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<幻影学園奇譚・ダブルノベル>


幽玄の飛沫

 時間にして2時間。日常生活においても元気とはいい難いわたくしの体。体力をひどく消耗してることに、すぐ気づいた。他人に意識を明渡す――それは想像していた以上に、負担の大きいものだったようだ。
 みんなが並んで消えていった光を見守る。同じ景色を見ていたいのに、体が揺らぐ。

 ――だ、だめ……。我慢…しなくちゃ……。

 震える体を必死に支えた。けれど、意志に反して抜けていく力。
「そろそろ、帰りましょう」
 銀髪の先輩が言ったのが合図のように、限界を超えわたくしはその場に座り込んでしまった。
「わっ…弓槻! 大丈夫か!?」
 クラスメイトの未刀様がかけ寄ってくれるのが分かる。近づく声。手に砂の粒が貼り付く。握り締めると、サラサラと指の間から逃げた。

 恋も同じ。
 願っても遠ざかるなら、見つめているだけでいい。

 一瞬捕らわれた思考。気づくと、青い双眸が心配そうに覗き込んでいた。そして、優しい言葉をくれる。この人にとってわたしくは、ただのクラスメイトのひとり。
「み…たち…様。あ、……だい」
「顔が真っ青じゃないか! ごめん、先に帰っててくれ。僕は弓槻のそばにいる。まだ動かさない方がいいと思うから」
 わたくしの声を遮って未刀様が強く言った。彼と同じように心配してくれている級友の顔。彼らは、口々に「任せた」「先生に言っておきます」との言葉を残し、足音を響かせ遠ざかって行った。
「そこ、岩のところに座ろう……立てる?」
「は…はい………」
 座り込んだのは砂浜。学校指定のスパッツにたくさんの砂粒。掃うと、浜風にあっという間に流されていく。
「弓槻が回復するまで一緒にいるから。……やっぱり憑依されるっていうのは、体力消耗するものなんだな…」
「……はい。そう…みたい……です」
 嬉しい。本当に嬉しい。ずっと笑っている背中を見つめていただけだったから。でも――今日、初めてまともに話した未刀様を前にして、わたくしの口は貝になる。横目で見た涼しげな横顔。風をうけ、流れる黒髪。陰影が際立つ整った輪郭、密やかに心焦がれる人。
 何か話さなくては、何か。そう思えば思うほどに、頬は赤くなり呼吸が苦しい。話題を探そうと頭を巡らし、鮮明に蘇ってくるのは、結さんに身体を差し出した時に「危険だ」と反対してくれた未刀様の顔、声。
 そして、わたくしの意識がちゃんとあるのか、結さんに尋ねてくれたこと。欠片でも、未刀様の心にわたくしが存在する、そのことが嬉しかったから。

 だから、余計に話せなくなる。月が優美に見守ってくれている夜に。
「…あ…あの……もう、大丈夫…です……から」
 目を閉じ、懸命に声を振り絞る。沈黙という罠は限界に達した。逃げ出すように立ち上がると、目の前が真っ暗になった。

 ――あ、立ちくらみ……ダメ…。

 頬に冷たい感触。どのくらい経過したのだろう。霞む視界は闇に閉ざされ、星も見えない。冷たさに手を伸ばすと、触れる布らしきもの。
「……ハンカ…チ…?」
 呟いて、もうひとつの感触に気づく。暖かい、流れ込んでくる熱。
「あ、気づいたか? 弓槻休んでてよかったのに、無理するからだよ」
 間近で響く声。
「…え…ええっ!? ……こ、ここは」
「そのままでいいよ。また動かれると僕の方が困るから」
「で、でも――」
 暗闇。それはわたくしの顔を心配して覗きこんでいた、未刀様の影。風に流れる髪の向こうに月が見えた。膝枕をされているらしいけれど、確認するのも恥ずかしい。きっと真っ赤になっているはず。
 優しさが胸に染みる。同時に、容赦なく締めつけてくる痛み。甘美で残酷な痛み。

 ――等しく…平等に与えられる未刀様の優しさ。…わたくしにだけ…向かうものじゃ…ない…のでしょう…か。

 それでもいい。今は、このままいさせて。
 胸の鼓動が聞こえませんように。
 仮想の時間。それでも――。


□END□

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■   登場人物                            ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】

+ 1992 / 弓槻・蒲公英(ゆづき・たんぽぽ)/ 女 / 2年C組

+ NPC / 衣蒼・未刀(いそう・みたち)   / 男 / 2年C組

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■         ライター通信                   ■
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 いつもありがとうございます。ライターの杜野天音です。
 今回かなり長くなりました。けれど、蒲公英ちゃんが身を呈して下さったお陰で、物語はすんなりと展開しました。やはり、幽体のまま会話するっていのも寂しいですからね♪
 初めての方がいたのに、蒲公英ちゃんは頑張りましたね。優しくて素直だけど、しっかりとした意志を持って、譲れない部分はきちんと通すのは、蒲公英ちゃんの魅力だと思います。
 個別ノベルでは彼女の願いを書かせてもらいました。未刀鈍いですから…これくらいのサービスないとね(笑)
 この個別部分は他の方とはリンクしておりません。が、セレスティ編には幻影学園奇譚の中核キャラも登場していますので、よかったら読んでみて下さいませ。

 すでに分かり切っていることだとは思いますが、衣蒼未刀は異界「闇風草紙」に登場する杜野作成のNPCとなっております。
 では素敵な物語を書かせて下さり、ありがとうございました(*^-^*)