コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


偏食殺し


 ――プロローグ

 依頼人は入って来た早々に言った。

「しらたきを、しらたきをください」

 鬼気迫る様子で叫ばれて、草間・武彦は一瞬頭がまっ白になった。依頼人は中肉中背の男性で、背広姿だった。その彼が、体面おかまいなしに突然すべてを投げ出すように言ったのである。草間は吸いかけの煙草を机に落としてしまい、慌てて拾った。
「なんだって?」
「しらたきをください」
 草間は思わず口をつぐむ。男はきょろきょろ事務所を見渡して、額の汗をハンカチで拭きながら言った。
「ここは草間興信所ですね、お願いです、私にかけられた呪いを解いてください」
「呪いだって?」
 草間は煙草を無造作に灰皿へ押しつけ、立ち上がりながら零を呼んだ。
「お客さんのおかえりだぞ、塩用意しろ」
「……そんな、お兄さん」
 キッチンからお茶を用意してきた零が瞳をまたたかせる。同じような顔で、男は草間をみた。そしてすがりついた。
「しらたきをください」
「なんなんだ、お前は」
「いえ、いらないんです。見るのも嫌なんです。食べなくちゃならない呪いが、あの箱を開けるとかかってしまうのです。どうか助けてください。箱は消えてなくなってしまって、呪いを解く方法がわからないのです。ああ、しらたきをください」
 支離滅裂だった。草間は冷静に眼鏡をあげて、じいと男を見た。一見まともな姿をしている。
「零、しょうがない。しらたきを」
「買ってきます」
 男は本当に嬉しそうに顔を笑わせて、涙を浮かべた。
「いらないです、しらたきなんて大嫌いなんです。大好きなんです」

 草間が考えるに、この男は呪いにかかったが為にしらたきを食べているのだろうか?
 男の名前は岩海苔・黒松。ちょっとした旧家の出で、父親が有名な作家子松・康郎に当たるそうだ。そしてその父親の遺作が入っている金庫があり、その金庫を開けると誰もがこういった呪いに遭うらしい。
 黒松は零の買ってきたしらたきを見ると、目の色を変えて、どんぶりから何もかけずにしらたきをむさぼっていた。時折顔を上げると、本当に泣いている。泣くほど嬉しいのではなく、おそらく泣くほど苦しいのだろう。
「呪いを、呪いを解いてください」
 明日はわが身と考えると、どうも放っておけない。
 その父親子松・康郎の作品を参照すればなにかわかるかもしれない。
 あるいは、その金庫を探し出せばなんとかなるのだろうか。それとも、旧家である岩海苔家になにかが?
 しらたきはみるみるうちに減っていく。
 明日はわが身、草間はゲロゲロと舌を出した。


 ――エピソード
 
 その日の興信所は相変わらずひっちゃかめっちゃかだったので、しらたきをむさぼり食べる依頼人がきていよいよ収拾がつかなくなっていた。
 キッチンにはシュライン・エマと神宮寺・夕日がこもってなにやら話しをしており、雪森・雛太はシュラインの旧式のパソコンで花札をやっていたし、シオン・レ・ハイと黒・冥月は各々ソファーに座っていた。その中に、しらたきのオヤジが入ったものだから目も当てられない。
 箱……金庫、ねえ……。
 できれば関わりあいたくない事件だ。
 興信所に入って来た海原・みなもと梅・黒龍は呆気に取られてしらたきオヤジをポカンと見つめている。気持ちはわからなくない。この光景は異様だ。
 シュラインを呼んで話しをしたかったが、どうやら夕日は込み入った話しを持ってきたらしく、キッチンへ入る前に
「ちょっと呼ばないでね」
 そう言われてしまったので、呼ぶわけにもいかない。
「実はこの人は金庫にかけられた呪いで」
 みなもと黒龍に説明しかけたところへ、また興信所のドアが開いた。
 入ってきたのは、神宮寺・旭である。彼はよろよろとやつれた様子でドアから数歩歩き、そして言ったのだった。
「ほうれん草を、ほうれん草をください」
 む? この展開さっき見たような。
 旭が声を上げてから数秒後、夕日がキッチンのドアをがばっと開けた。そして顔を歪めて、憎々しげに旭を指差す。
「あんたこんなとこで何やってんのよ!」
「なんですか、夕日さん。そんな大声を出してはしたない。……あの、ほうれん草を」
 旭は一瞬我に返って夕日に説教をたれてから、またほうれん草に戻って行った。
「……そんな、兄さんがほうれん草を食べたいなんて」
 夕日はショックを受けたようによろりとよろけ、それからソファーに置きっぱなしだったハンドバックを引っ掴んでドアへ向かった。
「お兄ちゃん、私お兄ちゃんに山ほどほうれん草食べさせてあげる!」
 ほとんどスキップ状態で夕日は興信所を出て行った。
「夕日さん、人の不幸を喜んでますね……。毒を食らわば穴二つです」
「違うわ」
 雛太がスコーンと突っ込む。
 旭はボケる元気もないのか、ソファーに身体を沈めてうわの空だった。
「ほうれん草、ああなぜあなたはほうれん草。……大幅に字余り」
「……お前、大丈夫か?」
 いつものボケの切れのなさに、つい雛太が心配そうな顔になる。旭は「あががが」と言って首元を引っかいて、「ほうれん草、幕末時代のほうれん草」とまた意味不明な俳句を作っている。
 草間はその様子を見て、訝しげに訊いた。
「お前も金庫を開けようとしたのか?」
「ええ。落ちてる物は金を拾えがアミーゴの遺言でして」
「意味わかんねぇよ」
 その通り。意味がわからない。
 消えた筈の金庫が出現して、旭が触るという経緯になったらしい。だとすると、また金庫は消えてどこかに現れているのだろうか。
 キッチンから出てきたシュラインに、草間は言った。
「ちょっとこの二人の話し、聞いてみてくれないか」
「……い、いいけど、話せるの?」
 もっともな問いである。
 一方はしらたき食い途中、一方はうわの空でひたすらほうれん草を求めているのだから。
 
  冥月は興信所の窓際に立っていた。
 なんとなく最近誰かから敵意を向けられているような気がしていて、その原因がおそらく草間であろうことはわかっていたので、彼女は突然草間を横から殴った。
「いたっ、なにするんだ突然」
 草間不服顔で冥月を見上げる。冥月はじろりと睨み返して、草間を黙らせた。
「それで、呪いは触ると発動するのか? それとも問いに答えると発動するのか」
 冥月は頭を抱えている草間越しに黒松に訊く。
「触ったらすぐです。もし嫌いな物がない人でも、なにか食べないと居てもたってもいられなくなるんです」
 しらたきをすすりながら黒松が答える。
「時間が経ったら解けるのではないですか」
 みなもが訊くと、黒松はその通りだとうなずいた。
「確かに今まで何度もなくなった金庫を取り戻してきましたが、使用人達は昏倒するまで物を食べればそれで目覚めると呪いは解けていると聞きます。でも、私はそんなに食べたくない」
 そりゃあそうだろう。
「じゃあ、どうやって金庫を運んできたんです?」
「大抵は担架のような物に誰か一人を犠牲にして乗せて、車で自宅まで運んで来ました。今回出版社の方が是非とも原稿が欲しいとおっしゃって……我が家も旧家とはいえ土地を売ってしのいでいるものですから、お金に負けまして、息子の自分ならば大丈夫かもしれないと甘い期待をしていたのですが」
 シュラインは顎に指を当てて考えている。
 黒龍が質問を挟んだ。
「術式は教わらなかったのか」
「いえ、全然。父は別に特に呪いに詳しい人間ではありませんでしたし」
「ポパイポパイポパイポパイー」
 突然旭が唄い出したので、一同ぎょっとした。それから雛太はわざわざ旭のソファーまで行って、頭をペシッと叩いた。
「うるせぇ」
「だってほうれん草が食べたいんです、泣きたいんです、サイババ助けて!」
「お前キリスト教徒だろ、サイババに助け求めてんじゃねえ」
 またぺシーンと雛太が旭を叩く。旭が弱っているのが楽しいのか、旭の弱点を掴んだのが楽しいのか、雛太は上機嫌らしい。突っ込みが激しくない。
「一体どういうことかしらね?」
 シュラインはホワイトボードの前で腕組をしていた。
 
 そこへ神宮寺・夕日が帰って来た。
「おひたしに、ソテーに、お肉のほうれん草巻きに、ほうれん草シチュー」
 驚くほど嬉しそうだった。片手に持った大量のほうれん草をぐるぐる回してスキップをしながらの登場である。
「あ!」
 夕日の鼻唄を聞いたシオンが立ち上がる。
「きっとおいしーいしらたき料理を食べれば、呪いは解ける筈です! グッジョブ私!」
 夕日の消えたキッチンへシオンも入っていく。
「と……解けるかしら」
「呪いの類が嫌いな物克服で治る類なら、解けるかもしれないな」
 黒龍はホワイトボードに近寄ってペンを取った。
「嫌いな物を克服する、なにかキーワードのあるものを食べる、金庫を開けた中身に答えが、それとも旧家と言うぐらいだから、家の呪いの可能性も捨てられない」
「たしかにそうだな」
 冥月が同意をする。
「あのさー、どうして呪いがかけられたのか、がキーポイントだろ」
 雛太は旭の座っているソファーの背凭れに腰を落ち着けたまま、言った。
「どういうこと?」
「例えば、その子松って作家が作品を封印したかった。とか。ミステリーと同じで、どうして密室は作られたのかがポイントになるわけ。だから、この場合適応すると、封印しなければならなかった説と封印されてしまった説になるだろ」
 シュラインは気がつかなかった顔でうんうんと顔をうなずかせた。
「封印したかったっていうのは、変ですもんね。人の目に晒したくないのなら、燃やしてしまえばいいわ。どうして、呪いをかけたりしたのか……か」
 みなもがホワイトボードを眺めながら言った。
「子松さんの他の作品から子松さんの人となりがわかるんじゃないでしょうか。方向性なども決まってきますし」
 黒龍が断定するように言う。
「あとは遺作に関する手記、日記の類を徹底的に洗うことだ」
 そこへ夕日とシオンが仲良くキッチンから出てきた。夕日はまずほうれん草のソテーとおひたしを持ってきていて、シオンのは……しらたきの……ところてんのような仕上がりだった。
「さ、ジャンジャン食べて」
 旭は震える手でおひたしを引っ掴み、ガツガツ口の中へ放り込んだ。モグモグ噛みながら、眼鏡の奥の目を瞬かせる。
「人の皮を被った鬼です」
「なによ、ほうれん草食べたい、っていうから作ってあげたのよ」
「もう味なんかわかりませーん!」
 黒松が悲痛な叫び声をあげながら、シオンの作ってきた謎の食べ物を口に運んでいる。
「しらたきの黒蜜かけです」
「鬼がいる……」
 雛太は額を押さえてがっくりと肩を落とした。
 
 
 一同は箱解明組と呪い解明組とに別れることになった。
 金庫は冥月が影で探し当てると言っていたので、興信所で行うことになった。呪いの解明は岩海苔・黒松の家へ行って、手記や日記過去作品などからそのヒントを得ようというわけだ。
 興信所には、料理を作り続けている夕日とほうれん草を食べ続けている旭、どうもその光景が楽しくて仕方がない雛太、絶対嫌だと言うので冥月に面白がられてそこに残ることになった草間、そして冥月と五人になった。
 一方調査に向かうのは、シュラインとみなも、シオンと黒龍の四人である。
 岩海苔家は千葉の海沿いに邸宅を構えていた。すでに黒松から連絡が行っていたのか、シュライン達はスムーズに中に入ることができた。家の構えは少しヨーロッパ風で、シンメトリーになっている。玄関は広く、通されたフローリングの床(中は改築をしたのだろうと予想される)は三人が並んであるけるほどだった。
 書斎はあまり大きくは感じなかった。おそらく、大量の蔵書のせいだろう。子松・康郎は国民的作家であったし、読書家としても有名で、エッセイで読書日記を新聞に連載していたこともあるぐらいだった。
 シュラインは彼の作品を一通り読んでいる。
 その作家の部屋にいると不思議な気がした。書斎はきれいに掃除がされていて、埃などは一切たまっていなかった。
「私はあらすじを見てみますね」
 みなもが言う。シオンはうなずいた。
「私も本棚散策です!」
 黒龍は書斎机の引き出しに近付いて行って、中を開けた。
「おお」
 そう声を洩らしたので見に行ってみると、中には大量のノートが残っていた。二人とも一つずつ手にとってめくってみる。中は白紙に読めるか読めないか微妙なラインの達筆な字で、縦書きに日々の出来事がつづってある。
「子松氏が亡くなったのはいつだった?」
「あれは――阪神淡路大震災の頃だったと思うわ」
 みなもがこちらを振り返った。
「それじゃあ、平成七年、一月十七日です」
「オーケイ」
 シュラインはノートを元の場所に戻して、他の引き出しを開けてみた。すると、予定帳のようなものが出てきた。
 予定帳は一言日記のような機能も果たしているのか、「明日仕上げる」とか「宅急便で桃」だとか書いてあった。なんとなく人柄が窺えるようで楽しくなる。
 こんな人が金庫に後の人が困るような呪いをかけるだろうか?
 シオンは書斎の本棚をあちこちひっくり返しては、楽しそうに本を眺めている。動くハシゴが偉く気に入った様子で、ガラガラガラガラとハシゴを動かしては本を取り本を取っては、朗読してみたり、「うむむう」と唸ってみたりしていた。
「私が思うにはですね、きっと黒豚松坂牛さんのお父さんは嫌いな物撲滅委員会の会長で、それでも実は嫌いな物があって、無念で呪いがかかったんじゃないですかね!」
 シオンがせっかく熱弁を披露したのに、悲しいかな全員作業に夢中で聞いていないようだった。
 
 
 金庫側は地獄絵図の様相を呈していた。
 一番初めに冥月が金庫を呼び寄せて影から拾い上げたわけだが、その彼女はいまや好きでも嫌いでもないババロアを無心で食べていた。その姿に全員が引いてしまい、一切近付こうとしなかったが、金庫が消えそうになり、雛太が草間を突き飛ばした。
「おっちゃん、なんとかしろ」
「うわぁ!」
 ガッシリ! 草間は金庫に抱きついた。しかし金庫は無常にも消えていく。消えた金庫を抱えた形で振り返った草間は、以下の二人と同じようにこう言った。
「生タマゴを、生たまごを持ってこい!」
 夕日と零が慌てて生タマゴの用意をする。はじめは一個ずつ飲んでいた草間だったが、最終的にはジョッキでぐびぐびと飲み干している。その姿を見て、ついイタズラ心が芽生えた雛太は、草間の背筋をすーっと触ってみた。
 すると草間は見事に吹き出し、ゲホンゲホンと咳をした。
「うはははは、……っておい! おっちゃん鼻から生タマゴ出てるぞ」
 笑いを通り越していっそ憐れだった。
 草間はしばらく生タマゴを中断して鼻をかまなくてはならなかったが、かめどもかめども、生タマゴの白身は出てこない。鼻水なのか白身なのか判別のつかない状態だった。
 こんなに面白い草間のさまを、雛太と夕日そして零以外は誰も見ていない。三人はガツガツと嫌いな物をまたはなんとも思っていないものをともかく食べ続けている。
 しかも無言の時間である。
 旭などはしまいにほうれん草を生で食べ出す始末だった。
 大惨事だ……。雛太は他人事にほっとしながら、草間の生タマゴ一気飲みを見守っていた。
 草間が高血圧で倒れる日は近いかもしれない。
 
 
 予定帳に書き込まれているある文字を見つけて、シュラインは眉毛を寄せた。
「あれ、はとてもいい……なにかしらこれ」
 黒龍が日付をくれと言ったので、日付を彼に告げる。黒龍はその日の日記を取り出して読んだ。
「私は体調の為我慢をしていたが、あれ、はとてもいい食べ物だと思う。体の調子さえよければ、毎食食べたいぐらいだ。私はあれをテーマに小説を書きたいと思う」
「ビンゴじゃない?」
「……しかし、アレってなんだ? そもそもアレが呪いと関係があるのかどうか」
 みなもが本をパラパラめくりながら難しい顔をした。
「やっぱり、この作家さん呪いをかけることなんかしないんじゃないかと思うんです」
 日記を読んでいた黒龍も同意する。
「同感だ」
「そうよね」
 シュラインもたしかにそう感じていた。
「そうなんですか? 好き嫌い撲滅委員会じゃないんですか」
 シオンが何故か残念そうに言う。
 シュラインはシオンに曖昧に笑ってみせてから言った。
「じゃあ、どうして呪いがかかってしまったか、よね」
 シュラインが問題を定義する。黒龍が簡単に答えた。
「都市伝説って知ってるか」
「……ええ。都市伝説とは、人々の間に語り継がれた物語だからこそ力を持ってしまい、現実にその事象が起きる……ってことでしょう?」
「へえ、そうなんですか」
 みなもとシオンが机に寄ってくる。
 黒龍はうなずいてから言った。
「物語っていうのは力を持ちやすい体質があるんだ。つまり、これだけの文章力の作家がアレに執着して物語を作ったということは、その物語が呪いの発動に関わっていると言ってもいいんじゃないか」
 シュラインは薄く青いマニキュアを塗った指でこめかみをトントン叩いた。
「問題は、アレね」
「アレとは、丸くてやわらかくてプルプルしていて、壊れやすいもの」
「マシュマロでしょうか」
 みなもが腕組をしてから言う。うーん、とシュラインと黒龍は首をかしげる。
「大根の水煮とか?」
「体調がうんたら書いてあるから、身体によくないものかもしれない」
「あ」
 シオンが声を上げた。
「わかった、わかりましたよ」
 彼は笑顔で言った。
 
 
「零ちゃん、しらたきとババロアとババロアの元とほうれん草と生タマゴ買ってきて」
「わかりました」
 そういう感じで、興信所はおおわらわである。
 食べ物が切れた順に、全員マジ切れし出すのだから始末が悪い。狭い興信所内で、まず旭が謎の悪魔を降臨させ、ババロアが切れた冥月が影の制御もかけずにそれを封印し、尚且つ旭と草間を殴る蹴るし、黒松はなくなったしらたきに切れてガラステーブルをがしゃーんと引っくり返した。
 夕日と雛太は触らぬ神に祟りなしと、ともかくキッチンへ非難して嵐が去るのを待っているのだが、一向に去る気配はない。
 零が帰ってきてようやく帰ってくると、三人は食べ物を目にして冷静に戻り、ガツガツとまたそれを食べはじめた。
「悲惨だな……」
 雛太は煙草に火をつけながら言った。
 戦闘のせいで興信所はボロボロである。冥月があれぐらいの暴走ですんだからよかったものの、すまなかったら日本の危機であったかもしれない。
「お腹減ってる筈なのに食欲わかないのはなぜかしら」
「……わかねえな」
 しみじみ二人は三人を眺めていた。
「人間の胃袋ってすごいわね」
「いっそ人間じゃないとか」
「ありえるわね……兄さんは」
 夕日はホワイトボードに目を移して、思考をそちらへ持って行った。
「それにしたって、呪いがかかってしまった状態ってどういうことかしら」
「ミステリーで言えば、ホントは密室にしたくなかったってことだから、つまりこの場合だと、作品に問題があってそれで呪いがかかったってことになるな」
「ふうん……たかが紙切れでしょ?」
 夕日は顎に手を当てて雛太を見る。
「お話ってやつは、案外あなどれないんだぜ」
 雛太は意味深長なことを言って黙った。
 
 
 ようやく岩海苔家へ行った連中が帰って来た。四人は余裕の笑みでの帰還だった。
 ただし、興信所の有様を見るまでだったが。
 シュラインはおもむろにニ個入りパックの温泉タマゴを二つ取り出して、スプーンを取るように夕日へ言った。夕日は慌てて小さなスプーンを持ってきた。
 まず黒松にそれを食べるように言って渡し、それから旭に渡し、冥月に渡した。
 三人は食べるのも嫌そうな顔をしたが、そこは理性でがんばってもらう。
「ともかく食べて、一口でいいから!」
 気圧されて三人はぷるんとして白い温泉タマゴに口をつけた。そして最後の難関、生タマゴを泣きながら飲んでいる草間へ温泉タマゴを与えなければならない。
「武彦さん、……目つぶって」
「な、いやだぞ、俺は食わない」
「目つぶりなさい!」
 ぴしゃりと言われて草間は口をつぐんだ。そして目を閉じて、あーっと口を大きく開けた。
 最初に食べた黒松が、まずトイレに立つ。もちろん続いて旭と冥月も立ったが、トイレの前で待ちぼうけ状態だった。
 黒松がさっぱりした顔で戻ってくると、旭の順番を押し退けて冥月がトイレへ入っていった。そして当然の如く草間も旭を押し退けて次にトイレへ入った。旭はプリプリしている。
 全員吐くだけ吐いたのだと思っているところへ、トイレから出てきた旭はこう言った。
「いやー、小便我慢してまして」
「お前は平気なのかよ!」
 いつも通り、雛太は旭に思い切り突っ込んだ。
 黒龍は淡々とした口調で言った。
「箱の中の作品はおそらく、好き嫌いがもの凄く激しい人間にコックが温泉タマゴを食べさせる話だったらしい。筆者自身も本当に好きらしいのだが、残念ながら高コレステロールで食べることができなかったようだ。それが物語と合わさって屈折した形で呪い化したのが今回の事象だ」
 シオンは残っているほうれん草のソテーを食べながら、ふんふんとうなずいている。が、わかっているのかどうかは怪しい。
「金庫はどうする」
 冥月が訊いた。
「危険極まりないから、影で封印してしまってもいいが」
「でも、金庫はどこをどうやって移動して消えているのかわからないので、封印しても無駄だと思います」
 みなもが控えめに言った。
「異空間や異界を通ってる場合だってあるでしょうし。きっと金庫にも与えられた意志みたいなものがあるんじゃないかと」
「そうね、移動手段が謎よね」
 夕日がうんうんうなっている。
 それからシュラインがパンパンと手を叩いた。
「なんでもいいから、全員で片付けるわよ。……なんでこんなになってるんだか」
 全員我に返って、辺りを見回して苦笑した。
 
 
 ――エピローグ
 
 筑前煮とコンニャクと砂肝とレバーの炒め物、ナスの浅漬けが食卓に並んでいる。
「いっただっきまーす」
 シオンがぺたんと床に座ってタケノコに手を伸ばした。ニコニコしながら、シャクシャク食べている。みなもはソファーに座って左手にお茶碗を持ち、コンニャクを食べている。
「おいしいです」
「ほんと? よかった」
 黒龍は無言で食べているが、おかずが美味いのかおかずに手を伸ばす回数が多い。
 そしてシュラインもソファーに座り、彼女も自分の料理を口に運んだ。
 食べてから、キッチンに佇んでいる二人に訊く。
「夕日ちゃんも、雛太くんも食べないの」
 二人は曖昧に笑って首を横に振った。
「壮絶な食べっぷりをみたから」
「気持ち悪いぐらいで」
 もちろん草間と旭と冥月は窓に立って明後日の方向を見つめている。
 明後日になにがあるのか知らないが、今の三人にとって食べ物ほど酷な物はなかった。


 ――end
 
 
 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女性/13/中学生】
【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23/大学生】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【3356/シオン・レ・ハイ/男性/46/びんぼーにん 今日も元気?】
【3383/神宮寺・旭(じんぐうじ・あさひ)/男性/27/悪魔祓い師】
【3506/梅・黒龍(めい・へいろん)/男性/15/ひねくれた中学生】
【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/23/警視庁所属・警部補】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

「偏食殺し」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。
少しでもお気に召していただければ、幸いです。
嫌というほど食べた方、すいません。おつかれさまでした。今回はコメディより、謎解きの要素の方が多かったかと思います。オチ等あまりオチていないので、申し訳ないです。
では、次にお会いできることを願っております。
ご意見、ご感想お気軽にお寄せ下さい。

 文ふやか