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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


くちびるに歌を持て
<オープニング>

 アトラス編集部は今日も人と人の声と、電話の鳴り響く音とシュレッダーの音が軽快な音楽となって辺りを埋め尽くしていた。
「それは、それは良い噂をありがとう」
 書類を目で追い半分ほど読み終えた所で使えないと判断した原稿をシュレッダーにかけながら、碇は綺麗に赤く口紅で塗られた唇の口角をあげた。
「・・・・でも、貴方が私に頼むなんて余程切羽詰ってるのね」
 受話器を耳に当てながら、「酷いです〜〜編集長ぉ〜〜〜〜!!」と嘆く三下を一瞥して黙らせて言葉を続ける。
「ふふ、貴方がマスコミ嫌いなのは知っているわよ。・・・・・別に苛めているつもりはないけれど。まあ、いいわ。昔よしみで受けてあげる。でも私の所は『探偵所』じゃないの。そういう依頼は今度から、別のところに回して頂戴」
 じゃあ。と言葉をまとめて、碇は受話器を置いた。
 ふぅと溜め息を吐くと、とぼとぼと席へと戻っていく三下を呼び戻す。
「何ですか?編集長」
「人集めて頂戴」
「・・・?何をするんですか?」
「調査よ。『E.O.S』っていう事務所のね。そこに所属するアーティストが揃って声を失ったていうのよ」
「まさか」
「の訳ないわ。さっきの電話は『E.O.S』の代表取締役さんよ?」
「・・・・・・・・・え?」
「ただね、マスコミが1つ騒ぎ出すと連鎖して他のマスコミも動き出すでしょう?あの男、マスコミ嫌いだからね。騒がれるのは嫌らしいのよ。それで騒ぎ出す前に、うちでこの現象を解決して欲しいって。報酬はトップアーティストのネタを1つ」
「あ、あのー編集長ー」
「何よ?」
「風邪とか・・・っていうオチじゃ」
「貴方じゃ話にならないわね」
「うわわわ、すすすすいませっ」
「風邪で一斉に何十人といるアーティストが声を失う?・・・・・まあ、色々な線を考えて病院に行ったらしいけれど体にも神経にも心情的にも異変はない。となれば、後は何かしら予想にしない事態が起こったと考えれるでしょう?それにこれ以上、あそこのアーティストがテレビに出ないってなると影響も激しいらしくってね・・・・・・とりあえず、依頼時間は10時間以内。それまでに何故声が出なくなったのかを調べる必要があるの。まあ、こんな依頼を受けてくれる人間なんて限られているからね・・・・どういう形で『E.O.S』に入るかはその人たちに任せるわ」
「え?調査っていうんだから、その人が何かしら準備をしてくれるんじゃ・・・」
「アイツはそんな親切なヤツじゃないわよ。大体、そんな事をしたら事件が漏れる可能性だって出てくるでしょう」
「はあ」
「そんな訳だからね。あそこは常時、オーディションとか事務員とか募集しているからね。その辺りに応募してもらうって形で調査してもらおうかしらね」
 これで上手くいけば、面白いネタが手に入ってまた売り上げが伸びるわ。と碇はふふふと笑みを深くする。
「でも〜〜〜。そんな『失った声』の原因を調べるなんて・・・誰が受けてくれるんですか〜〜?」
「あら、結構いるでしょう?」
 そう碇が言うと同時に編集部の扉が開いた。
「ほら、アイツから事情を話して調べてきて貰いなさい」

<依頼+調査=潜入>
 
 たまたま今日は店が休みという事もあって、相生葵はアトラス編集部へと足を運んでいた。碇の顔を見に来たのと、何か面白い事があれば良いなという気分でだ。
「ふぅん、困ってる?」
「彼女なら平気でしょうけれど。やっぱり時間との闘いだから、人手は多い方がいいでしょう」
 そう言いながら碇はプリントアウトした紙を相生の前に突き出した。
「今日お休みなのでしょう?お客様からの指名もないなら、手伝ってくれない?」
 これが人に頼む物言いかとも思わないでもないが、相生は慣れたもので紙を受け取り笑って見せた。
「いいよ。他ならぬ麗香さんの頼みだからね。僕が引く受けるよ」
 紙に書かれている情報を見ながら、相生は「オーディションでも受けようかな」と呟いた。
「歌手の?」
「別に手品師でもいいけれど。水が操れるし、能力だから種なんて明かせないし。結構、良い線行くと思うな。まあ、別に本気で受けるわけじゃないから歌手にしておくよ」
 紙をめくりながら、そう相生は答える。
「声を失っているのは、歌手ばかりでしょう?なら、そういう部門に潜り込んだ方が話は聞きやすいだろうしね」
「・・・そうね。よろしく頼むわ」
「ん、オッケー。任せておいてよ」
 相生は慣れた仕草で、綺麗にウィンクをしてみせると手を振りながら編集部を後にした。

<歌声を探せ>

 都内の一等地に、これだけのビルがあるとは驚きだ。
 相生は鏡みたいになっている硝子の壁を見ながら、口笛を吹いた。
 これだけ大手の会社ならば、多少に関わらず会社に対するイメージを損なう事件を隠すはずだ。
「ま、とりあえず行きますか」
 相生はビルの中へと入ると、辺りを見渡す。コンクリート作りの中は、無機質な雰囲気を与える。光合成を趣味としている相生としては、この雰囲気は頂けない。できるなら、あまり進んで来たくはない場所だ。
「さて、と」
 きょろきょろと辺りを見渡す。
「どうかされましたか?」
 声をかけられ振り向くと、そこには受付らしき女性が立っていた。不審者と思って声をかけたらしいが、相生の人懐っこい顔に幾分か緊張が解け安堵している表情になった。
「うん。実は歌手のオーディション受けに来たんだけれど。場所が分からなくなっちゃって」
「ああ、それなら左手エレベーターで3階へお上がり下さい。エレベーターから出たら、あとは看板が会場へと案内してくれますよ」
「そっか。ありがと。綺麗なお姉さんに声をかけられたんだから、オーディションに落っこちこないよね」
 自然と出た相生の声に女性は、きょとんとした後笑いながら「合格すると良いですね」と後押ししてくれた。本気で受けに来たわけじゃないけれど。少しだけ、女性の声と笑顔に本気で受けようかと相生は思ってしまった。
 エレベーターに乗り、3階を押そうと手を上げた時、1人の少女が乗って来た。
 腰まで届くかもという長い三つ編みに、目深に被った帽子。黒縁の眼鏡は、明らかに変装していますというような感じだ。これでは、この事務所の所属アーティストだと自分から言っているようなものだと気づかないのだろうか。
 どこか下手なりの微笑ましさを隠しつつ、相生は3階でいい?と優しく問いかける。
「・・・・」
 少女は1つだけ頷いた。
 2人を乗せたエレベーターはすぐに動き出した。会話も無い、密室と言うのは息が結構詰まる。何か話そうとしても、気づいた時には3階だった。
「どうぞ」
 エレベーターのドアを押さえ、先を促すと少女は相生を見て、それから1つ頭を下げた。どうやら、彼女も声が出ないアーティストの1人らしい。
「どういたしまして」
 ありがとうの代わりの礼を言葉として受け取って、そう返すと少女は驚いたように相生を見て。それから、嬉しそうに笑った。
 思わず見惚れてしまう、その笑顔はどこかで見た事がある。
(どこだっけ?)
 考えてもすぐには出てこない。
 そうこうしている内に、少女はエレベーターから消えてしまっていた。
「話しておけば良かったなぁ」
 そう呟きながらエレベーターを降りる。
 目の前にある看板には、確かにオーディション会場を案内していた。
「オーディション会場に行くよりは」
 別の場所で情報を集めた方が良いよな。と、看板に書かれている矢印と逆方向へ行こうとした時だった。
「今のってエレナじゃない?」
「だよねー。どうしたんだろう。声出ないのに」
 先ほど、少女が足を向けた先から聴こえてきた声に相生の足が止まった。
「・・・・あ」
 どこかで見た事があると思った。
 そうだ、彼女は『エレナ』だ。CMでもよく見かけるし、テレビで1日4回は必ず彼女を見るほどの人気だ。この『E.O.S』の中でも若干17歳という若さで数々の賞を取っている人気も実力もあるアーティスト。このレーベルが大きなくなった要因の1つにエレナが居る事もあげられるだろう。
「1番最初に声が出なくなったの彼女でしょう?」
「うん、そう聞いたけれど。やっぱり、アレ?」
「じゃないか?エレナって元々、この業界でやってけるほど神経強くないし。それを支えていた男と引き離されちゃあなー。声が出なくなるのも頷けるって」
 まあ、ドミノ倒しみたいに他の奴らも声が出なくなったのはヤバイけれどな。と続く言葉に、相生は端正な顔立ちを微妙に曇らせた。
 歩き回って情報を得なければならないのに、幸運にも情報の1つを掴めた。だが、今の情報からすると1番最初に声を失ったエレナから話を聞けるのは皆無だろう。何せ精神的に追い詰められているようなのだ。かといって、頼みのマネージャーも入院中・・・・。
 本当は『未知』の何かがいるかと思ったが、気配は一切ない。ならば、ここは1つ。
「入院先まで押し掛けてみる方が良いかな」
 そこまで考えて相生は、とある1つの問題に気づいた。
「・・・病院ってどこに入院しているんだ?」

<くちびるに歌を持て>

 相生がやってきたのはエレナの所属する事務所だった。あれから、レーベルで少しだけでもと思い情報を集めたかこれといった情報は無かった。これならば、やはりエレナの居た場所で情報を探る方が良い。
「うん。そう、エレナちゃんに会ったけれど意気消沈しててね」
 事務所に入って、その甘いマスクと響きのある声で事務員の女性を口説くように質問を投げかけていく。
「あんな調子を見るのって、キミ達も嫌でしょう?ほら、ここって厳しそうだし」
「え、あ。まあ」
「うん、そうかも」
「でしょう?だからね、僕がちょーっと様子見てきてあげる。クビにはなってないって言ったよね?」
「はい。クビにしたら、そのエレナさんまで辞めかねない勢いだったから」
「じゃあ、話は早いね。彼の様子を見て、エレナちゃんに助言してもらえばいいんだよ」
 にっこり。これが店なら、何十万のお金が落ちるほどの笑顔だ。
 そして、事務員の女性達も、その笑顔には勝てなかった。
「内緒ですよ?彼が入院しているのは」

****

 都内にある某総合病院に相生は来ていた。あの事務所からそう遠くない場所にあったので、タクシーで3分程度でついてしまい運転手に嫌な顔をされるというオプションがついていたりもしたが。
 教えてもらったエレナのマネージャーがいる病室へと足を向ける。
 大部屋に入っているらしく、部屋の中からは少しだけ複数の話し声が聞こえた。
「失礼しますー」
 そう断わりを入れて、窓際へと歩いて行く。
 入って窓際の右手側に、彼は居た。
「どうも。初めまして」
「・・・初めまして」
 優しい声だ。優しい笑顔と、声に相生も何故か笑みを自然と浮かべてしまう雰囲気。
「どちら様ですか?」
「僕、相生葵と言います。実はキミにお願いがあって来たのだけれど」
「お願い?」
「うーん、キミの彼女の事」
 周りに人がいるために名前は伏せて、相生は彼の傍へと寄った。
「彼女って・・・もしかして」
「当たり。エレナちゃんの事」
 名前の部分は声の音量を絞る。彼がエレナのマネージャーだと言う事は秘密になっているだろう。あれだけの有名アーティストのマネージャーだといえば、病院内も騒ぎになるはずだ。その騒ぎが無いところを見ると、どうやら内緒にしているらしいというのは誰でもも察しがつく。
「どうかしたのか?」
「うん。声が出なくなってる」
「え?」
 さらりと何でもないことのように告げ、相生は話を続けた。
「後、彼女が原因がどうかは分からないけれど他の子達も連鎖して声が出なくなっている。彼女が原因かどうかは分からない。分からないけれど、今1番原因と思われるのは彼女なんだ」
「・・・・エレナ」
「彼女じゃないなら、僕はまた別の原因を調べなきゃいけない。だから、キミにも協力して欲しい」
「何を?」
「簡単。これにキミの声を吹き込んでるから」
「え?」
 相生の手にあるのは小さな機械だった。
「ボイスレコーダー。話を聞いている限りじゃ、今の彼女。キミの声を聞かない限りは、どうしようもないみたいだからね」
「聞かせるのか?」
「うん。時間も無い事だし。これを持って、僕はエレナちゃんの所へ行くよ」
 ボイスレコーダーをしまう相生に彼は、慌てて声を付け足した。
「なら彼女に伝えてくれ。デビューする時に、俺と約束しただろうと。不安で押し潰されるお前に、俺は約束をしたと。お前の歌を100人が聴いていなくても俺が聴いている。だから、歌を歌って欲しいと。誰かの為でもなく、俺が聴いているから。歌を歌う事を約束してくれ・・・と」
 その言葉に、どれだけの絆があったのか見せられ相生は笑った。
「伝える。約束するよ」
 そう断言して相生は病室を出た所で、思わず見惚れてしまうほどの美貌を持った青年と出会った。どこかで話を聞いた事が。
「・・・キミも用事?」
「ええ。失礼しますね」
「間違ってたら謝るけれど。セレスティってキミの事?」
「おや、私を知っていらっしゃるのですか?」
 やはりだ。依頼に出かける前に、麗香から少しだけ聞いた話。セレスティ・カーニンガムという男がいたらもう少し楽だったのにと言っていたのだ。
「来る前に麗香さんが、キミが居たら楽に潜り込めるのにって零していた。ふぅん、話よりも良い男だね」
 僕には負けるけれど。と、笑って相生が付け足すとセレスティも苦笑を漏らした。
「貴方の名前を聞いてもよろしいですか?」
「僕の名前は相生葵だよ」
「そう。相生さん、ですね。どうぞ、よろしく」
「こっちこそ。で、どうせ時間もない事だし、僕の情報を聞く気はない?」
「・・・そう、ですね。時間もない事ですし、もし移動する必要があるなら、その道すがら話を聞かせて頂ければ幸いですね」
「オッケー。なら、行こうか」
 どこへ?とセレスティが問いかけるよりも先に、相生は付け足した。
「『E.O.S』にさ」

<くちびるに歌を持て>

 車に乗り込み『E.O.S』に向かう途中で、相生は話を続けていた。
「マネージャーもね、そう重い病気じゃないんだ。ただ、やっぱりマネージャーの仕事って大変だったみたいで、ストレスから来る胃潰瘍で入院したんだって」
「まさかとは思いますが」
「何?」
「エレナはマネージャーが2度と治らない様な重病だと勘違いして・・・?」
「ビンゴ。それで、次の音楽祭に使う曲をいざレコーディングしようって時に声が出なくなったんだって」
「なるほど・・・・」
 結果が分かってしまえば、それは何て単純なからくりだろう。
 たぶん、そのエレナの精神世界が何らかの影響で周りに渡ってしまったのだろう。
「で、彼女って元々精神的に強くないみたいだね。マネージャーが心配してた。彼女の歌が聞こえなくなってしまった事」
 そう言いながら相生はマネージャーの声が録音されているテープを手の中で弄ぶ。
「彼女に届くかが心配なんだよね。これ、かなり声が弱ってるし。・・・・イヤホンを無理矢理、耳に突っ込むわけにもいかないし」
「・・・・もし、解決にあたっている人が私の知り合いなら何とかなりますがね」
「え?」
 車が止まった。
 話しているうちに『E.O.S』についてしまったらしい。車から出ながらセレスティは話を続けた。
「シュラインさんという女性の持つ特技の一つに、声帯模写といのがあるのですよ。今までも、一緒の事件にあたる事が多く、その特技を見せてもらう事もあったのですが。あれは素晴らしいですね」
「なるほど。じゃあ、彼女だったら彼の声も真似できるかな」
「大丈夫でしょう」
「彼女が居る事を祈るよ」
 もしかしたら移動してしまったかもしれない。そうすると探すのが厄介だと思った時だ。相生の頭の中に声が突如として響いてきた。そして、それは相生だけではなかったらしくセレスティも辺りを見渡している。
「何の声でしょうね・・・・」
「キミにも聴こえているって事は・・・・僕の空耳なんかじゃないって事だよね」
「どうやら、私の空耳でもないようですね」
 辺りを見渡すが、この声と一致する唇の動きを持つ者はいない。となると、声がどこからか飛んで来ているのだろう。文字通り、2人の脳に直接。
「この声の主を探してみましょうか」
 時間はない。タイムリミットは差し掛かっているが、この声を無視する事も・・・・出来ない。
 それに、脳に直接聴こえるのだ。無視するよりも探して何かを見極める方が良いに決まっている。
「それ良い考え。それじゃあ行こうか」
 そうして、2人してビルの中を探し回る。
 幸いセレスティが持つネームバリューのおかげで、不審者扱いされる事もなく声の主の場所へと辿り着けた。
「おや、どうやら助かったようですね」
 リハーサル室と書かれた部屋の前にいたのは、セレスティの知り合いであり声帯模写の特技を持つシュライン・エマだった。
「さあ、行きましょう」
 セレスティの声に、相生は足を前へと進めた。
「お久しぶりですね、シュラインさん」
「・・・・本当に久しぶりね」
 部屋の中を見つめているシュラインにセレスティが最初に声をかけた。部屋の中へと目を向ければ、唇だけで歌っているエレナの姿があった。その唇から漏れるのは吐息だけで、声は出ていない。
「彼女の声はやっぱり出ていないですね」
「ええ」
「今回の騒動の原因は、彼女のようですよ」
「知っているの?」
「まあ、私も色々と動きましたので」
「入れ違いで依頼を受けたのかしら」
「みたいですね」
 そう言うと、隣からスッと相生が2人の間に入った。
「ね、キミがシュライン エマさん?」
「あんたは誰?」
「僕?僕は相生・葵。麗香さん所に行ったら、今回の事を聞いてねー。困っているようだから僕もお手伝いする事にしたんだ」
 にこにこと相生は話を続ける。
 どうでもよいが、この時点でセレスティは完全に相生の視点から外されているのは流石だといえる。
「でね、これ彼女の恋人の声なんだ。セレスティさんに聞いたんだけれど。キミって声を模写できるんだよね?」
「え?ええ、まあ」
「やはりシュラインさんが適任ですね」
「・・・・え?」
「詳しい話は後でしますよ。・・・噂ほど役に立たないって事も」
「よく分からないけれど」
 セレスティの悲しげな笑みと、相生の苦笑に押されるようにシュラインは「何をすればいいの?」と聞いた。
「これ、エレナちゃんの恋人の声が入ったテープ」
 手の平に収まるMDを渡され、シュラインは何をすればいいのか分かった。イヤホンをつけ、再生ボタンを押す。耳に飛び込んできたのは、優しい声だった。大木の葉と葉の間から零れ落ちる木漏れ日にも似た、その声は全てを包み込む優しさを持っていた。
「エレナちゃんに言ってあげてくれない?・・・・歌を歌うのは俺との約束だろうって」
「それでいいの?」
 相生は1つだけ首肯した。
「分かったわ」
 シュラインは声を完璧に覚えると、唇を開いた。
 そこから零れ落ちた声は、間違いなくシュラインの声であって声でない。
 エレナの恋人の声、だった。

****

「じゃあ、違うの?」
「ええ。社内恋愛厳禁っていうのは本当らしいですが、まさかそんな事でクビにしたりはしないでしょう」
 右からシュライン、セレスティ、相生という形で円方のテーブルに座っている。
 場所は大きなスクリーン型のテレビが掲げられている交差点近くにあるオープン形式のカフェだ。
 もう後少しでエレナ達が出る音楽祭りが始まる。
「マネージャーさんが、病気で倒れたのはつい最近だって。まあ、あんな小さい子だからね。近くにいた優しい男の人に惹かれるのは仕方ないし、頼ってしまうのはもっとしょうがない事でしょう」
「かもね」
 元々、彼女には不思議な力があったのだ。自分の思った事を実現化させてしまうという力だ。
 もっとも、その力に彼女は気づいていない。だからこそ今まで何も大きな事件にならずすんだ。今回の事件は色々な出来事が重なりすぎただけだ。
 頼り、支えだった恋人であるマネージャーが倒れてしまった事。
 全世界に放映される音楽祭に1人で出なくてはならなくなってしまった事。
 そして、それに対するプレッシャーとストレス。
「きっと声が出なければ。と強く願いすぎたのでしょう」
「まあ、結局は声が出るようになったし。結果がよければ、全部よしって事で」
「楽観的ね」
「いいじゃないか。その方が、難しく考えるよりさ」
「そうかもね」
 そうシュラインが笑顔で頷いた時だった。
 ざわりと人々が信号が青にも関わらず足を止め、上を見上げる。
 そこに居たのは、エレナだった。
 赤いベルベットのドレスに身を包み立っているのが、画面越しに見えた。
「歌えると良いね」
「歌えますよ」
「きっと、歌えるわよ」
 相生の言葉に、セレスティとシュラインが大きく頷いて見せた。
 倒れた恋人が奇跡的に目を覚まし、相生に託した言葉。
 その言葉の重みを、彼女は胸に持ち歌うだろう。
 そして、誰よりも輝けるはずだ。
 音楽が、スピーカから流れ始める。
 3人は画面を見つめ、歌を待ち望んだ。
 彼女の唇から始まる、その歌を。
 恋人と、エレナ自身の為の歌を。


 不安に足が震えても。
 全世界を舞台にし、光をスポットライトを浴びて立ち上がれ。
 心を解き放て。
 その全てをさらけ出せ。
 誰にも真似できない、その唯一の想いと声で。
 くちびるに歌を持て。
 



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1072/相生・葵/男性/22歳/ホスト
1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

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■   ライター通信                     ■
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 こんにちは、ライターの朝井 智樹です。お久しぶりすぎて、忘れ去られている可能性すら高いライターの依頼に参加して頂きまして本当にありがとうございます(へこり)
 今回は参加して下さった皆様の視点で、それぞれのお話を進めさせていただきました。グループで解決に当たるのではないお話もたまにはいいかなぁと思って書いてみましたが如何でしたでしょうか?(どきどき)最後は全て同じですが、大部分は違ったりしますので、もしお時間がありましたら他の方のお話と比べてみて下さると嬉しいです(^^)
 このお話は、本当にタイトル部分にもある言葉と最後の部分が書きたいがために依頼したお話でして。でも、最後の部分に繋げるのがやけに苦労しました(^^;)苦労しましたが、苦労したかいがあったのか私的には終わり方を気に入っています(^^)

ではでは。最後に「うん、こういう話好きかも」・「面白い話だなー」とちょっこっとでも心の片隅で思って頂けましたら幸いです。また、どこかでお会いできたさいには一緒に遊んで下さると嬉しいです。
朝井でした(^^)