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<幻影学園奇譚・ダブルノベル>


煌めきと鎮まりの追復曲(カノン)

III-b

 ――誘惑に、負けた。
 これだけ課題が終らない状況にまで追い詰められていても、ユリウスとしては、モーリスが荷物の中から取り出した物には、どうしても敵わなかったのだ。
 即ち、
「……さすがセレスさん。一筋縄には、いきませんねぇ」
「ユリウスさんこそ。このままでは、ステイルメイトにでもなってしまいそうですね」
 おや、ユリウスさんもなさるのですか?――そんなに、お忙しそうですのに。
 モーリスに悪戯っぽく笑いかけられた事が気にかかってはいたが、チェッカーボードと、チェス駒と。見せ付けられてしまえば、黙っている事はできなかった。
「でもユリウスさん、先ほどこっそりと伺いましたところ、ね、」
 ああ、伺った、と言いますのも、麗花さんから、ですけれどもね。
 セレスは黒のポーンを取りながら、付け加えて微笑すると、
「体育は実技が、音楽は実技もペーパーも、結構辛い状況だそうですね?」
「……何の話でしたっけね」
「特に体育の実技、出席日数だけ稼いで運動はなさらない挙句、実技テストはやはりさぼられていたそうですね。音楽は実技テストがボロボロ、ペーパーも、楽譜が出題されると全く答えられないそうで」
 流石にここまで言われてしまえば聞き流せなかったのか、ユリウスは、次の手に悩みながらも、ゆっくりとセレスの方へと向き直った。
「私、疲れる事はしない主義なんですよ。わざわざ体を動かして疲労感を味わわなくてはならないだなんて、」
「そう仰ったところで、もうすぐ成績も出ますからね。そろそろ、追試験やら何やらの時期ですよ。私も、体育から『テストを受けていない者は指定日に集合の事』――との連絡は、聞いていますから」
「あら、セレスさんも、呼び出されていらっしゃるんですか?」
「いいえ。ホームルームの時にそのような連絡があった事を、聞いていただけですよ」
 と、そこに、不意にモーリスが手を差し入れた。
「はい、お茶ですよ」
「――おやおや、これはどうもすみませ……、」
「セレスティさんに」
 あからさまに手を出していたユリウスの横を、ティーカップが通り過ぎて行く。
 セレスはどうもすみません、と、ティーカップを丁寧に受取ると、いつの間にか用意されていたシュガーポットに手をかけた。
「……あの、」
「はい?」
「――私の分は」
 紅茶の中に砂糖を掬い落とすセレスの姿を羨ましそうに見つめながら、ユリウスがセレスの隣に腰掛けたモーリスへと問いかける。
 モーリスは、ふうん……と一瞬、瞳を細めると、
「何を考えていらっしゃるのです? 当然、ありますよ――ほら、」
 私のことを、そんなに意地悪な人だと思っていらっしゃるのですか?
 言葉の後半は暗に示すだけに留め、先ほど匡乃がいた席を、すっと指で指し示した。
 ユリウスはルークを二マス進めると、いえいえそんな……と、示されたティーカップを自分の方へと引き寄せる。
 セレスはそんなユリウスに、シュガーポットを手渡しながら、
「……体育にしても、何にしても、やればお出来になるんですから。きちんとなされば良いのですよ」
「ああ、私、課題に忙しくて……、」
「テスト。出席なさらないと、今度こそ単位、落としてしまいますよ?」
「そんな暇は……」
「音楽のペーパーの勉強も、少しはなさってはいかがです? 実技、――、」
 特に歌、は、仕方ないとしましても、
「楽譜でしたら、少し勉強なされば読めるようになるはずですよ。基礎しか、出ないのですから」
 高校の音楽のペーパーテストでは、そこまで難しい知識は要求されないのですし。
 それでもですねえ――とセレスの言葉に苦笑しながら、ユリウスがモーリスへと軽くなったシュガーポットを手渡した。
 モーリスは受取りざまに、
「ユリウスさん、……それにしましても、今までどうやって単位をかせいできたんです?」
 本当に今までの二年間、留年もせずに、無事に進級してきたというのだろうか。
 或いは、
「……私が留年のような面倒くさい事をするはずがありませんでしょう」
 本当は留年なさっていたりして――。
 モーリスがふと頭に思い浮かべていた事を、話の先を見越したユリウスが尤もな意見で否定する。
 そのままにっこりと満面の笑顔を浮かべると、
「まあそこは、日頃から先生に自分を売り込んで、」
「媚を、ですね?」
「自分を、」
「媚を、」
「……嫌ですねえ、そんなわけありませんでしょう」
「でも、媚を売るだけでは、単位は得られませんでしょう?」
 会話の間合いに、ちらり、とチェッカーボードを見遣り、セレスの手に対抗すべく、ユリウスが駒をするりと動かす。
「主が、助けて下さるのですよ」
「神様が単位を下さるとは、思えませんが」
「そこは、どうにか」
「聞かれてまずい事でも、あるんですね?」
「さあ……それはどうでしょうねえ……、」
「ユリウスさん」
 ――そこで。
 名前を呼んだのは、しかしモーリスではなく、セレスであった。
 セレスは白のナイトを、ユリウスの見ているところで軽く進めると、
「チェックメイトです。――勝負の最中に余所見をなさるのは、関心できませんね?」
 くすりと、微笑んだ。



 ■□ I caratteri. 〜登場人物  □■ ゜。。°† ゜。。°★ ゜。。°† ゜。。°★ ゜。
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★ セレスティ・カーニンガム
整理番号:1883 性別:男 学年:3−A



 ■□ Dalla scrivente. 〜ライター通信 □■ ゜。。°† ゜。。°★ ゜。。°† ゜。。
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 まずは長々と、本当にお疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。今回はご発注を下さりまして、本当にありがとうございました。まずは心よりお礼申し上げます。
 ……実はこうしてライター通信を書かせていただくのも、とんでもなく久しぶりなものでございますから、何を書けば良かったかなぁ――と、少々現在戸惑ってしまっていたりするのですけれども……、
 一つ目に、どうもこの度は、無意味にお話が長くなってしまっているような気が致しまして、密やかに申し訳無く感じております。多分今までの納品の中で、最も字数が多くなっていると思われますが、飛ばし飛ばしででも、少しでも楽しんでいただけますと幸いなのでございます。
 また、少々このお話には、ええ、それはもう本当お空のたった一つのお星様くらいに密かに、ではあるのですが、学園の真相に関わる部分がございました。海月の受注と致しましては、幻影学園はこれが最初で最後でございましたが、洞窟で見つかった石等につきましての詳細は、是非とも他のライター様の納品で、また、学園の最終章にてご確認いただけますと……と存じております。

 唐突ですが、ご存知の方もいらっしゃるとは存じますが、この納品を持ちまして、海月は暫く、OMCを休業させていただく事となります。或いは十月、十二月辺りにはシチュエーションノベルの受注が一度くらいはあったりするのかも知れませんが、十二月、或いは来年の三月まで、依頼の類の受注予定は全くございません。
 それでも、戻ってくる気ばかりは満々とございますので、またお会いできる時が来ましたらば、宜しく構ってやって下さると嬉しく思います。

 では、今回は、この辺で失礼致します。
 何かありましたら、ご遠慮無くテラコン等よりご連絡してやって下さいましね。

 乱文、個別通信無しにて、失礼致します。
 それではまたいつか、どこかでお会いできます事を祈りつつ――。


04 ottobre 2004
Lina Umizuki