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<幻影学園奇譚・ダブルノベル>


幽玄の飛沫

 名残惜しそうに女が月を眺める。その様を俺も見つめて、女が動き出すのを待った。女は白神久遠。気心の知れた女。
 ――まだ動きそうにないな…。
 久遠は退魔師。俺は『蟲』によって、人を食むことを禁じられた鬼童(おにわらし)。相反する世界の住人でありながら、傍にいると落ち付くのは何故だろう。久遠の持つ、穏やかで全てを包み込む優しさが心地良いのかもしれない。

 風が鳴る。
 夏の蒸し暑い夜。海からの風が頬を打って、意識はキャンプ場へと向いた。そろそろ帰らなくては、いかに自由な校風とは言え、これ以上遅くなれば教師は心配し、お叱りも受けるだろう。
 ――俺ひとりなら、いいんだが。
 視線の先には女。両の手を握り締めたまま、天を仰ぐ。
「……今日はよかったな」
 帰宅を促そうと声をかける。自分自身、妖力のほとんどを失ってから、誰かのためにできることがあると思わなかった。何かできる――そう確信できただけでも久遠の手助けをして良かったと思った。
 目が合い、こくりと頷いた久遠。それが合図のように、俺は先頭を切って歩き始めた。
「蝉歌さん…反対……ですよ?」
「あ? ……ああ…」
 またやってしまった。久遠もすでに承知の事実。俺は致命的な方向音痴なのだった。ほぼまっすぐな浜だというのに、すっかりキャンプ場の方角を見失っていた。動揺する心を浸隠し、努めて冷静に踵を返した。
 照れくさく、思わず早足になる。道を思い出したわけではないが、久遠が反対というのだから、こちらで合っているのだろう。

 背後から水音がついてくる。
 足音の変化に気づいて振り返ると、久遠は裸足になって波と戯れ歩いていた。
 ――幼いヤツ。
 苦笑して、また歩みを進める。が、急な分かれ道に立ち止まった。そう、俺は帰り道を思い出したわけではなかったのだ。

 ドン!

 背中に衝撃。どうやら、急な行動に久遠が止まれなかったらしい。ぶつけた鼻を気にしているその顔の上に、俺は手をかざした。あまり顔を見られたくない。伊達眼鏡で隠してはいるが、照れているのがきっと見えてしまうだろう。
「ごめん」
 どうかしたのかと、不思議そうに見上げる久遠の青い瞳。思わず口篭もる。息をひとつ吐き出して、
「……迷った」
 笑われるかと思った。が、久遠は笑わなかった――いや、確かに笑ったけれど、それは俺の予想していたものではなく、暖かな暖色の微笑み。胸を撫で下ろす。やはり男、方向音痴を女に笑われるのは哀しい。
「え……?」
 ふいに差し出されたのは右手。久遠が左手にサンダルを持って、どうぞと微笑んでいる。俺は何百年も生きている男。手をひいてもらうような子供ではない。
 けれど。
 けれど今夜、理性は働かない。
 あの幽霊を見たからかもしれない。あの女も、失った男を思って純粋に素直に悲しめば、あんな場所で縛られることもなかっただろう。

 繋がれた手。
 心が和む。
 照れくさそうに久遠が「帰りましょう」と言った。


□END□

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■   登場人物                            ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】

+ 3634 / 白神・久遠(しらがみ・くおん) / 女 / 3年C組
+ 3372 / 鬼童・蝉歌(きどう・せんか)  / 男 / 3年C組

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■         ライター通信                   ■
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 初めまして。ライターの杜野天音です。
 今回は長いお話にご参加下さり、本当にありがとうございました。大人数の描写は得意ではないのですが、鬼童さんをはじめ自分の意志のある方ばかりだったので、動かしやすかったです♪
 蝉歌さんの台詞は一言で重みのあるものを目指しました。個別部分ではかなり恋愛モードにしてしまってすみません。蝉歌本人は気づいておりませんが(苦笑)
 実は眼鏡キャラの蝉歌さん気に入っております。もっと眼鏡の描写したかったですが、いかんせん長くて……。
 久遠さんの癒しオーラに、蝉歌さんも気づかぬ内に参ってしまっているのかもしれませんね。
 この個別部分は久遠さん以外、他の方とはリンクしておりません。が、セレスティ編には幻影学園奇譚の中核キャラも登場していますので、よかったら読んでみて下さいませ。

 最後に、衣蒼未刀は異界「闇風草紙」に登場する杜野作成のNPCとなっております。
 素敵な方を書かせて下さり、ありがとうございました(*^-^*)