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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


腹切刀 〜その物、危険につき〜

キラン
「腹切刀、というをの知っているか?」
黒眼鏡を鈍く光らせながら、紅月・満が呟く。
「ハラキリ……なんですか?」
商品の整理をしていた白月・昇がそれを聞いて返した。
「持つと人を切りたくなる刀、というのはどこにでもあるが、この腹切刀は違う」
そう言うと、自分の腹を指差す紅月。
「持つと腹を切りたくなる。自責の念にかられて、腹を切ってしまいたくなるのだ」
ツゥ、と腹を人差し指で真一文字に撫でる。
「ある意味危ない刀ですね……あ」
自らの言葉の意味に気づく昇。"危ない"、それが、紅月を動かすキーである。
「危ないものはRedMoonへ、という事で、買って来い」
何気無く置かれた札束、ざっと数えて200万は越えている。
「……どうしたんですか?こんな大金」
「なに、怪異を退治する機関に相談したら、金をくれた、それだけだ」
事も無げに言い放つ紅月。昇はただ苦笑するばかり。
「で、買って来いって事は、売りに出されたんですか?その腹切刀」
「四日後、オークションに出される」
「じゃあ、買えない可能性もあるじゃないですか」
文句を言う昇に、ぽんっ、っと札束を放る紅月。
「買えなければ買った奴と相談してとにかく回収しろ、最悪新しい持ち主が腹切った後でもいい」
「そ、そうですか……」
紅月の危険物好きは今に始まった事ではないが、これほど強引なのも珍しい。
「何か、腹切刀に思い入れでもあるんですか?」
「ん、いや、無いが……」
言葉を切り、人の悪い笑みを浮かべる紅月。
「幾人もの腹を割いてきた腹切刀、一度振るってみたいじゃないか」
「結局趣味ですか」
小さく溜息をつきつつ、オークション慣れした人間居ないかな、と内心考える昇だった。

「いやはや、まさかあの『最速の貴公子』様がいらっしゃれるとは」
 ニヤニヤと笑みを浮べてくる男に鷹揚に肯いてみせる蒼王・翼。
「それにしても、あの妖刀を見たいとは、どうしてまた?」
「少し、興味がありまして」
 少し怖い笑みを浮べて、それ以上の詮索を許さない翼。気を悪くしたのか、と男が不安げな視線を向ける。
「そ、それにしてもですな、あの刀は見ていて惚れ惚れしますな。触ってはならぬという迷信があるので、触らぬようにはしているのですが」
「それが良いですよ、触らぬ神に祟り無し、です」
 少し強い口調で言い放つ。あの刀は"本物"であり、常人が扱える代物でなない。
「はぁ……あ、ここでございますよ、はい」
 ショーケースの並ぶ中を歩いてきた翼と男だったが、その一番奥で立ち止まった。
「これが、無銘妖刀でございます」
「ふむ……」
 翼の目の前にあるそれは、一見して普通の美術品にしか見えない。しかし、少し感覚を研ぎ澄ませれば、何かの気配が感じられた。
「では、キミは暫く向こうへ行っていてください」
「は?」
「向こうへ行ってください、と言っているんです」
 少々強引な手だが、腹斬刀を静めるのはこうするしかない。釈然としない表情の男を見送ると、ショーケースの蓋を外す翼。
 翼の手にとられ、抜き放たれた腹切刀は、その刀身に翼の顔を写す。それを見つつ、浄化の力を解放した翼。
「これで、大丈夫――」
 呟く自分の声がやけに遠くに聞こえ。視界が光に包まれた。

 目を開ければ、翼はやけに古い日本の街並の中に立っていた。それは、東京というよりも。
「江戸……?」
 首を傾げる翼。気付けば、自分の服装も洋装から和装になっている。
「しまった……取り込まれたか」
 腹切刀の邪気の中に取り込まれた、と考える翼。ならば、邪気を切り裂けば外に出られる。
 邪気を切り裂く為には、剣が必要。ここが江戸ならばそれくらいあるだろう、と一歩踏み出した翼。
 瞬間、周囲の風景が歪む。
「っ……ここは」
 一瞬にして、翼はどこかの屋敷の中庭に立っていた。
「むぅっ」
 男の声が聞こえる。視線を巡らせた翼の目に、着物をはだけ、刀を腹に向けた侍の姿が見える。切腹するにしては長い刀の中ほどを持ち、侍が己の腹に刀を突き刺した。
「っ」
 翼の見ている前で息絶える侍。血が、畳に染み込んでいく。
「どうなってるんだ……」
「……む、曲者っ!」
 侍に見入っていた翼の周りを、何時の間にか刀を持った侍が取り囲んでいた。
 切りかかってくる侍の刀を避け、腹に一撃を叩き込む翼。しかし、違和感に眉をひそめる。
「体が、重い……」
 翼の身体能力は、人間を遥かに凌駕している。しかし、今の翼の動きはどう見ても人間並みだった。気付けば、侍を殴った手も痛みを訴えている。
「っ……引くか」
 何らかの理由で能力を封じれらていると確信した翼。侍の刀を奪い取ると、虚空を斬り付ける。
 ザァァァァ。
 刀が空間を切り裂き、その奥に光に満ちた空間が見える。他の侍達が驚いている間に、そこへ飛び込んだ。

 ハッ、と気が付くと、腹切刀を手にしたままの自分の姿に気付く。元の場所に戻って来ていた。
「……くそっ」
 思わず汚い言葉を吐きつつ、忸怩たる思いに駆られる翼。闇の狩人たる自分が、逃げ帰る事しか出来なかった。
 腹切刀を元に戻し、ショーケースの蓋をする。
 その場を後にする翼の顔には、怒りが滲んでいた。

「さて、と。本当に腹切刀はあるのかねぇ」
 オークション会場に和服のまま現れた鈴木・千早。適当な席につきつつ、成り行きを見守る。
 次々と出される品は、熱気と共に落札されていく。何度目かの商品で、それは出た。
「上矢様より出品の、無銘妖刀」
「あれか……」
 刀から発せられる気配に、あれが腹切刀だと確信する千早。手持ちの金は200万。これで何とか落札しなければならない。
「80万よりまいります、それでは」
「90万!」
「95万!」
 交わされる掛け声を慎重に聞きつつ、タイミングを窺う。相手の競争力を削ぐ、絶好のタイミングを。
「160万!」
「……それ以上の方はいらっしゃられませんか?」
 ここですぐに反応してはいけない。買おうか買うまいか迷う。その一瞬の隙をついて。
「200万!」
 千早の掛け声に、周囲が息を飲む。
「……それ以上の方はいらっしゃられませんか?」
 沈黙が会場を支配する。
「それでは、鈴木千早様落札で」
 コン、と木槌の音が響いた。

「で、しっかり買ってきた」
「うむ、感謝する」
 無駄に偉そうに肯くと、布に包まれた腹切刀を受け取る紅月。
 ここは、紅月堂地下の武道場。そこで汗を流していた紅月に、千早が声をかけたのだった。
「それで、ちょっとお願いがあるんだがね、紅月堂よ」
「む……何だ?」
 いぶかしむ紅月に、ニヤリと笑ってみせる千早。
「その"腹切刀"。ちょっと見せてくれないか?」
「そんな事か」
 軽く言い放つと、布を剥ぐ紅月。鞘に入った腹切刀を抜き放つ。
「ほぅ……」
 思わず、千早の口から溜息が出た。刃の煌きを見れば、妖刀と言われたのも肯ける気がする。
「悲しい、な……」
 刀身を眺めて、紅月が呟く。
「この刀からは、どうしようもない悲しみが伝わって来る」
 そう言う紅月の声が震えている。その様子に僅かな危機感を覚える千早。
「何故、悲しい……」
 刀に問い掛ける紅月。勿論刀が返事する筈が無いが、紅月は何かを察したのか肯く。
「そう、か……」
 次の瞬間、刀が閃いた。
 ギリッ。
「危ないな、紅月堂」
「……すまん」
 自らの腹に刀を付き立てようとした紅月の腕を、千早の遣う目に見えぬ鬼がしっかりと止めていた。
「こういう武具にかけては東京一のあんたが呑まれる程、この刀ってのは危ないのか?」
「……この刀に込められた想いは普通ではない」
 刀を鞘に収めつつ、紅月が呟く。
「人は、どういう時に強い想いを抱くか知っているか?」
「そりゃあ、人それぞれだろうよ。失恋したとか、受験に落ちたとか」
「そう……」
 一旦言葉を切ってから、口を開く紅月。
「人の想いは、何かが崩壊した時にこもりやすい。そして、それの最たるものが……」
「人が、死んだとき、かい?」
 千早の言葉に大きく肯く紅月。
「この刀の持ち主は、この刀で腹を切った。その時の悲しみが、この刀に宿った」
「……普通、そう言うときに感じるのは怒りなんじゃないか?」
 千早の問いに、小さく肯く紅月。
「普通はそうだ。そして、怒りの感情のこもった刀は、持つ者に人を斬らせる妖刀となる」
「でも、こいつは違った」
「あぁ……何故だか分るか?」
 紅月の問いに、少し考えて首を横に振る千早。
「それは、この刀の持ち主が優しかったからだ」
「どういう意味だよ」
「優しかったからこそ、その刃は他人ではなく自分に向けられた」
 再び刀を手に取り、置かれていた人間大の藁人形の前に立ち、居合の構えを取る紅月。
「だから、この刀は――」
 ザッ!
「自分以外の何も斬れない」
「へぇ……確かにこりゃ妖刀だ」
 紅月の抜刀術で斬られたかに思った藁人形は、そのままの形で立っていた。
「それで紅月堂よ、その刀、どうするんだい?」
「練習用に使うとしよう」
 壁の刀掛けに腹切刀を置く紅月。
「時期が来れば、この刀の想いを晴らしたいと思うがな」
 呟きながら、千早の方を向いて笑顔を浮べる紅月。
「さて、次の品なのだが――」

「手紙、か……」
 自分充てに届いたファンレターの中から、毛色の違う便箋を見つける翼。
 差出人は、紅月満。
「何の用だろう」
 呟きながら、あの時の事を思い出して不機嫌な顔になる翼。まさか、あれを見られていたのではないだろうか、と思いつつ中身を見る。
「……まさか」
 その予想が当たっているのを読み取って、翼が苦笑を浮べる。どういう手を使ったのか知らないが、紅月は翼の行動を見ていたらしい。
「『君が"想い"の中で自由に動けなかったのは、君の心がそこまでの余裕しか持っていなかったからだ』か……っ」
 便箋を破り捨てたい思いに駆られながら、最後まで読み進める。
 『自分の心を鍛えたかったら、これからも宜しく』
 そう締めくくられた手紙を机にしまって、翼は窓から外を見る。
「僕の心は、そんなに弱くない……」
 呟く翼の言葉は、僅かに揺れていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 3624/鈴木・千早/男/23/作家
 2863/蒼王・翼/女/16/F1レーサー兼闇の狩人
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■         ライター通信          ■
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RedMoon〜紅月堂〜 初ノベル、如何だったでしょうか?
ここがよかった、ここをもっと良くして欲しい、などありましたらお気軽にお手紙くださいませ

千早様は初めての御参加、ありがとうございます。キャラらしさが出ていましたでしょうか?
翼様は二度目の御参加、ありがとうございます。今回は苦悩して貰いましたが、いかがでしたでしょうか?

それでは、また次のお話でお会いしましょう