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<幻影学園奇譚・ダブルノベル>


海猫ロンド満潮コンチェルト 〜アンコール〜
 あれから1週間になる。
 のんびりと生活を送っている最中に、舞い込んできたのは鍵屋による呼び出しの勅命だった。聞いてもらいたいことがあると言うので、仕方なく、と言いつつ多少は期待して、化学実験室を目指した。
 扉を開けると、室内は真っ暗だ。すでに、何名か顔を揃えている。
 鍵屋は顔も上げずに、というのも、彼女は姿勢を折り曲げて、顕微鏡をなにやらいじくっている最中なのだ。
 しばらくして、シュライン・エマ、亜矢坂9すばるが入ってきた。
「どうぞ、こちらへ」鍵屋が手招く。
 彼女は机の上にある顕微鏡の調節を終えると、後退して場所を譲った。
「何があるの?」エマが小声で囁く。私に向けられた言葉だった。
 そんな彼女に、私は掌を上に向け、肩を持ち上げてみせる。
 エマは首を傾いで、顕微鏡を覗いた。私も、彼女と交代して覗く。青白い閃光が、真空放電の静電気のようにうねっている。球体の水晶の内部で、紫色の電流が自由放電しているオモチャを連想する。あれは、きっと電気の無駄遣いだ。
 鍵屋の説明が始まる。
「これは、あの海辺で拾った石」鍵屋は窓を背に、腕を組んで話し出した。「因みに、海原さんがあの巣窟で拾ってきた石と、ほとんど性質は一緒。中に、放電しているような光の筋が見えるでしょう? それは、そう、まさしく電流だと言えるわね。ただ、コンピュータや蛍光灯に流れている電子とは少し性格が違う。ええとね、まず、電流には3タイプに類別されて、まずはマイナスの電荷を帯びた電子の移動により生じる電流。もうひとつは、この働きの逆を利用したもの。電子は移動することによって、そこには正孔と呼ばれるホールが空く。電子が移動すれば、その元の電子があった場所にはホールができる。電子は次々に移動するから、つまりは、そのホールが移動しているだ、と相対的な観察で可能になる。これが2つ目。最後は、原子の移動による電流。これは液体や気体の中でしか起こりえない。この最後のパターンが、この石の内部に起こっていると推測される」
 鍵屋は台本を読むようにすらすらと単語を並べて説明した。
「それで、あの、よくわからないんだけど」エマがきいた。
「正解」鍵屋は指を立てる。「まだ本題は言っていない。実は、その電流をイオン電流といって、人間の体内で神経系統に流れている電流と同質なのよ」
 ほお、と反射的に呟いてしまう。他にも、同じ呟きが室内に広がる。
「脳内」と言って彼女は自分の頭の右側を指で示す。「人は思考をすると同時に、電流が神経を伝達する。いえ、伝達すること自体が思考なの。全ては電荷の配列と、ネットワークのコンプレクス」
 今度は堪えた。
 しかし、至って話の内容は掴めない。
 電荷って何だっけ?
 電荷、電荷、でんか、デンカ……。デンコというキャラクタがいたような。違う違う。
 気がついたら、話は終わっていた。
「泊まっていくつもりか?」草間が扉の外で言った。口に細長い物体をくわえている。
 他の面子は帰ったようだ。
「馬鹿」私は草間を睨む。
 そして、すぐに視線をそらして教室を出た。背後で扉の閉まる音がする。
 廊下を渡り、階段を下りようとして、上階からの物音に気づいた。ほぼ真上。階段の付近。扉の開く音。閉じる音。
「どうした?」草間が追いついた。
「上って何かある?」私は上を向いて、音に集中する。
「ん、屋上だろ」
 なるほど、屋上か。と呟いて、階段を上る。滑り止めの部分につま先を乗せて、音を立てないようにステップを上がった。
「おい、何なんだよ」草間も階段を上がってきた。
 180度曲がって、更に階段を上り続けると、銀色の扉が、床よりも一段高い場所についていた。ノブを握り、ゆっくりと開ける。
 すでに真っ暗の夜。
 暖かく湿った空気。
 コンクリートの平面に、緑のフェンス。
 人の気配がする。
 前方だ、と思うや否や、
 人影は視界から姿を消した。
「あ!」声が漏れる。
「どうした!」
 人が落ちた。
 自殺か?
 恐ろしいものを目撃してしまった。
 屋上のフェンスから、地面目掛けて落下した。
 確かに、人だった。
「わ、わ」何かを言おうとしたけれど、何も単語が出てこない。
「何だよ」草間がすぐ近くまでやってくる。
「人が落ちた」
「え?」
 息をのんで、私は走り出す。フェンスの前までダッシュした。両手で網目を掴み、フェンスが前後に振動し、ガシャンと大きな音が鳴った。
 フェンス越しに下を除く。校舎のエッジが邪魔で、垂直に地面を伺うことは出来なかった。
「こら、誰だ!」
 グラウンドの方からだった。
 まずい、宿直に見つかった。
 あれ?
 もしかして、私が殺人犯扱いされるのでは?
 などと混迷を極めてみたり。
「撤収!」
 とにかく、見つかるのはまずい。
「わ」草間が避ける。すぐ後ろまで来ていた。
「ほらほら、追いてっちゃうよ」私は扉の前で草間を急かせる。
「疲れるなあ、ったく」
 階段を中ほどまで急ぎ足で下りて、6段ほど飛び降りる。駆け足で上ってくる足音が、下のフロアから響いてくるのを察知。同じ階段だ。助かった、と思う。相手が上り切る前に、別の階段で下れば丁度行き違える。
「こっちだ」草間が小声で誘導する。そこは非常階段だった。
「オーケー」
 校舎のサイドに出た。モルタル作りの階段で、手すりも平面に施工された漆喰。姿勢を低くすれば外からでも見つからないし、逃げ道としては優秀だ。
 二階までひたすらステップを下った。
 グラウンド側の踊り場で、草間が手すりから顔を出して、外を伺った。
「待ちなさい!」
 地上から女性の声が響く。
 何てことだ、宿直は一人ではなかったのだ。
 女は非常階段を上ってきている。
「馬鹿!」私は小声で怒鳴る。
「仕様が無いだろ」そう言って、草間は二階の非常ドアを開けて、校舎へ戻る。
 私もそれに続き、すぐさま非常ドアの鍵をロックした。施錠してしまえば、いくらか時間は稼げる。
 草間はそのまま廊下を走っていく。
「ちょっと、階段で降りないの?」
「階段は危険だ」草間は立ち止まる。すると、何を思ったか、窓を開けて、サッシに足をかけた。「早く!」
「開けなさい!」背後で非常ドアを叩く音。ノブをガチャガチャ回す様子が、どことなく恐怖感を煽る。
 窓際から、草間が飛び降りた。
 どちらが危険なのだか。
 下まで何メートルだろう。
 そんなことを考えつつ、窓の前まで走る。
 すぐ下に草間が見えた。
 正面玄関のヒサシの部分に中腰になっていた。
 私も納得して、そこへ飛び降りる。1メータほどだ。
「赤か」草間が頷く。
 最初は何のことかわからなかったが、急に腹が立ってきた。隙を見せている草間の腰を、踵で思い切り蹴ってやった。
 草間は意味不明の悲鳴と共に、地面へ落下していった。
 その隙を見て、ヒサシのエッジにぶら下がり、反対側から地面へ降りる。
 正面玄関の前はロータリィになっていて、先は大きなグラウンドだ。正面と言う割りに、大して正面ではない。グラウンドの端には裏門があった。
 屋上を仰ぐ。ビルで言えば7階から落ちたも同然。しかし、グラウンドに、その形跡は見当たらない。
「本当に落ちたのかよ」草間は腰に手を当てている。
「確か、だった、と思うんだけど」
 サークル棟の方角から走る音が聞こえる。
 私と草間は購買部の陰に潜みながら、駐車場まで一気に駆け抜けた。
「疲れた」駐輪場のパーティションの陰に、私は座り込む。置き去りにされた自転車が、まだ何台も停車していた。
 ポーチから煙草を取り出し、口許で火をつけた。
 息を切らしている草間が、その仕草を観察していた。
「どうぞ」
 セブン・スターを揺すって、煙草の先端が数本飛び出した。
 草間は手を出した。しかし、取るためではない。掌を見せて、それだけだ。
「吸わないの?」
「ああ。吸わない」
「いつもの銘柄は何? あれ。さっきまでくわえてたやつ」
「グリコかな」
 グリコ?
 そんなものがあったのか。
 いやいや。違う違う。
「ありゃ、チョコだ」
「……あそう。なーんだ、つまらない」
 赤く光る先端が、夜の空気を吸って、煙を吐いた。
 そうか、チョコか……。
 その一言に意味は無い。
 意味のあるものを溜め込んで、意味の無いものを吐き出している。
 たとえば愛してる、なんて言葉は、シャボン玉のように綺麗だけど、それだけに早く消える。
「結局、見間違えだったんだろ」
「……かもね」
 意味のある言葉っていうのは、発泡スチロールのように剛性がある。役に立つこともあるけれど、普段は結構邪魔なだけだ。
「帰ろうぜ」
「大賛成」
 煙草を地面に押し付ける。
 赤い火花が、
 意味も無く散った。


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■   登場人物                  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 2−A】
【1415 / 海原・みあお / 女性 / 2−C】
【1979 / 葛生・摩耶 / 女性 / 2−B】
【2748 / 亜矢坂9・すばる / 女性 / 2−A】
【NPC / 鍵屋・智子 / 女性 / 3−C】
【NPC / 草間・武彦 / 男性 / 2−A】


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■         ライター通信          ■
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葛生・摩耶様。

どうも、栗須亭です。
前回に引き続き、これが二作目の受注作品になりますが、相も変わらず悪戦苦闘する毎日でした。

洞窟の場面は、いろいろと意見の分かれるところで、纏め上げるのに少々苦労を伴いました。全ての条件を揃えて、というのがこちらとしても希望の致す所ですが、細かいところで競合してしまい、いくらか不都合が生じてしまったのが現状です。
葛生様の積極的な行動姿勢は、他の場面でも、行動の性格を決める手がかりとなったので、大変面白く書かせていただきました。

またの機会があれば、よろしくお願いいたします。
ではでは・・