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<幻影学園奇譚・ダブルノベル>


煌めきと鎮まりの追復曲(カノン)

II-a

 あの後、目的の洞窟へは、あっという間に着いてしまった。
 そこから暫く、歩み行った所で、
「それにしても、あたし、こんなところは初めて見ました……! 話には聞いた事があったけれど、やっぱり実際に見てみると凄いんだなぁ、って!」
 全てを包み込むかのように広がる、現実感に欠いた沈黙の空間の中で、かさかと制服のポケットから取り出したメモ帳に何かを描き込みながら、色羽が明るい声をあげていた。
「だろ? まあ、俺も初めてだけど……」
 その表情を嬉しそうに眺めながら、誠司がぽつりと付け加える。
 色羽は、その場で腰を折ると、
「ねぇ先輩、これ、なんて言うんでしたっけ?」
 制服のスカートに気を使いながらしゃがみ込み、小さなキノコのように生えている塊を指差し、誠司に向って微笑みかけた。
 誠司もその隣に屈み込むと、
「ああ、それは――、」
「石筍、ですよ、清水さん。石灰岩の塊のようなものです」
 言いかけたところで、別の声音に先を越される。
 ――匡乃であった。
 匡乃は、誠司が座っているのとは逆方向の色羽の隣に屈み込むなり、彼女に向って微笑みかけると、
「そもそも鍾乳洞自体、石灰岩でできているようなものですからね。どうやらこの辺は、相当大きな石灰岩地帯なのでしょう」
「石灰岩……って、」
「昔やりませんでしたか? 塩酸をかけると、泡を出しながら良く溶けるあれです」
「んと、水素が出てくるやつでしたっけ?」
「それは鉄とか亜鉛だろ……」
 どうやら色羽の化学嫌いは、今に始まった事ではないらしい――。
 ついこの前の化学の試験でも、色羽が壊滅的な点数をとっていた事を思い出し、誠司は微苦笑して答えを返していた。――尤も、化学の得意な誠司や匡乃が、空き時間にしっかりと教え込んだ効果は一応あったのか、その差一点で追試だけは免れていたのだが。
「石灰岩に塩酸を加えると、出てくるのは二酸化炭素ですよ。でも、ここで大切なのは、出てくる気体ではありません」
「……溶ける、という点が大事なんですよね」
「ええ」
 さすが大竹先輩、僕の言いたい事も、きちんと解っているようですね。
 匡乃は一つ頷くと、
「鍾乳洞ができる主な原因は、雨が大気中の二酸化炭素を取り込んで、弱い酸性になるところにありますね。雨が降ると石灰地帯の石灰が溶け出し、段々と割れ目を大きくしていくんです」
「雨水が、石灰岩の節理や断層に沿ってしみ込んで、そこに溜まって更に石灰岩を溶かすだろ? そうこうしている内に洞窟が拡大されて、こういう風になっていくわけだ」
 色羽がふうん……と、周囲を見渡した。
「じゃあこの洞窟は、まだ大きくなったりするんですか?」
「ええ、そうですよ。おそらく今は、この鍾乳洞の成長期、でしょうから。一番美しい時期ですね」
 一番美しい時期。
 ――自然の劇は、常に新しい。なぜなら彼女は、常に新しい観客を作るから。
 ドイツの詩人、ゲーテの残した、このような言葉がある。
「一番、美しい?」
「鍾乳洞は、成長を続けます。今もこうして、成長しているんです。けれどこの成長が続くと、どうなると思いますか?」
 生命は、自然による最も美しい発明である。死は、多くの生命を持つための、彼女の技巧である――。
 格言の続きは、こうであった。
 匡乃は不意に、多くの鍾乳石の吊り下がる天を指差し、もしかして……と呟いた色羽の考えを、肯定する。
「至る所から風が吹き込むようになり、光が入り込み、洞窟内の状態が大きく変化するようになります。その内洞窟は風化されて、脆くなりますね。そうすると――、」
「多分この洞窟の上には、ドリーネも沢山できているはずだしな。……どんどんくぼ地が大きくなって、石灰岩には割れ目が増えて地上も脆くなる」
「するとそこから、鍾乳洞の中に土砂ですとかが流入するようになりますね。それから、地震による崩壊もあり得ます。まあ、」
 そういうわけで。
 やはり難しい話は苦手なのか、色羽は話の後半部分はその殆どを聞き流し、それでも少しだけしゅんとしてメモ帳にスケッチをとっていた。
 その後ろで、話し終えた匡乃がこっそりと誠司の手を取り上げる。
「そういうわけで、このような立派な鍾乳洞も、いつかは崩壊してしまう……という事です。――ね」
 突然の出来事に、おっ? と驚きを隠せずにいた誠司の手を、そのままくっと引っ張ると、
「尤もそれも、気の遠くなるほど未来の話ではありますが」
 色羽の肩に、回させる。
 ――その頃、その後ろでは、大きな石柱と洞窟の壁に隠れた三人以外の人間が、じっとその様子を伺っていた。
 ユリウスは、ひょっこり石柱から顔を出し、堂々と三人の姿を覗き見しながら、
「ほぉら、実におめでたいですねえ。ついに新しいカップルが成立――」
「少しは黙っていて下さいっ!」
 からかうかのように、声をたてて笑ったユリウスの口を、精一杯に背伸びした麗花がその手で塞ぐ。
「二人にばれたらどうするんですか!」
「……別にばれても、困る事はありませんでしょう。祝福して差し上げるまでですよ――ねえ、セレスさん?」
 ゆるりと麗花を振り払い、振り返って微笑する。
 セレスは微苦笑を浮かべると、
「たまには、二人きりでゆっくりとなさる時間も、必要でしょう」
「そうですよ! 少しは情緒を解したらどうなんです?」
「はぁ、さては、麗花さんもああやって、好きな人と肩を寄せ合ってみたいのですね?」
「そ……そんなんじゃあありませんっ! 第一!」
「まあまあ、あまり大声を出しますと、お二人に聞えてしまいますよ」
 しっ、と、軽く二人を制して宥める。
 ちなみに、ようやく皆が影から出たのは、戸惑いながらの色羽のスケッチが、完璧に終ったその頃であった。



 ■□ I caratteri. 〜登場人物  □■ ゜。。°† ゜。。°★ ゜。。°† ゜。。°★ ゜。
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★ 綾和泉 匡乃 〈Kyohno Ayaizumi〉
整理番号:1537 性別:男 学年:2−A



 ■□ Dalla scrivente. 〜ライター通信 □■ ゜。。°† ゜。。°★ ゜。。°† ゜。。
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 まずは長々と、本当にお疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。今回はご発注を下さりまして、本当にありがとうございました。まずは心よりお礼申し上げます。
 ……実はこうしてライター通信を書かせていただくのも、とんでもなく久しぶりなものでございますから、何を書けば良かったかなぁ――と、少々現在戸惑ってしまっていたりするのですけれども……、
 一つ目に、どうもこの度は、無意味にお話が長くなってしまっているような気が致しまして、密やかに申し訳無く感じております。多分今までの納品の中で、最も字数が多くなっていると思われますが、飛ばし飛ばしででも、少しでも楽しんでいただけますと幸いなのでございます。
 また、少々このお話には、ええ、それはもう本当お空のたった一つのお星様くらいに密かに、ではあるのですが、学園の真相に関わる部分がございました。海月の受注と致しましては、幻影学園はこれが最初で最後でございましたが、洞窟で見つかった石等につきましての詳細は、是非とも他のライター様の納品で、また、学園の最終章にてご確認いただけますと……と存じております。

 唐突ですが、ご存知の方もいらっしゃるとは存じますが、この納品を持ちまして、海月は暫く、OMCを休業させていただく事となります。或いは十月、十二月辺りにはシチュエーションノベルの受注が一度くらいはあったりするのかも知れませんが、十二月、或いは来年の三月まで、依頼の類の受注予定は全くございません。
 それでも、戻ってくる気ばかりは満々とございますので、またお会いできる時が来ましたらば、宜しく構ってやって下さると嬉しく思います。

 では、今回は、この辺で失礼致します。
 何かありましたら、ご遠慮無くテラコン等よりご連絡してやって下さいましね。

 乱文、個別通信無しにて、失礼致します。
 それではまたいつか、どこかでお会いできます事を祈りつつ――。


04 ottobre 2004
Lina Umizuki