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<幻影学園奇譚・ダブルノベル>


海猫ロンド満潮コンチェルト 〜アンコール〜
「すばるちゃん!」
 シュライン・エマが声を上げている。
 一方、うなり声を上げて、怪物は静止している。
 それはそうだ。最高出力で射止めたのだから。
 右手に、まだその余韻が残っている。
 高圧力で射出したウォータ・カッタは、怪物の咽元を貫通した。
 おそらく、誰にも気づかれていない。もしかしたら、怪物だって、気づいていないかもしれない。ほんの一瞬だった。
 もう動きはしないだろう。心音も、表面体温も低下しつつある。
「平気だよ」
 そう言ったが、念のため警戒しつつ後にする。手負いの虎ではないが、まだ余力はあるだろうと判断したからだ。それに、自然な振る舞いをしたほうが、周りに心配をかけなくて済む。
 しかし、まるで生きものとして失敗してしまったような姿だった。奇形の鬼。異形の人。
『光学補正。輝度プラス20、彩度プラス5。座標確保。仮想領域生成』
『現在の映像、音声を3次元記録』
『過去二時間の映像、音声をデリート。メモリ解放。キャッシュファイル・デリート』
 これで当分は余裕ができる。随分と身軽になった。
 身軽になった、という表現が正しいかどうかはわからないけれど、何せ、実際は1グラムも軽くなっていない。単に、電子が飛んでいっただけなのだから。
 とにかく、終わったのだ。
 1週間後、わたしは化学実験室へ招かれた。教室へ入ったとき、そこにはフル・メンバで待機している面々があった。
 招待主の鍵屋は、顕微鏡を調整している。
「どうぞ、こちらへ」鍵屋が手招く。
 エマが一番最初に覗き、最後にわたしがそれを観察した。正直なところ、顕微鏡なんて必要ないのだけれど。やはり、仕方ないことなのだ。そういう行動範囲のシガラミは、一般の境界条件を満たすところで大切になる。つまり、『出来ない』と密かにアピールすることが、第三者に『普通である』と認識させる有効で手っ取り早い手法なのだ。 
 鍵屋の説明が始まる。
「これは、あの海辺で拾った石」鍵屋は窓を背に、腕を組んで話し出した。「因みに、海原さんがあの巣窟で拾ってきた石と、ほとんど性質は一緒。中に、放電しているような光の筋が見えるでしょう? それは、そう、まさしく電流だと言えるわね。ただ、コンピュータや蛍光灯に流れている電子とは少し性格が違う。ええとね、まず、電流には3タイプに類別されて、まずはマイナスの電荷を帯びた電子の移動により生じる電流。もうひとつは、この働きの逆を利用したもの。電子は移動することによって、そこには正孔と呼ばれるホールが空く。電子が移動すれば、その元の電子があった場所にはホールができる。電子は次々に移動するから、つまりは、そのホールが移動しているだ、と相対的な観察で可能になる。これが2つ目。最後は、原子の移動による電流。これは液体や気体の中でしか起こりえない。この最後のパターンが、この石の内部に起こっていると推測される」
 そこで、あのときの場面を再生する。そう言えば、海原は石を拾っていた。だが、鍵屋が石を拾う場面は記録になかった。よって、本人の言っている通り、海辺に落ちていたのだろう。
 その関連性は?
『音声記録しますか?』
『イエス』
「実は、その電流をイオン電流といって、人間の体内で神経系統に流れている電流と同質なのよ」
 鍵屋の説明が続く。
「脳内」と言って彼女は自分の頭の右側を指で示す。「人は思考をすると同時に、電流が神経を伝達する。いえ、伝達すること自体が思考なの。全ては電荷の配列と、ネットワークのコンプレクス」
 イエス。心の中で呟いた。
 心?
 と、一瞬疑問が浮上するが、自己矛盾問題の処理はメモリがいくつあっても足りなくなってしまう。
 強制終了。
 シャットダウン。
「これを探していたのは、生徒会長の繭神」
「そして、この石の最大の特徴はね」鍵屋は天井を指差す。「月に輝く」
「反射では無いわ。どういったメカニズムなのかは不確定だけれど、おそらく、内部に充満している物質の原子が、特定の周波数の電波を長期に渡って受けることで、移動を開始しているのでしょうね。つまり、エネルギィを発生させている。怪物が私目掛けて来たのは、その石が発する電波を感知したからだったのね」
「それからわかる事は?」エマがきいた。
「ナッシング」
 それが鍵屋の答えだった。
 おそらく、全てに対するリアクションの集積が、「わからない」の一言にあるのだろう。
『現状の解析を』
 わたしは命令を下す。一体、誰に命令しているのか。
『不確定』
 頭の中で、警告灯が回転する。
 小さくため息。
 きっと、プログラムの誤作動だろう。



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■   登場人物                  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 2−A】
【1415 / 海原・みあお / 女性 / 2−C】
【1979 / 葛生・摩耶 / 女性 / 2−B】
【2748 / 亜矢坂9・すばる / 女性 / 2−A】
【NPC / 鍵屋・智子 / 女性 / 3−C】
【NPC / 草間・武彦 / 男性 / 2−A】


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■         ライター通信          ■
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亜矢坂9・すばる様。

どうも、初めまして栗須亭と申します。
これが二作目の受注作品になりますが、相も変わらず悪戦苦闘する毎日でした。

サイエンティフィックな設定は、とても楽しく書くことが出来ました。貴重な体験をさせてもらって、ありがとうございます。

またの機会があれば、よろしくお願いいたします。
ではでは・・