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<PCシナリオノベル(シングル)>


暴殺者(謀殺者)

●序

 手段を知らず、方法が分からず、自らの力しか手にしておらず。

 草間は目の前に立つ男を見つめながら、ぎゅっと掌を握り締めた。
「そんなに緊張しないでくれないかな?」
 男はくすりと笑う。冗談じゃない、と草間は心の中で毒づいた。
 男はこの狭い興信所内においても全く隙を作る事なく、平然と立っている。そして、くすりと笑っているその表情を何一つ変える事なく、いざとなれば人を殺す事すらも厭わないであろう。今までの経験から、それは想像ではなく確固たる事実であった。
 草間は拳を握り締めたまま、そっと口を開いた。
「……まあ、いい。一体どういった用だ?」
「ああ、言い忘れる所だったね。僕は、帚木・九図(ははきぎ くず)だよ」
 九図はそう言うと、開いたままであった興信所のドアをパタンと閉める。
「……さぁ、踊ろう。殺しを壊し、狂いを喰らい、暴殺を暴食せよ」
「……何だ?それは」
 物騒な言い回しに、草間は思わず眉間に皺を寄せる。九図はそんな草間を見てまたくすりと笑った。
「と、まぁそれが僕らなんだ。つまりは……」
「密やかな、暗殺集団か何かか?」
 草間が後を続けて言うと、一瞬九図はきょとんとし、それからくつくつと笑う。
「よく、分かったね」
「慣れているからな、こういう状況には。……酷く不本意では有るが」
「なるほど」
 一通り九図は笑い、それから再び草間を見つめて口を開いた。
「実は、仲間の一人がそっち側の住人を何十人も殺し始めたんだよ」
 草間はふと思い出す。新聞に小さく載っていた、連続殺人事件。
「……まさか、あれが……?」
 そんな草間の様子に気付き、九図は苦笑する。
「そう、だんだん隠蔽しきれなくなってきたんだ」
 それでか、と草間は納得した。連続殺人事件にしては、記事が小さすぎるように思っていたのだ。ふとすると、気付かずに読み飛ばしてしまうのでは、と思ってしまうほどの小さな記事だったのだから。
 そうして、草間は気付く。そういう話が出て、そういう展開で……。だとすると、依頼は一つの可能性を帯びているという事に。
「……ちょっと待ってくれ。まさか、それを止めろとか言う訳じゃないだろうな?」
 九図は冷たく微笑みながら頷く。冗談じゃねぇぞ、と草間は心の中で嘆いた。相手は暗殺集団のうちの一人、しかも何十人もの命を奪っているのだ。簡単に止める事が出来るとは、到底思えない。
「そうそう、止めて貰う張本人を教えてなかったですね」
 草間の嘆きも知らずに、九図は話を進めた。もう逃れられぬ。草間は諦めの溜息をつきながら、九図の言葉を待った。
「『あれ』は、こう呼ばれています」
 九図は冷たい目を草間に向け、口元だけで微笑む。
「『蹂躙する否定』……クリーンミステイク、と」
 世界が、一瞬……ほんの一瞬だけ、緊張を帯びたように感じるのだった。


●者

 ただ、ただ。思いだけが蓄積されていく。舞い散る花弁のように。

 桐崎・明日(きりさき みょうにち)が草間に呼ばれたのは、ほぼ運命と言っても間違いがなかった。明日は黒髪をかきあげながら、銀の目を鋭く光らせる。
「帚木……そう、名乗ったのですね?」
「ああ。常人が手におえるとは思えない依頼だったんでな、お前ならばと思ったんだが」
 草間がそう言うと、明日はくすくすと笑う。
「草間さんにしては、いい勘をしています。……俺に連絡した事、ほぼ間違いではないですよ」
 明日はそう言いながら、再びくすくすと笑った。草間はふと、既視感を感じた。明日の立ち方や振舞い方は、先日の九図を思い起こすのだ。尤も、九図ほど露骨ではなかったが。草間は意を決し、そっと口を開く。
「……桐崎、お前まさか先日のあの男と……」
 何か係わり合いが、と聞こうとする草間の言葉を、明日は遮って口を開く。
「桐崎」
「……?」
 不思議そうな顔をする草間を放り、明日は続ける。
「桐壺、逆月、病月、宿木、帚木、虚栗、空栗、徒然……そして橋姫」
「……何だ、それは」
 草間が尋ねるが、明日はそれに対して意味深な笑みを浮かべるだけだった。
「草間さん『蹂躙する否定』と、そう言ったんですよね?」
「え?……あ、ああ」
「ならば、俺は全力で止めなければなりませんね」
 明日はそう言い、ぐっと拳を握り締める。
(そう、全力で)
 明日はゆっくりと草間に背を向け、ドアへと向かう。行き先は分かっていた。相手が『蹂躙する否定』というのならば、一つしかないと明日は感じていた。
「桐崎」
 明日の背中に草間が声をかけた。明日は足を止めたが、振り返らない。
「気をつけろよ」
 ただ一言だけ、草間はそう明日に言った。明日は振り返らないまま、手だけをひらひらと振って草間に応えるのだった。


(面倒な事になりましたね)
 明日は草間興信所を後にし、一つ溜息をついた。
(帚木と戦闘をするということは、本当に……)
 明日は帚木のことを思い返し、また一つ溜息をついた。『暴殺軍団』である帚木。一番性質が危険な組織であったように、記憶しているのである。
(大体、どうして隠蔽しきれないんでしょうか?)
 隠蔽の為に、『十色』という組織が居た筈だと、明日は思う。十色に頼めば、街一個体の隠蔽でさえも可能であった筈である。
「それなのに……隠蔽しきれていないとは」
 草間が見ていた新聞に載っていた、小さな小さな記事。運悪くその場に居合わせてしまった人たちに対して申し訳程度に何かが起こったことを納得させ、そしてまた、小さな記事である為に殆どの人間が見過ごしてしまうと言うこと。それはある意味隠蔽と言えなくもなかったが、決して完全な隠蔽作業とはいえなかった。詳しく調べられる可能性が、ゼロだとはいえないからだ。
(十色が関わっていないとでも……?)
 それもまた、可能性の一つではあったが、結局の所実際に行ってみなければ分からない事だらけだ。
「足を……足を、踏み入れなければならないようですね」
 明日はぽつりと呟き、常に身に付けている極細の糸と、通常のものよりも数倍大きな飛針があることを確認する。
「蹂躙する、否定……!」
 明日はぐっと拳を握り締め、足早に歩き始めた。深く足を踏み入れるために。


●殺

 手を伸ばせども、いつまで経っても掴めぬものなのかもしれない。

 明日は目の前に広がる木々を見つめ、ぐっと拳を握り締めた。
「ここ、ですね」
 それは、名古屋にある森であった。地元の人でさえ近付かぬ森だ。別に曰く付きだとか、神域であるとか、樹海であるとか、そういうものではない。ただ、暗黙の了解のように誰も森には近付かないのだ。
(この森に、足を踏み入れるとは思ってもみなかったんですけど)
 明日は苦笑する。が、次の瞬間にはっとして後ろを振り返った。背後に気配を感じたのだ。……否、完全な気配とはいえない。ただ、人が居るのではないか、という勘だけだ。明日は飛針を握り締め、人が居るのではないか、と思った方向に向かって振りかざす。
「……よく、分かったな」
 手には、刃のついた鉄製の団扇。
「分かったんじゃないですよ。……何となくの、勘です」
 明日の飛針を受け止め、柔らかく笑う。
「勘でも、充分だ。……流石は『最悪』」
「よくも抜け抜けと出てこられたものですね」
 明日は小さく舌打ちし、睨みつける。目の前に居るのは、帚木が一人。『蹂躙する否定』である、帚木・積木(ははきぎ つみき)である。
「抜け抜けと……?」
 積木はそう言ってくすくすと笑った。明日の眉間に、深い皺が刻まれる。
(不愉快ですね)
 明日はぐっと飛針を握り締め、団扇を跳ね返す。積木はいなされたことを大して気にする事なく、すぐに応戦態勢に入った。全く隙のない動きである。
(流石、暴殺集団の一人)
 明日もすぐに戦闘態勢に入り、地を蹴って積木へと向かって行く。が、積木はそれを受け止める事もなく、地を蹴って森の中に入っていく。
「しまった……!」
 明日は慌てて森の中に入っていこうとする積木を止めようとしたが、叶わなかった。完全に森の中に入ってしまったのを確認し、大きな溜息をついた。
「森の中は……積木の得意とする超接近戦に有利じゃないですか……」
 明日は再び舌を打つ。この森を拠点として動いていることは分かっていた。この森に慣れ親しみ、この森での戦闘を得意としていることも分かっていたのだ。
「……くそっ」
 明日は吐き捨てるように言うと、森の中に向かって走った。森の中での戦闘を行った事のないわけではなく、また森の中の戦闘が苦手と言う訳ではない。ただ、相手が得意としていると言う、それだけなのだ。
「完全に、こちらが不利とは言い難い筈です」
 明日はそう小さく呟き、飛針を握り締める。接近戦を仕掛けてくるのならば、飛針で攻撃を受け止めるのが一番妥当だ。銃器など、このような視界の悪い場所では、もっての外だ。
(俺がこの場所に来た理由を、知っている筈です)
 明日は思う。でなければ、あんなに早く反応して出てくるはずがない。
(ならば、一気にカタをつけようとしてくるかもしれませんね。……自分を阻止しようとする相手に向かって)
 明日がそう思った瞬間、影が動いた。否、完全に見えたわけではない。これもまた、直感でしかない。帚木を初めとする暗殺者集団が、自らの気配や影を相手に知らせる筈がない。となると、明日の中にある暗殺術の感性を信じ、直感に頼って応戦するしかないのだ。
 明日が振り向き、すぐに飛針で応戦すると、カキン、という涼やかな音が森の中に鳴り響いていった。金属と金属の競り合う音である。
「流石。今のを受け止めるとは」
 積木は団扇で飛針をぎりぎりと押さえつけながら、にやりと笑った。
「自分の利に持ち込んでおいて、何を言い出すんですか」
「自分の利に持ち込むのは、常識だ」
 その尤もな言葉に、明日は小さく舌打ちする。極細の糸を素早く取り出し、積木に向かって放つ。動きを封じる為に。だが、積木はそれを軽々と切り抜け、その間をぬって団扇を振りかざしてくる。
「さすが、目の付け所はいい」
 積木はそう言うと、団扇で明日に向かって切り付けてきた。明日はそれを飛針で何とか応じ、いなしていく。
「やはり、キミは筋がいい」
「そんな風にいうくらいなら、さっさと倒れてくれませんかね?」
「それは無理な注文だ」
 積木はくすくすと笑うと、明日が応じ、いなしていた飛針を強く突き放す。
「……くそっ!」
 明日が毒づいたが、既に遅かった。飛針は明日の手を離れ、近くに生えていた木に指されてしまった。代わりの飛針を出す暇もなく、積木の団扇が襲い掛かってくる。そして明日の頚動脈のところで、ぴたりと団扇は止められた。
「……何の真似ですか?」
 ぐっと飛針を構える隙を窺いながら、明日は積木に尋ねる。
「そう言えば、聞いてなかった。キミはどうしてここに来た?誰に頼まれて?」
「……帚木が一人、九図という存在だと、俺は聞きましたが」
「九図?……そんな訳は、ない」
「……でも、確かに」
「九図という人間は、帚木の中にはいない」
(どういう、ことですか?)
 明日はごくりと喉を鳴らす。
(九図という人間が帚木の中に居ないとなると……仲間内での抑制依頼ではないということですか?)
 ならば、と明日は考える。隠蔽作業も不完全であり、仲間内ではなく他の所からの抑制依頼。それが意図しているところは、一つしかない。
(他集団による、抑制……?)
 そういった策略を考え付く集団は、これもまた一つだけ。策略集団である『宿木』である。
(宿木のうちの誰だかは知りませんが……不愉快ですね)
 しかし、依頼を請け負ったのは間違いがない。そしてまた、こうして目の前にいる積木が表側の人間を何十人も殺しているという事も。
「……俺も、一つ聞きたいんですけど」
 明日はそっと口を開く。
「何だ?」
「何故、表の住人をたくさん殺したんです?」
 明日が尋ねると、積木は一瞬きょとんとし、それからくつくつと笑い始めた。
「理由……理由を私に尋ねるのか……!」
「何も理由がないというわけではないでしょう?」
「暴殺者には、理由なんてない」
 積木はくつくつと笑う。その間にも、明日の頚動脈に当てられている団扇から注意を逸らす事はない。
「だが……一つだけ理由をあえて挙げるというのならば……会ってみたくなったからだ」
「会ってみたい……?」
 怪訝な顔をする明日に、積木は再び笑う。目に密やかな狂気を帯びて。
「究極の美、絶対の禁忌」
(……まさか……!)
 明日はぐっと奥歯を噛み締める。それに気付かぬまま、積木はにやりと笑う。
「最狂(サイクル)にね……!」
(……最狂……!)
 明日の脳内で何かが破裂するような音が、ぱちんと、鳴り響いた。


●暴

 衝動が突き抜ける。鼓動が響き渡る。それほどまでに焦がれる胸が狂おしい。

 明日の目の前が、一瞬だけ真っ白になった。静寂な森の中で、どくどくという自らの心臓の音だけが響いているかのようだった。
「私はどうすれば彼女に会えるかは分からない。ならば、自分が知っている手段を使うしかないじゃないか」
 雑音が響くと、明日は思った。聞こえていたのは自分の鼓動だけだったのに、それに雑音が邪魔を申し出てきたのだ。限りなく、不愉快なノイズ。
「表だろうと裏だろうと、やる事に大差はなかった。ただ、手段として成り立つのならば、表の人間だろうと思っただけだ」
(ああ、煩いですね)
 明日は素早い動きで極細の糸を放ち、積木があてていた頚動脈から離させた。突然の出来事に、じり、と積木は一歩後ろに下がる。
「……そうですか」
 ぽつり、と明日は呟いた。そして、木に刺さってしまった飛針の代わりとして取り出していた新たな飛針をゆっくりと構える。
「ならば、てめぇが『最悪』じゃなくても……全力で完膚なきまでに止めなきゃいけませんね」
 明日はそう言うと、ゆらり、と体を揺らす。積木は次に来るであろう攻撃を予測し、団扇を構える。
「……遅いんですよ」
 明日はそう言うと、くすりと笑いながら素早く態勢を低くして積木に足払いする。積木は完全には倒れなかったものの、少しだけ態勢を崩してしまった。常人相手ならば暗殺の仕事に全く影響の出ない程度の、態勢の崩れ。
(貰いました)
 しかし、明日にとっては充分な崩れであった。
「ちっ……!」
 勢い良く振り下ろされた飛針を僅かに頬に受けながら、積木は舌打ちする。つう、と赤い一筋の傷ができてしまう。だが、それに構っている暇すら与えられなかった。許されたのは、団扇を構え、明日の攻撃に応じるというそれだけだ。
 カキン、と涼やかな音が森中に響いていく。そして、リズム良くその涼やかな音が続いていく。
「彼女に会いたい、ですか?冗談じゃ有りませんよ……!」
 明日はそう言い、極細の糸を放って辺り一面に張り巡らせる。動きを封じ、間合いをはかり易くする為に。
「……小賢しい真似を」
 積木はぽつりと呟き、糸を切断していく。その間にも放たれる攻撃を避け、受け止めながら。
「もうどうだっていいんですよ、どうだって!」
 際限なく繰り出される、的確な技たち。
「何が起きていようが、何かが裏に隠れていようが。何があろうとも、どうだっていいんです!」
 受け止めていく積木の動きが、だんだん押されていく。
「思ってはいけないのに、気付いてはいけなかったのに……!」
 キイィン!強い金属音がし、積木の団扇が天高く舞う。
「求めてはならかったんですよ」
 明日は飛針を積木の喉元に向け、言い放った。積木は目を見開きじっと明日を見つめていたが、突如大声で笑い始めた。あはははは、と。
「殺すがいい。それで、私の思いの連鎖は断ち切られる」
(会いたいと思う心が)
 連鎖だと言うのならば。
(焦がれる衝動が)
 続いていくと言うのならば。
(膨れ上がっていた切なる願いが)
 このまま肥大していくと言うのならば。
(いっその事、全てを断ち切ってしまえばいいと……!)
 それは、明日の心の中にも潜む思い。
「さあ、連鎖を解き放てばいい!」
 積木はそう言い、目を閉じた。だが、喉元に熱い衝撃が走る事はなく、ただ体中を極細の糸に捕らわれただけであった。
「……殺すのではなく、止めるとしか聞いてないですから」
 明日は湧き上がってくる衝動をどうにか押さえ込み、それだけ言った。積木はそれに対し、何かを言おうとし、結局何も言わなかった。明日はぐっと拳を握り締め、空を仰ぐ。木々の隙間から零れ落ちてくる日の光を、少しでも得ようとするかのように。
(サイクル……)
 心の中で、明日は呟く。全てを超越したかのような、思いを抱えながら。

●結

 何もかもが残されたまま、静かに幕が下りようとする。何も始まってもいなかったのに。

「止めてくれたか」
 帚木・九図と名乗った男が、ぽつりと呟いて微笑んだ。
「やはり、止めて貰わないといけなかったからね」
 実際の名は、帚木・九図ではない。暗殺集団帚木の手のものではなく、明日の予想した策略家『宿木』のうちが一人、宿木・堤(やどりぎ つつみ)であった。
「それにしても、桐崎が出てくるとは……」
 堤はくすくすと笑った。
「あの怪奇探偵とやらも、役に立つじゃないか」
 堤はそう言い、酷く可笑しそうに笑ってからその場を後にした。口元に、冷たい笑みを携えたまま。

<連鎖は止める事が叶わないまま・了>