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海猫ロンド満潮コンチェルト 〜アンコール〜
海キャンプから1週間後になる。
私は化学実験室へ通じる廊下を、踵を鳴らして歩いていた。
鍵屋智子が急に呼び出したのだ。もともと、それほど親交も深いわけではない。むしろ、帰ってきてから周りの友人に注意を喚起させられたほどだ。
あれからまだ一度も顔を合わせていない。
実験室の扉が見えると、自分が緊張しているのがわかった。
これからどう付き合えばよいものか。そんなことを考えつつ、扉を開ける。スライドしながら、がたがたと奇怪音を立てた。
「あら、久しぶり」鍵屋がこちらを見て言った。しかし、すぐに下を向いてしまう。
自分から呼んでおいて、それは無いだろう、と私は苦笑いする。まるで、こちらから積極的に会いに来たみたいである。
部屋は暗かった。もっとも、暗くする機構を使用しているわけではなく、単に辺りがすでに真っ暗なのだ。午後の7時を回っただろうか。
他にも数名見知った顔がある。
海原みあおと、葛生摩耶。そして、これは珍しい。草間武彦。口にシガレットチョコをくわえている。
エマは片手を上げて挨拶する。宿直に見つかる恐れがあるので、あまり声は出したくなかった。
背後で誰かが接近してくる足の音がする。扉のすりガラスに、華奢なシルエットが映る。亜矢坂9すばるが淡白な顔をして部屋へ入ってきた。
「どうぞ、こちらへ」鍵屋が手招く。ずっと、電子顕微鏡のレンズを調節していたのだ。
「何があるの?」私は小声で囁く。葛生が手のひらを上に向け、それに応えた。
「覗いてみて」鍵屋は後ろへ数歩後退した。
私は言われたとおり、顕微鏡のレンズを覗いた。どこかで見たことがある光景だった。確か、真空管放電の磁場影響の検証実験だったような気がした。青白い閃光が、光を放っている。
「これって、もしかして……」私は顕微鏡から目を離した。
「なになに?」海原がエマと交代して覗く。葛生、すばるもそれに順じた。
「これは、あの海辺で拾った石」鍵屋は窓を背に、腕を組んで話し出した。「因みに、海原さんがあの巣窟で拾ってきた石と、ほとんど性質は一緒。中に、放電しているような光の筋が見えるでしょう? それは、そう、まさしく電流だと言えるわね。ただ、コンピュータや蛍光灯に流れている電子とは少し性格が違う。ええとね、まず、電流には3タイプに類別されて、まずはマイナスの電荷を帯びた電子の移動により生じる電流。もうひとつは、この働きの逆を利用したもの。電子は移動することによって、そこには正孔と呼ばれるホールが空く。電子が移動すれば、その元の電子があった場所にはホールができる。電子は次々に移動するから、つまりは、そのホールが移動しているだ、と相対的な観察で可能になる。これが2つ目。最後は、原子の移動による電流。これは液体や気体の中でしか起こりえない。この最後のパターンが、この石の内部に起こっていると推測される」
鍵屋は台本を読むようにすらすらと単語を並べて説明した。
「それで、あの、よくわからないんだけど」
「正解」鍵屋は指を立てる。「まだ本題は言っていない。実は、その電流をイオン電流といって、人間の体内で神経系統に流れている電流と同質なのよ」
「ほぉ……」と4人。草間は退屈そうに椅子の背にもたれかかっている。
「それで、何がわかったの?」
実際、私には単なる化学の講義を受けているようにしか感じない。重用な部分が、どこにあるのかさえ見当がつかない。もしかしたら、多少イラついているのかもしれなかった。
「脳内」と言って彼女は自分の頭の右側を指で示す。「人は思考をすると同時に、電流が神経を伝達する。いえ、伝達すること自体が思考なの。全ては電荷の配列と、ネットワークのコンプレクス」
「つまり、石が思考しているということ?」
大体の話は掴めた。いや、掴めたかどうかはわからない。あまりにも飛躍しているため、実体があやふやだ。
「いいえ、石は思考しない」
それはそうだ、と思って少し恥ずかしくなる。
「けれど、自由な移動を繰り返している」そこで言葉を切って、鍵屋は目を瞑った。
自由な移動?
自由とは。
思考?
それは……、
「夢」泡のように口から出た言葉だった。
「イエス」鍵屋は笑みを浮かべる。
つまり、あの怪物は夢を食らっていたのだろうか。いや、それは飛躍しすぎだ。確かにそういった怪談話はよく聞く。バクという妖怪があるように。だがこれは、解析の結果であり、夢という状態を類例に取り上げたに過ぎない。
わからない。
デッドリンク。
どこへも繋がらない。
結局答えなど無いのだ。
でも、それでは何故。
何故、私はここに呼ばれたのか。
「何か、知っているのね?」
「合理的な考え方ね」
そう言って、鍵屋は草間へ視線を向けた。
「あの時、私はとても驚いたわ。ええ、きっとあなた達以上に」
そうだ!
鍵屋は先ほど、海辺で拾った、と言っていた。私や他の3人は洞窟でしか見ていないのに。
「これを探していたのは、生徒会長の繭神」
そう、学園と繋がる。
もしかすると、何もかもお見通しだったのか。
海キャンプというのも、全て企みの内にあったのか。
「そして、この石の最大の特徴はね」鍵屋は天井を指差す。「月に輝く」
「反射では無いわ。どういったメカニズムなのかは不確定だけれど、おそらく、内部に充満している物質の原子が、特定の周波数の電波を長期に渡って受けることで、移動を開始しているのでしょうね。つまり、エネルギィを発生させている。怪物が私目掛けて来たのは、その石が発する電波を感知したからだったのね」
「それからわかる事は?」
「ナッシング」
あっけない答えだった。
結局、何もわからない。
そして、その間の抜けた返答が最後で、その日はお開きとなった。
それから何日経っても進展は無かった。何の音沙汰も無く、平々凡々とした日常に戻っていく。掲示板には学園祭の案内のポスターが貼られ、にわかに忙しさを取り戻しつつある。
何もわからないまま、何がわからないのかもわからなくなってきた。
ゴー・ネクスト、明日へワン・チャンス。などと意味不明の歌詞を頭の中でメロディラインに乗っけながら、たまに口ずさんで、
透き通る空気には、
もう、秋の兆し。
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■ 登場人物 ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 2−A】
【1415 / 海原・みあお / 女性 / 2−C】
【1979 / 葛生・摩耶 / 女性 / 2−B】
【2748 / 亜矢坂9・すばる / 女性 / 2−A】
【NPC / 鍵屋・智子 / 女性 / 3−C】
【NPC / 草間・武彦 / 男性 / 2−A】
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様。
どうも、初めまして栗須亭と申します。
これが二作目の受注作品になりますが、相も変わらず悪戦苦闘する毎日でした。
また、オープニングの文章がわかり辛かったようで、大変申し訳なく思っております。本章に影響のない描写を目的としていたのですが、まったくもって余計だったようですね(笑)。次回からはこれを反省点とし、文章の構成の参考にさせていただきます。
またの機会があれば、よろしくお願いいたします。
ではでは・・
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