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<幻影学園奇譚・ダブルノベル>


『あの波を越えて行け!』

●ササキビ・クミノ
「教えてくれ。この世界は何なんだ?」
 半分放心状態の男を引っ張っていく彼女の背にクミノは呼びかけた。
 どうしても引っかかっている事がある。
 それは彼女が言った言葉だった。
「この世界は誰かの想いで作られている」  
 言葉としての意味は簡単だ。しかし事実を知る上では非常に曖昧な言葉だった。
 誰かのとは、誰だ?
 思いつくのは生徒会長の繭神陽一郎だ。何かこそこそと動き回っているらしいが、彼が何かを画策している、その為の世界だろうかと。
「私達も呼ばれただけだから。正確に言うと、こいつが呼ばれて、私は引っ張られてきただけだけどね」
 嵐の日。
 打ち寄せる高波に向って漕ぎ出でた若者は、見事に高波に飲まれて帰らぬ人となり、ついでにそれを見守っていた彼女も高波に飲まれて、連れ立ってしまう羽目になったのだと彼女は教えてくれた。
「まあ、真剣だったのは認めるけど……」
 一瞬言葉を区切って、彼女は表彰を険しくした。
「馬鹿だわ、はっきり言って」
 力強く断言する。
「何でこんなのを好きになったんだか、自分に対して腹が立つわ、まったく」
 言いながら深い溜息をつき、それから彼女は軽く肩を竦めて見せた。
「ねえ、あなたもなんだかややこしい人生送ってるみたいだけど、あんまり今の自分だけを深刻に考えちゃ駄目よ。ま、私は既にこの世とおさらばしちゃってるからこんなこと言うのも変だけど、もう少し柔軟に考えて生きなさいよ」
 とそこで、タイミングよく男の声が響く。どうやら彼女の名を呼んだようだった。
「喧しい! 私はさっさとあんたをあの世に放り込んで、次の人生を生きるのよ! やっと自由になれるんだからね!」
 言いながら、彼女は男を足蹴にした。
「自分を縛っちゃ駄目よ。自分の望みは、しっかりと受け止めなさいね。ええい、こらすがり付くな!」
 哀れな声で悲鳴を上げる男に、彼女は容赦がない。
 すっかり伸びきった男の足を引っ張って、立ち去る彼女は別れ際に一度だけ大きく手を振った。直ぐにその姿が見えなくなる。成仏したのだろう。
 彼女の放った言葉の意味を考えて、クミノはしばし視線を伏せた。
 この異世界が誰かによって作られて、そこにこうやって自分が招き寄せられている。ただそれだけだと思っていた。
 だが、もしこの異世界がただの一人ではなく多くの人間の想いが作り出した空間なのだとしたら、やはり自分の想いもどこかに反映されているのだろう。
 相変わらず人との接触を避け、単独の行動を心がけていながらそれでもいろんなことに首を突っ込んでしまう自分がいる。
 本当に嫌なら、引きこもってしまえばいい。そうしないのは何故なんだろう?
「もう少し……」
 と思わず口から漏れそうになった言葉を、クミノは飲み込んだ。
 自分は自分。
 彼女はそういう事を言ったのではなかったか。
 だったら、今はまだこのままでいい。ゆっくりと、ゆっくりと自分を見つけていけばいい。
 クミノは顔を上げ、海を振り向いた。
 静かになった波が、陽光を反射して青く煌いている。
 まるでさっきの騒ぎが嘘のようだ。
 これからまだ幾つも騒ぎが起こるだろう。
 今はそれを楽しもう。
 クミノは大きく深呼吸をし、ふと風にはためく自分の衣服を見た。
 そして一言「水着か……」と呟いた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 1166 / ササキビ・クミノ / 女 /  殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ。とらむです。ササキビ・クミノ様、二度目ですね。ありがとうございます。
今回はこういう感じのお話となりました。いかがでしたでしょうか?
 また機会がありましたら、よろしくお願いします。