はどんな怖い顔でも問題なしらしい。
「俺、マッチョ目指そうかな」
「え、え?」
 シュラインは狼狽した。
「嘘だけど」
「……そうよね」
 後ろの会話は、ぎこちないCASLLによって加門達に及んでいる。
「加門さんとは、どういうお知り合いで」
「お友達なの、なんていうのかしら? 腐れ縁? 気にしないでね、全然そういうのじゃないから」
 そういうのって、どういうのかしら。
 ついつい途方に暮れながら考える。そうこうしている間に、車は目指していた一軒家に辿り着いた。外は雨が降り出していた。まだ、ワイパーを振るほどではない。
 家の前に車を置き、麗子はうーんと考えてからインターフォンを押した。
「はい」
 出た小さな子供の声に、麗子が巧みに答える。
「インターネット環境とコンピューターについてのアンケートを行っております。抽選で新型アイブックを差し上げるキャンペーン中です」
 すると、ゆっくりと扉が開いた。
 麗子はCASLLを連れて歩いて行き、彼を盾にするようにして言った。
「おいたが過ぎたわよ、ぼうや」
「ひ、なんだよ、このおやじ」
「おじさんはね、あんたみたいな幼稚で小ずるいハッカーを退治して回ってるのよ」
 シュラインと雛太が後ろで見ている横に、冠城・琉人が現れた。すいすいと中へ入って行って、CASLLの前から中学生ぐらいの少年の胸倉をゆっくり掴み、顔を近づけて言った。
「あなたが犯人ですか。……まったく、人騒がせにも程があります」
 途端、玄関ではないどこかの部屋で音がした。
 琉人はニッコリ笑った。
「あなたの家の全ての部屋は今成仏できずに苦しんでいる霊魂だらけです。お気の毒ですが、一晩じっくり楽しんでくださいね」
 琉人は庇に手をかけて、シュラインの隣までやってきた。それから雲の覆っている空を見上げた。
「もう秋雨前線が来ましたね」
「今年は秋が早いですね」
 シュラインは冠城・琉人の人の良さそうな顔を見上げ、彼がどうやって事件に絡んでいたのか考えた。
 麗子が携帯を取り出して電話をした。
 おそらく、深町・加門の元へだろう。


 ――エピローグ
 
 冠城・琉人は苦い顔をしていた。場所はとあるホテルのロビーだった。全員が、琉人の持参したお茶を飲んでいる。
「ええ、実はそうなんです」
 琉人が残念そうに言う。
 話しは、加門があれだけ賞金稼ぎ仲間の内で嫌われているのに、なぜ追っ手があまりなかったのかという話題だった。琉人が霊を使って追い払っていたのだと判明したところだ。
「ずっと気になってたんだけど」
 雛太は熱いお茶には口をつけず、なんとなくソワソワして庭園に目を向けている。
 赤い布を敷いたベンチは和風で、広がる庭は日本庭園だった。こんな場所が東京にあったのかと加門は思った。雛太でなくとも、なんとなく尻の座りが悪い。
「大隈って、誰」
 言った瞬間に雛太の右隣に座っていた加門が思いっきり雛太の頭をペシンと叩いた。加門は叩いた後、手加減をしなかったことに気付いてはっとした。
「あ、わりぃ……大丈夫か」
「やあねえ、手加減のできない猿は」
 窓の外を目を細めて見ている麗子は、ふふんと笑っている。もちろん、麗子の隣にはCASLLが座っていた。CASLLも居心地が悪そうだった。
「しかし、あのときの女は強敵だったぞ」
 冥月が思い出したように言った。話題が変わったので、加門はほっとした。
「俺、よく覚えてねえんだよな」
 加門がつぶやくと、斜め向かいに座っているジャスが目をぱちくりさせる。
「あんなに語らったのに?」
「……どこら辺が語らってたわけ?」
 夕日が髪の毛を整えながら言う。それに対して、萩がつい笑った。
「私のために争わないでは笑った」
「うるさいわよ、ノンキャリ!」
 左京が茶を美味そうに飲んでから、不可思議な顔をした。
「なんじゃそら」
 シュラインがお茶を上品に口へ運びながら、しみじみと言った。
「なんかね、今回は深町さんが隠れてさえいればよかったくたびれ儲けよね」
 琉人がお茶を両手に持ったまま、うんうんとうなずいた。
「まったくです」
 加門が「俺が悪いってのか」とうなると、冥月が短く「そうだ」と肯定した。
 雛太がようやく痛みから復活してくる。
「いつかみてろよ」
 小さな雛太が加門を見上げて言った。加門はからから笑って、「いつかな」と誤魔化した。
 

  ――end
 
 
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1570/青島・萩(あおしま・しゅう)/男性/29/刑事(主に怪奇・霊・不思議事件担当)】
【2209/冠城・琉人(かぶらぎ・りゅうと)/男性/84/神父(悪魔狩り)】
【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23/大学生】
【2349/帯刀・左京(たてわき・さきょう)/男性/398/付喪神】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【3453/CASLL・TO(キャスル・テイオウ)/男性/36/悪役俳優】
【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/24/警視庁所属・警部補(キャリア)】

【NPC/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】PC登録してあります。
【NPC/如月・麗子(きさらぎ・れいこ)/男性/26/賞金稼ぎ】
【NPC/ジャス・ラックシータス/男性/30/賞金稼ぎ(もぐり)】

ゲスト

 斎藤晃WRさま
http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=1011
【NPC/仁枝・冬也(ふじえだ・ふゆや)/男性/28/TOKYO−CITY司法局特務執行部】
【NPC/藤堂・愛梨(とうどう・あいり)/女性/22/司法局特務執行部オペレータ】

 なちWRさま
http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=716
【NPC/時雨・ソウ(しぐれ・そう)/男性/20/自称軽業師見習い】
【NPC/太刀(たち)/男性/29/曲芸師】

 ミズタニILさま
http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=968
【アンジェラ・テーラー/無性別/666/裏社会の用心棒】

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■         ライター通信          ■
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「ダブル・ハント」にご参加いただきありがとうございます。
文ふやかです。
今回は追っ手側がいないということで、急遽クリエーターさまのNPCをお借りしてお送りしました。よかったよくなかった、と色々ご意見があると思いますが、楽しんでいただければ幸いです。
導入部だけでずいぶん書いてしまったので、気が遠くなる長さです。申し訳ありません。皆さんがよく描写できていればよいのですが!
NPCの借用を承諾して下さったお三方、ありがとうございました。

ご意見、ご感想等お気軽にお寄せ下さい。
また、お会いできることを願っております。

 文ふやか