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<幻影学園奇譚・ダブルノベル>


IN THE MOOD ―分岐点―
●待ち人来る【9B】
「渡橋先輩!!」
 自主トレで砂浜をランニングしていた十三は、その声にややうつむき加減だった顔を上げた。見れば、前方に深雪の姿があった。
(やれやれ……ッと。ようやく来たかァ)
 苦笑いを浮かべる十三。だが、深雪がそれに気付いた様子はなかった。
(アイツから相談に乗ってやれと言われたが……俺ッチに出来ることなんざねェぞ、オイ)
 どうやら海キャンプ前、彼女から言い含められていたようだ。恐らくは『何か悩んでいるようだから、来たら相談に乗ってあげてほしい』などと――。

●ご一緒に【10】
「渡橋先輩!!」
 深雪は再度呼び、十三の近くまでやってきた。
「おう、寒河江。どうしたい」
 坊主頭をボリボリと掻き、挨拶に答える十三。徐々に走る速度を落とし、やがて歩き出す十三。
「ランニングですか?」
「見ての通りヨ。もっと向こうまで行こうと思ったんだがなァ……妙に気が進まなくなってよ、引き返してきたって訳だァな」
 十三はそう答えると、腰につけていたスクイズボトルを深雪にずいと差し出した。
「寒河江よォ、顔色悪ィぞ。夏バテにはこれが一番、特製ニンニクジュースだ。飲め」
 しかし深雪はスクイズボトルを受け取らず、苦笑して首を横に振った。
「ジュースは遠慮しておきます。お気持ちだけいただきますね」
「……女子には受け悪ィなァ、コレ」
 十三はスクイズボトルをじっと見つめると、一口飲んでからまた腰につけ直した。
「かァーッ!」
 たまらないといった表情の十三。きっとツンとくるニンニクの感じが、ツボに入ったのであろう。
「あの……ランニングをご一緒しても構いませんか?」
 不意に深雪が十三に尋ねた。
「俺ッチは別に構わねェけどヨ」
「……ふふっ。大丈夫ですよ」
 深雪は十三の一瞬の思案を見逃さなかった。
「部長と渡橋先輩のお立場を、悪くすることがないよう気を付けます」
 実は十三の彼女は、深雪の所属する女子ラクロス部の部長なのだ。
「へッ! 何言ッてやがる」
 苦笑いを浮かべ、再びゆっくりと走り出す十三。深雪もそれを追うように、砂浜を走り出した。

●彼の人とはあと何マイル必要なのだろう【11A】
 しばしの間、黙々と砂浜を走り続ける2人。楽しそうに遊ぶ一団のそばを通り過ぎ、人気がなくなった頃、おもむろに深雪が口を開いた。
「あの……」
「うん?」
「先輩は……自分より遥かに才能がある人を好きになることって……ありますか?」
「はァッ? こりャまた唐突だなァ」
 深雪の質問に、目をぱちくりさせる十三。身体は自然と走る速度を落としていた。
「例えば……ですよ? その、アイドルとかでも……」
 深雪がそう言うと、十三はふっと息を吐いてからこう言い放った。
「……あるッつーか、現在進行形だぞ? ingだ、ing」
 十三はさっと身を屈めると、砂浜に落ちていた小石を拾い上げ、海の方へ向き直った。
「今だって下から成績数えた方が早い俺ッチはキャンプ、学年で5本指に入るアイツはさらに上を目指し夏期講習中よ……ッと!」
 思いきり、手にした小石を海に向かって遠投する十三。さすが豪腕投手、ずいぶんと遠くまで小石は飛んでいった。
「そ、それは! ……渡橋先輩は別の才能があるから!」
 頭を振り、深雪が言った。その間に、十三はもう1つ小石を拾い上げていた。が、やけに綺麗な石だったからか、投げることはせずにそのままポケットに仕舞ってしまった。たぶん、彼女への土産にするのだろう。
「別の才能が……あるから」
 繰り返す深雪の足はすっかりと止まっていた。それに気付いた十三も、同じく足を止めた。
「……私は……どんなに努力したってあの人には辿り着けなくて……」
「…………」
 十三は黙って深雪の言葉に耳を傾けていた。
「好きになるのを止めようか……迷惑にならない距離で見つめていた方がいいのか……悩んでいるんです。もう少しで……迷路から抜け出せそうにも思うんですけど……けど……」
 そこまで言い、海を見つめる深雪。瞳に映るのは青き海なのか、それとも……。
「……寒河江よォ」
 ややあって、十三が深雪を呼んだ。向き直る深雪。
「自分よりランク高の男に憧れの範囲を越えて惚れるッつーのは、色恋にとッちャア茨の道だ」
「…………」
 真面目な表情で語る十三の言葉に、今度は深雪が無言で耳を傾ける番であった。
「ただヨ。相手が自分より先の道を進んでいるッてことは、ソイツに辿り着くまでずっと見つめていられるッてことでもあるぞ。下手すりャ一生、な……」
「一生……見つめる?」
 深雪が戸惑いと驚きが入り混じったような表情を見せた。
「それはそれで幸せだと思うがな……へッ! ま、そういう考えもあるッてこッた!!」
 ボリボリと鼻の頭を掻いていた十三は、唐突に走り出した。思うに自分の言葉に照れてしまったのかもしれない。そう、照れ隠しだ。
「一生……見つめる……」
 小声で、呪文のごとく同じ言葉を繰り返す深雪。十三が走ってゆく前方には、陽一郎の姿があった。2人の距離はそう離れてはいなかった。
「会長〜! そこ避けろーィ!」
「うん?」
 警告の声を発する十三。だがしかし、陽一郎がよそ見していたのが失敗だった。気付いた時にはもう十三は陽一郎のすぐ前に居て……。
「あ!」
 深雪は思わず手で目を覆った。見事に十三は陽一郎と交錯、ごろんと2人して砂浜に転がって砂まみれとなったのである。
「おおッと、いけねェ!」
 転んだ拍子にポケットから先程拾った綺麗な小石が落ちたのか、十三はすぐそばに落ちていた綺麗な小石を拾い、素早く立ち上がってまた砂浜を駆け出したのである。
「たく会長よォ、気ィ付けろいッ!」
 そう言い残し走り去る十三と入れ替わりに、深雪がやってくる。
「繭神君! ……だ、大丈夫?」
「ああ……」
 ゆっくりと立ち上がり、ジャージについた砂を払う陽一郎。そして、きょろきょろと辺りを見回す。まるで、何かを探すかのように。
「何か落し物をしたのなら、一緒に探しましょうか?」
 深雪がそう尋ねると、陽一郎はすっと手を上げてそれを制した。
「いや、大丈夫だ。何も落としてはいないようだ」
 と言って、足早にその場を離れる陽一郎。
「…………?」
 深雪は陽一郎の後姿を、不思議そうに見つめていた。

●おや?【11B】
「あー、せっかくの土産、落としたら洒落になンねェからなァ……」
 苦笑いを浮かべ、十三は先程拾い直した綺麗な小石を仕舞おうとポケットに手を突っ込んだ。ところが――。
「ありャ?」
 何としたことか、ポケットの中には綺麗な小石がもう1つ。十三の手の上には、淡く光る小石が2つ鎮座していた……。

【IN THE MOOD ―分岐点―・個別ノベル 了】


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■   登場人物                  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                 / 性別 / クラス / 石の数 】
【 0060 / 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう)
                  / 男 / 3−A / ☆02 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談・幻影学園奇譚ダブルノベル』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全23場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・OMCイラストのPC学生証やPC学生全身図などをイメージの参考とさせていただいています。
・『幻影学園奇譚』の本文において、高原は意図的に表現をおかしくしている場合があります。
・この度はノベルをお手元にお届けするのが大変遅くなり、申し訳ありませんでした。ここにようやく、海キャンプの模様をお届けいたします。
・今回諸々のことは個別ノベルへ回っていますので、他の方の個別ノベルもご覧になっていただくと、より深く分かるかもしれません。ちなみにタイトルの元ネタは、あの終わりそうでなかなか終わらない曲のことです。海といえば、この曲でしょう。
・渡橋十三さん、ご参加ありがとうございます。何故か小石が2つになっていたりします。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、またお会いできることを願って。