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人魚の夢 <日和の夢>
「どうしよう……」
人魚探しから一夜明けた朝。
日和は誰もいない砂浜で、一人途方に暮れていた。
二人の間に何が起ころうと、海キャンプは何事もなく進む。
朝は班別に分かれて朝食を取ることになっている。その時間が近づき、日和は悠宇を呼びに来たのだった。
人づてに海岸にいると聞いてここにやってきたものの、どこにもその姿は見えない。
誰もいない海岸のただ中で、日和は立ち止まってしまった。
――昨晩、気まずい別れをしてしまってから、悠宇とは未だ顔を合わせていない。
呼びに来たのはいいものの、悠宇にさてなんと声をかけたらいいのだろうか。
そのことを考え出すと、日和はどうしても足がすくんで前に出なかった。
唇をかみしめ一つ頭を振ると、日和は胸のポケットからピルケースを取り出した。
キャップを開けると、途端飛び出していく銀色のイヅナ。
「末葉、私のかわりに悠宇くんを探して?」
銀色の輝きはすぐに駆け去っていく。きっと程なく、悠宇を見つけ出すことだろう。
……どうしてあの時、素直に「ありがとう」と言えなかったんだろう。
悠宇くんは私を心配してくれてたのに。
昨日の探索行に同行したのも、きっかけはたわいのないことだった。
時折音楽室で日和のチェロを聴いていく詠子が、昨日の昼、日和に話しかけてきたのだ。
「今晩、人魚を探しにいくんだ。キミも行かないかい?」
思い出が欲しい、と日和は思った。
時は過ぎ去るもの、今この時とは一瞬で消え去るもの。
もちろんそのことは知っていた、でもこの夏の思い出は、なぜか一際儚いように思えた、だったら。
……楽しかった時間があったことを、心のどこかで覚えていたい。
だから悠宇を誘った。日和が、誰よりも楽しい思い出を共に残したいと思っていたのは悠宇だったから。
それなのに、昨晩なぜか悠宇は少しだけ不機嫌だった。
繭神のことも終始睨んでいたし、出歩くのが夜だということにもあまりいい顔をしなかった。
――どうしてだかは分からない。
……もしかして、私のこと……嫌になったのかな。
いきなり誘われて、夜だというのに引っ張りまわされて、それで自分のことをうっとうしく思っていたのだろうか。
誰よりも一緒にいたいのは悠宇だと、日和のそんな気持ちを重く感じたのだろうか。
「でも」
でも、でも。
否定の言葉と、より湧き上がる疑惑に、日和の心は不安で揺れる。
と。
チチチ、と足元で鳴き声がして日和は我に返った。
知らず瞳に溜まっていた涙を、まばたきを繰り返して無くしてしまう。
「末葉、悠宇くん見つけてきてくれた?」
足元にいた末葉は日和を見上げ、チ? と小首をかしげた。
と、その横の白露も同じ方向に首をかしげる。2匹並んだ可愛らしさに、日和は笑ってしまった。
「ん、あれ……? どうして白露も一緒にいるの?」
もちろん、2匹からの返答はない。だがその代わりに日和に示して見せたのは……
日和が昨晩無くしたはずのミュールの片方と、光るかけら。
「日和」
突然、後ろから声がした。――振り向かなくても分かる、その聞きなれた声。
「その……昨日はごめんな。俺さ、ちょっとイライラしてたんだ」
驚きのあまり振り向けず、口も開けないでいる日和に、悠宇は懸命に言葉を重ね続ける。
「だってさ、その……お前が、他のやつばっかりに興味示すもんだから。
それに夜だったし、俺がすげぇ心配してるのに、お前『大丈夫』って全然気にしないみたいだったし、それに……え、えっとあれ? 俺何言ってんだ」
――きっと悠宇くんってば、真っ赤な顔なんだろうな。
振り向かなくても容易に想像できる彼の表情に、日和はこっそり笑った。
予想とは違ったけれど。たくさんたくさん心配も不安も抱えたけれど。
これも私の、この夏の大事な思い出になる。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【3524 / 初瀬日和 /はつせ・ひより/ 女 / 2-B】
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ライター通信
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こんにちは、つなみりょうです。
この度はご発注下さり、誠にありがとうございました。
今回はシリアスになるかな、と思っていたのですが、結末が童話調だったのと、繭神と詠子の掛け合いが意外とテンポよく(?)いったせいか、自分としては明るいノリになった気がします。
さて、みなさまのご期待には添えたでしょうか? あとはそれぞれご判断いただくばかりです。
それと、個人ノベルはそれぞれ独立した話であり、どちらからでも読める作りにはなっていますが、
シュラインさん→セレスティさん→日和さん→悠宇さんの順で、時間軸がつながってもいます。
もし機会がありましたら、他の方のノベルも合わせて読んでいただければまた一層おもしろいかな、と思います。
日和さん、こんにちは。引き続いてのご依頼、何より嬉しく思います。本当にありがとうございます!
今回は前回と違う形で仲の良さを表現したいな、と思ったので、こんな形になりました。
ちょっとヒヤヒヤさせてしまいましたでしょうか……申し訳ないです。
その分、ラストは幸せな形を用意させていただいたつもりです。
ぜひ悠宇さんの個人ノベルと合わせて読んでみてくださいね。
ご感想などありましたら、ぜひお知らせくださいね。次回以降の参考にさせていただきます。
それでは、機会がありましたらまたぜひご参加くださいね。
お会いできる日を楽しみにしております。
ではでは、つなみりょうでした。
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