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<幻影学園奇譚・ダブルノベル>


海猫ロンド満潮コンチェルト 〜アンコール〜
 海キャンプから一週間後になる。
 わたしは放課後の学校に残り、化学実験室へ向かっていた。
 多少抵抗のかかる扉を開けると、すでに鍵屋がいた。
「あら、早いのね」鍵屋は黒い顕微鏡から延びるコードを、モニタに接続している。
 後ろ手に扉を閉めて、ブレザのポケットから石を取り出した。それは、手のひらの中でやわらかく光を発している。
「これを持って来ればいいんだっけ?」
 わたしは石を差し出した。あれからずっと、鞄の奥に入れてあった。どうしてか、お守りのような役割を果たしている。
「そう、そう」鍵屋は上の空で呟く。「あれ、これ壊れているんじゃないかしら。まったく」
 彼女はその後も、ぶつぶつと不満を呪詛のように呟きながら、色々と作業に手を焼いている。
 しばらくして、葛生摩耶も入ってきた。
 わたしは口だけ「おはよう」と動かして挨拶する。アルバイトの職場では、夜でもなんでもおはようというのが定例になっているのだ。その癖が、日常生活に浸透してきている。
 ところが、葛生も「おはよう」と小声で挨拶を返してきた。なかなかわかっているじゃないか、と内心嬉しくなる。
 鍵屋と言えば、先ほどから顕微鏡のレンズの調節に余念が無い。
 そうしている内に、シュライン・エマ、亜矢坂9すばるも集まってきた。
 気がつくと、背後に草間武彦がいるのに気づいた。いつ入ってきたのだろうか。扉を開けるところを気がつかないわけが無い。すると、最初からいたのだろうか。彼は少し離れたところでチョコをくわえている。
「どうぞ、こちらへ」鍵屋が手招く。
「何があるの?」エマが小声で囁く。葛生が「わからない」のジェスチャをした。
「覗いてみて」そう言って、鍵屋は後ろへ数歩後退する。
「なになに?」わたしも気になって顕微鏡を覗くことにした。
「これは、あの海辺で拾った石」鍵屋は窓を背に、腕を組んで話し出した。「因みに、海原さんがあの巣窟で拾ってきた石と、ほとんど性質は一緒。中に、放電しているような光の筋が見えるでしょう? それは、そう、まさしく電流だと言えるわね。ただ、コンピュータや蛍光灯に流れている電子とは少し性格が違う。ええとね、まず、電流には3タイプに類別されて、まずはマイナスの電荷を帯びた電子の移動により生じる電流。もうひとつは、この働きの逆を利用したもの。電子は移動することによって、そこには正孔と呼ばれるホールが空く。電子が移動すれば、その元の電子があった場所にはホールができる。電子は次々に移動するから、つまりは、そのホールが移動しているだ、と相対的な観察で可能になる。これが2つ目。最後は、原子の移動による電流。これは液体や気体の中でしか起こりえない。この最後のパターンが、この石の内部に起こっていると推測される」
 鍵屋は台本を読むようにすらすらと単語を並べて説明した。
 わたしはいつの間に解析していたのだろう、と感心する。ところが、テクニカルタームの連続で、内容は今ひとつピンとこないものだった。
「脳内」と言って鍵屋は自分の頭の右側を指で示す。「人は思考をすると同時に、電流が神経を伝達する。いえ、伝達すること自体が思考なの。全ては電荷の配列と、ネットワークのコンプレクス」
「そして、この石の最大の特徴はね」彼女は天井を指差す。「月に輝く」
「反射では無いわ。どういったメカニズムなのかは不確定だけれど、おそらく、内部に充満している物質の原子が、特定の周波数の電波を長期に渡って受けることで、移動を開始しているのでしょうね。つまり、エネルギィを発生させている。怪物が私目掛けて来たのは、その石が発する電波を感知したからだったのね」
「それからわかる事は?」エマがきいた。わたしも同感だ。何がわかるのか。
「ナッシング」
 驚いた。
 これだけ説明をしておいて、結局出た結論が、わからない。
 何のために皆を集めたのか。謎は大きい。
 本当に、これで終わりだった。
「ありがとう」そう言われてわたしは石を受け取った。他に使い道も見つからないので、しばらくはポケットか、鞄の中で保管するしかない。
 実験室の前で挨拶をして別れると、わたしは見計らって階段を上り、屋上へ出た。
 風が気持ち良い。
 どうしてあの時、この光る小石を拾ってきてしまったのか。
 それは、わたしの、この体質のせいかもしれない。
 光を発する小物を見ると、どうも、見境が無くなってしまう。
 わたしはフェンスの上に飛び乗ると、両手を広げて目を瞑った。
 洞窟ではそのチャンスがなかった。
 まだ、誰にも言っていない事なのだから。
 フェンスの細長い立場で、くるりと180度向きを変える。
 真後ろにはすぐ、空。
 重心を少しずつ背後に与えて、
 つま先はフェンスから離れていく。
 空を真正面に見据えて。
 こんなにも天球の星空が近い。
 月までなんて、あっという間だ。
 景色が歪み、球面に貼り付けた写真のようだ。
 視野が広角化していく。
 あの怪物は、結局何だったのだろう。
 不思議な事は多い。
 だが、何があっても不思議じゃない。
 それが、わたしの知る真実なのだ。
 わたし自身に起こる、事実なのだから。
 そして、
 わたしは、離脱する。



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■   登場人物                  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 2−A】
【1415 / 海原・みあお / 女性 / 2−C】
【1979 / 葛生・摩耶 / 女性 / 2−B】
【2748 / 亜矢坂9・すばる / 女性 / 2−A】
【NPC / 鍵屋・智子 / 女性 / 3−C】
【NPC / 草間・武彦 / 男性 / 2−A】


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■         ライター通信          ■
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海原・みあお様。

どうも、初めまして栗須亭と申します。
これが二作目の受注作品になりますが、相も変わらず悪戦苦闘する毎日でした。

ところで、共通部行動の一部が表現できずに、こちらとしても大変心苦しく感じる次第にございます。今回の作品は、なるべくリアリティのあるお話(さまざまな行動への制約によりストーリィを成り立たせるという指向)に、と想定していたのですが、よもやファンタジックな設定のお方がおられるとは露知らず、対応が困難となってしまいました。
次回からは、広く分野をカバーできるよう、シナリオを設定したいと思っております故、大変申し訳ございませんでした。

またの機会があれば、よろしくお願いいたします。
ではでは・・