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闇光石
「釣れませんねえ」
大きな麦わら帽子を被り、岩場に1人ぼーっとしながら釣り糸を垂れている男…虎太郎。
その脇には、釣り餌やテグスの他に、冷たく冷やした飲み物と、一冊の本が置かれていた。
ひゅっ。
一度手繰り寄せた針に餌を付け直し、再び海へと放る。
成果は期待していないのか、釣れた魚を入れる入れ物は用意しておらず、現にその男の周囲には小魚の一匹も置かれてはいない。
ふぅ、息を付いて釣竿を足で固定し、手探りで愛読書を引き寄せると、今度は片手で竿を押えつつ器用にさっきまで読んでいたページから読み始めた。
波が寄せて返すそのなんとも言えない音色をBGM代わりに。
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――ばしゃんっ!
「わっ、とととと」
意識が完全に活字の中へ行っていた所へ、派手な水飛沫が上がり、慌てて竿を引張る…その瞬間、ものの見事にぷつりと切れた糸が手元へ残り、大物の部類に入るかもしれない尾ひれが悠然と波の中へ消えていくのが見えた。
「あー…あああ」
成果を期待していない、とは言え針にかかった獲物が逃げてしまうのはとても悔しいもので。
改めて針を付け直して、今度こそ、と願いを込めながら海へと放る。
「さっきのがかかりますように…」
あの勢いなら針が付いていてもおかしくない筈だ、と。釣り上げてしまえばすぐ分かるだろうと、さっきよりは幾分か真剣に、海面を見ながら糸を垂らし。
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――ばしゃんっっ!
「ぶはっっ」
日本語が実は英語のルーツだった、と言う非常にいかがわしい――自分好みの本に没頭するのを見計らっていたようなタイミングで再び糸が切れ、そして今度は水飛沫が虎太郎の顔にまで届く。
「意地悪なんでしょうかね、ここの魚は…」
波間に消える尾ひれはほんの一瞬しか目に止まらなかったが、先程のものと同じ魚のように思えて仕方ない。いや、間違いなくあの魚だ――と思うにつけ、悔しくて悔しくて仕方が無く、再度チャレンジ、ともう一度針を付け直して海へと………。
「そんなに私は下手でしたかね…それとも、からかわれていただけなんでしょうか」
体力より先に気力が尽きて、とぼとぼと岩場から海水浴場へと戻っていく虎太郎。
あれから何度もチャレンジしたものの、7本目の針が持って行かれた所で手元の針が尽きてしまい、おまけに読み更けかける都度邪魔されるようにばしゃばしゃやられるものだからすっかり前面濡らしてしまい、流石に情けなくなって皆の元へ戻ることにしたのだ。
――この際、本を読まないという選択肢は彼には無かったらしい。
「本もあまり読めないままでしたし」
何よりもそれが不満そうで、ぶつぶつと呟きながら足を進める――と。
砂浜でびったんびったんと不思議な音が聞こえ。何だろう、とそちらへ足を向けた。
「…あ…」
3〜40センチはあろうかと言う中型の魚が、口に縫い付けられるように針を咥えたまま、海から放り出されるようにして砂浜の上を飛び上がっていた。
気のせいか、悔しげにも見えるその魚と目が合い。
「………」
しばらく、1人と1匹が目と目を見交わした。
…そして。
「釣れましたよー」
「ええっ、こんなおっきいの釣ってきたの!?あ、でも一匹だけだね…全員には行き渡らないけど。どうする、まるごと神谷君食べちゃう?」
「いやいや流石にそれは。野菜炒めでもあればその中に混ぜてしまえばいいでしょう」
「そうだね。じゃあ炊事班の子に渡してくる。わぁ、楽しみー」
痛まないうちに、とぱたぱた駆け出していく生徒。
恨めしげに見えなくも無い魚が、渡されたクラスメイトの腕の中で一回だけぴちりと跳ねた。
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■ 登場人物 ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】
【1511/神谷・虎太郎 /男性/2-A】
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。「闇光石」をお届けします。
時間軸が進むにつれ、次第に見え隠れし始めた「真相」に関わったお話にさせていただきました。
このお話は丁度八月末ですので、「夏」が半分過ぎた形になります。
少しずつ歪みが表へ顔を出す時期ですね。それに関わっている、あるいは関わらされている人々の動きが次第に活発になっていきます。
もう暫く、この夢にお付き合いくださいませ。
参加ありがとうございました。
間垣久実
追伸:神谷PL様へ。
今回の参加で書かれていなかった神谷PCのクラスを編成させていただきました。ただし、これは間垣が独自に書いたものですので、強制ではありません。ご了承くださいませ。
他作品へ参加なされる時にはここに書かれたクラスへ拘る必要はございません。ご自分の好みで選んで下さい。
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