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<幻影学園奇譚・ダブルノベル>


幽玄の飛沫

 いつまでも見送っていたい気分。共に幽霊を天上へと見送った学友も、ひとりふたりと減っていき、私と蝉歌だけになった。
「……今日はよかったな」
 彼が呟く。それはまるで彼自身、自分に言い聞かせているかのようで……。優しさが胸を暖かくする。見上げていた月から視線を外し、振り向く。
 と、蝉歌がキャンプ場とは反対へと足を進めているのに気づいた。
「蝉歌さん…反対……ですよ?」
「あ? ……ああ…」
 指摘に頭をかくと、彼は踵を返して私の一歩先を歩き始めた。追うように、私も足を前へと動かした。

 波の音。
 風の音。
 砂が波にさらわれていく音。

 波打ち際を歩く。サンダルが濡れてしまうのが気になった。けれど、冷たい水を感じながら歩きたいとも思った。私は思い切るとサンダルを脱ぎ、手に持った。冷たさが足元から涼しくしてくれる。裸足の心地良さに叶うものはない。
 雲間から出た月が砂浜を照らし、先を歩く蝉歌の姿が影となって現われた。容易には近づけない人。けれど、近づきたい人。
 そって気づかれぬように腕を伸ばした。彼の影に重なる私の影。歩を早め、彼の影に添わせてみる。まるで手をつないで歩く恋人同士のよう――。幻影の魅惑。揺るんだ頬。

 彼は鬼童(おにわらし)。関わるなと、誰かに言われたこともある――けれど、知れば知るほどに心惹かれる人。まっすぐに見つめる瞳。真実だけ、人の業までも見据えるまっすぐな目。
 私が感じるように、彼にも感じて欲しい。不要な存在など、この世界にはないのだと。
 手を広げる。包み込むように。
 こうして、想像のなかであなたは笑う。私も笑う。繰り返す日々に、後悔などしたくはないから。

 ふいに蝉歌が立ち止まった。
「きゃっ、痛っ……あ、あの…蝉…歌さん?」
 ぼんやりと慕情に浸っていた私は気づくのが遅れ、彼の背中で鼻をぶつけてしまった。赤くなっているであろう鼻を押さえて見上げると、そこにあったのは手のひら。
「?」
 その指の間から見えたのはずり落ちそうな眼鏡と困惑している瞳。まず「ごめん」と謝ってくれた後、わずかに口篭もり一言だけ呟いた。
「……迷った」
 視線をあらぬ方向へと向け照れている様子。私は彼が致命的な方向音痴であることを思い出した。さきほども帰る方向を間違ってしまったのだろう。けれど、言えなかったようだ……。彼を可愛いと思った。押さえ切れない嬉しさが、口元を緩ませる。

 ――勇気を出しましょう。たぶん、大丈夫。まだきっと彼は気づかない。
    だから……。

 胸に秘めたる想い。それを隠して、なるべく自然に右手を差し出した。緊張する指先に、彼の無骨な指が触れた。指先から痺れていく感覚。手がつながれた。重なった手のひらから伝わる暖かさ。耳に響く胸の鼓動。トクトクと流れる想いの血脈。幸せそうに微笑んだ幽霊の姿を思い出した。
 私もただひとりに心寄せる、想い人でありたい。

 互いに手を引き、夜は更ける。
 さんざめく波。白い飛沫。
 消したもう。隠したもう……私の中で弾ける恋の音を。


□END□

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■   登場人物                            ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】

+ 3634 / 白神・久遠(しらがみ・くおん) / 女 / 3年C組
+ 3372 / 鬼童・蝉歌(きどう・せんか) / 男 / 3年C組

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■         ライター通信                   ■
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 初めまして。ライターの杜野天音です。
 今回は長いお話にご参加下さり、本当にありがとうございました。大人数の描写は得意ではないのですが、久遠さんをはじめ自分の意志のある方ばかりだったので、動かしやすかったです♪
 久遠さんはとても優しくて芯の強い方だなぁと。それに、蝉歌さんに向かう恋心を書かせてもらえて嬉しかったです。初々しいですよね(>v<)""
 個別部分は、結が去った後の帰り道を書かせて頂きました。やはり一人称の方が気持ちをしっかりと書ける分、力が入りました。如何でしたでしょうか?
 気に入ってもらえたなら、光栄です。
 この個別部分は蝉歌さん以外、他の方とはリンクしておりません。が、セレスティ編には幻影学園奇譚の中核キャラも登場していますので、よかったら読んでみて下さいませ。

 最後に、衣蒼未刀は異界「闇風草紙」に登場する杜野作成のNPCとなっております。
 素敵な方を書かせて下さり、ありがとうございました(*^-^*)